武器屋で武器を買い、サイトとルイズが帰る時。
その様子を影から見守る2つの影がありました。
キュルケとタバサです。
なぜこの二人がサイト達を見ているかというと、理由は実に単純で、
恋多き女、キュルケがサイトに恋をしたからです。
魔法を使わず、剣だけでメイジに勝つ男。
サイトはキュルケの情熱を動かすのには十分な資質を持っていたのです。
未だテオの事を諦めていないキュルケですが、それはそれ、コレはコレ。
そもそもキュルケに、恋は一人に対してしかしてはいけないという概念は無く。好きになったからにはとりあえず情熱的に行動するのがキュルケ流なのです。
他人の後をつける行為。
現代社会ではストーカー行為と言われ、犯罪として扱われる行為です。
トリステインの社会でもあまり褒められた行動ではなく、ましてや貴族がするにはあまりにも品のない行動です。
しかし、恋の情熱は全てのルールに優越する、というのがツェルプストー家の家訓です。
強力な移動手段である竜を使い魔に持つ友人のタバサを巻き込んで、こうしてサイトとルイズの後をつけていたのです。
「武器屋の中から笑い声が聞こえたと思ったらテオが上機嫌で出てきて、しばらくしてサイトとルイズが出てくるなんて…中で一体何が起きていたのかしら?」
タバサはそんなキュルケの様子をぼんやりと眺めていました。
そもそもタバサはこんな場所に居たいとは思っていませんでした。
彼女にとって休日は静かに本を読みながら過ごせる日です。
それを突然街に行きたいから竜に乗せろと、キュルケに懇願され、渋々彼女の異常行動に付きあわされているのです。
「ちょっとタバサ何持ってるの?」
「ハシバミクッキー」
「何それ!?」
「そこで買った」
「なんだってそんな怪しげなものを買うのよ!?」
「なかなかプレシャステイスト」
袋から取り出したクッキーをモリモリと食べながらタバサは言いました。
そんなタバサにキュルケは呆れますが、タバサとしては、つまらないことに付き合わされているのだから、コレくらいの自由行動は許されて当然であると考えていました。
「食べてる場合じゃないでしょう!ルイズったら剣なんか買っちゃって。きっと彼の気を引こうとしてるんだわ。プレゼント攻撃だなんて…」
キュルケはルイズ達が見えなくなってから、武器屋の戸をくぐります。
ズカズカと入ってきたキュルケを見て、店主が驚いた声をあげました。
「おや、今日は千客万来でしかも皆貴族様ときた!」
「ねえご主人?」
キュルケは髪をかきあげ、色っぽく笑いながら言いました。
「ちょっと今の二人組はどんな物を買っていったの?」
「へい、剣でさ」
「やっぱり…ねえ、どんな剣を買っていったの?」
「騎士隊がよく使う大剣を持っていかれました…この店では3番目に高いやつでさ」
キュルケの胸元を見てゴクリと店主が唾を飲み込みながら言いました。
「へえ…腐っても公爵家ね、そうなると生半可なものじゃ勝てないか…」
キュルケはムッスっと考えこむように言いました。
店で3番目に高価な剣、生半可な物では対抗できません。
「若奥様も、剣をお買い求めで?」
店主は商売のチャンスだとばかりに身を乗り出しました。
「そうね…ヴァリエールが3番目なら私は当然…」
キュルケはそうつぶやくと、主人に流し目を送りながらこう言いました。
「この店で一等に良い剣を見せてくださらない?」
◇◆◇◆
夜。
月明かりの下でサイトは剣を振るっていました。
「えい!やあ!とお!」
それは型も何もない、ただ力に任せた振り方でしたが、それでも何度か振るっている内に、少しずつですが効率的に剣を振れるようになっていることをサイトは実感していました。
サイトの手にある剣。
特に美しいというものではありませんでした。
確かに、よく磨かれてはいましたが、さしたる装飾もなくただシンプルな剣でした。
しかし、それは間違いなく良い剣でした。
グリップは滑りにくいように作られ、柄も丈夫な素材で作られています。
刀身も硬い金属で、切れ味も悪くありません。
重心の位置も計算されていて、振るう際には綺麗に円を描く様な振り方が出来ました。
実践的な剣ということで、サイトはそれを振る誘惑に勝てず、こうして日が沈んだ後だというのに庭に出ては素振りをしていました。
「凄いな、これ」
思わずサイトはそう言いました。
「そんなに違うものなの?」
ルイズがそういいました。
ルイズとしても自分の与えた剣がどのようなものなのか興味があったものですから、こうしてサイトの夜の鍛錬に付き合っていたのです。
「振ってみるとわかるよ、疲れ方がぜんぜん違う。コレに比べるとギーシュの作った剣とかあのシュペーとか言うのが作った剣とか、剣の形をしたただの棒だ」
「へ~」
武器の良し悪しがわからないルイズでしたが、サイトが凄いと言うのならば、凄いのでしょう。
ルイズは良い買い物が出来たと、満足を覚えました。
「あのさ、ルイズ」
剣を振る手を一旦止めて、サイトはルイズに言いました。
「なによ」
「あのテオってやつさ、コレを俺に買わせるためにあの剣をくれたのかな?」
「はあ?」
「だってさ、普通に考えてみろよ、武器屋だぜ?しかも自分の剣を売っている店だ、そんなところであんな剣を出して、しかもその場で自分の剣が実戦に向かないって言ってるんだ。それってもう、買い換えろよって言ってるようなもんだろ」
「そ…」
そんな事は無いだろう、とルイズは言おうとして止まりました。
なぜならルイズには思い当たる節があります。
それはサイトに薬を渡す時。
テオは回りくどい方法でそれをサイトに渡したやり口。
今回もそれと同じ。
ひょっとしたらテオはサイトに良い剣を買わせたかった。
だから如何にもボロボロのインテリジェンスソードをサイトの手から奪い、実用的な剣についてを教え、さらには良い剣を買うためのお金になる物を置いていった。
確かに筋は通ります。
しかし理由がありません。
前回の件に関してはクラスメイトである自分がサイトの治療を頼んだから。
サイトが嫌いなので直接協力こそしないものの、学友であるルイズの頼みは聞いてやろうと思った。
だからこそああいう面倒な事をしたのだとルイズは考えていました。
しかし、今回は違います。
別にルイズはテオに剣に良し悪しを教えてくれとも、金をくれとも言っていません。
テオにはサイトに良い剣を選ばせる理由が全くないのです。
なのに態々、サイトに協力をする?
なぜ?
本当はサイトのことが嫌いじゃない?
いや、嫌いじゃな程度ならば普通に口で言って終わり、態々錬金で剣まで作るということは、それ以上の感情。
実はサイトが好きとか?
次の瞬間ルイズの脳内には薔薇な関係のサイトとテオが描かれました。
「キャ~~~~~~~~~~!!!!」
「何事?」
当然叫びだしたルイズにサイトは驚きます。
「危険だわ、それはそれで危険だわ!近づけられない。いや、ちょっとは見てみたい気もするけど…って!違う!ダメよルイズ!そういうのに興味をもっちゃダメ!非生産的だわ!」
「ルイズ?え?大丈夫か?」
悶え出すルイズにサイトは声をかけます。
「サイト!良い事?絶対に今後テオに近づいちゃダメよ?」
「はあ?何で?」
「危険なのよ!!色んな意味で!!」
「???」
ルイズの剣幕に、サイトはただただ戸惑ってしまいました。
その時、そんな二人の後方から呼びかける声がありました。
「はあ~い、お二人さん」
「あれ?キュルケ」
「出たわね!ツェルプストー!」
あからさまに嫌な顔をするルイズを無視しながら、キュルケはサイトの握る剣を見ながら言いました。
「へえ、結構な剣を買ったのね、でもちょっと質素かしら」
「うるさいわね、あんたには関係ないでしょう?何で夜にこんなところをウロウロしてんのよ!」
不機嫌そうにルイズが言いました。
「いいじゃないの此処は貴方の土地じゃないでしょ?私が何時ウロウロしようと私の勝手よ、それにね、実は私今日はダーリンにプレゼントがあってきたの」
そう言ってキュルケはサイトに流し目を送ります。
その熱い視線に思わずサイトはどきりとしてしまいました。
「プレゼント?」
ゴクリと唾を飲みながらサイトが尋ねます。
キュルケは自信満々な様子で、背中に隠していた、そのプレゼントをサイトの前に差し出します。
「之よ!」
そして彼女が差し出したのは…
『テオの剣』でした。
「「うわぁ…」」
「え?」
それはキュルケの予想外の反応でした。
てっきりサイトは、この素晴らしい剣に夢中になり、ルイズは悔しがるとばっかり思っていたのです。
しかし目の前の二人は、全く違う反応をしました。
「ありがとう きゅるけ ぼく これ たいせつに つかうよ」
サイトは全く嬉しそうではない声でお礼を言います。
「え?何?何その反応?ダーリン?ルイズまで、何でそんな慈しむような視線を!?ちょっと二人とも解ってる?これ純銀よ!純銀の剣なのよ?」
「へええ それは すごいわねえ」
「やったー ぼく すごいものを もらったよ」
そう言いながら、サイトはその剣を握りました。
そして思います。
ああ、集中して握ってみるとよく分かる、コレは剣としては使えない。これはただの、重い棍棒だ。…と。
「何で嫌そうな顔するのよ!」
サイトの悲しそうな顔にキュルケは困惑の声をあげます。
「所詮ツェルプストーのえらんだ剣なんて使うに値しないってことよ」
ふんっと鼻息を出しながらルイズが言いました。
「ちょっと、それは聞き捨てならないわね」
ルイズの一言に、キュルケは好戦的な視線を向けます。
「何よ、別に本当の事を言っただけじゃない。」
「…嫉妬ね」
「は?」
キュルケの一言にルイズは思わず声を出してしまいました。
「私の持ってきた剣が、あんまり凄いから嫉妬しているんじゃなくて?」
「誰がよ!やめてよね。嫉妬だなんて。これっぽっちも思ってないわよ!」
事実、ルイズの心のなかには嫉妬心などは微塵もありませんでした。
しかし、顔を赤くして怒りながら否定したせいで、その様子はまるで強がり言っているようにキュルケには受け取られてしまいました。
「良くって?剣も女も良いものは一目で判るものよ?少なくとも、洗濯板でヒステリーで嫉妬深いトリステイン女と、それ以外の女ならドチラがいいかは一目瞭然でしょう?」
そう言いながらしなを作るキュルケを、思わすサイトは食い入るように見つめてしまいます。
別に、キュルケの意見に賛同したわけではありませんが、目の前で悩ましげな格好をされれば目が行ってしまうのが男の悲しいサガなのです。
ルイズはそれを咎めるようにサイトを睨みつけますが、
「なによ、ホントのことじゃない」
と、キュルケに馬鹿にするように言われました。
頭に来たルイズは、ふるえる声で言い返します。
「ふ、ふん。やっぱり色ボケは言うことも下品だこと。ゲルマニアで男を漁りつくしたものだからトリステインまで留学してきただけのことはあるわね」
そう言ってルイズは笑います。
「言ってくれるじゃない」
「本当のことでしょう?」
二人の雰囲気が変わりました。
勿論最初から良い雰囲気ではありませんでしたが、その雰囲気がさらに悪く、緊張した物になったのです。
「ねえ」
「何よ」
「そろそろ、決着をつけませんこと?」
「あら、珍しく意見が一致したわね」
「「決闘よ!」」
そして二人が同時に言いました。
サイトは呆れて「やめとけよ」と言おうとしました。
が、サイトが口を広げるよりも前にその隣から声が発せられます。
「その決闘…合意とみて宜しいですね?」
何処からとも無く現れたメイド。
エンチラーダがそう言いました。
「「「メイド!!??」」」
突如現れたエンチラーダにキュルケもルイズもサイトも驚きます。
「失礼、近くを通りかかったらお三方が見えましたので…会話の殆どを聞かせて頂きました」
「なんだってこんな夜中に!?」
「いえ、気分が悪いというものですから…」
「気分が?何?体調悪いの?」
「いえ、私ではなく…実は先程タバサ様が美味しいからと言って、クッキー持ってきたものですから皆でそれを食べたのですが…」
エンチラーダのその言葉に、キュルケはハシバミクッキーの存在を思い出しました。
「タバサ様とエルザは平然と食べていましたが御主人様が馬糞みたいな味がする!と言いながら青い顔をしまして…こうして気分治しに夜風に当たりに来た次第です」
「え?つまりテオも一緒なの?」
「ええ。ほら、いまこちらに向かってくるのが御主人様です」
そう言ってエンチラーダの指差す先ではテオが車椅子をコロコロ動かしながらこちらに向かってきていました。
「エンチラーダ結局何の話しだったのだ?」
三人の前に着くやいなやテオがエンチラーダに聞きました。
「はい、どうやらヴァリエールさまとキュルケ様で決闘を行うそうです」
「なんだ、決闘か…」
「ええ、ですので御主人様の『吾に隠れて美味しい物とか食べているのでは?』という予想は外れです」
「ばっ!お前、それは言ってはイカンだろ!吾が意地汚いと思われてしまうじゃないか!何のために吾がこっそりお前一人に様子を見に行かせたと思ってるんだ!」
「「「…」」」
そのテオの発言に、ルイズ達はなんだかとても侘びしい気分になりました。
「しかし、何で決闘なんぞ?」
テオがキュルケの方を向いて聞きました。
「まあ、理由は色々あるけど、きっかけはダーリンの剣ね」
「だーりんのけん?」
テオは不思議そうに視線をサイト達に向けようとします。
「は!危険だわ!」
テオの視線がサイトに向かうその時。
ルイズは先程の薔薇の光景を思い出しました。
「ここにサイトはいません!」
突如ルイズがサイトの前に立ちはだかり、手を大きく広げサイトを隠すようにして言いました。
「「「なにその嘘!?」」」
身長差によって全くもって隠せていないその行動に、テオをはじめそこに居た全員が驚きます。
「いやだって思いっきり見えてるし…」
「いないもん!!」
首を振りながらルイズは必死にそう言います。
「いや俺いるし…」
「アンタは黙ってなさいよ!!!」
そのルイズの奇行に、その場の一同は首を捻ります。
「キュルケ?ルイーズどうかしたのか?」
「なんか今日反応が変なのよ、私が持ってきた剣にも変な反応をするし…あ、そうだ、テオからも言ってやってよ!」
「何を?」
「この二人ったら、私のプレゼントした剣の凄さを全く理解しないのよ!ほら!コレ!」
そう言ってキュルケは、テオの前に『テオの剣』を出しました。
「……えぇ」
テオのその行動にキュルケは再度驚きました。
「何?その反応?」
「なるほど、キュルケがその剣を持っている…そしてお前らの手には違う剣が…なるほど。
おい…お前ら売ったのか?あの剣を売っぱらったのか?」
テオはキッとルイズ達をにらみますが二人は視線を避け、横を向いてしまいました。
「何よ!もらったものをどうしようが私達の勝手じゃない」
あさっての方向を見ながらルイズはそう言いました。
「そうだ そうだー」
ルイズの影に隠れながらサイトもそれを肯定します。
「ぐぬぬぬ…キュルケ!」
「え?何?」
「その決闘とやら…勝つ自信は有るのか?」
「当たり前よ、私が負けるはずがないじゃない」
キュルケはそう言って胸を張りました。
「よし!」
テオは杖を取り出し言いました。
「この決闘!吾が仕切ろう!」
テオの声が、夜の学園に木霊しました。
◇◆◇◆
「ちくしょう!もしかしたらいいやつかと思った俺が馬鹿だった。お前、嫌なやつだ!マジで!本当に嫌なやつだ!」
サイトは情けない声で叫びますが、一同はそれを無視しました。
今サイトは塔の上から、ロープで縛られた状態で吊るされ、ぶら下がっています。
「良いか?あのロープを切ってあのボンクラを地面に落としたほうが勝ちだ、勝ったほうの剣を、今後使うように」
「「わかったわ」」
テオの提案した決闘方法は、単純なものでした。
サイトをロープで縛り、塔から吊るして揺らします。
そしてその吊るしているロープを切ったほうが勝者。
そして勝者にはサイトに自分の選んだ剣を使わせる権利を得る、と言うものでした。
テオの提示した条件に、ルイズもキュルケも特に異論はないようでした。
別にサイトは最初からテオの剣を使う気などありませんでしたが、ルイズは自分が負けるとは全く思っていませんでしたから、勝った方の剣を使うという条件を当たり前のように飲み込みました。
ただ、サイトだけは納得がいかないらしく、塔の上方からは未だ恨めしげな声が響きわたっています。
「方法は自由。まあ魔法を使ってもいいが、弓矢や投擲でも構わん」
「ゼロのルイズからどうぞ、私から始めたら私が絶対に勝っちゃうもの。それじゃあ面白く無いでしょ」
「ふん、後悔しても知らないわよ」
そう言いながらルイズは集中してルーンをとなえます。
そして一瞬遅れて、サイトの後ろの壁が爆発しました。
「おぎゃ!!!」
爆風でサイトの体が大きく揺れます。
「あら、器用ねえ、壁を爆発させるなんて」
キュルケは嬉しそうに言いました。
「まったく、器用にあの男の体には当てずに塔を爆破するとは…ほれ、キュルケ次はお前の番だサッサとしろ。別にロープに当てなくてもあのボンクラの顔とか心臓とかを焼き払うという手もあるぞ」
「無いわよ!あなた本当に彼の事嫌いなのね…まあいいわ、よく見てなさい、私の魔法の腕を…」
そう言ってキュルケは集中した表情でサイトを吊るしているロープを見据えます。
「ファイヤーボール!」
キュルケがルーンを唱えると、火球が現れサイトめがけて飛んでいきます。
そして、
それは見事にサイトを吊るすロープに当たりました。
「ぎゃぷん!」
ロープは見事に焼き切れ、サイトは地面に落っこちます。
落ちる瞬間にキュルケがレビテーションをかけますが、ファイヤーボールの魔法を唱えた直後でしたので、完全には間に合わず、サイトは結構な速さで地面にぶつかってしまいました。
「勝者キュルケ!」
「私の勝ちねヴァリエール!」
キュルケは自分の勝利を宣言し、
ルイズはしょぼんとしてその場に座り込んでしまいました。
サイトはそんなルイズを悲しい視線で見つめますが、それはさておきまず身動きがとれない状況を何とかしようと、
「まずはロープをほどいて…」
と力ない声で言いました。
「ええ、喜んで」
キュルケは上機嫌でサイトに駆け寄り、ロープをほどこうとします。
その時です。
突如として巨大なゴーレムが現れました。
「何アレ!!」
そこにいた誰もが目を疑いました。
突然現れた巨大ゴーレムはずんずんと自分たちの居る塔に向かってきます。
「きゃあああああああ!!」
キュルケは悲鳴を上げながら逃げ出し、サイトはその背中に向かい叫びます
「置いてくなあああ!」
巨大なゴーレムは一直線に塔に向かって来て、サイトはパニックに陥ります。
何とか逃げようと体をくねらせますが、体に巻かれたロープが緩む様子はありません。
そんな彼の元に駆け寄るものが居ました。
ルイズです。
「何で縛られてるのよ!こんな時に!」
「お前らが縛ったんだよ!」
ルイズは必死にサイトのロープを解こうとしていますが、焦っているせいかなかなか解くことが出来ません。
そしてその時。
呑気な声が聞こえました。
「ほう…なかなかデカイな」
「30メイルほどの大きさですね」
まるで観光名所を見るかのように呑気な様子のテオとエンチラーダにルイズは大きな声で怒鳴りました。
「あんたら何落ち着いてんのよ!」
「焦った所で事態が解決するわけではないからな…ふむ、変わった形状だな。肩幅が大きすぎるだろうか…頭に木が一本生えてるのは素晴らしいな。芸術というものを多少は理解しているメイジのようだ」
「動きはかなり安定していますね」
全く焦りの見えない二人にとは対照的に、ルイズとサイトはパニックです。
「目の前!来てる!!」
「ゴーレム!!!」
サイトとルイズが迫り来るゴーレムを指さしながら慌てた様子で叫びます。
ゴーレムはもう4人の目前まで迫ってきて居ました。
しかしテオは落ち着いた様子を崩しません。
「何、問題ない…エンチラーダ、そのクズを持ってとっとと逃げろ」
「御意にございます」
エンチラーダがそう答えると、彼女はサイトを吊るしていたロープの切れ目の部分をはしと握りました。
「えっと。スイマセン、この状況って…もしかして」
その行為にサイトは不安を覚えました。
抱きあげるのでも、担ぎ上げるのでもなく、ロープの先を握る行為。
その状態で、この場所から逃げるということは…
そして、サイトのその不安は見事に的中します。
つまり、エンチラーダはサイトを縛っているロープを握って、
そのまま走り出しました。
「ウギャ!うご!痛!石!ブゲ!」
サイトは見事に引きずられながらその場から離れていきます。
「サイト!ちょっとあんたもうちょっと優しく運べないの!?」
ルイズも其れを追いかけて行きました。
ゴーレムの進行方向にはテオだけが残され、そのまま行けばテオは踏み潰される状況です。
しかしやはりテオの表情に焦りはありません。
「なるほど。面白い。巨大ゴーレム。吾も挑戦したことが無いわけでは無いが…この形状は初めて見るな」
テオはそう言いながらブツブツと独り言を言いますが、その間にもゴーレムは迫ってきます、
そして、
ゴーレムの足がテオを踏みつぶさんとしたとき。
「宜しい…イッツ・ショォォォタァァァイム!」
そう言ってテオが杖をかざしました
すると、その足元が盛り上がりズルズルと巨大なゴーレムが出来上がりました。
「「「嘘!?」」」
思わず皆が叫びました。
テオが創りだしたゴーレム。
それは、迫り来るゴーレムと同じ大きさ、同じ容姿の、瓜二つのゴーレムでした。
「なるほど、重心が上に来るので安定するのか…、肩幅が広いのはそういう意味もあるのだな」
ゴーレムの肩に座りながらテオが言いました。
一瞬で30メイルのゴーレムを作ったのに、その表情に疲労は一切見えません。
「あいつ、あんなものも作れんのか!?」
「見た目も大きさも全く同じじゃない」
「クリエイトゴーレムは御主人様が得意とする魔法ですので。ご主人様の実力ならばあれくらいの大きさのゴーレムは簡単に作れます。自己最高は120メイルのゴーレムだと言っていました」
「ヒャ…」
「百二じゅう…」
エンチラーダのその言葉に二人は息を飲みました。
見た限りでは今戦っているゴーレムは30メイル程度、それでもとても巨大で圧倒される迫力があります。
しかしその四倍もの大きさのゴーレムが作れる。
そんな大きいゴーレムが動く姿など、ルイズもサイトも想像すらできませんでした。
「でも、じゃあ何でワザワザおんなじ大きさのゴーレムを作ってるんだ?」
「そうよ、その120メイルのを作ればすぐに倒せるじゃない」
「さあ、其れはご主人様に聞いてみないとわかりませんが、おそらくはそれではつまらないと思われたのでは?」
「「はあ?」」
ルイズとサイトは意味が分からないといった様子ですが、実際エンチラーダの言うとおりでした。
「フハハハ なるほど、中々に計算されている。無駄に大きいだけではないな、効率的な形に作られている。貴様には及第点をやろう、さあ条件は同じだ。ドチラがゴーレムを上手く扱えるか勝負しようじゃないか」
テオは笑いながら相手のゴーレムの肩に乗るメイジに向かってそう言いました。
その気になれば、テオはもっと大きなゴーレムを作ることができます。
しかし、それでは勝てて当然です。
テオはただ勝つのではなく、一人の人形使いとして、この勝負に勝ちたいと考えました。
同じゴーレムで、純粋にゴーレムを操る腕で目の前のメイジに勝ちたいと思ったのです。
次の瞬間テオのゴーレムが回し蹴りを相手のゴーレムに放ちました。
大きな音が響きながら、相手のゴーレムがよろけます。
「まるで特撮映画みたいだ」
「なにこれ」
眼の前で繰り広げられる戦いにサイトとルイズが唖然とします。
「はははは、素晴らしい。やはりゴーレムは良いな。さあ行けゴーレム!そこで必殺アッパーだ!」
テオのゴーレムは相手に攻撃をします。
パンチ、キック、フック、アッパー。
勿論相手のゴーレムもそれを黙って食らうばかりではありません。
テオのゴーレムも攻撃を受けていきます。
お互いのゴーレムは殴り合い、手に汗握る激しい戦いが繰り広げられていました。
「互角か?」
遠くからその様子を見ていたサイトが言いました。
二体のゴ-レムは傷つく度に回復をするのですが、お互いの攻撃量はその回復を上回り、お互いのゴーレムは同様にボロボロになっていきます。
「互角?まあ確かにそうみえます。ですがそれはあくまで互角にしているのです」
「互角にしている?」
「同じゴーレム同士が殴り合えば互角になるのは当然。御主人様はワザと相手の土俵に立っているのです…とはいえ、それでも御主人様のほうが有利ですが…」
エンチラーダがそう言い放つと同時に、テオのゴーレムの拳が相手のゴーレムの腹の部分に命中します。
殴ったテオのゴーレムの拳の部分がそれによって砕けますが、相手のゴーレムにはそれ以上ダメージを与えました。
相手のゴーレムは見事に吹き飛び、そのまま塔にぶつかりました。
固定化の魔法を何重にも重ねがけした塔ですから、倒壊するようなことはありませんでしたが、大きな穴が空き塔の中が顕になりました。
土煙が当たりに舞い、視界が悪くなります。
土煙に埋もれる相手のゴーレムに向かってテオが言いました。
「そんなものか…なんなら吾がゴーレムの扱い方を教えてやろうか?」
テオのその発言に対する返答は相手のゴーレムからのパンチでした。
「それだ、貴様の動きはどうにも大ぶりで読みやすい」
テオのゴーレムはそれを難なく避けます。
「大きいゴーレムの動きは比較的遅い。それは確かに仕方のないことだ。圧倒的攻撃力を得ているかわりにスピードを犠牲にしてるのだ、だから…」
そしてテオのゴーレムは右手を大きく振りかぶり。
そして蹴りを放ちます。
「フェイントを活用しなくては」
来るであろうパンチに備えていた相手のゴーレムは、予想外に放たれたキックに大きくぐらつきます。
相手のゴーレムは後方によろけ、テオのゴーレムとの間に距離が出来ました。
「そして人間にはできない動きが出来るのがゴーレムの最大の利点で有る。見た目を人間とは多少違う形にした時点で、たしかに貴様は及第点なのだが…そんな動きでは吾には勝てんぞ?」
次の瞬間テオのゴーレムは奇っ怪な行動を取ります。
右腕で左腕を引き千切ったのです。
「な!あいつ何してるの!?」
遠くで見ていたルイズはその行為に驚きますが、その直ぐ後にその行動の理由を理解します。
テオのゴーレムが引き千切った左手を棍棒のようにして相手のゴーレムに殴りかかったのです。
腕一本分のリーチが加わったテオのゴーレムは、相手の攻撃が届かない位置から一方的に相手のゴーレムに攻撃を加えます。
形勢は一気にテオに有利になりました。
しかし、そこには片手がちぎられ、体に穴を開け、ボロボロの状態でなおも懸命に戦うゴーレムの姿がありました。
「なんだかあのゴーレム、可哀想だな」
どこか哀愁を漂わせるその姿に、思わずサイトはつぶやいてしまいます。
「ゴーレムはなんとも思いませんよ。そう感じるのはあなた自身では?貴方があの戦い方に傷ついているからそう思うのではありませんか?」
エンチラーダのその言葉に、サイトはゴーレムに感情移入してしまっている自分に気が付きました。
かつてフィクションの世界で何度も見てきた巨大なロボット。
そのロボットに感情移入をして、そしてその戦いに一喜一憂した経験がサイトにはありました。
そして目の前で繰り広げられるゴーレム同士の戦いの中に、サイトはいつの間にかあの時感じた感情移入をしてしまっていたのです。
やがてテオのゴーレムは相手のゴーレムの腰部分を粉砕し、相手のゴーレムは倒れました。
「ゴーレムはな、いいも悪いも使い手次第なのだよ!」
テオは勝ち誇った表情でそう言いながら相手のゴーレムの肩に居るマントを着たメイジに自分のゴーレムを近づけます。
「貴様には柔軟な発想が足りないのだ………って、石ぃ!?」
その目の前にすでにフーケはおらず、フーケのマントを着た石が有るばかりです。
どうやらフーケは先程土煙が舞った際、それを煙幕がわりに石のオブジェと入れ替わりこの場を逃げていたようです。
「逃げられた?」
その様子を見ていたルイズがポツリと言いました。
「じゃあ何か!吾は石ころ相手に説教かましてたのか!?」
テオはカアっと顔を赤くしました。
石を相手にゴーレムの操縦法を鼻高々に語る自分。
その様子を思い出すと赤面せずには居られませんでした。
「おのれええええ!!吾、無茶苦茶恥ずかしいではないかあああ!!」
月が光る学園の広場に、
テオの叫びがこだましました。
◆◆◆用語解説
・薔薇
男色を意味する隠語。
・その決闘…合意とみて宜しいですね?
ロボトルファイト!!
子供向けのバカ話かと思いきや、サクサクっと心に刺さる言葉の数々。
漫画版がおすすめ。
・馬糞
テオは実際に馬糞を食べたことはない…はず。
ちなみにエルザが普通にクッキーを食べたのは、エルザの住んでいたザビエラ村の名物、ムラサキヨモギがとてつもなく苦く、耐性を持っていたから。
・イッツ・ショォォォタァァァイム!
30メイル〈30メートル〉のロボットと言えばこれ!
あまり知られていないが、かなりの名作。
どうでもいいけど、エンチラーダってドロシーに似てるかも。
別にドロシーをモデルにしたわけではないけれど、
アレを想像してもらうとエンチラーダのイメージがわかりやすい。
あと同じく30メートルのロボとしてはか、「マ”!」のロボが思い出される。
輝く太陽背に受けて、鉄の巨人の叫び声♪
アニメ版も嫌いじゃ無い。特に素晴らしきヒィッツカラルド!!!
・ボロボロ
文系なのでわからないのだが同じ物質をぶつけた場合、殴られたほうが動いていなくても、相対速度は同じなので、殴った方も殴られた方と同等のダメージを受けるのではないか?
人間の場合は体の部分によって丈夫さや硬さが違うから殴るという行為が成り立つが、同じ物質で全身ができているゴーレムやロボット同士が殴り合い戦った場合、両方共壊れる気がする。
このへんの部分、詳しい理系の人が居たら教えて欲しい。
・いいもわるいも使い手しだい
あるときは正義の味方、あるときは悪魔のてさき
どんな便利な道具も、どんな有効な武器も、使う人次第でどのようにもなるのである。
この世に悪い道具なんてものは存在しない。存在するのは悪い人間だけ。
ある意味鉄人はロボット漫画の先駆けであり、同時に完成形でもある。
実は「ゴーレムはなんとも思いませんよ」も鉄人にあるセリフの捩り。
鉄人に心はない。鉄人に心を感じるとしたら、それは他でもないあなた自身の心なのだ。
・120メイル
ロボットアニメのロボでの最大の大きさは最終形態のグレンラガンだとして、
地上にで戦闘を行うタイプで最大級となると120mのダイターン3では…
あ!240mのガンバスターは陸上可!?え?ジアース?あれロボなのか?
…フォートレスマキシマス?なにそれ?食えるの?
ちなみに身近な120メートルというと牛久大仏があげられる。
あれが動いてると想像してもらいたい。
・巨大ロボ
頭がオカシイと思われるかもしれないが、筆者が一番好きなロボット(含むロボットスーツ)は、
ゾックである。
フォノンメーザーについて熱く語りたいけれど、みんながドン引きすることは間違いないのでやめておく。