「羽織くれは! お前、魔女だろ!」
ズビシッと言い放つ。おお、今の俺最高にイカしてねえか? 絶対これくれは惚れただろ。そんなことを考えていると、くれはは表情を変えず、可愛そうな子を見る目で俺を見た。
「はぁ……魔女探しごっこかしら? ちょっと前に隣町で流行ったらしいわね。けど長瀬くん。あなたは魔女がいるなんて本当に信じてるの?」
「……」
「ふふっ、意外とかわいい趣味ね」
くれははくすくすと可愛らしく笑い、思わず見とれてしまう。ああ可愛いなぁ……本当に。ってそうじゃない!
「聞いた話によるとさ、この学園は大昔に魔女たちが作ったらしいぜ?」
「都市伝説ね。学園の七不思議でしょ? そんなのは証拠にならないわ。たとえ都市伝説でなくても、わたしが魔女だってことにはならないわ」
「確かに。ユキちゃん、どうしよう!」
なにくれはの言葉に簡単に流されてるんだよ。俺はため息をついてコツンところんの額を小突くと、ころんはうーと唸った。
「証拠はこれだ」
マーローくんを取り出しくれはに見せたところ、くれはの眉が少し動いた。
「ターゲットはマジョ! テンシカイがダンテイシマシタ! ショウコヒンノマリョクトモイッチ! マジョカクテイ!」
マーローくんはうぼぁと証拠の品を吐き出した。……相変わらず汚い道具だ。
「な、なんのことかしら? そんな魔女判定機で……」
「あれ? 俺これが魔女判定機だって言ったか?」
「くっ、さっきあなたたちが言ってたから!」
くれはは誤魔化すように視線を落とし、証拠品を見た。
「生徒会室の写真……? 長瀬くん、これは問題になるわよ?」
「話を逸らさないでくれよ。今はくれはの話だ」
「ユキちゃんの言うとおりだよ! あとユキちゃんは生徒会室だけじゃなくて、女子更衣室にも忍び込んだんだから!」
「おい、お前それは言うな!」
まったく、お前はどっちの味方なんだか。くれははキッと俺を睨みつけると証拠品をかき集めた。
「これは生徒会が没収します。魔女の証拠にはならないけど、あなたの問題を先生方に提出する資料になるわ」
「くれは、隠さなくていいじゃんか。べつにくれはが魔女でも何もしないし」
「なにを言ってるか分からないわ。とにかく、話は終わりね!」
背を向け帰ろうとするくれはに俺は声をかけた。
「ハトに変身して帰るのか?」
くれははびくりと肩を震わせ、ゆっくりと振り返る。驚いたような表情を見せ、ため息をつくと、諦めに近い穏やかな笑みを浮かべていた。
「見たのね?」
「ああ、バッチリと。な、くれは魔女だって認めて……」
「ダメよ、認めないわ長瀬くん。わたしは魔法なんて認めないの」
くれはは思い詰めたように眉をひそめ、顔をうつむかせた。魔法を認めない……くれはの過去に何かあったのだろうか。いや、今はそれを詮索する時じゃない。穏便に説得しないと。
「なあ、くれは」
「……長瀬くん。人間って強い衝撃を受けると記憶を失うらしいのよ?」
「くれは?」
どうもくれはの様子がおかしい。気のせいだろうか、くれはの周囲の空気がゆらゆらと歪んでいるように見えた。ただならぬ雰囲気に俺はたじろいだ。
「ごめんなさい、長瀬くん。少し痛いかもしれないけど我慢してね?」
くれはが小さく何かを呟くと、サッカーボールほどのピンク色の光の玉が俺の頭めがけて飛んできた。
「うわっ!? アブねえ!」
それをしゃがんで避けると、くれはは再び光弾を打ち出した。いやいやいや! 待て待て待て!
「待ってくれ、くれは!」
「待たないわ! 眠りなさい! 長瀬くん!」
光弾は一定のリズムで次々と休む暇なく打ち出され、襲いかかってくる。俺はそれを不器用によけていく。あぶね、うおっ! 今、制服に掠った!
「止めてくれ、くれは!」
だが、くれはが攻撃を止める気配はない。くそっ、話を聞いてくれよ!
「シモベ様!」
やがて、苛烈な弾幕攻撃が止む時がきた。さすがにそう何度も連射出来ないのか、くれはは息を切らして膝に手をついていた。その隙をついてクロが近づいくると、魔封印ハリセンダーを手渡してくる。
「シモベ様、やるしかありませんでございますのです」
「チッ……」
あまり使いたくない手だったが仕方ない。これで頭を一発叩いて、くれはを冷静にさせよう。話はそれからだ。
「それっ!」
光弾が再び襲いかかる。幸い、速度はあまり早くないし一直線にしか飛ばないようだ。これならば、まだ見切れる。弾幕ゲーで鍛えた動態視力をなめんなよ!
ホップステップジャンプと、心の中で唱えつつ地面を這いつくばって転がって、無様に光弾を避ける。避けながらも少しずつくれはとの距離を詰めていく。へへっ、この調子なら!
「っ」
突如としてズキッと胸に痛みが走り、思わず体が硬直してしまう。客観的にみてもこれは大きな隙だ。ヤバい、と思ったときには遅かった。
「そこね!」
「ぐおっ!!」
三つの光弾がうなりをあげて、遠慮なしに俺の体にぶちあたる。サッカー部のエースのシュートを食らったような痛みのあと、俺は吹き飛ばされ床に叩きつけられた。
「シモベ様!」
「ユキちゃん!」
クロところんの悲痛な叫び声。俺は大丈夫だ、となんとか声に出してよろよろと立ち上がる。すると、胸に激痛が走った。これは、飛び降りたときのダメージが残ってたか? あばら骨にヒビが入っていたのかもしれない。ズキズキとした痛みは治るどころか、加速度的に増していく。倒れそうになるのを根性で耐える。我慢できない痛みじゃない……俺はまだやれる。自分の心を鼓舞して、気張る。
「長瀬くん。提案なんだけど」
「なんだよ?」
「あなたがわたしを魔女だって追求するのを止めてくれれば、もう攻撃はしないわ。あなたを傷つけるのは本意じゃない」
「……」
「ね、長瀬くん。もう止めましょう?」
息を切らしながら、くれはは本当に心配そうにしていた。短いつきあいだけど分かる。くれはは優しいから、俺を傷つけたくないんだろう。それでも魔女だと認めないのは、くれはにはくれはの意地があるからだろう。
最低だな、俺って。人の隠していた秘密を暴こうとしているのだから。ふと思った。俺がもし魔女探しなんて関係なく、くれはの秘密……魔女であることを知ってしまったらどうするのだろうか。そのまま心の中でとどめておいて、気にせずに学園生活を送るのか?
……いや、ちがうな。間違いなく同じように俺はこうやって暴こうとしたに違いない。クロの助けがなくても、魔女探しっていう大義名分がなくても、くれはに嫌がられようと。なぜか? 決まってる、それは。
「……くれは。俺はお前のことがもっと知りたいんだ」
「っ」
「自己中心的な考え方だけどさ、俺は好きになった女の子の全部が知りたい」
「な、なによ、それ。あなたが好きな女の子はたくさんいるでしょ?」
頬を赤く染め恥じらうくれはの姿に萌えつつ、俺は頷いた。
「そうだな。基本的に美少女は全員好きだ。だからその子たちのことも知りたい」
あ、くれはの視線がブリザードのように冷たくなった。
「……最低」
「最低でございますのです」
「ユキちゃん、それ最低だよ」
「うっさい! 最低だってことは分かってるわい!」
でも、と俺は付け加えた。
「俺は本当にくれはの全部が知りたい。魔女探しとか関係なく、心からそう思ってる。くれはが何かに悩んでるなら心の支えになってやりたいし、くれはが困ってるなら俺は全力で助けたいと思ってる」
言葉を区切り、俺はくれはの目を見る。気持ちが伝わるように、真剣な思いが伝わるように。
「最低で自己中な俺だけど! この気持ちに嘘はない!」
伝わったか? 俺の思いは。
じっとくれはと見つめ合う。奇妙な沈黙が続き、そして突然くれはがぶっと吹き出した。
「あは、あははは!」
そしてそのまま腹を押さえて笑い始めた。
「な、なんだよ! 人が真剣に思いを伝えたって言うのに!」
「ご、ごめんなさい。でも最低だって開き直ってあんなこと言うとは思わなくて……あははは!」
「〜〜っ!」
あーもう恥ずかしいわい! 盛大に笑われるなんて!
ひとしきり笑って満足したのか、くれはが目尻の涙を拭ってひぃひぃと息を整えていた。
「ごめんなさいね、笑っちゃって」
「……」
「あら、怒らせちゃったかしら」
「……別に」
俺は尖っていた頃のとある女優のような言葉をぶっきらぼうに呟いて、そっぽを向いた。
「長瀬くん。でも、嬉しかったわ。そんなことを言ってくれて」
くれはの顔を見ると、優しい笑みを浮かべていた。
「でも、ダメなの。わたしは魔女だって認めるわけにはいかないわ」
「そうか……じゃあ、遠慮はしないぜ。美少女を傷つけるのは信念に反するけど、俺は俺のやりたいことをやるぜ」
「ふふっ……最低ね。残念だけど、勝つのはわたしよ」
お互いに笑いあう。
さて、状況は最悪に近い。だがここで耐えなきゃ男が廃る。俺はくれはのことが知りたいってかっこよく啖呵を切ったんだ。だったら、あとはそれを実行するだけ!
「いくわよ」
「イクなんて卑猥なこというなよ」
「破廉恥な! やっぱり最低ね!」
くれはの背後には無数の光弾。百は確実に越えている。お、おいおい。こんな数があるなんて聞いてねえよ……もしかして、くれは俺とはなしている間にずっと呪文を唱えてたのか? 頬をピクピクとひきつらせながらくれはを見ると、ニヤリと挑発的に笑っていた。
「これが私の全魔力を使った一撃よ。そうね、これに耐えて私に一撃を入れたら長瀬くんの勝ち。耐えられるなんて思ってないけど」
「へっ、上等だ!」
「そう……じゃあ眠りなさい、長瀬くん!」
くれはが手を振りあげると一斉に光弾が迫り来る。
「うおおおおおおおおおお!!」
俺はハリセンを振り上げ、避けることも逃げることもせず、光弾の壁にぶつかりにいった。
**
雷が落ちたかのような轟音が鳴り響き、体育館が揺れた。わたしの全魔力を使った無数の光弾の一斉射撃。今、わたしが出せる全力。それをたった一人の男の子にぶち当てた。
長瀬ユキト。
不思議な男の子。会う度にセクハラばかりしてくる破廉恥な奴。わたしに好きだと言っておいて他の女の子にも同じようなことを言う最低な男。
わたしの一番嫌いな人種のはずなのに、どうしてか私は嫌いになりきれなかった。それがどうしてかは今まで分からなかったけど、さっきの彼の言葉を聞いて分かった。
彼は『良い最低』なのだ。矛盾しているようだけど、それが彼の本質。女の子を平等に愛するなんて馬鹿げたことを本気で実行するアホ。彼はいつも本気でわたしを好いていて、他の女の子のことも本当に好きなのだろう。それに気づいたとき、わたしの胸のつかえがとれた気がした。
わたしは芯のある人は嫌いになれない。彼は最低だけど、大木の幹のようにしっかりとしてブレない芯があるのだ。ただ、向けるベクトルが違うと思うけど。
「まあ、だからといって好きってわけじゃないわ」
そう、嫌いじゃないだけで積極的に好きってワケじゃない。彼がわたしに向ける感情がLOVEだとしても、わたしが彼に向けるのはよくてLIKE。友達としての親愛の念に過ぎない。というか、あんな最低な男を誰が恋人にしたいって思うのかしら。
「まったく、本当に最低ね」
そう呟くが、言葉に反してわたしは自分の口がつり上がるのを自覚していた。
「最低で悪かったな」
煙の中から出てきたのは、ボロボロな姿の長瀬くん。制服は破れかぶれで、青あざががたくさんできているようだった。絶対、耐えきれないと思ったんだけど……。
長瀬くんはゆっくりとわたしに近づく。魔力がすっからかんのわたしはこの場から動けない。離れていた距離がだんだんと近づいて、長瀬くんは大きなハリセンを振り上げた。痛そうね、アレ。
これから来るだろう衝撃に備えて思わず目をつむる。
だけど予想に反してぺちりと弱い音が頭の上から響くだけだった。ゆっくりと目を開ける。長瀬くんがいたずらが成功したような子供のように笑っていた。
「俺の勝ち、でいいな?」
「そうね」
……私の負けよ。