「こちらスネーク。無事目的地に到達した」
「センエツながらシモベ様。なぜダンボール箱を被っていらっしゃるので?」
「潜入任務にダンボール箱はつきものだろう」
「流石シモベ様! 博識でございますのですね!」
翌日の昼休み、人のいない時間を見計らって生徒会室前までやってきた。ここなら、くれはが魔女である証拠が見つかるかもしれない。
首を回して辺りに人がいないかを確認する。右良し、左良し。
「霊的な存在もこの辺りにはいないですのです。呪縛霊、呪い……ククク」
「怖いこと言うなよ……。んじゃ、入りますか」
生徒会室のドアノブを押してみるが、扉はビクともしなかった。あれ、おかしいな? 今度は力を入れて押してみるも開かず。引き戸かと思い引いてみてもやはり開かなかった。
「何でだ……?」
「シモベ様、シモベ様。この扉の横にあるのはどのようなものでしょうか?」
クロの指差す場所には円形の装置が設置されていた。どことなくドラゴ○ボールレーダーに似ている気もするが……。
「長瀬くん?」
「ゲェ、くれはぁ!?」
マジマジとその装置を観察していると、後ろからくれはに声をかけられ俺はズサッと飛び退く。おう……まさか鉢合わせしてしまうとは。
くれはは怪訝そうな目を俺に向けてきた。これがジト目か。実にそそる表情だが……今の俺には楽しむ余裕が無い。背中にはいやな汗がびっしりと張り付いていることだろう。
「……生徒会室に何かご用かしら?」
「えっと、そのー……」
いかん、何か理由を考えなければ。ここで魔女探しのためあなたを調べてました、って事がバレたら今までの苦労が水の泡だ。
「長瀬くん?」
「そうだ! くれはを探してたんだよ!」
「わたしを?」
「そうそう! 昨日トイレ掃除サボっちゃったから謝ろうと思って」
「なっ、長瀬くん!?」
しまった! くれはがちょっとお怒り気味だ。選択肢を間違えたかも。
「どういうことかしら?」
「いやいやコレには深い訳が!」
「……話してみなさい」
「俺は住み込みで喫茶店の手伝いをしてるんだけど、それに遅れそうだったんだ! 手伝いをサボると住むとこを追い出されるから、悪いとは思ったけど帰ったんだよ」
ナイス、俺の口! よくこんな台詞をスラスラと思いつけたもんだ。心の中で安堵のため息をつく。コレなら情状酌量の余地があるだろう。
予想通りくれはは顎に手を当てて、何かを考える仕草をみせていた。
「事情は分かったわ。確かに、昨日いきなり言ったわたしにも落ち度があった」
「あはは、そう言って貰えると気が楽だ」
「でもね、長瀬君にはちゃんと罰を受けてもらうわ」
「はぅあ!?」
な、なんてことだ。今の流れは普通は無罪放免だろうに。くれはは腰に手を当て俺に人差し指を立てると、ニヤリと笑った。
そのポーズはなかなか様になっていて、思わず俺は唾を飲み込む。
『ふふっ、悪い子ね。お仕置きが必要かしら?』
なんて言っているように聞こえて……。
「はい! 喜んで罰を受けます!」
「そう。じゃあ、このプリントを職員室までお願いね」
「のわっ!?」
いきなり腕にかけられた重いダンボール箱に俺は悲鳴を上げる。
「く、くれはさん……? お仕置きしてくれるんじゃないんですか?(性的な意味で)」
「なっ! なにバカなこと言ってるのよ! さっさと職員室まで運びなさい!」
「サー! イエス、マム!」
なんか滅茶苦茶怒ってるようだし、俺は素直にくれはに従うことにした。
**
職員室にブツを届け、凝った肩をぐるぐると回す。
「ったく、骨折り損のくたびれもうけだ」
お仕置きしてもらえないなんて、くれははやっぱり男心が分かってない。はっ、もしかして焦らしプレイか!?
「シモベ様。その考えは違うと思いますのです」
「なんだ、声に出してたか?」
「イエ……センエツながら申し上げますと、表情がだらしなく弛んでいたのでなんとなく想像がつきましたのでございますのです」
「それほどでもない」
まったく……。しかし本当にどうすっかなー。生徒会に何か重要なヒントがあるかもしれないのに、入れないなんて。
「生徒会室の窓から侵入するか?」
「シモベ様。その件なのですが」
「どうした?」
「開け方が分かりましたのですが」
…………。
「なにぃぃぃぃ!?」
い、一体いつの間に!? 驚いてクロを見ると、クロは無い胸を張って答えた。
「シモベ様が妄想にふけっている間に、羽織くれは様が生徒会室に入ったのでございます」
「ふむふむ。それで?」
「羽織くれは様は、特殊なペンのようなもので、扉横についていた装置に何か模様を書き込むように描くと、生徒会室が開いたのでございますのです」
「どんな高度なセキュリティーだ。もしかして、この学校が魔法にゆかりがあるからそんなビックリドッキリメカが開発されたのか?」
「それは分かりませんが……。このナビ天使クローディア、シモベ様のためにきちんと模様を覚えたのでございますのです」
「でかしたぞ、クロ!」
ぎゅーと強く抱きしめてやるとクロは苦しそうな息を上げた。
「それじゃ、あとはその鍵をどうやって手に入れるかだが……」
その瞬間、俺の脳裏に電撃が走る。ほう……これはこれは。なるほど、そうすればいいわけだな。
「シモベ様……悪い顔をしてますのです」
「わっはは! 我が世の春がキターっっ!!」
**
「し、シモベ様? 腹痛で保健室に行かれるのでは?」
「そんなもん嘘に決まってるだろ、嘘に」
「嘘でございますか……ではどちらに?」
「女子更衣室だよ」
「ついに犯罪に手を染めてしまうのですね……」
「違うわっ! くれはの持ってる鍵を手に入れるんだよ!」
「ひぃっ! スミマセンスミマセン! ここは死んでお詫びを!!」
クロの戯れ言を回避しつつ、俺は女子更衣室の扉に手をかける。幸いなことに鍵はかかっておらず、すんなりと侵入することができた。
ふぉぉ! ここが更衣室か! 大きく深呼吸すると、女の子特有の甘い匂いが鼻をくすぐった。
くんかくんかと目を閉じて匂いを堪能してから改めて女子更衣室を見渡す。大きな部屋の中には女子生徒が使うであろうロッカーに、身だしなみをチェックするための横長の鏡、中央には長椅子が置いてあり、少し奥にはシャワールームが見えた。可愛い女の子たちがここであられもない姿になってる所を想像すると、俺の股間のライトセイバーの出力が最大になってしまい思わず前かがみになる。
「シモベ様、どうされたのですか?」
「気にするな。男の生理現象だ」
「はぁ……」
納得出来なかったのかこてんと首を傾げるクロ。罪悪感を覚えたが、この状況を詳細に語っても男以外には分からないだろう。
俺はよたよたと老人のようにゆっくりな足取りでくれはのロッカーを探す。
……よく考えたらロッカーって番号で分けられてるから、くれはのロッカー分からないじゃん。ええい、仕方ない。適当に開けていこう。べ、べつにロッカーの中身に興味があるわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!
軽くツンデレった所で、さっそくオープン!!
「こ、これは!」
きわどい水着を発見した。な、なんということだ。初っぱなからウルトラレアを引き当ててしまうとは……自分の運の良さに恐怖を感じたぜ。きわどい水着をもって帰りたかったが、足がつくのもいやなので頬ずりするだけにしておく。ぐへへ……良い肌触りじゃのう。ロッカーに鍵をかけていない君が悪いのだぞ、うへへ。
堪能したところで次のロッカーに移る。さて……次は……?
「どわっ!!」
開けた瞬間に額に衝撃が走った。な、なぜだ……なぜスイカが飛び出してくるのだ……。クッ、トラップを仕掛けるとはなかなかの策士だ。仕返しとしてこのロッカーの持ち主のことを想像して今夜は自家発電してやる……! そう決意をした。
イテテ、と額を押さえているとロッカーの下に置かれている黒いバックが目についた。これはくれはがいつも使っているのじゃないか。
中身をゴソゴソと探っていると、鍵らしきものが見つかった。残念なことにパンツやブラはなかった……悔しいぜ。
「クロ、任せたぞ」
「ではこの鍵を、謎のネバネバとした白い液体に入れ」
クロに鍵を投げ渡すと、どこからとりだしたのか液体の入った瓶の中にぽちゃんと落とした。え、エロチックだぜ……。
そしてクロは天高く両腕をあげると、徐に呪文を唱え始めた。
「ゲルゲルゲゲロッパ〜ナホバゲホダベニルクベニアタ〜!!」
毎度ながら意味の分からない呪文だ。いや、呪文だから仕方ないのか?
クロの呪文が終わると、瓶の液体が紫に変わりコピーした鍵が現れる。おお、すげえ!
「でも、なんか違うぞ?」
オリジナルの方は立派な鳩の飾りがついていたが、コピーの方は潰れたカエルの飾りがついていた。
「うぅぅ……ウチの魔力が足りないばかりに」
「気にすんな。使えるならいいよ。お疲れさん!」
グリグリと頭を撫でてやる。
さて、と。用は済んだしサッサと撤退するか。時計を見ると終業時間五分前だった。そろそろ女子も更衣室に着替えにやってくるだろうし……。
そんな時、廊下の方から女子の話し声を美少女イヤーがキャッチした。これは、ウチのクラスの本郷彩花と三船ハルの声!? ば、バカな! こんなに早く戻ってくるとは!
や、ヤバいぞこれは。今ここで彼女たちと対面したら退学なんて事態に陥ってしまうかもしれない。隠れようにも、女子更衣室のどこに隠れればいいんだ! 掃除ロッカーを開けてみる。ダメだ! 俺の入れるスペースはない。シャワールーム? ダメだ、確実にバレる。
慌てる間にも彼女たちの声はどんどん近づいてくる。ここまで、か? 血の気がさぁと引いた。そんな俺の頬を温かい風が殴りつけた。まるで、正気に戻れと言っているように。
風の入ってきた方向を見ると、換気のためか窓が開いていた。身を屈めればあそこから飛び降りて出られるかもしれない! だが問題は高さだ。ここ二階だっけ? 三階だっけ?
もう声はすぐそこまで迫ってきていた。迷ってる暇はないか。男ユキト、逝くぜぇ!
「し、シモベ様!? 投身自殺をするのでございますか!? 魂はウチがいただいてもいいですよね!?」
クロのふざけた言葉を無視し、俺は身を屈め窓の外に飛び出した。時間が止まった感じがした直後、重力に従って俺は落ちていく。
うおわぁぁぁぁぁ! 股がひゅんひゅんするぅぅぅ!
数秒もしない内に、俺は地面に背中から叩きつけられた。ぐふっ、と肺から息が強制的に吐き出され一瞬目の前が真っ暗になる。
「はぁはぁ……生きてる、よな?」
死んだ、と思ったがどうやら生きているようだ。キョロキョロと辺りを見渡す。ここは中庭か? どうやら芝生がクッションになって最悪の事態を免れたようだ。俺の悪運の良さに感謝し、よいしょと立ち上がるとズキッと胸が痛んだ。あちゃあ、どこか痛めたか? でも、早く教室に戻らないと。
顔をしかめ、俺は痛みを我慢しながら教室にもどるのであった。