雰囲気に押され、俺はコクリと頷く。眼光が更に鋭さを増した。
「よく僕がファンクラブの隊長であることをアンダースタンしたね」
コイツ、ファンクラブの隊長だったのか。ちょうど探していたので完全に棚から牡丹餅だ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「君をファンクラブに入れる前に聞きたい。ユーは会長のどこに惹かれた?」
……どこに惹かれた、か。考えろ俺。これはいわば入団テストのようなものだ。全て、なんて陳腐な答えでは無いだろう。だとしたら、無難に性格と答えるべきか? うむ……確か昔雑誌でモテる男は性格を見る! って特集があった筈だ。なら、俺の答えに抜かりは無いだろう。
似非外人の目をしっかりと見据えて、俺は言葉を紡いだ。
「乳・尻・太もも」
「……」
し、しまったぁぁ!
考えていた言葉と全く違うのが出てきてしまった! まあ、くれはの性格なんてまだ付き合いは深くないから知らないし、乳・尻・太ももに惹かれたのは事実だけど! でも今出てきちゃだめでしょ、俺の煩悩っ! でもそんな俺が嫌いじゃない!
ほら、似非外人だって黙り込んでる。うわぁ、終わった! せっかくの過激な特典……もとい、魔女情報がっ!
「オウマイガッ! 君がそんな男だったとは……邪道だ」
くっ、やっぱりか。悔しさから唇を噛み締める。今の気持ちは甲子園出場を後一歩で逃したピッチャーの気分。
だが、そんな俺を見て似非外人は柔らかく微笑んだ。
「しかし、それもまたトゥルー」
「えっ」
「彼女を目の当たりにして、あの乳尻太もも、そして眉に目が行かない男などいません。ソウビューティフル! ソウルブラザー、キミは罪深くも正しい」
「それじゃあ……!」
「オーケー! キミも羽織くれは様ファンクラブの一員だ。僕は、名誉会長兼親衛隊隊長のトム。君は?」
「長瀬ユキトだ」
俺とトムはがっしりと手を握りあった。変な奴だが、心根は俺と同じようだ。
「なお、君の会員番号は440番だ。これが会員証。こっちの封筒は特典ダヨ」
440って……数が多いな。
「ウチの会長は他校にもファンクラブ会員がいるからね」
「なるほど」
あれだけの美少女だ。世間がほっとくはずがない。テレビに出てるアイドルと比べても見劣りしないし。
「それじゃあ、僕はいつも消える会長の跡を追跡しなきゃいけないから!」
ばびゅーんとトムは走り去る。
「と、とにかく、これで目的は果たしたな」
心拍数が上がっていく。周りに誰もいないことを確認して、茶色い封筒の中身を取り出す。コレは、あくまでも魔女探しだからな! 決してやましい気持ちは……!
「フォォ! 流石は名誉会長だ。こんなそそる写真が沢山入ってるなんて!」
あまり他の人には見せたくないので、概要だけ言うとギリギリチラリズム最高って訳だ。これは家に持ち帰って家宝にしなければ……! 自家発電の燃料にもしばらく困らなさそうだ。クックッと笑っていると、クロが微妙な目を向けてきていた。
「シモベ様……?」
「ん? 何だクロ居たのか」
「はうっ、ウチはもしかして影が薄いのでございますのですか?」
悪かった。悪かったから涙目で睨むのは止めてくれ。こう、良心にチクチク刺さるから。
「そうだ、クロ。魔女の証拠って状況証拠じゃダメなのか?」
「状況証拠でございますか」
「そう。あんな熱烈なファンにも見つからないように姿を消すなんて、普通に考えれば有り得ない」
外国のパパラッチと同じ臭いがトムからはした。獲物を逃さない、狩人の臭いが。そんな奴に追いかけられて一度も捕まらないなんておかしいだろう? 俺がそう言うと、クロは腕を組み答えた。
「センエツながら……情報をメモしてマーロー君の口に入れれば可能でございますのです。マーロー君は写真や事実をメモした紙にも柔軟に対応するのです」
クロの言葉を受け、メモ帳に聞いた情報をさらさらと書く。そして、クロにマーロー君を呼び出して貰い口の中に入れた。
『魔力反応アリ! 魔力反応アリ!!』
「おっ、何か反応した!」
「しかし、シモベ様。まだこれだけでは魔女神判の許可は下りないでございますのです。もっと証拠を集めて、決定的にしないと……」
ふむぅ……そういうものなのか。ということは。しばらくは、くれはの尻を追っかけられるって事か。
ムフフ、ラッキー!
「シモベ様のように煩悩丸出しのニンゲンは、今まで見たことありません」
「そう褒めるな」
ワッハハと笑うと、後ろからスタッと誰かが立った音がした。クロは素早く姿を消した。
振り返ると、羽織くれはがその場に立ってキョロキョロと辺りを見回していた。
「誰もいないみた……い?」
俺とくれはの目が合ったので、ようと片手で挨拶をする。
くれはは、まるでメドゥーサに石にされてしまったかのように固まった。
「くれは?」
名前を呼んでも返事はない。立ったまま固まっている。「返事がない。ただの巨乳のようだ」とかいうインフォメーションが頭の中に鳴り響く。
これは、チャンスだな。にしし、と笑ってくれはに近づいてそのホルスタインのような乳に一礼してから揉みしだく。
もにゅんもにゅん。
おぉう、揉みごたえ抜群じゃないですか。 しばらく、俺が女の子の感触を楽しんでいるとくれはがようやく瞳に理性の光を灯した。
「おう、くれは。どうしたんだ」
「名前で呼ばれるほど親しくなったつもりは無いわよ、長瀬君……って、何やってんのよっっ!」
「へぶっ……!」
右頬に強烈な一撃を喰らって、俺は壁に叩きつけられた。
「ははは、破廉恥なっ! あなたは常識というものが欠けているの!? この変態っ!」
「何を。美少女を前にして、欲望をさらけ出さない阿呆がどこにいる!」
「開き直るなっ!」
ガツンとかかと落としを頭に決められる。おぅ……意識が……。
「だいたいあなたは……って、長瀬君!? いけない、本気で頭蹴っちゃったから!」
薄れゆく意識の中、最後に見たのはピンク色の布地と、不自然に一枚だけ開いていた窓だった。
「……うっ、ここは」
ズキズキとした頭の痛みで目が覚める。
あっと、ここは保健室か? 俺は寝かされてたみたいだけど。
「良かった。目が覚めたのね」
「くれは?」
ベッドの隣では、くれはが椅子に腰掛けて俺を心配そうに見ていた。何でくれはがここに?
「ごめんなさい。思わず、頭を蹴っちゃって……」
ああ、そういや俺はくれはにセクハラをかまして、反撃されて意識を失ったんだっけ。
「あー、何でくれはが謝ってんだよ。俺が悪いことしたから、それくらい正当防衛の範疇だろ」
「まあ、そうだけど……あなたを傷つけたことには変わりはないもの」
……調子が狂うぜ。女の子からこう謝られるのに慣れていない俺は困ってポリポリと頭を掻いた。すると、くれはがくすくすと笑った。
「あなたにも、ちゃんと悪いことをしているって意識はあったのね」
「……一応はな」
「それじゃあ、何であんなことするのよ。わたしは確か言った筈よね、破廉恥な行動は控えるようにって」
ジト目でくれはが睨んでくる。うっ……可愛いじゃなくて! 何でセクハラをするか、か。そんなの決まってるじゃないか。
「そこに美少女がいるからさ。美少女を前にして何もやらないのは男じゃない!」
「……もう一度気絶してみる?」
「ごめんなさい」
くれはの目は本気だった。すぐさま、ベッドの上で土下座を敢行する。
くれはが、呆れたようにため息をついた音が聞こえた。
「まあ、今日はわたしも悪いことをしちゃったし、お説教はここまでにしとくわ。でもね、長瀬君。あなた、わたしにやったのと同じようなことを他の子にもやってるでしょ。生徒会に女の子から沢山苦情が来てるわよ?」
はうっ、マジですか。確かに、可愛い女の子を見かける度に告白したりナンパしたりしている。しかし、まさか生徒会に苦情が行っているとは。いやでも俺は悪くない。悪いのは女の子のレベルが高いこの学校だ。
「これ以上問題を起こされると……生徒会として、あなたに何らかの処置をしなければならなくなるわ」
「……むむ、なるたけ控えるようにするよ」
停学とかになったら、マスターに迷惑がかかるしな。
「完全に止めるとは言わないのね……全く」
まあ、俺が美女に近づくのは反射反応みたいなものだし。食べ物を食べると睡液が出るのと一緒だ。
くれはは腕時計を見て、顔をしかめた。
「もうこんな時間か。ごめんなさい、わたしはもう帰るわ」
「ん……? もしかして、俺の目が覚めるまで待っててくれたの?」
「ええ。放置したままってのは可哀想だったし」
優しいなぁ、くれはは。自分は忙しいはずなのに、粗相を働いた相手の面倒を見てくれるなんて。
「ありがとな」
「いえ、それじゃあね」
少し小走りでくれはは保健室の扉に手をかけて。
「長瀬君、もしかして見た?」
「見たって……何を?」
ピンク色のパンツか? 大変かわいらしかったです、とでも言えばいいのか? しかし、どうもそれは違う気がする。
「……そう。変なこと言ってごめんなさい。それじゃ、お大事に」
最後にくれははそう言うと、保健室を後にした。
「シモベ様」
「うわっ、クロお前どこにいたんだ」
「魔女容疑者に気がつかれないように、ベッドの下で待機していたのでございますのです」
そっか。でも、急に声をかけるのは止めてくれよ、心臓に悪いから。お化けとか苦手なんだよ。
「それにしても、羽織くれは様の最後の意味深なセリフは一体何だったのでございますのでしょうか」
「さぁな。全く持って……」
うん? ちょっと待てよ。
「トムが消えて、俺以外誰もいなかったはずの廊下に、どうしてくれはが居たんだろうか」
おかしい。
階段を降りてきたにしても、向の廊下から歩いたにしても、くれはの足音は聞こえなかった。
しかし、くれははそこにいた。まるで、瞬間移動をしてきたかのように。
そして、一枚だけ開いていた窓。あれがどうにも引っかかる。くれはがあの窓から入ってきた? いや、それは無い。あそこは三階だったし、くれはは壁をよじ登って窓から入るなんてはしたないことはしないだろう。
(ダメだ。訳分からん。ただ一つ言えるのは)
くれはは、限りなく黒に近いということだ。