「えー! 三年生の羽織くれはさんが魔女なの!?」
「しっ! 声がデカい」
放課後。授業も終わり、俺はころんと合流すると天使界から得た情報を告げる。すると、ころんは驚いたように声を上げた。全く、人が全くいない訳じゃないんだから、迂闊にしゃべんなよ。
「で、ユキちゃん。くれはさんと同じクラスになったんだって? どうだった?」
「ん……? まあ、第一印象は最悪に思われただろうな」
「えーなんで!?」
ころんの問いかけに、俺の肩にちょこんと座っていたクロが変わりに答える。
「センエツながら……シモベ様が、くれは様を見た瞬間に飛びついたからでございますのです」
「ユ・キちゃん?」
笑顔なのに、威圧感を放出するころんに、俺は情けなくも平謝りを繰り返す。
「全く、ユキちゃんはどうして女の子を見ると飛びかかるの!」
「愚問だな、ころん。そこに美少女がいるからさ」
フッとカッコつけてみるが、ころんには理解できなかったようで呆れたように肩を落としていた。
「じゃあ、ユキちゃんどうすんの魔女探しは」
「問題ないよ。まずは、彼女の周辺を調べる」
確か情報によると、今日はくれはは新体操部の練習で体育館に行っているらしい。クフフ、これは確実に見に行かなければ! くれはのレオタード姿、乳を見て拝まないと!
「何だかユキちゃんが変なこと考えてる」
「……シモベ様で大丈夫でございますのでしょうか」
問題ないさ!
「やってきました体育館!」
バンと扉を開けて体育館の中に入る。体育館はサッカーコート二面分は入るんじゃないかと思ってしまうほど広かった。バスケ部やらバレーボール部やらが練習に励む中、一際目立つ人溜まりを発見した。
「ころん、ありゃなんだ」
「たぶん、くれはさんのファンじゃないかな」
その人溜まりに突撃し、人垣をクロールするようにかき分けながら一番前に顔を出す。 そして、俺は目を輝かせた。
「フォォォォ! ここが天国か!」
目の前で、可憐な妖精が舞っていた。中学生離れした素晴らしいボディが、レオタード越しにもかかわらず手に取るように分かる。乳が尻が太ももが、汗で輝いてまるで宝石のよう。脳内HDに映像を必死に焼き付ける。
しばらくして、演技が終わるとくれははフゥとため息をついた。その瞬間、ファンたちがズドドという音を立ててくれはに駆け寄る。俺は成すすべなく踏まれまくり、潰されたゴキブリのように四肢を地面に投げて痙攣してしまう。
「ユキちゃん、大丈夫……?」
「も、問題ない。というか、くれはの周りはいつもああなのか?」
「そうだよ? くれはさんは美人だしスタイル良いしカレーだし」
「華麗だろ……っと」
よろよろと立ち上がって前を見ると、ファンの奴らはもう散り散りになって帰る最中だった。
「……なんだ? 誰かに話を聞いてみるか」
てくてくと近づいて、一人の男子生徒に話しかける。
「なあ、なんかいきなりみんな帰ったんだけどどうしたんだ?」
「ウワッツ? ああ、肝心な会長が帰ってしまいましたからね。今日はもう、お開きデース」
(やべっ、変な奴に話しかけちまった)
その男子生徒は帰国子女なのか、金髪アフロでルー○柴のような喋り方で答えてきた。似非外人かよ……。変な奴に話しかけてしまったことを後悔しつつ、質問を続ける。
「帰ったって……そんな気配無かったぞ? ころんは気づいたか?」
「ううん。ころん、全然気づかなかったよ」
「エブリデイ! いつも毎日誰にも気付かれないうちにゲタウェイ……ミステーリアス。ノンノ、そこがキュート、僕のハートを掴んで離さないデース」
男子生徒は人差し指を突き立てて力説した。だが、誰にも気づかれないように帰るって忍者じゃないんだし、不可能だろ。俺の視線に気付いたのか、男子生徒はオーゥと言いながら肩を落とす。
「疑ってるね? スィンクしてご覧? くれはサンは絵に描いたようなお嬢様。ファンの追求を振り切るため、変装して颯爽と窓からアウト。ウェイトさせてあったカーに飛び乗って、次の舞台に行ったんダヨ!」
「もしそうなら、ジャッキーもビックリなお嬢様だな」
激しく脱力して、ため息をつく。今日はもう得られる情報は無いだろうし、帰ろう。
**
「やあ、ユキト君。契約通り、君にはウチでバイトをして貰うからね」
「うぃっす」
学校から帰ってきた俺を向かえてくれたのは、喫茶パタータのマスターでころんのお父さんだった。別宅に俺が住む代わりに、パタータの仕事を手伝うという条件のもと契約していたのだ。
マスターは眼鏡をクイッと上げると、皿洗いをするように指示してくる。裏の更衣室まで向かい、パタータの制服である執事服に着替える。姿鏡で自分の姿をチェックする。うん、いつも通りのナイスガイだ。
その時、ふと視線を感じた。
「クロ。見られて減るもんじゃないが、あまりジロジロと見るな」
「はうっ、申し訳ございません! ここは死んでお詫びを!」
「お前な……死ぬ気もないくせに」
はあとため息をつき調理室に向かった。
「な、何だこの皿の量は」
流しには、積み上げられた皿皿皿。皿の摩天楼がそこにはあった。ぽかんと口を開けてそれを眺めていると、接客担当のマスターの呑気な声が聞こえてきた。
『ユキト君。やっぱり、若い頃は苦労しないといけないからね。君のためを思って今日は皿を洗わずに営業していたんだよ。いやあ、あと少し遅かったら使いまわせる皿がなくなっていたよ。ささ、早い所皿を洗っちゃって』
い、嫌がらせかオイ。額に青筋を浮かべて頬を引き攣らせる。仕方ねえ、一人暮らしで授かった皿洗いのスキルを存分に発揮する時がやってきたようだな。腕まくりして、皿を一枚一枚取り出し洗っていく。
「クロ、お前も少し手伝え」
「センエツながら……シモベ様。ウチはこの皿で誰を呪えば良いのですか?」
「誰がそんなこと頼むかっ! 洗うだけで良いんだよ!」
十分経過。
「畜生、全然終わりが見えねえ!」
「シモベ様~ウチに水はダメでございますのです~! あっ洗剤が! 洗剤がウチを消毒する~!」
「バイキンかっ! 曲がりなりにも天使なんだろお前は!」
二十分経過。
「ようやく、半分って所か」
「フキフキ……皿拭き具合はウチにも出来ますのです……あっ」
「また割ったのか!? お前三枚目だぞ!」
『はっはっは。ユキト君、割った皿は君の給料から差し引くからね』
「ド畜生がっ!」
三十分後。
「よ、ようやく終わった」
「一四枚~一五枚~ヒィィ! 十枚足りないでございますのです!」
「割りすぎだ!」
何とか自分の体をフル酷使して、三十分で皿洗いを終わらせたのだが、代償は軽い物では無かった。手はふやけて感覚を失い、上腕二等筋上腕三等筋の兄弟は揃って悲鳴を上げている。……予想以上にクロが使えなかったため、余計な労力を使ってしまった。もしかして、クロに手伝わせなかった方が良かったか?
壁にもたれ掛かるようにして、俺は休憩する。あー、俺は裏方じゃなくて接客やりたかった。美人なお姉さんとか美少女とかとお近づきになれるかもしれないし。
洗剤にまみれて白目をむいて気絶しているクロを尻目に、俺はせめてもとばかりに聴覚を喫茶へと向ける。
『ねえ、聞いた? 会長さんの話し』
『ああ、くれは様? あの方は本当に素晴らしいですわよね。羽織グループの社長令嬢で、文武両道容姿淡麗……非の打ち所がありませんわ』
美少女イヤーがキャッチした女の子の声で、気になる会話があった。くれはのことか。より集中して、耳を傾ける。
『会長さん、本当に人気よねえ。ファンもあるんだし』
『そうですわね……非公式だけどファンクラブもあるらしいですし』
『ファンクラブ?』
『ええ。でも、そのファンクラブに入るにはファンクラブの隊長を見つけないといけないらしく……ハァ、私も入りたいですのに。何でも“過激”な特典が貰えるらしく……』
そこまで聞いて集中力が途切れた。むむ、羽織くれはファンクラブか……過激な特典が貰え……ゲフン、有力な情報があるかもしれん。明日は、ファンクラブの隊長を探して情報を聞き出すか。
「ユキちゃん! お疲れ様!」
「ん、ころんか。どうした?」
「晩御飯、お父さんがユキちゃん呼んできてって」
「へえ、マスターが作ったのか?」
「え? 私だよ?」
ピシリ、と俺の中で時が止まった。それはさながらメデューサの目を直視してしまったように。い、今ころんは何て言った……?
「ころんが作ったのか?」
ふと蘇る古い記憶。俺の記憶の奥底に何重も鎖をかけて封印していたはずの悪夢(おもいで)。
「そうだよ?」
……神は死んだっ! がっくしと肩を落とし、その場にへたり込む。
「ゆ、ユキちゃん! 大丈夫!?」
「心配ないさ……はは」
ぎこちない笑みを浮かべて立ち上がる。
聖花ころん。コイツは、マスターの娘のくせに壊滅的に飯が不味い。いや、あれは不味いなんてものではない。三途の川にまで飛ばされてしまうほどの味といえば分かるだろうか。昔、コイツの飯を食べて何度俺が死にそうになったことか。おかげで三途の川の船をこぐオッチャンと顔見知りになってしまった。ちなみにオッチャンはロリコンです。日本じゃないから犯罪じゃないらしい。うらやまし……けしからんな!
と、ともかく何とかして逃げよう。でないと、俺の人生が終了する。
「あ、摘めるようにちょっと持ってきたんだ。はい、ユキちゃん!」
ジーザス! 神も仏もいないのか! ころんから差し出された皿には、何か蠢く食材Xがあった。これは、食べ物なのか? 捕獲レベルはいくつなのだろうか。
ころんは満面の笑みを浮かべて、俺がこれを食すのを待っている。俺が食べなければ、たちまちこの笑顔は絶えてしまうだろう。クッ、男長瀬ユキト。命にかえても美少女は傷つけない!
箸を受け取り、物体Xを掴む。すると、どうだろうか。箸の先端が煙を上げて消滅したではないか。
(いや、コレは無理だから!)
金属製だぜ?
金属製の箸が何で溶けるんだ! ダメだ。やっていいことと悪いことがある。これは、その悪い例だ。ころん、すまない。けれど、俺はここで死ぬわけには……。
「ん? おいしそうですね。シモベ様、ウチが食べてもよろしいでございますのでしょうか?」
「あ、ちょっ、まっ」
制止の声をかける暇もなく、クロはそれを口にしてそして。
「ぶくぶくぶく」
泡を吐いて倒れた。背中から薄いクロが出てきている。
「えっ、クロちゃん? どうしたの?」
「あー、寝不足じゃないか!? まったくーだから昨日早く寝ろっていたダロ? アハハ」
色素の薄いクロが身体からでかけていたので、必死に身体に押し戻し、俺は乾いた笑いを漏らす。
「でも……」
「俺がクロを寝かせてくるから、ころんは先に飯を食べててな!」
ほなさいなら~とクロを抱えて別宅に戻る。クロ、君のことは忘れないぞ!
**
次の日、俺はころんと学校に登校してからフラフラと校舎内を歩いていた。
「シモベ様、どちらに?」
「ん……ああ、なんか羽織くれはファンクラブって団体に入ろうとしてるんだが、隊長が居ないんだよな……」
「ファンクラブ、ですか」
「そ。別の言い方をすると親衛隊?」
俺の中のイメージでは、親衛隊隊長はすごく奇怪な格好をしているのだが……そんな人は学園では見あたらなかった。こりゃ見つけるのが大変そうだな。
「あのぅ、シモベ様? なぜ羽織くれはのファンクラブに入ろうとするのでございますのですか」
「そんなの、過激な特典……じゃなくて魔女探しの為だよ!」
危く欲望を口走る所だった。何とかハンドルを切ったが、誤魔化せたか……?
「おお、シモベ様! その熱意に感服致しましたのです!」
クロは目から滝のように涙を流していた。……単純な奴で良かった、本当に。
「でもなぁ、肝心の隊長が……」
と、階段の前に顔見知りを発見した。あれは、くれはのファンの似非外人じゃないか。あまりお近づきにはなりたくない人種だが、仕方ない。俺は似非外人に話しかけた。
「なあ、ちょっと」
「おぉう。ユーはいつぞやの僕に何か用デスか?」
「大したことじゃないんだけどさ……お前、羽織くれはファンクラブって知ってる?」
羽織くれはファンクラブ、その名前を出した瞬間に似非外人の目が鋭く尖り、異様に輝きだした。
「アハン? 君、もしかしてファンクラブに入りたいのデスか?」
ふざけた口調で顔は笑っていたが、目だけは研いだ刃のように鋭く鋭利に光っている。その目は、嘘は許さないと語っていた。
ま、まさかコイツが……っ!?