――――――空が青かった。
どこまでも突き抜ける蒼穹は、一週間前にあった戦いの余韻などどこにも残していなかった。
雨でも降ればまだ慰められただろうか、と益体の無いことを思い、マザーは頭を振った。そう言えば昨日降ったばかりだ。お陰で地面には血の跡もない。
マザーを肩に乗せたベーコが、果物を墓に置いている。傍らに雄牛の杖が突き立つ石の墓だ。
ベーコは置いた果物を撫でながら、墓を見つめている。
足を失った者、目を失った者、様々な悲劇はあった物の、奇跡的に死者は一名であった。
だが、最も失ってはいけない者を失ったかもしれないと、マザーは思う。
マザーはこの一週間、ようやく眠りが少なくなってきている。産卵以前の調子に体が復調しつつあった。否、休んでいる暇が無くなったというべきか。
ミズオと言う支えを失ったミズオ族の支柱となれるのは、今のところ残念なことにマザーくらいだ。
もう一人の候補であるムラサメは、己だけ生きていることを悔いており、頼りにするのは酷であった。
「ホントはねぇ。戦って、疲れて帰ってきたミズオを驚かすつもりだったんだ」
唐突にベーコが語り出した。
「ここに二人の子供が! ……なんてさ。驚いて、凹んでいる暇なんか無くなるだろうって思ってさ」
ベーコもまた、深く己を悔いている。同じ場所で戦っていれば最後の特攻にも付いて行けたのに。そして――――――。
「深く眠っちゃう果物を渡して、密かに襲っちゃったりなんかして。馬鹿だよね。ちゃんと告白すれば良かった」
“まぁ……ベーコが色々と切羽詰まっていたことは認めよう”
人間のころなら犯罪である。
ベーコの腹はこの一週間でだいぶ膨らんできていた。
卵を作っているのだ。産み落とす日も近いだろう。
ミズオとの卵だと、マザーにだけ教えてくれた。マザーが寝ている横でミズオを襲ったとか何とか。
やってくれる。
「ねぇマザー。ミズオは、この子に生まれ変わったりしないかな」
“……どうだろうな”
マザーは端的に応える。慰めの言葉はもう、尽きていた。
進化が一段落してから死んだ者はおらず、しかしマザーは子どもにミズオの意識が宿ることは無いだろうと何となく思う。
そんなことよりも。昨日思い出したことがある。
“そう言えば”
「?」
“ミズオが死ぬ前に久しぶりにテレパシーというのか? 遠くに居るはずのミズオの声が聞こえたよ”
「!」
こちらを見るベーコの視線を感じながら、マザーはあの時のことを思い出す。
死の間際に放たれた強烈な声。しかし内容は、何ともミズオらしい。
―――――歌と踊りの日々が戻ってきますように。
“と、言っていた”
マザーが言うと、ベーコは顔を複雑に歪めて、あはは、と泣きながら笑う。
しばらくしてから、乱雑に拭って顔を上げた。
「じゃあ……歌って踊らないとね。――――――苦手だったけど、たくさん練習して、この子にも教えなくっちゃ」
そう語りかけるように、ベーコは膨らんだ腹をさするのだった。
集落フェーズ:END
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