上級生との合同実習……という名目を借りた練習試合。
次元世界に即戦力をばんばん送りたいこの魔法学校では、軍学校的な側面がある。もちろんそれはあくまでも一面でしかないのだけど。
それがこの慣習で、魔法を使い始めて増長したり、遊び半分で暴発させないようにと文字通り「身をもって」魔法の怖さを知って貰うというイベントだった。
実際、恥ずかしながら私も増長していたと言わざるを得ない。何とか一矢くらいは報えるものだと思ってた。ミッド式は近接がおざなりだし、至近距離でシュートバレットとかで。
やはり、浮かれていた?
デバイスで一気にやることが開けてしまったので、実習まで一ヶ月。寝る間も惜しんでいろいろ試していた。
教本で見た、私ではデバイス無しでの起動なんか絶対無理な魔法なんかも魔力注げば発動出来てしまう事には感動したものだった。
射撃魔法なんか直射型でさえ生身で撃てないタイプなので嬉しくてもう。練習場でシュートバレット、基本中の基本の魔力弾とか撃ちすぎて出禁指定されたり。
他にも基本となる、バインドだのシールドだの。他にも移動系の基礎とか。幅広く……
うん、浮かれていたな。
結論から言うと、めっためたにボコられた。
この上級生との……という言い回しがまた曲者で、私たちには直前まで明かされなかったのだが、相手するのは高等部の連中である。初等部の一年上とかでなく、中等部でもなく高等部である。
先生がソフトな言い方の前情報しか出さないから変だとは思ったのだ。
何が「魔法の怖さを知ってもらうために」だろうか。要するにレベル1の旅に出たての冒険者をレベル30の冒険者が愛の鞭という攻撃をして全滅させるという内容だったわけである。
なぜ、初等部の4年から実技とこの授業が組み込まれるのか判ったような気がする。
これは幼い子には少々刺激が強すぎる。というかトラウマにしかならないだろう。高等部を見たら地獄の獄卒を見たかのように泣き出すに違いない。
「そりゃ……軽々しく魔法使おうなんて気は……げふぁ……失せるな」
その効能だけは認める。叩き込まれた圧縮魔力の残滓がまだ体にくすぶっているような気さえする。ため息から煙のような魔力光がでそうだ。
ちなみに私はまだいいところまで行った……と思う。
何か気取ってる感じのイケ面が統制をとっていたので、弾幕を避けながら回り込んで奇襲には成功したはずだった。
至近距離からのシュートバレットも決まった。
問題は……全て読まれていて、プロテクションをとっくに張られていた事だった。しかもご丁寧にあまり使われないはずの幻術魔法で見た目の隠蔽までされて。
にやりと笑うイケ面君がとても癪に触った。そして何と間抜けな事か。
防御魔法に向かっておらーと魔法弾を叩き込んでいた私は射的ゲームの的より簡単な的だったに違いない。
次の瞬間には360度全方位から飛んでくる魔力弾。
とっさに防御魔法を使えるほど習熟してなかったというのもあるし、いくら目が良くても避けきれるはずもなく……現在に至る。
演習場は死屍累々……と言っても見渡せば、積極的に攻勢に出なかった後衛は加減されてるようで、ほとんど当たっていないのもいるが。
しかし、これでなかなか魔力ダメージというのも痛いものがある。
学校ということで、非殺傷設定は発動が遅れてしまうほどガチガチにかかってるはずなんだが。単純に魔法弾食らいすぎたか?
あーなんだ。とりあえず。
「くやしーなぁ……」
ぽつりと私が空に向いて吐いた言葉は誰も聞いてなかったと思う。
◇
「どうしたのこんな時間に?」
アリアさんが少し驚いたかのような声で返事をしてくれた。
こんな夜が更けてから連絡することは今までなかったので驚かせてしまったようだった。
いや、用件は簡単なことなんだけども、なかなか切り出し口が……
「あー、あのさ。私、地球に居た時剣術馬鹿に一度も勝てなかったって話したの覚えてる?」
「ええ……覚えてるわよ? ちょっと前にロッテに手紙を頼んだって子でしょ? あれ……ひょっとして、その彼氏君に会いたくなっちゃった?」
「その発想はなかったわ……いやいや、ありえんから」
思わず手を目の前でぱたぱた。
「なんてーか……今日、学校でやった魔法の練習試合でメタメタにやられちゃってさ」
いや、魔法使用者としての習熟が足らなすぎるってのは判ってるが、そういうのでなく……ぬーむ。上手く言葉にできない。
悔しいのだが、悔しさのベクトルが違うってか。ふがいなさ……か? 魔法とはいえこんなにあっさりやられてしまった事に?
少し黙ってしまってしまった私に何を感じ取ったのか、アリアさんはニャニャとした笑みを浮かべた。
「ん、なるほどなるほど、青春よねえ……どう? 強くなりたい?」
「えーと、強さとか弱さとかそういうのじゃなくて」
しゃらっぷ。と黙らされる。
「とりあえず、何か考え事するなら、強くなってリベンジしてからすっきりした頭で考えなさい。今のあなたは変な思考入ってるから」
私に任せてもらっていいよ、と言う。
なんて頼りがいのある言葉か。
そこまで言わせちゃ頭を下げないわけにはいかないわけで。
「よろしくお願いします」
心の中で安西先生と付け加えるのは忘れなかったが。
翌日、わざわざ迎えに来てくれたアリアさんに連れて行ってもらったのは大きな家、いや屋敷とも言うべきものだったかもしれない。
ちょっとためらってしまう私を尻目にアリアさんはつかつかと遠慮なくカードキーを通し門を開ける。
「……て、えー? もしかしてここグレアム爺さんの持ち家とかそういう落ち?」
そう聞くと、ちょっと寂しげに頭を振った。
「故人の家だよ、昔は本人とあの子の部下が大騒ぎしていたものだけど」
と、話している時だった。扉が急に開き──
「だ……大丈夫だからほ、放っといてくれっ!」
と家の中に向かって怒鳴りながら飛び出してきて、アリアさんにぶつかる小柄な影。
あまりにアレな事態だったからか流石に反応できずにアリアさんももんどりうって、その小柄な影とアリアさんはいろいろ絡みながらまるでどこぞのコントのようにごろごろと転がった。
私もあまりにあんまりな事態にポカーンとしている。
そうこうしているうちに屋敷の開いた扉から包帯をもった、私と同じくらいの背格好だろうか? 栗色の髪の少女が「待って、待ってよクロノ君!」と言って飛び出し、目の前のアリアさんと絡まった少年を見て固まっている。
何というカオス……
その少年は見たところ、7,8歳だろうか。目を回しているが、子供にしては随分ひきしまった体をしている。ミッドには実はそれほど居ない黒髪をしていてちょっと郷愁をそそった。
ひきしまった体なんてのも格好が……まあ、上半身裸なので仕方ない。男の子なのだから別に見られても気にはしないだろう。
とりあえず、焦点がやっと戻ってきたアリアさんに、自分の状況を見て貰って、くんずほぐれずになっていた体をほどく。すごいところに頭がすっぽり入っていた。なんとうらやまけしからん。
何とか場が収まったので、とりあえずどうぞと招かれ、応接間の椅子をすすめられる。先程の少女がお茶を入れてきてくれた所でお互いに自己紹介を始めた。
この黒髪の少年がクロノ・ハラオウン、アリアさんが言うには私たちの世代で一番完成に近い魔導師という事になるらしい。ただ、いろいろ無茶な鍛錬なんぞもやっているようで、体もよくみれば傷だらけである。そこに丹念に薬を塗って、包帯を巻いている少女がエイミィ・リミエッタと言うそうだ。クロノ君は人前で手当されるのが恥ずかしいようで、顔を染めながらあっちの方向を睨んでいる。
「姉弟?」
「そぉなんですよークロノ君ったらお姉ちゃんの言うことなかなか聞いてくれなくてー」
お姉ちゃん困っちゃうなーと言いながら後ろから抱きしめて見せるが、それ傷に痛そうだぞ?
「ちっ……違う! 姉じゃなくて学校の同期だ!」
「またまた大人ぶっちゃって」
ああ、なんかこの二人の関係が見えてきたような。
とりあえず、家を飛び出してきたのは手当させろ、自分でやるからいいという掛け合いのすえだったらしい。
「んー、そっか。私もちなみに学生なんだ。魔法学校だけどね」
と水を向け、しばらく雑談しているとびっくりの事実。
二人とも士官学校の二年生だという。
いやまあ、確かに管理局では三歳から魔法学校は入学可能だったと思うが、士官学校も似たようなものなのだろうか。年齢を聞けば、クロノは9歳、エイミィは11歳だというし。
ただ、士官って人使う部署だろうに、若くて平気なんだろうか。慣習化してれば何てことないのかもしれないけども。実際のところ管理局に入ってみない事には何とも言えないが。
「それで、私はロッテと交代でたまに来て今でも訓練をつけているのよ」
アリアさんが経緯を話してくれた。
グレアム爺さんの同僚の遺児らしい、しかし、クライド……な。どこかで聞き覚えが……んー、思い出せないな。
ともあれ、これからするアリアさんとクロノ君の訓練を見せてくれるらしい。
まずは一流の魔導師がどういう存在かを知っておくのが一番だそうな。
屋外に専用のフィールドが用意されているというので、場所を移して、エイミィと一緒に観戦する。
──のっけからして引いた。
なんというかもう、うわぁ……である。
「あはは……やっぱティーノちゃんも引いちゃう?」
「ああ、うん、あれはさすがに……あ、血ぃ吐いた」
フィジカルヒールで胃の止血を済ませまた向かって行くクロノ。
フィジカルヒールで切れた腕の繊維を治癒して向かって行くクロノ。
フィジカルヒールで捻挫した関節を治して向かって行くクロノ。
駄目だ、ぷっつんしてやがる……
「あれでも、一応合理的らしいの……本人達にとっては。治癒魔法で治せるようなダメージしか与えてないし、それで治せば治癒の腕も上がるし、魔力的な負荷にもなるし」
「うん……まあ実際ヒールだけじゃなく魔法の練度も桁違いだし。何より誘導制御が半端ない」
私が食らった360度包囲の魔法弾とかより遙かにタチが悪い。逃げ道を用意して、そこには常に罠。まるで迷路を描くように魔法を展開してみせている。しかも状況に応じてリアルタイムで迷路の配置を変えながら。
何となく感じる事があるとすれば、クロノは自分から向かって行きながらどこか守る事主体に戦っているような気もする。
かわせるはずの魔力弾も丁寧にシールドで弾いていた。
そんな見ているだけで頭の痛くなるような模擬戦が1時間も続いただろうか……
「じゃあ、クロノ。宿題の成果を見せてね」
アリアさんが声をかけると、クロノの唇が少し持ち上がった。荒くなっていた息を整え、デバイスを構える。眼を細め集中し──
『Stinger Blade Execution Shift(スティンガーブレイド・エクスキューションシフト)』
魔法陣が乱れ咲き、水色の魔力光が空間一面を染め上げた。
五十本近いだろうか、魔法で編まれた刃状の誘導弾がアリアさんめがけて迷路から形を変えた牢獄となり襲う。
アリアさんはにっこり笑って何かつぶやくと、プロテクションと思しき魔法で全方位の刃を防いだ。
「よくできました。今日はこれまでね」
「……一本も通らないとか」
満足そうなアリアさんと落ち込んでいるクロノ。
私から言わせれば、どっちもとんでもない。
エイミィがお疲れ様-と水で濡らしたタオルをもってクロノの元に小走りに行った。ああしてみるとまるで部活のマネージャのようだ。
私もゆっくり歩み寄って、アリアさんにお疲れ様と声をかけておく。
「どうだった? クロノがランク試験受けるのは卒業時だからまだ決まってないけど、多分魔導師ランクはAA前後。私は使い魔だからランクには当てはまらないけど、AAAってとこだと思うよ」
「どっちの魔法にもどん引き」
正直なところをぶっちゃけるとかくんと頭が横に落ちた。コケるというリアクションをよく判っている猫さんである。
「というか、アリアさんがそんなに派手に強かったとは思わなかったよ」
「そりゃ見せてなかったからね、さて……」
とつぶやいて、手招きする。私は久しぶりに自分が捕食されるビジョンを思い浮かべた。ビジョンではご丁寧に頭に非常食と書かれている。わんわん、わわわんと鳴くべきか。
「次はティーノの番だよ」
はぐれメタルのように逃げ出したかった。
が、しかし私もかつては男である。勇気を胸に一歩を踏み出す。
「や、やや、やってやりゅら」
口は勇気を出してくれなかった。
◇
実のところ……クロノに施したような訓練はアリアさんにとっても例外中の例外のようで、同じようなことをするわけではないようだった。
よかった、本当によかった。
ロッテだとノリ次第で危なかったけど、というつぶやきは全力でスルーした。
「そういえばティーノ。いつまで翼隠したままでいるつもり?」
「……あ、忘れてた」
少し考えて、クロノとエイミィをちょっと見てからアリアさんにアイコンタクトを取ると頷いた。
士官目指してるなら異種族との対応も当然あるってことだろうか。
ならばよしと翼にかけっぱなしの幻術を解く。
「ええええええええッ!!!」
「おおお! すごいなこれは……」
めっちゃ驚いとるやないかい。
話が違うとばかりにアリアさんを見ると、ニャニャと笑っていた。くそ、無駄に可愛い。
「あー、うー、何というかお二人さん、世の中にはこういう種族も居るんだ。あまり驚かないでくれると嬉しいよ」
「……うん。おけおけ。ただ、後でもふもふさせてねー」
「了解した。エイミィ……君は自重な」
エイミィの目がちっと怖かった。
振り返って、アリアさんに話しかけようとしたが、何か表情が固まっていた。
「……ふと気付いちゃったんだけど、いつもオプティックハイドで隠してたの?」
「ああ、うん。便利だし」
どのくらいの時間と聞かれたので、寝るときと風呂以外は全部と言うと、ねぇわーとでも言うように手の平で目をぺちんと塞いだ。
後ろを見るとクロノも顔が固まっていた。
エイミィはよく判らないのかハテナマークを表情に浮かべている。多分私の今の顔もエイミィと同じ顔になっている。
いつまで黙ってても仕方ないとでも言うように首を振るとアリアさんが話し始めた。
「いい? 確かに幻術系はデバイスの助け無しに発動するには向いてるけど、リソースは当然食うの。それもオプティックハイドは動くもの複雑なものになればなるほど、リソースも魔力消費も上がる代物、そんな」
ぴっと私の背中を指さした。
「そんな、いかにも計算が面倒臭そうなディティールと常に動く自分の一部分という対象。どれだけ魔力食うか判る? 意識してなくてもどれだけリソース食ってるか判る? というか何で魔力切れで気絶してないの? そんなに変なのに目つけられて実験対象にされたいの? 実は稀少種族だということで変な部署に引っ張られそうになって、私とロッテがどれだけ手を打ったか判るの? ねえ?」
おおお……ああっ……ち、近い、近いですアリアさん台詞のたびに近づいてきます! 何か得体の知れないオーラを伴って!
笑っているのにワラッていない、尖った牙が近い……ッ! しょっ食される……もう、駄目、ぽ。
なんだか判らないが私は全力で謝り倒した。
しばらくの後、激情が過ぎたらしいアリアさんは深いため息をついた。
「考えても仕方ないね……うん。とりあえずいろいろ試してみようか」
私が割と常日頃から考えている「考えても仕方ない」にたどり着いたようだった。
とりあえずは、魔力切れの一件から確認してみることになる。
「あ、でも私デバイスないと、幻術魔法くらいしか使えないよ」
練習用デバイスは学校の備品なので持ち出し不可である。
もっともそこは折り込み済みだったらしく、これを使ってとカードを渡される。これって。
「デバイス?」
「お父様からのプレゼントよ」
頭をわしわしされた。久しぶりだなこれ。ただ、あまりやられるとセットしたはずのアホ毛が立つんだけども。
「ティーノの保護責任者になったのに、何もおねだりされないうちに当人は局員目指し始めちゃったから。ま、このくらいはね」
あー。それを言われるとちっと申し訳ないというか。いや十分我が儘言ってる気もするんだが。
なんだ、まあうん……有り難く頂きマス。
「ありがと、アリアさん。後でグレアムの爺さんにも話しておくよ」
「ん……と言っても、局員が使ってるスタンダードモデルをあなたに合わせて調整しただけのものだから、そこまで有り難がらなくてもいいよ?」
しゃちほこばってデバイスを受け取る私に苦笑している。尻尾がゆらゆら揺れた。
いやいや、あんたら金持ちだから感覚麻痺してるだろうけど、安い車買えるからね? オーダーメイドじゃなくちゃ嫌とか駄々こねるわけない。貰えるだけ恩の字である。
エイミィに名前を付けないのかと聞かれたが、ストレージデバイスだと、自分のPCに名前を付けるようなものだ。
インテリジェントデバイスならともかく、あえて付けるもんでもないだろ、と言うと何故かクロノが目をそらしていた。少し顔も赤くなっている。
怪訝に思ってじっと見ていたら。
「……あ、あれは母さんのネーミングなんだ。ぼ、僕は関与していない」
何も聞いていないのだが一人で弁解を始めてた。9歳なんだし別に恥ずかしがることもないだろうに……マセてるなぁ。ちょっと微笑ましいかもしれない。先程の、魔法をばんばん放ってた鬼っぷりとイメージが違いすぎる。
ちなみにこの貰ったデバイスは武装局員でもB~Aランクの間で広く使われている中堅モデルとのこと。なんでもデバイスも魔力の出力に合ったものを選ばないと出力が大きすぎれば許容を越えてデバイスが破損、下手すれば爆発するし、デバイスのキャパシティに対して魔導師の出力が低すぎればロスが多すぎて使い物にならないとか。
つまるとこ、私の魔法出力は局員のその辺りのランクと同じくらいはあると見られているようだ。ああ、本局の検査で大まかには判るんだっけ。
早速、起動してみる。
私の個人データは既に登録されているようで、魔力を流し込んで起動の意志を伝えると起動状態に入った。
デバイスの情報を閲覧してみると、スペックや登録してある魔法プログラムを確認することができるのだが。
「あり? 登録魔法ゼロ?」
「ティーノ用に調整したって言ったでしょ? 具体的にはね……」
説明されてびっくり。
アリアさん。それは調整でなく改造と言う。この人意外と凝り性なのだろうか……
どう改造されたかというと、要するに演算機能と魔法プログラムを記憶しておくための記憶野を拡張。余分な場所はいらんとばかりに他の部分をとにかくこそげ落としてある。こそげ落としたという言葉で済ませていいのなら……ある意味とてもデバイスらしいデバイスと言えばいいのだろうか。
「今の流行の逆にシンプルなだけの状態にしてあるから、好きに拡張できるよ?」
と、アリアさん。
なんでも、既存のデバイスをあえて改造したのは最近のデバイスに対する不満もあったらしい。現行製品はどう組んでもそこそこ何でも出来るデバイスにしかならないので、面白みがないのだとか。
昔の局員はこういうシンプルなのから自分のスタイルごとにいじり倒していたものよ、と言う。
……ああ、そういえばリーゼ姉妹はグレアム爺さんと一緒に長い間、管理局に居たのだったか。
ともあれ、このままでは練習もままならないので、クロノをちょいちょいと手招きして、彼のデバイスに登録してある中の基礎魔法をコピーさせてもらう。
「……何、このシビアでタイトでピーキーな設定」
本人きょとんとしてるが、人の使うレベルじゃねえ。
コンマ1秒内に10から30単位で判断して指示を与えないといけないとか。
これだから頭の良い奴は……こんちきしょう。
私用に設定をとても、とてもとても緩くしておく。ちょっとクロノ覗くな、見ないでくれ、こんな姿。
……覗きこまれないように体を丸めてこそこそと……作業が終わったので、やっとこさアリアさんに向き合う。
「よし。気持ちを切り替えてティーノ行きます」
「うん、じゃ基本の基本。シュートバレットを魔力切れるまで撃ってみてね」
了解、とだけ言ってとりあえず拙いシュートバレットを撃ちまくる。
途中で一々ルーチンの起動指示が面倒になったので、簡単に制御文を加えて擬似的なフルオート射撃に切り替えた。このくらいのプログラムいじりならさすがに一年みっちり魔法学をやっただけあって身についているのである。
……何発撃っただろうか、一時間経っても終わらないのでひとまず終了させられる。
「本当にどうなってるの……?」
アリアさんが頭痛そうに首をひねっていた。
私も首をひねっている。
というかこれまで、まともに魔力行使しなかったからこそ、やっと気付いた問題というか。そういえばここ一ヶ月の試用デバイス使っての魔法行使も魔力切れって起こしたことないなーなんて思っていた。
二人してうんうん言いながら頭をひねっていると、クロノとエイミィが何やら思いついたのか、話しかけてきた。
「ディバイドエナジーで総量を計ってみるというのは?」
「それ採用!」
と、アリアさん。
私はというとディバイドエナジーなんて魔法は知らなかったので余程ぼけた顔でもしてただろう。
説明されてみると、どうも人から人に魔力供給するという魔法らしい。
便利そうなのに魔法教本にも載ってないくらいに流行ってないのは、供給時にかなりの魔力ロスがあるので効率が悪いとのことだった。
それでもいざという時などには世話になることもあるそうで、子供のクロノもアリアさんに叩き込まれていたようである。
で、本来はこの魔法、自分の魔力上限を知ってからその魔力量のうちどのくらいを渡すか、という計算をしてから使う魔法のようなのだが……
今回は要するに私がありったけ流す魔力から、魔力総量を逆算して測定しようということのようだ。
なんかこの魔法、使い魔にはあまりよろしくないらしく、クロノに頼んで計ってもらうことになった。
「んじゃ、クロノ君よろしく頼むよ」
ふつつかながら、と前置きして言ったのだが、このネタはもう少し年行ってからでないと判らないらしかった。残念である。
私のデバイスに入力して貰ったディバイドエナジーの魔法を起動させる。
先のこなれない魔力弾の魔法より遙かに効率よく魔力が流れ出ていく。
それはそうだ。魔力を魔法に変換することもなく流し込んでいるのだから、例えるなら近所の小川とミシシッピ川くらいに流量が違う。
といってもこれは……ロスが大きい、てか漏れすぎ……駄々漏れ……壊れた水道管のごとくか。
てか、あれ?
「……あれ?」
「あ、起きた」
気付いたら仰向けになっていた。エイミィの声が聞こえる。
あれか、これが教本にも載ってた魔力切れの気絶か?
意外にすっきりした。
「普通一分かそこらで起き上がれないものなんだけどね、でもやっと判明したよ」
そう言ってストップウォッチを見せてくれるアリアさん。1分27秒。私が気絶していた時間らしい。
どうも体質的なもので魔力素から魔力へ変換する効率が良すぎるのだろうとの事。何それ、やっと私のターンきた?
体質ってなんやねんとも思ったのだが、本局で検査したときの私のカルテというか魔力を感知するレントゲン写真のようなものらしい、をどこからともなく取り出して見せられると、うん。
体質としか言えないのかもと思ってしまう。見た目からして。
心臓近くにあるリンカーコアから伸びる魔力ラインが体を巡っているのだがひときわ太い流れが翼に続いていて神経のように張り巡らされている。
確かにこんなもの見せられては、実験動物として引く手あまたな気がする。リーゼ姉妹がいろいろ手を打ったってのも誇張じゃないんだろう。ちょっと浮かれてた自分が申し訳なくなってきた。
「もっとも、今は自動充電してくれる便利な魔力バッテリーくらいにしかならないけどね」
酷い言いぐさだった。
言い返そうとしても言い返せないが。
総魔力量は確かに高いが、クロノ程ではないらしい。クロノを10とした場合私は7か8くらいだそうな。
何より、瞬間出力量がその総魔力よりかなり小さいのだと言う。もっとも、そのかなり小さい出力でもAランク魔導師の出力くらいはあるそうで、こいつらのとんでも具合を確認したのみだったのだけど。
その日はとりあえずそこでお開きということになった。
時間も大分経っていたし、アリアさんも忙しい中付き合ってくれて有り難いことだった。
クロノやエイミィ、特にエイミィとは仲良くなれた。主に料理の話題で。11歳で料理の話をして盛り上がれる子が居るとは思っていなかったので大きな収穫だったかもしれない。
肝心の私の魔導師としての訓練についてだが、魔力弾の不器用さからすると、時間をかけて身につけていくしかない……とのこと。
作ってもらった訓練メニューを渡してもらいながらも、自分への口惜しさというか微妙さに少し沈んでいると、見かねたのかアリアさんがフォローするように言った。
「……ええとね、現実は上手く行く事ばかりじゃないのは事実だから。それでも、ティーノができる事で一番役にたつことは、はっきりしてるんだよ」
「みなまで言うな……言わないで、何かが折れる」
うん。集団戦なら役に立つことはあるんだ。しかもとびきり。
私自身が魔力切れでの気絶でも起こさない限りは、総魔力量が大きいという事で誤魔化せそうでもあるし。確かに使えるんだ。個人戦にはあまり意味をなさないだけで。使いどころは大きい。補給は重要なのである。
判ってはいるんだ。判っては。ただ──
「皆さんの魔力タンク……か」
私が単独で無双する日は、はるか遠くにあるようだった。