戦局は圧倒的だった。
どちらが圧倒していたかといえば、残念ながら私達ではない。
リーゼ姉妹は相変わらずリンディさんに足止めされているようで合流の気配はない。
オーバーS級魔導師とはいえ、私達の前にいるのはただ一人の魔導師──そのはずだった。
「その程度か?」
グレアム提督は相変わらずデバイスを地面に突き刺したまま、その場を動かず魔法を行使している。
また、一つ、二つとやたらしつこい誘導弾が発された。
その魔法そのものをとってみればそう珍しいものでもない。問題はその馬鹿らしすぎる程の練度の高さである。
魔法を起動し、発動するまでが異様に早い。そして何より……読まれる。こちらの動きのことごとくが。
防御には力をあまり割いていないようだ。無駄のない動きで大抵の攻撃は避け、大きな攻撃、なのはちゃんの砲撃魔法やフェイトちゃんの放った巨大な斬撃、そういったものは直接受けずに攻撃魔法に攻撃魔法を当てる事で軌道を逸らしている。
そう、さらっと流してしまった気もするけど、とんでもない離れ業だった。撃たれた銃弾を射線読んで銃弾で弾くようなものである。アニメじゃないんだからと突っ込みたかったが突っ込んだら負けな気がする。
戦闘開始から20分経ってなお、有効なダメージが与えられていない。グレアム提督もいい年こいてひどいワンマンアーミーっぷりを発揮しているのだった。この爺さん元気すぎる。
私とティーダが時間を稼ぎ、準備のできたフェイトちゃんがバルディッシュを振るう。
「……ファイアッ!」
幾多ものスフィアから放たれた魔力弾が連射される。
着弾、訓練で一度見たきりだったけど何とも凄まじい数の連射だった。光の乱舞と言っても良い。いや、数だけなら私の方が一杯出せるのだけど一発一発の練り方が違う。まともに喰らったら私は耐えられる気がしない。
それを放ち終えるのを機に、念話で示し合わせ、私達は一度グレアム提督から距離を取る。一カ所に集まった。
「う……」
「フェイトちゃん!?」
先程の大技……フォトンランサーのファランクスシフトなんて言っていただろうか、それにより消耗してしまったようだった。目眩でも起きたかのように体勢を崩し、なのはちゃんが支え……ようとして足がもつれた。二人して倒れそうになるのを私が支える。
「はいはい、なのはちゃんもガンガン砲撃撃ってたんだから無理しない」
私はそのままの姿勢で魔力供給を二人に行う。波長の調整が適当なので魔力が無駄に漏れてるけど……空間の魔力素が濃いのが幸いだった。
魔力供給を終え、一息ついてティーダに話しかける。
「しっかし、判ってたけど強いね……」
「もう少し洒落た言い回しはないのかい?」
「名状しがたい凶悪さ?」
「……前追いかけられたアレが出てきそうだからその言い回しはやめようか」
確かにいあ、いあ、とかやっている場合ではないのだ。そんなふざけている間にもグレアム提督はどうも大きな魔法を準備してしまっているようで……
「防御任せた!」
さっきティーダと話している合間に回復した分だけでも、とクロノとユーノ君に魔力を供給する。
巨大な……巨大すぎるほどの魔力スフィアが浮かんでいた。
見覚えがある。確か軍勢相手にあのスフィアから誘導弾を大量に発射、さらに言えば外れたものは回収する事によって無駄を無くすのだとか。
その馬鹿でかい魔力スフィアを……こともあろうに。
「ぶつけてきたーーーッ!?」
その巨大な球体は大きさからは想像もできないようなスピードで迫る。グレアム提督、いつからオカマ口調の宇宙の帝王にジョブチェンジしたっていうんだ!
いやいけない、混乱した。とりあえずもう余力を考える事なしに、防御に長けたクロノとユーノ君に魔力をありったけ渡す。と、同時に衝撃が走った。
「ぐ……」
「なんて圧力……」
二人の重ねて張った防御魔法により私達は守られているものの……プロテクションの一部が歪みはじめ。軋んでいる。
「ユーノ君、クロノ君、私も……」
「駄目だ! 君は攻撃の要なんだ。ここは大丈夫、ユーノと僕を信じろ、何とかしてみせる」
「そうだよなのは。僕だってやっぱり男の子だから少しは良いところ見せなきゃ……ね」
ユーノ君も汗を一筋流しながらなのはちゃんに笑いかける。
なのはちゃんは手を揉みしだきながら心配そうに、ユーノ君……とつぶやいた。
やがて耐える二人もじり、と押され始め──
「いつまで続くんだ……」
そうクロノがつぶやき、今は耐える事に専念しようとティーダとアルフ、それになのはちゃんもまた防御に加わろうとした時だった。
──斬。
そう、私達を押しつぶそうかとしているような、魔力の光球が斬られたとしか言い様がない。
そしてその間隙を突くようにして一迅の影がこちらに迫り……クロノとユーノ君の前に重い響きと共に着地した。
その広く岩のような背中を見せた男は低くつぶやく。
「盾の守護獣の本領、見ているがいい使い魔」
アルフが驚いた顔で「あんたは……」と絶句した。
真っ二つに斬られ、しばし勢いを失っていた光球が復元していく、その前にその男は仁王立ちした。
「おおおッ!」
吠える。獣のように。
ベルカ式の特徴的な魔法陣が浮かび渦を巻くようなシールド魔法が広がる、それは何層にも重なり厚みを増す。
グレアム提督の放った魔法が間近まで迫る。魔力の塊がシールド魔法に触れた。
◇
衝撃に一瞬意識を喪失していた。
今どこにいるのか、どれほど時間が経ったのか、ふっと判らなくなる一瞬、いやそれは本当に一瞬だったのか……そういう把握能力が束の間働かなくなる。
頭を振る。意識してまばたきを数度、状況を把握しないと。
先程の男が膝をついている。かなり消耗したらしい。肩で息をしていた。
いや、幾度か見た事もあった。守護騎士の一画……唯一の男性だったはず。アルフと交戦することが多かったので私はデータでしか知らなかったのだけど。そう、ザフィーラと呼ばれていたのだったか。
アルフが駆け寄り声をかけようとした時だった。
「うひえええええええええッ! 止まらん、止まらんっ! ごめんリインやっぱ制御返すわああああああ!!」
そんな声が空一杯に響き渡り、何かが、高速で、地面に着地──墜落した。
どおお、と戦争映画でしか聞いた事のないような重低音が響き、濛々とした砂煙が上がる。
……何が起きた?
やがて煙が晴れると大きなクレーターが出来ていた。
その中心で砂に半分埋まりながら、よいしょとばかりに身を起こす少女。ぷるぷると頭を振る。
皆の視線が集まっているのを感じたのか、少々慌てた様子で赤くなりながら。
「て……てへぺろ」
と言いながら舌を出した。
場が静まり帰った。
その様子を見て慌てる。なおさら顔を赤くした。
「あ、あ、あれ? もしかして、盛大に滑ってしもた?」
その姿は私も見たことがある。データ上で、だけど。しかし……
「なのはちゃん、フェイトちゃん……八神はやてってこんな子だったの?」
「あ、あはは。私も直接会ったのはここ最近だったから……」
「明るい子……だったよ?」
その明るい当人は地に手をついて落ち込んでいる様子だった。
「あ、あかん、こんな時にぼっちだった弊害がでてしもた、何やってるんや私は……」
などと小さい声でつぶやいている。
いつしかその隣に小柄な影が落ちた。
「というか敵がいる前で何やってるんだよ、はやて」
呆れたように言う。
「あかん、あかんよヴィータ、芸人にとっては一度滑ったのは良いとしてフォローまで滑るのは痛恨もいいところなんや!」
ふわりと浮き上がり、赤い、小柄な騎士、ヴィータに「ここ大事なところ」とでも言うかのように人差し指を突き出した。
……しかし、まあ、何と言うべきか……先程まであったシリアスな雰囲気は雲散霧消してしまっている。というか、どういう事? 拘束されていたんじゃ……
「自力で目覚めたのかね? それに、書の制御も見事に行っているようだな。大したものだよはやて君」
グレアム提督が声をかけると、はやてちゃんはぴたりと真剣な表情になった。ゆっくりと提督に向き合う。ヴィータがさりげなくその前に出て主を守った。
「リインフォースに教えてもらって、外の事も少しは判る。その、グレアムおじさんが何を思っているかは私には正直判らんけど、その、な……私は……」
私は……というその続きが出てこないようだった。悲しげな顔になり、うつむく。
その主を気遣うように、残りの騎士達もまたその前に集まった。
提督の頬にかすかな笑みが浮かんだ。
「理解しているなら早い、今更言葉で止まるものでもないというのは判っているだろう」
私は何と無い違和感を覚えた。何なんだろうか。ティーダも疑問を感じたようだ、目を細めてグレアム提督を見ている。
しかし悠長に考えている暇は無かった。ヴィータがさらに一歩前に出る。
「はやて、あいつとはやりにくいだろ、言ってた通りあたし達が相手をする」
うつむいていた八神はやては顔を上げた。少し涙が見える。しっかりとヴィータを見据え、口を開く。
「あかん。私も含めた問題なんや。家族の事は家族で解決しないとあかん」
グレアムおじさん、と提督に呼びかける。目をつむり、開く。深呼吸を一つした。
「いろいろ考えたんや、でも私だって、私達だって好き勝手にされるわけにはいかへん……シグナム、ヴィータ、ザフィーラ、シャマル! ヴォルケンリッターの四騎士、そして夜天の書の主……八神はやてが相手やっ!」
◇
さすがに闇の書の……いや、夜天の書の騎士たちは強かった。
戦闘能力のみならSランク魔導師とも言えるフェイトちゃんやなのはちゃんと互角の勝負である騎士たちだったけど、四人が協調して戦うとこれは手に負えない。いや、本来の形が、こうやって四人が連携を取りながら戦うものなのかもしれない。
グレアム提督も攻撃をすべて捌く事が難しくなったのか、先ほどとは違い表情に余裕がない。戦術を熟知している私たち相手ではないというのもまた大きいのだろう。防御魔法に力を注いでいる。
炎の剣閃が走り、地から伸びた魔力の束が拘束しようと迫る。小柄な体に見合わぬ大きさのハンマーを掲げた赤い影が一直線に接近し、その勢いに加え噴射された魔力の推力を加算された一撃が放たれた。
しかし、大振りなその一撃の間隙を縫い、グレアム提督もまた誘導弾を放つ、狙いは……八神はやて?
着弾する寸前、風が一瞬巻いた気がした。彼らの主の前に鏡のようなシールド魔法が張られ、攻撃を完全に防ぐ。
「……っは、見とれてた!」
「ティーノ、君ってやつは……静かだと思ったらそれか」
ティーダが呆れたようにいう。
「確かに良い連携だ。互いが互いを信頼し、主の危機と見紛うような事があっても気を逸らさずに自分の領分を全うする。見とれるのもわかるよ」
クロノがそう言ってくれる。言いながらこちらに向き直り、デバイスを握り締めた。
「僕たちも加勢しよう。状況は変化したけど作戦目標は変わっていない」
私たちは一様に頷いた。
ヴォルケンリッター四名に加え、八神はやてもまたとんでもなかった。魔力の出力、総量共になのはちゃんやフェイトちゃんを足したものもより大きいかもしれない。さすがは闇の書の転生先に選ばれてしまったことはあるというか……ただ、まだ魔力の扱いについては自分のみではうまくいかないらしく、ユニゾンデバイスである夜天の書に頼りきっているようだったけども。
そこに戦闘力、攻撃力という部分だけならすでにS級と言っても良い二人、なのはちゃんとフェイトちゃん。実質S級魔導師並みとも呼ばれるクロノ。模擬戦ではそのクロノに伯仲してしまうティーダ。私も含む、武装隊からの出向組である二人の魔導師のような、ちょっとしたおまけのようなのも居るが……
大抵の難事件なら力押しで何とかなってしまうような酷いパワープレイである。ここまで戦力が揃うとワンサイドゲームも良いところになってしまうことはほぼ間違いない。
そんなのを一人で相手に取り、グレアム提督はさらに30分以上も拮抗してみせた。
私は帰還したら管理局の魔導師ランクのつけ方について上申しようと思う。作戦能力や純粋な魔導師としての力を鑑みて総合的な評価がそれなのだが、S級の上に何か設けた方が良い。それより上のランクがないのでオーバーSランクとか慣習的に呼んでいるだけなのだ。
その文面を考えながらも、回復してきた自分の魔力を足りない面々に分け続ける。拮抗しているならばこそ、後は息の長く続く方が勝つ。こいつらはもう少し感謝すべきなのだ。私は八つ当たりとして魔力供給ついでにティーダの腕をつねった。
◇
総攻撃を真っ向から防御魔法で防いだことにより魔力切れを起こしたらしい。
ようやくにして……と言おうか、あるいは何とか……と言おうか、グレアム提督を確保することができた。
と言っても、攻撃して意識を刈り取った、などではない。
グレアム提督は杖を地面に横たえると、深いため息を吐いて座りこむ。目を伏せ、どこか穏やかな声で私たちに言った。
「諸君らの勝利だ」
私は一瞬固まった、実感も何もない。巨大な壁を押していたら不意に崩れ落ちたかのような、つっかえ棒がはずされてしまったかのような感覚を覚えていた。
クロノはさすがに落ち着いており、ゆっくり歩み寄って提督の前に立ち、おもむろに口を開いた。
「ギル・グレアム提督、次元犯罪者の逃亡幇助及び遺失物管理法違反により逮捕」
──揺れ。次元震とも違う、異質な揺れ。いや……これは吠え声?
ヴォルケンリッターは咄嗟に臨戦態勢を整えている。
私達も軽く身構え、何が起こったのかと顔を見合わせた。
グレアム提督は一つまばたきをすると、クロノに向かって言った。
「いかんな。封印に使用している魔力バランスが崩れたのだろう。現段階では仮の封印でしかないあれは、闇の書そのものの力も用い、単純にエラーコードを吐き出し続けている部分を抑え込んでいる。言うなれば闇の書の闇とも言うべき部分を縛る鎖のようなものだ。既に半暴走状態にあるそれが管制人格と、主が切り離されたとすると……」
騎士の中でもひときわお姉さんオーラをまき散らしているシャマルが冷や汗をかいた。
「ええと……暴走しっぱなし……でしょうか?」
「ま、まずいんちゃうそれ!?」
慌てた様子ではやてちゃんが言うと、グレアム提督が苦笑し、口を開く。
「なに、管制人格も主もなく、暴走部分のみ……指向性のない魔力の塊のようなものだ。転生機能については君の方がよく知っているかもしれんが、あれは基幹部分にあるプログラムのはずだ、暴走部分のみでは働かんだろう」
それに、とクロノを見て続ける。
「かつての事例でも暴走状態時には理性も働かず、複合式のバリアはあれど、回避行動を起こすわけではない。やり方にもよるがかえって魔法は通りやすくなっているはずだ。攻撃により消滅させられるならば良し、あるいはここは生命の無い土地だ。いざとなれば地表ごとアルカンシェルにより吹き飛ばしても良い。お前の事だ、そのくらいは用意があるのだろう?」
「……グレアム提督」
複雑そうな顔でクロノがつぶやいた。
何故今更になって助言を重ねるのか、何で最初からこちら側に居てくれなかったのか……その心中は私には理解し難い。ぶつかる必要があったのだろうか。そして、クロノの複雑そうな表情もまた、私には読み解けそうになかった。まったく面倒くさい人達なのだ。
「ふふ、助言はここまでだ。だが助力の方は期待するな、お前達と戦っている合間にも封印に魔力を割いていたのでな。さすがにもう余裕はないよ」
さりげなく言った一言に空気が凍った。
私の口の端もまた何か言いかけようとして止まり、ひくひくしている。
ぎぎ、と動きの悪くなった気がする首を動かし見回せば、一同そろって顔を青くしていた。
「……あれで?」
ため息しか出ない。
グレアム提督はその様子を顎を撫でながら見やるとからかうような調子でクロノに言った。
「そう驚いた顔をされては困るなクロノ。お前には私やクライドを超えてもらうつもりなのだが」
つまり、単騎でもって10人近くの戦闘に優れた魔導師を退けられるだけの魔導師になれと。それでいて、指揮能力も磨けと。
クロノを見ると手を握ったり開いたりせわしない。表情は何とか取り繕えている様子だが……
なんともこう……うん。この件落ち着いたらエイミィと一緒に労ってあげるとしよう、あの若さで執務官でも大したものだと言うのにさらにハードル上げられるとは、お疲れ様過ぎる。
◇
空間がたわんだ。
荒涼とした風景が万華鏡のように歪み、崩れていく。
黒い、それでいて何かが混ざり合ったような黒い球体が風景と、元の光景と混ざり合うように実体となってきた。
私にはよく判別できないが、特殊な結界中にはやてちゃんごと封印されていたのだろう、どこかの管理外世界に生息しているサンドウォームのごとく、巨大な触手がうねり、暴れ回った。
「……思ったより巨大だ。みんな、少し距離を取ろう」
クロノがそう言って、力の入らない様子のグレアム提督に手を貸そうとした時、小さな影が転移し、提督の肩に駆け上がる。それを追うように少し遅れて転移の反応があり、ところどころバリアジャケットが破れ、妙に色っぽくなってしまっているリンディさんが姿を見せた。
「こんの、性悪猫ーーーッ! 待ちなさああッ……あれ?」
走り出そうとして、私達の目が向けられているのに気付いたのか、目をぱちくりとさせる。
私は頭の中になぜかお魚を咥えたドラ猫を追いかける主婦が連想された。ぶるぶると頭を振って妙な妄想を振り払う。
「あ、あら、ええと、ええと……うふっ」
──一陣の風が吹いた。
笑って状況を誤魔化した母親を見てクロノが深いため息を吐いた。負けるな、頑張れ少年。しかし、リンディさんをあそこまで激昂させるなんて、アリアさんとロッテさんはどんな事をしていたのやら……想像したいような、想像したくないような。
そんなリーゼ姉妹はというと猫の姿に戻り、グレアム提督を心配そうな瞳で見ていた。時折頷くような仕草を見せているので、多分指向性の念話で会話でもしているのだろう。
グレアム提督は一つ頷くと、リンディさんに向き直る。両手を上げて言った。
「ハラオウン提督、今にいたっては私もこの通りだ。投降するとしよう」
リンディさんが真面目な顔になり、クロノを見た。
クロノは軽く頷き、ざっと状況を説明する。
「……わかったわ。ギル・グレアム、及び使い魔リーゼアリア、リーゼロッテの投降を受け入れます。三名に伴い、私もアースラに帰還するけど……みんな、重ねて言いますが無理はしないようにね」
そう言い、リンディさんはグレアム提督、リーゼ姉妹と共に転移していった。これからの対処にリンディさんが居てくれれば心強いのだろうけど、グレアム提督の護送を適当な人物に任せるわけにもいかない。これが順当だろう。
そんな中でも状況は刻一刻と進行中だった。
ある程度距離を取り、上空からそれを見れば、完全に結界内から解かれたのだろう、黒い球体は完全に実体となっている。
「まるで繭みたいだ」
ティーダがぽつりとそう漏らす。
私もおおむね同感だった。
その繭の中からは声が響いている。まだ、私以外には聞こえていないみたいだけど……何となくもの悲しくなってしまうような声だ。
現在の状況はといえば、暴走しきっているというわけではないらしい。アースラでモニタリング、そして計測したところ、臨界状態になるまで数分といったところのようだ。
万が一に備え、戻ったリンディさんがアルカンシェルの準備を始めたとの知らせが届いた。
私はクロノに話しかけた。
「クロノ、この状況下なら前、話しておいたやつができると思う。濃密な魔力素、そして直前まで魔法が大量に放たれていたこの状況なら」
「……あれか……理論は良いとして、魔力の制御はどうするんだ?」
「私のデバイスは元々処理能力と空き領域が大きいストレージだから。その領域を全部演算機能に割り当てるつもり」
頭に手が置かれた。毎度毎度こいつは……首をぶるぶる振ってふるい落とす。
「僕の方でも近くでサポートするよ。カオス演算なら僕の十八番だからね。ここからは近接戦闘ってわけでもないだろうから、武装隊員の指揮はクロノ、君に頼む」
クロノが頷いた、前後してエイミィから暴走臨界間近の連絡が入る。
黒い繭のようなものが一瞬、震えたような気がした。
繭の表面をさざ波が走るようにも見え、一瞬の間を置いてそれははじけ飛んだ。
それは竜のようにも見えた。
獅子のようにも見える。
あるいは蜘蛛とも呼べるかもしれない。
夜天の書の管制人格を模したのか、女性の姿がその何とも言えない怪物から生えている。
歌うような声はその口から漏れ出ていた。
「今日の締めくくりは怪物退治……何ともまあ」
ため息も出るというものである。
とはいえ、なのはちゃんやフェイトちゃん、何より魔法の事なんて知って間もないはずなのに、弱音を吐かない八神はやて。
そんな子供達が頑張っているなら、私が張り切らないわけにはいかないのだ。
翼を思い切り広げる。
濃密な魔力素が流れているのを感じた。
「よっし」
最初にして最後と言ってもいいかもしれない。こんな状況下でないと同じ真似はできないだろう。
私は自分を奮い立たせるかのように一つ声を出した。
「始めようか」
◇
暴走した防御プログラム、言葉でそう言えば、大した事がないようにも思える。それが言葉通りであれば楽だったのだけど。
グレアム提督がさらっと言ったように攻撃が通りやすいなんて事はなかった。
複合式バリアとか言っていたけど、それがまたえらく固いのである。そして転生機能は動いていないのだろうけど、再生機能そのものは健在だった。魔力がある限り、ダメージを与えてもすぐに復元してしまう。
かつてエスティアを取り込んだという浸食、融合する特性については、この世界が言ってみれば死の世界であったのが幸いした。いや、あるいはグレアム提督はそこまで考えていたのだろうか?
私は何となく空を見て、少し考え込んだ。視界をとんでもない大きさになったハンマーが横切る。
インパクトの瞬間、空に浮かんでいるはずなのに、地震のようなびりびりした衝撃が伝わってきた。
……うん、後で考えよう。
「じゃあ、ティーダ。演算補助よろしく、あと出来ればなのはちゃんの砲撃補正も」
「はは、いつになく人使いが荒いね。了解した」
私は目をつむり、広げた翼の隅々まで意識を広げる。
形は翼、ただそれは感覚器であり魔力素の取り入れ口でもある。一枚一枚の羽根にリンカーコアと結びつく魔力を通す神経網が巡らされていた。
……というのも私の中の亡霊さんから教えてもらった知識でしかないのだけど。
もとより、私の種族そのものがあのわけの判らない神様モドキ、シャルードさんはフィールドそのものでもあるとか言っていたような気もしたけど、そんな「無色の力」なんてのを取り込みエネルギー資源とするための鍵でもあり導管でもあるらしい。魔力の常時回復、出力に比べて異常に丈夫な魔力経路、魔力に関する鋭敏な感覚はその本来の機能に不随するものでしかない……ない、ない。
「……微妙に恥ずかしい……本来の機能に付随するもの、とか……」
布団に潜ってキャーとか騒げれば良いのだけど、残念ながら本当にそんなものなのだ。ラエル種は最初にそう設計された。後の時代になって当時の主人だった連中のために良いように改造されていき……夜のお供的な方向に特化されたりもしてしまったけど。
多分現状でも、現存しているロコーンなどの門の機能を持つロストロギア扱いのそれを使用する事で、そんな「形になっていない魔力」を取り込み、魔力として吐き出す事は可能だろう。ただ、その量は私が魔法を使うのとは出力の桁が違う。集積しすぎた魔力が暴走事故を起こして、かつて自滅したゴドルフィンとかの二の舞になるのが落ちなのではなかろうか。本来さらに一工程、専属の種族を通す事で実用的なエネルギーとなるのだった。
また、普通の空間上で私がその特性を上手いこと活用しようとしても、それはせいぜい魔力を一カ所に集積させる程度なのだった。全く役に立たない特技である。本来ならば。
──集中する。
どちらかというとこれは魔法ではなくレアスキルとか呼ばれるものの範疇かもしれない。
無意識に行っている魔力の自動回復を認識する。経路を認識する。私の周囲にある溢れんばかりの魔力素を認識する。
私を導管とし、取り入れた魔力素をひたすら魔力に変換、結合し、出力する。
出力する、出力する、出力する。ただただ集積させる。
集積した魔力によって空気が震えるような感じがする。
私のデバイスはフル稼働、魔法を使用しているわけでもない、ただ集積した魔力の流れに指向性を付け、渦を巻かせるようにするための演算でも一杯一杯の様子だった。
不意にデバイスの負荷が減る。
ティーダが自らのデバイスにより演算の一部を引き受けてくれたようだった。
私のデバイスは主に似てしまったのか、複雑に初期値が変動するような演算には向いていない、そういう用途に組んでないだけというのもあるけど。
ともあれ、これでぐっと楽になった。
「さんきゅ、ティーダ。もうちょっといけるかな」
私は目をつむったままそう小さく言った。
これだけ空間の魔力素を吸い上げてもまだ空間に余剰の魔力が残っている。
それはそうだ、先程まであれだけの数のとんでも魔導師がドンパチをしていた空間である。もとよりあった空間の魔力素に混じって、結合が解かれたグレアム提督の、プレシア・テスタロッサの、クロノの、なのはちゃんの、フェイトちゃんの、八神はやての、夜天の書の騎士達の、武装局員たちの、そしてティーダの魔力もふよふよと浮いている。もちろん感覚的なものだけど。
それを取り込み、ただの魔力の塊に変えて出力する。
今こうしている間にも暴走した防御プログラムに対して皆が攻撃をしかけ、バリアを破壊しているはずだ。
急がないと。
「うわぁ……」
というなのはちゃんのちょっと引いたような声で、目を開ければ、もう飽和量を超え、蛍のような光を放つ魔力球が無数に渦を巻いていた。
真っ暗な中で見れば銀河のようで綺麗だったかもしれない。そんな場違いな感想を覚える。
導管兼、魔力の濾過フィルターみたいなものを務めた私はとっくに感覚が麻痺していて、どのくらいの魔力が堆積しているのかちょっと判らないのだけど。
なのはちゃんの反応を見る限り、かなりびっくりの量が集まったようだった。まあ、単純な見た目でもかなり圧巻ではあるのだけど。
「さ、さすがにこの状態で……大丈夫デショウカ」
語尾が固くなっている。
私はふ、と浅く息を吐いて緊張をほぐすように笑ってみせた。
「あまり制御を考えなくてもいいんだよなのはちゃん。この魔力渦に強い方向性を与えてやれればいいだけだから。ま、何かあったとしてもお姉さんが抱えてびゅんと飛んでってあげるから、心配せずにどーんと行って、どーんと」
そんな軽い口調で言う。
そして、なのはちゃんの後ろで支えるように位置を変えた。
ティーダが「僕は?」とでも言うかのように自分を指さしていたが、自分で何とかしてほしい。寂しげな顔をしないでほしい。私が慌てると同時に舌を出さないでほしい。後で仕置きだ。
どこで見ていたのか、フェイトちゃんが飛んできた。
「なのは、私もいる」
そう言ってなのはちゃんの肩にそっと手を置いた。
どこか困ったような目付きで私を見た。ああ……なるほど。独占したいと、なんともまあ。
「んふふ、モテてるねえなのはちゃん」
「あはは……」
私がどこかにやにやしながら言うと、笑って頬を掻く。良い感じに力が抜けたのか、澄んだ目で前を向いた。
「レイジングハート!」
『Yes, my master』
インテリジェントデバイスとの息もばっちりだった。
その少女が振るうには長大な杖を構えた。
巨大な魔法陣がなのはちゃんの前に生まれる。
砲撃魔法という規格も超えてしまうような量の魔力が集中した。
さらにはそれを呼び水とするように、私が集めた魔力、そして周囲の魔力を集め始める。
「スターライト……」
星の輝きが集まり、一個の恒星になるかのように集中した。魔力スフィアはすでになのはちゃんの身の丈を超え、二倍以上にも達している。
さらにはその射線上にある、私が集め、ティーダと共に集中させた魔力の渦。
一瞬なのはちゃんもためらいの色を見せたが、それは一瞬だった。レイジングハートを魔力スフィアに叩きつけるように、魔法を放つ。
「ブレイカーーーッ!」
『Starlight Breaker』
集束された魔力の奔流が一直線に魔力の渦、その中心を貫いた。
一瞬の静寂の後、始めはゆっくりと、次第に速度を増しながら形を変え、なのはちゃんの魔力の奔流に耐えかねたかのように大きく膨らみ──
膨張が……あれ、計算超えている気がする。
「……お、思ったよりやばいかなーなんて、ユーノ君、クロノ、ティーダ、ええと、そこのわんわん! 防御、後先考えないでッ!」
守護獣だ! という叫びを聞くか聞かないか、本当にぎりぎりのタイミングで防御が間に合った。
爆風。
閃光。
音。
揺れる、揺れる、防御魔法で保護されてても揺れる、そりゃもう酷いものである。
私はなのはちゃんとフェイトちゃんをしっかり抱きかかえて耐え凌ぐ。ティーダの防御魔法も相変わらず隙が無い。
時間の経過は判らない。
体感時間にすると長かったけど、実は短かったのかもしれない。
ようやく荒れに荒れた空間が落ち着きを取り戻してきた。
さらに少し待つと、吹き上がっていた煙もまた。
そして、そこに残っていたものは──
「おらん……なあ」
はやてちゃんがぽかんとした表情でつぶやく。
ひょう、と風が吹き抜けた。
残っているのは巨大な、巨大すぎるクレーターのみだった。
かなり上空から見下ろしているのだが、相当遠くにクレーターの縁が見える。
……巨大隕石でも衝突したのかってな具合だった。
私は呆然としているなのはちゃんの肩をぽんと叩いた。
「なのはちゃん……戦艦の主砲と単身並び立った気分は?」
「え、ええ!? えっと、ええと……いや、その……うええ?」
慌てるなのはちゃんがとってもラブリーである。アルカンシェルと匹敵する砲撃少女爆誕の瞬間だった。
◇
ようやく終わった……と皆々安堵のため息をついた時だった。
どこか慌てた様子で小型の航行船が近づいて来る。
私達が何となく緊張しながら様子を見ていると、近くに降りた航行船から、やはり慌てた様子で二人一組っぽい男女がこちらに走り寄ってきた。
「さ、さ、先程の爆発は、どういう事なのでしょうか!? まさか闇の書の封印に失敗したなんて事は? あるいは暴走事故による次元災害の可能性も視野に入れなければならないのでしょうか、一つ返答をお願いします!」
さすがに地球でのそれよりは小型化しているものの、それなりに重そうなカメラをこちらに向ける。
……どうやらマスメディアの皆々様、アースラにも乗り込んできていたけど……その人達が遠巻きに様子を見ていたようだった。
しかし、どうやってこの世界に入ったのか……封鎖されていて民間人の渡航はできないはずなのに。
私は何とも言えない気分になった。
んー、と空を眺めつつちょっとだけ考える。
まあ、いっか。ここは悪いけど……
「クロノ・ハラオウン執務官、確保及び護衛対象の少女も疲労しているようですし、私達は帰投します」
インタビューワさんによく聞こえるよう、執務官と強調しておく。
クロノが一瞬、な、と驚いたようだったが、報道に映っているのを思い出したのか、渋々頷いた。
「君ってやつは……」
ティーダが呆れたような苦笑いを浮かべた。
(……後で覚えていろよ)
そんなクロノの念話を聞き流しつつ私は皆に声をかけて撤退することにした。それはもうそそくさと。
「僕も残ってあげるから元気だしなよ」とクロノの肩に乗って声をかけるユーノ君はとても優しいのだろう。小動物に変身していなければ。
背中が煤けて見えるクロノに若干申し訳の無さも覚えるが、厄介事を押しつけ安いのもまた、執務官としての大切な資質なのだろうと思う。きっと。
「あぁ、今回は疲れた。早く家かえりたい」
魔力を通しすぎたせいか、まだ感覚が戻らない。元々そういう用途でデザインされてる種族だけに後遺症とかは無いと思うけど……どっしりとした疲労を感じる。
使い慣れない魔法を乱発したはやてちゃんもまた疲れからか、シャマルさんの腕の中に眠っている。そういう意味では帰投の理由も嘘ではないのだ。
エイミィから座標設定が完了したという連絡を受け、私達はアースラに帰投を始めるのだった。