書類上の不備でもあったのか、部隊編成の手続きは少々混乱したらしい。
編成されるはずの隊員達のデータを閲覧できるようになったのは、実に初顔合わせ当日の事だった。
最低限、顔を見る前に名前と経歴くらいは覚えておこうと、ティーダと二人して閲覧したのだがそりゃもう驚きである。
「うっそ……ソウルオブザマターとか懐かしすぎる」
ティーダが怪訝な顔をする。うん、この事件の事は細かい事は表沙汰にはならなかった、当時も話すことはできなかったのだ。
しかし本当に懐かしい。ええと、ひいふう……5年前の事件の折、関わり合った連中だった。
経歴の部分を見れば、犯した犯罪の一つ一つはどうも軽い量刑だったようなのだが、何しろ数がすごい。どれだけ運び屋としてこき使われていたのかとてもよく判る履歴である。
とはいえもう年数もかなり経っているのでラグーザ以外は自由の身なのだが、5名ほどがそのまま管理局に残ってラグーザと共に辺境区域を転々としていたようだ。
さて、いい加減ティーダも不審気な目付きになっているので、当時の事件の裏側を話しておくとしようか。
あの折マスメディアに騒がれた事は知っていても、その背景までは知らなかったはずだ。
今となってはまあ、ティーダぐらいになら話してしまっても問題ないはず。
もっとも一通りの話を聞いたティーダは頭が痛そうにこめかみを抑えていたのだが。
「確かに今思うとマフィアに攫われて、あんな美談風になってたのはおかしかった」
「うんまあ、11才の女の子がわざと攫われてマフィアの内側から陽動プラス油断大敵作戦とか、そっちの方がおかしいとは思うけどね」
しかもその動機が、自分を襲ってきた連中に対するちょっとした同情なのだ。我ながら何とも阿呆かと……いや後悔はしてないけど。
◇
新たに編成された小隊だからだろうか、どこかの大隊隊舎の空き部屋でも間借りするものとばかり思っていたが、小さいながら独自の隊舎が用意された。場所は本局の本部の裏側、内周部にある倉庫が立ち並ぶ場所だったのだが……と言っても貰えるだけありがたい。多分、誰かの倉庫として利用されていたのだろう。2階建てとして作られているコンテナハウスを改造したもののようで、一応人数分の個室や隊長室、会議室、食堂などがある。設備などはまだ施工途中のものもあった。
ラグーザ含め6名の前でティーダが着任の挨拶をする。あまり堅苦しいものにしたくなかったのか、基本だけを抑えた簡素な挨拶だった。
値踏みするような目で見られ、ティーダも若干居心地が悪そうではある。
ラグーザはティーダからふっと目を外すと私に向かって軽く頭を下げた。
「話には聞いてましたがお変わりなく。何よりですお嬢」
かつてよりはるかに険の抜けた表情で、不器用ながらも笑ってみせる。
さすがに年齢と共に落ち着いたようだったが、服装の趣味は相変わらずらしい。褐色の肌に短い黒髪、管理局の制服も黒が基調のものに変えてしまっていた。いいのだろうか?
他の5名もやはり年月が経ったせいか落ち着いた様子で、かつてミッドで暴れ回っていた暴走族とは思えない。いや、それでも十分なんというのだろうか、ごろつきっぽさは残っているのだけど。ううむ、この言い方は失礼か。
何はともあれ、ティーダ・ランスター隊長、副隊長の私、ラグーザ空曹含む6名、合わせて8名による空士のみの特務小隊が無事形となった……
はずもなく。
何というか……早速問題が起きてしまったのだ。
ラグーザ達は私の事は恩人扱いしてくれていたのだけど、ティーダとはまあ初対面である。
「よろしくお願いします隊長殿」
言葉はそう言ったものの、傲然と見下ろす。ティーダより頭半分ほどラグーザの方が大きいようだった。
「恩人のお嬢の手前、こういうのも何ですが、飾らずに言いましょうか」
何やら空気がぴりっとしたものを含んだ。
「隊長さん、あんたの力量が俺たちにはまだ全く見えてこない。俺らは……聞いてるかもしれないが、アウトサイダーに毛が生えたようなものなんだ。正直あんたのエリートっぽさが胡散臭くも感じる」
「……なるほど。じゃあ君はどうしろと言うのかな、ラグーザ・リボー空曹」
そういえば初めて知ったのだけどフルネームはそんな名前だった。
ティーダが目を細めてそう聞くと、ラグーザはにやりと笑う。自分の腕をぽんと叩いて言った。
「古典的にいきましょうか。腕試しです。新規編成の特務小隊……しくじった他部隊の尻ぬぐいにあたるなんてこた予想できることですからね。ついでに言えば、あまりおおっぴらにしたくない仕事にも使いやすいでしょうし、そりゃ修羅場に投げ込まれる事もあるでしょうよ」
だからね、と続けて腕を組む。ティーダを真っ直ぐに見た。
「この隊長だったら信用できるってところを見せてもらいましょうか」
私はおそるおそるティーダの顔を伺う。
「わ……」
一見、普段と変わらない。うん、一見。でも違う、目が冷たい。こ、これは……
「そう、そうか……エリート臭ね。そう言われるのも初めてじゃないし、今更だけど……そうだね。じゃあ、ラグーザ君、歴戦の君にどこまで相手になるか判らないけど『全力』でお相手させてもらうよ」
ティーダは先に行くよ、と言い、さっさと本局の模擬戦室に行ってしまった。
「ら、らぐーざ……」
この男踏まんでもいいところを踏んだ。ティーダの気にしてるところをピンポイントで……
私がどう言おうかと悩んでいると、何か誤解したのか……
「なあにお嬢、そんな心配そうな顔しなくてもちゃんと手加減はしますよ。しかしまあ、あの兄さんもお嬢みたいな美人に心配してもらえて羨ましいこってすな」
美人? あ、ありがとう、滅多に言われないから嬉しいかもしれない。
──いや、そうでなく。心配なのはむしろ……
言い淀んでいるうちにラグーザ達もぞろぞろとティーダに続いて行ってしまっていた。何とも自信ありげに笑いながら。
◇
私もすでにいろいろ諦めて模擬戦室の観覧席に移る。
本局の模擬戦室といっても、本格的な演習のできる場所は完全予約制で、そちらはさすがにフィールドが広すぎるため屋外に設けられている。こちらはトレーニングルームの並びに設置されている100メートル四方ほどの空間で、屋内にある空間としては広いのだがさすがに空士のトレーニング場としては手狭と言えるかもしれない。
障害物、フィールド設定は市街戦想定にされていた。
「おそらく僕らのような小規模、機動力のある部隊の特性上、広い場所よりこういう地形の方がメインの現場になってくるだろうからね」
などとティーダはもっともらしく言っているが、私は知っている。あれがティーダの大好きな地形であることを。
本気だ、あいつ本気だ。私は戦慄を隠せなかった。
わりとオールラウンダーではあるものの、どちらかというと中、遠距離型のティーダの怖さは魔法そのものよりも、その戦いの組み立て方にある。
クロノの戦い方がバインドやシールドを中心とする、水も漏らさない鉄壁を旨とするなら、ティーダのそれは一度捕まると際限なく引きずりこまれる蟻地獄のそれだった。
どこに逃げても、死角に入ろうと……絶妙のタイミング、最高に嫌な時に嫌な角度から誘導弾が飛んでくる。立ち止まれば、足元にはバインドがじりじりと設置され、ジリ貧を恐れて正面から当たれば幻術ですかされ集中攻撃、一撃は軽いと侮って持久戦に持ち込めば隙だらけの姿を見せつける。その隙の全てが罠だったりと……とにかくえげつない事には定評のあるティーダである。
それに、どうやら戦いは戦う前から始まっていたようだった。
「そうそう、僕は多対一が得手だから、ラグーザ、君がリーダーとして全員でかかってきてもらいたいな」
などと言って煽る。ラグーザたちは最初から侮っていた上にカチンと来る事を言われ、気分を損ねたようだ。
ならば、お望み通り……と全員で作戦も無しにティーダを相手取る。
模擬戦の開始を告げる合図が鳴り数秒後、私は額に手を当て、天を仰いだ。
「あっちゃあ……」
ラグーザ達は連携もほとんど取らず、スピードで翻弄すれば倒せるだろうと散発的に攻撃を始めた、その全てを捌きながら開始2秒後にティーダの放った6発の魔力弾が一人一人を絡め取っていく。それは例えば一人が避けた空間を別方向からくぐり抜けた誘導弾が死角から迫り、一人が撃墜され、それに少しでも気を取られれば別の方角で誰かが避けて開いた空間、そこを通りぬけ魔力弾が迫る。
初戦はラグーザ達の本領も発揮させないままに圧倒してしまった。
「……嘘だろおい……ああ、嘘だ。も、もう一度だ!」
呆然とした様子から立ち直ったラグーザはティーダに再戦を願った。ティーダもまた頷いて、何度でもと短く答える。
10戦を超え、疲労困憊の体のラグーザが次々と迫る魔力弾の中、なけなしのラウンドシールドを張ってぼやいた。
「これで2年もランクがそのままとか……詐欺にも程があるぜ……」
そして光に飲み込まれた。
何となくだが、そのぼやきを聞くと事情が判らないでもない。
2年の間については、今のところ政情の絡みがあって功績は表向き伏せられている。A級ランクを取った後、2年間魔導師としての成長も見せず、何の目立った功績もなしに階級だけぽんぽん上がっている形だったのだ、いろいろ想像も含めてイメージを作ってしまったのだろう。
「なんだかなあ……」
と私もため息が出る。
見ればティーダが私を手招きしていた。近くに行ってみると倒れているラグーザ達を目で示した。
「どうやら魔力切れのようだ。彼等に魔力供給を」
私は間髪入れず、ハリセン型に変化したデバイスで叩いた。大きな音が響きわたる。
「どんだけ鞭打つつもりなんだティーダ」
「そんな酷い事はしないよ、ちょっと思いついてた収束弾頭の相手をしてもらいたいだけで」
「なのはちゃんの砲撃見て思いついたっていうアレ? 通常の100倍密度の魔力弾とか当てたらトラウマってレベルじゃ済まないから!」
「バリア貫通後に爆散する仕様にしたから大丈夫だよ」
それって、プロテクションとか完全に覆ってしまうタイプのバリアだと、爆圧が逃げないでとても酷い事になるのでは。
「なおさら悪いわッ!」
再び私のツッコミデバイスが振るわれる事となった。最近使う頻度が多すぎる気がしないでもない。根本的にデバイスの用途を間違えている気がする。
まあ、そんな悪ノリはともかく、魔力切れを起こしているのも確かではあるので、魔力供給を行って休憩室に運び込む事になった。
◇
この模擬戦後、さすがにティーダが舐められる事は無くなった。
同時に管理局内でひそひそと「優しい顔して隠れサディスト」なんていう噂がちらほら聞こえるような気がしないでもない。そこは気にしたら負けである。
ラグーザ達の魔導師としての実力というものはさすがに優れていて、魔導師ランクで言えばBからAまでの人員ではあるものの、あくまでそれは総合評価である。
飛行能力に関しては、最低ラインがAランクであり、ラグーザに至ってはAA+とまで評価されていた。
もちろん、そんな特徴をそれぞれ明快にランク付けするような試験は行われていない。ただ魔導師ランクというものがまた単純明快で判りやすいのもあり「あいつの魔力総量はAAA級」とか「あいつの飛行技能はS級だろう」と、そういう言い方で評価する風潮は局内でもままあることだった。非公式ながら、そんな細かい分類の魔導師能力検定のようなものを行うグループもできている。もっとも、魔力の瞬間放出量とか数字がでるものはいいのだが、例えば飛行能力などは数字で計ることが難しく、あまりあてになるものではなかったりもするのだけど。
部隊編成が行われ、ティーダが隊長として活動するようになり、早くも2週間ほどが過ぎた。
その期間というもの、めまぐるしく動いていた記憶しかない。
平局員だったときの倍量に増えた報告書類、隊員一人一人の特性を把握するために模擬戦や一人一人の訓練を見学したり、連携をいろいろ練ってみたり。プライベートでも親交を深めるためにパーティを開いたりなどなど。やってることは隊長であるティーダの補佐と雑用みたいなものだけど、何という忙しさか。
ラグーザの予想は半ば当たり半ば外れた。
一週間を過ぎたところで、あちこちに駆り出されるようになり、部隊の尻ぬぐいなんて任務も多いわけだが、さすがに編成したての部隊を危険な場所に立たせる気はなかったようで、今のところ危険な場所には立たされていない。どちらかというと便利屋扱いというか……
例えば、救急隊員から要請を受け、転移魔法だと負担がかかるかもしれないということで怪我をした妊婦さんを飛行魔法で緊急搬送したり。
変わったところでは、地方の部隊が搬送中の小動物、鼠に似た動物なのだが……それを逃がしてしまい、繁殖すると生態系に影響が大だと言う事で捜索に当たったり。
今日に至っては次元世界の一地方で行われたパレード内での演出手伝いだった。夜空に光源を持ってくるくる飛び回るお仕事である。飛行魔法得意な魔導師が足りなかったらしい。
……というか忙しい。移動時間イコール睡眠時間である。どこの売れっ子芸能人さんだと言うのか。
「いや、雑用役とは聞いてたので、今更文句は言わないですが、この忙しさは何なんでしょう……」
何だかもう、この人が直属の上官なんじゃないかと思うくらいお馴染みとなってしまったが、ロウラン提督に報告する際、ちょっと愚痴る。
さすがに少々すまなさそうな目をしたのだが。
「ごめんなさいね、あなたたちほど手軽に動かせる部隊って居ないし……しかも空士だけで構成されててそれなりに魔導師の質も良いし、人員の穴を過不足なく塞げるからとてもありがたいのよ」
そう言ってため息を吐く。聞いてみればこの人もまた、毎日あちこちから人よこせ人よこせとせっつかれているらしい。組織拡大のスピードに人事が追いつけないのだとか。かといって放置すれば人命に関わる場所もあれば、仲介の遅れで国同士が戦争を始めてしまうことだってある。出来れば私達みたいな形の小隊を複数設けて、それを直接動かす形できめ細やかな対応をしていきたいともこぼしていた。
そう言われると、私としても何も言えない。
ティアナちゃんにはいつものごとく通信で今日も帰れない事を伝えるのみである。モニタ越しでは笑ってくれているものの……本当にティーダといい私といい不甲斐ない保護者である。
若干精神的に沈みながらも、そんな忙しい日々を送っていた折だった。
次元世界にも当然ながら無人世界というものがある。
もちろん無人世界といってもそれは元から住んでいた住人が居ないというだけで、管理世界であれば犯罪者の収容施設が置かれたり、物好きな人が住み着いたりはしているのだが。
それ以外の無人世界、管理局が様々な事情で管理外とした世界において最近騒ぎが起こっているらしい。
なんでもモンスターハントをする連中が居るのだとか。もっともそういう噂が流れているだけなのだが。その噂もラグーザが友人から聞いたという話だった。
「密漁として取り締まるわけには?」
私が何となくそう言うと、横合いからティーダが混ざってきた。お疲れ、とコーヒーを差し出してくれる。隊長さまに淹れてもらってしまった。
「命まで取っているわけではなく、不思議なことにまるで倒す事が必要であるかのように狙っているらしいよ、あるいはどこかでストライクアーツの愛好家達が腕試しにと暴れているんじゃないか……なんて事も言われているね」
困ったもんだと肩をすくめる。
いずれにしても動物からしてみれば迷惑極まりない事だろうと思うのだった。
◇
このところ情報網に不備があるような気がしてならない。
先だって聞いた噂もそうだけど、確認しようと端末をいじってみるも該当データは登録されていなかった。噂になるくらいだから何かあるものとばかり思っていた私は肩すかしをくらった思いである。
そして、魔法の構成を強制的にほどかれてしまう、妙なフィールドを発生させる装置……それが、しがない末端の犯罪組織に流れていた事もまた、情報の一つさえ流れていなかった。
それほど危険度の高い任務とは言えない。
禁止薬物の取り締まり、その応援として拠点の出口を塞いでいた時の事だった。
相手は街には必ず居るようなティーンエイジャー中心の若者グループであり、魔導師も確認されていない。バリアジャケットさえ纏っていれば問題はないはずだった。
先行部隊が突入し、逃げ出してきたらしい派手に2色で髪を染めた少年が、追い詰められた様子で私達にボウガンを向けてきた。仲間内で遊ぶときにでも使っていたのか、本格的なものではない。当たり所が悪くない限り殺傷力もないだろう。
拘束しようとバインドを放った時である。
「え……?」
まるでバインドブレイクを受けたかのように消えた。
いや、この感覚は……魔力が……魔法が分散?
「ティーノッ!」
ティーダの叫びにハッとした時は遅かった。
「ッく」
呻きが漏れる。右肩に矢が刺さっていた。バリアジャケットもまた解除されていたか。
私は目の前で慌てて次の矢を用意しようとする少年に思い切り走り寄った。用意する暇は与えない。
何故か少年が私の後ろを見て目を丸くしている。ああ……幻術も解除されている感覚がする。翼丸見えか。
「痛い……てのっ!」
ボウガンを持つ手を握って捻る。そのまま体を回して少年を下敷きにするように押さえつけ、確保。
ふう、と浅く息をついて駆けつけるティーダを待つ。
右肩がじんじんと痺れる。傷そのものはまあ、私の種族特性ってもんでこのくらいなら綺麗に塞がるのだけど……
痺れが段々と広がるのを感じる。出血を考えて矢を抜かなかったのだけどこれは失敗だったかもしれない。今から……いや、これは間に合わないか。
相変わらず魔法の構成が解除されるような空間は継続中らしい、ティーダが妙に構成密度を上げたバインドを少年にかけた。
頭がくらくらする。痺れはどうやら右半身にまで及んできた。
私の変調に気付いたティーダが不審気に声をかけてくる。
「ティーノ?」
「ティーダ、ごめん、何か毒っぽい」
私を支える手の大きさとか、何か一杯一杯の表情で話しかけてくるティーダの顔、それらを認識したのを最後に私の意識は薄れていった。
◇
目が覚めたら変だった。
何が変って、何だろうか。
どうやら医務室に寝かされていたらしく、真っ白なシーツやタオルケットが目に眩しい。
頭がはっきりしない。まばたきを意識して強く、二度三度。頭を軽く振った。
「起きたかい?」
ベッドの側にティーダが座っていた。笑顔を作っているけど表情が疲れている。心配させてしまったらしい。
どくん、と心臓が音を立てたような気がした。
「あれ?」
妙にふわふわしている。頬が火照る。
「ティーノ……まだ熱でも?」
そう言ってティーダは掌を私の額に当てた。何をベタな事を……っ!
熱い。頬が真っ赤になっている気がする。心臓が痛いほどに脈打った。額に触れる掌に安堵してしまっているような、身を任せたいような……いや、何だ、何だ。
変だ、私が変だ。一体どうした。
「ティーダ……ここ本局の医務室……だよね。先生……呼んでくれないかな?」
声を絞り出した。
ティーダが呼びに行くので離れると、私は耐えかねたようにベッドに横になり、体を丸くする。
「うひゃぁ……」
まだ心臓が落ち着かない。顔が熱い。
なんだ、なんだ……恥ずかしさとも違うし、トラウマから来るものとも違うし。油断すると体がふわふわと浮かび上がってしまいそうで、それしか考えられなくなりそうで……
やがて私がグレアム提督により連れてこられた当初よりお世話になっている先生に診察を受ける。
「もしかして……」と考え込む様子で血液検査を再びしたところ、とんでもない診察結果を出された。
「矢に塗ってあったのは、何をする気だったかは知らないが、遊びか悪戯か……少年達の扱っていた合成ドラッグの一種だったのだがね。それに対して君の持つ凄まじいまでに強力な抗体が反応してしまったようでね、妙な毒素の分解をしてしまっているんだ。うん、言いにくいのだが……これは一種の媚薬と似た成分になってしまっているね」
「媚薬……ですか?」
「うんうん、惚れ薬という呼び方でもいいよ」
んな阿呆な……
どこか思考放棄を起こしたようにぽかんとなってしまう私に、先生はちょっとだけ気の毒そうな目を向けて言う。
「多分、その成分が代謝されれば元通りになると思うのだけどね。正直君の体は一般的とは言い難いからいつまでかかるのかは保証しかねる。あ、傷口については心配はいらないようだね。8時間ほどの経過なのにすでに皮膜が張って内部組織も結合が始まっている。びっくりするほどの治癒能力だよ」
命に別状はないとの事。自宅のような安心できる場所でしばらく安静にしておいてと言われた。
まあ、なんだろう。未だにぽかんとした頭が治らない。
先生が医務室の外でティーダに同じような説明をしていた。
媚薬とか聞いてさすがにティーダも驚いていたようである。
しばらく経つとドアが開いて、そろそろとティーダが入って来た。
「……先生から、話聞いたよね」
「あ、ああ。うん。その……妙な事になってしまって」
若干目が泳いでいる。口調もしどろもどろだった。かなり意識してくれているようだ。何となく嬉し……いやいや、流されるな。
私は頭を振った。うん、この程度、どうということはない。ティーダを真っ直ぐ見る。
「大丈夫、動悸とかがあるだけだから。普通に……普通にしててもらって大丈夫」
そして私はティーダの手を取った。にぎにぎ。
まったく私の手とは違ってごつごつとしちゃっている。昔は似たような手だったのに。こいつめこいつめ。
「ティアナちゃんも待ってるだろうし、安静にしてろって言われちゃったし、帰ろうよ。ティーダは時間大丈夫?」
「あ、ああ。急場の仕事も入ってないし、ロウラン提督から今日明日は休むようにと気も使われてしまって……と、ところでティーノ……そろそろ手を」
あ、にぎにぎし続けていた。
何となく惜しい気分で手を放す……と見せかけて身を乗り出して腕にしがみついてみた。
「んー」
ああ、ほわほわとする……
──そこで我に返った。
「何やってるんだ私は……」
私は頭を抱えた。ついでに布団にもぐる。顔を見せられない。いや、任務で不覚を取ってもこの程度で済んだのなら、運がいいのだろう多分。
ただ、どうやらそんな……負傷とはちょっと別種の苦労をたっぷり味わうことが出来そうなのだった。
どうしようこれ?