いつぞや取り逃がした少年、来訪者とも思われる「トキノ」君の捜索、交渉のためにグレイゴーストより派遣されてきたのは何とデュレン本人だった。
挨拶に来てくれたのだが、モニター越しでなく間近で見ると背が伸びててびっくりである。もとより視線を媒体にした暗示能力があったのだけど、その能力を魔法を併用したりすることで、相手を傷つけずに確保する方向に特化したという。
とはいえ、それはもし使うとしても最後の段階。まずは、デュレンと共に来ていた数名によって人捜しの人員を雇い、地道に捜してから交渉、説得が上手くいかず、さらに放置するのも危険な場合のみ使うのだとか。
知らぬ間にいろいろガイドラインとかも出来ていたようだ。能力の使用についても魔法に準ずるものとして規制がかけられるという。
初対面のティーダにデュレンを紹介しておく。挨拶も済み、私達が居なかった2年の間の事について愚痴のような雑談のような事を聞いていると、ふと思い出した事があったので持ちかけてみた。
「一度だけだけどデュレンも高町さんとは会った事あったよね。久しぶりだしこれから挨拶に行ってみる?」
デュレンが固まった。背が伸びたとはいえ、まだ9才の身。私の胸の前あたりにある顔、その前で手をぱたぱたしてみる。
「おーい」
「どうしたんだい、デュレン君は?」
不思議そうにするティーダに肩をすくめて、さあと言っておく。
数秒遅れて、ロボットダンスのような不思議な動きで口を開いた。
「いや……その、着ていく服が……」
そりゃもう言い訳じみていた。
「普通の格好でいいんじゃないかな。今の服装でも地球基準だし、似合ってると思うけど?」
ティーダがなおさら不思議そうに言う。
次元世界から移動する前に着替えてきたのか、普通にその辺で見かけそうな、プリントTシャツにハーフパンツという格好である。別に恥ずかしがるようなもんじゃないと思うのだけど。
本人も苦しい言い訳だと思っているのか、若干挙動不審である。
もしかして、もしかして?
「なのはちゃん」
びくりとした。とても判りやすい反応である。自然と唇が緩んでしまうのを抑えられない。
「砂浜でダンス」
デュレンは顔をそむけた。しかし盛大に耳が赤くなっている。
なるほどなるほど。
判りやすいリアクションありがとうってとこだった。考えてみれば、地球が出身世界だとしてもデュレンが派遣されるのは年齢的に早すぎる気がする。自分から「行く」と言いだした可能性もあるのか。さすがに詳しく追及して意地でも張ってしまうと困りものだ。下手にいじるほど子供じゃない。
もっとも、男女の事はただ流れに任せるだけなんていうほど私も大人びてもいない。
折良くティアナちゃんもまた翠屋のケーキが食べたいと言っていたので、ちょっと強引に誘ってみる事に。
「こ、この後行く予定があるっていうなら仕方無い、お、お茶に付き合わさせてもらいます」
トイレを借りますとか言って、席を離れ、戻ってきた時には髪が綺麗に整えられていた。わずかに香料も感じる。というか微笑ましすぎて私がタレそうである。男の子のこういう部分がどうも好ましく感じてならない。
ともあれ、翠屋に行き、肝心のなのはちゃんに会わせてみることに。今日は店に居るような事を言ってたのだ。
なのはちゃんの方はかつてちょっと遊んだだけだった男の子を覚えていてくれたらしく、この子らしい笑顔で話しかけていたのだが、うん……デュレンが見事に空回っていた。
「久しぶり、前海に遊びに行った時に居た……えっとデュレン君だよね」
「お、おう! 名前が外国人ぽいのはハーフだからだ! と、年も君と同じなはずだぜ、えっと……な、な、なの……ないあるらとほてぷ」
それはない。もう一度言うがそれはないだろうデュレン。力が入りすぎて口調が変だ。というか名前呼ぶのに緊張したからってそれはない。大体そんなの判る人にしか判らないネタだろうに……
「あはは……私は別に這い寄らないよ」
私は思わず……空気を切る音がしそうな程の勢いで、ウエイターをしている恭也の方を振り向いた。目で問う。この間のカボチャのお化けのネタといい、なのはちゃんの趣味はどうなってんの!?
恭也は無言で美由希を指さした。
ぱっと目を逸らす美由希を捕まえて話を聞いてみると……
「う……中学の頃にちょっとその手の暗い雰囲気のものにはまってて……そのままなのはの部屋に置いておいたらいつの間にか」
なんてこった。私は大きくため息をついた。
「うぅ……勘弁して。そ、その位の年頃ってほら『ダークネス』とか『混沌』とか『悪魔』とかそういう単語見るとついフラフラっと手にとっちゃうでしょ? ね?」
私はティーダと目を合わせ、再び美由希に向く。首をふるふる振っておいた。
「……ない? うそ、あるでしょ? 恥ずかしいからって隠さなくていいんだからね? 私だけ? そんな……有り得ない……つ」
ツバサちゃんの裏切りものー! と言って美由希はバックヤードに引っ込んでいく。
どうでもいいけど、いつの間にか私の事をちゃん付けするようになっていたようだった。何となく年下扱いされているようで……んん? 二年空いたから実質美由希は年上になってしまったのか。少なくとも肉体年齢は。今度美由希おねいちゃんとか呼んでからかってみようか。
「ついフラフラなんてもんじゃなく、ティーノは割と平然と手に取っているしね」
「ティーダ、余計な事は言わない」
私もまたその手のものが大好きだったりしたのはちょっとした秘密である。
デュレンとなのはちゃんの方は相変わらずで、どうもちぐはぐな模様。
横合いから見ていると、意識しているのはデュレンだけで、どう見てもなのはちゃんの方は自然体である。見たところそれほどなのはちゃんに悪感情を抱かせるような事にはなってない様だ、もっとも、脈が有るか無いかで言えばそりゃ無い。いやこの年齢と段階で脈が有ってもおかしいけども。
◇
「なんでもっとちゃんと話せなかったんだ……」
と店を出ると急にがっくりしたデュレンを送っていったのもいつの日か。
学生は夏休みが終了し、私とティーダは相変わらず淡々と調査を続け、デュレン達は例の少年の足跡を地道に追っていた。
そろそろ風も冷たくなり始め、秋の味覚を楽しめる季節にもなり、あと2週間ほどでこの世界での調査期間も終わろうかという時だった。クロノから突拍子もない連絡が入ったのは。
何でもフェイト・テスタロッサがそちらに行くので、迎えに行って欲しいという。
「テスタロッサ……って、あのテスタロッサ? 公判中じゃなかった?」
「ああ、正確には母親のプレシア・テスタロッサが拘留されていて、フェイトについては僕と母さんが保護する形でいたのだけど……」
モニタに映るクロノは若干言いにくそうに言葉を切ると、一つ小さく息を吐いた。
続けられた一言に、私も驚いた。
「プレシア・テスタロッサが行方不明……って、本局内で? 冗談でしょ」
「管理体制の問題とも言える事は言える、ただ……エイミィに表の情報だけでも調べてみて貰ったところどうも怪しい、内部からの手引きとしか思えないんだ」
何のための査察部なのか、形骸化してしまっているとは聞いた事があるけど。
「もっとも、それは決めつけるにははまだ早いし僕らの管轄じゃない。ただ、問題が一つあって……フェイトの事なんだ」
クロノは頭痛でも感じたかのように眉間を揉む。
何でも取り残された形のフェイト・テスタロッサが著しい情緒不安定状態になってしまったのだとか。
このままでは埒が明かないと見たクロノは母であるリンディさんとも相談し、先の事件でフェイトが心を開くきっかけともなった少女、なのはちゃんの側に置くのが一番じゃないかと思ったらしい。
「情けない事この上ないよ。執務官になり、アースラの切り札なんて呼ばれるようになっても、少女の心一つ救えやしない、まったく」
自嘲するように笑う。画面の外からにゅっと手が伸びてクロノの頭を乱暴に撫でた。
覗きこむようにエイミィが映りこみ、私に手を振る。
「ひとーつ捕捉。周りが年上ばかりだったからクロノ君にとって、初めて出来た妹みたいなもんだったのよ、あの可愛がりっぷり、ティーノにも見せてあげたかったなあ。それはもう凄かったの」
「エ、エイミィ!」
慌てた様子のクロノがエイミィを画面の外に押し出す。
邪魔が入った、と一つ咳払いをしてしきりなおすクロノ。私は相変わらずの2人に苦笑した。クロノも重くなっていた空気が霧消しているのに気付いているだろうか。
フェイト自身にかかる罪状はそう重くないものなので、保護観察期間をおいてからミッドの学校に通わせてみる予定だったらしい。
しかし、もし地球に来て、なのはちゃんの側に居る事で持ち直してくれるならと……保護しているハラオウン家ごと地球での居住を考えているらしい。
「居住……ってそこまで?」
「ああ、と言ってもミッドの家は残しておくし、どちらかというと別宅みたいなものだけど」
かなり入れ込んでいるようである。
私は写真とデータでしか知らないのだが、余程ほっとけなかったのか。
「それとティーノ、地球に居る期間だけでもいいから気にかけてやってほしいんだ。出来るだけ僕も時間を作るつもりだけど……」
「んー、それで過労とかで倒れたら元も子もないでしょ、後ろにエイミィの手が見えてるよ?」
またか! と振り向くクロノ。からかうようにエイミィは手を引っ込める。
そのやりとりに私はまた笑いを誘われてしまった。
「了解したよクロノ。私も子供は嫌いじゃないし……訳有りの子にも慣れてるしね。住む場所は大丈夫? 何だったら今借りてる場所も部屋余ってるから、もしよければ提供できると思うけど」
カーリナ姉の為にと一部屋確保されていたのだが、ほとんど出ている状態なので実質空き部屋同然なのだ。もっとも、持ち帰ってくる土産の品が積まれているので、片付けないといけないというのはあるけど。
「そう言ってくれると助かる。僕の方も早めにそちらで住居を確保するつもりだから、そう長くはならないと思う……ただ」
執務官だもんねえ、と私も苦笑いで応える。閑職に回されている私達とでは忙しさが違うのだ。
◇
その日は若干曇り空だった。
雨が降るような事は予報では言っていなかったのだけど、空気に湿気が混じってきたようだ。軽く一雨くらいは来るかもしれない。
海から吹き付ける風が髪を揺らした。ちょっと寒い。
海鳴の昔使われていたらしい旧埠頭が待ち合わせの場所だった。
昔は貨物船が頻繁に出入りしていたらしいが、使われなくなって久しい現在では釣り客が訪れ、地元の人の散歩スポットとなっている。
もっとも今日に限っては人の姿は見あたらない。
ティーダに簡易的ではあるものの、人避けの結界を張ってもらっているので当然といえば当然だけど。
「──ん、来た」
魔力が収束し、魔法陣が現れる。
管理局員の男性に連れられ、転移してきたのは先日クロノから頼まれたフェイトちゃん、そして今は狼の状態となっている使い魔のアルフだった。
ひとまずは、と一歩歩み寄り、挨拶をする。
「はじめまして、クロノから話は聞いてるかもしれないけど、現在調査で赴任中の管理局魔導師ティーノ・アルメーラです、任期もあって短い付き合いになっちゃうかもしれないけどよろしくね?」
と、笑顔で挨拶をしてみるものの、どうも目の前の少女はぼーっとしている様である。写真にあった綺麗な金髪も少しくすんで見えた。よくよく見れば目の焦点がどこか遠くに行っている。
私とティーダ、両名が臨時の保護官という事で引き継ぎを完了し、ここまで送ってきたのだろう局員は去っていった。
反応の鈍いフェイトちゃんに対してどうしたものかとティーダと目を合わせる。
その時だった。
「遅れちゃいました! もうフェイトちゃん来ました?」
慌てたなのはちゃんが飛び込んできたのは。走ってきたせいか肩に乗っているユーノ君がずり落ちそうになっている。
「──あ、なのは」
フェイトちゃんは夢から醒めたような口調でやっと言葉を出した。
「なのは」
ふらふらとなのはちゃんに向かい歩き出す。
アルフが心配そうな目で見つめていた。
なのはちゃんの前まで行くと、力が抜けたようにへたりこんでしまう。
「フェイトちゃん?」
「なのは、私は……やりなおせなかった。母さんが、母さんが……居なく……」
そのただならない雰囲気を感じたのか、なのはちゃんの顔もひきしまった。
目の前の、糸の切れたようにへたりこんだ少女を抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だよフェイトちゃん」
優しく、優しく、そしてその中にも強さを感じる不思議な声音で、ゆっくり語りかける。
気の利いた言葉ではない。何が大丈夫なのかも定かじゃない。そんな言葉。
言葉をかけるたびに、少女の体から力が抜けた。やがて、何か凝り固まったものが抜けるかのように嗚咽が漏れ始める。
「……う、ん……うぁ、うあぁ……」
この少女は泣くときも大声では泣かなかった。
嗚咽を細く漏らすフェイトちゃんをティーダがとても傷ましげに見ている。
私は逆に少し希望を持った。泣けるなら良いのだ。表情の無さ、生気の無さ、そういったものこそ深刻だと思っていた。
「大丈夫、大丈夫だよ」
なのはちゃんは赤ちゃんをあやすように優しく、ぽん、ぽんと背中を叩く。それに一々うん、うんと小さく頷いていた少女は安堵したのか、いつしかその腕の中で寝てしまった。
「礼を言うよなのは、ほとんど寝てなかったんだ」
アルフがいつの間にか人型になり、主人を起こさないようにそっと抱き上げる。
なのはちゃんはううん、と首を振り、心配気に見守った。
◇
なのはちゃん、フェイトちゃん、ユーノ君、そしてアルフの4人を加えて帰宅すると、大人数を見てティアナちゃんがちょっとはしゃぎそうになる。
ただ、雰囲気を感じ取ったのか、すぐに大人しくしてくれた。
リビングに皆を招き入れ、寝付いてしまったフェイトちゃんをソファに寝かせる、詳しい事情を聞きたそうななのはちゃんを宥めて、説明するからと椅子に座らせた。
さて、どの辺まで説明したものだろうか……正直迷う。この子が管理局と深い関わりを持つかどうかはまだ答えを聞いてないし、教えられる事にももちろん制限がある。かといって、情報を知りたいがために管理局の魔導師となるってのは違う気がするのだ。
そんな事を考えていると、まだ手慣れてない様子ではあるものの、ティアナちゃんがお盆にお茶菓子のクッキーを並べ、ティーポットに紅茶を淹れて運んできてくれた。
「どうぞ、なのはお姉ちゃん」
「うん、ありがとうティアナちゃん」
紅茶を注いで一人一人の前に置いていく。
いやはや……雰囲気が雰囲気でなければ、私は盛大にドヤァな顔でもして鼻を高くしてるところである。6才にしてこの気遣い。どうよ、どうよと自慢して鬱陶しがられているところだった。
ティーダを見れば同様の気分なのか、小さく頷く。テーブルの下でがっちり握手をしておいた。
若干柔らかくなった雰囲気の中で、なのはちゃんに伝えられるだけ事情を伝えておいた。
プレシア・テスタロッサが行方をくらました事、フェイトちゃんとアルフをしばらく泊める事などである。
ついでにクロノもこちらに住み着く事になるかもしれない、なんて談笑しているとフェイトちゃんが目を覚ましたようだった。
自分がどこに居るのか見当もつかないのか、きょろきょろと周囲を見渡す。
なのはちゃんを見つけると「なのは」と一言つぶやいて側に寄りそう。
私はフェイトちゃんに犬耳とばたばた忙しなく振られる尻尾を見たような気がした。思わず目を擦る。疲れてるのだろうか、妙なものを幻視してしまった。
「それじゃあらためて、初めましてフェイトちゃん」
と、自己紹介と……今の状況を説明しておく。どうやら今の今まで上の空だったようで、まるきり現状を把握していなかったのだ。
「あ、あの、しばらく、お世話になります」
説明し終わると、たどたどしいながらもそう言ってくれた。
話している間に良い時間になっていた。私はティアナちゃんの淹れてくれた紅茶を最後まで飲み、手をぱんと合わせる。
「よっし、じゃあご飯にしようか。なのはちゃんとユーノ君も食べてって? ちょっと頑張って用意してみたからね」
と言うとアルフが「メシ!?」と良い反応を見せた。今度は幻視ではなくぴょっこりと尻尾が飛び出てしまっている。どうにも愛らしい。
ティアナちゃんが、私がキッチンに行く前に飛び込んで子供用エプロンをつけた。ちなみに私とお揃いの猫アップリケが入っている。なぜか「じゃーん」とでも言いたげに胸を張ってみせた。手伝ってくれるらしい。
僕は? と言いたげに自分を指さすティーダに、ホスト役らしく待ってる人を飽きさせないように、それと余裕があったら食事するダイニングの片付けもお願い、とアイコンタクト……待て、今ナチュラルに複雑すぎる事を目で伝えていたような。いや、うん、考えないようにしようか。
実のところ料理と言っても仕込みはあらかた済んでいるのですぐに用意はできた。盛りつけたものからお盆を持って待機しているティアナちゃんに運んでもらう。
フェイトちゃんがショックを受けているというのは判りきっていたので、さほど派手な料理ではない。されど落ち着きすぎた料理にもしない。落ち込んでる子を寂しいムードの食卓に招いても仕方無いのだ。
とりあえず、野菜の生ハム巻き、チーズやジャムを乗せた色とりどりのクラッカー、夏野菜のマリネというオードブルを並べる。
次いでパウンドケーキ型で焼いてみたミートローフを切り、マッシュポテト、人参のグラッセ、キノコのソテーを添えてメイン料理として出す。
ちょっと時間をかけて煮込んだ澄んだ野菜スープを出し、行きつけのパン屋で買っておいたとりどりのパンを温め、ちょっと格好よくバスケットに盛ってみる。食べてしまえば同じだなんてティーダは言う事があるが、見た目も大事なのだ。全くあいつは判ってない。バスケットの取っ手に大きめのリボンを結んで飾りとしておく。
アルフのためにもう一品くらい肉を用意しておこうかと思い、急遽もう一品を作る事にした。ウインナーソーセージに切り込みを入れ、チーズを挟み、ベーコンでグルグル巻いてフライパンで焼き色が付くまでじっくり焼く。とにかく肉! といった感じの一品。おつまみには良い。
取り皿に加え、それだけ並べると、さすがにあまり広くもないテーブルが一杯になってしまった。一応飾り用の薔薇もあったのだけど並べる隙間は無さそうだ。ティーカップに活けてカウンターに置いておく。
「お疲れ様ティアナちゃん」
小さな功労者をねぎらっておいて、ダイニングに皆を呼んだ。
料理は好評のようで、特にアルフの肉への執着がまあ、なんとも凄かった。ミートローフも念のためタマネギを抜いたりしてあるのだが、聞いてみたら割と平気らしい。
「このあたしをそこんじょそこらのワンコと一緒にしないどくれよ」
とのことである。
その主人はといえば、始めはためらいがちに取り皿によそって、もそもそと食べていたのだが、やがて味が気に入ったのか、野菜スープを美味しそうに食べ始めた。
それを気に入ってくれたのはちょっと嬉しい。実はこの中でもっとも手間暇かかってたし。
なのはちゃんは元の姿に戻ったユーノ君に、フェレットのときの感覚なのか、マッシュポテトをすくって「あーん」とかやっていた。いやいや、ユーノ君とても恥ずかしそうである。私はにやにやせざるを得ない。
ある程度食が進んだところで、ちょっと行儀が悪いながらも談笑しながらの食事となった。
そしてこういう時ティーダはなかなか如才ない。
「ユーノ君の専攻は確か考古学だったよね、古い遺跡から拳銃型のものなんて見つかってないかな?」
なんて自分の趣味も交えて話を振ったり、それをネタにボケ倒してみたり。
ジュエルシードの一件の時に話が及び、プレシア・テスタロッサの話しに掛かってしまい、フェイトちゃんの表情が曇ったと見るや。
「なるほど、なるほど、ただ何はともあれ、お兄さんとしてはその虚数空間に飛び込んでしまう前に事件が収束してくれたのは嬉しいね。こんな将来、美人さん間違いない子がいなくなってしまうのは数ある次元世界にとっても、大きな損失ってもんだよ」
なんてナンパ紛いの台詞を言い、わざと気障ったらしく手を翻す。現れたのは一輪の赤い薔薇である。魔法ではなくマジックだった。いきなり現れた花にフェイトちゃんは目を丸くする。
ちょっと失礼、なんて言って髪にさし、花飾りとする。棘をとってあるから怪我はしない。
「ほーら、綺麗だ。ね、なのはちゃんもユーノ君もそう思うだろ」
え、え? とよく判っていない様子のフェイトちゃんに向かい、なのはちゃんとユーノ君もまた笑って頷いた。
なぜか不機嫌な顔でむくれたティアナちゃんが兄の脇腹をつんつんと突く。
「お兄ちゃん浮気」
「うん? ごめんごめん、焼き餅焼くなよティアナ。君だってそりゃ美人になるさ。間違いない。大きくなって彼氏さんでも出来てしまうのが今から怖いね。そんな事になったらきっとお兄ちゃんは悲しくなって部屋に閉じこもってしまうと思うよ?」
流れのままティーダが軽口を叩くと、ティアナちゃんはため息をついた。
「そうじゃなくて、お姉ちゃん、お兄ちゃんが浮気! こういう時はお兄ちゃんに一言いわなきゃ」
「……うぶッ!?」
そう来たか、突然の事で喉に芋がつかえた。慌てて水を飲む。
……飲み下し、ようやく落ち着いたが、一言……一言。い、いや、どうコメントすればいいのかなこれは。
「え、ええと。うん……なんだ。ティアナちゃんに彼氏できたら私も部屋に閉じこもっちゃうぞ?」
なんてティーダに追随して誤魔化してみる。まったくろくでもない切り返しだ。オチにもなっていない。少し落ち着かないと……ともう一口水を含む。
ティアナちゃんは首をかしげた。
「子作り?」
ぶば、とマンガのように盛大に吹きそうになってしまい、慌てて口を抑える。ティーダも同様だった。お互い間一髪で手が間に合って良かった。
ティッシュで丁寧に手をぬぐう。頑張って冷静を装い、何でそんな事に結びつくのかな、と聞いてみると。
「……だって、男と女が一つの部屋にこもってれば子供できるって、言ってたもん」
さらに聞き出したところ、どうやら施設でもお世話になってるお隣さん、果樹園のナシュアおじさんが元凶だったらしい。
「おかしいの?」
と聞かれても困る、とても困る。食事の場でまさかこのような事になろうとは。恐るべし、ティアナちゃん。きっとこの子は将来大物になる。
「お……かしくはないんだけどね。ええと、詳しくはこれから通う幼年学校でも教えられるから、うん。大丈夫、先生がしっかり教えてくれると思うから」
などと逃げの一手を決めこんでしまった。ああもう、駄目駄目だ。
ティアナちゃんはやっぱり釈然としないものを感じたようで、不思議そうな顔をしていたものの、何とか疑問を納めてくれたようだ。私もホッとする。
ふと見ればなのはちゃんとユーノ君もまた何となく気まずげにしている。うん、まあ。それなりに知識はあったようだ。
フェイトちゃんの方はどうやらまるきり判らなかったらしい。不思議そうにしていた。
「普通の子ってどうやって生まれるんだろ?」
口の中でもぞもぞとつぶやいている。
そういえば、この子の出生もまた普通ではなかったっけ。
私は何となく頬を掻いた。どうも妙に私の前半生、アドニアと被る部分があるので困る。下手に感情移入してしまうのはむしろ危険なのだけど……そんな事を思いながら食事を再開した。ミートローフを取り分け、フォークで刺した時だった。
「子供の作り方、アルフは判る?」
「ん? んん、そうだねえ、私たちなんかは春頃に暖かくなってくるとこうムラムラと……」
私は恭也も顔負けの神速のフォーク捌きでアルフの口にミートローフを突っ込んだ。
「ひゃにひゅんのひゃ」
もぐもぐと、文句を言いながらも食べるアルフ。
この情操教育上非常に困る事を言ってしまいそうな使い魔、どう止めようか……とりあえずミートローフをさらに追加し、私は思案に暮れるのだった。