海鳴市に来てはや一週間が経った。
この間やっていた事と言えば、地球に不慣れなティーダとティアナちゃん二人に予備知識を教えながら出歩いていただけな気がしないでもない。
一応定時連絡の義務があるのだが、正直報告する事もまだまだ少ないのだった。
カーリナ姉は二日前に一度戻り、トーテムポールらしきものを部屋に置き、夕食を囲んだ後、次の朝にはまた出かけていた。
……あの人の放蕩具合をティアナちゃんが真似しなければ良いのだけど。
そして私達はというと今、海にいる。
高町家の面々……と言ってもお店があるのでさすがにご両親は来ていないが、美由希となのはちゃん、夏休みでもあることだし、久しぶりに海にでも出かけようということになったのだ。臨海公園の砂浜、さすがに海水浴客が結構多く、いかにも外国人ですよー、と主張してる容姿の私やランスター兄妹はちょっと人目を引いてしまっている。
黙ってればイケ面とは言え、普段さほど振り返られた経験はないのだろう。ティーダが割と困惑していた。
ティアナちゃんもまたそんな目で見られていたのだが、こちらは年が年だけにあまり気にする事もないようだ。合流したなのはちゃんと引き合わせたら、最初こそおどおどしていたが、にこやかな割に結構強引な高町家の末っ子に引っ張られ、砂浜でボール遊びをしている。
なのはちゃんは末っ子だった事も影響しているのかもしれない。
「今日はなのはの方がお姉ちゃんなんだからちゃんと面倒見るんだよ」
そう美由希から言われて妙に嬉しそうである。
「行こうティアナちゃん、なのはお姉ちゃんが一緒だから!」
「え、ええ!? うん、えっと、はい!」
手をひっぱられて行くティアナちゃんに行っておいでと手を振った。
そんな私は太陽から降り注ぐ陽光に負けてパラソルの下である。
メラニンの薄い身には反射光でも厳しいのに直射日光など浴びてはいられない。
「っとそうだ、ティアナちゃん、てぃーあなー!」
子供の運動能力は半端無い、あっという間に波際に行ってしまったティアナちゃんを大声で呼び寄せ、ミッドで流通してる日焼け止めを渡しておく。
ちょっとずるい気もするが、とにかく性能が良いのだ。子供の柔らかい肌にも優しく、化粧水のように塗れば良いだけ、ベトつかない。
こんな日差しの強い日には必需品である。
なのはちゃんにも使って貰うように言っておいて、私はまたのそのそとパラソルの日陰に隠れた。
ちなみに恭也は恋人とデートの予定が入っていたらしい、今日は来れないという事だった。それを伝えた時の美由希の顔がまた……何ともまあ複雑な感じだったのだけど、深くは追求しないでおこう。何か藪をつついたら蛇どころかドラゴンでも飛び出してきそうだ。
「さてと、私はここで子供達でも眺めながらのんびりしてるけど、ティーダと美由希は泳いできたらどうかな」
気を使わせないよう、手をひらひらさせ軽い調子で言っておく。
良い日焼け止めがあろうと、さすがに好きこのんで強い日差しの中に出ていく気分にはならない。こちとら月夜の方が過ごしやすい軟弱者である。
ツバサ君は? とでも言いそうな美由希に目をむけた。
「男慣れしてない美由希もたまには恭也以外にエスコートされるといいよ」
「……恭ちゃんはエスコートなんてしてくれないよ」
体付きなんてなかなか丸くてエロい事になっているというのに何ともけしからんことではある。うむ、まロ……いや、何か危険な気がする。妙な思考が混ざった。
水色の大きめの柄がプリントされているビキニ、その胸元を見つめる。
視線を戻し、下を向いてみる。
一応私も水着は安いものだけど買ってある。ティアナちゃんとお揃いのパレオ付きストライプだった。何の変哲もないサイズ違いなだけで、色だけ違うようにしてある。ティアナちゃんがオレンジで、私が青だった。
「むう」
胸の大きさは同じくらい。腰から尻へ続くラインもまた。身長との比率からすれば私もまたスペック的には負けてないはずなのに……この色気は何なんだろう。
やはりあちこち、肩とか二の腕とかふとももの、丸さか、丸いのが正義なのか。正義なんだろうな。
ぺたぺたと自分のを触ると、日頃の運動のせいか筋肉がしっかりついていて、柔らかさは……その、あまり……ふふ。羨ましくなんか感じてはいない。ああそうさ。あんなものただの脂肪だ。贅肉なのだ。
「ティーノ?」
うふふと怪しく笑い、むにむにと自らの体を揉みまくっていると、奇行に走る私を訝しんだのか不思議そうにティーダが声をかけてくる。
我に返った私は短くため息を落とした。全く何を考えているのだか。
無言でビーチマットに横たわり、ミッド組二人が珍しいというので買った麦わら帽子を顔にかぶせる。
ふて寝を決めこむ私の耳にひそひそとこぼれた会話が聞こえてきた。
「……何なんだろう、最近ティーノが情緒不安な気がするよ」
「え、と、ティーノってツバサ君の事ですよね、二人はもう会ってから長いんですか?」
「そうだね、最初は──」
……聞こえない。聞こえないぞ。何も聞こえない。
ちょっと身悶えたくなるような自分の話なんて全く聞こえていない。
確かに毎度毎度料理作ったり掃除したりしてたけど、墓参りも一緒に行ってるけど「通い妻……」なんていう美由希のつぶやきなんてまったく耳に入っていない。
自然とそういう流れになってしまっただけで、それを第三者的に語られるとそれはもう恥ずかしさがマックスでビクンビクンでごろごろしたいのである。
せっかく海に来ているんだからとっとと泳ぎにでも行ってくればいいのに。こっちをダシにして盛り上がるんじゃあない。良いダシ出るぞ! 鶏ガラだ!
そんな茹だった頭の私を尻目に二人の話はその後も続きそうだった。耐えきれなくなった私は麦わら帽子で顔を隠したまま勢いよく起き上がる。
「なのはちゃんとティアナちゃんの様子ミテキマス」
羞恥の針のむしろより、太陽の方がマシ、と逃げ出したのだった。
◇
最近、ティーダが妙な食材を買い込んでくる事が多い。
ミッドにはない食材が珍しくて、ついつい好奇心に負けて買ってしまうらしく、変な取り合わせの食材を何とか私が組み合わせて料理して……なんてのが一週間ほど続いていた。
季節が季節だ、この間など見た目で選んだものだったか、ニガウリをわさっと買ってきたものだった。絶対どういうものだか判ってない、判ってないよこいつ。
一応、苦いんだよと説明したものの、それでも食べたいというので、その日はゴーヤチャンプルを仕立ててみたのだが、案の定ティアナちゃんは一口食べてものすごい顔をしてしまった。
……もちろん下処理も万全、苦味は旨みに感じられるぎりぎりにまで抑えているはずなのだが……まあ、豚肉や鰹節で抑えようと油で抑えようと苦いものは苦いのである。大人の味なのだ。
この苦味も慣れると妙に美味しく感じられてしまうものだったが……と私も一口食べるが、つい忘れていた。子供舌がまったく治ってない事を。コーヒーは飲めるようになったのに。
私は無言でティアナちゃん用に作っておいた、普通の夏野菜炒めに箸を伸ばした。
茄子、パプリカ、人参、タマネギをざくざく切って、豚肉と一緒にゴマ油と醤油で炒めたものだ。ゴーヤチャンプルを作る時に使った鰹出汁も使って和風にしてある。
じゃくっとした歯ごたえの後に中から野菜の汁が出てきて美味しい。香り付けにと使ったニンニクも良い仕事をしてくれたようだった。香ばしい香りが食欲を誘う。
パン食メインだった二人も心配していたほど米を変には思わなかったようだ。お箸はまだ使い慣れてないものの美味しいと言ってくれている。ただ、とぎすぎる程といでしまったお米なので、むしろ私は若干物足りなさも覚えたりする。癖もないし柔らかくなるので食べやすくもあるのだけど。まあ、これはゆっくり慣らしていく予定だった。今は臭いと言うだろう麹漬けや粕漬けもいずれは出せる日が来るだろう。
現地調査……データ採取と言うべきか、二手に別れるときもあるが、今日はティーダと一緒に調査に回っていた。
ティアナちゃんはというと、家で通信教育中である。何でも「管理外世界への居住テストの一環」なんて名目で姉が手配したものらしく、次元世界から通信教育を受ける事が出来るようになっていた。あの人はどこでどういう伝手を使っているのか、非常に気になるところでもある。と言ってもその居住テストのような事は割と各地で行われているらしく、ここのところ拡大している管理世界や、中途半端に介入せざるを得ない世界に長期赴任しやすいようにするための措置なのかもしれない。子供への教育だけでなく、様々な形での支援体制を考えているようで、本格的に運用が始まれば人手不足もだいぶ解消されるんじゃないだろうか。
海鳴市に過去あったロストロギア、多分私が……アドニアが暴発させてしまいそのまま共に流れ着いたもの、ロコーンは以前調査に訪れた時にカーリナ姉が回収した。もっとも、当時はそんな大層なものとは姉も思っていなかったようだけど。
私は研究者じゃないし、亡霊さんから教わった知識にしても原理とかはよく判らなかったので、大まかに推測する事しかできないのだが。多分ロコーンを世界単位で移動させた事が良かったのだろう。この世界の魔力素が流出しているような感じは以前と比べると格段に少なくなっている。それについては一つ安堵のため息をついた。
ただ、その後の事件……ロストロギア、ジュエルシードの絡んだ一件の痕跡は未だあちこちに残っている。
あまりに魔法的……というか、この世界の科学では説明できないような痕跡についてはアースラの修復チームが秘密裏に手を入れていったはずだったが、やはり微細な違いは残ってしまうようだった。例えば道路工事をしているところを覗きこむと、はがしたアスファルトの下地、それが線引きをしたように一定の区域で色が変わっていたりしている。
他にも妙に建物が新しくなっているものがあったり、逆に古い建物のはずなのにありがちな蔦やコケなどが全くついてなかったりなど、細かく気にすれば疑問を覚えてしまうような箇所で一杯だった。
とはいえ……これは事情をあらかじめ知っていたからこそ目につく程度だろうし、気に留める人のほうが少ないだろう。外壁塗装など仕事としているような人はしきりに首をひねってしまうかもしれないけど。そこは勘弁願いたい。しかしまあ、これだけの損害を細かく補修していったアースラのチームにお疲れ様と一声掛けたいところだった。
ジュエルシードによる物理的な被害は巨大な植物の様な暴走以後、大きな被害は出ていないようだった。報告書に書かれた、ユーノ・スクライアという子供ながらも優秀な結界魔導師……クロノが優秀と形容するくらいだから相当なものなのだろう。残念ながらまだ面識はないのだけど、その子の力がある程度回復してきたのに加え、アースラの到着、また同時に探索していたフェイト・テスタロッサが非常に優秀な魔導師であったという事も大きいようだ。
問題が残っていると言えば、なのはちゃんとフェイト、この二人がジュエルシードを取り合った時に起こってしまった魔力の暴発だった。この時小規模ながらも次元震が起こっていて、結界内の出来事とはいえ、鋭敏な人は何か感じたかもしれない。さらに言えばその後の時の庭園を中心に群発した次元震の余波も届いているらしく、これはもう少し時間を置いてデータ取りをしてみないと影響が出てるのかどうか判らない部分でもあった。
◇
一通りのデータを取り終えた後、今度は変なモノを買わせまい、などと考えながら連れだってスーパーに足を向ける。
五分も歩いた頃だったろうか、ぴりぴり来る異変を感じ取ったのは私だった。足を止め、感覚を澄ます。
「……結界?」
私のつぶやきに怪訝な顔をして、周囲を見回すティーダ。気付いていなかったようだ。
今この世界で結界を張れる魔導師だと、考えられるうちでは私達以外……なのはちゃんとユーノ・スクライアという少年のみのはず。もっとも、予想外という事はいついかなる時でも起こるので油断もなかなかできないのだけど……何はともあれ様子を見に行ってみる事にする。
感覚を頼りに、10分歩いた頃だっただろうか。
駅前通りから西の方にある高台にちょっと寂れた公園がある。違和感の発信源はそこだった。魔力消費を抑えているのだろうか? 封時結界のようなあまりがちがちの結界ではないようで、近づくにつれて人気がなくなる事から、認識を誤魔化す類の結界かもしれない。
この手の結界は特にセンサーの役割をするわけではないので、私とティーダはこっそり気取られぬように近づいた。
木陰に隠れたところで覗き見て、予想通りといえば予想通りの姿を確認する。
「……しかし……なんといいますか……ねえ、解説のティーダさん」
「ええと、これは本来はもっと派手な魔法に適正が向いているのかもしれません、ただそれであってもあれだけのコントロール、正直あの年であれほどのコントロールが出来るなら、ミッドチルダであっても初等科の一番を取るのは容易い事でしょう。おっと、ここでさらに追加のスフィアを出してみせた。これは難しい」
もちろん小声でだが、ティーダもなかなかノリ良く応えてくれた。
人の気の無い公園でなのはちゃんが魔法の練習をしている。魔力スフィアを出して一定の軌道を描くようにくるくる回していた。
そうなると、結界を張ったのはユーノ少年のはずだけど……見あたらない。はて、と相変わらず木陰に隠れながら首をひねる。
そんな間にも魔法の練習は続いていたのだが、さっき出した追加の魔力スフィアも同時にコントロールするようになると一気に負担が増したようでしばらく綺麗な円運動を描いていたそれもやがて軌道を乱し、集中力が一気に切れたのか、軽い音と共に雲散した。
「うぅ、暑くて集中力が……レイジングハート、どのくらい続けていられた?」
『About 20 minutes(約20分ほどです)』
報告には聞いていたけど本当にインテリジェントデバイスのようだった。
私は思い立ってこそこそとティーダに話しかける。
「良い機会だしそろそろ私達の事も話しておこうか」
これまでになのはちゃんと会う機会はあったのだけど、何となく切り出せていなかった。念話を使えばすぐに知らせられるものでもあるのだけど。
そういえば……と思い出したものがあり、ティーダにデバイスを出させ、バリアジャケットのモデルデータを渡す。
「こ……これは」
「ん、どうせならちょっと驚かせちゃおうかと思ってね」
絶句したティーダに、私は悪戯げな顔を作って笑いかける。どうもここのところ私の中の真面目成分が欠如しがちである。我ながら困ったものだった。
「かなり前だけど、私が持ってったゲームやった事あるから何となく判るでしょ、それじゃ行くよ?」
ティーダの返答を待たずにデバイスを起動させ、カード状の待機状態から杖の形態に。いつか使おうと設定だけ作っておいたバリアジャケットを纏う。やれやれと肩をすくめたティーダも銃型デバイスを起動させ、私が渡したそれを纏った。
さすがに隠してもいないデバイス起動時の反応音や魔力で気付かれたらしい。なのはちゃんが警戒した目でデバイスを構えた。どこからか「なのは、注意して!」という声が聞こえる。ユーノ少年だろうか。
私は、ティーダに目で合図するとゲームでお馴染みの台詞と共に飛び出した。
「ヒーホー、リトルシスター! 面白い事やってんじゃんホー!」
そう、ハロウィンの定番、あるゲームでもお馴染み、かぼちゃのお化けのジャック・オ・ランタンだった。いや、好きなキャラなのだ。いつか子供の前でやってやろうと思っていた衣装がやっとお披露目である。
そして隣では雪だるまのお化けの格好をしたティーダがなぜか拳銃デバイスを口で吹き消す動作をして格好つけていた。
あまりのことになのはちゃんが目を丸くしている。公園の中に静寂が広がった。
驚かせすぎたか……ちょっとスベっちゃったかも! なんて内心考えていたら突然なのはちゃんがあわわわ、と慌てだした。
「レ、レイジングハート、レイジングハート! 悪魔さんだ! 喋ってる! えっと、えっと、対抗するには、召還プログラムはないの!?」
そのデバイスに「落ち着いて下さいマスター」とか言われているが、文字通り浮き足だっている。人の話を聞ける状態ではなかったようだ。人じゃないけど。
「そ、そうだよね、魔法があるんだから悪魔がいてもおかしくないよね。そ、そうだ、こんな時はまず交渉しないと」
胸に手を当てて深呼吸をする。すーはー。こちらに向き直り、ぺこりと頭を下げ、挨拶と丁寧な自己紹介をしてくる。
……ふと思ったのだけどこんなネタ知っているとか、わりとゲーム好きなのだろうか。いや私も人の事は言えないけど。ともかく、ここまで悪ノリしてしまった以上最後までやるべきだろう、うん。
「前置きなーがーいー、オイラと仲良くしたいならマッカよこせホ!」
さすがになのはちゃんも困った顔になって「マッカなんてどうすればいいの」なんて困惑する。
私は首をかしげて見せた。
「持ち合わせが無い? よしゃー、それなら力で示してみるホ! オイラわくわくするホ、ひゃくばいヒーホー拳!」
そこまでするのか、とでも言いたげなティーダを尻目に私はそのハイテンションのままなのはちゃんに襲いかかった。
魔力弾を、ちょっと炎がかった幻影を魔法で付加して撃ち出す。昔はできなかったけど今は4発くらいまでならこんな芸当もできるのだ。
もちろん、危なげだったらすぐにキャンセルできるようにしてあるのだが、報告書の通りだとおそらく……
『protection(プロテクション)』
デバイスの冷静な声が響き、防御魔法が張られる。
自動反応ではない。私が攻撃したと見るや、即座になのはちゃんの意志で防御魔法を展開したようだった。
……いやいや、普通無理だと思うんだけど。というか9歳にしてすでに戦闘慣れしてるってナニゴトか……少しは迷わないか?
顔面を大きく覆うかぼちゃ型バリアジャケットの中で私も表情がひきつっていたかもしれない。
当たった魔力弾は……うん、焼け石に水という言葉を体現した。どちらかというと焼け石に水滴の状態で、一瞬で消滅したが。しかし、制御はしっかりしているのに、魔力の分配はまだ身についてないのだろうか? 過剰なまでの魔力を防御に注いでいる。
「……そういう事なら判りやすいかも、ユーノ君、結界お願い!」
「了解したよなのは、でも相手が判らない。気を抜かないで」
どこからか聞こえてきた返事と共に先程とは違う、位相をずらした封時結界が敷かれた。そして、白を基調にしたバリアジャケットを纏ったなのはちゃんが、起動状態になったデバイスを構える。どこか目が生き生きとしているのだけど……やはり恭也の妹ということなんだろうか。
「行っくよー」
とスポーツでも始めるかのような声と共に誘導弾が放たれた。桃色の魔力弾が私に迫る。その数三発。
さすがに制御はまだ甘いようで、避けるのはそう難しくなさそうなのだけど……一つ試しに受けてみる事にする。
先程なのはちゃんも使った、魔導師なら誰でも使えるプロテクションを発動、念のため簡易のシールド魔法もデバイスの前に展開して備える。
──衝撃。
「うろろろろぁぁぁぁ!」
時間差を置いた三つの魔力弾を受け止めた私はその勢いのまますっ飛ばされた。
飛ばされる、飛ばされる、飛ばされる。
「なんでこんな魔法で初っぱなからクライマックスなんだあああ!」
キャラ作りも忘れて思わず叫んでしまった。
慌てて魔力の出力を強め、デバイスに込める。
受け止める事から受け流す事に重点を置いて、魔力刃を纏わせたデバイスを振り抜いた。
「……はー」
さすがに弾かれた弾までは制御できないらしい。空の彼方へ過ぎゆく魔力弾を見送る。
ちょっと離れてしまって遠くに見えるティーダが念話で話してきた。
(だ、大丈夫かい、ティーノ)
(焦った……報告書は報告書に過ぎないって事だね、なんていう密度の魔法出すのかあの子は)
あるいは……と遠くで魔法の威力に自分で驚いている様子のなのはちゃんを見る。
これまで対峙してきた相手が相手だ。下手に加減するより、一発一発に全力を込めるようなやり方が身についてしまっているのかもしれない。
「参ったなあ……」
こっそりとつぶやきつつ、今度は私からとばかりに魔力弾を放つ。数だけは多い一斉射撃、コントロールとかまるで考えてないし、一発一発は弱くて話にもならない。驚かせるだけのものにしかならないだろう。
「え、うそ……弾幕!?」
この子はシューティングゲームもやってるんかい、と頭で突っ込みつつその弾幕に紛れて接近する。
数だけは多い魔力弾が炸裂し、ことごとくプロテクションの壁に阻まれ霧消する。
その閃光と炸裂音を囮にして至近距離に入った。
「ヒーホー! 喰らえー!」
弾幕ではない、それなりに魔力の込められた魔力弾を間近から放つ。
「わっ」
なのはちゃんの驚きの声が響き、魔法が炸裂した。
「……ひーほ」
「あれ?」
障壁が抜けない。
バリアジャケットくらいまでは何とか届くと思っていたのだけど……とんだ話である。
その後、何度も機会はあった。とりあえず私の習得してた射撃魔法を片っ端から試したみたのだが、効かないったらない。
もっとも、なのはちゃんの魔法もまださすがに誘導の甘さがあるし、空にあって砲撃魔法に当たるほど私の機動性も低くはない。時折バインドが飛んでくるものの、それも性格の真っ直ぐさが災いしてか素直なもので、とても避けやすかった。
飛んでくる射撃、砲撃をかわすかわす。しかし決め手がない。いや、あるにはあるのだけど、こんな模擬戦とも練習とも呼べないような事で使うものじゃない。
もうこのまま最後までかわしきって魔力切れを待つかと思った時だった。
「はれ?」
がくんと動きが止まる。
(ティーノ、足!)
様子を見ていたティーダが念話で知らせる。
見れば足にチェーンバインドの鎖が……どこから来たのかと、鎖の先を見れば魔法を使っているフェレットの姿が。
……そういえばスクライア一族って独自の変身魔法持ってたっけ?
こりゃ、うっかり。
なんて余裕ぶっているのだが、冷や汗だらだらである。見ればなのはちゃんが照準をこちらにばっちり定めている。魔法陣が生まれ、砲撃魔法に独特の魔力チャージが行われる。
ざん、とばかりに利き足でしっかり地を踏みしめ、発動のキーとなる魔法名を言った。
「ディバインバスター……シュート!」
『Divine buster(ディバインバスター)』
桃色破壊光線としか名状しえない何かが迫り、飲み込まれる。
何と私、ティーノ・アルメーラ現空曹は、わずか9歳の、魔法に触れて4ヶ月余りの子供に撃墜されるという記録を刻む事になってしまった。
◇
「あたた……」
撃墜された私が地面で転がっているとなのはちゃんが駆け寄ってきた。
降参降参、と両手を挙げてバリアジャケットを解除、姿を見せる。
「え……ええええっ!」
とても驚いたようだった。
しかし、すぐにがっくりと項垂れてしまう。
予想外のリアクションに私の方が焦った。
「……仲魔にしたかったのに」
そんなつぶやきが漏れ聞こえ、私は引きつった笑いを浮かべる。
もしかすると、なのはちゃんの中ではちょっと面識のある、兄と姉の友達が魔導師だった、なんて事はあまり驚きポイントではなかったのかもしれない。
「ある意味これもスベったということなんだろうか……」
気を取り直し、ティーダもバリアジャケットを解いて、改めて自己紹介をする。
「管理局の人だったんですか」
そう言ってなのはちゃんの肩に飛びのったのは先程のフェレットである。
「ん、ユーノ・スクライア君だよね」
小動物の小さな手を指で掴んで握手する。
……ちょっとキュンとした。5秒ほどにぎにぎしていると、不思議そうに首を傾げる。
いかん、あざとい、存在そのものがあざとい。好物は何だろうか、やはりクルミ? いやいやリスじゃないんだから。肉食だとしたら茹でたササミとかはどうだろう。食べやすいように繊維を叩いて潰してから一口サイズにしてやってもいい。そういえば、案外果物とかも食べるものと聞いた事も……いや餌付けには弱い、もう少し工夫を。
「ツバサさん?」
なのはちゃんが不思議そうに私を見ていた。ハッと我に返る。
「ティーノ、その顔……何かまた変な事を考えてたね」
ティーダが私の頭に手を置いてそんな事をのたまった。
振り払って髪を整える。私をからかうように手をひらひらさせた後、また頭に置く。叩こうとしたが、避けられる。今度は置いた瞬間を見計らって叩いた。華麗に躱され、私自身を叩いてしまう。
……いや、何やってんだ私は。なのはちゃんをほったらかしにしてしまって。
こほん、と咳払いを一つ。
「ん、まずは、試すような真似しちゃってごめんね。ちょっと驚かせたかっただけなんだけど、それに報告書だけじゃ判らない事も多いから」
そして私とティーダでPT事件時の事後調査に派遣された事をかいつまんで説明する。実際にはいろいろと複雑な背景もあるのだけども。
そういえば、一応なのはちゃんの勧誘も用事のうちではあったので、軽く触れておかないといけない。
「それとね、現地協力者としてのなのはちゃんの活躍ぶりを見たうちのお偉いさんが、なのはちゃんをスカウトしたいって言っててね。私がその手先って事になるのかな」
「……え、それってどういう?」
「ん、平たく言っちゃえば、管理局で一緒に働きません? っていうお誘いだね」
この話にはさすがに困惑顔になってしまうようだ。
私もちょっと苦笑した。
「『魔法の力を知ってしまったから、我々のモノになれ!』とかそういう押しつけがましい話じゃないから安心して。今はそういう生き方、将来の行き先もあるっていう事だけ覚えてもらっておけばいいかな」
もっとも局側の本音を言えば、こんなに使える戦力が居るなら何としても引っ張ってきてくれ、ってところなのだろうけど。
人材不足、特に極端に数が少なくなる将来S級にも届きそうな魔導師なんてのは、魔法社会から見ればとんでもないお宝である。優れた魔導師は文字通り、物理的に万人を救ってしまうような真似だって出来るのだ。どれだけ育成に費用がかかっても確保すべき人材だった。
ただ、それはミッド……管理世界の通念であり理屈なのだ。この世界で声高に言うのも違う気がする。
それに、私個人の意見でしかないが、この世界に生きるなのはちゃんにはこの世界での将来というものも考えておいて欲しかった。ユーノ君という友人も居るようだし、管理世界との関わりはこれからもあるだろう。焦らず次元世界の常識、魔法の在り方、魔導師の立ち位置を十分に知った上で判断してほしいとも思う。
なのはちゃんは私の言葉を真面目な顔で聞き、少し考え、ゆっくり頷いた。
「正直……まだ将来って言われてもよく判らないけど……うん。覚えて、考えてみます」
そう言って思わず心が温かくなるような笑顔を浮かべた。
恭也が妹自慢するのも判る気がする。
いやいや、無論うちのティアナちゃんも負けちゃいないのだけど。
私は思わず緩んでしまいそうになる顔をひきしめ、性懲りもなく私の頭に再び手を置いているティーダの手に攻撃を加えた。