澄み切った空。
遠くには山が見えるが、さすがにぼやけているようだ。
シジュウカラに良く似たほのかに青い鳥が数羽横切った。
郊外に見える川には集団で釣りに興じる子供が見える。
平和だなあ、と私はつぶやいた。
視線を戻し、暫定的に王子が拠点に定めている元国防省庁舎、そこにプラカードを右手に火炎瓶を左手に持ち押し寄せる群衆を見て。
物騒だなあ、とつぶやいた。ため息もセットにして。
共和政府軍は展開していた軍をグレアム提督率いる管理局側の魔導師に寸断され、身動きのとれない中、各個撃破された。
主要道からは中継都市を落とし、ますます意気軒昂な王政府軍が迫る。
さらには、私からマフィア側の連合勢力の話を聞くや、政治的な圧力、同時に懐柔策ほか、様々な謀略でもって切り崩しを計り、自分の勢力としていく姫様も一役買っていた。
完全に追い詰められた形になった共和政府はかつての北の首都でもあった、私が攫われ連れて行かれた事もある旧都に拠点を移し、抵抗を続けていた。
その抵抗の仕方というのもかなり巧妙になり、非合法組織の連合勢力から学び取っただろうゲリラ戦のようなものから爆弾テロ、混乱させるような情報を流布し、民衆に混ざって暴動を起こしたりなど多岐にわたり、いま眼下で王政府軍が鎮圧中のデモ隊の中にも多分扇動者が多数紛れこんでいるのだろう。
見ているだけというのもまた、もどかしいものを覚えるのだけど、ここは仕方がない。
さすがに治安維持活動に勝手に管理局が手を出してしまえば内政干渉にもなりかねない。
グレアム提督としては要請を受ければすぐに人員を派遣する構えなのだが、そこは王政府側のプライドもある、また管理局にこれ以上借りを作るのは避けたいという思いもあるのかもしれない。
私はデモ隊と鎮圧部隊の衝突が段々収まってくるのを確認すると、少し肩の力を抜き、ふたたび空を見上げた。
考えてみればもうじきこの世界に来て三ヶ月も経とうかという頃だ。この世界はあまり気温の変化も感じないが、ミッドは今頃涼しくなっている頃かもしれない。
ティアナちゃんはしっかり布団かけて寝ているだろうか。長期出張なので、いっその事と、私やカーリナ姉の居た施設に預かってもらっているのだが、ティンバーとかに虐められてなんかいないだろうか……ああ、私の必須成分ティアナミンが足りない。圧倒的に足りない。演劇の発表会にはぎりぎりで間に合ったものの、その後は施設に直行だった。時間的な余裕が無かったのだ。姫様が王都に居る間は時空航行船の施設で通信もできたけど、今は中々難しいし……
「ティーノさん……だったか、少し話をしても?」
表情を装い、ティアナちゃんの事を思って心の中でため息を吐いていると、姫様と会談中のゴニョゴニョな勢力の幹部……その警護役の一人が私におずおずと話しかけてきた。
……ええい、熊みたいなでかい図体でおずおずするな。局員だというのは知れてるだろうから、話しかけにくいのだろうけど。
私が振り向いて一つ首肯すると、同じ部屋に待機していたティーダもさりげなく私に近づいてきた。
「互いのボスが話し合ってる間にこう……馴れ合うようであれなんだが……」
どうも歯切れが悪い。というかおずおずしているのは元々の性格か?
「ビスマルクの兄貴の事なんだが……一度上機嫌に帰ってきて、あんたの事を話していた事があるんだ。兄貴の頼みであんたの情報を調べた事があったんで覚えていたんだけどな」
そんな事してたんかい……私はてっきりあの執念深いマフィアのボスさんからの依頼で名前バレしてたのかと思ったよ。
そんな私の内心はともかく、熊男君としては兄貴とも慕っていたビスマルクがその後仕事で出たのを境にふっと行方が判らなくなってしまったので、もしかしたらという気持ちで私に聞いてみたものらしい。
まあなんだ……ばっちり知っているわけなのだが。私の口から話すのは少々憚りが……
「えーと、おたくのボスに話を聞いた方がいいんじゃないかな?」
「ボスは、口出しするなって言って教えてくれねえしなあ。な、知ってるなら教えてくれよ、生きてるかだけでもいいからさ」
巨体をかがめるように私にそう言う熊男君。サングラスから覗いた目が妙につぶらな瞳で困る。本当に熊みたいだ。
……慕われてるじゃないかビスマルク。明らかに一回りも二回りも年上の男から兄貴と言われるのもどうかと思うけども。
ふと、ココットが秘蔵しているかのような、用語として「タチ」とか「ネコ」とか出てくる薄い本を思い出して、げんなりしてしまった。止まれ私の想像力。それ以上は駄目だ、腐海の闇に沈んでしまう。
ともあれ、情に流されるわけでもないが。
「生きてるよ、ビスマルクは。本人はフリーランスに戻っただけとかそのくらいの考えなのかもしれないけど」
実は私の報告を受けて、カーリナ姉が既にシャルードさん、ビスマルク二人の勧誘に出向いていた。とはいえ、あの人はこう……自分のペースで進めすぎるきらいがあって、時に人の感情の機微が判らない時がある。シャルードさんはだいぶ怖がっていたようだったし、今でもすれ違っているのではないかと心配は尽きないのではあるけど。
「そうか、生きてるのか兄貴は……よかったぁ」
などと涙ぐむ熊男さんを前に、私は自分の姉の破天荒さに頭を悩ませ、そんな私達を見てティーダが呆れ顔で肩をすくめていた。
姫様の交渉は無事終わったようだった。
私達の今居るロビーに降りてくると相手側のボスと一つ握手をして何やら言葉を交わし、別れる。
なにぶん交渉相手が交渉相手なので、局員の私達としては一旦護衛を外れざるをえない。見て見ぬふりしてくれという奴だ。そこは提督も歯切れ悪く言っていた。姫様が政治的な動きをしている以上私達もなかなか難しい立場に置かれてしまうようで、なるべくこの世界の動きには関わらず、姫様個人の護衛として専念しなさいとも言われている。グレアム提督としてはこの姫様の動きは予想外だったのだとか。
時折ティーダと、裏の意味を探りたくないような比喩ばかりの会話もしているのだが……私もちょっとそう言う話し方を勉強した方がいいのだろうか。
……蚊帳の外に置かれて寂しいだけなのだけども。
◇
非合法組織の連合、九頭会だったか。そのうちの過半、五つの組織を姫様は味方につけてしまった。
姫様からすると、需要と供給が一致しただけと言うのだが……何という事だろうか。
なにぶん、この世界の争乱も長い。地球での戦争のように大規模に死者が出るというわけでもなかったのだが、全く出ないはずもない。
元々世界そのものの人口が多くないので、働き手を欠いてしまった地方から徐々に衰退の兆しが現れていた。
そこで姫様が目を付けたのが非合法組織を主に構成している、様々な次元世界からあぶれてしまったならず者たちだった。特に若いのが多いのが良いところらしい。
一見突拍子も無いのだが……姫様の提示した条件はこの世界での戸籍と居住区画だった。非合法組織と一言で言ってもその中の人員の多くが安住できる住み処を得ていない。安住できる場所が欲しい組織、それをある程度抑え込めるだけの軍を持ち、有り余る土地を提供できる王政府側。管理局との適度な距離。姫様からすれば条件は揃っていたらしい。
残り四つの組織については、反管理局の色があまりに強すぎる事や、武力色が強すぎる……二度ほど私と関わり合いになった組織などは管理局側から重大指名組織としての認定を受けている事もあり、受け入れられなかったのだが。
……とはいえ、それらの勢力については。
「猛犬も痛み無く牙を抜かれれば、いずれ従順な犬になることでしょう、うふふ」
などと漏らしていたので、何かしたのだろう。ナニカ。
……突っ込まない、私は突っ込まないぞ。うふふという笑みがどこか怖いのだ姫様。
そんなこんなで姫様の暗躍のために護衛の私達もあちこちを飛び回り、今は元共和政府の首都ベリファのホテルに滞在中というわけである。
──突如として、本来の管理局の仕事でもある、ロストロギア関連の情報が飛び込んできたのは、そんな折だった。
カーリナ姉率いるグレイゴースト側のチームが、どうやらビスマルクとシャルードの二人と交渉することに成功したらしく、完全に引き込むことはできなかったが、協力者として手を貸してくれることになったという。ロストロギアの情報はそこから出たもののようだった。余談だが、交渉を纏めたのはカミヤさんだったという。何でも容姿が幸いしたとか。悔しそうにしながらも表面上は余裕ぶっていた姉が忘れられない。
北部首都ベリファ、新たに置かれた行政府から少し距離を置くようにして、管理局側は拠点を設けている。
その中心となっているホテル、その会議などを行う広い一室にそうそうたる顔ぶれが集まっていた。
奥のスクリーンから見て左手側が王政府側の面々、奥にはグレイゴースト側のチームであるカーリナ姉含む三人、新たに協力者として加わったビスマルク、シャルードの二人の姿も見える。
右手側にはグレアム提督を始めとする管理局側の席になっている。艦長クラス、及び副官、執務官も一名並んでいる、末席には使い魔とは言え席を与えられているようで、リーゼ姉妹の姿もあった。もちろん人の姿だが。
私とティーダは局員としてなら呼ばれる立場でもないのだが、姫様の護衛役として王政府側のテーブルの後ろに王子様直属の護衛隊と共に控えていた。
「まずは忙しいさなかご臨席下された王子ウォーニング様、王女ナティーシア様に感謝を申し上げる。また、王子ウォーニング様に対しては王政府軍司令官として対応させて頂くゆえ、無礼の段はどうかご寛恕の程を願いたい」
そんなグレアム提督の堅苦しい挨拶で始まった会議の内容は、その堅苦しさに見合うかのようにとんでもないものだった。
ロストロギア……古代文明の遺産などの総称とも言える。現在共和政府が逃げ込み、立て籠もっている旧都、その地下遺跡に眠っているそうなのだ。
共和政府の中で実権を握っていたヴェンチア・ゴドルフィン、その人からの依頼により、数年前からシャルードさんが調査をしていたと言う。
「それは……危険性としてはどのような事になるのか? ロストロギアと言われても我らには今ひとつ慣れぬ概念なのだが」
困惑気に、王政府側の官僚が言った。
それを後ろで聞きながら、そんなもんだろうなあ、と私も相づちをうっていたのだが。
私も教育隊に配置されていた頃、過去に起こった事件、ロストロギア絡みの記録映像を見ているからこそ、その単語を聞くだけでも身構えてしまう部分があるのだけども、初耳では「なんじゃそれ?」ってとこだろう。
「下手を打てば代償はとても大きく……いや、説明は情報提供元であるグレイゴースト側よりしてもらうとしましょう」
目が点になっている王政府側の人たちをそのままに、提督はカーリナ姉の名前を呼び、解説を促した。
ご紹介に預かった、と前置きしカーリナ姉がスクリーンに図を示して説明を始める。
「あれ?」
私は首をかしげた。スクリーンに映ったモデルデータになっている三面図、見覚えがある。というかどこから見ても少し前に地球で拾った赤い色の……井桁のような形をしたプレートである。そのままカーリナ姉が持ち去り、私も後で……曖昧ながらも注意をしておいたのだ。検査機関に依頼しておくという話だったが。
「これは管理局が管理外世界と呼んでいる世界で見つかったものだ。調べた結果、やはりロストロギアに該当するものでもある。また、各地を調べ進めた結果、同様のものがやはり管理外世界より見つかった。その地での呼び名を取り暫定的に『ロコーン』と呼ばせてもらう」
普段より二割増しで真面目に見える姉。なんだろうと思ったら伊達眼鏡をしている。イメージ戦略かッ!
なんて感想は置いておき、やはりアドニアが遺跡で見つけ、のちには地球でカーリナ姉の手に渡ったそれは相当なものだったらしい。ただ、今回の話と何の関わりがあるのだろうか。
と、私がそんな考えに浸っている間にも姉の説明は続いていた。
「このロコーンであるが、その働きは転移魔法に近いと言ってもいい。ただし、現段階では分析不可能なセーフティがかけられており、予測でしかないのが残念なのだが」
それを聞いた限りでは危険性は感じられないが、と再び官僚が問いただすと、カーリナ姉はコンソールを操作し、場面を切り替えた。
……ちょっと懐かしい絵だった、というか地球が映っている写真だけなのだが、私はカモメとでも言いたくなる。
「第97管理外世界、このロコーンが発見された世界だが、5年前に小規模な次元震が観測されている。そしてそれ以降、発見された都市を中心に転移魔法の座標位置が微妙にずれてしまう現象もまた記録されている」
地表を網目状のマーカーが覆い、海鳴市を中心とした歪みの状態がグラフィカルに表示された。
「……付け加えるなら少々特異な土地でもあるようだが、それは今は置いておくとしよう」
問題はだ、と少し息を継ぐ。
「この世界を調査に行った折に、私の供が『底が抜けているかのような』という例えをしたことがある。この表現は言い得て妙だった。調査隊が調査したところ、5年ほど前、ロコーンが転移を起こした時期より、世界そのものに穴が開いていると言ってもいい。97世界の魔力素そのものが得体の知れない世界に流出している状態ということだ。概算だが……三千年ほどで魔力資源がバランスを崩し、次元震による崩壊に至るだろう」
三千年とはまた……気の長い話だった。
「……もちろん、それだけの時間があれば手を打つ事は可能だろう。だがそれは97管理外世界のみの話であって、この世界の話ではない。結論から言えば、既にこの世界が同じ原因により崩壊現象を起こすまで恐らく三百年を切っている。いや……場合によっては明日にでもだ。突然崩壊してしまう可能性がここにきて出てきた」
突然物騒な話……というか、明日にでも?
さすがにこの話を聞いた面々はひどく困惑顔だった。管理局側も泰然としているのはグレアム提督とリーゼ姉妹のみである。
「これは、シャルードが提供してくれたデータにあったものだが……」
画面が切り替わる、これも見覚えがあった。旧都の姿のようだ。その中心部に位置しているいかにも古く、無骨な作りの城塞がある。姉が幾度か操作をすると、その城塞の地下部の構造図、不明なところも多いようだが、それを表示し、一点を指す。
「……鳥居?」
思わずそう口から漏れてしまった。
形が似ているのだ。まさかこんな所で見る事になるとは。
私のつぶやきが聞こえたのか、一瞬にやりとするとカーリナ姉はついでにとでも言うかのように続けた。
「97世界の歴史を調べると様々な場所で見つかる形状だ、例えば殷という王朝では当時神のように祭られていた『帝』の使いである鳥の留まるための物であり、また、古代の有名な王であるソロモン王が建てた神殿の門も似た形状という。別の世界、これをロコーンと呼んでいた世界においても同様に歴史の中に散見されるのだが」
余談だった。それはともかく、と小さく咳払いをする。
「この旧都の地下にあるものは、形だけではなく、素材もロコーンと同様のものらしい。そしてその大きさに見合うだけの出力を持つものと推定し、第97管理外世界で起こった次元震から、暴走した場合の推測値がこれだ」
カーリナ姉の指が忙しなくコンソールを叩いた。計算式が組み上げられていく。
その数値を見て、管理局側の面々は一様に緊張の色を走らせた。
「管理局の方々は慣れている単位だからすぐ判ったようだが……世界が丸々一つ滅びかねない値とも言える。そして残された次元断層を考えれば、隣り合う次元世界の連鎖崩壊もまたあり得ることだろう」
戦争やってたのに、急に世界の破滅、さらには隣り合う世界の崩壊につながるなどと聞かされた王政府側の人達はというと……
やはりぴんと来ないのか腕組みをして首を捻る者、あるいは先程の数字を換算して驚きに目を見張る者、様々だった。王子は静かにニコニコしていたが。私の耳はスゥスゥという気持ちよさ気な寝息を聞き逃してはいない。兄妹そろって外面を取り繕いながら寝る特技を持っているとは……
「先程カーリナ殿の話では、ロコーンとやらにはセーフティが設けられているような事だったが、北の旧都のそれにも設けられているのではないか?」
おお、そういえば、と少しほっとしたような空気が流れるのだが、多分それで納まるようならここまで大がかりには人を集めないはず。
「無論、その機構はある。ロコーンについては不明のままだが、少なくともこのロストロギアに関しては判明もしている。調査していたシャルードによれば、王家の血、そして魔力により反応し、それは起動するらしい。もしかしたら昔の王家は正常に使うことが出来たのかもしれないが……埋められていた事から考えれば不要と考えた当時の王が封印していったものかもしれない」
王家の血と魔力……遺伝子認証とか魔力波長の認証でもあるのだろうか。
……確か姫様が、ここの王族は女系遺伝で何たらとか言っていたような覚えがある。あの時は言葉を濁されたのだったか。
シャルードさんのような本職ではない人員まで使って誘拐しようとしたのは、もしかしてその辺りもつながっているのかもしれない。
とはいえ、これまで言っている事からすれば、そのロストロギアが暴走を起こすには王家の人間が必要であり、こちらでがっちり守ってしまえば問題ないのでは……
私は首をひねっていたのだが、なぜか王政府側の人達の顔色が一気に悪くなった。姫様もため息をついている。
「……王家側の方々はお気づきか。現在北の旧都に立て籠もり抵抗している筆頭にヴェンチア・ゴドルフィンが居るが、そもゴドルフィンという家名は系図を見れば百年程以前に王室より枝分かれし、その後滅びたとされている。また、20年前には現王の弟君……王子様や姫様からすれば叔父にあたる存在が唐突に死亡となっていた。その名前がヴェンチアだ。結びつけるのは容易だった」
姫様がうつむいて頭が痛そうにこめかみを揉んでいた。
王室のあまり話したくない話の一角というやつなのだろうか?
「シャルードの話によれば、本来の起動条件を満たすのは『王冠の女』と呼ばれるある形質を備えた王家の女性だという。しかし、厄介な事にこれは動かすだけなら、傍系……つまりヴェンチアにも可能ということだ、もっとも暴走という結果にしかならないだろうが」
長くなったが以上で解説を終わる、諸データは各々の机の端末に入力してあるので閲覧していただきたいと言い、カーリナ姉は席についた。
誰が漏らしたか判らないため息が聞こえ、事態に呑まれていたようだった会場もぽつりぽつりと会話の声が増え始め、やがてそれは活発な議論となる。
こういう会合を開いた以上腹案はあるのだろうが、まずは議論の中で理解してもらう事を考えたのかもしれない。グレアム提督は腕を組み1人静かに瞑目していた。
◇
夜半から降り出した雨で路面が悪い。
舗装などしておらず、剥き出しの地面はぬかるみ、ところどころが陥没している。
会議のあった翌朝、私は北の旧都に向かう輸送車の中で揺られていた。
目指すは共和政府と王政府軍が競りあっている形の前線である。
王政府側としては最後の詰めの部分まで管理局の手を借りたくないというのもあったのだろう、難色を示していたのだが、最後は提督が押し切った形で介入する事になった。
作戦としてはかなり大胆な作戦となっている。
前からうすうす感じていた事だが、ロストロギア絡みの案件になるとグレアム提督は自ら出張る事が多いような……リーゼ姉妹は何か訳ありそうな雰囲気にもなるので、軽々しく聞けるような雰囲気ではない、司令官が身を張っちゃいかんでしょとも思うのだが。
今回の作戦に至ってもそれは同様で、提督自らが共和政府側に対する囮となり、戦線を膠着。その隙を突きシャルードさんの特殊な転移により人員を運び、敵方の本拠となっている城塞を制圧するという流れである。確かに敵方を引きずり出すための囮として見るなら、司令官なんて極上の囮なのだろうけど、うん。本来ありえない形ではある。
制圧部隊の編成については管理局の一等空尉率いる一個中隊に加え、グレイゴースト側の人員、そして万が一の事態を想定し、ロストロギアを制御できるはずの姫様も同行する運びとなっていた。
もちろん姫様の身に何かがあれば本末転倒なので、最初は制圧を確認してから調査隊と共に、なんて話だったのだが。姫様自身がまたもや、王室の恥は王室の手ですすぐものです、などと言いだしたのだ。ただ、こちとらもそろそろ付き合いが長くなってきている。私はその目に浮かんだ「利用できそうなネタですわねヲホホ」なんて色を見逃さない。きっと何か考えているのだろう。
グレイゴースト側の人員については、どうもその旧都の地下にあるロストロギアがカーリナ姉の大きな目的のもう一つだったらしく、本部に打診したところ増援が合流してくるという。
「でも目的って割に、大回りというか迂遠というか何というか」
この姉っぽくないやり方なのだ。目的を見つけたらもっとこう直線的に突っ込んでかき回して掠っていきそうなものである。
そう不思議に思っていたのだが。
「仕方無いだろう。こちらは会長の曖昧な未来視を元に動いている身だ。さらに政情の絡みもあればそうそう好き勝手はできない」
……そう言えば、グレイゴーストのリーダーは未来が見えるんだっけ。地球から帰る時にその辺の事を詳しく聞こうとしたら、姉が予測タイプとか測定タイプとかこぼしていたのを聞いた覚えがある。予知にも種類があるんだと感心したものだったが。
「それで増援の人数と戦力はどんなもん?」
「む……そうだな、戦闘向きの連中が来るのだが……一人一人は魔導師で言えばAからAAクラスのランク持ちと言ってもいいかもしれん。癖が強いのでなかなか比較も難しいのだがな」
腕を組んでそう言っていたカーリナ姉だが、ふと思い出したかのように顔を上げると私に向かって言った。
「そうだ、一人ロリコンがいるからお前は注意しておけ」
「……私はこれでももう15歳なんだけど」
「どう見ても12以上に見えん。諦めろ」
また、真面目な顔をしてそんな事を言うので、脱力感が半端なかった。
車がまた大きなぬかるみでも踏んだのか大きく揺れる。
私は脱力したまま隣に座っているティーダの膝に崩れた。
身も世もないとでも言うかのように。
「ティーノ?」
「どうやら私はここまでのようだ、ティーダ……後を頼んだ、ふふ、不治の病……幼児体型には勝てなかったよ。12歳……12だってさ、あはは」
身長だって底のちょっとばかり厚い靴履いて四捨五入さえすれば160センチになるのに。ごめんまた鯖読んだ。
「ああ……だ、大丈夫だよ、ティーノは幼児体型と言うにしては胸があるじゃないか。ちょっと前の感触だとCはあると思うよ?」
あー、ティーダが怪我してたとこに私が転移した時か。そういえば触っていたかもしれない。確かにアンダー細いからCはあるが。
ただ、その台詞はなんだ……鬼門じゃないかと思う。この輸送車……姉はもとよりシャルードさんにビスマルク、姫様の護衛隊の隊長含めた隊員さんも乗っているのだ。肝心のお姫様はグレアム提督や王子様と一緒に一台前の車両だが。
「ほう……感触。詳しく教えてもらおうかティーダ君」
そんな……にやついてからかい始めるカーリナ姉を始めとし、案の定……車内は賑やかな事になってしまった。
そんな騒ぎからそそくさと離れ、私は端っこの窓際で外を眺めていたのだが。
まあ、緊張するのは戦場についてからで良いとも言うし、これはこれで悪くないのかもしれない。
「あらら、ティーノちゃんったら耳が真っ赤だねー」
覗き込もうとするシャルードさんから顔を背けつつ、最後には組んだ腕につっぷしてカバーしつつ、そんな事も思う。
……ただまあ、ティーダのアホめ、二枚目半め、自爆に巻き込むなと心で罵るのは忘れなかったが。