何とか共和政府と王政府の国境付近まで来る事ができた。
ここで強度を強めて広域念話を発してもいいのだが、道々説明されたところによると、投入されている追っ手が少ないなら国境沿いにあるハイライズ公領に入ってしまった方がいいということだった。
ハイライズ公領とは、緩衝地帯……と言っては語弊があるだろうか。王政府側から領土を預けられている形だが、同時に共和政府にも貴族議員として名を連ねている。二政府間が戦争中と言えども、外交ルートを完全に切るわけもなく、また物資の流通、交易ルートとしても必要とされた事からそういう形になったらしい。
公領と言っても広さは街一つ分である。人口も1万人いるかいないかであり。外から見た感じでは古い城塞都市といったおもむきでもある。町は石造りの壁に囲まれ、大きな門が南北に設けられていた。東西は岩山だらけの山地で挟まれていて、遠目には巨大な関所のようにも見える。
非武装地帯でもあり、入る時には武器を一時預け、魔導師の場合、発信器付きの魔力封じも身につけなければならない。
もちろん、敵方の部隊も展開することができないので、逃げ込んでしまいさえすれば安全を確保できる。
逃げ込めればの話だったが。
「こりゃーまた……見事に待ち伏せられてるね」
「さすがにここを通る事は予測されていたか」
ハイライズの城門はすでに見えているのだが、その前にずらりと部隊が展開されている。
と言っても、ティーダの予測通り前線の維持が大変なのか、その人員の数はぱっと見ただけでもかなり減っているようだったが。
陸戦魔導師と空戦魔導師の混成、合わせて30名くらいだろうか。局のように微妙な軋轢が無いようで結構な事だ。
部隊の中には私が森で攪乱に走っていた時に気絶させた覚えのある顔もちらほら。そして、崖から転落することになった原因の、勿体ぶった魔導師も居るようである。何故か優雅に足を組んでワインを傾けている。お付きっぽい人が2人給仕をしていた。貴族か、お貴族さまなのか? そしてどうやら統率しているのは、ちょっと前に探索隊を率いていた、不真面目そうな少年のようだ。不機嫌そうな顔で時折スキットルを傾けている。
定期的に哨戒しているのだろう、一人が移動を始めたので、それに合わせて私達も魔法で隠れたまま、その場を離れた。
姫様が待っている車に戻りがてらティーダと相談をする。安全策をとるならハイライズに焦って入ることもない。国境線ぎりぎりまで行ってから飛んでいってもいいし、あるいは探せば封鎖の甘いところもあるだろう。
ただ、姫様がああいう形で居なくなっている以上、できれば早くに無事な姿を見せておきたいという部分もある。すでに戦端を開いているというなら尚更だった。
そんな方針を決めきれない私達に、姫様はあっさり言い放った。
「ハイライズに入りましょう。時の刻みは戻りません」
普段のにこにこした顔が嘘のように引っ込み、真摯な目になっている。それはやはり、自分が攫われてしまった事で与えてしまった政治的な影響ゆえか、王族としての責任感か。
そしてきっかり一秒後、その顔はふたたび緩んだ。
「一刻も早くお風呂に入りたいですし」
くんくんと自分の臭いを嗅いでみせる。
「姫様……どこまで本気なんでぃすか……」
「あらティーノ。脱力しちゃって可愛い可愛い。ちなみに私はいつも本気ですよ?」
……ともかく、鶴の一声で方針が決まったからには、後は役割分担である。
「前回は良い所を全部ティーノに取られちゃったからね、今回は僕が囮を」
と言いかけたティーダの口を手で塞ぐ。
……いつしか普通に触るのは平気になっている。なんてふと思うが、今は関係ないか。
何か言いたそうにこちらを見るが、ええ格好しいで危ないことをしてもらっても困る。
大体……
「魔力も残り少ないくせに大きな口叩かない」
道中の攪乱や消費の大きい幻術魔法の使用で相当減っているはずなのだ。
それでも何か文句ありげな目をして、私の手を払う。
何やら言いかけたところで、横合いから姫様が割って入った。
「ティーダ様は女の子を囮として残して行く事が嫌なのですよ?」
「……へ?」
何それ本気でそんなん考えてるの? と確認してみると。うんうんと頷いている。
「むうぅ……」
私は頭を乱暴に掻いた。アホ毛が立ってる鬱陶しい。
いろいろと感情が変に湧いてきて困った。整理しきれない。まとめて見ない振りを決めこんだ。とりあえず私は口を開き──
「お前それサバンナでも同じ事言えるの?」
違った。どっかで覚えたような言葉が口をついて出てきてしまった。いや、ライオンとかは狩りをするのは雌ライオンだからあながち間違っても。いやその解釈はまずい、私ハーレム要員違う。餌取ってきたりとかしないから。いや、まて食事という意味ではわりと当たって……いや、ともかく。今の状況に男女は関係ない。というか、だ……
「そんなアホな意地張ってる場合かッ!」
私の魔力を込めた掌底がティーダのみぞおちに突き刺さった。へぶぉと妙な声を上げて2センチほども体が浮き上がる。
崩れ落ちたティーダを見下ろし、腰に手を当ててポーズを決める。
「成敗!」
まぁ、すごいと姫様が手をぱちぱち。
漫才はともかく、とティーダを引き起こす。
「とりあえず少ないけどその魔力で姫様の護り頼む。それが順当な役割だよね?」
「ディバイドエナジーをわざわざ殴って使うとか……勘弁してくれよ」
あいたた、これは肋骨がいったか。死ぬ死んでしまう。などと大げさに痛がってみせる。殴りではなく掌底で押しただけなので怪我もなにもないのだが。そんな寸劇にも付き合うつもりか、姫様もまたよよよと崩れ落ち、騎士様どうかこの姫を置いて往かないで下さいまし、などと言っている。
何というか、寸劇気に入っちゃったのだろうか。緊張はなくなるものの、抜いてはいけない力も抜けてしまいそうだった。
私は頭痛を感じ、こめかみを揉みほぐした。
◇
ある意味ワンパターンとなっているのかもしれないが、今回も幻術魔法である。フェイクシルエットで形作った姫様とティーダ、二体の幻像を車に乗せて北門に迫った。
ちなみに私は免許無しなのだが、動かし方は判るという奴である。大きい車だと足が届きにくいので小さい車でよかった。
部隊が展開しているのを見て慌ててUターンをして逃げる……振りをする。ミラーを見れば、前回の徹があるので迷っているようだったが、目の前を獲物が通過しているのである。逃すわけもない。功を焦ったか若い兵士がまず追いかけてきて、それを追うように空を飛べる魔導師がついてきた。舌打ちした隊長も号令を下す。
よーしよし、かかった。敵さんは訓練期間を取れてないのがあだになっているようだ。
ちなみに今回も策と言える程の策ではない。奇策でも思いつかないかとティーダに振ったら、要人を連れている以上、奇をてらう策を使うもんじゃない、と言われた。一度破れると脆いのだとか。こういう時は敵も味方もマンネリに感じてしまうくらいシンプルな方が良いらしい。
そんなわけで私が騒ぎを起こし、敵を引きつけ、その合間に姫様ごとこっそりハイライズに入ってしまうという、とっても単純な作戦である。
今回は時間稼ぎもそれほど必要なく、二人が門を通り抜けてしまえば勝ちだ。それを確認したら私は本来の特性を生かして飛んで逃げてしまえば良い。速さには自信がある。
とはいえ、ただ逃げるだけというのも怪しまれる。
私は運転しながら誘導射撃を撃った……一発づつ。苦手なんだちくしょう。サーチャーも出して後方確認しながらなので面倒臭くて仕方無いのである。
さすがにそれはあまりに単純すぎる攻撃だったらしい。いかにも素人に毛が生えたような新兵君にもシールドで防がれる。
ニヤァとか笑われた。
「うぁ……めっちゃ舐められた。新兵にすら……ほとんど素人にすら……私って」
そりゃ一番苦手な分野ではあるのだが、がっくりである。
新兵君がお返しにと放ってきた射撃を躱すと、その間にするすると飛んで車の上に着陸してきたのがいたので、タイミングを合わせて屋根を大きく開けて出迎えてやる。
着陸しようと思ったら穴が開いて車内に落ちた。わけわからん。空戦魔導師の彼から見ればそんなところだったかもしれない。なかなか間抜けな格好で落ちてきた。
「はろー」
にっこり笑ってやり、魔力刃を出したハイペリオンをさくっとな。
つられて笑い返そうとした男は半ばにやけた顔のまま気絶した。
この車の構造をよく知らないのが裏目に出たようだった。この車のルーフは大きく開くキャンバス地なのだ。
ドアを開けてその男を放り出す。お仲間が回収するだろう。
放り出すと同時に射撃魔法が車に向かって飛んできた。
狙いは……タイヤか! 慌ててハンドルを切り避けたが、露骨に車狙いに切り替えたようだ。後ろを確認すれば、かなり敵の部隊とも距離が縮まっている。正直いつまでもカーチェイスは続けられそうにない。早く合図来ないだろうか。
そんな事を思いながら今度は開いた屋根から身を乗り出し、魔力弾をばらまいておく。ただし、初見なら効果あるが、二度目以降は威力無いのがばればれなので、気休めでしかないのだけども。
迂闊に近づいてきた二輪に乗った敵兵を至近距離から魔力弾の連射で撃ち落とし、ついでに空を飛んでいる空士にも牽制も兼ねて撃っておく。
とまあ、ここまでやっている事は多いのだが、その実まだあまり時間も経っていない。
もう少し城門からは引き離したいところだった、が。
──衝撃が走った。
いやかなり物理的というか車が横転? 無重力感? 投げ出されッ!
「ぐっ」
私は開きっぱなしになっていた天井から投げ出されて空中で慌てて浮遊制御を取る。
さっきまで乗っていた車がごろんごろんとおもちゃのように二転三転してひっくり返り、停止した。
「……あー、しまった。やりすぎちまった。おおい、そこのちっこいの。姫サン生きてるかい?」
いつの間に居たのだろうか。隊長と思われる不真面目な少年が心底困ったような顔でそんな事を言っていた。
瞬時考えを巡らせる。
魔法を食らったという感じではなかった。爆弾か何か?
ひとまず時間稼ぎにと、ひっくり返った車を慌てて覗き込んで姫様の無事を確認する……振りをする。実際には幻像なのでとっくにさっきの衝撃で消えてしまったのだが。
私はできるだけ目を伏せるようにしてのろのろと車から這い出る。完全に追いつかれたらしい。部隊に包囲されている。
少年に向かって無言で首を振って見せた。できるだけ沈痛に見えるように。
「え……ええ? マジ? どうするよおい! 俺姫サン殺っちゃった? 副長ちょっとそのちっこい子を確保しとけ」
やばいやばいと慌て始める少年。上の判断聞くわ、やべー、まじ洒落になんねー。と大慌てである。
いや、そんなにあっさり信じてしまっていいのか?
もっとも、私には好都合だけども。
近づいてきた副長さんとやらの襟首を掴んで引っ張り倒した。私の見た目からはそんな力を想像できなかったのか、あっさり前のめりにバランスを崩す。その勢いで後ろに回り込んで羽交い締めにした。
包囲していた連中が突然の動きに釣られて魔法を放つ。私は副長さんを盾にして縮こまり、被弾を避ける。その人間バリアーの方はたまったものじゃないだろうけども。新兵がちらほら混じっているとはいえ、20人以上の集中射撃である。
「なんて酷ぇ娘だ……」
一旦射撃が止み、そんな声が包囲してる中から聞こえる。撃ったお前らが言うな。
いやいや無視無視。私は飛行魔法で飛び立つ。デバイスには既に魔力を流し込んで攻撃へも移れる。
折良く。
本当にタイミング良く、ティーダからの無差別広域念話が響いた。
(姫様は無事にハイライズに入った。両者とも退け! これ以上の戦闘は無意味だ!)
無事作戦成功……か? 良かったあ。
だが、その気の緩みがいけなかった。
「らあッ」
なんて声が聞こえると共に、風の砲弾のようなものが迫る。いや、目には見えないが、私の感覚だと、ってかやば……
ぞわっと鳥肌が立つ。急な飛行制御をかましてる余裕はない。私は魔力を流し込んだままだったハイペリオンが魔力刃を形成するのももどかしく、その形容しにくい何かの塊にぶつけた。
「おおぅおおおお!?」
デバイスによってそれは逸れてくれて直撃はしなかったのだが、その通った後の気流の乱れだけで途端に飛行制御が難しくなる。
小さい竜巻にでも巻き込まれた気分だった。もみくちゃにされる。
一体なんだ、何をくらった?
私はその攻撃の来た方向を見やる。
「時間稼ぎかよ、やってくれたじゃねーの、ええおい?」
赤銅色の肌に判りやすく血管を膨らませながら少年がお怒りの様子だった。
三白眼がぎろんとこちらを睨んでいる。
どこからどう見てもチンピラである。
その足元には何をやったか知らないが、クレーターが出来ていた。
本当に手段が知れない。どういう攻撃だろうか。魔力弾の圧力ではない。ただの風圧の塊のような、いや、魔力も混じってはいたのだろうけど。いや、ここはあれか。
シュート、と小さくつぶやき魔力弾を放つ、連続で。
ついでに私の周囲に遅延バインドを適当に設置。
ある程度の距離が開くと消滅するので、まさしく私以外がやると魔力の無駄遣いにしかならないのだが。警戒させるための囮役だ。
設置が済んだら魔力弾を連射でばらまいておく。着弾はしない。指定位置まで行くと待機する。これもシュートバレットの応用編。
「バースト」
魔力弾に連鎖爆発を起こさせる。
やたら目に痛い色の魔力光が空間を照らし、爆発音が響いた。
要するに魔法で使えるフラッシュバンといったところである。といっても魔導師相手にはあまり効き目はない。せいぜい驚かせるのと……
三十六計逃げるに如かず、というのを実行するときの目くらましだった。
閃光と凄まじい音を後ろにして、全速にて離脱する。
「おお……やっぱ空はいい。気持ちいいなー」
敵さんの空士が追ってきたようだが、早々に諦めたようだった。ふふん。こればかりは私に分があるのだ。
と、いい気になったのもつかの間だった。
後方を確認したとき、人影が見えた。
全速で飛んでいるというのに、土煙を上げながら段々人影は大きくなる。
やがてその人影は飛んでいる私を追い越し、私の前100メートルほどまで進むと止まった。
……勘弁して欲しい。
「……走って追いつかれた……あはは、そんな馬鹿な」
さすがに息を切らしているものの、先程の隊長の少年である。いや、さっきから何なのか。私に怨みでもあるのか?
私も何というか、半分呆然としてではあるが、止まってしまった。
「……冗談も大概にしてほしいんだけど……何で走って私に追いつけんの?」
「けっ、脚力は基本なんだよ」
その言葉を示すがごとく、空中に居る私に向かい、躍りかかってきた。それ脚力ってレベルじゃないから! なんてツッコミは私の口から出る事はなかった。
何しろ余裕がない。
「……レード!」
魔法のトリガーにでもなっているのだろうか、何やら叫んだかと思うと、蹴りを放ってくる。
凄まじい速さだ。恭也のような洗練された無駄のない速さというものではない。ただ速い。私は起動状態のままだったハイペリオンで打ち合わせた。
ギンと、まるで人と当たったようではない音がして、私のデバイスは大きく弾かれた。
そして間髪を置かずに二撃目の蹴りがまた凄まじい速さで私の首を狙って放たれ……たが、手でガードして防いだ。魔力が直接バリアジャケットを削る感覚が伝わった。二撃目の蹴りは力が入っていない、軸でもずれたか。
私はそのまま蹴り足を掴み、技もへったくれもなく。
「魔導師だよね。バリアジャケットの衝撃テスト行くよ?」
掴んだまま思い切り急降下してその勢いのまま地面に叩きつけた。
土煙がもうもうと舞う。
……しかしなんだこの野蛮人の戦いは。我ながら嫌になる。こんなの魔導師じゃない。
そんな内心をよそに、土煙が収まると、ダメージを受けた様子もなく、首をコキコキと鳴らしている少年の姿があった。
「見た目だけかと思ったらくそ重てぇデバイスだな、管理局員がそんな鈍器もってていいんかよ?」
「……気にしてることなんだから言わないで」
おかげで二撃目が鈍っちまった。と言って構える。口元に好戦的な笑みが浮かんでいた。
私も構えたものの、正直泣きたい。こいつ恭也と同じたぐいの人種だ。強い奴と会いに行くとか言って旅に出ているような奴に違いない。戦場でなくスポーツの場だったらそれに付き合うのもやぶさかではないのだが。
私がなまじ似たような、魔導師にはあるまじき近接もまたそれなりに出来ることで何かスイッチが入ってしまったらしい。
力が込められ、堅く引き締まって見える二の腕はいかにも鍛えあげられ、私の腕の二倍はありそうである。三白眼は細く研ぎ澄まされ、一挙一動も見逃されなさそうだ。
口元に浮かんだ笑みは、どこか遊びたくて仕方無いような利かん坊な子供を連想させた。
「ちょっぴり本気でいくぜ。防御は固めておけよ!」
そう言って口をすぼめ、コォォとかすかな音を立て調息した。
「──れは無敵なり」
魔法の詠唱だろうか、何事かをつぶやいたかと思うと魔力がその四肢、そして体内に集中していくのが判った。
小型の魔法陣が体に沿うように全身に浮かんでいる?
身体制御に特化した魔法だろうか? どのみち先程の威力からすれば到底油断できるものではない。
プロテクションを張り、さらに直撃は喰らうまいと、私もその少年の動きに集中した。
糸?
どこからか流れてきたキラキラ光る現実身のない糸が少年の体に絡みついた──途端。
「お、お? おおお!?」
少年の体に浮いていた魔法陣が消える。それどころか集中されていた魔力も雲散霧消してしまった。
半ば唖然とした表情でまじか、と力の抜けたような言葉を吐く。
その視線の先、私が振り向けば……ああ。思いがけない所で会うというか、本当に神出鬼没というか。
「少し邪魔をするぞティーノ、待っていろ。そしてお前は……んん、久しぶりと言う程ではないか……半年ぶりだ、ビスマルク。まだこちらに来るつもりはないのか?」
カーリナ姉その人がその紫っぽいマゼンダの髪を風に揺らし、荒れた草原という風景に似合わないスーツ姿で悠然と立っていた。
「……ああ、あんたの提案も魅力的だが、生憎俺はこっちの方が楽しくてね」
そう言って軽く拳を突き出してみせた。そのまま私の方を向き直り。
「水入りだ、ちっこいの。俺はビスマルク・ワーレリクだ。つまんねー仕事だと思ったけど楽しかったぜ。またやろうや」
そう言ったかと思うと右足を地面に思い切り踏み込んだ。一足で100メートルは距離を取ってみせ、そのまま撤退した。バッタかあいつは……
しかしまあ……
「つ、疲れた……」
不甲斐ない事にカーリナ姉が来た事で力が一気に抜けてしまった。もう立てない……ってレベルで脱力している。
地べたに直接へたり込んでしまった私にカーリナ姉が情勢を説明してくれた。
「まず、ティーダとナティーシア姫は無事大使館に着いたぞ。今はひとまず身を休めているはずだ。そして、どうやらお前の気がかりらしい共和政府の部隊だが、ビスマルクが既に退かせていたようだな。お前を追ってきたのはただの腹いせだろう」
私の脱力感はさらに増していった。いろんな意味で。腹いせで襲ってくるなよと思う……あ、待て、結構おちょくるような真似したし、鬱憤でも溜まってたか?
しばしぼーっとしていたのだが、はっとした。肝心な事を聞き忘れていた。
「そう、なんでカーリナ姉さんが居るのさ、本当神出鬼没っていうより、どこにでも出没するね! カーリナ姉さんは!」
「ほう、ほほう。可愛い妹が心配で飛んできた姉をゴキブリのように言う悪い口はこの口か? んんん?」
口を引っ張られて、ひひゃいひひゃい、と悲鳴をあげた。
ようやく私をいじるのをやめたので、口を押さえて精一杯怨みがましい目を作って見ておく。
「でも、理由の全てじゃない。だよね?」
「うむ。その通りなのだ」
胸張るところ違う。
「デュレンの時もそうだが、私がグレイゴーストの依頼で動いていたのは知っているだろう、今回もその絡みさ」
「ひょっとして、さっきの知り合いっぽかったビスマルクってのも?」
そうだ、と頷いてみせる。道理で……
ああいう魔力運用もまたレアスキルの一種に入るものなのだろうか? もっとも分類できないものをまとめてレアスキルと言ってる以上、定義も適当なものかもしれないけど。
「だが、あいつはついでと言ったところでな。今回の目的は共和政府内に食い込んでいる分、面倒な事になりそうなのさ。管理局とも共同作業をすることになるかもしれん」
それがどういう事なのかは説明してくれなかったが、なかなかもって面倒な事らしいというのは判った。
姉はどうやらハイライズの王政府側大使館に居着いているそうで。ティーダの念話を聞いて覗いてみたら、妹が知った顔に追いかけられている。こりゃいかんと飛び出してきたという。本当頭が上がらない。
「いーよいしょ」
年寄り臭いかけ声をかけて腰を上げる。いつまでこうしていても仕方無い。
「ほれ」
何故かカーリナ姉が中腰になって背中を向けている。
「おぶってやる。今日は久しぶりの姉サービスデイだ。感謝するといい」
そんな事を言う。
私はしばし右を見て、左を見た。
まあなんだ。誰も見てないし。
「お、おぶわれてやりゅ」
……照れ隠しに冗談めかして言おうとしたら噛んだ。本気で恥ずかしい。姉が笑っている。
まあなんにせよ助かるのだが。
本当疲れている。何より精神的に削られるものがあった。実戦なんてのは好む方がどうかしている。
しかしああ、揺れが心地いい。ふあ、と欠伸が一つ出た。
眠ってはいけない。これから大使館に行くのだ。
眠っては……
だがしかし……この睡魔に対して抵抗は虚しいかもしれなかった。