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No.34349の一覧
[0] 道行き見えないトリッパー(リリカルなのは・TS要素・オリ主)本編終了[ガビアル](2012/09/15 03:09)
[1] プロローグ[ガビアル](2012/08/04 01:23)
[2] 序章 一話[ガビアル](2012/08/05 12:22)
[3] 序章 二話[ガビアル](2012/08/05 12:23)
[4] 序章 三話[ガビアル](2012/08/05 12:23)
[5] 序章 四話[ガビアル](2012/08/05 12:23)
[6] 幕間一[ガビアル](2012/08/05 12:24)
[7] 一章 一話[ガビアル](2012/08/05 12:32)
[8] 一章 二話[ガビアル](2012/08/05 12:33)
[9] 一章 三話[ガビアル](2012/08/05 12:34)
[10] 一章 四話[ガビアル](2012/08/05 19:53)
[11] 一章 五話[ガビアル](2012/08/05 12:35)
[12] 幕間二[ガビアル](2012/08/06 20:07)
[13] 一章 六話[ガビアル](2012/08/06 20:08)
[14] 一章 七話[ガビアル](2012/08/06 20:08)
[15] 一章 八話[ガビアル](2012/08/06 20:09)
[16] 一章 九話[ガビアル](2012/08/06 20:10)
[17] 一章 十話[ガビアル](2012/08/06 20:11)
[18] 幕間三[ガビアル](2012/08/09 19:12)
[19] 一章 十一話[ガビアル](2012/08/09 19:13)
[20] 一章 十二話[ガビアル](2012/08/09 19:13)
[21] 一章 十三話[ガビアル](2012/08/09 19:14)
[22] 幕間四[ガビアル](2012/08/13 19:01)
[23] 二章 一話[ガビアル](2012/08/13 19:02)
[24] 二章 二話[ガビアル](2012/08/13 19:02)
[25] 二章 三話[ガビアル](2012/08/13 19:03)
[26] 二章 四話[ガビアル](2012/08/13 19:03)
[27] 幕間五[ガビアル](2012/08/16 21:58)
[28] 二章 五話[ガビアル](2012/08/16 21:59)
[29] 二章 六話[ガビアル](2012/08/16 22:00)
[30] 二章 七話[ガビアル](2012/08/16 22:00)
[31] 二章 八話[ガビアル](2012/08/16 22:01)
[32] 二章 九話[ガビアル](2012/08/21 18:59)
[33] 二章 十話[ガビアル](2012/08/21 18:56)
[34] 二章 十一話[ガビアル](2012/08/21 18:59)
[35] 二章 十二話[ガビアル](2012/08/21 19:00)
[36] 二章 十三話[ガビアル](2012/08/21 19:00)
[37] 二章 十四話[ガビアル](2012/08/21 19:01)
[38] 二章 十五話[ガビアル](2012/08/21 19:01)
[39] 二章 十六話[ガビアル](2012/08/21 19:02)
[40] 二章 十七話[ガビアル](2012/08/21 19:02)
[41] 二章 十八話[ガビアル](2012/08/21 19:03)
[42] 二章 十九話[ガビアル](2012/08/21 19:03)
[43] 三章 一話[ガビアル](2012/08/29 20:26)
[44] 三章 二話[ガビアル](2012/08/29 20:27)
[45] 三章 三話[ガビアル](2012/08/29 20:27)
[46] 三章 四話[ガビアル](2012/08/29 20:28)
[47] 三章 五話[ガビアル](2012/08/29 20:28)
[48] 三章 六話[ガビアル](2012/08/29 20:29)
[49] 三章 七話[ガビアル](2012/08/29 20:29)
[50] 三章 八話[ガビアル](2012/08/29 20:29)
[51] 三章 九話[ガビアル](2012/09/05 03:24)
[52] 三章 十話[ガビアル](2012/09/05 03:25)
[53] 三章 十一話[ガビアル](2012/09/05 03:26)
[54] 三章 十二話[ガビアル](2012/09/05 03:26)
[55] 三章 十三話[ガビアル](2012/09/05 03:28)
[56] 三章 十四話(本編終了)[ガビアル](2012/09/15 02:32)
[57] 外伝一 ある転生者の困惑(上)[ガビアル](2012/09/15 02:33)
[58] 外伝二 ある転生者の困惑(下)[ガビアル](2012/09/15 02:34)
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[34349] 序章 二話
Name: ガビアル◆dca06b2b ID:8f866ccf 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/05 12:23
 5月も末に入った。
 明日からは6月、この時期は本当に季節の変わり目なのだと実感する。気温も高くなりはじめ、同時に雨雲がかかりやすくなった。
 さすがに何度も何度も落ちている金銭を頼りにするわけにもいかないので、最近では、海沿いの防波堤や磯で釣り客向けに飲み物や弁当、釣り餌を売っている。
 早朝、朝釣りをする人は多いので、特にかきいれ時でもある。と言っても自分で弁当など作って販売するには許可もいるし何より責任もとれない。こんな時間からやっている弁当屋さんの弁当を買ってそれを少し高く売るというだけだ。
 実のところ商売と言える程のもんじゃない。釣り人そのものの数が多いわけではなく、近くに釣り具店がないのも食べていけるほど売れないからだろう。そんなスキマ産業的な商いだが、平均して一日500円前後の収益が出るので、ありがたい限りではある。もっとも、見た目で変に思われ、最初は買って貰えなかったのだが……今は名物と化している「アメリカでは子供のレモネード販売が社会勉強になっているんだよ」とか言っておいたのが効いたのかもしれない、小遣い稼ぎを兼ねた社会勉強と思われているのだろう。
 他にも試したこととして、よく聞くアルミや鉄材の収集をしてみたことがある。ホームレスの人たちが空き缶を現金に換えているあれだ。幸いねぐらとなっている廃工場には分解すればいくらでもリサイクル可能な資源がごろごろしている。
 ただ、やはり買い取って貰えなかった。それどころか、親は何してやがるんでぇと怒られた。考えてみたら当然だったかもしれない。社会実習とでも言っておいた方がよかったか……いやいや、さすがに無理がありそうだ。戦後すぐの時代だったら子供でも鉄くず買って貰えたのだろうけど……これは残念だった。
 さらにもう少し暖かくなれば、砂浜でバーベキューなどする人が増えるだろうから、炭やガスボンベ、足りなくなりがちな調味料の売り歩きもいいかもしれない。
 売り歩きの姿を外から見たらかなりシュールだろうけど、それはもう気にしないことにした。気にしてたら生きていけない。羞恥でおまんまが食えたら苦労はしないのである。
 そんな事をつらつら考えつつコンビニに向かう。今日は弁当はもとより、釣り餌やストックしていた釣り道具も残らず売れたので、収益が大きかったのだ。たまにの贅沢として甘いものを買うというのもいいだろうと思うのだ……いや、素直に言えば甘いものが異様に美味い。舌も子供化を起こしているのかもしれないが。ちょっと前、きまぐれに半額になっていたプリンを食べた時どう表現してよいか迷ってしまうくらい美味かった。あれは癖になる。中毒になる。なぜケーキ屋がデザート専門で、食べていけるほどの商売になるかが判った。
 一度、ねぐらに戻り、売り歩き用のクーラーボックス、まあ発砲スチロール箱に布を張っただけなんだが、を置いて、近場のスーパーに向かう。
 店員に胡散臭げな顔をされながらも買った。ちょっとだけお高い、某なめらかプリンである。先ほどから翼がうずいて仕方がない。感情に反応するとか犬の尻尾か? そりゃ店員に胡散臭げに見られるというものだ。関係ないけど。
 どうせなら見晴らしの良い場所で楽しもうと、頭の中で地図を思い出す。

「あそこが良いか」

 そうつぶやき、鼻歌でも唄いたくなるような気分で、ちょっとした高台になっている場所……八束神社に向かう途中の事だった。

   ◇

 ネズミ嫌いの猫型ロボットの出てくる国民的アニメ、あれに出てきそうな空き地が通り道にある。そりゃもう見事な空き地なのだ。工事に入る前に企業が潰れたりでもしたのか、古い建材がちまちま積まれ、定番である土管も見事二段重ねになっている……それがどうなるかというと、近所の子供にとって、十分すぎる遊び場になってしまうのだろう事は想像に難くない。
 積まれている建材とか、少し危ないだろうと思って、以前通った時に見てみたのだが、誰かが既に対処したようで、崩れないように固めてあったりしてあって、無用の心配だった。誰がやったかは知らないが、親御さんの誰かかもしれない。案外、子供の事を見ていないようでよく見ているものだ。

 ちなみに、末日である今日は日曜日である。テレビでは子供達がインドア趣味にばかり走っているような事を嘆き悲しんでいるが、そんな事はない。空き地で今日も元気に子供が遊んでいた。微笑ましくなるものの、遊ぶというには少し騒ぎが大きすぎないか? と思う。
 ちらっと覗き込んでみると、どうも空き地の領有権を巡っての小競り合いの最中だった。小競り合いというか喧嘩ごっこというか。一対一でお互いの陣営が人を出して試合のような喧嘩のような事をしてるようだ……ああ、そういえば今の時代ってK1全盛期だったか。綺羅星のような華のある格闘家が集まっていた時代だった。こちらの世界でも存在するのはスポーツ新聞で確認済みである。

「お、おお! ツバサ君だ。ヘルプ頼むヘルプ!」

 ぼーっと思い出にふけっていたら、お声がかかってしまった。見れば、先日ちょっかいをかけてきた二人組の子供に見つかってしまったらしい。めざとい。
 確か背の高くてひょろっとしたのが安田で、背は小さいが元気にちょろちょろしてるのが南部だったか。何とはなしに1600メートル走でも走らせると良い気がする二人だ。
 この二人に会ったのは二日前の事だった。場所は同じくこの空き地。
「おおお、ド○えもんそのままだ」と土管に乗ったり、中をくぐったりして悦に入っていた時である。この二人はどうも同年代のリーダー的な存在のようで、自分たちの遊び場である場所に得体のしれない外人の子供が居ることで警戒したのだろう。第一声は「おまえ誰だよ?」だった。なかなかに攻撃的なものである。
 見た目の年は同じくらい。となると、小学校三年生くらいだろうか。ランドセルを背負っているところを見ると学校の帰りに寄ったようだ。
 のらりくらりとはぐらかし、子供扱いしていると何かスイッチが入ったのか「なめんなーッ」と言って小さい方が突進してきた。がっぷり上手を取ってがぶり寄り、寄り倒し。いや、頭を打たないように手を挟んでる。残った方が慌ててしまって行司の真似事をしてくれなかったのが残念だったが。その後も童心に帰ってしばらく遊んでいたのだ。
 思えば、人恋しかったのかもしれない。名前を聞かれた時も、うやむやに誤魔化してさらっと去ることもできたのだ……たとえ、思いつきの名前でも呼んでほしいと思ってしまったのは。
 思いついたのは白井ツバサという名前だ。三秒で考えた。ネーミングセンスについては自分でも有り得ないレベルだと思っている。今更だった。親が日本の某サッカー漫画が好きだったとでも言えばいいだろうか。

 しかし何とも血気盛んと言える……この安田と南部のツートップは自分たちの遊び仲間を率いて、上級生と遊び場の権利を賭けて対決しているようだった。聞いてみると相手は二年歳上らしい。体格差もあってなかなか勝てないようだ。聞けば、すでに10戦連敗。下級生グループは意地と負けん気でやってるようなものらしい……上級生は完全に遊んでいるというか、それに付き合わされている形だった。
 
 しかし、ヘルプ……ヘルプね。
 正直俺が混ざって大暴れというのもとても大人げない。
 ……うんうん、盛大に大人げない振る舞いをすることにした。遊びのようなものだし。大体ヘルプを請われたからには答えねば男が廃るというものだ。身体は……いや何も考えまい。

「先生頼ンますぜっ!」

 ひょろっとした安田が俺の後ろに回り、声をかける。
 お前はどこのチンピラか。そういう台詞は「黒い男であった」なんて形容詞の付くおっさんにでも使うべきなのだ。
 さて、大暴れと言っても、二人抜けばいいようだ。どうも五人制の勝ち抜きのようで、今のところ二敗一勝のようだし。ルールを考えたやつは空手漫画とかの影響も受けてそうだった。審判役の子が先鋒次鋒とか言っている。
 初めっという合図と共に一人目が奥衿と袖を掴んできた。あれ? 柔道? おお、綺麗に大外刈りをかけられた。しかも、怪我させないようにこちらを浮かせてる。本当に五年生かこいつ。と言っても、技をかけられてる最中にそんな長考ができるくらいに余裕でもある、体のスペック云々と言うより、脳の作りも違うというのだろうか……考えても仕方無いか。
 相手の軸足に、にょろっと右足を絡めてやるとバランスを崩して倒れる。マウントポジションになってから頬をつまんで引き延ばす。上上下下左右左右とコナミコマンドを引っ張った頬に叩き込んでいるうちに10カウントが終了。予想外の行動にやられてる方も唖然としていたようだ。勝利。右手を高々と上げ一言。
 
「うぃなー」

 気が抜けそうな勝ちどきなのは勘弁してほしい。真面目にやってたまるか。
 二人目の相手もまあ、適当に遊んで勝った。というか体格も小さいのにこの身体はスペックが高すぎる。実は吸血鬼とかいうオチだったりしないよな、と意味もなく犬歯を触ってチェックしてしまった。翼生えてる吸血鬼とか面白生物過ぎて笑えない。幸い犬歯が伸びているわけでも、血が啜りたくなるわけでもないのだが。
 と、そんな感じで自分の身体の不思議を思っている俺を置いて、安田と南部が勝ち誇っているが、どうも雲行きはすんなりと行かないようだ。
 二人目に相手したのは、なかなか負けず嫌いだったようだ、しかも下級生になどとは……というプライドの高い子だったらしい。こちらも助っ人を呼ばせてもらってもう一戦だ。文句言うなとか言っている。

「いや、俺はそろそろ行こ」
「乗った! こっちにゃツバサがついてるかんな。簡単にゃ負けないぜ。今までの借りをまとめて返してやらぁ!」
「……うかと思ったのだけど」

 南部くんや、それは虎の威を借るようで男の子としてはどうかと思うぜ?
 一つため息を吐いた。
 その台詞を聞いてニヤッとした上級生は取り巻いてる子にその助っ人さんを呼びに行かせた。「クラスの一大事だと言って引っ張ってこい」とか言ってるが、これってそんな一大事だったのか?
 うんまあ、小学生の思考回路はさすがによくわからん。
 待ってる間、暇なのでダレていたら、さすが小学三年生、安田と南部も含めて持ってきていたサッカーボールで遊びはじめてしまった。先ほどの柔道やってた感じの五年生の子もそうだったが、運動神経の良いのが多いようだ。輪になってリフティングをしながらパス回しをしているようなのだが、上手い上手い。単純にサッカー勝負でもすれば上級生に勝てたんじゃないか? と思ってしまう。
 そんな様子をぼーっと見ながら、いい天気だなーと土管の上でへたれていたら、どうやらその上級生の助っ人が到着したらしい。着いて、様子を一別するなりとても帰りたそうにしていたが。

「……で、どんな一大事だって?」

 無表情だ。子供ながらにして精悍さを感じさせる顔というのは珍しいかもしれない。そんな顔でぼそっと呼び出した上級生に聞いていた。
 なにやら、その上級生が拝んで「頼むよー」とか言っているが、まあうん、呼び出された方としてはいい気分ではないわな。「話にならん。帰る」とか言っている。
 何となくその無愛想な子に軽く同情していた。こちらも早くプリンにありつきたいので、帰るなら帰るで良しなのだが。

「おー! ネクラ女の兄貴なんて敵じゃねえよ! とっとと帰れ帰れ」

 南部君ががとても燃えやすい燃料を投下した。
 先の一言と共に空気が軽く凍り付いた事にも気付いていない。空気が……読めていない……だと?

「……そのネクラ女、美由希の事を言ってるのか?」
「おう。あんたあの高町美由希の兄貴だろ?」

 同じクラスなんだぜ! とか言ってるが、駄目だこいつ。早く何とかしないと。人様の家族を悪く言っちゃいけませんと言っておいた方がいいのか。
 なんだかその無愛想な、ええと、美由希ちゃんの兄? が、ゆらぁりと向き直る。

「気が変わった。受けよう」
「よ、よっしゃ、頼むぜ先生!」

 安田、声が震えているぞ。そして押し出すな。
 なんと言うか、うん。勝っても負けても南部には謝らせるとしよう。子供のうちだからこそ、直しておかないと……放置しておくとこれからも舌禍を引き起こしそうだ。
 
 俺が押し出されると、訝しげな顔をされた。視線は南部に注がれている……ああ、南部が相手だと思ってたんだな。
 ちょいちょいと肩を叩き、声をかけるとする。

「あー、その。気持ちは判るんだけど、相手は俺なんだ。すまない」
「……そうか」

 どうもげんなりしたようだ。
 ああ、言ってみればお互い巻き込まれたもの同士だな。

「高町恭也だ……上級生を二人とも下したらしいな。何か武道でもやっているのかもしれないが、こちらも古武術を少々嗜む身だ。遠慮なく来るといい」

 この人はこの人で本当に小学五年なのだろうか? いや身長や体格はそれっぽいが、口調とか言動が老けすぎだろう。嗜むとか同世代が言われても判らないんじゃないか?
 というか歩いても体がまったくぶれていない。武術とか程遠い俺でも判るくらいにぶれていない。こう言うのを隙がないと言えばいいのだろうか。ぴんと構える姿がキマっている。

「一応、白井ツバサだ。よ、よろしく?」

 名乗りとか知らんのでとりあえず片手をあげてよろしくしてみる。
 なんだかさらにやる気をそいでしまったようだが、仕方ない。
 こちとら、格闘技なんて学校の授業で柔道だのを囓った程度である。相撲や総合格闘技など見るのは好きだったが。

   ◇
 
 結果からすると負けた。かなりあっさりと……だがなんだろうこれは。
 目の前で高町恭也が頭を下げている。

「知らなかったとはいえ、すまん」

 とか言ってる。微妙に顔が赤くなっているが。低学年に頭下げる羞恥心か?
 いや、なんだろう。
 数秒の間だったけど、思い返してみる。確か流れは……
 開始から投げ技か腕を取りにきたので避けてたら、何か蹴りだの何だのと飛んできて、それでも頑張って避けてたら、ニヤァとか楽しそうに笑ってあばばばば(形容不可)な事になってきた。慌てて足を払いにいったのだが、その払う足が隙になったらしい。股ぐらをすくわれてそのまま投げられた?

「いやいや、謝られる理由もないんだけど、さっきの技ってすくい投げ?」
「ああ、よく知ってるな、小柄な相手には有効なんだ」

 ちなみに、古流の場合後ろから睾丸を握り潰して硬直させて投げられるようにも作られている。とか聞かされた時には股間がひゅんとなった。今はないけど。

「つか、なんだ? 高町、さんの異様な強さは。武術嗜んだってレベルじゃないだろ?」
「幼い頃からやってたからな。立てるか?」

 そりゃ立てるが、いや驚いた。世の中広い。総合格闘技のチャンプばりな動きをする小学五年がいるらしい。一応今の自分のスペック、蠅を箸で捕まえて宮本武蔵ごっことか出来るんだが、それでも目が追いつかないスピードって何? 幼い頃からやってるとこうなってしまうのか?
 いや何というか……

「世の中広いもんだなあ」

 ため息を吐き出すようにそうつぶやいた。
 とりあえずは、この、自分の言ってた事も忘れてすげーすげーと騒ぐ南部に一言物申しておくか、謝っておくようにと。
 
 その後は何だか、先の立ち会いで毒気を抜かれたらしく、上級生グループが時間を置いて場所を使うということで落ち着いた。てか、エアガンを皆持っていたとこを見ると、ここを射撃場とするつもりだったらしい。丸く収まったところで、そろそろ行くとしよう。ちょっと関わったつもりが、一時間ほども過ぎていたようだった……あ、プリンがぬるまってそうだ。
 おざなりにに挨拶をし、当初の目的通り神社へ向かうことにした。

   ◇

「……お?」
「む?」
「高町、さんもこっちに用事か?」

 ……言いづらいなら名前で呼んでもらっていい、と言われた。ならば、と俺の事もツバサと呼んでおいてくれと言い、改めて名前で呼ばさせてもらう。小学生に敬語つけて呼ぶのは、こう……何ともむずむずするものがあったのだ。見た目年上とはいえ。
 その恭也だが、どうもこれから鍛錬だと言うときに呼び出されたらしく、行き先が同じだった。八束神社である。しかし、日曜の朝方から何やってるんだ、とも言いたいような。あまり覚えちゃいないが「俺」がこのくらいの時は日曜に限らず遊び回っていたような……口を出すべき筋合いでもないけど。
 ぽつぽつと時折会話をしながら、のんびり歩く。
 どうもこの恭也という奴は沈黙が嫌いではないタイプのようだ。無口というのともちょっと違うようだが、無愛想……というのも最初の印象だけだった。感情が判りにくいだけのようだ。同道していると少しは判る。車が近づいてきたらさりげに車線に近い方に動いているし、向かいから自転車などが来れば、自分が半歩先に進んで避けさせる。年下の引率は慣れているという感じでもあった。
 何にせよ、そう子供子供した精神なわけでもないようで、どんな生き方したらこうなるのかは判らないが、付き合いやすくはあった。
 ただ、趣味で最近盆栽に手を出していると聞いた時はリアクションに困ったが。ある程度成熟というよりこいつ中身、老成してないか?
 時期が時期なので、道ばたのハマナスの紅色を愛で、アジサイもぼちぼち見頃ですなあなどと話しながら歩く。
「はまなすの丘を後にし旅つづく」の句を思い出したらしく、ふっと口にし、旅情そそられるものだ、とつぶやいていた。さようですなあ、と俺も反応し……
 いかん、つられた。老人の寄り合いのような会話になってしまった。小学生にして何と爺むさい。しかも片方は明らかに日本人離れした外見。シュールにも程がある。

「用事は終わった、恭ちゃん? ……えぁ、だ、誰?」

 神社の階段を登り終えると広い境内が見え、女の子の声が降ってきた。
 ああ、しょうもない用事だったよ、と言いながら女の子に近づく恭也。ああ、どうやらこの子が妹の、みゆきだっけ? 南部が言っていたネクラ子ちゃんか。
 ちょっと失礼な事を考えながら見ていると……別にネクラという風にも思えないが、人見知りの傾向はあるようだ。恭也の後ろにそそくさと隠れてしまった。頭の後ろでまとめている三つ編みがひょこひょこと恭也の陰から出ている。何ともその小動物めいた動きにほんわかしてくる。恭也はいつもの事らしく苦笑して言った。

「先の話にも出てきたが、妹の美由希だ。そういえば……聞いていなかったが同年代くらいじゃないか?」

 年齢10歳くらいに見えるので、あながち間違いじゃない。肯定すると、あごに指を当ててしばし考え、妹と仲良くしてやって欲しい。と言い、少し離れてアップを始めた。これはあれか、後は若いものでごゆっくり。という奴なのだろうか?
 兄に放置された形の美由希はおろおろしている。突然の事態に混乱しているようだ。うん可愛い。
 俺は恭也の計らいに感謝をささげつつ、初々しくうろたえている美由希の膝の後ろと頭の後ろに手を伸ばし抱きかかえ。片手で挨拶をする。

「じゃあ恭也、また後日」
「人の妹を自然にさらうな」
「……ちっ」

 そこはまあ、冗談だったのだけど。ちょっとお持ち帰りしたいと思ったのは秘密だ。
 しかしなんだろうか、ロリペドからは遠く離れた趣味だったはずなのだが、子供子供した仕草がこれほど可愛く見えるとは……いや、思えば空き地の子供の時もそうだったか。むう……保護欲求というものだろうか?
 ……ああ、考え込んでしまった。投げっぱなしの冗談の後に放置してしまい申し訳ない。なんだかやるせなさそうにこちらを見ている。視線が痛かった。
 とりあえず、定型通りに何のひねりもなく自己紹介と挨拶を交わした。他愛もない話を振ってみたりしているとさすがに緊張も解けてきたのか、普通に話してくれるようになったが。
 そういえば、兄とはいつ知り合ったのかと聞かれて、つい先程だよと答えた時は信じられないようなものを見る目で見られた。さらにはこの一言である。

「あ、あの、ぶっきらぼうな人だけど悪い人じゃないから、恭ちゃんをよろしくお願いしたくて。剣と家族の事ばかりで男友達が今まで誰もいなくて……ええ、と、その」

 言葉が思いつかなくなったのだろう、次第にごにょごにょと言葉が小さくなっていく。しかし、言いたい事は判った。天を仰ぎたくなった。妹に心配されてんぞ恭也くんや……しかし。恭也は恭也で妹に友達が居ないのを心配していたが、妹は妹で兄を心配してって、既にして相思相愛じゃないか。砂糖吐くぞ。
 一つだけ判ったのは、この二人どっちも友達少ないらしい。
 ん……?

「剣?」

 さらっと流してしまったが、古武術とか言ってなかったっけ?
 首をかしげていると、同じく「?」を顔に浮かべて首をかしげている美由希と目が合った。

「別に隠すつもりでもなかったんだが、うちの流派の中心は小太刀だからな」

 アップを終えた恭也が近づいてきて解説してくれた。何でも家で伝えられている古い流派なんだとか。使う武器の事はぼかしていたものの、一種類って事でもなさそうだ。しかし、小太刀二刀ねえ、何というか……

「忍者にしか思えん」
「俺もたまに思う」

 思ってるんかい。

「ただ、国家資格を取れるほど忍者らしいわけではないな。やはりあくまでもうちのは武術だ」

 あるんかい国家資格。なんだかこちらの常識にびっくりである。
 実はこの辺の連中なら、背中の翼程度じゃ驚きもしなかったりするんじゃないだろうな。必死こいて隠してるのが馬鹿馬鹿しくなってくるぞそれは。
 ……と、大分話し込んでしまっていた。美由希ちゃんも兄を待ってるようだし……頃合いだろう。

「長々と話しちゃったな、鍛錬があるんだろ? そろそろ邪魔にならないとこにでも行っとくよ」
「む、そうか。ところでツバサは神社に用事でもあったのか?」
「おお! プリンを見晴らしの良い所で食べようと思ってね」

 何とも言えない微妙な表情を浮かべた二人を残し、景観の良い場所を求めて散策を始めるのだった。

   ◇

「う……ぬるまった……が、美味い」

 さすがのこだわりプリン。冷たさが無くなっても濃厚な卵とクリームのコク、ほどけるような舌触りは健在だ。
 八束神社の境内はそれ自体が一つの山の上に設けられている。本殿の造りの割に土地はかなり広く、それは先程まで話していた高町兄妹が鍛錬をできるだけのスペースがあるという事からも判る。
 その境内の端、ちょっとした崖になっていて、落下防止の柵があり、そこからは海鳴市と海岸線が一望できる。30年は経っているだろうなかなかの大きさの楓がその風景に彩りを添え、秋頃、紅葉でも始まればさぞかし映えることだろう。
 そんな絶景を眺めながらの甘味はなかなかもって良いものである。この子供舌になって一番嬉しい部分かもしれない。
 ゆっくり味わいながら食べ終わり、余韻を楽しむ。遠く聞こえるホトトギスの鳴き声が一層風情豊かなものにしてくれるようだ。

「うし、充電完了」

 身体はあまり疲れを感じないが、精神的な疲れは別なのだ。メリハリをつけて休まないと保たない。
 今日は朝方から人と接する機会が多く、それなりにストレスになっていたようだった。

「しばらく人と没交渉だったからなー」

 つぶやきながら神社の入り口の方にゆっくりと歩く。
 日を見るに、まだ正午には達していないようだが、10時から11時といったところだろうか。正午を回ったところでサンドイッチ屋でパンの耳でも仕入れようと思っていたのだが、まだ、少々時間があるようだった。

「おー、やってるやってる」

 境内の本殿よりちょっと離れた場所。木々に囲まれた少し平地になっている場所で、高町兄妹は鍛錬を行っているようだった。
 少し茶目っ気を刺激され、気配を消して、息を殺しながら近づいてみる。
 ちなみに、この技術にはかなり自信がある。アホ親父に幼少期よりサバイバルゲームに連れ出され、いかに大人に見つからないようにするかを突き詰めた結果、かくれんぼの達人と化してしまっていたのだ。
 それに今の身体のスペックが加わると、誇張表現なしでとんでもないことになる。その効果は野生動物相手に確認済だった。と言ってもこのように障害物がある場所限定だが……何分、この真っ白い肌と髪と目は目立ち過ぎる。
 と、それなりに近づくことに成功してしまった。二人はまだ気付いていないようで、今は型稽古をしているようだ。小太刀二刀と言っていたように二尺あまりの短い木刀を使って、ゆるゆると型をなぞり、攻めたかと思えば守り、隙を作り、誘い込み、一刺しを与える一連の動きを数度、なぞるように繰り返している。
 ゆっくりした動きとは裏腹に二人の顔は真剣そのもので、見ているだけでこちらも緊張してしまいそうだった。
 その一巡の動作が終わると、また同じ構えに戻り──速っ!
 同じ動作の攻めから守り、隙を作ってからの誘い込み、そこからのカウンターまでの一連の動作を先程のゆっくりとした動きから一転していきなり凄まじい早さで繰り返す。
 出すほうも出すほうだが、受けるほうも受けるほうか。
 若干小学三年生の子供がそれを型通りに捌いてみせるとは誰も思わないだろう。大体、あんだけゆっくりした動きに慣らされれば、急激な速度の変化に動体視力が追いつかない。なんというかとんでも剣術である。

「ん、これで今日の分は終わりだ。上達したな美由希。後はいつも通り基礎をやって締めとしよう」
「ふへぇー」

 どうも終わりらしい、何やら恭也はトレーニング帳? を取り出してメモをしている。美由希はへたりこんで肩で息をしているようだ。

「お疲れさま、随分ハードな鍛錬だな」
「うんー、でも伸びてるっていう、実感があるからね……って、ええええッ! いつからそこにっ」

 木に引っかけてあったタオルを美由希に渡してやると盛大に驚かれた。ああ、こらこら、驚くのはいいが鼻水が出てる。タオルの端で拭いてやった。

「いや、ゆらゆらと型稽古してるあたりから?」
「気付かなかった……」
 
 そりゃ、野生の鳥にも気付かせないから。
 さらに、ここのところ隠し事が多いのでこそこそしていたらさらにかくれんぼスキルが上がった気がする。今ならスネークになれる。

「でもすごい隠れ身だね。恭ちゃんは気付いた?」
「む、いや……」

 何やら恭也は思案気にしている。考え込むとこいつ全く感情が読めなくなるんだな。仏頂面もいいところだ。
 考えがまとまったようで、こちらを真っ直ぐに見て言った。

「少し立ち会ってくれないか?」
「あー、いい……よ?」

 あれ、適当に返事してしまったが。
 立ち会い?

   ◇

 何というかどうしてこうなった。
 あの後、木刀を一振り渡され、お互い一刀の状態で打ち合ってみるとか。
 何考えているのか判らん。打ち合い稽古は竹刀じゃなかったか?
 とりあえず、やるだけやってみるかと、見よう見真似で振り回してみる。全く当たらん。当然か。あのとんでも剣術を納めている以上、素人の振った剣など丸見えだろうな。
 ただ、恭也の方で相当加減しているのか、こちらも一応は全て避けることが出来ているんだが。

「ぉッ!」

 10合も打ち合ったり、かわしたりしたところだったか。
 何を思ったか、俺が思い切り振った袈裟懸けを下から打ち合おうとしていた木刀を落とした、って危なッ!
 体重を乗せた一撃を振り下ろしているのを、無理矢理腕の力で止める。痛てててててててて! 攣る!

「うぉぉ、あーぶなかったぁ……」

 恭也の頭上10センチ位のところで木刀は止まっていた。冷や汗がどっと出る。
 腕攣ったが。
 しかしこいつぁ……

「何やってんだよ……いくら何でも危なすぎだろ?」

 俺の馬鹿力で振られた木刀だ。幾ら素人の大振りといっても、当たったら洒落にならない。
 非難した目で見ていると、目を落として幾分かすまなさそうな声で言った。

「……まず、済まなかった。試すような真似をしてしまった事を詫びる」
「はぇ? 試す?」

 アホ声が出ちまったじゃないか。アホ毛に続いて「はぇ」とか「ほぇ」とか言いだしたらとてつもなく末期だと思うので、そういう妙な事を唐突に言わないで欲しい。
 んー、しかしまあ、なんか真面目な目ぇしてるし。とりあえずは。

「聞こうか」
「ああ、全てを話す訳にはいかないが」

 わざわざ、そんな言う必要もない前置きを入れる恭也にがっくりと肩を落とす。真面目なのはいいんだが、融通効かないんだな。

 倒れた丸太に座り、美由希が出してきた水筒の冷たいお茶を頂いた。説明してもらったところ……まあ、なんだ。要するに、わりと二人の流派は敵が多いのでそれなりに日常も警戒しているらしく、何故か妙な運動能力もった外国の子供が絡んできたので、敵味方定かならず、剣で試してみよう。というトンデモ理論だったらしい。最後の恭也が木刀を落とした瞬間に少し殺気でも混じれば、敵だと判ったそうだ。殺気感じ取れるとか……ありえん。いや、そうだな、まだこいつも老成してるものの小学五年生だった。そりゃ殺気くらい感じるよな。中学二年には大分早いけど。

「あー、なんだ。とりあえず第三の目とかは開眼しないようにな?」
「なんだそれは?」
「いや、判らなければいいんだ……ともあれ、理由があんなら気にするなよ。俺は気にしない」

 と言っても、真面目で堅物なこやつはどうも申し訳ないとでも思っているようなので……

(じゃあさ、友達にでもなってくれよ。それでチャラな)なんて。そんな甘酸っぱい少年漫画的のエコーがかかるような台詞を吐けるはずもない。案外面白かったから、剣の基本でも教えろ。とでもごねて納得させる。高町家のトンデモ剣術じゃない方でな、とは言っておいたが……いや、さすがにさっきの立ち会いで文字通り子供扱いされたのがなんともかんとも。うん、ちょっと悔しいのかもしれない。別にどんな奴にも勝ちたいという程、勝負事に執着はないが、あそこまで軽く扱われると、時にはそういう気分にもなる。というか、先程の無防備に見えた状態でもあいつ悠々と避けられたらしい。腕攣らせて止めた俺は涙目である。
 そんなごたごたしてるうちに正午のサイレンが海鳴市に響き渡った。焼きたてパンの耳を狙っている身としてはそろそろ行かなくてはならない。
 名残惜しげに「ツバサくんまた明日くる?」とか聞いてくる美由希に癒された。普段は早朝にやっている鍛錬らしいので、それに合わせて来ることにして別れる。
 天気は残念ながらそろそろ雨が落ちそう、ただ心はほっこりしていた。

   ◇

 昼食は香ばしい焼きたてパン耳を山で採れたキノコのスープと共に頂く。ハーブ類もかなり入っている。最近では種がどこからか運ばれたものか、セージやバジルなども野に自生しているものが多いので助かった。
 ぽつぽつと屋根から音が聞こえてきた。
 どうやら雨らしい。やれやれと腰を上げると、外に干してあった魚を回収して屋内に入れる。若干生臭くなるが、こればかりは仕方ない。
 それなりに本降りになりそうなので、今日は山に出るのは諦める。低い山だからといって雨で視界の悪い中、山歩きなど好んでするものではない。
 そうなると、唐突に暇になってしまった。
 食料のストックはまだあるし、必死こいて修繕したおかげで、生活環境もそれなりに整っている。
 雨粒が落ち、音のするトタン屋根を見上げているのも飽きたので、雨がやむまで燻製でも作ることにする。
 やり方はこだわるのでなければ至極単純だ。ある程度の熱に耐えられる密閉容器があればその中で魚なり肉なりを燻せばいい。乱暴な言い方ではあるものの、そういうものなのだから仕方ない。
 ということで使うのはどこにでも手に入る段ボールである。幸いダルマストーブという便利なものがあるので、排煙管を途中で外して穴を開けたダンボールに直結すれば簡易スモーカーの完成だ。間にブロックを挟んで熱で燃えないようにはしてある。温度管理はさすがに適当になるが。ひとまず、先程回収した干しておいた川魚をダンボール内に吊り下げる。
 スモークウッドを買っていたわけでもなかったので、薪として集めておいた木の中からナラっぽい木を選んで火を入れる。煙が目的なので、最初に熾火を作ってからは少量ずつ足すのみに留めた。
 もちろん、作業は全て小屋の外。小屋の屋根を延長した形でトタン屋根をつぎはぎ延長して、柱で補強。少し盛り土をして簡単な屋根付きテラスのようにしてある。本格的な梅雨前にやっておいて良かった。屋内でダルマストーブを調理用で使うこともできるが、これからの時期は暑くてかなわない。一応土間に竃でも作る気になればできるが、換気扇などついていないのだ。あるいは天窓でも設けない限り煙たくて困る。いろいろ考えた末。こういう形に落ち着いたのだった。
 煙で燻している間に、ついでの仕込みということで、血抜きをしておいたキジバト──よく朝方にホーホーポッポーとリズミカルに鳴く鳥だ。見つけたので石を投げたら見事に落ちた。それの下ごしらえでもしておく。羽根をむしってからストーブとは別に設置してある竃の火で炙り、残った毛を焼く。ワタを抜いてから水で洗う。手羽と足、胸とモモあたりに手早く解体して塩水に漬けて臭み抜き。ガラはこのまま鍋にかけてスープを取ることにする。
 香味として公園に生えていた月桂樹の葉を数枚、ネギの代わりのノビル、山椒の葉を投入して竃にかけておく。
 切り取った手羽先は塩胡椒を振り、切れ目をいれてセリの葉をダイレクトに突っ込んで、尖らせた木の枝に刺して竃の火の近くに立てて置く。まあ、ただのおやつ代わりの焼き鳥だ。
 こうして料理をしていると以前の仕事を思い出してやはり楽しくなってきてしまう。料理というものを余り上品なものにしたくなくて、店ができた時もわざと飯屋■■なんてつけて、メニューも和洋中なんでもござれなんてのにするから、出だしは大変なもんだった。伝票管理なんぞも考えないで見切り発車なんてするから■■には大分迷惑を……

「いづづ……」

 こめかみを揉む。記憶のあいまいな部分に触れると、脳味噌が反乱を起こすかのように頭痛が起こるようだ……むう、脳に痛覚って無いんじゃなかったか?
 さすがにもう泣き喚きなどはしないが、やはり少々落ち込むものはある。名前が出てこない。

「せっかくの良い気分に水差しちまったなぁ」

 背中の翼も心もち垂れてしまったようだ。ちなみに今は隠す必要もないので、背中に穴を開けたTシャツなどを着たりしている……ふと思ったが、今の姿で鳥の手羽に齧り付くとか、かなりシュールなのかもしれない。共食い? 気にすることなく食うが。
 考え事をしてる間に、ほどよく焼けた手羽の肉厚の部分に噛みつく。外はカリカリ、中からセリの香りと混じった濃厚な野鳥の肉汁が溢れる。やはり焼き鳥はブロイラーより野鳥の方が味が濃くて美味い。何とも至福である。といっても一串なのであっという間に食べきってしまったのだが。
 そんな事をしているうちに辺りも暗くなってきた。鳥人間にも関わらず夜目が利くので、月明かりでもあれば夜もあまり不自由はしなかったのだが、さすがにこれだけ雲がかかってしまうと、夜になればまるで見えなくなってしまう。工場で見つけてあった古い蝋燭に火を灯した。ただ、そう無限にあるものでもないので、やはり今日は早く寝ることにしよう。江戸時代のような、日が昇れば起き、日が暮れれば寝る生活なんてものを自分がやるとは思わなかったが……妙なおかしみを感じながらぼんやりと雨音を聞き、夜は更けていった。

   ◇

「基本は両手共に小指で握り、他の指で支えることだ」

 とのことらしい。何かと言えば刀の握り方とのことだ。言われた通りに握っているのだが、もっと柔らかく握れとのことである。添え手は鶏の卵を握るつもりでとか、すっぽ抜けない?
 足運びも含め、何度かやり直しを食らいながら、形になってきたら、とりあえずはそれで素振りを倒れて立ち上がれなく程度にやれとのこと。
 スパルタじゃね? とこぼしたところ、恭也と美由希に「何いってんだこいつ」的な不思議な顔をされた。そのくらいは当たり前らしい。高町ファミリー恐ろしや。
 ごちゃごちゃと何をやっているかというと、先日ちょっと口に出した、剣の基礎を教えてくれという約束の事だ。こいつはあれか、俺様が教える以上は生半可で済ませるつもりはないとかそういう奴なのだろうか?
 これを使えとか言って渡されたのは鉄芯入りの木刀。出所を聞くと口を濁していたがどこから持ってきたのか……小太刀二刀の練習では使わないであろう長さ、そしてずっしりと重みがある。

「それをまともに振るえるようになれば三尺の野太刀が振るえるようになる」

 こいつは俺を侍にでも仕上げるつもりなのだろうか? 並の同年代の子供の力だと10回も素振りすれば腕上がらないと思う。
 ただ、このチョイスも理由があってのことだったらしく、俺の一番相性が良さそうな剣を考えたらそうなったということらしい。
 単純に力と速さがある分、小手先の技に頼らないで「一の太刀を疑わず」の示現流のような方針で鍛えるのが良いそうだ。かけ声はちぇりおーとでも言えばいいのか、あれ? 違った気もする。
 ……いや文句を言う気はないし、そこまで考えてくれたのは有り難いが、剣の基本という話はどこに飛んでいった……?

「考えてみれば俺も美由希もまともに戦える練習相手は居なかったからな。楽しみなことだ」

 物騒な事が口から漏れてますよ……聞こえなかった事にしよう。なんだこのドラゴン○ールの住人のような小学五年生は。なんだ、今更だが、割と関わってしまうといけないような人物だったのか?

「……ええ、と。ね、いっしょに頑張ろう?」

 多少申し訳なさそうに、でも同年代の仲間が出来たのがそれなりに嬉しいのか、ゆるっとした笑顔を覗かせた美由希の顔はかなりの癒しになったのだった。うん、この癒やし系娘が戦闘民族なはずはない。きっと俺の錯覚というものだったのだろう。


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