ソウルオブザマター、その現リーダーである黒ずくめの男。
適当に黒ちゃんとでも呼ぼうとしたら姉に止められた……普通に名前を聞き出したのだが、ラグーザと言うらしい。
そのラグーザに連れられていかにも趣味の悪い廊下を歩く。趣味が悪い、なんていう表現……そうそう使う事はないだろうと思っていたのだが、大きな間違いだった。世の中は広い。あるところにはあるのである。うーん、悪趣味。と唸ってしまうような装いというものが。
例えば、床が総大理石で赤くて金色の縁取りがしてある絨毯などが敷かれ、花瓶がところどころに飾られている廊下だが。それだけならいかにも普通の成金趣味である。ただ、花瓶に活けてある花はとにかく目に痛い色合いの造花であったり、飾られている絵などは、確か美術館から盗まれたと騒がれていた絵であったり……傷のちょっと多めの剥製も飾られていたりする。人間の。
まったくもって趣味の悪さにどん引きだった。
私はと言えば両手を拘束され、魔法の詠唱も出来ないように猿ぐつわなどもされている。デバイスも取り上げられ済みだ。
そんな私を鎖で引き連れている形のラグーザなのだが、私の容姿が容姿である。第三者から見ればそりゃすごい絵だったかもしれない。
何でそんな事をやっているのかと言えば、姉の一言に尽きる。
「ティーノ、お前が言い出した事だ。一役噛んで貰うぞ?」
なんて言われて何も考えずに肯定してしまったのが運の尽き。いやまさかこんな王道パターンをさせられる事になるとは思わなかった。
意外と姉はこういうやり口好きなのだろうか? 餌か囮を用意して、食いついている間に大暴れというやり口である。夕方の囮といい、私は犯罪者用の釣り餌か何かだろうか?
気分は八岐大蛇に酒でも飲ませにいくような心持ちなのだが、まあ、そんな事を考えている間にもお目当てのボスの居る応接間らしき場所に通された。
ラグーザと私が入室すると重厚なドアが後ろで閉まる気配がする。ボス自身相当な心配症なのか、一応味方という認識であるはずのラグーザまで警戒しているようで、応接間にボディガードと思しき男が4人ほど居残っている。
部屋の奥にこれまた重厚な節くれ立った樫を使った椅子があり、腰掛けているのがボスなのだろうか?
マフィアのボスとか言うのでついつい映画のゴッドファーザーに出てきたドン・コルレオーネのような人を思い浮かべていたのだが、イメージ違いである。どちらかというとこれは……二足歩行の猪? 大柄とは言えないのだが、太い体に太い首が乗っている。地球で言えばアラブ系の顔立ちというのだろうか、彫りが深く浅黒い肌にまた立派な髭を生やしている。
ボスはまたその趣味の悪い指輪の嵌った太い指をデスクにコンコンと打ち言った。
「報告を聞こうかラグーザ、どうやら君の持ってきてくれた土産はカーリナ・ベーリングではないようだが、できれば私の今晩のワインが楽しめるような話が聞けるといいな」
「あの女にはしてやられましたがね、ボス、こいつはそのカーリナの妹ですよ、土産としてはどうかと思いますがお受け取り下さい」
なかなかもってラグーザも演技派かもしれない。へりくだる感じが板についている。むしろこっちが地だったりして?
ふむ、と手を組んでしまったボスに対して、焦ったかのように私に手を回す。
「ボス、それだけじゃあありませんよ。こいつは偶然だったんですが……珍しい体でして」
そんな事を言って乱暴に私の背中をまくり上げ、ボスの方に見せつける。
ボスが息を飲む音がした。ちなみに翼は魔法で隠されてはいない。久しぶりに服の中で小さく畳んでいた。
前もってカーリナ姉に言われていたのだ。ボスに会ったらまず翼を見せて気を引いておくようにと。翼の事を知っていたのかと私は驚いたのだが、カーリナ姉は知っていたらしい。苦笑いしきりだった。案外隠せていなかったのだろうか? ともかく、カーリナ姉が言うには、これを見せればボスが無防備になる瞬間がかなりの確率で来るらしい。その時はしっかり暴れろとのことだった。にやけ笑いでフフフとか笑っていたのが大分気になるが、そこは無理矢理忘れておく。今のところは筋書き通りだ。何やら大分興味を持ったようで背中に舐めるような視線を感じる──鳥肌が……ジョークにもなってないな。
「なるほど……なるほど。うむ、いや、ラグーザ、よくやってくれた。まさか生きたラエル人種を手に入れられるとは思わなかったよ。あの世界は酷く行き来が難しいからな。あの連中達ほどではないにしろ大した土産だよラグーザ。これは今晩のワインは極上の味わいになってくれそうだ」
一転して上機嫌になったボスは控えているボディーガードらしき男に指示を出し、札束をラグーザの前に置いた。
「君に対するボーナスのようなものだよ。今後も期待しているぞ」
そう言って手を軽く振る。退室の合図らしい。ラグーザが下がろうとしたので、何となく釣られてその背中を追いかけるも、ガードの男に腕を掴まれた。
「お前はこっちだ」
そう有無を言わせず連行され、連れてこられたのはそれまでとはちょっと違ってそれなりにシンプルな部屋だった。天蓋付きの赤いベッドとソファー、小さいテーブル、酒瓶の並んだ棚と本棚が壁に並んでいる。
奥にはトイレやシャワー室のようなものがあるようだった。客間か何かなのだろうか?
私が部屋に入るとガードの男は私の拘束を外し、大人しくしていた方がいい、とだけ言い残しドアを閉める。鍵をする音が響いた。
ふむ、と一つ頷き、お金のかかってそうな、しかしどうも上品には見えないベッドに腰を降ろす。
ぼーっとすることしばし。
「お、おお!? いかん! 閉じ込められた!」
いやあまりにあのボディガードさんの手並みが慣れてるので、つい。というかボスが無防備になる瞬間とかどんな時だよカーリナ姉、むしろこれって単に監禁されてないか?
一通り部屋をうろついてみるも、監禁ゲームによくあるような秘密の出口なんてものは見つけ出せない。ドアの前の床にあぐらをかいて首を捻っていると外から声が漏れ聞こえてきた。
部屋に見張りでもついているようで、雑談でも交わしているようでもある。分厚いドアを挟んでいるので私の耳でなければ聞こえないだろう声だったが。
耳を澄ましてみると、どうも先程連行したガードの男と誰かが話しているようだった。
「……今夜は強い酒でも飲んでとっとと寝ちまえよ」
「そうするか、俺もあのぐらいのガキがいるからちっとなあ……。ボスも物好きなことだよ、羽とか生えてるからってなあ」
「ああ、あの後聞いたんだがな、ラエル種って言ってたろ、ボスが」
「そういや言ってたか、どっか辺境にでも居る種族なんだろ?」
どうも話が私にも興味ある方向に向いているようである。
そういえばラエル種とかあのボスがさりげに言ってたし、なんだかカーリナ姉も知ったようなそぶりだった。わりと知られている種族なのだろうか。130世界の、私と同じ姿をした種族は。資料館で調べても出てこなかったのだけど。
私は言葉を逃すまいと壁に耳を押しつける。
「なんかとんでもなく行き来がしにくい世界の種族らしいぜ、管理外のくせに管理局が出張ってるなんて噂もあるらしい」
「そいつぁ、変わった世界もあったもんだな」
「まあ、ボスが目付き変わったのはそこじゃねえさ……何でもな」
と、そこで一旦焦らすように話を切る。焦らすな、良いところだろ! むきだしのままの翼がせわしなく動く。
「何でもな……とてつもなく具合がいいらしい」
「ブッ」
いや下ネタに走るな! 見張りのガードも吹いてしまったじゃないか、冗談はたいがいに……大概にしろよな?
ちょっと顔から血の気が引いているのが自分でも判るのだが、その間にも外で会話は続いた。
「良いって……ガキだぞ?」
「ボスが言うには文献だと小さくても問題ないそうだ」
「試した奴が居んのかよ……」
ガードさん、えらいげんなりした口調である。
私といえば、さすがに冗談と片付けることもできずに、呆けていたのだったが。
いや何それ、有り得ん、やめてくれ。もしかして有名なのって、そっちの方向性で有名だったりするのか? カーリナ姉がにやにや笑っていたのはこれか? いや、そりゃ、あの姉のことだから私が危険な状態になることはないと踏んでの事だろうが……
「うおあぁ……知ってたなら前もって言っておいて欲しかったかも……」
整理が付かねぇ……頭を抱えてふかふかのベッドを転げる。
香ばしい容姿、魔法適正微妙、精神不安定に続いて具合が大変良い、なんて属性が付いちまったよ……
ひとしきり、うがー、と転げ回り、仰向けで大きくため息をついた。
「……しかし、そうなると因果な種族だなあ」
そんな種族だとしたらまあ、狩られたような逸話があってもおかしくなさそうだ。むしろ、それに追い立てられて行き来のしづらい世界に逃げ込んだ、なんて可能性すら出てきた。130管理外世界への道筋はなかなかに遠そうである。
そんな事に気を取られていた時だった。
がちゃり、とドアが突然に開いて、ガウンを羽織ったボスが悠揚と入ってくる。
とっさに攻撃準備でもできれば良かったのだが、先程の話が頭に残っているせいで、何というのか……こう、男に対する嫌悪感のようなものというか、自分が今、少女の身体であるのを強く感じてしまっているというか。複雑な感情がもたげてきてしまってきたというのもある。ありていに言えば蛇に睨まれた蛙のように固まっていた。
ボスが入ると再びドアから鍵のしまる音がした。転げ回って乱れたベッドを見て言う。
「大人しくして……はいなかったようだね、お嬢ちゃん。まあ、悪くはない。悪くはないさ。元気なのは良いことだ」
グフフなんて笑ってみせる。初めて聞いたよグフフなんていう笑い方。そのまま、ボスは本棚の前に立つ。
「元気でなければ」
右端の大きな辞典をどかし、その奥に手を入れ、何やら操作した。
唖然である。絶対ここの設計者は趣味人だ。しかも歪んだ。
本棚が文字通り床に沈み込み、その裏からスライドするようにして様々な……その……中世の魔女狩り展にでも出てきそうな物騒な器具が所狭しと並んだ壁が動いてきた。
悪趣味だとは思っていたがこれほどとは、さすがに身が震えるのを感じた。
「到底長くは持たないからねえ」
こちらを振り向きその太い顔に似合った太い唇をべろんと舐める。
恐怖を与えるためだろうか。こちらを向き、ゆっくりとした足取りで迫ってくる。
まあ、実際おっかないというか、嫌悪感が……かなりあって顔が相当ひきつっているのが自分でも判るのだが……
このおっさん、裸の上にガウンしか着てないからアオダイショウが……ああ、全体的に太いが、そこまで太くなくてもいいだろうに。
まあ、作戦を言われた時、カーリナ姉が言ったのだが、こちらをたかが木っ端魔法しか使えない子供だとあなどっている。油断している。デバイスさえ取り上げれば何もできないと思い込んでいる。
確かにこれは無防備になっている瞬間だった。
実のところ、初めてかもしれない。魔法による模擬戦でも試合でもなく、危害を加えようとして明確に暴力を振るう事になるのは。
ベッドの上に立ち上がり、睨み付ける。
余裕ぶっているボスの顔を睨み付ける。
にたぁ、とか笑われた。気分が悪くなったがそこは我慢。息を吸って吐き、拳を握りしめ──
「うわああああッ!」
気合いを入れて殴りかかった。
相手もさすがに暴力と脅しのプロである。
私の異様な馬鹿力を持ってしても、経験だけはどうしようもなく部屋中をむちゃくちゃにして、やっとケリがついたのが20分も経った頃だったか。時間の感覚もちょっとおぼつかないが。
決め手は毎日木刀を振っているだけあって、いろいろ壁から出てきた物騒な道具の中から拾った火かき棒での一撃だった。何に使ったかなんて考えたくない棒でもあるが。
頑丈そうなロープなんてのもあるので、その火かき棒と組み合わせて脳震盪を起こして気絶したボスをがんじがらめに縛っておく。
外がどうなっているのかを聞き耳立てて確認すると独り言が聞こえてきた。
「終わったか小休止か……今日はまた一段と激しいな……あの子も可哀想に、ああくそ酒が欲しい」
良い具合に勘違いしているようだったが、毎回こんな騒がしくしてるのか……なんかまあ、想像したくないな。
ひとまず、精神的にかなり疲れたので、棚にある酒を取り出す。アルコールに弱いのは承知しているので、リキュールを炭酸水で薄ーく割って飲む。
「くあー……」
思わず声が出た。グラスを右手に持ったまま椅子にもたれかかる。大きく息を吐いた。
えらく緊張した。
喧嘩とかに明け暮れている人はこれを毎日やっているわけで、そりゃ度胸の据わりも違うわなぁ、と思う。
全くカーリナ姉は……人がどう思うのかを考えるのだけは苦手なんだからなあ。
やがてドアの向こうで小さな物音が聞こえたかと思うと、ドアが開き、気絶した見張りを掴んでラグーザが入ってきた。様子を見てすまなさげな顔になり、一言。
「……悪ぃ、遅れたなお嬢、そいつの相手を任せちまった」
「あー、うん。いいっていいって。多分この形が当初の作戦通りなんだろうし、それよりカーリナ姉さんは管制室に行けた?」
そっちはばっちり上手くいったらしい。
指向性の念話が使えればもう少し連絡も取りやすいのだが、見えないひそひそ話はここのボスが嫌いだそうで、念話が通じにくい構造になっているのだとか。
作戦としては私とラグーザでボスを引きつけている間にカーリナ姉がこの館の管制室にソウルオブザマターのメンバーが手引きすることで潜入、防御システムの改竄で混乱させた後に管理局を呼んで離脱という手順だ。
ラグーザに端末とデバイスを渡してもらうと早速、姉から通信が入る。
「こちらはそのプレイルームの記録用……監視カメラで状況は把握している。お疲れさまだったなティーノ」
「その軽いねぎらい、さらにどっと疲れた気もするよ……」
何でもシステムの改竄とデータのサルベージに時間が少々かかるらしく、10分ほど待機していてくれとのことである。
その部屋に残っていては袋の鼠になりかねないので、ラグーザの誘導にしたがって同階の防火シェルターに隠れた。
そういえばと、気になっていた事を聞く。
「その元リーダーさんと人質として捕まっていた人たちは?」
「元リーダー、ね。あいつは逃げてたよ……人質達は全員無事だ。皆連れ出させてもらった……そうだな、これもお嬢のおかげだ。すまねえ、ほんとに助かった。この恩は必ず返させてもらうぜ」
深々と頭を下げてみせる。どうも律儀なところがあるようだった。
お礼なら受け取るけど、恩返しはカーリナ姉さんにお願いするよ。と言うと、同じような事をカーリナ姉も言ったらしい。
話す事もなくなり2人とも押し黙る。しばらく経つと沈黙を破るように、唐突にカーリナ姉から通信が入った。
「大まかに仕事は終えたが、どうも管理局の動きが鈍い。恐らく管理局のそれなりの上の方に鼻薬でも嗅がせているのだろう。二人は自力で離脱が可能か? 不可能なら私がやるが少々派手になるぞ」
「……姉さんの派手宣言は怖そうだから、自力でやってみるよ」
そう言うと端末に現在の館の見取り図と組織の人員状況がダウンロードされる。何というか情報が丸裸である。怖すぎる。
既に出入り口は当然のように固められているが、防護システムが混乱しているので、館内を動き回るのはそれほど難しくはなさそうだ。
「行こうか、ラグーザ」
声をかけ、シェルターから足を踏み出した。
この館には最上階に広いテラスが設置されている。そこで私はラグーザから飛行魔法のプログラムをデバイスに移してもらっていた。バリアジャケットは学生用の極めて簡易のものだが、とりあえず落ちても死なないし、ある意味ミッドの空を自由に暴走していたラグーザという先達が居るので例え高速飛行魔法に適正が無くても、フライトとしてはそれなりに安全だろうと思う。後ろから撃ってくる連中さえいなければ、だが。
館に居る魔導師連中に気付かれないうちに距離を離すのが目下の所の目的だった。
「よし、お嬢、魔法のインスト終わったぜ、ちょっと設定が俺用だったからかなり緩くいじり直しておいた、何とか平均値に近いはずだ」
「ん、ありがと。そんじゃ一丁真夜中のピーターパンとウェンディでも気取ろうか」
「なんだそりゃあ?」
忘れてくれ、と言い直した。顔が赤い。初フライトで舞い上がってとてつもなく恥ずかしい例えを出してしまった。くそ、後で調べ直すんじゃないぞ。
「……トリック・オア・トリート」
ハロウィーンの定番台詞、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、なんてセーフティ・キーに設定しているのは私だけだろう。初めて使う魔法なのでこっそり口の中で唱える。お守り代わりだ。
まあ、格好つけても、高速飛行が使えなければ普通に浮遊で浮いて、それを引っ張って貰うつもりだけども。
「行くぞお嬢!」
なんてあっさりラグーザが手を引いて飛び出すので私も慌てて魔法を起動した。
姿勢制御、慣性制御……うん面倒臭い。適当に感覚で制御して、演算はデバイスに任せるとする。
──夜風を体一杯に受け、私は空を飛んだ。
この感覚を細胞一つ一つが覚えているような感じさえする。
やばい、楽しい。これはまずい。目的を忘れてしまいそうになる。星に手を伸ばせば届きそうだという表現がぴったりくる心理状態になってきている。
背中の翼をぴんと張って魔力の流れを捉える。一枚一枚が魔力の流れを感じた。いつもは嫌いな私の魔力光、銀色のそれが夜空に明るく、妙に綺麗に感じられる。飛行魔法なんて言っても、ミッドのそれは、ただ浮いて、ロケットのように魔力噴射で飛ぶだけ。慣性を従わせ、重力を従わせ、魔力の流れを従わせる強引な飛び方。不完全だ。不格好だ。きっと、もっと綺麗に飛べる。
「あは」
こらえきれない笑いがこみ上げて来た。
「あははは」
海の潮流のように、あるいは谷を流れる風のように魔力にも流れがある。それに乗るだけで、掴まえているだけで何て気持ちよく飛べることか。
「お嬢!」
「うぇ?」
腕を掴まれて我に返った。
さっきまで私の中にあった全能感が潮の引くように消えていく。
感じた事は覚えていても、どう感じればいいのか判らない。
そんなもどかしい感覚が身を包む。なんだか泣きたくなった。
……一瞬の後、普段の感覚になってしまうと、別の意味でも泣きたくなった。
それはどちらかというと、中学生の時に作った詩集を高校生になって読み上げられた時のような泣きたさだったかもしれない。
布団に入って枕を抱きながら足をじたばたさせるアレである。
何があははは、か自分に酔っていたとしか思えない。
「む、むう。ごめんラグーザ。ちょっと調子に乗っちゃったみたいだ」
「……ああ、いや、初めて飛んでそれなら上出来もいいところだろうよ」
確かに今までにない感覚というのはちょっとある。
やっぱり鳥は鳥という事なのだろうか。どうもこの飛行というのは相性が良すぎるようだ。気分も高揚してきてしまう。
鼻歌など歌いながら飛行を続け、暫くすると念話が飛んできた。
(リーダー! お嬢! 無事でしたか、こっちです)
魔力スフィアが夜の暗闇の中に明滅する。
どうやら先に逃げたチームの連中が集まっている所らしい。
しかし、気にしてなかったけど私をお嬢ってのはもう本決まりなのか……いや別にいいのだが、お嬢って柄じゃあないんだよな。
そしてラグーザはもうリーダー本決まりのようだった。
私とラグーザが合流し暫く経った頃、ようやく管理局の魔導師が続々と転移してきた。
練度も大したものだしやはり数は力である。一応新興勢力として大きな力を持っていたはずのトロメオファミリーはあっけなく管理局の手によって制圧されていったようだった。
そんな頃合いである、再びカーリナ姉からの通信が入ったのは。
「どうやら、これで今日と言う騒がしい日も幕のようだな」
「うん、本当カーリナ姉さんも今日はお疲れさま。それと途中から我が儘聞いてもらってありがと」
素直に礼を言ったら、面白い顔になった。口をぱくぱくして顔を赤くさせ、ティーノも人をからかうのが上手くなったなとか言っている。この姉はほんとツボがよく判らん……
そして咳払いを一つすると、この人はまたもや唐突に爆弾を投げ込むのだった。
「管理局にはティーノとラグーザが通報した事にしてある。上手く口裏を合わせておけ」
「へ?」
「それと私は例によってまた旅に出てくる。施設の皆には二、三ヶ月後にまた顔を見せると言っておいてくれ。では息災でな」
そう言いたいだけ言って通信を切られた。
……し、信じられんあの姉。
「全部後片付け投げ出して行っちゃった……」
私は呆然として唇の端をひくつかせるラグーザに言ったのだった。
◇
その後はその後で大変だった。
何とか口裏を合わせるというか、しどろもどろだったのだが、カーリナ姉が既に編集していったのか、監視カメラに残っていた映像で全て信用されてしまった。
金目当てで攫われた私と、何とも好青年風に改心したチームとそれを率いる切れ者青年ラグーザが協力し捕まっていた人質を奪還。管理局に通報し、そのまま離脱。なんて流れで事件を解決に導いたなんてことになった。
姉の仕業であった館の防御システムの改竄はただの管理上の不手際ということになり、聞いた限りでは押収したデータから私や姉のデータはもとよりトリッパーとやらに関する情報も無かったらしい。
もっとも、私自身、人の腹を読むのは得意というわけではない。局員さんからの説明の裏に何かあったのかもしれないが……正直よくわからない。
姉が臭わせていたマフィアと管理局と通じていたのではないかという疑いの方は、当然ながら有り得ないものとされていた。実際あったのかどうかも判らないところではあるけども。というか、これからの志望先に時空管理局があるので、個人的にはあまり信じたくない事だったりもする。
……もっとも地球の警察なんかでも癒着は散々取り沙汰されていたし、組織が大きくなればなるほどその手の問題が出てくるのは仕方無いのかもしれないが。
そして何が大変だったかというと……
祭り上げられてしまったのである。マスコミに、私が。
私みたいな子供映すよりは、改心した好青年ラグーザ君でも映してやれと言いたかったのだが、そっちはそっちで約束通り全員自首して、今は拘留中の身だ。さすがに犯罪を犯した人間を大々的にメディアに流すわけにもいかないのだろう。
それで私である。
2日も経った頃にはもうほぼレポーターの声には「ハイ、ガンバリマシタ」か「管理局ノ皆サンノオカゲデス」がでるようになってきていた。
ディンもココットも、最近では遠慮を無くしてきたティーダもこれには馬鹿笑いだった。
レポーター風に訪ねられただけで思わずその癖が出れば無理もないだろう。
そして、調子に乗ったマスコミと人手の欲しい管理局により新たなドラマが捏造された。
いずれは局員? 白銀の妖精が闇に生きた男達に正道を照らす。
こんな文字が躍り、その上に私の顔があった時には頭を地面に打ち付けて整形でもするしかないかと思った。
そのネタでもまた友人達にからかわれる事となったのである。
人の噂も七十五日と言うが、夏休みが終わる頃には終息している事を願う。切に願う。
日にちも完全にずれているものの、摘んできた笹を部屋に飾り、静かな暮らしという願い事を書いた短冊を下げる。
思わず漏れたため息が笹の葉を揺らした。