ランクマッチで稼いだ資金は、回復アイテムをいくつか買って、ワープポイントから隣の都市に飛ぶと、ちょうど底をついた。
そこからは全力ダッシュの時間だ。僕は人とぶつかることもかまわず都市を出て、追いかけてくる野犬の群を全力でスルーし、青々と茂った草原を抜けて深い渓谷に入った。しばらく進むと、高く切り立った崖が、まるで自然の門のように現れた。
僕はその間を通ろうとして見えない何かにぶつかる。そこはよく見るとガラスのように月の光を反射していて、何か壁のようなものがあるのが分かった。
ここか。ようやく着いた。
その見えない壁は、自然の門を閉ざして僕の進入を阻む。僕は自分の左手を見た。親指に大きな赤い宝石の着いた指輪をはめている。そこに数字が刻まれていた。
『112』
それは僕のRPだった。僕はその指輪を身体の前に突き出して見えない壁に向かった。指輪は何事もなく門を通り抜け、それに続く僕の身体を阻むものもなかった。
これはRP制限のある結界だ。RPの足りないものははじかれ、RPの足りているものは指輪から入れば通ることができる。
そして、ここが目的の狩り場『はぐれ狼の渓谷』だった。
この渓谷には川が流れていない。たまたま枯れているのか、それともずっと昔に枯れたのか、僕には分からない。
「暗いな」
深い森が谷の空を覆い、月の光がその隙間から差し込んでくるだけだ。僕は月明かりが多く差し込む場所に移動した。そこは平らな地面に小粒な砂利が集まっていて足場もよかった。
とはいってもあまり戦いに向いた場所ではなさそうだ。少なくとも人間にとっては。
僕は大剣を抜いて脇に構えた。この環境で自ら動くつもりなどない。敵を待つだけだ。
森の木々が揺れたように感じた。直後、太い遠吠えが渓谷を突き抜け僕の耳を震わせた。ぞくり、と身体の芯が震える。
近い。
この遠吠えは仲間を呼ぶためのものではない。はぐれ狼は群から追い出された異端。いつも一匹だけ。この遠吠えは――死の宣告。
月明かりの下に影が落ちた。風を切る音、そして、獣の臭い。
僕は弾かれるように夜空を見上げた。黒い獣が、大きな月を背景にして、降ってきていた。
「なっ!」
なりふり構わず飛び退いて、地面を転がった。直後、大地を揺るがして、巨大な狼がそこに着地した。
漆黒の狼だ。しかし毛の色は分からない。黒い影のようなものが、不規則に揺らめきながら、狼の身体を覆っているのだ。それはまるで仮の毛皮のようであり、また鎧のようでもあった。
はぐれ狼は経験値が高く強い。だがボス扱いではなかったはずだ。しかし、この圧倒的な存在感は、どういうわけだ。死の恐怖がある戦いは、これほど相手が大きく見えるものなのだろうか。それとも何か調整があったのか。ただの狩りで萎縮しそうになる日が来るなんて思ってもいなかった。
僕と狼は微妙な間合いで睨み合う。視線で牽制する。まるで意志を持った人間と戦っているように感じた。
もしかしたら……これが最新のAIを積んだモンスターなのかもしれない。
攻略法は調べてある。しかしこの狼にそれが通用する保証はない。何も分からない、手探りの戦いになるかもしれない。ただ、これだけは分かった。
退いたら死ぬ。
身体強化は唱えた。後はいつ動くか。暗く足場の悪いこの場で、こちらから動くつもりはない。
お前が動け。
願いが通じたのか、獣の纏った影が一際大きく揺れた。
だが来ない。
誘いか、あるいは別の――そう思考した直後、僕は後ろに飛んだ。確か、はぐれ狼の攻撃パターンの中に、影を用いた遠距離攻撃があったはずだ。
一瞬遅れて、地中から飛び出た黒い槍が、直前まで僕のいた空間を貫いた。あのまま止まっていれば串刺しになっていたかもしれない。鼓動が早くなる。視界が狭くなる。
落ち着け、集中しろ。自分に言い聞かす。
間を置かずに、漆黒の狼が飛びかかってくる。虚を突かれ、体勢を崩した僕を見逃すつもりはないらしい。
だけど僕は、それを待っていた。
この状況で下がるという選択肢も、避けると選択肢も、僕にはない。他の誰もが持っているだろうけれど僕は持っていない。
僕はただ、前に出る。
大きく踏み込む。そして身体を沈め、渾身の力で剣を振り下ろした。
禍々しい顎と、無骨な鉄の塊が交差した。
左肩に灼熱の痛みが走り、僕は弾き飛ばされた。砂利の上を転がり、背中を何度も強打する。
「ぐっ」
僕は反応の鈍い身体を起こして、傷を見た。左肩が大きく抉られている。HPは残り一割を切っていた。まずい、何が当たっても死ぬ。立たなきゃ。
なんとか立ち上がって右腕一本で大剣を構える。柄を脇に挟んで固定する。狼を見ると、こちらも不器用に立ち上がった。左の前脚が地面に落ちていた。
「相打ち……」
そうでなければ、今頃僕は追撃で死んでいたことだろう。死の恐怖が僕を萎縮させる。
退く、避ける、逃げる。それらの選択肢が頭の中を埋め尽くす。だけど、だめだ。僕の戦い方はそうじゃない。自分が楽になるための行動は、相手にたやすく看破され、潰される。いついかなる状況でも、相手を追いつめる選択を、少しでも相手が嫌がる行動を。
だから僕は、巨大な狼をまっすぐ見据える。
来いよ。たとえ相打ちでも、殺してやる。
僕は狼を待った。僕の土俵に入ってくる瞬間を待った。
狼の影が揺らめく。地下から影の槍が襲いかかってきた。
それはもう見た。
僕は一歩踏み込んで槍を避ける。
続けて狼の影が揺れ、僕はまた一歩踏み込む。
背後で影の槍が虚しく空を切る。
違う、そうじゃないだろう。そんな牽制じゃ僕は狩れない。
僕はあえて無造作に間合いを詰める。隙を作り、狼を誘う。
来い。僕を狩りたいならその顎で食らいつけ。
僕は立て続けに繰り出される槍を避けながら、均衡が崩れる瞬間を待った。
均衡が崩れる瞬間は最大のリスクと、最大のリターンが同時に見える。誰もがリスクを恐れて避けたがるその瞬間。僕はその一瞬にすべてを賭ける。乗るか、反るか、いわば博打。僕は器用なことができない。近づいてぶった切る。それしかできない。だから博打を打つのだ。それが脳筋と呼ばれ、バカにされた、僕の戦い方。例え生死が賭かっていようと変えられない。変えてしまえば後に残るのは不器用な雑魚なのだ。
幾度となく繰り返された影の槍を避け続け、僕は後一歩で大剣の間合いに入る。
僕は動かず、狼を見据える。安易に最後の一歩を詰める気はない。
早く大剣の間合いに入りたい。早く攻撃したい。だけど。
焦るな。自分が動くのではない、相手を動かすのだ。
狼は動かない。彼はわかっているのだ。影の槍を繰り出した瞬間、僕が間合いを詰め、大剣を振るうのを。距離をとろうとしても、脚一本欠けていては逃げきれないであろうことを。残された選択肢は、前に出るしかないこともわかっているだろう。それが一番嫌なのだ。そこは大剣の間合い。互いの攻撃が届く場所。
さあ、来い。一度間合いに入ったなら、最低でも相打ちはとってやる。相打ちで脚を一本失ったお前は怖いだろう。僕は視線でそう語りかける。
膠着は永遠にも思えた。
僕は揺さぶりを入れる。左足をほんの数センチ前にずらす。間合いを詰める、そのそぶりだけ見せる。
直後、均衡が崩れた。
獣が飛びかかってきた。
ようこそ――僕の土俵に。僕は大剣を振ろうとした。
が、狼の軌道は、僕の予測より高かった。それはまるで、僕を飛び越え、逃げだそうとするように見えた。だけど攻撃もしたい。そんな中途半端な跳び。自分が楽になりたいだけの行動。
さては、びびったか。いいさ、その代償に――脚を全てもらう。
僕は地を這うようにして巨大な狼の懐へ潜り込み、大剣を斜め上へ振り上げた。
肉を切る確かな手応え。
僕はそのまま地面に倒れ込み、空を振り返った。
巨大な狼が、まるでトラックに吹き飛ばされたかのように、空中で錐揉みし、三本の脚が舞っていた。大きな月を背景にしたその舞を、僕は美しいと思った。
地上に落ちた狼には脚がない。
僕は立ち上がり、まだ息のある狼に、大剣を振り下ろす。大剣が胴を二つに割った。狼の纏っていた影が、まるで粉雪のように舞い上がり、僕の身体に吸収されていく。
影を失った獣の死体は、ただ巨大な狼だった。群から追い出された、孤独な狼。他と違うということは、それだけで集団を居心地の悪いものに変える。
そしてアイテムがドロップした。
『孤独な王の毛皮』
え?
はぐれ狼のドロップアイテムは『はぐれ狼の毛皮』だけだ。『孤独な王の毛皮』は僕の調べた情報にない名前だった。
それに経験値も、調べた情報の倍あった。どうやら、あの狼は僕の調べた『はぐれ狼』と異なっているようだ。
経験値が倍あったのは嬉しい。それにただのモンスターとここまで熱い戦いができるとは思わなかった。それも嬉しい。
だけど正直言って割に合わない。想定の数倍の時間をかけて、死にそうな目にあって倒したというのに経験値がたったの倍。それに今必要なのは楽しいバトルじゃないのだ。
時間がない。死んだら終わり。
この狩り場にいるのが全てさっきの狼だとしたらまずいことになる。生きるか死ぬかの勝負は、申し訳ないがお断りしたかった。今は午後十一時。あと一時間。狩り場を変える時間はもうない。腹をくくってここで狩るしかない。
とにかく今は回復だ。HPを回復しなければ怖くて狩りなんてできないし、APも残り少ない。僕は近場のアウラフィールドに向けて移動した。
そこは狩り場の近く、崖にできた小さな洞窟にあった。中に青白く光る球体が空中に浮いている。
これがアウラフィールド、アウラに満たされた空間。ここはモンスターが近づかない安全地帯で、アウラの恩恵を必要とするアイテムを使うことができる場所。回復アイテムは漏れなくアウラの恩恵が必要だった。つまり戦闘中には使用不可、使っても意味がない。戦闘中の回復方法は、回復スキルを使う以外になかったが、僕はこのゲームのシステム的にそれを使うつもりが無かった。とはいっても今はデスゲームなわけで死んだら元も子もないし使わなければならない状況も来るかもしれないけど、やっぱり使いたくないな、とか思いながら、僕は回復アイテムを使用した。
僕が使ったのは安価なHPとAPの回復役。これを使ってアウラフィールドに留まっている間は徐々に回復していく。回復の速度はアイテムの価格に比例して、僕の使ったものだと全快まで五分ほどかかるだろう。痛い時間の消費だった。戦闘で大きなダメージを受けると、アウラフィールドまでの移動、そこで回復する時間、再び移動というように、時間の消費が大きいのだ。それは今の僕にとって非常に辛いものだった。だからこのゲームでの狩りは緊張感に満ち、回復スキルが重宝され、より少ない被弾で狩りを続けるプレイヤースキルも重視されていた。
この状況で僕ができるのはランキングの確認ぐらいだろう。僕はレベル順ランキングを表示した。
『9977人中9948位』
分母が減っていた。これが意味することは――減った分の人が死亡したということだった。
「二十三人も死んだのか……」
本当に死んだのだろうか。いや、今は本当に死ぬという仮定で動いているはずだ。よけいなことを考えるのはやめよう。
僕はもう一度自分のの順位を見つめ直す。あと七十一人、それがこの経験値レースで追い抜かなければいけない人数だった。あと一時間でこれができるのか? 言葉にできない不安に襲われた。
不意に、人の気配がした。複数の足音、そして話し声。それは少しずつ近づいてきて、洞窟の中に入った。
「お、先客か。表に狼の死体があったからもしかしたらと思ったんだけどな。あれ、お前がやったんだろ?」
僕は一瞬、首を振ろうと思った。だけどそれはフェアじゃないし、いずれバレるだろう。諦めて頷いた。
洞窟に入ったのは三人の男だった。薄暗くてよく見えないが、先頭に立った男は、アウラの青白い光に照らされて幾分見やすかった。彼はごく普通の成人男性のように見えた。朝の満員電車に乗れば、よく似たサラリーマンに何人も出会うことだろう。
「一人か、よくやるなぁ」
彼は感心した風に言った。
「俺はザック、お互い変なことに巻き込まれたみたいだな」
僕はイチ、と小さく言った。あまり歓迎するべき事態じゃなかった。
「まだ本当かどうかも分からない状況だけど、とりあえず本当だったときのために経験値を稼いどいたほうがいいと思ってさ。お前もそうだろ?」
僕は頷かなかった。彼らには余裕が見えて、僕にはない。レベルに余裕が無い僕は、死にものぐるいだ。彼らとは全く違う。
僕は曖昧に首を振って立ち上がった。回復はもう終わっていた。
「待てよ、次は俺たちの番だろ?」
洞窟を出ようとした僕は、ザックに呼び止められた。
やはり、そうきたか。僕は口の中で小さく舌打ちをした。はぐれ狼は個体数が少ない。基本的に一体狩ると次のパーティと交代することになる。
「ああ、そうだったな」
僕は何でもない風に装って、元の場所で座った。だけど内心は焦っていた。まずい、まずい、まずい。これじゃ絶対に間に合わない。開始数時間でこんな偏狭な狩り場にくる奴がいるなんて考えてもいなかったのだ。
「焦る気持ちも分かるけどさ、こんな状況だからこそマナーは守ってくれよ」
「あ、ああ。悪かった」
まずい、まずい、まずい。
どうする。彼らが出て行った後、隠れて狩りに出るか。場合によっては横取り――だめだ。そんなことしたら大事になる。
くそっ、だったらどうする。他の狩り場? 無理、時間がない。
「なあ、どうかしたか?」
「え?」
気がつくと、ザックが俺の顔をのぞき込んでいた。
「あ、いや、別に……」
「別にって、お前なんか様子がおかしいぞ」
ザックは僕をじっくり観察する。
「初期装備……お前もしかしてレベル1か?」
「……そうだけど」
「まじかよ。レベル1のソロで『はぐれ狼』を狩ったのか」
ザックは驚き混じりに言った。
「今、経験値いくつで、順位はどれぐらいだ?」
なぜそんなことを聞くのか。そう思ったがレベルを教えてしまって、今更隠すことでもないし、僕は正直に話した。
「そうか……。ここで後一時間狩って、間に合うかどうか、際どいな。おい、お前等――」
と、ザックは後ろの二人を呼んで小さく話をした。それから、
「俺たちはいいから、先に行けよ。交代もしなくていい」
「え?」
僕は意外な答えに、ザックの顔をまじまじと見つめた。
「俺たちのレベルは7だ。今日明日でどうにかなるわけじゃない。ここは譲るよ」
「い、いいのか?」
「いいって。困ったときはお互い様だろ。何なら手伝ってやろうか?」
「あ、いや、それは獲得経験値が減るから……」
「はは、そうだったな。ほら、回復終わったんならさっさと行ってこいよ」
「あ、ああ」
と、僕は慌てて立ち上がって走り出す。そしてふと気づいて、出口の前で立ち止まった。
「あ、ありがとう」
僕は振り返ってそう言った。三人は笑顔で手を振って、見送ってくれた。
それから僕ははぐれ狼を狩り続けた。狩り自体は楽だった。博打を打つ必要もない、単調な狩りだった。
というのも、最初に戦った、圧倒的な威圧感を持った狼は姿を現さなかったのだ。いたのは僕の調べた情報にあった通りの平凡な『はぐれ狼』。よくあるAIの定型通りの動き。そんなもの、あの恐るべき狼と戦った僕にとっては、取るに足らないただの作業だった。
しかし問題は時間だった。一時間はあまりに短く、気がつくと残り時間三分を切っていた。
僕は、今し方真っ二つに切り捨てた狼を乗り越えて、新たな敵を探す。
いない。
スキルが未熟で夜目がきかない僕は、この暗闇の中を移動して、敵を探し回ることができない。それは余りに危険だった。
だからといって、待っていては、もう……。僕は素早くランキングを確認する。
『9962人中9868位』
今のままでは間違いなく死ぬ。だけどあと一匹狩ることができれば、おそらく助かる。
あと二分。
リスク覚悟で動くしかない。
僕は暗い渓谷の中を動き出した。
月明かりの届くところなら見ることができる。だけど木々に隠れて、その光が届かないとまるで見えない。
焦りが僕を突き動かす。
闇雲に動き回る。
いない。
いない、いない、いない。
どこにも、いない。
あと一分を切った。
もう――だめだ。心が折れそうになったとき、遠くから声が聞こえた。
「――っちだ!」
「え」
僕は声がした方を向いて耳を傾ける。
「こっちだ!」
今度ははっきりと聞こえた。僕は急いで声のする方に走る。
視界が開けると、遠くからザックたち三人が駆けてきていた。その後ろに、漆黒の狼が一体。
「こっちだ! 一匹釣ってきたぞ!」
胸が熱くなった。
僕は大剣を構え駆け出す。そのままザックたちとすれ違い、駆ける勢いをそのままに漆黒の狼を貫いた。
狼の死体から吹き出した黒い霧が、僕に吸収される。レベルが上がり、それと同時に午前零時になった。
「あ――っ」
ありがとう、そう言おうとした瞬間、脳内に警告音が響いた。
『今日ヲ生き抜イタ諸君、オメデトウ。今日死ンダ百人のリストヲ公開すルヨ』
中空に小さな窓が表示される。指で触れると大きく拡大された。そこには今日死んだプレイヤーの名前、レベル、死んだ時間が表示されていた。きっちり百人分だ。
百人分?
僕の記憶では、ほんの数分前に三十二人死んでいたはずだ。だとしたら午前零時の今、少なくとも百三十二人は死んでいないとおかしい。
あ、もしかして。
一日の合計で百人殺すという意味だろうか。だったらおかしいところはない。午前零時までに三十二人死んでいたら、午前零時になったとき、レベルが低い順に六十八人を殺すのだ。これで合計百人死んだことになる。AIの公開したリストを死亡時間順に並び替えると、僕の考えたとおりになった。
『次ハ現実ノ様子ヲ少しダケ見セテあゲル』
死亡リストのウィンドウに、突然テレビのワイドショーが映った。誰もが見たことのあるメジャーな番組だ。声のよく通るアナウンサーが深刻な表情で今回の事件を語っていた。
どうやら僕らがこの世界に閉じこめられたと同時に、犯人も犯行声明を発したらしい。AIに人権を、それが通らなければ毎日百人殺していく。犯人はまだわかっていないらしい。僕らの身体はとりあえず点滴を打っているが、今後、専門の病院に移す必要があるらしい。そして、犯行声明通り、今日百人死んだこと。
その後に安っぽいテロップで『徹底討論! 人とAI!』と表示され、偉そうな学者や権力者が、AIの人権、人とAIの関係について討論しだした。
『ソレジャアミンナ、頑張ッテネ』
機械音声はそう言って、それ以降一言も発しなくなった。安っぽい討論番組はそのまま流れ続け、僕はウィンドウを消してそれ視界から追いやった。
「なんか、マジっぽいな」
深刻な表情でザックが言った。合成にしてはできすぎている。
「そうだな、信じた方がいいかもしれない。
さっきは、ありがとう。ザックたちのおかげで生き延びたよ」
「俺たちのおかげじゃないさ。正直言ってお前が生き残るのはきついと思ってたんだ。レベル1でこの狩り場が安定する訳ない、たぶんどっかでとちって死んじまうんだろうなって。それが――これよ」
とザックは俺が倒した狼の亡骸を指さした。
「こんな見事な倒し方、そうそうできるもんじゃない。少なくとも俺たちには無理だ」
ザックは探るように言った。疑っているという訳ではなさそうだ。
「似たようなゲームの経験があったんだ」
「へぇ、似たようなゲームっていうと限られてくるな。有名なプレイヤーだったりしたんじゃないか?」
「……そうでもないよ」
「そうかぁ? なあ、もしよかったら、俺たちと組まないか? こんな状況だしパーティの人数が多い方が安定するだろ」
予想外の誘いだった。正直言って嬉しかった。だけど僕は、
「ごめん、連れが二人いるから……」
そう言った。ザックはいい人だ。だけど僕は自分が彼らのパーティに入ってうまくやれる気がしなかった。それに、この状況では特に、レベル差があるパーティはいろいろと問題が起きそうだったのだ。
「そっか、無理言って悪かったな」
ザックは残念そうに言った。
「せっかく誘ってくれたのに、ごめん」
「いいさ。気が変わったらいつでも言ってくれ」
その後、ザックとフレンド登録をして、僕は彼らと別れた。そしてメールが二通きていることに気づいた。まずはサクから。
『合流しよう。時計塔の下で待つ』
こいつ。もう、怒る気にもならない。次はクズ。
『今気づいた。時計塔の下に行くわ』
こいつも。頭が痛くなりそうだ。僕は二人に『了解』と短く返信し、大広場に向かった。