前書き
槐もげろ(挨拶)
お久しぶりです。遅くなって誠に申し訳ありません。中々納得のいくものが出来上がらず2ヶ月ほど更新がストップしてしまいました。
それから、今話後半、人によっては非常に気分を害する表現が含まれているかもしれません。というのも、インフィニティーズのちょっとした劣化が微妙に含まれていることです。この話を書き上げるにも作者はこれが限界でした。本当に申し訳ありません。
今回は短めです。
――――――――――――――――
人間酒を飲むと色々とタガが外れてしまう物だ。上司とその部下の関係でも無礼講だ何だいって日頃の不満をぽろっと漏らしたくなるものである。
それが懐の大きい、所謂包容力のある人間が話し相手ならば人によっては何でも話したくなる。
それでも失礼の無いように最低限の礼を尽くしてこそ一流の社会人なのだろうが………。
「あっはっはっは!ごめんなさいね大尉~悪酔いしちゃった大尉も見てみたいかな~なんて」
不意を突いたアクションは見事槐に酒を飲ませることに成功した。
「………」
だが、それ以降槐が無言になっていたことにイーフェイは僅かな不安を覚える。
「あれ?大尉?……槐~?」
一撃を入れて強制的に酒を飲ませたは良いが、それ以降槐の反応は無く、半分ほど残っていた一升瓶は既に空になっていた。
薄暗い部屋の所為もあって、少しだけ解けた槐の前髪が影になって居て顔も少々見えずらい。今の二人は仰向けに寝転がる槐の上に重なる様に、イーフェイがうつ伏せになって居る状態だ。
「寝ちゃったのかしら?酒癖が悪いって聞いたけれど。……大尉~聞いてる~?」
イーフェイはそういって槐の前髪を持ち上げ、顔をのぞき込む。目は閉じられていて呼吸も安定している。大事に至っているようには見えないが、頬は少し赤みがかかり、どう見ても酔っぱらって寝てしまっているように見える。
「う………」
それにしても、とイーフェイは槐の顔を見つめる。普段見られないような槐の寝顔はイーフェイにとってどこか不思議な魅力を秘めていた。
「……ゴクリ」
ただ眼を閉じているだけなのに、中性的なその顔立ちは触れがたい芸術品のようで、その上に寝転がるイーフェイは、ソレを独占しているという背徳感に駆られた。
「槐……起きてる?」
知らず知らず、紡ぎだされた声には熱が籠っていた。名前を呼ぶだけで胸の鼓動は早まる。返事は無い。
「………」
ポフッとイーフェイは槐の胸元に顔を当てる。僅かな汗の匂い、だが、嫌じゃない。その中に紛れ込んだ女の匂い。恐らく部下のうちの誰か。
「むぅ……」
グリグリグリとイーフェイは擦りつける。まるで自分のモノだと言わんばかりのささやかな自己アピール。
「えへへ」
眉尻が下がり、逆に唇の端は上向きに弧を描く、挙句の果てに変な声が出てしまった。恥ずかしく思いながらも、一連の行為が止められない。肌に伝わる温もりがこれ以上ないほどの多幸感に包まれているような錯覚さえ覚える。
まるで自分の身体じゃないかのようだ。こんな感覚は初めてだ。だというのに恐怖は無い、嫌じゃない。
このまま朝まで続けばいいのに。
ガシッ!
「ひぅ!?」
不意に抱きしめられた。突然背中に回された腕の感触にイーフェイが引き攣らせた声を漏らした。
その腕は誰の物だったか。特に思考を巡らせる必要などない。顔を上げたイーフェイの視線の先にはとてもいい笑みを浮かべている槐が居た。
「い、何時から――――」
「最初から」
へひ、という声にならぬ声を漏らすと、イーフェイの顔は耳まで真っ赤に染まった。
「~~~~~ッ!?ち、ちにゃ、違うのよ。これは、私の、そう!偽物よ!悪霊が、取り憑いたのよ!」
違うの!私がさっきやったことは見間違いなのよ!と言わんばかりに頭を振って否定するイーフェイ。
「そうか、悪霊か」
「そ、そうなのよ!だ、だから、ね?腕を放してくれると」
「それは大変だ。どうやら私の腕にも悪霊が憑いてしまったらしい。困った困った、これでは放したいのに放せない」
「!?」
そんなばかな!と驚愕するイーフェイに槐はニヤリと唇の端を吊り上げた。
「う、う~……う~!」
「暴れるな暴れるな。あんなに私の身体を堪能したんだ。今度は私がする番だ。そうでなくては、フェアではないだろう?」
「ふあ!?」
抱きしめる力を僅かに強め、イーフェイの頭を半ば強引に胸元に抱き、その上に自身の顎を乗せた。
「ふむ、軍人らしく鍛えられているが、柔らかいな。言い抱き心地だ」
「ちょ、ちょっと待って!私、まだシャワー浴びてない!」
「シ~、大声を出すな。キヅカレルゾ?」
「!?」
耳元で囁くような声にゾクゾク、と背筋を走る痺れにイーフェイは唯一自由な足指をキュッと握った。
「それに、良い匂いだ。私は嫌いではない」
「い、いや、やめ……嗅がないでぇ」
蚊が鳴くような音しか出せず目じりには羞恥故か涙が溜まっていた。
「なぁ、イーフェイ」
「………」
「そう自暴自棄になるな。生きてる限り、次がある。今日は今日、明日は明日だ」
「………」
「だが、それでも気に留まるなら、忘れさせてやるくらい、私にはできるぞ?」
どうだ?そう言って槐は背中に回していた腕を解く。このままイーフェイが離れればそれでおしまい。抜け出そうとすれば何の抵抗もなく離れることが出来る。
「………」
イーフェイはようやく槐の酒癖が悪いという言葉を理解した。
彼女両腕が槐の首に回される。
「………良いんだな?」
「………」
コクリと頷くイーフェイの背中に、再び槐は腕を回す。
酒に酔った彼は普段の彼と違って危険だ。なにがどうという領域ではない。甘い匂いを発する食虫植物のように一度捕まってしまったら骨までとろとろに蕩けさせてしまう危険なイキモノだということを。
“イーフェイ。私は君を―――”
ツ カ マ エ タ
ナノマシンの制御を離れたイキモノは心から愛情を込めて、優しくイーフェイを包み込むのであった。
その翌日
「………」
普段よりも一時間早く槐は起床する。隣にはシーツに包まって寝息を立てるイーフェイ、しかし、その身体には何も身に着けておらず、自分と彼女の間に何が行われたのかが容易に想像が出来た。
≪記憶領域のリカバリーを完了≫
頭の中に流れる声と同時に投影される自分の記憶。二度目なだけに対応が早い管理者の頭脳が憎い。
全ての状況を把握した槐は着替え、部屋の片づけを開始。彼女を起こさぬよう細心の注意を払い、喚起と散らかった酒瓶と服を纏める。
イーフェイは普段から綺麗好きなのか、片づけを完了するのに、それほど時間は要らなかった。これで後は書置きを残し、少しずつ会うなりしてアフターケアをしてイーフェイの心のケアをすれば完璧だ!
「んぅ……えんじゅ?」
イーフェイが起きるまでは―――
「オハヨウ」
「………うん」
肌を見せないよう包まったシーツを抑えながら頷くイーフェイ。
「まだ、寝てても良いぞ?」
「ヤダ」
なんだこれは、どうすればいいのだ。
口数が少なく、ジッとこちらを見つめるイーフェイの眼は潤んでおり、頬も赤らんでいる。お互い、何から口にすればいいのか、決めかねていた。
「こっち…来て?」
「………」
懇願するような言葉に、槐はイーフェイの下に近づく。イーフェイはキュッと槐の指先を掴むと。
「もう一回……シて?」
そういって槐を見上げた。
「――――――」
なんだこれは!?どうすれば良いのだ!?
強気な彼女は120mm砲と一緒に地平線の彼方に飛んでいってしまったのだろうか?
求められたのならば応えるべきだろう。時間はまだまだある。50分、いや、一時間かかっても窓から隊舎へ向かえばブリーフィングにも余裕でいやいやいやまてまてまて。
「イーフェイ、私は」
「……そ、そうよね。ごめんなさい。無理……言ったわ」
胸の内にじくじくと蠢く罪悪感に押しつぶされそうになった。申し訳なさそうに視線を逸らすイーフェイ。だが、指先を掴んでいる手は名残惜しそうに拘束を止めておらず―――
「………」
◆◆◆
「私など死ねばいいのに」
時は経ち、場所はPX。
槐はこれ以上ないほど焦燥しており、瞳からは光が消え失せ、肌が痩せこけ、白金色の髪は色を失ってしまっていた。
「え?何か言った?」
自分のトレイを持って椅子に掛けた和泉が問いかけた。
「いや、何でもない」
こんなこと、言えるわけがない。槐は自分への罵倒を数千程思い浮かべた後、食事を始める。いつもよりも味が薄い気がする。
「何かあったの?」
「いや、何も」
「やっほー槐、ツイ中尉と何かあった?」
「!?」
「え?」
突然現れた安芸からの問いに槐はビキリ、と固まった。
「おお、大当たり」
「嘘、ほんとに?」
「まさか本当だったとは……」
続いて現れた志摩子と上総が槐を見やる。
「な、なぜ?」
「いやな、夢で見た。槐とツイ中尉が、色々としてたの」
「右に同じく」
「以下同文ですわ」
夢?正夢?まさか、こんなに早く、いや、そもそもなぜそんな軽いノリで。怒っていない?なぜ!?理解不能。理解不能。槐の思考に埋め尽くされたワードに頭がパンクしそうになる。
「ですが少々証拠が足りませんわね。丁度ご本人も来たようですし、確かめてみましょう」
「な!?」
「………あ」
振り返る。そこにはイーフェイとその部下たち。二人の視線が交わると同時に、イーフェイは顔を赤くさせて会釈すると同時にそそくさとその場を去って行った。
「「「………」」」
―――ザザッ!―――
そんなイーフェイの背中を見送っていたワン達三人が、槐の方へ身体を向け、姿勢をただし、一糸乱れぬ動きで敬礼をした。
「決まりだな」
「決まりね」
「決まりですわね」
「え、エン!き、昨日の夜について訊きたいことが―――」
「ゆ、唯依まで!?」
どうしてこうなった!?どうして唯衣達がそんな超能力なんてオカルトな力に目覚めたような事態に陥っている!?
パニックに陥った思考、何かを口にしようとしても震えぬ咽喉、全てが意味をなさない彼が、全てを振り絞って紡げたのは一言。
「怒って、いないのか?」
槐の問いかけに安芸と志摩子が顔を見合わせる。
「う~んなんていうか、さ」
後頭部を掻いて言葉を濁す安芸に志摩子が続く。
「ツイ中尉の部下に頭を下げられてね。ツイ中尉を元気づけられるのは槐くんしかいないからって」
「夢云々の話は?」
「「冗談」」
性質が悪すぎる。いや、天罰だと思えば―――
「私はまだ認めてませんわ。それを貴方たち二人が勝手に決めて―――」
「いいじゃん良いじゃん。その代りに優先(・・)させてあげるって約束したじゃん」
「そ、それは、そうですが…」
「?」
何の話だ?と疑問符を浮かべる槐に安芸が
「今夜覚悟しておけよ?」
笑ってない目でニッコリと笑いかけたことで槐は全てを悟り―――
そんな彼の肩に和泉の手が置かれ、
「幸運を祈るわ」
それが止めとなり、槐は項垂れるのだった。
「それにしても彼奴ら気が利いてるな。唯依にも話を通してたなんて」
「何の話だ?」
「いや、昨日のこと―――」
「『昨日』だと?やはり今日の夢、ただの夢ではなかったということか!?」
「………え?」
「え?」
◆◆◆
その後、朝食を終えた槐は部隊長対象の朝礼に参加。今日の予定の確認を行った。今日の相手はドーゥマ小隊とレイヴン小隊。午前の部を終えれば次はレイヴン小隊がインフィニティーズと戦い、そして一試合間を置き、槐と安芸達が刃を交えることとなる。
ドーゥマ小隊との戦いも楽しみだが、レイヴン小隊とインフィニティーズとの戦いも待ち遠しく思う。なにせアメリカ最強と呼び高い部隊だ。そしてこっちは何時呼ばれていたのかは知らないが最強の衛士の部下達レイヴン小隊。傍から見れば日米との最強対決。分かりやすい夢の対決というものだろう。やはり気持ち的に勝ちたいものだ。
「………」
「おや、誰かと思えば、今を輝く若手大尉殿ではないですか」
「?」
最近後ろから声を掛けられるのが多くなった気がする。不意に掛けられた声に槐は振り返る。
「初めまして。槐大尉。アメリカ陸軍インフィニティーズ小隊長、キースブ・レイザー中尉であります」
長身で浅黒い肌、軽く上にまとめ上げた金髪を備えた偉丈夫が敬礼する。それに応えるように敬礼を返す槐。
「烏丸槐だ。何か用か?」
「いえいえ、今日は貴方がたの部隊と戦いますからね。ご挨拶にでもと―――」
「それは態々……なら、私の部下に言った方が良いのでは?」
槐の素っ気ない指摘にキースはハハ、と苦笑いを浮かべる。
「ええ、それもなのですが、明日は貴方とも演習をなさる日ですから序でにと思った次第です」
“ついで”普通目上の人間に対してそんな言葉を話すのは非常識だ。これは、考えるまでもなく挑発だ。しかも大胆にも皮肉を込めることもしていない。槐はわずかに眉をひそめる。
「……そうか、それで要件は?」
「手短に話しましょう。今までの戦いぶりを見て貴方の戦いは素晴らしいと言えます。四対一という不利な状況を何度となく覆させて見せた。ですが、それを踏まえて言いましょう」
“我々アメリカは最強の国家でなくてはならない”
「貴方に最初の土の味を覚えさせるのは我々だ」
「………そうか。意気込むのは結構なことだが、まずは私の部下を倒してからにしてもらおうか?私の部下は、そう簡単にはいかんぞ?」
「ええ、いいですとも。"寄せ集めの尻軽女"たちなど、簡単に倒して御覧に入れましょう」
「……!」
尻軽女だと?今安芸達のことを態々私の目の前で?そう言ったのか?
驚愕、戸惑い、憤怒、複雑な感情が入り混じった激情が槐の眼を見開かせた。
では、私はこれで。薄らと笑みを浮かべてその場を後にするキースの背中が見えなくなるまで、槐は見つめるのであった。
「随分悪い方に言葉を選んだな。隊長」
「ガイウスか。ああ、挑発という点では良い効果が期待できるだろうな。これで我々が彼の部下を倒せば、次の日の演習でどれほど冷静さを保てるか、良いデータになる。例え我々が負けたとしてもだ」
そうだとも。
キースはほくそ笑む。最終的に我々が勝てば良い。アメリカは最強でなければならない。そのためだったら敗北の一つや二つなど、一片の価値もない。
尻軽女と言ってしまったのは悪いと思うが、これも勝つためだ。
―――――――――――――――――
あとがき
はい、今回はここまでです。どうせだったら前篇に全部乗せておけば良かったと思ってしまう。