【真・女神転生Ⅳのセカンドトレーラーを見た影響で、中島朱美のイメージがポニーテールじゃない真Ⅳ主人公になってしまいました】
夕方の時間に、遼太郎が帰ってきていると言う事は、悠にとっても珍しい事であった。
遼太郎は手に持ったブックフォルダーの資料を、熱心に見ていて、悠の帰りに気づくのに遅れたようである。
「お、なんだ帰ってたのか」
驚いた顔で言う遼太郎に、悠は苦笑する。
「コーヒーでも飲みますか?」
熱心に何かの資料を見ていた遼太郎を気遣い、悠は一息つけるように尋ねる。
それに対して、遼太郎がソファーから立ち上がった。
「あーそうだな……いや、ちょっと待ってくれ。コーヒーを淹れるのだけは、家での俺の仕事なんだ。千里……家内と結婚するときにな、家の事はこれだけで良いから、必ずずっとやることって、約束させられたんだ」
そう言いながら、遼太郎は悠の肩を叩いて、台所に向かう。
その手には自分の物と、悠の物の、二つのコップがあった。
「俺が守ってやれるのは、もうこの約束くらいだからな……お前も、飲むだろ?」
「はい、ミルクと砂糖入りで」
笑って遼太郎に答えた悠は、遼太郎が座っていたソファーの対面に座って、遼太郎を待つ。
暫くして、二つのコップを持って遼太郎が帰ってきた。
湯気の立つコップを、遼太郎から受け取りながら、遼太郎の言葉を待つ。
遼太郎は手に持った資料の一部を、悠に見せる。
資料には新聞の切り抜きや、遼太郎の書いた物と思われるメモなどが見られた。
「こいつは家内の……千里の事件の資料だ」
遼太郎の妻であり、菜々子の母である堂島千里は、数年前に轢き逃げ事件により、故人となっていた。
「新しい事件で風化されそうだが、それでも俺だけは諦める訳には行かないんだ……絶対にな」
遼太郎の表情からは、強い意思が感じられた。
それから、遼太郎は力を抜くように息を吐きだす。
「これ以上は、家でする話じゃないな」
「なら、外に出ましょう」
話を切ろうとした遼太郎に、外で話そうと返す悠。
遼太郎は少しの時間だけ、目を丸くしていたが、やがて頭を掻きながら苦笑した。
「ったく、口が巧くなりやがって……そういうトコも、姉さんそっくりだ」
遼太郎は苦笑しながらもソファーから立ち上がり、縁側へと向かう。
悠も、遼太郎に付いていく。
二人は隣り合って、縁側に腰掛けた。
夕焼けの光が、世界を紅く染めていく。
「千里は、菜々子を迎えに行く途中で轢き逃げにあったんだ。寒い日で、目撃者はいなくてな、発見も遅れた」
遼太郎は遠い夕日へと目を向けながら、別な物を見ていた。
悠には、それが何かは分からないが、それが遼太郎が見たいと願う光景なのだろう事は解った。
「菜々子は、俺が迎えに行くまで保育園で待ってたんだ。殺されたなんて……菜々子には言えなかった」
苦しそうに顔を歪める遼太郎に、悠は何も言えなかった。
「犯人を捕まえるのが仕事の俺が、家内を轢き逃げした犯人の手掛かり一つ掴めないって事もな……それでも、俺は必ず犯人を挙げる。その為には、プライベートは無い。菜々子も、分かってくれるはずだ」
「それは……菜々子は子供なんです。言葉にしないと、伝わらない事だってあるでしょう?」
遼太郎も、それは分かっているのだろう。
悲哀を滲ませた笑顔で、目を太陽から、悠へと移す。
「……だから、言えるかよ……いつか、分かってくれる日が来るって、そう思うしか……ないだろ?」
遼太郎は、そう言って星空を見上げる。
いつの間にか、空は黒く染まり、幾つもの星が顔を覗かせていた。
悠も黙って、星空を見上げて、遼太郎と菜々子の事に対して、どうにも出来ない自分を悔しく思った。
待ちに待ったかと聞かれれば微妙ではあるが、兎に角、それなりに楽しみにしていた修学旅行がやってきた。
天気は快晴。
旅立ちには、良い日である。
「……相手に囲まれた時の対処方っすか? まず、相手に二発ジャブを当てて、後ろを振り向いて腰を入れたブローっす。んで、もう一度、相手の方を向いてジャブを二発叩き込む。これを繰り返せば、どんな敵もハメ倒せますね」
「コーディ方式は無理だろ? 漫画肉で、人間は回復しねーんだぜ?」
「地上最強の生物によれば、一度に四人の敵を倒せれば、どんだけ物量があろうが問題無いんじゃなかったかな?」
悠、陽介、完二が連れたって歩いてきた。
雪子と千枝は、中島と一緒に集合場所に来ていて、二人はジュースを買いに場所を離れていた。
中島に気付いた悠達が、僅かに早足になって此方へと向かってくる。
「お早う」
中島は軽く頭を下げて、悠達へ挨拶の言葉を口にする。
「おはよう」
「うーす、おはよー」
「ちーっす」
悠達も、それぞれのやり方で挨拶を返してきた。
中島は首を軽く回しながら、靴の爪先で地面を叩く。
しばらくすれば、千枝も雪子も帰ってくるだろう。
「ところで、完二。お前さんは自分のクラスに行かなくても良いのか?」
このまま中島達と一緒にいるかのように、荷物を地面に置いた完二へと中島はツッコむ。
もしかしたら、と言う訳でも無いのだが、完二はクラスで孤立しているのだろうかと、中島は考えた。
有り得ない話では無い、と言うか、普通に考えればそちらの方が可能性は高そうだ。
完二とりせはクラスが違うし、二人が一緒に行動する事もあまり無さそうなので、やはり孤立しているのかも知れないと中島は思う。
「みなさん、お早うございます」
考え事に没頭していた中島の背中から、直斗が声をかける。
「ああ、お早う」
振り返り、軽く頭を下げて挨拶を返す中島に、直斗も小さく頭を下げる。
そんな中で、完二は何故か焦ったような表情を見せていた。
「お、おお! おはよう! そんじゃ、俺はクラスに戻ってますね!」
大声で中島達に告げて、完二は走り去る。
はっきり言って、立ち去る完二の姿は怪しい人のように中島には見えてしまった。
「おかしな人、ですね」
微かに溜め息を吐く直斗に、中島も心の中で同意した。
電車に揺られる事、数時間。
八十神高校の生徒達は、それぞれ思い思いの行動をしていた。
その大半が自分の班や、仲の良い友人達との会話、或いは居眠りと言った感じで、外の風景を眺めている物好きが少数派だ。
中島達を乗せた電車が向かっているのは、辰巳ポートアイランドの駅で、初日に交流会を開く事になっている月光館学園の校長や一部の教師、そして生徒会長である伏見千尋が迎えに来る手筈になっていた。
生徒会副会長である相馬三四郎は、学校で千尋の代わりに生徒会を指揮して、八十神高校の生徒を出迎える準備をしているそうだ。
中島は特別捜査隊の仲間達の会話を聞きながら、メール友のNekomimiとメールをしていた。
Nekomimiと直接会った事は無いが、彼との遣り取りによると、彼には直哉と言う従兄弟がいるようだ。
普段は高校からの友人である木原篤郎、幼なじみの谷川柚子と行動しているらしい。
『Njimaさんも今日が修学旅行なんだよね? どこに行くの?』
『辰巳ポートアイランドだよ、知ってる?』
『あー、知ってる! こっちは京都のお決まりパターン』
「お、見えたぜ!」
窓を見ていた陽介が、突然、大きな声を出した。
つられて、中島も窓を見る。
窓の外からは、八十神高校の何倍もの面積があるであろう月光館学園の姿が見えた。
面積もだが、木造の八十神高校と比較して、近代的な建物の月光館学園が千枝や雪子、完二には珍しく見えたようで、三人は興奮気味に話していた。
対して、都会組の悠、りせは月光館学園の大きさには驚いていたが、それだけであり、他の三人の様子に苦笑していた。
都会組であるはずの陽介がテンションが高いのは、彼が元々ムードメーカーな気質の持ち主だからだろう。
逆に田舎組である筈の中島が、都会組に近い反応を示したのは、中島が両親に連れられて海外に旅行に行く事も少なくは無かったからだ。
これよりも大きな教育施設を見た事も、少なくは無い。
中島は携帯を閉じて、背もたれにもたれ掛かって、修学旅行での交流会に思いを馳せた。
月光館学園の生徒とも、お互いに記憶に残るような楽しい思い出が出来れば良いと、そんな事を中島は思いながら、目を閉じた。
それから、数分後には辰巳ポートアイランドの駅に到着した旨を告げるアナウンスが流れて、中島達は駅に降りた。
そこからは、月光館学園からの迎えに従い、バスに乗って月光館学園へ移動。
「ハイカラだな」
月光館学園の校門で、バスから降りた悠の第一声がこれであった。
どうでも良いのだが、悠のハイカラの定義が中島には良く解らない。
「バスから降りた生徒は、校門前に集合してください!」
先生の先導に従い、中島達も列になる。
それから、10分ほど月光館学園の校長による話が始まった。
内容はと言えば、学園都市である辰巳ポートアイランドと、月光館学園の設立意義に付いて、である。
取り敢えず、心に残ったのは使い方を間違えた文筆頻々然る後君子と言う諺と、今日が休校日である事であった。
次に生徒会長である千尋の挨拶が始まった。
千尋は赤いフレームの眼鏡をかけた、真ん中分けの髪を腰まで伸ばしていて、落ち着いた物腰で柔らかい雰囲気を漂わせていた。
「うお……俺史上空前のメガネ美人だ……!!」
「ああ、生徒会長のレベルでは間違い無く八十神高校の負けだな」
千尋の登場に対する陽介と、悠の反応がこれである。
完二さえも、確かに可愛いと言って顔を赤くしていた。
「こ、こっちにだってりせちーや、雪子先輩や、中島先輩だって……一応、里中先輩だって、選り取り見取りなんだから!」
「一応って、なんでございますかしら、りせさん?」
「お前らは何と戦ってるんだよ」
顔を赤く染める完二に、りせが頬を膨らませて主張する。
しかし、りせの発言に千枝がツッコミを入れた。
そんな会話に、中島もツッコんだ。
その間にも、千尋の説明が続く。
はっきり言えば、先の校長の説明よりも内容が要約されていて、それでいて分かり易いように考えられた説明だと、中島は思った。
「この交流会が、参加者ひとりひとりの糧となるように、私たち生徒会も精一杯努めさせていただきたいと思います。長くなりましたが、よろしくお願いします」
千尋は最後に、そう締めくくった。
「やっべー、すべてが負けてるような気がする……」
千枝が小さく呟いた。
それから小原の指示を受けて、集合時間まで自由となった中島は特別捜査隊のメンバー全員で集まった。
悠や陽介、完二は千尋について熱く語っている。
その様子に中島が溜め息を吐いたのとほぼ同時に、千尋が玄関から走ってきた。
手には、何らかの資料を持っているのが見える。
「すみません!!」
声を掛けられた中島は、ハンドポケットのまま千尋を見る。
その姿に、千尋は少しだけ懐かしそうな顔を見せた。
が、直ぐに表情を変えて中島へと紙の束を差し出した。
「すみません。これ、みなさんの今日の予定表です。後で配って頂けませんか?」
千尋の言葉に、中島は頷きながら予定表を受け取る。
予定表は小原に説明して、渡すのが一番だろうと中島は判断した。
「遠いところお越し頂いたのに、段取りが悪くてすみません」
「十分ですよ、こちらが見習いたいくらいです」
予定表を受け取ったのは中島だが、答えたのは悠であった。
「まだ、全然ダメなんです。私は元々あがり症で、男性恐怖症みたいな所があったんです。本当の事を言えば、さっきのスピーチも、私がここに入学した時の生徒会長に一緒に考えて貰ったんです」
千尋はそう言って、はにかんだ笑顔を見せた。
「すごく素敵で、憧れの人なんです」
千尋が入学した時の生徒会長、との発言から中島は頭を回転させた。
(確か、月光館学園の設立にも関係していた桐条財閥の一人娘が、この学園を卒業した年のはずだ。と、なると話に出ている生徒会長とやらは、桐条美鶴の事かな?)
中島の記憶が正しければ、桐条財閥の一人娘である桐条美鶴は生徒会長だったはずである。
聞いても良いものか、少しだけ迷う中島。
「あ、すみません……自分の事ばかり……えっと、みなさんの班は、これから特別授業ですね! 教室は二階です」
それから、千尋は生徒会で打ち合わせがあると言って、校舎へと帰って行った。
中島は取り敢えず、特別捜査隊の仲間達に予定表を渡して、それから小原へと事情を説明して、予定表を渡す。
小原は笑って中島から予定表を受け取り、何故か中島の頭を撫でた。
「ありがとう、中島さん」
小原から礼を言われ、取り敢えず特別捜査隊の元へと中島は帰る。
と、今日は授業がある事を知らなかったらしい陽介が、肩を落としていた。
中島のクラスは、江戸川と言う教員からカバラに関する授業を受ける事になっている。
陽介が楽しみにしていた自由行動は、明日と、明後日の昼までとなっていた。
「ま、修学する旅行だしな……今日は大人しく修学しよう」
肩を落として落ち込む陽介に、中島は励ましにならない励ましの言葉をかけたのだった。