「う……」
肌寒さに目が覚める。
眠気によって重い瞼を開けると、薄暗い森が広がっていた。
バッ、と飛び起きる。
……なんだここ、何でこんなところにいる!?
無理に飛び起きたせいで気だるい体を動かして周りを見渡す。
暗い、というのが真っ先に浮かぶ印象だろう。
心臓がバクバクとうるさいほど鼓動する。
生えている木々は今まで見たことがないほど大きいものもある。
なんだ、何が起こった!?
何でこんなとこで寝ていた!?
もう一度上を見上げてみれば多くの葉がうっそうと茂り、不安をさらに掻き立てた。
ガサリと、音がした。
!?
肩と心臓が大きく跳ね、勢いよく後ろを振り向きながら中腰になってバックステップする。
大きな、大きな樹が「居た」。
幹には不気味な顔のようなものがあり、その顔からは虚ろな目が覗いていた。
心臓がさらに速く鳴り、汗が噴き出る。
腕のように見える枝が大きくしなり、こちらに振り抜かれる。
弾かれるようににもう一度大きく後ろに跳ぶ。
ろくに後方確認をしないで跳んだせいで何かに躓き、転倒する。
空振った枝が地面に激突して、轟音を立てながら土飛沫を飛び散らせた。
もうだめだ、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
じろりと、虚ろな目に睨まれた。
一目散に、後ろに向かって駆け出した。
声など出ない。振りかえることは出来なかった。後ろを向いてしまえば、奴がいるかもしれない。
そうなったら、心が折れてしまう。
心が折れたら――――死ぬ。
走る、走る、走る。
長くのびた黒髪がうっとおしい。
邪魔だ。長い髪の扱い方なんて知らないから、乱暴に後ろにはらった。
走る、走る、走る。
途中で何かに躓く。
しかし、転ばずにそのまま前転し、一回転するころにクラウチングスタートのような体勢から再び加速する。
走る、走る、走る。
何かが見えた。
暗い森の中でぼうっと光る、何か。
何かがいた。
ランタンをもった、まるでハロウィンに出てきそうな何か。
頭らしき部分は、かぼちゃではなかった。
何かがいた。
虫だ。自分と同じくらいの大きさの、蜂だ。
巨大な、蜂だ。
走る、走る、走る。
もう、なにも考えられない――――――。
光が見える。あそこに向かって走れば……。
突然、視界が開けて。
踏みしめるはずの地面は無くて。
激しく転がり全身を打ちつけながら。
水の中に、落ちた。
ぺちぺちと頬を叩かれた。
なんだ?
肩をゆすられる。
自分が寝ていたのに気が付いた。
目蓋を開く。
白い何かがいた。
でも、不気味ではなくて、かわいい、と思えるような動物だった。
「あ、起きた」
しゃべった。
きっと今の自分は目をまんまるにしているだろう。
「りんご食べる?」
すっ、と差し出された赤いリンゴ。
反射的に手を出した。ひっこめるのも気まずいのでそのまま受け取る。
ありがとうございます、と声を掛けようとして。
声が出ないことに気が付いた。
ひゅーひゅーと空気が出ていく音しかしない。
いつの間に痛めたのだろうか……。
仕方ないので会釈をして感謝の意をつたえる。
しゃり、と齧る。
甘くて、おいしい。
「大丈夫?オマエ、河原に倒れてたんだぞ」
しゃりしゃりとリンゴを齧りながら顔を白いのに向ける。
詳しく聞こうとして……声が出ないんだった。
喉に手を当てて声が出ないとジェスチャーをする。
「しゃべれないの?」
うなずいて肯定する。
「うーん、そっか、大変だな!オイラ、ウィリアム。よろしくな、黒いの」
黒いの?
言われて初めて自分が黒い服を着ているのに気が付いた。
フリルのついた、前の開いたスカートのドレス。大きく膨らんだ胸元。
緩くベルトの付いた、黒いチェックのミニスカート。白い足が見えた。
甲に青いバラの装飾の付いた手袋。フィンガーグローブ……中二か?
ガーターベルトの付いたオーバーニーソックスに黒いローファー。良いセンスだ。
そして、先ほどからちらちらと目に入る長い黒髪。
さて、いつから自分は女性のような体つきになったのだろうか?
声が出るならちょっと大きな声を出していたかもしれない。
「おーい?」
ウィリアム、と名乗った白いのに抱きついて。
俺は、激しく泣き出した。
声が出なくて、助かった。
獣臭い、うえぇぇ。