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No.33886の一覧
[0] 【ゼロ魔×封神演義】雪風と風の旅人[サイ・ナミカタ](2018/06/17 01:43)
[1] 【召喚事故、発生】~プロローグ~ 風の旅人、雪風と出会う事[サイ・ナミカタ](2013/06/13 02:00)
[2] 【歴史の分岐点】第1話 雪風、使い魔を得るの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:52)
[3]    第2話 軍師、新たなる伝説と邂逅す[サイ・ナミカタ](2014/06/30 22:50)
[4]    第3話 軍師、異界の修行を見るの事[サイ・ナミカタ](2014/07/01 00:53)
[5]    第4話 動き出す歴史[サイ・ナミカタ](2014/07/01 00:54)
[6]    第5話 軍師、零と伝説に策を授けるの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:55)
[7] 【つかの間の平和】第6話 軍師の平和な学院生活[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:00)
[8]    第7話 伝説、嵐を巻き起こすの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:57)
[9] 【始まりの終わり】第8話 土くれ、学舎にて強襲す[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:58)
[10]    第9話 軍師、座して機を待つの事[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:07)
[11]    第10話 伝説と零、己の一端を知るの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:59)
[12]    第11話 黒幕達、地下と地上にて暗躍す[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:09)
[13] 【風の分岐】第12話 雪風は霧中を征き、軍師は炎を視る[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:09)
[14]    第13話 軍師、北花壇の主と相対す[サイ・ナミカタ](2012/09/30 15:03)
[15]    第14話 老戦士に幕は降り[サイ・ナミカタ](2013/03/24 19:47)
[16] 【導なき道より来たる者】第15話 閉じられた輪、その中で[サイ・ナミカタ](2012/09/30 15:05)
[17]    第16話 軍師、異界の始祖に誓う事[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:13)
[18]    第17話 巡る糸と、廻る光[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:13)
[19]    第18話 偶然と事故、その先で生まれし風[サイ・ナミカタ](2012/08/07 22:08)
[20] 【交わりし道が生んだ奇跡】第19話 伝説、新たな名を授かるの事[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:13)
[21]    第20話 最高 対 最強[サイ・ナミカタ](2012/09/30 15:06)
[22]    第21話 雪風、軍師へと挑むの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 15:07)
[23] 【宮中孤軍】第22話 鏡の国の姫君と掛け違いし者たち[サイ・ナミカタ](2012/08/02 23:25)
[24]    第23話 女王たるべき者への目覚め[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:16)
[25]    第24話 六芒星の風の顕現、そして伝説へ[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:17)
[26]    第25話 放置による代償、その果てに[サイ・ナミカタ](2012/10/06 15:34)
[27] 【過去視による弁済法】第26話 雪風、始まりの夢を見るの事[サイ・ナミカタ](2012/08/04 00:44)
[28]    第27話 雪風、幻夢の中に探すの事[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:18)
[29] 【継がれし血脈の絆】第28話 風と炎の前夜祭[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:19)
[30]    第29話 勇者と魔王の誕生祭[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:20)
[31]    第30話 研究者たちの晩餐会[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:20)
[32]    第31話 参加者たちの後夜祭[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:00)
[33] 【水精霊への誓い】第32話 仲間達、水精霊として集うの事[サイ・ナミカタ](2012/08/14 21:33)
[34]    第33話 伝説、剣を掲げ誓うの事[サイ・ナミカタ](2012/08/18 00:02)
[35]    第34話 水精霊団、暗号名を検討するの事[サイ・ナミカタ](2012/08/18 00:03)
[36] 【狂王、世界盤を造る】第35話 交差する歴史の大いなる胎動[サイ・ナミカタ](2012/08/18 00:05)
[37]    第36話 軍師と雪風、鎖にて囚われるの事[サイ・ナミカタ](2012/11/04 22:01)
[38] 【最初の冒険】第37話 団長は葛藤し、軍師は教導す[サイ・ナミカタ](2012/08/19 11:29)
[39]    第38話 水精霊団、廃村にて奮闘するの事[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:31)
[40]    第39話 雪風と軍師と時をかける妖精[サイ・ナミカタ](2013/04/20 22:17)
[41] 【現在重なる過去】第40話 伝説、大空のサムライに誓う事[サイ・ナミカタ](2013/04/20 22:18)
[42]    第41話 軍師、はじまりを語るの事[サイ・ナミカタ](2012/08/25 22:04)
[43]    第42話 最初の五人、夢に集いて語るの事[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:38)
[44]    第43話 微熱は取り纏め、炎蛇は分析す[サイ・ナミカタ](2014/06/29 14:41)
[45]    第44話 伝説、大空を飛ぶの事[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:43)
[46] 【限界大戦】第45話 輪の内に集いし者たち[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:47)
[47]    第46話 祝賀と再会と狂乱の宴[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:47)
[48]    第47話 炎の勇者と閃光が巻き起こす風[サイ・ナミカタ](2012/09/12 01:23)
[49]    第48話 ふたつの風と越えるべき壁[サイ・ナミカタ](2012/09/16 22:04)
[50]    第49話 烈風と軍師の邂逅、その序曲[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:00)
[51] 【伝説と神話の戦い】第50話 軍師 対 烈風 -INTO THE TORNADO-[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:01)
[52]    第51話 軍師 対 烈風 -INTERMISSION-[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:54)
[53]    第52話 軍師 対 烈風 -BATTLE OVER-[サイ・ナミカタ](2012/09/22 22:20)
[54]    第53話 歴史の重圧 -REVOLUTION START-[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:01)
[55] 【それぞれの選択】第54話 学者達、新たな道を見出すの事[サイ・ナミカタ](2012/10/08 20:01)
[56]    第55話 時の流れの中を歩む者たち[サイ・ナミカタ](2012/10/08 20:04)
[57]    第56話 雪風と人形、夢幻の中で邂逅するの事[サイ・ナミカタ](2012/10/28 13:29)
[58]    第57話 雪風、物語の外に見出すの事[サイ・ナミカタ](2017/10/08 07:40)
[59]    第58話 雪風、古き道を知り立ちすくむ事[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:02)
[60] 【指輪易姓革命START】第59話 理解不理解、盤上の世界[サイ・ナミカタ](2012/10/20 02:37)
[61]    第60話 成り終えし者と始まる者[サイ・ナミカタ](2012/10/20 00:08)
[62]    第61話 新たな伝説枢軸の始まり[サイ・ナミカタ](2012/10/20 13:54)
[63]    第62話 空の王権の滑落と水の王権の継承[サイ・ナミカタ](2012/10/25 23:26)
[64] 【新たなる風の予兆】第63話 軍師、未来を見据え動くの事[サイ・ナミカタ](2012/10/28 21:05)
[65]    第64話 若人の悩みと先達の思惑[サイ・ナミカタ](2012/10/28 20:01)
[66]    第65話 雪風と軍師と騎士団長[サイ・ナミカタ](2012/10/28 20:58)
[67]    第66話 古兵と鏡姫と暗殺者[サイ・ナミカタ](2013/03/24 20:00)
[68]    第67話 策謀家、過去を顧みて鎮めるの事[サイ・ナミカタ](2012/11/18 12:08)
[69] 【火炎と大地の狂想曲】第68話 微熱、燃え上がる炎を纏うの事[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:02)
[70]    第69話 雪風、その資質を示すの事[サイ・ナミカタ](2013/01/26 21:14)
[71]    第70話 軍師は外へと誘い、雪風は内へ誓う事[サイ・ナミカタ](2013/01/26 21:10)
[72]    第71話 女史、輪の内に思いを馳せるの事[サイ・ナミカタ](2013/01/26 21:11)
[73] 【異界に立てられし道標】第72話 灰を被るは激流、泥埋もれしは鳥の骨[サイ・ナミカタ](2013/01/27 23:01)
[74]    第73話 険しき旅路と、その先に在る光[サイ・ナミカタ](2013/01/27 23:01)
[75]    第74話 水精霊団、竜に乗り南征するの事[サイ・ナミカタ](2013/02/17 23:48)
[76]    第75話 教師たち、空の星を見て思う事[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:03)
[77] 【今此所に在る理由】第76話 伝説と零、月明かりの下で惑う事[サイ・ナミカタ](2013/04/13 23:29)
[78]    第77話 水精霊団、黒船と邂逅するの事[サイ・ナミカタ](2013/03/17 20:06)
[79]    第78話 軍師と王子と大陸に吹く風[サイ・ナミカタ](2013/03/13 00:53)
[80]    第79話 王子と伝説と仕掛けられた罠[サイ・ナミカタ](2013/03/23 20:15)
[81]    第80話 其処に顕在せし罪と罰[サイ・ナミカタ](2013/03/24 19:49)
[82] 【それぞれの現在・過去・未来】第81話 帰還、ひとつの終わりと新たなる始まり[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:03)
[83]    第82話 眠りし炎、新たな道を切り開くの事[サイ・ナミカタ](2013/04/20 22:19)
[84]    第83話 偉大なる魔道士、異界の技に触れるの事[サイ・ナミカタ](2013/06/13 01:55)
[85]    第84話 伝説、交差せし扉を開くの事[サイ・ナミカタ](2013/06/13 01:54)
[86]    第85話 そして伝説は始まった(改)[サイ・ナミカタ](2018/06/17 01:42)
[87] 【風吹く夜に、水の誓いを】第86話 伝説、星の海で叫ぶの事[サイ・ナミカタ](2013/06/13 02:12)
[88]    第87話 避けえぬ戦争の烽火[サイ・ナミカタ](2013/06/13 01:58)
[89]    第88話 白百合の開花と背負うべき者の覚悟[サイ・ナミカタ](2013/07/07 20:59)
[90]    第89話 ユグドラシル戦役 ―イントロダクション―[サイ・ナミカタ](2013/09/22 01:01)
[91]    第90話 ユグドラシル戦役 ―閃光・爆音・そして―[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:04)
[92]    第91話 ユグドラシル戦役 ―終結―[サイ・ナミカタ](2014/05/11 23:56)
[93] 【ガリア王家の家庭の事情】第92話 雪風、潮風により導かれるの事[サイ・ナミカタ](2014/03/08 20:19)
[94]    第93話 鏡の国の姫君、踊る人形を欲するの事[サイ・ナミカタ](2014/06/13 23:44)
[95]    第94話 賭博場の攻防 ―神経衰弱―[サイ・ナミカタ](2014/07/01 09:39)
[96]    第95話 鏡姫、闇の中へ続く道を見出すの事[サイ・ナミカタ](2015/07/12 23:00)
[97]    第96話 嵐と共に……[サイ・ナミカタ](2015/07/20 23:54)
[98]    第97話 交差する杖に垂れし毒 - BRAIN CONTROL -[サイ・ナミカタ](2016/09/25 21:09)
[99]    第98話 虚無の証明 - BLACK BOX -[サイ・ナミカタ](2017/10/08 07:42)
[100] 【王女の選択】第99話 伝説、不死鳥と共に起つの事[サイ・ナミカタ](2017/01/08 02:09)
[101]    第100話 鏡と氷のゼルプスト[サイ・ナミカタ](2017/01/08 02:14)
[102]    第101話 最初の人[サイ・ナミカタ](2017/01/08 17:42)
[103]    第102話 始祖と雪風と鏡姫[サイ・ナミカタ](2017/01/22 23:14)
[104]    第103話 六千年の妄執-悪魔の因子-[サイ・ナミカタ](2017/02/16 23:00)
[105] 【王政府攻略】第104話 王族たちの憂鬱[サイ・ナミカタ](2017/03/06 22:52)
[106]    第105話 王女たちの懊悩[サイ・ナミカタ](2017/03/28 23:10)
[107]    第106話 聖職者たちの明暗[サイ・ナミカタ](2017/05/20 17:54)
[108] 【追憶の夢迷宮】第107話 伝説と零、異郷の地に惑うの事[サイ・ナミカタ](2017/10/08 07:46)
[109]    第108話 風の妖精と始まりの魔法使い[サイ・ナミカタ](2017/10/08 07:47)
[110]    第109話 始祖と零と約束の大地[サイ・ナミカタ](2017/06/09 00:54)
[111]    第110話 崩れ去る虚飾、進み始めた時代[サイ・ナミカタ](2017/10/28 06:35)
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[33886] 【火炎と大地の狂想曲】第68話 微熱、燃え上がる炎を纏うの事
Name: サイ・ナミカタ◆e661ea84 ID:d8504b8d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/03/08 00:02
 ――王天君がイザベラの元へ帰還した後。太公望は、部屋の隅にある書き物机の上に突っ伏して、独り思考の淵へと沈み込んでいた。その魂魄は、半分ほど飛びかけている。

「おのれ、王天君のやつめ。言いたいことだけ言って帰りおって! それにしても、まさかこのような形で仕返しをしてくるとはのう……」

 正直なところ。王天君の存在を――実時間で数ヶ月ほどの間、完全に忘れていた太公望の側に非があることは間違いない。しかも王天君は、本人曰く相当な苦労をして、この世界まで自分を探しに来てくれたらしいのだ。

 太公望は、はあっと深いため息をつきながらぼやいた。

「今さら、わしの側からはどうしようもなかったのだ、などと言っても通用しないだろうしのう……考えていた最悪中の最悪の事態に陥っていなかっただけでもましであると、前向きに考えるしかないか」

 太公望が想定していた最悪中の最悪とは。王天君が、ガリア国王ジョゼフの使い魔としてハルケギニアに<召喚>されていた上で、ジョゼフ王の手足となり働いている――つまり、この世界全体に『干渉』するという事態に陥っていた場合のことである。

 王天君の持つ<力>は、支配階級にある者にとって喉から手が出るほど欲しい『情報』の収集に、際だった効果をもたらす。また、彼の持つ頭脳と、それに伴う技術も、間違いなく人類にとって脅威となるだろう。おまけに、その気になれば1時間以内にトリスタニアを廃墟に変えるほどの攻撃力まで併せ持っている。そんな王天君を、この世界最大の隆盛を誇る国の王が手に入れたらどうなるか。結果はわかりきっている。

 もちろん、普段の王天君ならば、素直に人間の王に従ったりなどしないだろう。だが、己の半身たる太公望が、よりにもよってジョゼフ王と敵対する派閥『シャルル派』の旗頭たりえる少女の手によって、無理矢理この世界へと拉致されているのだ。

 つまり、状況次第では太公望を取り戻し、かつ誘拐犯と目した少女への復讐を兼ねて、王天君自身が何らかの行動を起こしていてもおかしくなかったということだ。

 王天君は、伏羲の『闇』を象徴する存在だ。『光』たる太公望が持っているような、人間らしい甘さはほとんど無いに等しい。太公望奪還という目的を達成するためならば、自身の<力>をもって、この世界を混沌の渦に突き落とすことをも躊躇わなかっただろう。

 もしも、そうならなかったとしてもだ。ここハルケギニアには、人間の心を支配し、思いのままに操る効果を持つ魔法や道具が多数存在している。それらに、かつて殷で100万を越える人間を同時に操った『傾世元禳』ほどの威力があるとは考えにくいが、用心しておくに越したことはない。現に、例の『惚れ薬』を誤飲した際に、精神攻撃には滅法強い太公望が、全く抵抗できなかったのだから。

 ゆえに、太公望はガリア国内に在るうちは常に警戒を怠らず、王天君の気配を探り続けていたのだが『部屋』に籠もっているらしき彼を捉えることはできなかった。

 そこへ、王天君と非常に似通った手法の『策』を講じてきた者がいた。それがイザベラ王女だった。よって、太公望は彼女ひとりに対象を絞り、罠を仕掛けたのだが――なんと、あの『王女暗殺未遂事件』は、イザベラではなく王天君が仕組んだものだった。太公望は、王天君の手によって完全に嵌められていたのだ。

「まったく、見事にしてやられたわ。とはいえ、本当にあの意地悪姫が仕掛けてきていたのだとしたら、それはそれで先行きが不安だったわけだが。この世界に、王天君の影響を受けた、新たなる『女狐』が現れることに繋がるやもしれぬからのう」

 ……くどいようだが、あの『自作自演劇』の脚本を書いたのは、太公望が看破した通り、イザベラである。王天君は、それを利用しただけに過ぎないのだが、今の太公望にはもちろんそんなことはわからない。

「それにしても王天君のやつめ。このわしだけではなく、まさかタバサのような子供を相手に、あのような真似をしでかすとは! 相当腹に据えかねておったのか、あるいは、あの意地悪姫のことが気に入ってしまったのか」

 <サモン・サーヴァント>は、基本的に召喚者と相性の良い者を呼び出す魔法とされている。『裏』を司る姫君が王天君を呼び込んだ末に、意気投合してしまったのかもしれない。太公望は、そのように判断した。

「おまけに、あやつがまさか夢のぐうたら生活を手に入れておったとは!」

 太公望は、歯噛みして悔しがった。自分は苦労に苦労を重ね、必死の思いで居場所作りをしていたというのに、後から召喚された王天君は、なんとイザベラの側で、何不自由ない生活を送っていたというのだ。怠けることを至上の喜びとしている太公望にとって、こんな理不尽な話はない。

 しかもだ。王天君はそんな『ぐうたら生活』の様子を太公望に対して開示したばかりか、よりにもよって、彼が一番嫌っている労働を強制してきたのである。自分が撒いた種、身から出た錆ではあるものの。何やら完全に『半身』たる王天君の掌の上で踊らされているようで――それが妙に癪に障る太公望であった。

「状況いかんによっては、別に無理して融合せずともよいのだが……」

 全ての役割を終えた今、地球の『始祖』伏羲としてではなく、再び『太公望』呂望となり、新たな世界で悠然と人生を送る。それはそれで悪くない選択なのだが……しかし。

「わしら仙人が、これ以上人間たちの世界や政に『干渉』するような事態だけは、絶対に避けねばならぬ。よって、このまま王天君のやつを放置しておくわけにはいかんのだ。とはいえ、無理矢理融合しようとすれば、どうなるかわからんしのう」

 かつて、地上世界で軍を率いていた時とは異なり、あくまでひとりの人間――このハルケギニアにおける特権階級的存在である、メイジとしてではあるものの、現在のように日常的な事件を解決する程度であるならば、世界へ及ぼす影響を最小限に抑えることができる。

 オスマン氏と協力したり、ラ・ヴァリエール公爵と友誼を結ぼうとしたのは、決して政治的な発言力を求めてのことではない。いち個人ができる範囲内で、周辺に巻き起こりそうな争乱の芽を潰そうとしただけに過ぎない。彼はただ、心を許せる者たちと共に、平和な世界で、のんびり気ままに生きてゆきたいだけなのだ。

 力在る者が、持たぬ人民たちの上に君臨しているという事実については、正直複雑どころではない感情を抱いてはいるものの――半年以上、この世界で過ごした今なら理解できる。ハルケギニアと地球とでは、環境その他諸々の事情が完全に異なるのだと。

 地球では、別に仙人がいなくとも、人間たちは自分たちだけで生きていくことができた。しかし、凶悪な妖魔や魔獣が跋扈し、猛威を振るっているこのハルケギニアから、メイジたちがいなくなれば――脅威への対抗手段を失った人類は、ほぼ間違いなく衰退する。彼らの文明も、大きく後退してしまうだろう。その先に待つものは、長く苦しい暗黒の時代だ。

 この世界の平民たちが、メイジの庇護下から離れ、自立の『道』を歩むのは、まだ時期尚早だ。太公望たちが、世界の営みそのものに直接『干渉』すれば、あるいはそれが可能となるかもしれないが――それは、ハルケギニアという世界の理(ことわり)から、大きく外れることに繋がる。

「わしは、この世界の遠い未来まで責任を持つことはできぬし――それができると思う程、傲慢にはなれぬよ。今のわしにできるのは、わしらが正しく使った世界を、後に続く人々へバトンタッチすることだけだ。ハルケギニアの歴史がどこへ行き着くのか、それは、わしではない、他の誰かが見ればよい」

 もしも現状を良しとせず、変えていきたいと本気で願う者が居るならば、それはこの世界に生まれた者が、自分たちの意志でもって行うべきことなのだ。

 ――かつての太公望や、彼を取り巻く大勢の仲間たちがそうであったように。

 仮に、そういった『世界を変える意志』を持った者たちから手助けを請われた際に、太公望がどういった選択をするのか。それはまた、別の話だ。

 それにしても……と、太公望は頭を掻きながら呟いた。

「わしの存在そのものが、王室が勲章を下賜するほどの大戦果に繋がる、か」

 太公望が見た、またこれまで集めた情報から判断する限り、ガリア王国は間違いなくこのハルケギニアで最大の隆盛を誇る国家だ。

 王都リュティスの賑わいや、市井の民たちが、酒場などで自国の王を『無能王』などと揶揄しても罰を受けない自由な国風。これほど安定した治世であれば、王の実力も相まって、既にさほど魔法を重視しなくなっているのではないか。そう考えていたのだが――。

「かの国には、わしが想定していた以上に極端な魔法偏重のきらいがあったのだな。いや、より正確には、王が魔法を使えないことを理由として兵を挙げることが『正義』であると認められるような土壌が未だ残っている、というべきか。たった一度の失敗が、よもや現王家の敵対派閥に大打撃を与えることになるとはのう」

 当初、忠実な家臣と称してすり寄ってくる者に対する『踏み絵』を兼ねて、タバサへと提言した『失敗報告』が、まさかそこまでの影響を及ぼすとは、ある程度この世界を見知った現在ならばともかく、当時の太公望にはそれこそ思いも寄らぬことだったのだ。

 もっとも、そういった状況を考慮すれば、イザベラの下につくことに問題はない。

 タバサの持つ事情もあり、それについては元々大人しく受け入れるつもりであったし、なにより太公望がイザベラの目論見通り――つまりタバサが起こした『失敗』の象徴らしく、ごくごく平凡な子供として動いてみせることによって、身勝手な理由で内紛を起こさんと謀る者たちの数を減らすことに繋がるのであれば、

『力在る者による理不尽な理屈で引き起こされる戦によって、民が巻き添えになる』

 という、太公望が最も嫌う形式の戦乱を防ぐことができる。彼のご主人さまであるタバサも、国を分かつ戦争を起こすことなど望んではいない。彼女は今、復讐ではなく――さらに困難な『道』である、真実を追い求めることに目を向けているのだから。

 そういう意味で、イザベラとタバサには『共闘』できるだけの理由が存在するのだ。

 イザベラと話し合いの機会を持とうとしたのも、元はといえば、彼女たちふたりが歩み寄るための条件を探ることを目的としていたのだ。王天君がイザベラの側にいることが確定した今ならば、彼と融合することによって、それが実現できると見越した上で。

 だが、そう上手く事は運ばなかった。それどころか王天君は太公望の元を離れ、よりにもよってあちら側についてしまった。そのせいで、彼と融合せずに放置するという選択ができなくなった。この世界への影響のみならず、先に危惧していた、最悪の事態が発生する危険性があるからだ。

「うぬぬぬぬ……このわしとしたことが、完全に読み違えてしまったわ。やはり王天君の言う通り、鈍ってしまっておるのだろうか。まったくもって不本意極まりないのだが、事ここに至っては、あやつの機嫌が直るまで、大人しく言うことを聞くしかない」

 王天君とイザベラを相手に、一敗地に塗れることとなった『軍師』は、もはや彼らの下で働くしかない。しかも仕事の内容を選ぶこともできず、拒否権すらない。一見ふらふらといい加減なようでいて、実はとてつもなく責任感の強い太公望の頭の中には、既にここから逃げ出すという選択肢は残されていなかった。

 王天君の、ある意味最も効果的な仕返しに、ぐったりと机に身体を預け、ただ頭を抱えることしかできなかった太公望は、夜半過ぎから日が昇るまで、一切そこから動くことができなかった――。


○●○●○●○●

 ――キュルケは、今日という日に大いなる期待をしていた。

 それというのも、昨夜こんなことがあったからだ。

 夜半過ぎ。自室の窓枠にもたれかかりながらワイングラスを傾けていたキュルケは、その視界へ双月を背に、ゆったりと地上へ舞い降りてきた風竜の姿を捉えたとき、思わずほっと息を吐いた。

「ああ、ふたりとも無事に帰って来られたのね。良かったわ……」

 だが、次の瞬間。彼女は、首筋に冷たい氷の刃をあてがわれたような恐怖を覚えた。風竜の背に跨るふたつの人影が、帰還を待ち望んでいた者たちのそれとは、明らかに異なっていたからだ。

「あのシルエット、どう見ても騎士装束よね。まさか、タバサかミスタ・タイコーボーの身に、何かあったんじゃ……!?」

 彼らふたりが、ガリア王家から言い渡されたという『任務』に赴いていたことを知っていたキュルケは、沸き上がってくる不安を必死に押し殺し、慌てて校門前まで駆けつけたのだが――その甲斐あってか、ある意味彼女にとって、素晴らしいものを目撃できた。

 風竜に乗っていたのは。騎士装束に身を包み、つばつき帽子を被った太公望と、彼の胸にぐったりと身体を預け、寝息を立てているタバサであった。

 これはまるで、絵物語に登場する姫君と、それを護る騎士のようではないか。キュルケは両手の拳を天にかざし、大声で快哉を叫びたい気持ちを必死の思いで堪えた。

 と、さらにそんなキュルケへ、太公望が小声で囁きかけてきたのだ。

「ちょうどよいところへ来てくれた。今回の任務で、相当疲れてしまったようでな、これこの通りの状態なのだ。起こすのも気の毒なので、部屋へ運ぶのを手伝って欲しい」

「あら? ミスタがそのまま連れていけば……って、ああ、そういうことね」

「うむ。おぬしが得意なアレを頼みたいのだ」

「別に<アン・ロック>は、あたしの得意技ってわけじゃないんだけど……そういうことなら喜んで」

 その後、タバサの寝支度が終わるまで部屋の外で待っていると告げ、くるりと背を向けて扉から出て行った太公望を横目で見遣りつつ、半分寝ぼけた状態の少女を着替えさせてやったキュルケの顔には、抑えようにも抑えきれない微笑みが浮かんでいた。

「タバサが、あんなふうに誰かに寄りかかって眠るだなんて……ちょっと前なら、絶対ありえなかったことなのにね」

 親友である自分以外の人間には、全くといってよいほど心を開こうとしなかった、あの『雪風』が、いくら疲労の極致にあったとはいえ、その身の全てを預けられるほどに信頼できる相手ができた。

 さらに、それが異性だという事実は、キュルケにとって大変喜ばしい出来事であった。ふたりの間に横たわる年齢差やその他諸々の事情など、彼女にとって考慮に入れる必要のないものであったから。

「そうよね、タバサもそろそろ恋の喜びを知ってもいい頃だわ。あの子は今まで、ずっと辛い思いをしてきたんだもの。お母さまも助かったことだし、これを機会に少しくらい楽しいことをしたって罰は当たらないわよ!」

 『燃える恋愛』を至上とし、家訓とするツェルプストー家の娘として生まれたキュルケにとって、恋愛は娯楽のひとつでありながら、最も熱心に取り組むべき対象なのである。

 そんな彼女自身も、現在<情熱の炎>でその身全てを焦がし尽くすような恋の真っ最中であった。

 キュルケが虎視眈々と狙っている獲物――魔法学院の教師コルベールは、今のところ学問と研究に愛の全てを注ぎ込んでいるような状態ではあるものの、決して彼女を邪険に扱っているわけではない。それどころか、キュルケの訪問を心から喜んでいるフシがある。もっとも、彼らの関係はまだ男女のそれではなく、いち教師と生徒のままなのではあるが。

 しかし、キュルケは彼女独自の勘によって、既に確信していた。コルベールはやや奥手な上に、男女の関係について少々お堅い面はあるものの、決して女嫌いなどではない。いや、むしろその逆なのだということを。

 その証拠に、キュルケがコルベールの手元を覗くふりをして、さりげなく相手の背中に、こぼれんばかりに豊かな胸を押しつけると、彼の身体は見事なまでに硬直する。そして、

「先生の研究所って、閉め切っているせいか本当に暑いですわね」

 などと呟きながら、わざとシャツのボタンを外して見せようとすると、

「そ、そうかね。なら、風通しがよくなるように窓を開けるとしよう」

 と、ドタバタと窓を開けながらも、視線が泳ぎ始める。実になんともわかりやすい反応ではないか。キュルケは、そんな初心な年上の教師が、もう可愛くて仕方がなかった。

「先生は、思ったほど鈍い訳じゃないし……生徒と教師っていう壁さえなければ、すぐにでも応じてくれそうなんだけどね、お嫁さんを探してるって公言してるくらいだし。けど、ここで変に焦っちゃダメ。このあたしが、やっと見つけた本命なんだから!」

 これまで大勢の男性と付き合ってきたのは、運命の相手を探すためだ。そう言って憚らなかったキュルケが、ついに最終目標を見定めた。実家への滞在中、首府見学にかこつけて、さりげなく家族へコルベールを紹介しているあたりに、彼女の真剣さが伺えよう。

「あたしと同じ火系統のメイジで、おまけに元特殊部隊の指揮官! 有名な軍人を大勢輩出している我がフォン・ツェルプストー家に迎え入れるには、ぴったりの男性よね」

 軍人としての実力、それに度胸についても申し分なし。キュルケの芯に<火>が通ったのは、実際に彼の戦いぶりを間近で見て、それを知ったからだ。生徒たちを護るため、エルフを相手にしてもなお一歩も引かぬその背中に、彼女は初めて本物の『男』を感じた。

「先生は戦いが嫌いだけど、あたしの実家は、ギーシュのところみたいな軍閥貴族ってわけじゃないから、本人が望まなければ、無理矢理戦に駆り出される心配もないし……婿入りしたって問題無いのよね」

 それどころかツェルプストー家は、自領内にいる数多くの職人や研究者たちを支援し、新技術――特に魔法以外の技術開発に注力しているという、ハルケギニアでも特に先進的な考えを持つ、非常に珍しい家なのである。そういった意味で、これはコルベールにとっても決して悪い話ではないのだ。

 ……おまけに、彼にはツェルプストー家にとって、とてつもない『付加価値』がある。

「あのラ・ヴァリエール公爵の目に留まった天才学者っていうのも大きいわよね。直接王室へ論文を届けてもらえるなんて、実際とんでもない話よ? そんな彼を、あたしがお婿さんに迎える……フォン・ツェルプストー家の者として、実に相応しい行動だわ」

 『仇敵』ヴァリエール家にとって重要な人物を奪う。これは、ツェルプストー家に代々伝わる伝統行事のようなものだ。事実キュルケの曾祖父は、元々ヴァリエール家に婿入りするはずの人物だった。それ以前にも、かの家に嫁ぐはずだった娘はおろか、既に結婚していた相手を寝取ったことすらある。歓待期間中、かの家の人物たちとはそれなりに仲良くなれたキュルケであったが、それはそれ、これはこれである。

 コルベールを――本人には内緒で紹介した当初こそ、微妙に難色を示していた両親も、これを話した途端、完全に折れた。今では、連日のように娘の元へ、彼を誘惑するために効果的だと思われる服や装飾品、おまけに軍資金まで送りつけてくる等、積極的に後押しをしている始末だ。

 よって彼女は、魔法学院への帰還後毎日のように、太公望からガリアへの出立前に教えられていた『込める』ための練習を終えた後、コルベールの邪魔をしない程度に彼の研究所を訪れては、いろいろと工夫をこらしたちょっかいをかけているのである。

 恋愛の手練手管に長けたフォン・ツェルプストー家の娘キュルケが、実家のバックアップを受けた上で、一方的な攻撃を加えている現在、本物の戦場ならばともかく、こういった戦いにはてんで弱いコルベールには、もはや逃れる術はない。

 ――お堅い『教師』が陥落するのは、最早時間の問題といっても差し支えないだろう。

 そんなキュルケだからこそ、唯一無二と信ずる親友であるタバサに、是非とも恋をする喜びを知って貰いたい。楽しみを分かち合いたいと考えるのは、至極当然の成り行きなのだ。対象となりえる相手が身近にいるとなれば、なおさらだ。

「うふふふふ。今度こそ、もしかすると、もしかするわよね……」

 これまで、タバサを相手に恋愛のなんたるかを説くのは、水をたっぷりと吸い込んだ薪に火を灯すような行為であった。だがしかし、遂に機は熟した。これを生かさずしてなんとする。フォン・ツェルプストー家の娘として、頑としてやり遂げねばならぬ。

「いつかあたしたちと一緒にダブルデート! なんていうのも悪くないわよね~!」

 それが実現できたなら、絶対楽しいに違いない。そう考え、早速朝食後にタバサを呼び寄せ、今後についてのアドバイスを送ろうとしていたキュルケだったのだが……朝、アルヴィーズの食堂に現れたふたりを見た瞬間。彼女は思わず叫び声を上げそうになった。

 これが、普通の女子生徒だったなら気が付かなかっただろう。だが、常に他人の動向を気にするキュルケだからこそ見抜けた。いつもと何ら変わらぬそぶりをしているが、太公望の目が、わずかに充血しているのを。

「こ、これは……まさかの大逆転……!?」

 タバサの表情から察するに、キュルケが期待するような『何か』があったわけではなさそうだ。しかし、あきらかに彼女のパートナーの様子がおかしい。おそらくだが、昨夜満足に眠ることができなかったのだろう。

 遠くガリアから帰ってきたばかりで疲れていたはずの彼が、何故眠れなかったのか。そんなものは決まり切っている。同じ部屋で眠っているタバサのことが気になって、どうしようもなかったに違いない。

 キュルケは、内心で狂喜乱舞した。正直なところ、タバサの『お相手』を落とすのは、自分の全力を持ってしても難しいのではないかと考えていたからだ。

 何故ならあの太公望という男は、とにかく女性に興味を示さない。

 ……たとえば、以前こんなことがあった。

 校庭で実習授業が行われた際に、突如巻き起こった悪戯なつむじ風が、女子生徒たちのスカートを膝上20サントほどまでたくし上げたことがある。

 その時、周囲にいた男子生徒のみならず、教師までもが(名誉のため、あえて名前は挙げないこととする)彼女たちのあられもない姿に視線が釘付けとなったのだが――唯一太公望だけが、まるで何事もなかったかのように授業の再開を待っていた。

 ……また、こんなことまであった。

 訓練用に作った畑で、水まきをしている最中のことだ。ルイズがうっかり目測を誤り、キュルケの頭上に桶の中の水をぶちまけてしまったことがあった。当然のことながら、そのせいでずぶ濡れとなったキュルケのシャツは、まるで身体のラインを強調するかのように、ぴったりと上半身に張り付いた。

 それを見た『水精霊団』男子のうち1名が、

「ハルケギニアの女の子って、やっぱりブラジャーつけてないんだネ」

 などという意味不明な言葉を発した後、鼻血を流して倒れたり。

 別の1名が眼鏡を外し、自分は何も見なかったと言わんばかりに後ろを向いた後、その場でしゃがみ込んだり。彼女の肢体を目にする直前、突如沸き上がった<水柱>によって視界を遮られた者が約1名いた中。平然とした顔で手ぬぐいを寄越してきただけでなく、そのままでは風邪をひいてしまうからと、タバサと揃って<ウインド>を唱え、服を乾かす手伝いまでしてくれた。

 その結果。キュルケは体調を崩すことこそなかったものの、言いようのない敗北感に襲われ、夜、自室でひとりワインを呷る羽目に陥った。

 その後、彼が実は70歳をとうに越えていることが判明し、さらに老いてなお盛んであるオールド・オスマンの「枯れたジジイ」発言により、興味のあるなし以前に、既にそういう時期を過ぎてしまっていることを悟らざるを得なかったキュルケは、内心頭を抱えていたのだ。いくら肉体が若返っているとはいえ、彼を『その気』にさせるのは、相当難しいのではあるまいか――と。

 もしもだ。太公望がタバサのパートナーではなく、かつコルベールという『運命の相手』と出逢っていなかったとしたら。キュルケは、ツェルプストー家の名誉にかけて、彼を落としにかかっていただろう。彼女は、それだけの価値を太公望という人物に対して見出していたのだ。

 だが、現状でそれはありえない。よって、キュルケは親友を応援することに注力する決意を固めていた。しかし、前述の理由から、恋愛スキルの高い彼女を持ってしても相当『難易度』の高い相手であることを承知していた。よって、いかにして彼を『攻略』するか、タバサとふたりで知恵を絞って考えよう。そう決心していたのだが……。

「うふふふ、そうよね。ミスタでなくとも気になるわよね……あんな無防備で、しかも愛らしい女の子が自分のすぐ側で寝てたりしたら、ねえ?」

 太公望が気にしていたのは、王天君の動向と今後の展望であって、キュルケが考えているようなものではない。しかし、当然のことながら彼女にはそんなことはわからない。

「ええ、わかる、わかるわ。昨日のタバサってば、女のあたしから見ても、本当に可愛かったもの。さすがのミスタ・タイコーボーも、あれで落ちちゃったって訳ね」

 本音を言えば、ものすごくイジりたい。だがしかし、ああいうタイプが『出来上がる』前にちょっかいをかけると、せっかくの<火>が消えてしまう可能性が高い。過去の経験から、それを嫌と言うほど思い知っているキュルケは、必死の努力で自分を抑えた。

「おはよう……じゃなくて、おかえりなさい。ふたりとも無事で本当に良かったわ」

 本音を一切表に出さずにこれを言うことができた彼女は、相当頑張ったといえよう。

「ありがとう」

「心配をかけたようだな、すまぬ」

 挨拶までは、いつも通り。ところが、いつもなら席についた途端喋り始める彼が、何故か今日は黙ったままだ。

「あら、今朝は随分と静かですわね。どうかしましたの?」

 心底不思議そうな顔をして、そう聞いたキュルケに、

「ああ、すまぬ。少し考え事をしておってな」

 夏期休暇中だけあって、現在食堂内にいる生徒は彼ら3人だけであった。今、この場には他に誰もいない。一応、給仕のメイドがいるにはいるのだが、距離が離れているため、ちょっとした内緒話をする程度ならば問題ない環境だ。そう判断したキュルケは、万が一聞かれても支障がない程度の内容を、小声で話を聞いてみることにした。

「考え事? まさかとは思うけど、例の『任務』中に、何かあったんですの?」

 と、この言葉を聞いた太公望が、タバサに声をかけた。

「任務……か。そうだ、タバサよ。頼みがあるのだが」

「わたしにできることなら」

「食事の後、できればでかまわぬので、わしに<制約>をかけてはもらえぬだろうか」

 太公望の爆弾発言を耳にしたキュルケは、盛大に咽せた。

「使ったことがない」

 タバサの答えに、太公望は首をかしげた。

「つまり、その気になれば唱えられるということかのう?」

 太公望の問いに、タバサは首を横に振った。

「<制約>は禁呪。各国の法律で使うことを禁止されている。だからわたしは、効果についてはある程度学んでいるけれど、ルーンまでは知らない。ただ、覚える気になれば、やれないことはないと思う」

「ふむ、そうか。おぬしにかけてもらえるならば助かったのだが、こればかりは無理に頼めることではないからのう」

 え、何? 彼、もうそこまで追い込まれてるの? 禁呪で縛られないと自分が抑えられないってわけ? それともまさか……そういう趣味だとか!? キュルケの胸の内は、歓喜と動揺とがないまぜとなって溢れかえっていた。

 ……説明するまでもないことだが、太公望が<制約>をかけて欲しいと言っているのは、自分がちゃんと<抵抗>できるかどうかを試すためであって、キュルケが考えているようなものでは、断じてない。だが、燃え始めてしまったキュルケは止まらない。彼女の思考は、完全にそっちへ向いてしまった。声には出さず、ひたすら先に思いを馳せる。

「<魅了>じゃなくて<制約>ってところがニクいわね。ううん、もうすっかりタバサに参っちゃってるから、そっちはいらないって意味の告白かしら。そう考えると素敵だわ。でも、いざとなると大胆ね、ミスタって。人前でいきなり縛ってくれ、だなんて」

 ああ……もうだめだ、あたしは彼をイジらずにはいられない。キュルケが勢いよく立ち上がろうとしたその時だ、無粋な闖入者が現れたのは。

「なんなら、わしがかけてやってもええぞい」

「おぬしだと<抵抗>に失敗した時に何をさせられるかわからぬ。よって却下だ」

 それは教員用のロフト席から降りてきた、オスマン氏であった。

「それよりもじゃな、何故、自分に対して<制約>なんぞをかけてもらう必要があるのか。わしはそれが知りたい」

 ニヤニヤと笑いながら顔を近づけてきたオスマン氏に、太公望はぶっきらぼうに返す。

「……個人的なことなので、おぬしに話すわけにはいかぬ」

「個人的、のう。君ともあろう者が、迂闊にもこんな場所でそのような話をするとは、相当切羽詰まっておるようじゃのう。ほれ、このわしでよければ相談に乗ってやるから話してみんかい。ん? ん?」

「おぬしに話したら、余計に混乱するに決まっておる! ところで、何か用なのか?」

「君、わしのこと全く信用しとらんな……? ああ、そうそう。個人的で思い出したわい。明日は何か予定が入っとるか? 特にないなら、早急な用件で会談を申し入れてきておる人物がおるのじゃが」

「わし個人に、か?」

「うむ。実は、君たちがガリアへ向かった直後に申し込みがあってな」

 そう言うと、オスマン氏は再びニヤリと笑って太公望を見た。

「で、明日以降の予定は?」

「できることなら、今日から数日間は勘弁してもらいたいところではあるのだが、相手にもよる」

「ああ、会談相手はエレオノール女史じゃよ」

 オスマン氏の言葉に、太公望の眉が動いた。キュルケの眉もピクリと上がった。

「そういうことならば仕方がないのう……ただし、会談場所はできるだけ魔法学院内に設定してくれ。さすがに、あちらの屋敷まで出向くというのはご免被りたい」

「それならば心配ないわい。既にそのように話はつけてある」

「わかった。では、日時が確定したら、連絡をくれ」

「疲れておるところにすまんのう。何せ彼女ときたら、相当焦っておるようじゃったので、さすがのわしにも断りきれなんだわ」

 しきりに、心の底から済まなさそうな声で太公望へと語りかけているオスマン氏を見たキュルケは思った。これは怪しい。声音こそ申し訳なさそうなものではあるのだが、目元が微妙に笑っているのだ。

 急ぎの会談――しかも、個人的なもの。申し込んできたのは、ヴァリエールのお姉さま。そこまで考えるに至って、彼女はとんでもない可能性に気が付いた。

「まさか! あのひと、ミスタ・タイコーボーのこと――!?」

 思い当たる節はある。会談期間中、やたらと彼と話をしたがっていた。彼の言葉に、いちいち頷いて、メモを取っていた。それだけならまだしも、単に研究熱心だと言うには、あまりにもミスタの側にくっつき過ぎていた気がする。ただ、キュルケはエレオノールからそれらしき雰囲気を感じていなかったため、これまで気に留めていなかったのだ。

「おまけに、わざわざトリステインの王立図書館へ入館するために必要な、外国人特別許可証を取得する手助けを申し入れていたわよね。最初は、単にタバサとミスタへのお礼だと思っていたけれど、こうやって状況を並べてみると、怪しすぎることこの上ないわ!」

 オスマン氏が用件を言い終え、その場を立ち去った後も、キュルケは考え続けていた。もしかすると、自分の思い違いかもしれない。しかし、せっかく彼に<火>がつきそうな状況にも関わらず、別の女性に外からおかしな横槍を入れられてはたまらない。

 よって、彼女はしかるべき最初の一歩を踏み出した。

「ねえ、タバサ。<制約>覚えてみてもいいんじゃない?」

「いや、別に無理をしてまで覚える必要は……」

 そう告げた太公望の言葉を、しかしキュルケは遮った。

「きっと『フェニアのライブラリー』になら、魔法書があると思うわ。あたしは入れないけど、タバサなら許可証を持っているでしょう?」

「……ん。タイコーボーがわざわざ頼んで来るということは、何か大切な理由があるからだと思う。なら、わたしは力になりたい」

「そうよね~、さっすがタバサ。あなたみたいないい子、なかなかいないわよ!」

 そう言ってキュルケは親友にぎゅっと抱きつくと、その頭を優しく撫でた。

「と、いうわけですから。ミスタは、先にお部屋へ戻っていてくださいな!」

 そしてタバサとキュルケのふたりは、まるで吹き抜ける突風のように、図書館へ向けて飛んで行ってしまった。後に残された太公望はというと……。

「部屋に戻れと言われても……鍵、閉まっとるのだが。どうしろと……?」

 これまで<アン・ロック>の魔法を全てタバサに任せっきりにしていた太公望は、部屋の鍵を開ける手段を持っていないのであった。その気になれば、無理矢理こじ開けることは可能かもしれないが、しかしそんな気力など、今の彼には無く。

「仕方がない。瞑想しながら考えを纏め直すとしようかのう……」

 よたよたと外へ向けて飛び去っていった太公望。だが、彼の心だけではなく、周囲に巻き起ころうとしている争乱は、収まる気配を見せなかった――。


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