――静かな湖畔で友情の宣誓を行ってから1時間ほどが経ち、ひと段落ついた頃。突然、太公望がおかしなことを言い出した。「暗号名(コードネーム)で行動するゥ!?」 夏期休暇突入と同時に開始する、例の『冒険』期間中は、本名を一切明かさずに行動するというこの通告に、全員が驚きと批難の声を上げた。「どうして!? それじゃ、意味がないじゃないのよ!」「ヴァリエールの言う通りよ! 暗号名を使ったら、名を上げられないわ」「わたしもそう思うわ。せっかく立てた手柄を自慢できないなんて、面白くないもん」「まったくだぜ!」 と、真っ向から反対するルイズ、キュルケ、モンモランシー+デルフリンガーの全4名。彼らの言い分は、ある意味当然である。ところが、「ぼくは暗号名に賛成だな」「俺も!」「ぼくも、そのほうがいいと思うね」「わたしも賛成」 彼らとは対照的に、タバサと残る男子生徒陣は暗号名の採用に賛同した。「ふむ。では、賛成側にまわったものは、順番に理由を言うのだ」「下手に本名を使うと、不都合が生じる可能性があるからね」 太公望に促され、最初に答えたのはレイナールだ。「不都合って、たとえばどんな?」「着手する『任務』によっては、身分を明かしてはいけない、あるいは貴族であること自体が逆に枷になることがあると思うんだ。依頼人が萎縮してしまうかもしれないし、現場の領主とモメるようなことがあったりしたら大変だろう?」「確かに、それはあるかもしれないわね」 モンモランシーがしみじみと頷いた。父親が起こした不祥事を思い出したのだろう。そこへ、今度はギーシュが自分なりの補足を加えた。「ぼくの家は、国内でも有数の軍閥貴族だからね。家名に泥を塗るような真似は絶対にできないのさ。『命を惜しむな、名を惜しめ』が家訓のグラモン家の男が、いったい何を言うんだと思われるかもしれないが、できれば保険をかけておきたい――というのが正直なところなんだよ」 さらに、タバサが意見を述べた。「名前を隠すことによる利点もある」 その言葉に、全員が注目した。「どういうことかしら? タバサ」「本当の名前を隠すことによって『家名』に頼らず、実力のみを見てもらえる。あの家の人間なのだから、この程度できて当たり前、逆に、あんな低い家柄の者にできるわけがない。そう思い込まれる可能性がなくなるということ」「ああ、なるほど」 と、反対側にいた者たちが納得しかけたその時。太公望が、さらなる追撃をかけた。「家名に頼らないということは、すなわち『実力の証明』となる。それは、おぬしたちにとって大きな自信に繋がるであろう。だからこそ、わしは暗号名採用を推すのだ」「そっか。そういうことなら理解できるわ」 家名やコネに一切頼らず、己の<力>のみで問題を解決する。それは、まさしく自分の手で掴み取った栄光だ。暗号名の採用に不平を述べていた者たちも、この説明を受けて完全に納得した。「ところで……才人は、何故賛成にまわったのだ?」「えー! だってさ、コードネームってなんか響きがカッコイイじゃん!!」「おぬしに聞いたわしが間違っていた」「閣下ひでえ!」「いや、いまのはきみが悪い」 ――と、まあこんなやりとりがあり、気持ちのよい湖畔で暗号名を考えてみようという、いまいち噛み合わないシチュエーションの中、太公望がひとつの提案をした。「そうだのう……できればで構わないので、その名前を聞いたら、いったい誰を指すのか。それが仲間内で、すぐわかるようなものが望ましいのだが」「二つ名みたいなものかしら?」 ルイズの質問に、その通りだ! と答えた太公望。と……ここで才人がふと閃いた。「なあ、みんなの『二つ名』か系統を、俺の国の言葉に直すっていうのはどうだ?」「ふむ、具体的には?」「そうだな……たとえばルイズなら『コメット』。これは『箒星』の別名なんだ」 別名というか別言語なのだが、そのあたりはさすがに伏せる才人であった。「あら、可愛い響きじゃない? それ」 笑顔でそう言ったルイズに、だろう? と、得意げな表情でもって応えた才人は、続いてタバサに目を向けた。「あとは、そうだな。タバサなら『スノウ』とか。これは『雪』って意味」「悪くない。わたしはそれでいい」 このやりとりに、残る全員が面白そうじゃないか! と、食いついてきた。「なるほど。サイト、それだとぼくの『青銅』はどういう名前になるんだね?」「『ブロンズ』だな」「あたしの『微熱』はどうなのかしら?」「キュルケの『微熱』はちょっと難しいなあ……どっちかっていうと『フレア』とかのほうがカッコいいかな。太陽の炎のことをそう呼ぶんだけど」「あら、それいいじゃないの! あたしの系統や情熱の象徴に、太陽の名は相応しいわ」 実際には炎ではなく、太陽で起こる爆発現象のことを指すのだが――才人は、わかっていてもあえてそこには言及しないことにした。説明すると、ややこしいことになるからだ。「ぼくは、風と火の両方が使えるんだけど」 レイナールの申し出に、才人は難しそうな顔をして答えた。「それだけだと難しいな、他に何か特徴ないんか?」「<魔法剣>の腕なら、クラスで一番だよ」「お、マジか! 今度手合わせしてくれよな……と、それなら『ブレイズ』とかどうだ? 火炎と、刃(ブレイド)をかけてるんだけど」「あ、それちょっとかっこいいかも」 レイナールはその名前について、真剣に検討し始めた。「わたしはどういう名前になるのかしら?」 期待に溢れる顔で聞いてきたモンモランシーに対しては。「モンモンでいいんじゃないか?」「ちょっと! それはひどいんじゃないの!?」「冗談だって! ええっと『香水』はなんだっけかな……あ、フローラルな香りなんてよくテレビとかで聞くから『フローラル』とかどうかな?」「てれ……なんとかはよくわからないけど『フローラル』は悪くないわね」「ちなみに、わしの場合はどうなるのだ?」 才人は首を捻った。たしか、こいつの二つ名って『腹黒』とか『悪魔』とか、ぶっちゃけヤバイのばっかりだったような気が。まさか『魔王』とか『閣下』って呼ぶわけにもいかないし……なら系統が安全かな。才人は地雷原を避け、無難なほうへ流れることにした。「それなら『ウインド』かな」「<風>の初歩魔法そのままじゃないか」「わしはそれでもかまわぬのだが」「まぎらわしいから却下」「まあね、ちょっと混乱するかもしれないわね」 これまで順調にきていたにもかかわらず、思わぬところで躓いてしまった。「えっと……それじゃあ、閣下がいちばん気に入ってる『二つ名』って何だよ?」「それなら決まっておる。『太公望』だ」「ああ、そうなんだ……って、ええええええ!」「ちょっと待って!それ『二つ名』だったの!?」「ずっと名前だと思ってたんだけど……」「わたしも聞いてない」「普通に本名だと」「ぼくもそう思っていたよ」 大騒ぎをする生徒たちを相手に、太公望は頭を掻きながら説明した。「召喚された時に、ちゃんと『太公望』呂望と名乗ったはずなのだが。まあ、わしはこの二つ名以外にも名前が沢山あってな。全部並べると、とんでもなく長くなってしまうので、師匠からいただいたこの二つ名を、普段から名乗りの際に使っておるのだよ」 厳密には『二つ名』ではないのだが、意味合いは同じようなものなので、そのように説明する太公望。名前については「呂望」の他に「王奕(おうえき)」「伏義(ふっき)」さらに「羌子牙(きょうしが)」というものもあるのだが、それらについては割愛する。「『太公望』というのはどういう意味?」 タバサが発したその質問に、太公望は答える。「わしが同盟軍に所属したのは、師匠の肝煎りだという話はしたと思うが」「覚えている」「今から10年ほど前のことだ。わしの師匠が、公国の老いた大公さまから『将来的に、軍事や政治などの面で息子を補佐できる者を紹介して欲しい』という依頼を受けたのだ。それと例の敵対派閥の件があり――白羽の矢を立てられたのが、このわしだったのだよ」 わしの師匠と既にお亡くなりになられた大公様は、旧知の間柄だったのだ。そう説明を入れつつ、太公望は先を続ける。「師匠の弟子の中で、わしは<術者>としての実力は中の上程度であったのだが、軍学や政治学を専門に学んでいたことと、わしと大公さまのご子息――つまり、今の国王陛下が性格的に合いそうだというのが、選ばれた理由らしい。わしはまだ師匠の元で学んでいたかったので、一度は断ったのだが……」「ああ、それで『受けなければ破門』だと言われたのか」「なにそれ! ほとんど強制みたいなものじゃないのよ」 ギーシュの言葉に、モンモランシーが眉を顰める。同じくこの話を聞いていなかったルイズとレイナールのリアクションも似たようなものだ。「でだ、結局は師匠の命令に従うことにしたわけだが……」 太公望は、珍しく生真面目な表情で続けた。「その際に、師匠から『今後は大公が望む通りの者となれるよう、研鑽を続けよ』という意味で『太公望』という名を与えられ、以後そう名乗るよう命じられた。これが、わしの『二つ名』の由来なのだ」 ――この説明は、9割方が嘘である。何故、太公望がわざわざこんな偽りを述べているのかというと……例の『惚れ薬事件』の際に漏らしてしまった「国王がわしに文句を言えるはずがない」という強烈な発言を打ち消すためだ。それと『薬』でおかしくなった自分を気遣ってくれていた者たちに対するフォローも兼ねている。「ああ、なるほどね……やっと理解できたわ」「同じく」「わたしも」 そういうことならば『二つ名を常に名乗る理由』として納得できる。そして、彼が王族ではない(らしい)ことがわかった。太公望の説明により、今まで色々な意味で心臓に負担がかかっていた者たちは、少しだけ気分が楽になった。 それにしても、と、タバサは思った。今から10年前ということは――つまり彼は、17歳で王宮に出仕するようになったということだ。わたしは今15歳だけれど……2年後は、いったいどうなっているのだろう。彼女は、珍しく自分の将来について思いを馳せた。 そんな中。この話を聞いていて、頭の隅に引っかかりを覚えた者がいた。それはもちろん才人である。地球上の歴史に残る『軍師』とよく似た二つ名。偶然にも程があると彼は思った。と、そんな才人の思考を中断するような形で、太公望から声がかけられた。「のう才人よ、こういう場合はどうなるのだ? そもそもわしは、職を辞した上で、身分も捨て、大陸を渡る風のように気ままな旅を続けていた『風の旅人』だ。いわば世捨て人、隠者といっても差し支えないのだが」「あ、ああ、そうだな……悪い、ちょっと考えるから待ってくれよ」 ある意味絶妙なタイミングで発せられた質問により、思考の淵から無理矢理釣り上げられた才人は、本来の役目であった『太公望に合いそうな暗号名』を再検討し始める。「うーん……旅人だと『トラベラー』でなんかイマイチだし、世捨て人だとよくわかんねーし……って、隠者!? ああッ、そうだ確か……!!」 ふいに、才人の脳内に閃いた名前。これはある意味、彼にぴったりだと思った。「『ハーミット』とか、どうだろう? 『隠者』のことなんだけど、これには『隠れる者』以外に『助言する者』とか『迷い人を正しい道へ案内する賢者』っていう意味もあるんだ」「彼にぴったりの名前」「わたしもそう思うわ!」 即座に賛成するタバサとルイズ。他の者たちも「いいんじゃない?」といった感じで、賛意を示している。言われた太公望本人はというと、「いや、それはちと格好が良すぎるというか……」 などと、珍しく照れたような表情をしていたりしたのだが、結局全員に押し切られてしまい。暗号名は『ハーミット』で確定してしまった。「ところで、おぬし自身の暗号名はどうするのだ?」「……あ!」 これに答えたのは、キュルケであった。「ヴァリエールの『盾』にして『剣』なんだからそこから考えてみたらいいんじゃなくて? いつも、つきっきりで守ってあげてるでしょう? サイトは」「ちょ、ちょっと、えと、あの」「あ、いや、ちょっと、待って」 真っ赤になってゴニョゴニョと何かを言おうとしているふたりを「これは今後からかい甲斐がありそうだわ」と、思わぬところで、遊んだら面白そうなおもちゃを発見した子供のように、ニヤニヤ笑いを続けながら見守るキュルケ。 結局『ナイト(盾から連想)』は騎士と混同されるといろいろと不都合なため『ソード(剣)』と、いうシンプルながらもそれっぽい名前に落ち着いた。なお、この名前にはデルフリンガーも満足した。まるで俺っちと一体化しているみたいじゃないか、相棒に相応しい……と。 そして、彼らがどう呼び合うようになったのか。以下はその一覧表である。 ・太公望『ミスタ・ハーミット』 ・タバサ『ミス・スノウ』 ・ルイズ『ミス・コメット』 ・才人『ソード』(メイジではないため、ミスタがつかない) ・キュルケ『ミス・フレア』 ・ギーシュ『ミスタ・ブロンズ』 ・モンモランシー『ミス・フローラル』 ・レイナール『ミスタ・ブレイズ』 以上、彼らが任務についている際に名乗る『暗号名』だ。 全員分の名簿をまとめ終えた太公望は、にっこりと笑って頷いた。「ふむ、これで『冒険前』の準備はほぼ整ったな。あとは、ちょうどラグドリアン湖に来ているので、おぬしたちにあることを教えておけば完璧であろう」「あること……と、いうのは?」 タバサの問いに、太公望は改めて全員を見回しながら答えた。「前に、タバサには話したことがあるのだが……ここ『ラグドリアン湖』は『霊穴』と呼ばれる<力>の溜まり場なのだ。しかも、ここは特に強い<力>が溢れている。この場所で、あることをすることによって<精神力>の最大量を増やすことができるのだよ」 ――少しの間を置いて。「えええええっ!」「精神力の最大量が増やせる!?」 タバサは大騒ぎしている仲間たちを見て、驚くのも無理はないと思った。自分も、初めてそれを知ったとき、驚愕したのだから。でも、どうして今、ここでそれを言い出したのかがわからない。彼のことだから、何か理由があるのだろうけれど。 そんなご主人さまの思いをよそに、太公望は説明を続けていた。「タバサには既に教えてあることなのだが、わしの国に伝わる『瞑想』という技術を使うことにより、ただ眠るよりも圧倒的に早く精神力を回復できるのだ。さらに、それを応用することによって<精神力の器>の最大量を1.5倍……修行を積めば、より多くの<力>を溜め込むことができるようになるであろう。念のため確認するが、教えてもらいたい者は手を挙げよ」 太公望の問いに、才人とタバサを除く全員が手を挙げたのは言うまでもない。「よしよし、おぬしたちはメイジとしての修行をきちんと積んであるから、1時間もあれば『回復』と『循環』の両方ができるようになるはずだ。ところで……ギーシュよ」「な、なんだね?」「おそらくだが。これを覚えることによって、おぬしは『ドット』から『ライン』へランクアップできるであろう。既に、壁を破る直前まで到達しておったからのう」 おおーっ! と、全員から声が上がった。ギーシュは嬉しさのあまり、喜びを全身で表すかのように、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねている。それも当然だろう、メイジにとってランクアップとは、進路の選択肢を増やすことに繋がるからだ。 より露骨な話をしてしまうと……ランクさえ高ければ、多少身分が低くても、位の高い家へ『婿入り』できる。「魔法を以て貴族の精神となす」彼らメイジにとって、魔法の才能と実力は、身分の壁を打ち壊すほどに重視されているのだ。封建貴族の嫡男ならばまだしも、継げる領地のない四男坊のギーシュにとって、これは大変に喜ばしいことなのだ。「ちなみに才人。おぬしもこれを覚えておくといい。『瞑想』は、精神を落ち着かせ、かつ体力の回復にも役立つことなのだ。もちろん、おぬしには基礎から教えるからな」「もしかして<気>のコントロール、ってやつか!?」「そうだ。よく知っておるではないか」「……ひょっとして<気弾>が出せるようになったり、しちゃったり、して?」「その<気弾>とやらのことはよくわからぬが……どれ、ちとやってみせようかのう」 全員、少しの間、静かにしていてくれ。そう断りを入れた太公望は、湖のほうへ向き直って座り込むと、両手で印を結び、体内の<力>を集中させる。そして、湖面の一点へ向け気合いを発する。「ほッ!!」 ――と、それまで静かだった湖の水面に、いきなりに高さ数メイル程度の水柱が、まるで噴水のように勢いよく立ち昇り、その後バシャン! と音を立てて潰れた。「……と、まあこういう<術>なのだが」「うは! <水遁の術>!!」「な、ななな、なに今の」「ま、まさか先住魔法!?」 怯える生徒たちを落ち着かせると、太公望は改めて説明を開始する。「これは体内を巡るもうひとつの<力>、人間だけではない、全ての生物が宿す<気>というものを利用した術だ。狩りなどで、よく『気配を消す』と言うであろう? あれは、この<気>を一時的に断つことで、相手に存在を気取られぬようにしておるのだよ」 おおーっ! と、感心の声を上げる参加者たち。タバサにも、覚えがある。なるほど……あのとき、わたしや『彼女』は、無意識にその<気>を扱って、敵の気配を探ったり、身を潜めたりしていたのか……。「魔法と違い、こうして<印>を結ぶだけで展開可能だ。杖も、ルーンも、精霊との契約も必要ない。ただ、ハッキリ言うが、見た通りたいした威力は期待できない。おまけに習得には<気>を扱うセンスと、長い修行時間が必要である割に対費用効率が悪い。それなら、魔法を使ったほうがよいであろう? わしらの国でも、この術を覚える者はほとんどおらぬ。わしが扱えておるのは、単なる師匠の趣味だ」 まあメイジ以外の者が、これを利用して土煙を発生させれば、逃げたりする時に便利かもしれぬが。そう補足した太公望の発言を受けた才人が「<木の葉隠れ>とか<土遁>もできるんじゃないか!? コレ」などと、ひとり興奮している。「ちなみに、才人にこれを教えるのは、体力の回復を早めることと、敵や味方の気配に敏感になってもらうことが目的なのだ。<術>に関しては難しすぎて、そうそう簡単に習得できるものではないぞ? わしだって、数年かかってようやくあの程度なのだ」 その言葉に、がっくりと落ち込みかけたた才人であったが、逆に、時間をかければいつかできるようになるという意味だとわかると、真面目にやってみようという気になるから不思議なものだ。「ねえ。これって、もしかしてわたしに魔法の感覚を教えてくれたときの……?」「その通りだルイズ。あれは、あくまで流れだけだがのう。だからあのとき『ルイズは特別な感覚を持っているから、掴める。他のメイジには意味がない』と言ったのだよ」 やっぱり、ミスタ・タイコーボーは『ハーミット』ね。ルイズは、彼をこの地へ呼び寄せてくれたタバサと『始祖』ブリミルに、心から感謝した。「では、さっそくやりかたを教えよう。だが、さっきも言った通り、タバサには既に教えてある内容なのだ。よって、タバサは少し休憩していてくれ」 太公望はそう告げて、タバサを除く全員に水際まで移動するよう伝える。生徒たちが揃って水辺付近へ向かうのを確認した後、タバサへ向けて小声で囁いた。「タバサ。<遍在(ユビキタス)>は何体まで出せる?」「まだ2体」「よし。よいか? <遍在>2体を彼らに見られないように出し、その<遍在>と自分自身の内に『瞑想』によって<力>を蓄えるのだ。そして絶対誰にも気取られぬよう、付近の森に待機させておけ」「つまり、これは」「そうだ、例の件が動き始めている。だからこそキュルケにここへ来るよう誘導してもらったのだ。決行は明日の夜。心のほうは落ち着いているか?」「みんなのおかげ。だいぶ、落ち着いた」「よし。ここでの『瞑想』は、魔法学院で行うよりも遙かに効果が高い。<遍在>2体と自分の中に<力>を蓄えておくことで、このあと動きやすくなる」「わかった」「では、わしは向こうの者たちに教えてくる。おぬしは」「瞑想しながら、待っている」 ――頷き合ったふたりは、それぞれの準備をすべく立ち上がった。