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No.33886の一覧
[0] 【ゼロ魔×封神演義】雪風と風の旅人[サイ・ナミカタ](2018/06/17 01:43)
[1] 【召喚事故、発生】~プロローグ~ 風の旅人、雪風と出会う事[サイ・ナミカタ](2013/06/13 02:00)
[2] 【歴史の分岐点】第1話 雪風、使い魔を得るの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:52)
[3]    第2話 軍師、新たなる伝説と邂逅す[サイ・ナミカタ](2014/06/30 22:50)
[4]    第3話 軍師、異界の修行を見るの事[サイ・ナミカタ](2014/07/01 00:53)
[5]    第4話 動き出す歴史[サイ・ナミカタ](2014/07/01 00:54)
[6]    第5話 軍師、零と伝説に策を授けるの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:55)
[7] 【つかの間の平和】第6話 軍師の平和な学院生活[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:00)
[8]    第7話 伝説、嵐を巻き起こすの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:57)
[9] 【始まりの終わり】第8話 土くれ、学舎にて強襲す[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:58)
[10]    第9話 軍師、座して機を待つの事[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:07)
[11]    第10話 伝説と零、己の一端を知るの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:59)
[12]    第11話 黒幕達、地下と地上にて暗躍す[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:09)
[13] 【風の分岐】第12話 雪風は霧中を征き、軍師は炎を視る[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:09)
[14]    第13話 軍師、北花壇の主と相対す[サイ・ナミカタ](2012/09/30 15:03)
[15]    第14話 老戦士に幕は降り[サイ・ナミカタ](2013/03/24 19:47)
[16] 【導なき道より来たる者】第15話 閉じられた輪、その中で[サイ・ナミカタ](2012/09/30 15:05)
[17]    第16話 軍師、異界の始祖に誓う事[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:13)
[18]    第17話 巡る糸と、廻る光[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:13)
[19]    第18話 偶然と事故、その先で生まれし風[サイ・ナミカタ](2012/08/07 22:08)
[20] 【交わりし道が生んだ奇跡】第19話 伝説、新たな名を授かるの事[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:13)
[21]    第20話 最高 対 最強[サイ・ナミカタ](2012/09/30 15:06)
[22]    第21話 雪風、軍師へと挑むの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 15:07)
[23] 【宮中孤軍】第22話 鏡の国の姫君と掛け違いし者たち[サイ・ナミカタ](2012/08/02 23:25)
[24]    第23話 女王たるべき者への目覚め[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:16)
[25]    第24話 六芒星の風の顕現、そして伝説へ[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:17)
[26]    第25話 放置による代償、その果てに[サイ・ナミカタ](2012/10/06 15:34)
[27] 【過去視による弁済法】第26話 雪風、始まりの夢を見るの事[サイ・ナミカタ](2012/08/04 00:44)
[28]    第27話 雪風、幻夢の中に探すの事[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:18)
[29] 【継がれし血脈の絆】第28話 風と炎の前夜祭[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:19)
[30]    第29話 勇者と魔王の誕生祭[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:20)
[31]    第30話 研究者たちの晩餐会[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:20)
[32]    第31話 参加者たちの後夜祭[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:00)
[33] 【水精霊への誓い】第32話 仲間達、水精霊として集うの事[サイ・ナミカタ](2012/08/14 21:33)
[34]    第33話 伝説、剣を掲げ誓うの事[サイ・ナミカタ](2012/08/18 00:02)
[35]    第34話 水精霊団、暗号名を検討するの事[サイ・ナミカタ](2012/08/18 00:03)
[36] 【狂王、世界盤を造る】第35話 交差する歴史の大いなる胎動[サイ・ナミカタ](2012/08/18 00:05)
[37]    第36話 軍師と雪風、鎖にて囚われるの事[サイ・ナミカタ](2012/11/04 22:01)
[38] 【最初の冒険】第37話 団長は葛藤し、軍師は教導す[サイ・ナミカタ](2012/08/19 11:29)
[39]    第38話 水精霊団、廃村にて奮闘するの事[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:31)
[40]    第39話 雪風と軍師と時をかける妖精[サイ・ナミカタ](2013/04/20 22:17)
[41] 【現在重なる過去】第40話 伝説、大空のサムライに誓う事[サイ・ナミカタ](2013/04/20 22:18)
[42]    第41話 軍師、はじまりを語るの事[サイ・ナミカタ](2012/08/25 22:04)
[43]    第42話 最初の五人、夢に集いて語るの事[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:38)
[44]    第43話 微熱は取り纏め、炎蛇は分析す[サイ・ナミカタ](2014/06/29 14:41)
[45]    第44話 伝説、大空を飛ぶの事[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:43)
[46] 【限界大戦】第45話 輪の内に集いし者たち[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:47)
[47]    第46話 祝賀と再会と狂乱の宴[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:47)
[48]    第47話 炎の勇者と閃光が巻き起こす風[サイ・ナミカタ](2012/09/12 01:23)
[49]    第48話 ふたつの風と越えるべき壁[サイ・ナミカタ](2012/09/16 22:04)
[50]    第49話 烈風と軍師の邂逅、その序曲[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:00)
[51] 【伝説と神話の戦い】第50話 軍師 対 烈風 -INTO THE TORNADO-[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:01)
[52]    第51話 軍師 対 烈風 -INTERMISSION-[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:54)
[53]    第52話 軍師 対 烈風 -BATTLE OVER-[サイ・ナミカタ](2012/09/22 22:20)
[54]    第53話 歴史の重圧 -REVOLUTION START-[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:01)
[55] 【それぞれの選択】第54話 学者達、新たな道を見出すの事[サイ・ナミカタ](2012/10/08 20:01)
[56]    第55話 時の流れの中を歩む者たち[サイ・ナミカタ](2012/10/08 20:04)
[57]    第56話 雪風と人形、夢幻の中で邂逅するの事[サイ・ナミカタ](2012/10/28 13:29)
[58]    第57話 雪風、物語の外に見出すの事[サイ・ナミカタ](2017/10/08 07:40)
[59]    第58話 雪風、古き道を知り立ちすくむ事[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:02)
[60] 【指輪易姓革命START】第59話 理解不理解、盤上の世界[サイ・ナミカタ](2012/10/20 02:37)
[61]    第60話 成り終えし者と始まる者[サイ・ナミカタ](2012/10/20 00:08)
[62]    第61話 新たな伝説枢軸の始まり[サイ・ナミカタ](2012/10/20 13:54)
[63]    第62話 空の王権の滑落と水の王権の継承[サイ・ナミカタ](2012/10/25 23:26)
[64] 【新たなる風の予兆】第63話 軍師、未来を見据え動くの事[サイ・ナミカタ](2012/10/28 21:05)
[65]    第64話 若人の悩みと先達の思惑[サイ・ナミカタ](2012/10/28 20:01)
[66]    第65話 雪風と軍師と騎士団長[サイ・ナミカタ](2012/10/28 20:58)
[67]    第66話 古兵と鏡姫と暗殺者[サイ・ナミカタ](2013/03/24 20:00)
[68]    第67話 策謀家、過去を顧みて鎮めるの事[サイ・ナミカタ](2012/11/18 12:08)
[69] 【火炎と大地の狂想曲】第68話 微熱、燃え上がる炎を纏うの事[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:02)
[70]    第69話 雪風、その資質を示すの事[サイ・ナミカタ](2013/01/26 21:14)
[71]    第70話 軍師は外へと誘い、雪風は内へ誓う事[サイ・ナミカタ](2013/01/26 21:10)
[72]    第71話 女史、輪の内に思いを馳せるの事[サイ・ナミカタ](2013/01/26 21:11)
[73] 【異界に立てられし道標】第72話 灰を被るは激流、泥埋もれしは鳥の骨[サイ・ナミカタ](2013/01/27 23:01)
[74]    第73話 険しき旅路と、その先に在る光[サイ・ナミカタ](2013/01/27 23:01)
[75]    第74話 水精霊団、竜に乗り南征するの事[サイ・ナミカタ](2013/02/17 23:48)
[76]    第75話 教師たち、空の星を見て思う事[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:03)
[77] 【今此所に在る理由】第76話 伝説と零、月明かりの下で惑う事[サイ・ナミカタ](2013/04/13 23:29)
[78]    第77話 水精霊団、黒船と邂逅するの事[サイ・ナミカタ](2013/03/17 20:06)
[79]    第78話 軍師と王子と大陸に吹く風[サイ・ナミカタ](2013/03/13 00:53)
[80]    第79話 王子と伝説と仕掛けられた罠[サイ・ナミカタ](2013/03/23 20:15)
[81]    第80話 其処に顕在せし罪と罰[サイ・ナミカタ](2013/03/24 19:49)
[82] 【それぞれの現在・過去・未来】第81話 帰還、ひとつの終わりと新たなる始まり[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:03)
[83]    第82話 眠りし炎、新たな道を切り開くの事[サイ・ナミカタ](2013/04/20 22:19)
[84]    第83話 偉大なる魔道士、異界の技に触れるの事[サイ・ナミカタ](2013/06/13 01:55)
[85]    第84話 伝説、交差せし扉を開くの事[サイ・ナミカタ](2013/06/13 01:54)
[86]    第85話 そして伝説は始まった(改)[サイ・ナミカタ](2018/06/17 01:42)
[87] 【風吹く夜に、水の誓いを】第86話 伝説、星の海で叫ぶの事[サイ・ナミカタ](2013/06/13 02:12)
[88]    第87話 避けえぬ戦争の烽火[サイ・ナミカタ](2013/06/13 01:58)
[89]    第88話 白百合の開花と背負うべき者の覚悟[サイ・ナミカタ](2013/07/07 20:59)
[90]    第89話 ユグドラシル戦役 ―イントロダクション―[サイ・ナミカタ](2013/09/22 01:01)
[91]    第90話 ユグドラシル戦役 ―閃光・爆音・そして―[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:04)
[92]    第91話 ユグドラシル戦役 ―終結―[サイ・ナミカタ](2014/05/11 23:56)
[93] 【ガリア王家の家庭の事情】第92話 雪風、潮風により導かれるの事[サイ・ナミカタ](2014/03/08 20:19)
[94]    第93話 鏡の国の姫君、踊る人形を欲するの事[サイ・ナミカタ](2014/06/13 23:44)
[95]    第94話 賭博場の攻防 ―神経衰弱―[サイ・ナミカタ](2014/07/01 09:39)
[96]    第95話 鏡姫、闇の中へ続く道を見出すの事[サイ・ナミカタ](2015/07/12 23:00)
[97]    第96話 嵐と共に……[サイ・ナミカタ](2015/07/20 23:54)
[98]    第97話 交差する杖に垂れし毒 - BRAIN CONTROL -[サイ・ナミカタ](2016/09/25 21:09)
[99]    第98話 虚無の証明 - BLACK BOX -[サイ・ナミカタ](2017/10/08 07:42)
[100] 【王女の選択】第99話 伝説、不死鳥と共に起つの事[サイ・ナミカタ](2017/01/08 02:09)
[101]    第100話 鏡と氷のゼルプスト[サイ・ナミカタ](2017/01/08 02:14)
[102]    第101話 最初の人[サイ・ナミカタ](2017/01/08 17:42)
[103]    第102話 始祖と雪風と鏡姫[サイ・ナミカタ](2017/01/22 23:14)
[104]    第103話 六千年の妄執-悪魔の因子-[サイ・ナミカタ](2017/02/16 23:00)
[105] 【王政府攻略】第104話 王族たちの憂鬱[サイ・ナミカタ](2017/03/06 22:52)
[106]    第105話 王女たちの懊悩[サイ・ナミカタ](2017/03/28 23:10)
[107]    第106話 聖職者たちの明暗[サイ・ナミカタ](2017/05/20 17:54)
[108] 【追憶の夢迷宮】第107話 伝説と零、異郷の地に惑うの事[サイ・ナミカタ](2017/10/08 07:46)
[109]    第108話 風の妖精と始まりの魔法使い[サイ・ナミカタ](2017/10/08 07:47)
[110]    第109話 始祖と零と約束の大地[サイ・ナミカタ](2017/06/09 00:54)
[111]    第110話 崩れ去る虚飾、進み始めた時代[サイ・ナミカタ](2017/10/28 06:35)
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[33886]    第13話 軍師、北花壇の主と相対す
Name: サイ・ナミカタ◆e661ea84 ID:d8504b8d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/30 15:03
 ――ハルケギニア最大の国家・ガリアの王都リュティスは、隣国トリステインの国境から1000リーグほど離れた内陸部にある、人口30万人を越える大都市だ。

 街のそこかしこに、魔法で動く人形の兵士『ガーゴイル』が配置されている。このような都市は、他に例がない。警邏任務を可能とするほどに高い知能を持つ『ガーゴイル』を造るだけの魔法技術は、他の国には無いものだ。つまりガリア王国は、このハルケギニア世界において、最も魔法文明が発達した国ということになる。

 王都の東端に位置する、巨大で壮麗な宮殿『ヴェルサルテイル』は、ガリア王家の人々が住まう城だ。その中央にそびえ建つ、蒼色の大理石で組まれた『グラン・トロワ』と呼ばれる建物では、当代の国王ジョゼフ一世が、政治の杖を振るっている。

 そして、その政治的中枢から少し離れた場所に建つ、薄桃色の大理石で組まれた小宮殿『プチ・トロワ』の謁見室で、ひとりの少女がふて腐れたような顔をして、上座の椅子に腰掛けていた。少女は苛つきを露わにした口調で、ぽつりと呟く。

「あの『人形娘』は、まだ来ないのかしら」

 歳のころは17~8歳といったところだろうか。細い目に、瑠璃色の瞳が鋭く光っている。陶磁器のように白く滑らかな肌と、艶めかしいふっくらとした唇が印象的な娘であった。しかし、彼女を最も引き立たせているのは、その蒼く輝く髪であろう。丁寧に梳かれ、最高級の絹糸の如くそよいでいた。その一部である前髪が、ミスリル銀をふんだんに使用した豪奢な冠によって持ち上げられ、小さな額が覗いている。

 ――娘の名は、イザベラ・ド・ガリア。この王国の王女であった。

 イザベラは、豪華絢爛たる装飾が施された椅子にだらしなく腰掛け、なんとも気怠げな様子で、近くの小机の上に置かれていたベルを鳴らす。すると、三人組の侍女が早足で謁見室に駆け込んできた。

「お呼びでございますか、姫殿下」

「退屈よ。何か面白いことをしなさい」

 侍女たちは震え上がった。周囲にいた侍従たちが首をすぼめる。この王女が『退屈』と口にした時は、大抵ロクなことにならないからだ。

「で、では、将棋(チェス)のお相手でもいたしましょうか?」

「将棋なんて、もう飽き飽きしたわ」

「ならば、サイコロ遊びなどは……」

「そんなもの、王女がやる遊びではないわ」

「それでしたら、外で狩りなどはいかがでございましょう? 昨日、ピエルフォンの森に鹿を放ったと、犬狩頭のサン・シモンさまよりご報告が……」

 それを聞いたイザベラは、バンッと派手に椅子の肘掛けを叩いて立ち上がると、外での狩りを提案した侍女の顔を睨め付けた。

「馬鹿か、お前は! どうしてわたしがこの部屋で退屈な思いをしているのか、全くわかっていないんだね!!」

 ひいっ、と小さく悲鳴を上げて、侍女たちは後ずさった。

「まったく、父上は自分の娘が可愛くないのかしら。わたしだって、王家のお役に立ちたいのに。わたしはね、あの『人形娘』なんかと違って本当に有能なのよ! だから、官職に就きたいと願ったのに――こんな地味な仕事を寄越すだなんて、あんまりだわ!!」

 謁見室に居合わせた者たちは、びくびくとしながら互いに顔を見合わせる。イザベラはそんな侍従たちの様子を見て、さらなる苛立ちを募らせた。

 ヴェルサルテイル宮殿には、季節の花が咲き乱れる無数の花壇が存在する。由緒あるガリア王国の近衛騎士団は『東薔薇花壇警護騎士団』『西百合花壇警護騎士団』といったように、それらの花壇にちなんで命名されているのだが、陽が差さない宮殿の北側には花壇がないため、その名に『北』が入る騎士団は存在していない……表向きは。

 ――北花壇警護騎士団。

 それは、ガリア国内や国外で起こる様々な面倒ごとを『裏』で処理するための組織。一応は騎士団であるため、多くの『騎士(シュヴァリエ)』を抱えている。しかし、その組織としての在りようがゆえに、所属している者たちは互いに顔も名も知らない。もし仮に仕事を共にすることがあっても、番号名で呼び合う――名誉とは全く無縁の、闇の騎士団。イザベラは、その団長任務を父王から任されているのである。それがイザベラには気に入らないのだ。

「で? あの娘は、まだ来ないのかい!?」

「その、も、もう間もなくかと思われますが……」

「そうかい。じゃあ、退屈しのぎに賭けでもしようか」

 いいことを思いついたと言わんばかりに笑みを浮かべたイザベラは、先程鹿狩りの提案をした侍女の元へ歩み寄ると、手にした杖で彼女の頬をすうっと撫でた。件の侍女は、その瞬間、まるで氷の彫像にでもされたかのように蒼白となり、固まった。

「あと10分以内に『人形娘』が来たら、お前の勝ち。来なかったら、わたしの勝ち。どうだい、わかりやすくていいルールだろう?」

 吹雪のように冷たい声を浴びた侍女は、恐怖のあまり、ガタガタと震え出した。イザベラは、そんなふうに怯える侍女の表情こそが最高のご馳走だと言わんばかりの風情で、ぴたぴたと杖の側面で侍女の頬を嬲りながら、言葉を続ける。

「もしもわたしが負けたら、そうね、お前を貴族にしてやろうじゃないか。なぁに、爵位のひとつやふたつ、どうとでもなるわ。ただし、お前が負けたときには……」

 侍女の震えが激しくなった。それを見たイザベラは、にたりと嗤って言った。

「その首をもらうよ」

 侍女が白目を剥いて卒倒した直後。呼び出しの衛士がイザベラの元へ駆け寄り、件の従姉妹姫到着を告げた。報せを受けたイザベラが、つまらなさそうにふんと鼻を鳴らす。だが、その報告には彼女にとって気になる情報が混じっていた。なんでも、使い魔が一緒についてきており、どうあっても主人の側から離れようとしないのだという。

「ふふん。なんだい、あのガーゴイル娘。自分の使い魔を大人しくさせておくこともできないっていうのかい……」

「も、申し訳ございません、なんとか引き離して参ります」

 怯え声でそう言った衛士の姿を見て、イザベラは興味をそそられた。

「まあ、いいわ。その使い魔とやらも一緒に連れてきなさい」

「で、ですが……」

「このわたしが、いいと言っているんだ。わたしの命令が聞けないのかい?」

 震えながら外へ出て行った侍従の後ろ姿を見て、イザベラは満足げな笑みを浮かべた。普段『人形』と呼んで差し支えない程、感情を顕わにしない従姉妹姫が――使い魔に振り回される姿を見るのは、さぞ面白いに違いない……と。


○●○●○●○●

「おほ! おほ! おっほっほ!」

 イザベラは、気の触れたような笑い声を上げた。周囲にはべる侍従たちは、みな戸惑いを隠そうともしていない。なんとなく面白そうだと感じてはいたが、まさかここまでの傑作とは予想だにしていなかった。

「あんたが! 溢れる才能を鼻にかけて、余裕気取ってた北花壇騎士7号さまが! <サモン・サーヴァント>に失敗しただって!?」

 しかも。従姉妹が語ることを信じるならば、そのせいで『召喚事故』を起こし、よりにもよって異国――東方のメイジを誘拐同然に連れて来てしまったのだとか。

「で、そんなあんたの尻ぬぐいをするために、トリステインの魔法学院が責任を取って、その子を対外的に使い魔として雇った、と……あーっはっはっは、まったく、みっともないったら! ほら、お前たちも笑ってやりなさい!!」

 イザベラの命令で、侍従たちは仕方なしに笑みを浮かべた。しばらく、イザベラたちは従姉妹姫――タバサをだしに、笑い続ける。

 しばし笑ったイザベラは、ふいに問題の<使い魔>に言を向ける。

「おっほっほ、この娘が本当に迷惑をかけたわね。それにしても、どうしてここまでついてきたのかしら。まさかとは思うけれど、登城することを聞かされていなかったの?」

 王女から言葉をかけられた使い魔――太公望は、満面の笑みで答えた。

「いちおう、外で待っていろとは言われたんですがのう。街の中はいつでも見られる。しかし、わたくしのような者がこんな立派な城の中へ入る機会など、これを逃したらもう絶対に来ないと思いましてな! 逃げるご主人さまを追いかけて、無理矢理くっついて来たと。まあ、そういうわけでして」

 そう言った太公望は、物珍しげに周囲をきょろきょろと見回している。

「いや実際、長らく旅をしておりましたが、こんなに立派な建物は、初めて見ました。しかもまさか、こんな大国の王女さまにお目通りが叶うとは! そう聞いておれば、さすがに遠慮しましたものを」

 頭を掻きながら恐縮する異国風の装束を身につけた少年へ、イザベラは鷹揚に頷いた。

「おほほほほ、東方ロバ・アル・カリイエにも、この宮殿に並び立てるような城はないというのね。それにしてもシャルロット。あんた、この子にわたしと会うことを伏せていたの? まったく使えない娘だわ。事故を起こすのも道理ね」

「シャルロット……とは?」

 首をかしげ、心底不思議そうな顔をしている太公望を見て、イザベラはまた笑った。

「あはははっ、お前、本当に何も聞かされていないのね。光栄に思いなさい、このわたし自ら教えてあげるから。いいこと? お前を攫ったそこの小娘の名前はね、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。この国の、王族よ」

「んな!? なっ……なっ……わ、わたくしはそのようなおかたに」

「そんなにあわてなくていいのよ? だって、それはもう過去の話。その娘は、もう王族なんかじゃないんだから。家を取り潰された、ただの没落貴族に過ぎないわ。ねえ、シャルロット? なんとか言ったらどう!?」

 ニヤニヤと笑って問いかけるイザベラに、タバサは答えない。だが……いつもなら真っ直ぐ見返してくるはずの視線が、今日は下を向いたままだ。イザベラには、それがこのうえもなく愉快だった。

「ねえ、シャルロット。本当なら、すぐにでもこのわたしに『事故』を報告すべきだったと思わない? けど……寛大なわたしは、許してあげるわ。だって、言えないわよね、こんなこと。あの天才、王弟シャルルの娘が――まさか<コモン・マジック>を失敗しただなんて……ねえ?」

 静まりかえったプチ・トロワの謁見室に、イザベラの高笑いだけが響き渡る。彼女は思った。こんなに楽しい気分になったのは、いつ以来だろうか。もっと、この愉悦を味わい続けたい。どうすれば、それが叶うのかと知恵を絞った。

 そしてイザベラは名案を思いついた。この奇妙な異国のメイジ――王侯貴族に対する礼どころか、王宮を訪れる際の常識すら知らない無知な流浪者の扱いを、人形娘よりも高くしてやればいいではないか――と。


○●○●○●○●

「あの反応、見たであろう? 学院近辺に、あの姫の間諜がいない事は確定したな」

 風竜の背に乗って『任務』へと向かう道すがら、太公望とタバサは先程までのやりとりについて、確認を取り合っていた。

 上機嫌のイザベラは、現地まで着いていくといって再びタバサを困らせた(ように見せかけていた)太公望のために、なんとわざわざ自分の名を使ってまで風竜を用意したのだ。わたしは、お前を誘拐した娘と違って、寛大な王族だから――と。

 もちろん、その風竜に<盗聴>や<遠見>の類の魔法が仕掛けられていないかどうかについては、タバサの<魔法探知>によって確認済みだ。

「あなたは、本当に大胆なことをする」

 正直、心臓に悪かった。そう話すタバサに、太公望は人の悪い笑みを浮かべる。

「現時点で見せてもよい手札を切った、それだけのことだ」

 共に宮殿へ行き、イザベラ王女に謁見する。王都リュティスへの空路でそう言った太公望を、当然ながらタバサは止めた。しかし、いくつかの理由を聞かされたタバサは、結局――渋々ながらも、同行を許可したのだ。

 太公望はまず、タバサから普段の謁見の様子――特に、王女イザベラとその周辺にいる侍従たちの言動を、出来る限り詳しく聞き出した。

 そして、イザベラの能力と性格――少なくとも、王から国の裏仕事を任されるだけの器量があること、にも関わらず子供のように周囲を振り回し、タバサに対して血の繋がった従姉妹とは思えないほど辛く当たること、その他諸々の情報から、周囲の者達の忠誠心がおしなべて低いであろうことを推測した。

 それらをふまえた上で、疎ましい従姉妹が、本来隷属すべき使い魔を御することができないと知ったら……イザベラは、どういった行動を取るか。ほぼ間違いなく、謁見の間へ連れてこいと命令するだろう――そう、タバサに語り。

 さらに。タバサが<サモン・サーヴァント>に失敗して『事故』を起こしたこと。その責任を取るという形で学院側が異国のメイジである太公望に頭を下げ、相応の対価を支払っていることを話すよう指示をした。

「学院長との取引については、口外しないという契約があったはず」

 最後はそう言って反対したタバサに対して、

「それはあくまでわしが、だ。おぬしがバラす分には問題ない」

 ケケケ……と、意地の悪い笑みで反論した太公望は――実際嘘ではないので――そのまま堂々とくっついて行ったわけだが……結果は、ご覧の通りである。

「召喚事故を起こしたなどという珍しい話は、黙っていてもいずれ噂となって伝わる可能性がある。ならば、その前にこちらから開示してしまったほうがよい」

「下手に隠すと、余計な探りを入れられると?」

「その通りだ。ならば、いらぬ憶測を生む前に、ある程度手札を晒したほうが後々の為になる。最初につけられた強い印象は、なかなか変えられぬものだからのう。ただ、そのせいで、おぬしには不愉快な思いをさせると思うが……」

「慣れているから問題ない。わたしのほうこそ、あなたを巻き込んでしまった」

 頭を下げるタバサに、太公望は笑いかけた。

「命に関わるような危険はない。失敗してもせいぜい謁見室に入れない、その程度だ。そもそも『裏』を取り仕切れるほどの娘が、他国の国営施設が雇った者に対して危害を加えたらどうなるかぐらい、判断できぬはずがないのだ」

 しかも雇用契約書まで交わしてあるのだ、下手に太公望へ手出しをしようものなら、国際問題に発展するのは間違いない。タバサ自身も、そういう意味においてはイザベラを信頼していた。もしも『北花壇警護騎士団』の団長である彼女が、本当に『無能』で『愚か者』であってくれたなら、タバサはここまで苦労していなかっただろうから。

「だが、この件をきっかけに、おぬしを支援しようとする者が減るかもしれぬ」

「かまわない。逆にこれがいい踏み絵になる」

 確かに大きな『失敗』ではあるが、たった一度の間違いで、それまで担ぎ上げようとしていた御輿を簡単に下ろす。そのような者たちを信頼することなどできない。わたしを傀儡にして、自分の利益を得ることだけしか考えない……あるいは『魔法』の腕でしかわたしを見ていない輩をふるい落とす、いい機会になる。タバサはそう答えた。

「でも、勘違いしないで欲しい……タイコーボー。わたしは、あなたの存在を失敗だとは思っていない」

「当たり前だ。もしおぬしがそんな輩なら、とっくの昔に逃げ出しておるわ」

 笑いながらそう答える太公望を見ながら、タバサはふと『プチ・トロワ』でのやりとりを思い出した。従姉妹姫のイザベラが、自分の父親に敵対する――つまり、反ジョゼフ派貴族の旗頭となりえるわたしを疎ましく思うのは理解できる。でも、何故あそこまで挑発するのか。最初は、わたしの堪忍袋の緒が切れて反乱を起こすのを期待している、そう考えていた。だが……。

 そんな疑問を太公望に向けると、彼はイザベラをしてこう評した。

「あの娘は、他人に自分の存在価値を認めてもらいたくてたまらない……孤独な子供といったところかのう」

 ある意味、タバサの友人ルイズに似ておったな……内心でそう呟く太公望。

 それを聞いたタバサの顔が、強張った。孤独な子供。豪奢な王宮で、大勢の家臣に傅かれ、それでもなお孤独だというのか。そんなの、理不尽ではないか。わたしに比べたら、彼女はずっと恵まれている。

「理解できない」

 そう答えたタバサに、

「あくまでわしの印象だからな? そもそも、ひとの心とは複雑なものだ。簡単に理解しあうことができるなら、争いなど、そうは起こらぬはずだしのう」

 そう言って小さく笑う太公望の声は、どこか寂しげだった。


○●○●○●○●

 ――それから数時間後。

 風竜の背に跨ったタバサと太公望のふたりは、ガリアの王都リュティスから300リーグほど南に離れた空を飛んでいた。

 現在彼らが向かっているのは、ガリア南部の山中にある『アンブラン』という名の村である。今回イザベラ王女から命じられた任務は、その村を襲うコボルドの群れを殲滅することであった。

「で、コボルドとは何者なのだ?」

 そう問うてきた太公望に、タバサは所持していた生物辞典を開きながら答える。

「犬のような頭を持つ、亜人の一種。腕力と知能はそれほど高くない。単体なら平民の戦士でも何とかなる相手。ただし、基本的に30匹以上の群れで行動することが多く、注意が必要」

 ふむふむ……と、相づちをうつ太公望。

「戦場であればともかく、それ以外の場所で無益な殺生を行うのは、人外問わず我らの間では御法度なのだが……そのコボルドとやらは、話し合いの通じる相手ではないのかのう?」

 眉根を寄せて唸る太公望に、タバサは説明を続ける。

「コボルドの戦士は凶暴で、人語は解さない。稀にいる神官が言葉を操る場合もあるけれど、彼らには人間を生け贄にして、その肝を自分たちの神に捧げる習慣がある。コボルドが人里に降りてきて、街や村を襲うのはそのため」

「うげッ! もしや人を攫って生け贄にするだけではなく、食う習慣もあるのか?」

 思わず表情を歪めた太公望に、コクリと小さく頷くタバサ。

「彼らはなんでも食べる。だから討伐しなければならない。現にこれまで、いくつもの街や村が、放置していたコボルドによって滅ぼされている」

「なるほど、そういう事情ならばやむを得んのう……」

 そう呟き、ため息を吐く太公望。

「見えてきた。あの村」

 タバサの言葉に、太公望は風竜の飛び行く先に目を向けた。そこは、四方を山で囲まれた、まさに陸の孤島と呼んで差し支えない場所であった。高い岩山を越える必要があるため、最寄りの街まで徒歩で最低数日はかかるであろう。風竜の背から、眼下に映る光景を眺めた太公望は、そのように判断した。

 アンブランの村は、そんな人里離れた場所にあったが、そうは思えないほどに栄えていた。タバサは風竜を巧みに操作すると、村の中央にある大きな広場に降り立った。

「おや、竜だよ。風竜だ!」

 タバサと太公望が竜から降りると、大勢の村人たちが、人なつっこい笑顔を浮かべながら彼らの周りに集まってきた。どうやら、外からの来客が非常に珍しいらしく、興味深そうにふたりに視線を投げかけてくる。

「この村にお客が来るなんて、珍しい!」

「マントを着けておられるよ。貴族さまだ」

 朗らかに笑いかけてくる村人たちを見て、太公望は戸惑いも露わに呟いた。

「妖魔に襲われているという割には、なんとものんびりした雰囲気だのう」

 太公望の所見通り、コボルドに襲われているという割には、村に悲壮感や殺伐とした雰囲気はない。それどころか、ごくごく普通の日常を送っているようにすら見える。そんな村人たちに、タバサも、そして太公望も奇妙な違和感を覚えた。どこがどうおかしいという訳ではない。集まった村人たちは、老いも若きも、男も女も、ガリアのどこの村にでもいるような、素朴なひとたちである。だが、何かが『感覚』の隅に引っかかるのだ。

 ここ数日の強行軍で、疲れているのだろうか。タバサは、そう自分に言い聞かせた。太公望も、頭を掻きながら周囲を見回している。

 ……と、人の輪の中から幼い少女がちょこちょこと出てきて、太公望を見上げた。

「お兄ちゃん、面白い格好! 頭にある白いのは、お耳?」

 太公望は、いつも通り頭に白い長布をぐるぐる巻きにしている。細長い結び目を、ぴん! と、まるで兎の耳のように立てているので、少女の目にはそう見えたのであろう。

「む? 触ってみるかの?」

「いいの? やったあ!」

 しゃがんで、少女に目線を会わせた太公望がそう言うと、少女は喜んで駆け寄ってきて、長布の結び目を掴んだ。

「こ、これ引っ張るでない! タバサ、何でおぬしまで掴んでおるのだ!!」

「一度触ってみたかった」

 そんな彼らの様子を見て、集った村人たちは一斉に笑い声をあげる。だが……ひとりの男から発せられた怒声が、平和な雰囲気に水を差した。

「こりゃああああ~あッ! 貴様らああああ、なぁにをしとるかああぁ~ッ!!」

 怒声の主は、長槍をかつぎ、時代がかった甲冑に身を包んだひとりの老爺であった。深雪のように白い髪と長い髭、そして顔中に刻まれた皺が、相当な高齢であることを伺わせる。古びた甲冑は、いかにも重たそうだが、それでも老爺はしっかりとした足取りでタバサたちふたりに近寄ると、長槍の先を突き付けた。

「怪しいやつめ! 名を名乗れい!!」

 村人のひとりが呆れたような声で、老爺を窘めた。

「ユルバンさん。この方々は、おそらくお城からいらした騎士さまですよ」

 ユルバンと呼ばれた老戦士は、くわっと目を見開いてタバサと太公望を見つめた。

「ふむ、なるほど。よくよく見れば、おふたかたともマントを身に着けておられるな。だが、たとえ貴族さまといえども、このわしの許可なくしてアンブランへ立ち入ることは許されませぬ!」

 側にいた少女に、大人たちのところへ戻るように言い聞かせた太公望は、その足で油断なく槍を構える老戦士に近寄り、名乗りを上げた。

「突然の空からの来訪、大変失礼した。こちらは、ガリアの花壇騎士タバサさま。わたくしは、その従者を務める太公望と申す者」

 紹介されたタバサは、老爺の目を見て小さく頷く。ちなみに、太公望が従者を名乗っているのは、任務の際にはそのように振る舞うことを、前もってタバサと打ち合わせていたからである。思いのほか丁寧な名乗りに少し警戒を解いたのか、老戦士の表情が緩んだ。しかし、長槍はそのまま油断なく構え続けていた。

「これはこれは、貴族のお嬢様に従者殿、無礼を許されよ。わしはユルバンと申す者。畏れ多くもこの地の領主、ロドバルド男爵夫人よりこの長槍を賜り、アンブランの治安を預かっておる」

 そう言うと、ユルバン老人は改めて長槍を構え直す。

「であるからして、わしの言葉は男爵夫人の言葉であると心得えられよ。さて、それではおふたかたが当村へおいでになった理由を述べていただきたい」

 その口上に、特に慌てることなく太公望は応じた。

「我らは、依頼を受けてコボルド退治に参ったのだが……ユルバン殿は、男爵夫人よりその件について、何か聞き及んではおられぬのだろうか?」

 それを聞いたユルバンの顔が、突如真っ赤に染まり、激しく歪んだ。

「うぬぬぬぬぬ、なんたることか! あれほど、わしひとりで充分だと申し上げたのに……ええい! 男爵夫人は、まだこのわしが信用ならぬとおっしゃるのか!!」

 ユルバンは長槍をひょいと担ぐと肩をいからせ、のっしのっしと早足で歩き出した。彼の行く先に男爵夫人の屋敷があるのだろうと判断したタバサは、無言で彼の後ろを追った。それを目にした太公望は、まずは近くにいた村人たちに、事情の説明を頼んだ。

「あの御仁は、いったいどういうおかたなのだ?」

 ユルバンに聞こえぬよう、小声でそっと尋ねる太公望に、

「あの爺さんは、この村を守っている兵士でね……昔は相当な使い手だったらしいんだが、今はご覧の通りってわけでさ」

 これまた小さく返事をする村人。

「ふむ。年齢に似合わず、足取りはしっかりとしておるようだが?」

「いやあ、それでもあの歳だからねえ。ひとりでコボルド退治に行くって息巻いていたんだが、年寄りの冷や水もいいところさね。あなたがたが来てくれて、本当によかった。あと3日も遅かったら、あの爺さん、痺れをきらして飛び出していっただろうからね」

 笑いながらそう答えた村人たちの声音には、ユルバンを馬鹿にしたような色はない。頑固な老人だが、住人たちに愛される存在なのであろう……そう判断した太公望は、村人たちに礼を言うと、先行したふたりの後を追って駆け出した。


○●○●○●○●

 ロドバルド男爵夫人の屋敷は、立派な門構えの貴族屋敷だった。季節の花が咲く生垣でぐるりと周りを囲まれ、小さいながらも隅々まで手入れが行き届いている。ユルバンのあとに続いて、タバサと太公望が外門をくぐると、この家の執事と思しき小太りの中年男性が駆けつけてきた。

「ユルバンさん、どうしたね?」

 ユルバンは、興奮して叩き付けるような声で言った。

「奥様はおられるか!?」

 その剣幕に、執事はたじたじとなる。後ずさりしながらユルバンの問いに答えた。

「い、今は、書斎のほうにおられるかと……」

 ユルバンは執事のほうを見向きもせずに、ずんずんとひとり奥へと進んでいく。その後、彼についてきていたタバサと太公望のふたりに気付いた執事は、突然の来訪者たちに困惑していたが――太公望が用件を告げると、執事は一瞬驚いた顔をしたが、すぐににっこりと笑みを浮かべた。

「これはこれは、お城からいらした騎士さまでしたか。遠いところを、わざわざありがとうございます。奥様がお待ちでございますので、こちらへどうぞ」

 タバサと太公望が執事に案内されて書斎へ到着すると、部屋の奥からユルバンの怒鳴り声が聞こえてきた。

「奥様、あれはいったいどういうことですか! 奥様のお言いつけ通り、コボルド退治を延期してみれば! 王都から、あのような年端もいかぬ子供を呼びつけるとは……」

「だ、だって、ユルバン。いくらなんでも、あなたひとりだけでは……」

 書斎の奥に、困り果てたような顔をした、銀髪の老婦人がいる。おそらく、あれがロドバルド男爵夫人なのだろう。

「このわたくしめは50年以上、たったひとりでロドバルド男爵家、ひいてはこのアンブランを守り続けてきた戦士ですぞ! コボルドごときに後れをとるなど、あろうはずがございませぬ!!」

「そういうことではないのです。わたしは、ただ……」

「では、いったいどういうおつもりなのか、このわたくしに納得のゆく説明を……」

 そんなところへタバサと太公望が入っていったものだから、ユルバンはさらに興奮し、大声を上げた。

「おお、これはこれは騎士さまがた! 今お聞きになられた通りです。おふたかたの手を煩わせるほどのことではありませぬ。早速、王都へお戻り願いたい」

「これ、ユルバン。失礼ですよ。せっかく遠方からいらして下さったというのに」

「いくら貴族とはいえ、ふたりともまだ小さな子供ではありませぬか! 見たところ、実戦経験もなさそうだ」

 不快げに「ふん!」と鼻を鳴らしたユルバンを再び窘めると、ロドバルド男爵夫人は、笑顔でタバサたちふたりのほうへと近付いてきた。

「まあまあ、ようこそアンブランへ。あなたがたが、王都からいらしてくださった花壇騎士殿ね?」

 タバサは小さく頷くと、短く名乗った。

「ガリア花壇騎士(シュヴァリエ・ド・パルテル)タバサ」

「わたくしは、従者の太公望と申します」

 子供になど構っていられない、とばかりに部屋を出て行こうとしたユルバン老人の背に向けて、ロドバルド男爵夫人が声をかけた。

「ユルバン。わかっているとは思いますが、この騎士殿たちがいらしている間は、村の外へ出ることはまかりなりません。あなたには、この村を守るという大切な役目があるのですから」

 ユルバンの顔色が変わった。

「つまり、それは……このわたくしめを、討伐隊から外すということですかな?」

 ロドバルド男爵夫人は、老戦士の言葉に重々しく頷いた。

「承服致しかねます! そのようなこと、認めるわけには参りませぬ!!」

 激しく頭を振る老爺に、ロドバルド男爵夫人は苦しそうな声で告げた。

「これは命令です」

「なんと……!」

 ユルバンは絶句し、それから悔しそうに何度も何度も首を横に振ると、ぶるぶると全身を震わせながら男爵夫人の部屋から出て行った。

「いやはや……ずいぶんと元気な御仁ですのう」

 あっけにとられた顔で太公望が呟くと、ロドバルド男爵夫人はふたりのほうへ向き直り、深々と頭を下げた。

「彼の無礼を、どうか許してくださいね。決して悪いひとではないの。ただ、責任感が強すぎるといいますか……」

 タバサと太公望は、了承の印に頷いた。

 ――それからロドバルド男爵夫人は、タバサたちに討伐依頼の説明をした。

 コボルドの群れが、村から徒歩で1時間ほど離れた所にある廃坑に住み着いたのは、今から1ヶ月ほど前のこと。幸い村はまだ襲われてはいないが、偵察隊と思しき者たちが、様子を探りに来るようになった。コボルドは、知性が低い割に用心深い。こちらの防御態勢の隙を見極めた上で、襲いかかってくるつもりであろう――と。

「群れの規模は?」

「廃坑の大きさからして、おそらく30……多くて40程度でしょう。おふたりだけで大丈夫でしょうか?」

 タバサは頷いた。太公望も、少しの間を置いて同様にする。

「ところで騎士殿。先程のユルバンの件で、お願いがあるのです。彼のことですから、おそらく『自分も連れて行け』と、あなたがたに申し入れてくるはずです。そのときは、どうかきっぱりと断っていただけないでしょうか」

 タバサと太公望の瞳を交互に見遣りながら、ロドバルド男爵夫人は続ける。

「あの通り、ユルバンはもうかなりの歳です。昔ならばいざしらず、亜人相手の実戦には、とても耐えられないでしょう。彼は、何十年もわたしたち一族のために尽くしてくれました。今や、夫も子供もいないわたしにとって、家族も同然なのです」

 ロドバルド男爵夫人の言葉は、慈愛に満ちていた。あの老戦士を危険な目にあわせたくない、そう願ったから、わざわざ花壇騎士に依頼したのだろう。そう考え、頷こうとしたタバサを押しとどめたのは、太公望だった。

「いや、一緒に連れて行ったほうがよいでしょう」

 驚いて自分を見つめるタバサと男爵夫人の顔を交互に見た後、太公望は続ける。

「ああいった御仁は、下手に押さえつけようとすると反発する。男爵夫人、失礼ですが、長年彼を側に置いていたあなた様にお伺いしたい。もしも我らが断ったとしたら……彼はどういった行動に出ると思われますかな?」

「そ、それは……いえ、まさか!」

 自分が導き出した答えに畏れおののくように、男爵夫人は身体を震わせる。

「さよう。ほぼ間違いなくひとりでコボルドの巣へ突入を敢行し……その先は、言わずともおわかりのようですな」

「でも」

 それでも反対しようとするタバサに、太公望は小さく笑って答える。

「わしらは風竜に乗って来ているのだ。耐えられないと思ったら、最悪竜の背にでも縛り付けておけばよい。男爵婦人も、どうかご安心めされよ。彼には、傷ひとつ負わせは致しませぬ」

 太公望の言葉を聞いても、未だ躊躇っていたロドバルド男爵夫人であったが……最後にはゆっくりと頷き、そして頭を下げた。

「わかりました。ユルバンのこと、くれぐれもよろしくお願い致します。食事と寝室の用意をさせますので、今日はこちらにお泊まりになられてください」

 会見後、タバサと太公望は食堂に案内された。そこには、ほかほかと湯気を立てる料理が処狭しと並べられていた。山盛りのきのこをバターで炒めたものと、山菜のサラダに、鹿肉のステーキ。タバサと太公望は、さっそくステーキときのこのバターソテーをトレードすると、フォークを手に取り、目の前の料理と格闘し始めた。

 だが、ひと口肉を口に含んだタバサは、思わず眉をひそめた。味つけが薄いのである。特に塩気が足りない。おそらく、老齢で独り身のロドバルド男爵夫人にあわせた薄味なのであろうと、タバサは判断した。

 ふと、隣の太公望はと見れば――なんの問題もないように、ぱくぱくときのこのソテーをたいらげている。単純に、わたしの好みの問題なんだろうか? とにかく味に文句をつけるのは失礼なので、タバサは首をかしげながら、ひとり黙々と料理を口へ運んだ。


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