<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


No.33808の一覧
[0] 【ネタ】一夏さんじゅうろくさい【IS二次創作】[じゅうにがつ](2012/07/05 23:56)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[33808] 【ネタ】一夏さんじゅうろくさい【IS二次創作】
Name: じゅうにがつ◆055f5b06 ID:a1afe21c
Date: 2012/07/05 23:56
スッパァ――と、身体の中にこれでもかというほど貯めこまれた鬱屈した感情をそれに載せるように、男の口から勢いよく煙が吐き出される。
紫煙が、窓から差し込む太陽の光の中をゆっくりと形を変えながら登っていく様を彼はぼんやりとした瞳で眺めていた。
太陽はすでに中天を過ぎ去って後暫く、昼食後の気怠い午後の空気。
自室のくたびれたベッドに腰掛け、何をするでもなく口元で煙草をくゆらすその双眸は、今にも眠りに落ちそうなほど薄く細められている。
狭い部屋だった。
男ひとりの体をどうにかおさめられる程度のベッドと、小さな机。
モノクロの、不気味なほどに生活感を感じさせない無機質さを感じさせる。
その中で唯一色彩を放つのは、男が右手に持つ小さい携帯用の真青な灰皿だけだった。
もう一度だけ、肺にまで深く煙を吸い込めば、その希望は言葉通り、もはや用を成さないほどに短くなってしまった。
煙を吐き出し、それと同じタイミングで長く長く溜息を吐く。
未だ燻る火種を押しつぶし、残骸を灰皿に投げ入れる。
上着の胸ポケットにその小さな袋をしまうと、身体を投げ出すようにベッドへと倒れこんだ。
安っぽい内部のスプリングが、歳相応の彼の重さを受けて、ギシギシと騒がしい音を立てる。
ちらりと机の上の置時計に目を向けると、ようやく短針が3の数字に辿り着くか、といった所であった。
もう一度、溜息。
その吐息が随分と大きく耳朶に飛び込んでくるほどに、静謐な室内だった。
明るい太陽の姿が伺える窓の外からも、奇妙なことに何一つ彼の耳に飛び込む音は無い。
そうした極めて無音に近い異常な状況に於いて、ベッドに横になる彼の意識は次第に闇に落ちていく。





ともすれば陰気さすら感じさせる光量の少なさを、壁を照らしだす暖かな間接照明が美しく調和させている。
彼のとっておきとも言える、隠れ家のようにこじんまりとしたバーのカウンターの上で、五反田弾は盃を呑み干し一息ついた。
ヨードの強い香りとアルコールが食道を焼きながら体内へと滑り落ちていく、心地良い感覚を享受しつつ、視線を僅かに右にずらす。
本来彼がこの店を訪れる場合そこに期待する役割は、女性とよろしい関係を築くための最終兵器的決戦の地とでも言うべきものであり、常であれば彼の傍らにはアルコールで頬の薄く染まった見目麗しい女性がサイドカーなぞを色っぽく傾けている姿があるはずであった。
しかしながら今回は随分趣が異なり、少しばかり傾けられた弾の視界には、彼と似たある程度の年月の積み重ねを感じさせる無骨な手が、無色透明の液体が注がれたショットグラスをその掌で包み込むように支えている姿が映る。
カウンターとテーブルを含めても二桁の人間を収容することは不可能に近い薄暗い店内に、他の客の姿は未だ見られず、旧知の仲であるマスターも両者の間に満ちる空気を察したのであろう。
カウンターの中で静かにグラスを磨いていた。

「三年ぶりか」

店の扉を開いてから二十分程度。
その間一切の会話の無かった二人を包み込む空気を切り裂くように、弾の口から静かに言葉が吐き出された。
先のウイスキーが潤滑剤となって、錆び付き動くことを忘れかけていた舌を滑らかに回す。
あの頃よりもいくらか傷跡が増えたように思われる視界の隅の右手がグラスごと浮き上がり、消える。
軽く息吐く音が室内に響いた。
再び戻ってきた空のグラスを眼中に納めて、弾はマスターに視線を向ける。
そうして弾が声を掛ける前に、既にその快活そうな老人は次の一杯の準備を始めていた。
流石に見事なものだと淀みのないその動作を弾はぼんやりと眺める。

「久しぶりの酒ってのは、随分と美味く感じるもんだな」

そうして、二人の前に並べられたグラスに酒が注がれている最中だった。
彼にとっては非常に馴染み深く、それでいて懐かしくもある男の声が、何時か耳にしたそれよりも幾分か年を経た響きで隣席の人間の口から発せられる。
変わっていない。
弾はわずかにその顔を綻ばせ、潮の香りのするグラスを口に運んだ。
誰に聞かせるでも無く呟いたようなその言葉には、確かにこの状況を喜ばしいものと思っている響きが感じられる。
それなりの愛飲家である彼の口から久しぶりという単語が漏れでた理由も気にはなっていたが、それを追求するにはまだ酒の力が足りていなかった。

「結婚したんだってな。おめでとう」

それはもう二年も昔のことだと、相槌を打つ。
もっと早く言いに来い、とは決して言えなかったが、それでも何時かのような穏やかな会話を、弾は心地よく受け入れることができた。


酒が回れば会話も回る。
弾の内心の期待の通りに緩やかに噛みあい始めた会話の歯車は、時が経ち、彼らの飲み干した盃が増えていくにつれて次第に深く深く絡まっていった。
既に二人が来店して二時間以上が過ぎている。
両名ともに口にするのは高いアルコール度数を誇る酒のストレートだということもあり、決して若いとは言えない彼らの顔ははっきりと酔いの回った赤ら顔であった。
もっとも、若くないと言うことはそれだけの酔いの中においても尚意識と理性を保つための意思と慣れを持ち合わせているということでもあるのだが。
決して多くの事柄を話し合ったわけではないが、両者の間の月日の溝を埋めるためのたわいないコミュニケーションは、確かにその成果を挙げていた。
既に追わなくなって久しい流行の推移、現代の世界情勢に対する所感、弾自身の結婚生活について。
酒宴の席では当たり前の話題が右から左から飛び出すが、弾は決して男に対して三年間の遍歴を訪ねようとすることは無く、男もまた自分からその内容について語りだそうとすることはなかった。

「これから、どうするつもりだ」

上着の袖をまくり時間を確かめながら、弾は最後の質問だというように尋ねた。
短針は既に日付をまたいでおり、明日も家業が待つ彼としてはそろそろ期限が近づいている。
男は暫く考えるような素振りを見せながら、何も入っていない空のショットグラスを目の前に掲げた。

「そうさな」

その瞳が、光を反射するグラスの向こう側に何を見ているのか、弾には分からない。

「とりあえず、生きていくさ」

しかし、たとえその向こう側がなんであれ。
こうして目の前に彼が帰ってきたのだという事実が、何よりも五反田弾にとっては喜ばしいことであると断言できるのだった。





『さて次のニュースです。先日、テロリストとして国際指名手配中の、篠ノ之束率いる一派が、南アフリカに新たに樹立した新政権に対し、破壊活動を行った件について、日本政府は―――』

世間一般の夕食の時間よりは、少しばかり遅い時間となっていた。
これといって大きな特色があるわけでもない。町の小さな食堂である五反田食堂に、客の姿は片手で数えるほどしか残っていない。
殆どが、それぞれに思い思いの料理を前にして、一人静かに晩酌と洒落こんでいるスーツ姿のサラリーマンだ。
店の片隅に備えられた薄型テレビの画面には夜のワイドショーが映しだされ、人物たちがさも深刻そうな表情で、日本が生み出した世紀の怪物のもたらす影響について語り合っている。
最も、殆どの日本人にとってそれはもはや他人事となり果てた日常事でしか無いのだが。偶然店内に居合わせていた、その”殆ど ”に含まれない一人の男。
織斑一夏が、カウンターの一席で内心で頭を抱えながらも表面上は他の客と同じような表情で熱い野菜炒めをおかずに飯を掻き込んでいた。
間髪入れず、中ジョッキのビールを喉を鳴らしながら呑み干し、大きく息をつく。

「浮かない顔をしているぞ、お前」

ジョッキの中身が空になるのを予め見越してか、カウンターを挟んで新たになみなみと注がれたジョッキを差し出す彼の親友五反田弾が、一夏の顔を一瞥して尋ねた。
一夏とは長い付き合いである男である、よほどうまく隠さない限りはすぐにそうして彼の不具合を見つけ出してしまう。
そして何よりも彼の世話になることとなった三年程前の何時かをふと思い出して、一夏は何とはなしに苦い笑みを浮かべた。

「分かるか?」
「分からないはずがないだろう」

本来は厨房でひたすらに鍋を振っている彼がこうしてカウンターに姿を表したということは、これ以上新たな注文はおそらく出ないだろうと見越してのことである。
気づけば笑う弾の手の中にもグラスと、栓を抜いたばかりの瓶ビール。
炭酸のはじける芳しい音を立てながらグラスに注がれる輝かしい金色の液体は、うらぶれた男達を誘惑する娼婦のように、真白の泡で表向きの体を隠した。
ゴクリと喉が鳴ったのは、これが少しばかりフライング気味な仕事上がりの一杯である五反田団の方である。

「しばらく仕事もせずにだらだらしていたせいだろう。千冬が、な……」

店内に満ちる雰囲気を肴に暫く二人無言のまま盃を傾け、漸く一夏の口が開いた時には店内に客の姿は残っていなかった。
背景に流れる、何一つ内容のない軽佻浮薄な芸能ニュースの響きとは全く異なる、重苦しい声色で一夏はそう呟いて、空になった弾のグラスに新たにビールを注いでやった。

「お前も、その年でプータロウとはいかないか。いい加減に彼女も堪忍袋の緒が切れたって所だろう?」
「あぁ、そんなところさ。半ば無理やり雇用契約書にまでサインさせられてしまってな。どうしたものかと途方に暮れていたところさ」

そう言う一夏の表情は暗い。
彼が現在定職に就く事を渋る理由も朧気ながら理解している弾であるが、その彼の目の前の男の顔は、決してそれだけではない奇妙な違和感を感じさせた。
職に就く事よりも、その先に待つ何かを忌避しているような。
長い付き合いというものはこのようなことまで分かってしまうのだから恐ろしいと内心弾は苦笑した。
これでは内心の自由などあった物では無い。

「……業務内容か?」

意識せずに僅かに声を落として弾は一夏に尋ねた。
彼の妹がどこか常人とは一線を画していると言うことなど、弾も十分に理解している。
その彼女が見つけ出し、一夏に押し売ったという仕事が、一般人にはあずかり知らぬ世界からもたらされたものである可能性も否定は出来なかった。
そしてそれが、彼女が兄の社会復帰を願うものだとすれば、尚更である。

「あ―――、それが」

極めて言いづらそうにジョッキの中身を喉に流し込む一夏。
すっかり乾してしまって、意を決する様に力強くカウンターに置く。
タァン、と小気味の良い音。
この野郎勿体つけやがって、と男から見ても悔しいほど様になるその仕草に悪態をつきながら弾は視線で先を促す。

「学校用務員、か?」

ポツリ、一夏が呟いたその言葉は小さい。
ともすれば背景のTVの音量にすら負けてしまいそうになるほどだ。
もっともその割には驚くような内容でもないと、拍子抜けする弾だったが。

「千冬ちゃん、学校関連の仕事に顔が効いたのか。あの、いや、ちょっと待てよ? ……おい、それってまさか」

しかしそれも一瞬のことであり、一夏の妹の特異性に思い至ることとなった弾は、恐る恐る一夏に問いかけた。

「………」

ブリュンヒルデ。
第一回、そして第二回、第三回のモンド・グロッソ優勝者である織斑千冬の渾名は、全世界に広がった最強の戦乙女の代名詞である。
ISの世界大会優勝者、そんな極めて特殊な立場の人間が一体どのような教育機関に務めるというのか。
そうした弾の予想が的を得ていることは、一夏の表情からすぐに読み取れる。
本来なら目立たない口元のシワが、非常に分かりやすく引き攣っていた。

「あ、IS学園か」

なんてこった。、
驚愕に目を見開いた弾の顔は、彼の今まで過ごしてきた三十六年かの中でも一二を争う驚きの表情だったのかもしれない。
グラスを握る指の力が抜け、危うく落下しそうになる。

IS学園。
世紀の怪物が作り上げた人類には分不相応なオーパーツ、とも揶揄されるISについて、様々な分野でのエキスパートを育てる特殊な教育機関だ。
其れは日夜ISについての様々な試みが行われる箱庭であり、現在世界中から最も注目されているといっても過言ではない場所でもある。
女性にしか操縦することができない、という妙な特性を持つ以上、男にとってはその他の専門的学問を学ぼうとしない限りは全く縁のない場所だ。
そしてそういった研究畑の専門的な話よりも一般大衆にとって些か理解しやすい、操縦者として育成されるうら若き乙女達こそが、学園の象徴的な存在となっている。
無論非常に厳重な警備に守られている筈の学び舎であるが、ネットに時折出まわる当学園の指定制服やISスーツと言ったものが高値で取引されることとなるのは世の常というべきだろうか。
閑話休題。

「それは、その、お前のトラウマ一直線みたいなものだろう? 恐ろしい、彼女本気で恐ろしいぞ」
「あいつ、根本では間違いなく嗜虐性に満ちているぞ。前後不覚になるまで酔わせられてサインさせられて、二日酔いの頭のままで内容を告げられてみろ。倒れるぞ。体験談だから間違いない」

つい先日のことを思い出したのか、胸を抑えてえづく一夏に弾の生ぬるい視線が突き刺さる。

「長い付き合いだが、俺は時々お前達兄妹のことが本当に理解不能な時がある」
「俺もそう思う」
「なんだそれは」

思いもかけぬ話の展開に、瞬時に干上がってしまったかのような喉の渇きを覚えた弾は勢い良くグラスの中身を煽った。
彼の目の前でカウンターを挟んで座っている織斑一夏という男は、表面上は何とも無い様に振舞ってはいるが、それが表面上だけの話であることを弾は理解できていると思っている。
織斑一夏は、決して強いとは言えない人間だ。
過去を過去にすることなど出来はしない。
そして彼自身、克己しようという意思が見られない。
結局の所、そうやって裡に向かって深く潜リ続ける彼の心に、少しでも刺激を与えるために織斑千冬は――多少どころではない荒療治だと慄くが――無理矢理にでも過去と向きあうためのきっかけを創りだそうと言うのが、この件の真相ではないかと弾には思われた。
ならばその結果が、例えどのようなものになるにしても、彼に対する接し方を変える必要はこれっぽっちも必要ではないのだろう。

「しかし、IS学園か。一体何人の幼気な女子高生がお前の毒牙にかかるのか。何十じゃ、済まないかもな」
「毒牙、毒牙か。お前、俺をまるでケダモノの様に言うじゃないか」
「否定するか? 否定できるのか? お前がうちの厨房に立っていた時に、どれだけ女性客の常連が増えたことか、知らないとは言わせ無い」
「黙ってろよ」

弾はただ、いつものように彼をこういった内容でからかってやればいいだけだった。
無論それが彼の心の傷に多少なりとも触れるものであることは承知の上で。

「でもまぁ、それは置いておいて良かったのではないのかな。お前は結局働き慣れたうち以外では全く勤め口探そうとしてなかった。無理矢理にでもそこから連れ出してくれるんだ。千冬ちゃんはなんだかんだでいい妹だな。その手段がかなりぶっ飛んではいるが」
「生きていくだけの金だけ稼いで暮らして行くのは、そんなに悪いことなのか」
「別に俺は悪いとも良いとも言わない。ただ、お前にはきちんと約束ってもんがあるんだ。いい加減にしろって、お前の妹以外にも思っている人間は沢山いるんだ。其処を分かれよ」
「……わかっているよ」

いつの頃からか癖になってしまった深い息を一夏は吐く。
長く長く吐き続けて、体が萎んでしまいそうなほどに。

冷たい冬の風が、店の窓をがたがたと揺らして遊び回っていた。
窓の外の暗い空には、彼らが吹き払っていったのだろう雲一つなく星が輝いている。
しみじみとした空気が癇に障ったのか、面白みのなかったニュースから笑い声の響くバラエティー特番へと弾は番組を変えた。

「せっかくなんだから今日は家に上がって呑んでいけ。就職祝いと言うやつだ。お前の馬鹿さ加減も、酒の肴に丁度良い」
「なぁ」
「うん?」
「煙草吸って良いか?」
「うちは禁煙だ。子供もいる」





己の恐ろしい妹に指示されるまま、数年ぶりに懐かしい香りの残るスーツに袖を通した一夏は、巨大な試験会場の一角で非常に居心地の悪い思いをしながら、与えられた仕事を何とかこなしていた。
一夏に与えられた職業とは要するに学園における便利屋といった扱いであり、その業務はそれはもう多岐に渡ることとなる。
既に学園側との顔合わせも一段落し、新年度からの始業を複雑な思いで待ちわびていたところ、首根っこ引っ掴まれて連れてこられたこの会場。
何をして良いのかもわからない五里霧中の状態からどうにかこうにか来場者を捌くことができるようになった自分を褒めてやりたい気分だった。

IS学園は基本的に推薦入学の類の枠を設けていない。
特にそれは操縦者育成過程において顕著であり、一部の国家代表レベルの人間を除いては、世界で唯一となる公認のIS教育機関を目指し、何の援助も無しに数千倍ともそれ以上とも言われる倍率の中を受験する者が大半を占めている。
事前の書類審査や各国ごとに行われる筆記試験をパスした精鋭達が挑むこととなる実技試験――ISを起動し、試験官と一対一で模擬戦を行う――は、そのような篩にかけられてなお数百単位での受験者数を誇る。
無論その全てが性別は女性であり、更には昨今の風潮を鑑みて運営側も対応に当たる職員を暗黙のうちに女性に統一していた。

さて、そのような男女比1000:1を優に超える最終試験会場、ただ一人だけ存在する男は、何をしていなくても非常に悪目立ちする。
入り口で受験票をスキャンして本人確認を行うだけで、突き刺さった奇異の視線は数えきれなく、男に苦手意識でもあるのか、受験票を手渡される直前になっていきなり涙を零し始めた少女と見つめ合うに至っては、この場で一番泣きたいのは俺の方だと思わず声を荒らげそうになりかけること多数。

更にその後、全員の入場が確認されたからと彼の妹に試験会場内の案内人まで指示されたに至っては、さしもの一夏も瞳が潤むのを抑えることが出来なかった。
俺の妹まじ半端ねえっすと、つい若い衆の言葉を使ってしまいたくなるほどに。

座っていても立っていても、彼の目に入るのは女性の姿。
試験会場に特有だろう、受験者達の間に流れる奇妙な緊張感によって、そこまで姦しいと言う程でもないが、時たま耳に飛び込んでくるのは決して男のものでは無い可愛らしい声ばかり。
案内人としてただじっと柱に背を預けて直立不動の体制に立っていると、考えなくてもいいことばかり考えてしまう。
今の一夏には自分を包み込む空気はもはやピンク色に思えたし、鼻孔を満たす匂いもどことなく甘い香りを感じさせた。

会場に設置された大型のモニターには現在試験中である少女たちの姿が映しだされている。
どういった理由で残された受験生たちにプレッシャーを与えるようなことをしているのか、一夏には理解出来ない。
また一人、善戦していた生徒が行動不能になる。
武道に関わっていたのだろう綺麗な足運びをする少女であったが、やはり機体の扱いに慣れていないのか、試験官の攻めに防戦一方であった。

この一日が始まってどれほど経ったのか。
時折道に迷った少女達の応対をする以外は、一夏はひたすらこうしてモニターを眺め続けていた。
感覚が麻痺してしまったのか、仕事始めは見る気もしなかったその映像群を、気付けば何一つ心を乱すことなく平静に見ることが出来ている自分に驚きはするものの、それは所詮現実感のない画面の向こうの世界なのだからと納得させる。
否が応なしに五感に訴えかけて来る現実の少女たちの群れと比べれば、遥かにマシなものであることは明らかだっった。

通り過ぎるその間際、遠慮がちに一夏を見上げながら歩み去る瞳。
その仕草が、非常に女を強調させるものだということを彼女は理解しているのだろうか。
そんな事を考えた時だった。
不意に、在りし日の思い出などと呼ばれるものが脳裏を掠める。
クラリと、一夏の視界に一瞬暗雲が立ち込めた。
酷く気分が悪くなる。
試験を待つ受験者の数は未だ減らない。
ちらりと視線をずらしてみれば、一夏と同じような役割を仰せつかっているのだろう、スーツ姿の女性がそこかしこに見て取れた。
これなら少しはこの場を抜けても大丈夫だと判断した一夏は、こっそりとその場を抜けだす。
少しの間だけで良いから、この空気から逃げ出すことを許して欲しかった。





使い古したジッポーライター。
鈍い輝きを放つ銀の色に、何らかの文字が刻まれていたのだろう痕のみがわずかばかり見て取れる。
フリントが擦れて小さな炎が上がり、紫煙が宙を漂った。
世は電子タバコ全盛期、一夏のような紙タバコを未だに吸い続けているような旧人類は数少ない。
必然的に禁煙スペースなど場内にあるわけもなく、太陽の光が燦々と照りつける中庭の隅にてこっそりと吸わざるを得なかった。
他人にも害悪を撒き散らす愚かな人間の自覚はあっても、どうしても一夏にとって喫煙は精神の均衡を保つためになくてはならないものである。
肺にまで思い切り煙を吸い込んで、長く長く吐き出す。

非常に疲れた。

今朝、乗り気にならない一夏を車に押し込みながら彼の妹は言った。
社会復帰のためです、と。
近頃彼の妹は以前と比べてとみに厳しくなった。
焼入れを繰り返し、鍛えぬかれた刀のように、彼の言を容赦無く叩き斬ってしまう。

帰りたい。

手にしたホープはその名の通り、儚い希望でしか無い。
この一本を吸い終われば、再び彼はあの地獄のような場所へと戻らなくてはならないのだ。
吸い込む煙が、肺を透過して体中に満ち満ちていく錯覚。
そうして繰り返すごとに、一夏の頭の中で派手な原色の文字が煌めきながら点滅する。
喫煙はあなたの健康を著しく害する恐れがあります。
喫煙は君の健康を著しく損なわせる恐れがありますよ。
遅れて声が響く。
頭蓋骨の中で乱反射する。
脳を直接頭の中から金槌で叩き潰されているような錯覚を覚え、一夏は思わず呻き声とともに膝をついた。
立ちくらみにも似た、意識が闇の中へ浮かび上がるような奇妙な喪失感。
身体の感覚が殆ど失われ、唯一地面に押し付けられる右膝からもたらされる僅かばかりの痛みが、彼の現状を認識する術だった。

「くそっ」

毒づく。
歯を力強く噛み合わせるように、顎に力が入る。
ぶちりと口腔で音とも衝撃とも付かないものが響き、フィルターからちぎれたのか、口の中に得も言われぬ苦々しい味が広がった。
反射的に吐き出す。
エグ味と苦味を引きずったまま暫くすると、徐々に視界の黒い靄が晴れ始める。
見ると吐き出したタバコは未だ四分ほど残り、ごく僅かな煙を上げて彼の足元に落ちていた。

もったいない。

思わず脳裏で呟いて拾い上げ、使い古された携帯用灰皿にしまう。
気付けば脳裏に響く声も痛みも消え去っており、ニコチンのおかげか苦味のおかげか、とにもかくも一夏にはそれがありがたかった。
大きく息を吐く。
持ち場に戻らなくてはならない。
なにせほぼ無断でその場を離れたのだ、妹にこの事を知られれば恐ろしいことになる。
いつの日か向けられた覚えもある、不動明王の如き恐ろしい形相が目に浮かび彼は身を震わせた。
そしてそれを利用することで己に喝を入れ、業務に戻るべく屋内へと続く扉へと向かい中庭に背を向ける。


―――その時だった。


唐突な爆音と衝撃が、一夏の鼓膜を震わせる。
それと同じくして、揺れ動く大地。
一夏の背を猛烈な音の波が叩く。
思わず振り返ると、そこにはもうもうと舞い上がる土埃。
先程まで一夏がその端に身を隠していた見事な庭園は、その中心部が無残にも掘り起こされ、巨大なクレーターが出来上がっていた。

「なんだ……?」

現状が理解できず立ち尽くす一夏。
その唇から思わず声が漏れる。
隕石、という単語が脳裏を掠めるも、その場合に必要な落下物の大きさやその周囲への影響が目の前の状況に合致するのかなど、彼には判別がつかない。
それに何より、そのような偶然がたとえありえたとしても、あまりにも出来過ぎている。
正体不明の圧迫感が彼の背筋に冷たい汗を流すのを感じた。
土煙と壁の向こう側、未だ視界のはっきりとはしないそのクレーターの中で、一つの光点が灯る。
朱い光が灯る。
ごく僅かに一夏の耳に飛び込む駆動音。
いつの日か聞いた駆動音。
先ほどまで嫌になるほど聞かされてきた駆動音。
土煙が周囲に広まっていくに従って、そのカーテンの向こう側に影が見える。
人の形をしているように彼の目には映った。
人間で言えば頭部に当たる場所の中心が、一点だけ輝き、点滅を繰り返している。
その影を見つめたまま、何一つ動くことのできない一夏が、いったいどれほどの時間そうしていたのか彼にはわからない。
しかし、視界を埋め尽くす茶色の砂塵が少しも収まる気配を見せなかったことから、それほど大して時は動いていなかったのだと後になって振り返った。
そうして硬直していた一夏に世界の感覚を取り戻させる原因となったのは、他の人間の叫び声である。
幼く甲高い声にはっと我を取り戻し、そちらへ振り返ってみれば、受験生の一人であろう年若い少女が興味津々といった具合に中庭に舞い上がる塵芥のドームを眺めていた。
その刹那。
彼が視線を外した次の瞬間には、煙の向こうの人影が宙に飛び出していた。
視界の端にわずかに写り込んでいたそれが瞬時に消えるのを認識して、思わず一夏は身構え視線を油断なく周囲に向ける。

と。
影は、悠然と会場の円頂の上に佇んでいた。

それは陽の光を浴びて燦然と輝く漆黒の金属だった。
限りなく人の身に近づいた、例えば装甲の継ぎ目一つ見当たらない滑らかすぎるのっぺりとした表層。

あれは、何だ。
あれは、ISだ。

即座に一夏は理解する。
たとえその姿が現存する全てのISと似ても似つかない、武装も、移動用のスラスター一つすら見当たらない珍妙な姿だとしても。
直感的にあれはそういうものなのだと一夏の脳裏が”警鐘 ”を発していた。



















あとがき
今のうちにやっておかないと先越されたら泣きたくなるから(心情)

続き書く気まんまんですがなにぶん筆が遅いから念のためネタタグつけておきます。
ぶっちゃけこんなん一夏じゃないよと思われた方。
失礼しました。
あ、文章中に間違いがあった場合ご指摘お願いします。

以上。
2012/07/05


感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.029968023300171