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No.33650の一覧
[0] ある男のガンダム戦記 八月下旬にこちらの作品を全部削除します[ヘイケバンザイ](2016/07/27 21:00)
[1] ある男のガンダム戦記 第二話「暗殺の余波」[ヘイケバンザイ](2012/07/10 11:59)
[2] ある男のガンダム戦記 第三話『地球の内情』[ヘイケバンザイ](2012/07/15 19:52)
[3] ある男のガンダム戦記 第四話『ジオンの決断』[ヘイケバンザイ](2012/07/14 10:24)
[5] ある男のガンダム戦記 第五話『開戦への序曲』[ヘイケバンザイ](2013/05/11 22:06)
[6] ある男のガンダム戦記 第六話「狼狽する虚像」[ヘイケバンザイ](2013/04/24 13:34)
[8] ある男のガンダム戦記 第七話「諸君、歴史を作れ」[ヘイケバンザイ](2012/08/02 01:59)
[9] ある男のガンダム戦記 第八話『謀多きこと、かくの如し』[ヘイケバンザイ](2012/08/02 09:55)
[10] ある男のガンダム戦記 第九話『舞台裏の喜劇』[ヘイケバンザイ](2012/08/04 12:21)
[11] ある男のガンダム戦記 第十話『伝説との邂逅』[ヘイケバンザイ](2012/08/06 09:58)
[12] ある男のガンダム戦記 第十一話『しばしの休息と準備』[ヘイケバンザイ](2012/08/07 15:41)
[13] ある男のガンダム戦機 第十二話『眠れる獅子の咆哮』[ヘイケバンザイ](2012/08/09 20:31)
[14] ある男のガンダム戦記 第十三話『暗い情熱の篝火』[ヘイケバンザイ](2012/08/14 13:28)
[15] ある男のガンダム戦記 第十四話『終戦へと続く航路』[ヘイケバンザイ](2012/08/18 10:41)
[17] ある男のガンダム戦記 第十五話『それぞれの決戦の地へ』[ヘイケバンザイ](2012/08/25 16:04)
[18] ある男のガンダム戦記 第十六話『一つの舞曲の終わり』 第一章最終話[ヘイケバンザイ](2013/04/24 22:22)
[19] ある男のガンダム戦記 第十七話『星屑の狭間で』 第二章開始[ヘイケバンザイ](2013/04/24 16:55)
[21] ある男のガンダム戦記 第十八話『狂った愛情、親と子と』[ヘイケバンザイ](2012/11/17 22:22)
[22] ある男のガンダム戦記 第十九話『主演俳優の裏事情』[ヘイケバンザイ](2013/01/02 22:40)
[23] ある男のガンダム戦記 第二十話『旅路と決断を背負う時』[ヘイケバンザイ](2013/04/06 18:29)
[24] ある男のガンダム戦記 第二十一話『水の一滴はやがて大河にならん』 第二章最終話[ヘイケバンザイ](2013/04/24 16:55)
[25] ある男のガンダム戦記 第二十二話『平穏と言われた日々』 第三章開始[ヘイケバンザイ](2013/04/25 16:39)
[26] ある男のガンダム戦記 第二十三話『終焉と言う名を持つ王手への一手』[ヘイケバンザイ](2013/04/30 22:39)
[27] ある男のガンダム戦記 第二十四話『過去を見る者、未来を目指す者、現在を生きる者』[ヘイケバンザイ](2013/05/06 16:20)
[28] ある男のガンダム戦記 第二十五話『手札は配られ、配役は揃う』[ヘイケバンザイ](2013/05/12 16:29)
[29] ある男のガンダム戦記 第二十六話『流血を伴う一手』[ヘイケバンザイ](2013/05/22 10:42)
[30] ある男のガンダム戦記 第二十七話『戦争と言う階段の踊り場にて』[ヘイケバンザイ](2013/05/22 20:23)
[31] ある男のガンダム戦記 第二十八話『姫君らの成長、ジオンの国章を懸けて』[ヘイケバンザイ](2013/05/26 13:31)
[32] ある男のガンダム戦記 第二十九話『冷酷なる神の無慈悲なる一撃』[ヘイケバンザイ](2013/06/02 15:59)
[33] ある男のガンダム戦記 第三十話『叛逆者達の宴、裏切りか忠誠か』[ヘイケバンザイ](2013/06/09 23:53)
[35] ある男のガンダム戦記 第三十一話『明けぬ夜は無くも、闇夜は全てを覆う』[ヘイケバンザイ](2015/07/10 19:15)
[36] ある男のガンダム戦記 最終話 『ある男のガンダム戦記』[ヘイケバンザイ](2013/12/23 18:19)
[37] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像01 』[ヘイケバンザイ](2014/02/12 19:18)
[38] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像02 』[ヘイケバンザイ](2014/02/12 19:16)
[39] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像03 』[ヘイケバンザイ](2015/06/29 13:54)
[40] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像04 』[ヘイケバンザイ](2015/07/11 10:54)
[41] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像05 』[ヘイケバンザイ](2015/07/13 13:52)
[42] ある女のガンダム奮闘記、ならび、この作品ついてご報告いたします[ヘイケバンザイ](2016/07/27 21:00)
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[33650] ある男のガンダム戦記 第二十三話『終焉と言う名を持つ王手への一手』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:4efc1740 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/04/30 22:39
ある男のガンダム戦記23

<終焉と言う名を持つ王手への一手>





サイド6リーア。地球連邦大使館とジオン公国大使館が同一コロニー内部に併存する唯一の地域。
ここでは日夜、熾烈で苛烈で冷徹なる諜報戦が繰り広げられていたが、この二人には関係なかった。
元ジオン公国軍下士官バーナード・ワイズマン伍長(現在はリーアにある、ある運送会社のパイロット教育官)は、ティターンズ報道官のクリスティーナ・マッケンジーに夜の公園で散歩していた。

(言うぞ、絶対に言う)

かれこれ一年戦争、ジオン独立戦争からの付き合いだった。
たまたまリーア勤務に回されたバーニィ(ワイズマン伍長の愛称)は、連邦軍の連絡官としてリーアの和約締結の為に訪れていたクリスと出会う。そこにはアルと言う少年(今は青年期に入る男の子)がいた。
そして数日のうちに心惹かれたバーニィはなけなしの勇気を振り絞って交際を申し込む。
レビル将軍による『チェンバロ作戦』からの撤退戦以上の恐怖を感じたとは彼の言であった。(因みに彼はザクⅡ改でガンダム一号機を撃破する事でジオン十字勲章を手に入れた。その代償は右目だったが。故にもう戦場には出れない。)
そして今日、長かった水天の涙紛争が終わりをつげ、第13次地球軌道会戦から生還した恋人のクリスに言った。

「け、結婚してくれ」

だが帰って来た返事は予想外の言葉。

「もう遅いのよ、バーニィ」

え? 頭が真っ白になる。そして次の瞬間悪戯が成功した事を喜ぶクリスは言った。

「この間の検査で分かったの。
私ね、お腹の中に貴方とわたしの赤ちゃんが出来た・・・・いやだって言っても結婚させるからね? いい、覚悟しなさいよ、私の旦那様?」

そのまま赤い色のショートヘアーにしたクリスを抱き上げるバーニィ。
そんな光景こそ、多くの市民が望んだ光景なのかもしれない。




宇宙世紀0091.02.08、サイド1宙域。
ブッホ・コンシェルの若き人材の一人が軍からの払い下げMS、ジム・コマンド宇宙戦使用でシャトルを護衛する。
護衛対象は一般民間人。危険物は一年戦争(ジオン独立戦争)と水天の涙紛争で大量に発生した宇宙艦隊の艦艇だった物体、つまり宇宙ゴミだ。
それらのゴミからシャトルを守るのが役目。サイド1はソロモン要塞が近いので未だに大戦時に発生した大量の宇宙ごみが散乱する危険地帯がある。
特にサイド1本体の対隕石・デブリ防衛網再建は急務であり、そのためのコロニー駐留艦隊の配備であった。
また、これらの業務を請け負うMS会社、ジャンク屋が急速に台頭したがそれもブッホ・コンシェルやヤシマ工業の登場で鳴りを潜めている。

(静かだ・・・・ここが数年前の大激戦区だったなんて嘘みたいだ)

周囲の索敵モニターには何も表示されない。
あるのは4機のジム・コマンドと護衛の大型民間用シャトル『M-89』型。ムサイ級巡洋艦の母体となったシャトルである。
これをデブリから護衛する機体は教官の機体を含めて4機。全てが宇宙軍の軍縮の結果、民間に払い下げられたジム・コマンドであった。
無論、緊急時のアクシズやジオン反乱軍残党の襲撃、エゥーゴ派の攻撃機に備えてビーム・ガンで武装はしている。
これは大前提だ。現在のこの宙域は決して安全では無い。それに完全な殲滅、100%の全滅が存在しない以上、エゥーゴ艦隊やアクシズ艦隊、ジオン反乱軍の蠢動を未然に防ぎきる事など不可能ごとと言えた。
事実、地球連邦軍は匙を投げだしたい気分であり、軍縮と警戒網の増大に航路安全政策という矛盾した課題を突き付ける現実。
それに果敢に立ち向かう現代のドンキ・ホーテであるウィリアム・ケンブリッジ長官ら地球連邦政府首班。それでも義務を果たそうとする姿勢は立派である。
そんな政治状況をお構いなしにブッホ・コンシェルの若きパイロットは報告する。

「ジュドー・アーシタ三等操縦士、ブッホ・コンシェルMS部部門01機、現在問題なし」

視点を変え、ジムの顔を動かした。ジュドーの駆る愛機のメイン・モニターにシャトルが映し出される。
白い色に赤い線が入った地球連邦軍使用のノーマルスーツ(地球連邦政府は安全性確保の為にノーマルスーツの一斉入れ替えを0085に行った)越しに確認した。

「よし、定期哨戒完了。リィナのシャトル608便にも以上は無し」

「こら、私語を報告に入れるな」

怒られた。

「すみません」

とりあえず、謝ろう。隊長を怒らせると後が怖いし、何よりリィナを山の手の学校に行かせる為の資金がそこを突く。

(今だってギリギリなんだ・・・・犠牲になるのはもう十分だ。リィナだけでもしっかりと生きてもらわないと)

かなり切実な、世知辛い世の中だった。




同じ頃。
サイド1宙域エリア25と呼ばれる区画に一隻の大型戦艦が航行している。
ネェル・アーガマ級大型戦艦、ロンド・ベル艦隊旗艦。
それを、この新造戦艦にして第13次地球軌道会戦勝利を決定付けた戦艦を指揮するのはブライト・ノア准将。
尚、前任者にしてロンド・ベル艦隊司令官は新設された第13艦隊に赴任。
そのエイパー・シナプス中将の後任として、ティターンズ所属の独立機動艦隊ロンド・ベル指揮官に就任した。
彼らネェル・アーガマのメンバーが運用する機体はORX-005ギャプラン9機(ユーグ・ローグ中佐、ヤザン・ゲーブル中佐、ユウ・カジマ中佐、カムナ・タチバナ少佐、シャーリー・ラムゼイ大尉、パミル・マクダミル大尉、マット・ヒィーリー少佐、ラリー・ラドリー大尉、アニッシュ・ロフマン大尉)。
ガンダムMk4一機(アムロ・レイ中佐)、『Z計画』の試作機であるMSN-00100「コードネーム・百式」(フォウ・ムラサメ中尉)が1機、MSN-001A1デルタプラス1機(カミーユ・ビダン技術中尉)の12機に、護衛のペガサスⅢにはRGM―89の初期生産型であるジェガンが12機搭載されていた。
艦載機のジェガンタイプが周囲を警戒する。

「各機の警戒、怠るな。ガンダム試作二号機の件もある。気を抜かず事故に注意しるように。
デブリに衝突するなんて間抜けは腕立て伏せ1500回だと言っておけ」

ブライト准将の声が各機に聞こえる。ミノフスキー粒子は戦闘濃度では無い。まして先の水天の涙紛争は新型ガンダムの同時強奪とウィリアム・ケンブリッジ長官、ミネバ・ラオ・ザビ、ドズル・ザビ暗殺未遂という同時多発テロから始まった。

「あの教訓をむだにしてはならない、か。ブライトもまだ気にしている・・・・各機、散開しろ。
いつ残党軍が現れるかわからないぞ!」

アムロ中佐の声に反応する。ガンダムMk4が戦闘モードに移行する。
それにつられてか、散開するジェガン部隊。まだペガサスⅢにしか配備されてない少数の機体だ。
RGM-89ジェガンとは、AE社の開発したネモの技術とグリプス工廠のガンダムMk2とガンダムMk4の開発データ、実戦の戦訓を元に改良されたジム系列の最終発展型。その集大成。それがジェガン。
これに対抗できる機体はジオン公国のガーベラ・テトラ改くらいだが、それでもガーベラ・テトラ改がジオン公国軍特有のワンオフ機体に近い。
そして、そのワンオフ機特有のその予算高がジオン軍の軍事費を増大させて、ジオン公国それ自体の国庫を圧迫させている事から量産性と整備性に優れたジェガンの方が兵器としては優秀であると太鼓判が推されている。
戦わずにジオン公国を圧していると言う点でも。
実際、第13艦隊とロンド・ベル艦隊に配備される総数は予備機や改修機体も含めて250機を超すと見積もられているが、ジオン公国の親衛隊専用機ゼク・アインとそれにも対抗可能なガーベラ・テトラ改は合計で100機に満たない。
この様な状況下でサイコ・フレームと呼ばれる新型サイコミュの搭載ガンダムタイプ開発計画、『UC計画』、『N計画』、『Z計画』の三計画を同時並行する連邦の国力の恐ろしさは凄まじかった。
その執念の凄まじさの原点をブライト・ノア准将は艦橋の提督席で思う。

(やはり一年戦争や水天の涙紛争で地球の大半が無傷で残ったのが大きいな。
一年戦争での戦地となったヨーロッパも南欧と西欧は比較的に戦火に晒される事が無かったし、特にロシア・ヨーロッパ地域や北欧に至っては無血占領と無血奪還に近かった。
そう考えればこの開発計画や艦隊増強案『ニュー・ディサイズ』も納得がいく。
それに水天の涙、ソロモン核攻撃で壊滅した二個宇宙艦隊の再建は延長。のこりの50隻は民間軍事会社だから連邦政府が損害を保証する必要はない。
元々、民間軍事会社を傭兵として嫌っていたウィリアムさんだ。これ幸いにと有力会社の取り潰しを行ったと言えるだろうし。
まあ、残った残党軍が完全に宇宙海賊化している現状だけはなんとかしないといけないがそれ以外は可もなく不可も無く・・・・いや、いけない。
どこにどんな失態を犯すか分からん。第二のバスク・オムになっては死なせてしまった全ての将兵に申し訳が立たない。
気を引き締めるのは自分だ。そう、この俺だ)

ブライト・ノアの考察は正しい。
地球連邦は現在、新たなスペースコロニー建設ラッシュと中華地域を初めとする地球経済の好転、宇宙経済の好景気、海軍艦艇の廃艦・縮小と旧非加盟国との冷戦解除による300万名に近い地球連邦陸軍の準動員体制の解除により各州の経済は好転。
また、ギレン・ザビが連邦に脅しをかけた、一週間戦争初期のコロニー落としが単なるブラフであった事も好材料である。
その為、つまり現実には地球へのコロニー落とし作戦が無かったが故の地球経済圏の安定をもたらした。
加えて、ティターンズの初代長官ジャミトフ・ハイマンとその手下扱いされたウィリアム・ケンブリッジの行った統一ヨーロッパ州や各コロニーサイドの戦災復興需要による経済活動は唯一生き残った三大経済圏の太平洋経済圏を躍動・躍進させる。
太平洋経済圏に連動するインド洋経済圏(アラビア州、アジア州、南インド州、南アフリカ州)の新設も地球圏全体の好景気化、これに拍車をかける。
更には宇宙のジャブローと呼ばれる程の拡大を見せるグリプス工廠の拡張に、ティターンズ職員や各企業の『赴任』という形を取った北米州と極東州、アジア州からのサイド7の新設コロニーへの人材供給。
また、依然として続く思想弾圧中の中華地方からの自由を求めた亡命者の各サイドの受け入れ。
実際、今の地球連邦政府の体制と準加盟国の政治体制を比較考慮すると、宇宙の方が地球の中華地方よりもはるかに安全で、思想・財産を初め多くの自由を保障され、生活も良い。
と言う事で新住民(これはウィリアム・ケンブリッジが提唱した融和政策の一環)は反地球連邦という動きは少ない。
逆にだ、ゴップ内閣官房長官の望んだように、地球への憧憬を持つ人々の受け入れ態勢も地球連邦構成州ごと、地球連邦加盟国毎にバラつきがあるとはいえ順調に整いつつある。
その最たる者が、半年間のワーキング・ホリディを中心とした地球連邦構成国・太平洋諸国へのスペースノイド留学生、住民の一時受け入れ政策だ。
これはスペースノイド対アースノイドと言う対立軸を和らげる必要があると感じたゴールドマン首相とゴップ官房長官、そしてジャミトフ北米州副大統領にマーセナス北米州大統領、またもや不運な事か幸運な事か『救国の英雄』として何故か巻き込まれたティターンズ第二代目長官のウィリアム・ケンブリッジが関与していた。

その情勢下で行われる『Z計画』のテスト。
付近にはブッホ・コンシェルの船が航行中だが関係ない。
そもそも『UC計画』『N計画』の二つは極秘扱いだが、こと軍事的抑止力と言う意味で、カミーユが参加する『Z計画』は公開されている。
あまりにも露骨かつ秘密主義的な軍拡は第二次一年戦争を引き起こす可能性があるとバウアー内務大臣が言ったからだ。それが受け入れられた結果である。

「ブライト准将、全機発艦完了。予定位置に到着します」

トーレス伍長が報告を上げる。

「よし、艦隊反転、目標である第12独立戦隊と第7独立戦隊のMS隊に対して攻撃態勢に入る。ギャプラン隊は後方援護、カミーユ機とフォウ機は先発、残りは周辺宙域の警戒作業に当たれ。
この宙域は一年戦争の残骸が多い。360度警戒作業を怠るな。デブリは下手なバルカン砲よりも余程脅威になると言う事を忘れるなと伝えろ」

そう言いつつも、メイン・パネルで模擬戦闘を見る艦橋らのスタッフ。いや、手空き乗組員にデータ吸出し班。
二機の「Z」計画の機体が迎撃に出るジムⅡをあしらう。華麗に。優雅に。綺麗に。
迎撃するジムタイプの模擬ビームライフルのビーム攻撃を回避して、ウェイブライダーのまま一気に防空網を突破、最初のサラミス改級巡洋艦を撃沈する。
ウェイブライダーと呼ぶMA形態で戦線を突破したカミーユ機。その後ろからカミーユを狙う二機のジムⅡ、それを二撃で二機とも落とすフォウ・ムラサメの駆る百式と呼ばれる金色機体。
軍隊らしからぬ機体色で、後にジム・クゥエルと同様のティターンズカラーにする予定だ。尤も、母港であるグリプス要塞(既に要塞と呼べるにふさわしい規模になっている)に帰還してからだが。
そして件の二人、フォウとカミーユは抜群のコンビネーションと言える。
後方のギャプラン隊は何もして無いにも拘らず戦闘開始から3分で12機のジムⅡと3隻のサラミス改級が沈んだ。

「これがウェイブライダー・・・・・早いな、あの可変機であるギャプランも早かったがそれ以上だ」

と、そこにアムロ・レイ中佐が通信回線を使って声をかける。
指揮シートに座る艦長にして艦隊司令官のブライトに。

「それにギャプランの欠点だった戦闘継続時間の増大にも成功している。
可変機構はその分複雑になったが、大気圏突入とかいう訳のわからない機能は排除したし、その分装甲を強化したから良い機体になるだろう。
それにしても優雅だな。ブライト、本当にこれはテスト飛行なのか? これが初めての処女飛行とは思えないぞ」

確かにその通りだ。
ブライトもそう思う。今だ悔恨する、かつて眼前で奪取されたガンダムMk2よりも遥かに良い機体の様だ。

(いかんな、後悔するのと引きずるのと反省するのは全て違う。
今は前の失敗を犯さない様に全力を尽くす事だけを考えよう。
それに第3独立戦隊と第4独立戦隊も周囲の警戒に出ているから問題は無いだろう)




そして凡そ2万km離れた距離では。
ジュドー・アーシタは最大望遠で一瞬だけ捕えたMAからMSに変形した機体を見て感歎の溜め息をもらす。

「ほー、あれが新聞で噂の新型のガンダムか」

そう思った。この演習を盗み見していたジュドー・アーシタ。
盗み見とは失礼な言い方かもしれない。
実際この演習は公開されている。

『ニュー・ディサイズ計画は可能な限り公表し、対テロ戦争に備えつつ、ジオン公国との緊張緩和を行います』

それが計画発表時のケンブリッジ長官の発言。
最近良い様に連邦政府の広告塔扱いとされてきているとは本人が妻に溢した愚痴である。そして真実であり、事実でもあった。
無論。公約を破る事無く地球連邦政府は対テロ特殊部隊としてのロンド・ベル艦隊と対ジオン国防戦略から新型機開発を公開。
既に可変機やムーバルム・フレーム、ハイパー・メガ粒子砲など明らかにジオン本国を凌駕する部隊を持つが故の強者の余裕だった。
ザク・フリッパーを中心とした偵察部隊が宙域ギリギリに展開しているのは第3偵察艦隊の報告で分かっている。
ブッホ・コンシェルの船が定期便として航行しているのも、だ。当然ながらロンド・ベル艦隊の本来の任務である以上、有事の際には彼らの保護が第一義務とされている。

「お、こちら01、第二方向に宇宙速度39ノットのデブリ発見、これを回収する」

そう言って、ジュドー・アーシタの乗るジム・コマンドがブッホ・コンシェルの研修生が乗ったシャトルに近づいたゴミを回収した。

(これで七つ目。結構数が多いしスピードも速い。気を付けないとな)

MSの実技訓練が終了して3日目の新人にしてはあり得ない記録だった。
特に初日の暴発事故で明らかに死角のデブリを見事に盾で受け止めたのはブッホ・コンシェル本社からマイッツァー・ロナ首席補佐官を経由してティターンズ広報部に挙げられている。
それを見たティターンズはルー・ルカ少尉を派遣する事にした。
その彼女が教官役としてジム・クゥエルに乗って合流する予定だった。

「レーダーに反応。MS3機・・・・例のルー・ルカって人のかな?
あれれ、予定よりも30分は早いぞ・・・・変だなぁ・・・・何だろうこの感じ。この寒い感じは?」

妹の乗るシャトルを護衛する兄。妹のリィナ・アーシタはティターンズが戦災復興プログラムで立ち上げた各企業の慈善教育プログラムの一環としてブッホ・コンシェルの経営する私立学校に入学。
彼女の、リィナ・アーシタの成績は中の下だったが、その代わりに兄であるジュドー・アーシタが宇宙開発工事とデブリ撤収作業でブッホ・コンシェルの一員として働くという条件で学費支払を20年単位で猶予される事になった。
しかも、兄妹の衣食住は他の生徒と同様、無論最低限ではあるという但し書きつくが、ブッホ・コンシェルが保証する。
これはティターンズ中枢に近いマイッツァー・ロナの、ウィリアム・ケンブリッジの影響だと後世の歴史家は判断する。
彼なりの『高貴なる者の義務』を実践していたのだ。
無論、アーシタ兄妹は他の募集したメンバー、選抜試験から落ちた人から比べて運が非常に良かったのは否めない。

「あれ? ザクタイプが2機・・・・と・・・・・識別不明機・・・・機体照合・・・・アクシズのガザD?」

OSの識別表では近づいてくる機体が事前に言い渡された合流予定の地球連邦軍ティターンズ所属のジム・クゥエル小隊ではなく、ザクⅡF2型、ザクⅠ、そしてグリーンの塗装がされたガザDとなっている。
おかしい、何か変だ。そう直感したその刹那。ガザDからビームが放たれた。

「あ」

確かに聞こえた。その直後爆発音が宇宙に響いた。
響く筈の無い音を光学センサーで感知した各機のジム・コマンドはパイロットのヘルメットに伝達する。
教官の乗ったジム・コマンドが撃墜された。その撃墜音を。そしてそれは未熟なパイロットたちに伝染した。
恐怖と言う形で。

「う、うぁぁぁあぁ!!!」

「ざ、ざ、残党軍!? アクシズ!? 何でこんな所に!?」

接近する三機の所属不明機。恐らくは同僚の言った様にアクシズかジオン残党軍だろう。エゥーゴなら連邦系の機体を使うはずだ。

(もっとも、そんなん気休めにもならないけど!! ええい、やるっきゃない)

即座に近くにいた地球連邦軍に救難信号の信号弾を発射する。それも全て。
その判断をできたのはジュドー・アーシタの乗っていた01のみでのこりの02,03は恐慌状態に陥ってしまった。
残りの同僚が必死でビーム・ガンを撃つ。だが当たらない。
当たり前だ。相手は戦争の玄人。こっちはただのゴミ処理業者、所謂ジャンク屋だ。

(戦闘訓練なんかシュミレーションでしかやった事無いぞ!)

ジュドーも焦るが他の二人の焦りはそれ以上だった。
時間さえかければ連邦軍が救援に来る事を忘れている。

「くそ、くそ、ザクなんかに! ザクなんかに殺されて・・・・・」

ザクⅡF2はビームを巧みに回避してザクマシンガンを02に撃ち込む。装甲版が剥離し、学生運搬用の大型シャトルにまで破片がぶつかる。

『全員ノーマルスーツを! 早く!!』

先生の声が聞こえた。少なくともジュドーには。
あそこにはリィナがいるのに。まだノーマルスーツも着ていないのか?

(早く!! 早く何とかしないと!!!)

ジュドーが憤る。
と、ザクⅡF2がマシンガンを構える。撃った。間違いなく、02のコクピットに直撃だ。良い奴だったのに。
今度出来ちゃった婚で結婚するとかほざいていた奴だったのに、何にも出来ずに目の前で殺された!

「てめぇぇぇ!!!」

02のコクピットに大穴が開いたのを確認したジュドーの中で何かが切れた。
ジム・コマンドでは勝てないかも知れない。数は既に二対三で向こうが有利。性能は互角かガザD相手では不利。しかも敵は玄人。こっちは素人にパニック状態。
だが、今自分が逃げれば一年戦争で両親を失った悲しみを繰り返す。
あのシャトルには最後の肉親であるリィナが乗っているのだから。それだけは、妹を置いて逃げだす事だけは出来ない。
一気にバーニアを吹かせる。

「よし・・・・よし・・・・よし・・・・いいぞ!! 行け!! 02の仇・・・そこだ!」

互いに高速機動で射撃軸を回避し合いながらも、ジュドーは一発だけしか発砲しなかった。
そして、その一撃は確実にザクⅡF2を貫いた。奇跡の一撃。まぐれ当たり。
そう見切りをつけるガザDとザクⅠ。ザクⅠはシャトルを、ガザDは後方から厄介なジム・コマンドを狙う。

「これで一つ・・・・って、後ろ!!」

咄嗟にペダルを踏んで、機体を180度反転させる。そのままビームサーベルを使ってガザDの攻撃を受け止める。

『まさか!?』

敵の、ガザDのパイロットの声が接触回線で聞こえた。確かに必中の間合いだった。相手は確実に気が付いてなかった筈だ。
そう思っていたのに、この目の前のジム・コマンドのパイロットは性能に勝る筈のガザDのビームサーベルを受け止める。そして即座に反撃に出る。

「あんたら!!」

接触回線で怒りをぶつける。ふと、ビームの光をわざと消す。そのままの勢いで空振りするガザD。とっさにジュドーは右足を使って頭部に蹴りをくらわす。
コクピットブロックごと肉体がつぶれるような嫌な感触が操縦桿から伝わった、そんな気分がした。
とにかく、ジュドーの蹴り技で頭部にコクピットがあるガザDのパイロットは死亡。これで残り1機だけ。
一方で、残ったザクⅠがバズーカを構えた。それを見てジュドーは咄嗟に叫んだ。

「03、散弾だ!! 盾を構えろ!!」

その言葉通り、ザク・バズーカの弾は散弾。シャトルを守るべくジュドーは自らの機体を射線上に滑り込ませる。それも最良且つ最適な位置に。
03も同様に。そして手前約50mで弾頭は分裂。いくつもの小さな散弾になってジム・コマンドを襲う。各部に被弾による警戒音鳴り響いた。

「このぉ!」

ビームを撃つ。が、向こうは既に射程圏外離脱した。そのまま宇宙の闇に消える。
そして。

「う・・・・くそ、はきそうだ・・・・って、あれは?」

目の前に二隻の艦が来る。一隻は見た事がある。アーガマ級だ。
もう一隻も思い出した。ネェル・アーガマだ。ロンド・ベル艦隊の総旗艦だ。
じゃあさっきの地球連邦軍か? 救難信号を見て駆け付けてくれたらしい。

「た、助かった、のか?」

その後の調査で以下の事が判明。
シャトルはエンジンが破損。結果、ネェル・アーガマに全乗組員・学生を収容しそのまま最寄りのコロニー、シャングリラに入港する事になる。

そしてジュドー・アーシタは運命と言う名の女神と出会う。

そこに新たに戦場に到着した一機のジム・クゥエルがワイヤーを繋いで接触回線を開く。

「そこのジム・コマンド聞こえる? 大丈夫!? 生きてるわよね?」

その声に漸く安堵する。自分は助かったのだと思う。妹も無事だ。
吐き気も収まってきた。そして周囲には見た事も無い新型のMS隊が展開している。
いや、あのダカールの日で有名になったギャプラン6機も存在している。

「あれ、今の声は女の人?」

「あら? 女で悪い?」

え、と。そんな事は無い、寧ろ大歓迎。そう言おうとして立ち止まる。

「あ、シャトルは!? リィナは無事ですか!?」

叫んだ。そして慌ててシャトルに行こうとして止められる。
止めたのは金色の機体だった

「そこのMS。慌てるな。
その状態でシャトルに近づいてぶつかったりしたらどうする。ボロボロだぞ」

自分と同世代の声。そして不思議な事に彼の視線から見た自分のジム・コマンドが見えた。
思い描いたイメージでは散弾の直撃でジム・コマンドの両足がいかれている。
いつデブリか何かぶつかって引き千切れても可笑しくない状態だった。

(確かにこんな状態でリィナに近づいたら不味い・・・・あれ? 俺は何でこんな事が分かる?)

そう思いながらも礼を言う。

「ありがとうございます、その、これからの指示を下さい。頼みます」

と。それから1分くらいしてネェル・アーガマに着陸させるから生命維持装置を残してエンジンを切るように言われた。
言われた通りにエンジンを最低限の出力にまで落とす。そして金色のMSとジム・クゥエルに付き添われて着艦した。

「あなた、名前は?」

ジム・クゥエルのパイロットが聞く。
答えるジュドー。

「ジュドー・アーシタ。ブッホ・コンシェルのMS業務部門のNo1597のパイロット候補生です」

サブモニターに移ったティターンズの黒いノーマルスーツを着た女がそれに驚く。
そしてヘルメットのバイザーを開けて言った。

「あ、言い忘れたけど、あたしがルー・ルカ少尉。
これから貴方にいろいろ聞きたい事があり、その担当になったわ。よろしくね、勇敢な少年君」




その一方でサイド1首都バンチ横のコロニー・シャングリラにはある厄介な客を迎え入れていた。

「はじめまして、私はオードリー・バーン。こちらはバナージ・リンクス。この度は世話になります」

ぺこりと頭を下げる。お忍びとはいえ、他のコロニーサイドへの訪問だ。
0089のウィリアム・ケンブリッジのケンブリッジ家同時テロやゼナ・ザビ暗殺事件(ジオン公国の公的な発表)もあるし、何より水天の涙紛争で彼女自身が暗殺者に狙撃された。
まあ、お忍びと言ってもここはジオン公国のサイド1駐留軍の駐留コロニーにある専門学校であり、武器の持ち込みは宇宙港で固く禁じられているので何とかなると思われていた。
特に司令官がガルシア・ロメロ少将という保身とゴマすりに長けた将官であるなら当然であろう。
まあ、警護隊長を仰せつかった日から胃痛が収まった事が無いと言うのが彼の不安な点だが。

「バナージ・リンクスです、よろしく」

さりげなく手を繋いでいた二人。
それを呆れるように見るのは従姉妹のマリーダ・クルス・ザビ(今はエルピー・プルという名前で登校中。無論、暗殺防止のための偽名。既に半分は冗談だが)であり、情操教育の一環として宇宙に連れて来られたブライト・ノアの息子と娘であるハサウェイとチェーンだった。
教室はゼミ形式を取るので狭い。10人も入らない。先生はザビ家の直系の一人であり、現在は後継者問題から自身の子供を作る事を諦めたガルマ・ザビ。
数年ぶりの宇宙。尤も帰国が許された訳では無い。
あくまで各サイドへの表敬本問中であり、丁度、姪たちに会う事になったので2週間の滞在期間中は彼らに自分の体験談を語る事になった。
(なお、各サイドへは表敬訪問であり間違っても謝罪では無い事に注意されたし。
ギレン・ザビ公王はこう考えている。あのジオン独立戦争は正式な手続きを踏んで正統な方法で勝利したのだ、と。
NBC兵器やコロニー落としはあくまで脅しであり、現実に使用してなかった以上追及される謂われはない。
それがジオン公国の公式見解であり、地球連邦も黙認している政治姿勢である。これが反地球連邦運動であるエゥーゴ派閥の決起に繋がったのだがそれは割愛する)

「それでは新たにもう二人加わります、入りなさい」

ガルマがそう言って扉を開ける。
入ってきたのは利発そうな中学生の少女。

「リィナ・アーシタと言います、どうぞよろしくお願いします」

「マナ・ケンブリッジです、この中では一番年上だけどよろしくね」

ノア家、ザビ家、ケンブリッジ家の中に放り込まれた小市民のアーシタ。
これが如何なる渦を巻き起こすのか、それとも波紋で終わるのか、まだ誰にもわからない。

ところで兄のジュドー・アーシタはどうしたのだろうか?
彼は取り調べ中だった。
と言っても非人道的では無く任意の取り調べで、しかもネェル・アーガマの艦長室でブライト・ノア、アムロ・レイ、ルー・ルカの三人から受けていた。

「では君は咄嗟の判断ではなく、確かに見えない筈の後方からの敵機が見えた、そう言うのだね?
しかも見えない筈の爆発にも、敵の思考も読み取ったと、そう言うのか?」

ブライトの質問に答えつつもジュドーは思う。
大人は苦手だった。
いつも偉そうにして、肝心要な時には逃げ出す。あの一年戦争でもそうだったのを俺は覚えている。

『最後まで戦おう、侵略者ジオンを追い出せ』

そう言っていたサイド1政府首脳部と経済界や連邦軍のお偉いさんはさっさと逃げ出してしまった。
唯一残った部隊も俺たちに乱暴するだけ。大人たちは連邦軍がいる間は地球連邦政府万歳と叫び、侵略者、無法者ジオンを追い返せと息巻いた。
ところがルウム戦役で連邦軍が壊滅し、ジオンが全コロニーサイドの制宙権を掌握、その後に占領軍を各サイドに展開すると大人たちの対応は豹変。
死んだ者は無かった事にされた。更に義勇軍と言う名目で連邦軍だった大人たちをジオン軍に売り渡す。
さらには忠実な飼い犬の様にジオンへの義援物資を送る。
もちろん、徴収された義援物資の何割かは使途不明、或は戦争の為と言う名目で闇に消えたっていう噂だ。本当かどうかは知らないけどありそうな話だ。
そして極めつけは戦犯であるレビル将軍の『チェンバロ作戦』と『星一号作戦』の二つ。これらの発動とルナツー基地を出港した7個宇宙艦隊の進撃。
ジオン軍が要所であるソロモンを短時間で失陥すると今度は連邦派を名乗る連中がジオン派を弾圧。それから一日後に連邦軍主力が失われると次は連邦派へのリンチ。
最終的には連邦軍がア・バオア・クー要塞から退却し、ジオン軍の捕虜が捕虜交換で撤収する事であの騒ぎは、戦争と言う悪夢のお祭りは終わった。
だけど、残ったのはサイド1内部のいざこざ。それを利用されたのがエゥーゴの反地球連邦政府活動だろう。

(少なくとも、俺はそう思う。ティターンズも地球連邦もエゥーゴもアクシズもジオンもみんな一緒だ。
大人たちの勝手な思惑で俺たち子どもたちを振り回したのに変わりは無いじゃないか!)

そう言ってやったら目の前の人物は自分が思った以上に大物だった。
いつの間にかそう言っていたらしい。激情家であるのを注意しろと学校でも妹にも言われたのに。

「その通りだ・・・・謝って済む事ではないが・・・・すまなかった」

ここでは連邦も軍も関係ない。一人の大人として対応する。
ブライト・ノアという地球連邦軍のエリート将官はそう言って頭を下げた。誠意をこめて。

「・・・・あ、いや、わるかったよ、あんたの、ブライト・ノアさんの事は知ってる。アンタだって戦争の被害者みたいなものだよな。
ただの中尉さんていう下っ端がホワイトベースの艦長にさせられて、民間人引き連れてさ、それでジオンの占領地域を横断しろ、だなんて、軍のお偉いさんは無茶苦茶言っているよ」

苦笑いするアムロとブライト。当時を思い出す。
ドズルの勅命で動いていた新型機を有した青い巨星や黒い三連星、闇夜のフェンリル隊に追撃されたあの懐かしい地獄の日々。
時にはガンダムアレクッスを無断で、というか、今なら100%の敵前逃亡をしたと言えるアムロの行動。それに激怒するブライトとアムロの殴り合い。

「若かった。そうだな、アムロ中佐」

「若いですませられるものか、ブライト准将」

何か勝手に盛り上がっている二人。
書記役のルー・ルカ少尉もこれにはついていけない。
何せこれは一年戦争を戦い抜いた、自分よりも世代が上のホワイトベース隊の生の物語だから。それを知るのは本当にごく一握りの人物だけ。

「あのー、で、俺は何が問題な訳ですか?」

それは疑問。そして一番の琴線。
件の戦闘時のブラックボックスとブッホ・コンシェルの提供された事故のデータを解析したロンド・ベル隊は即座にジュドー・アーシタの異常性に気が付いた。
後ろから攻撃した敵機を完全に見切って攻撃を防ぎ、反撃し、撃破する。そして敵のバズーカの弾丸の種類を特定した先読みのセンス。
間違いない。ムラサメ研究所が研究していた軍事定義上のニュータイプになる。
それを保護する事。尤も、カイ・シデンなどによっては軟禁とも言うだろうが。

「君は・・・・・この艦隊にいる三人の人間と同じ素質を持っている、何の素質か分かるかな?」

アムロが聞いた。
さあ、という感じで肩をすくめるジュドー・アーシタ。
それを見てブライトが言葉を引き継ぐ。

「ニュータイプ。聞いた事があるだろう? ココにいる白い悪魔の事を指す言葉だ。
軍事上の定義として、アムロ・レイ中佐や赤い彗星、ジオンの第300独立部隊が示した兵士と同じセンスを持っている、と言う事になる
つまり・・・・多くの軍事関係者から羨望と垂涎の的という訳だ、ジュドー・アーシタ、君はね。」

!? 驚きが顔に出て思わず逃げようとする。
慌てたのか、お茶がこぼれて愛用の黒いズボンにかかったがそれを気にしている余裕はない。
このままだと兵器にさせられる。彼だって地球のムラサメ研究所のギニアス・サハリンによる告発事件は知っていた。
仮にロンド・ベルが自分の予想通り、思惑通り、最悪のシナリオ通りなら最良の実験サンプルか兵士として利用する筈!
そう思って逃げる。
だが、それを抑えたのは一通の紹介状だった。

「ジュドー君、君が混乱するのは分かるけど、少し落ち着きましょう、ね?」

ルー・ルカ少尉の言葉。更に。

「俺達ロンド・ベルは何もジュドー君を兵士にしたいわけじゃない。
それに正直言って勢いで戦争に行く若者は見たくない。
俺の様な、父親を見殺しにしてまで、母親を見限ってまで戦い続けるようなマシーンなんて不要だと思う。
だから・・・・とりあえずで構わない。君の未来の為にも一度座って話を聞いてくれないか?」

アムロ・レイの嘆願。

「君の未来は君自身が決める事だが、それ以上に君は重要な結果を残してしまった。残念なのかどうかはわからないが。
とりあえず、これを用意した。君が同行するなら本艦と君の妹と君の妹のクラスメートと共に地球に降りてみないか?
無論、嫌と言うなら先の戦闘データは抹消する。ガザDとザクは我が軍のカミーユ機が落とした事にして緘口令もしこう。
それでアクシズやエゥーゴ派からの脅威はある程度は防げるはずだ」

確かに、いまここを逃げても艦内のどこかで捕まるだろうし、それにアクシズやエゥーゴに捕えられて問答無用で兵士にされる恐れもある。

(ここはこの人らの言葉に乗せられて見るか)

そう言って封筒を受け取る。
封筒の上部を破り捨てる。

「・・・・・・ええと、0091.02.29の午前9時に面談の要望在り。YESの場合はブライト・ノア准将にその旨を伝えられたし・・・・差出人は・・・・ケンブリッジか」

え?

「ケ、ケンブリッジ? この書類の主ってあのティターンズ第二代長官!? ダカールの日の英雄、ウィリアム・ケンブリッジの事ですか!?」

叫んだ。
唖然としたのは差出人までは知らなかったルー・ルカ少尉も同じだった。ティターンズの黒い制服に青の髪を靡かせて頭を横に振る。

「そうだ、ウィリアム・ケンブリッジ長官ご自身がお会いしたいそうだ。
君の様な人物を野放しにしてその結果、敵対勢力に捕まり君が強制されて地球連邦の敵なれば不本意な犠牲が出る。
これは一年戦争や水天の涙紛争が証明している事実だ。残念ながら、ね。
かといってそこまでの才能を軍事だけに費やすのは惜しいし、非建設的だ。ならばそれ以上の事をするべきである。
だから一度面接をしたい、そう言ってきた」

ブライト准将が答える。
それにオードリー・バーン、つまりミネバ・ラオ・ザビやビスト財団の隠し子バナージ・リンクス、ザビ家直系=ギレン・ザビ公王の長女、マリーダ・クルス・ザビやマナ・ケンブリッジ嬢の護衛と考えればロンド・ベル艦隊が地球に降りる事も問題は無い。
止めに例の外惑星航行可能大型空母(ドロス級の約3倍の大きさ)ベクトラの建造状況も確認する必要がある。その初代艦長としても。

「で、会ってみるかね? この世界を動かしてきた男に」

その言葉は甘美な麻薬。

(会える? 本当に俺みたいなジャンク屋の下っ端だった人間がこの世界を変えた英雄に会える? 本当に!? あの伝説の英雄に会えるんだ!!)

子供じみた、いや、大人でも逆らえない甘美な麻薬にジュドー・アーシタは屈し、ジュドー・アーシタは妹共にこのネェル・アーガマで地球に降りる事を条件に承諾した。




地球、北米大陸、地球連邦政府首都、ニューヤーク市郊外、首相官邸付近、通称ヘキサゴン官邸街にある黒い五芒星の建物、ティターンズ政庁(コンドルハウス)にて。

「お、終わった。漸く終わった。これで明日から三連休だ。二か月ぶりの休みだ。絶対に寝る。絶対に、だ」

部屋の主にしてこの館の主はそう言って突っ伏した。情報端末の電源を切る。
それを見計らったように、ホワイトマン部長と呼ばれだした妻が日本酒を持ってくる。

(なぜわざわざそんなアルコール度数の高い酒を出す?)

まあ仕方ないのでのどを潤す。ビーフジャッキーを食べる。最近また体重が増えると思ったら10kgも激減していた。絶対におかしい。

「お疲れ様。子供たちはもうすぐ帰ってくる。心配性ね、大丈夫、ブライト艦長の運の良さと指揮能力は私が保証するから」

そうだな。そう思う事にしよう。戦友である彼女の方がブライト・ノアらロンド・ベル隊に対する信頼も厚い。
それにジオン親衛隊が秘かに護衛している。だから問題はあるまい。問題はこちらだ。
A4でプリントされた用紙の束を捲る。そこには黒い髪の少年の写真が写っていた。勿論履歴書だからスーツ姿だが。

「ジュドー・アーシタ。軍事学上のニュータイプの素質を持つ存在。手放してはならないとしてゴールドマン首相からの命令で保護をする・・・・いえ、軟禁も考慮する少年か。
リム、いつからティターンズは武装警察から秘密警察に組織替えをしたんだ?」

笑うしかない。
これでは道化だ。しかも少年を人質に取る最悪の男だ。
それを察したのか妻が両手を絡ませる。

「貴方は悪くない。決して、貴方だけが悪い訳では無い。大丈夫、私は一緒よ。子供たちは天国に行く。でも貴方はきっと地獄に落ちる。
だけど安心して。私も一緒に地獄に行ってあげるから。カトリックじゃないけどね」

そういって微笑む妻の顔は50代にも関わらず美しい。嘗てハワイの夜、共に踊った時と同じように。




あと、どうでも良い事だが、思春期に入ったばかりのバナージ・リンクスはオードリー・バーンと名乗っている女の子に魅力を感じていた。
そしてオードリー・バーンと名乗って自由にしている、二人しかいない異性の友達であるバナージに対しても何らかの思いがあるみたいだ。
これはそんな相談劇の一幕。相談相手はシーマ・ガラハウ准将と従姉妹であるマリーダ・クルス・ザビ。

「ねぇ、ちょっといいかな?」

士官学校で校長をやっていたカスペン少将の扱きの合間。
ザビ家だろうが女の子だろうが区別しなかった。この点をドズル・ザビが見込んで暇なときにカスペン校長直々の講義に二人を出席させている。酷い時には軍人養成プログラムをやらせている。
お蔭でマリーダ・クルス・ザビは軍隊格闘技が得意分野になってしまった。
流石の冷静沈着冷酷鉄仮面と地球連邦の市民に思われているギレン・ザビもこの報告を聞いた時は弟のドズル・ザビを怒鳴りつけたと言う逸話が残っている。
そんな暇な時間、与えられたザビ家専用の休憩室で、同い年のマリーダ・クルス・ザビは従姉妹のミネバ・ラオ・ザビの恋愛相談を受けた。

「私・・・・好きな人が出来たかもしれない」

と。
次の瞬間思った。

「それってバナージ?」

その言葉にあたふたするミネバ。その反応が面白すぎる。
これでは明らかにバナージ・リンクスの事ではないか。それにしてもまさか従姉妹がそんな話を持ってくるとは。

(~うーん、これはまず間違いなくガチだ。結構重症だぞ。しかも外堀から埋めて来るとは・・・・あのバカ兄貴とは大違いだ。
因みにあれからもなんどかアプローチを試みている様だが、何ゆえかマナ姉さまの感触は良い様だ。まったく、マナ姉さまもグレミー兄貴の何がいいのやら
あ、いや違うかな? もしかして財布扱い? ならマナさんを見習おうっとね)

かなり失礼な事を思う。
まあ、実の兄貴の恋愛話など知りたくもないし聞きたくもないだろう。思春期の娘が。
そしてマナもあそこまで頻繁に好意を寄せられると戸惑いだしている。結構どうでも良いと言う割には情報通な兄妹関係だった。

(あ~気に入らない、気に入らないったら、気に入らない。あのばか兄貴に続いて今度はミネバ?
どうして私の周りには良い男はいないのよ!!)

幾分か私怨の入った感情で一言。

「そうね。とりあえず・・・・バナージと人前で手でも繋いでみれば?」

というアドバイスをやけくそにして送ってやった。この間、一連のやり取りを見ていたシーマ准将は無表情。
ザビ家の恋愛模様など、毒蜘蛛の放った強烈な死に至る糸以外の何物でもないから。

(あたしも不憫だねェ・・・・せっかく独立戦争の最前線勤務からジオン本国の後方勤務になったと思ったのにこれだ。ジョニーと夜酒でもいくか)

そして冒頭に戻る。




同日、地球連邦官庁街『ヘキサゴン』の一角にて。

「クェス、クェス・パラヤです」

一人の少女が道に迷った。
そんな少女が出会ったのは50代後半の壮年の男。彼は優しげな瞳をしている。
紺のストライプの入った黒いオーダーメイドのスーツにワインレッドのYシャツに水色一色のネクタイと茶色のスーツと同じオーダーメイドの皮靴。

「パラヤ? ああ、パラヤ外務大臣のご息女かな?」

優しい人。パパとは大違い。
目の前の男、ティターンズの黒いバッチを胸につけている以上、ティターンズの関係者なのだろうが、この中庭でただコーヒーを飲みながら青い空を見上げている優男。
そんな男に何故惹かれるのだろうか?
何故、こうも鼓動が早くなるのだろうか? 私はもう子供じゃないのに。

「そ、そうです」

だが、言葉が挙動不審になる。それに気が付いたのか、後ろの男がスタンガンらしきものに手をかけた。
ほかの男女のSPも拳銃を引き抜く。緑のレーザーポインターから発せられるレーザー光線が少女の胸もとに当たる。

(撃たれる!?)

思わず後ずさりする。白いスカートが舞う。
スラックスにしておけばよかったかと良く分からない事を思うが後の祭り。彼らは私を逮捕する気だ、殺す気だ。

(怖い!! パパ助けて!!)

だが、直ぐにその殺気は、三人から少女に向けられた威圧は消えた。

「ロナ君、レオン警視、レイチェル警視、三人ともやめなさい」

「あ、え、パパ? あ、違う、その・・・・」

男が右手を挙げて銃とスタンガンを仕舞う様、命令する仕草をする。
辺りを警戒しつつもそれらをしまう三人。
オロオロする少女。明らかにこれでは悪者は自分達ではないか。

「それで・・・・ああ、怖がらせてしまった・・・・これは私がモカ豆から焙煎し抽出したコーヒーなんだが飲むかね?」

とりあえず、頷こう。そして頂いた。

「に、苦い」

思わず口に出す。そう言って返す。コーヒーの入った水筒をそのまま口づけで飲む。

(あ、間接キスだ・・・・どうしよう)

その時ハッとなるクェス。
少女の周りにはいつの間にか中佐の階級章を付け、アサルトライフルで武装している連邦軍の、エコーズの佐官が兵士らを連れてきていた。

「ケンブリッジ長官、お時間です」

(え? ケンブリッジ長官? じゃあ、まさか!?)

連邦軍の軍服を着た男の人がスーツの長官と呼ばれた男を連れて行こうとする。
コーヒーを仕舞う。チョコレートも片付ける。そして立ち上がる。息が白い。

「やれやれ。相変らず書類戦争か。私はプールで泳ぐ時間もウィンタースポーツを楽しむ時間も無いのかい?」

軽い愚痴を言う。
生真面目なロナ君とダグザ中佐は言葉を詰まらせるが、そこに茶々を入れたのはティターンズの軍楽隊からティターンズの慰安部門のバンド部門に移ったマイク中尉だった。

「え、ああ、そうだ。海水浴ならできますよ。
今度、ヒィーリー少佐の伝手で海兵隊の上陸作戦演習がありますから精一杯汗がかけます。
どうです、なんなら一緒に行きますか? もちろん、俺たちは長官を外から応援しますけど。俺たちの軍楽隊の華麗な演奏と共に上陸用ボートから砂浜に上陸してください」

苦笑い。
全く変わらない。これくらいでないと身が持たないと言うのに。
一部では軍閥化していると言う批判もあるが、自分はそうは思わない。皆が自分の考えに則って、自分なりに生きている結果だ。
だから軍閥を作っているつもりは一切ない。

(マイク中尉が殊更明るく振る舞うのはやはり例のテロ事件を負い目に感じているからだろうな。
そこまで思う事は無いのに、な。
私の方こそ、一年戦争で妻を君たちに救われているのだから。
そんなに恐縮しなくても良いよ。君たち第13独立戦隊のメンバー全員が私の戦友であり、恩人なんだから。だから気安い対応をしてほしいな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・無理だな。うん。引退するまでは絶対に無理だ。そしていつ引退できるかもわからんと来た。神様、本気で呪って良いですかね!?)

とりあえず、教会に行くことは出来ないから次に神父が来た時に懺悔しよう。

『神様、あんたを呪います。この書類戦争に追い込んだ事を』

と、心の奥底から思った事を。
気が付く。視線に移る少女の姿。
そう言えばこの目の前の少女を放置して置いたままだった。

「それで、クェスさんはどちらに行くつもりだったんだい?」

優しげな瞳。先ほどと何も変わらない優しい口調で語りかける。
周囲を囲む、フルヘイスマスクと防弾装備の装甲服を着用したエコーズの面々とのギャップに思わず吹き出しそうになるクェス。

「あの、小父様はもしかして・・・・もしかしなくてもティターンズのウィリアム・ケンブリッジ長官ですか?」

頷く面々。そして再び威圧を受ける。
それを無言で制するウィリアム・ケンブリッジ。

(彼女を怖がらせるな。まだ子供だろう。大の大人が何を怖がっている?)

そう言っている。言葉が、ではない、長官の醸し出す雰囲気が、だ。
この点でウィリアム・ケンブリッジは既に成熟した一流の政治家だった。いや違う、地球圏随一の政治家だったと言える。
彼と互角に戦える人間など20人いるかどうかという程だ。
それを見て思うのはレイチェル・フューリー捜査兼護衛官。
因みに護衛官は地球連邦内務省管轄、地球連邦軍から再編成されたエコーズはティターンズの管轄であるが命令系統の順位はエコーズの方が上である。
事、ティターンズ所属人員に関しては。

(目の前の少女、クェス・パラヤと言ったわね。この少女。恐らくパラヤ外務大臣の娘。年齢も外見も一致する。
でも残念ね、貴方のお父さんと目の前のケンブリッジ長官では政治家としても人としても格が違いすぎる。父親の為に長官を利用しに来たのなら諦めて帰る事よ)

レオン・フューリー(地球連邦中央警察警視)の妻であるレイチェル(地球連邦軍中央警察警視)はタッチパネル式の小型携帯端末を使って目の前の少女のプロフィールを確認して思った。

(役者が違うのよ、役者が。例えあなたの父親が一方的に目の敵にしても、ね)

そんな中会話は進む。

「そうだよ、クェスさん。もしかして・・・・迷子かな?」

首を振る少女。
彼女は言う。

「ちが、違います。ただ・・・・・試してみたかっただけです。ここに来たらパパが探しに来てくれる、そうだろうと思って」

と。だが外務省の人間が、権限縮小という意味では同じでも、その過程は真逆のティターンズの本拠地に来るだろうか?
ましてマーセナス家やパラヤ家は子育てに失敗している家系だと言われている。この点はビスト財団も含まれるか?
そう思う面々。特にダグザ中佐は厄介な事になったと頭を抱えた。そして天気情報を携帯電話から確認する。

「仕方ない、もうすぐ天気予報では雨になる。この一瞬の青い空も幻だ。だから一旦部屋に戻ろう。君も一緒に来なさい。
下手にティターンズの官庁内をうろついているとエゥーゴ派かアクシズのスパイで詰問される。
或は下手をすると拘束されるぞ・・・・・実際この間のパーティーでは少年がテロ行為に走ったのだからな」

ダグザ中佐が全員に撤収を命じる。
ミノフスキー粒子を使われると使えない電子双眼鏡ではなく、普通の極東州製品の双眼鏡で周囲のビルを一度見渡すレオンとレイチェル。

(どうやら、敵の陽動作戦でも無い様だ。クェスお嬢さんの言う通り、ここにこの娘がいるのは本当に迷子かワザとなのだろう。
この父親のID、アデナウワー・パラヤ外務大臣用IDはここまで来れる。外務大臣がティターンズの長官に面会するのは何ら不自然ではないからな。
それに、これがスキャンダルの種になる事も無いだろう。実際のところ今の地球連邦政府に表立った反ケンブリッジ派閥と言うのは存在しない。これは暗黙の了解だ)

レオンはそう思って、最後に中庭と政庁を繋ぐ重い対弾性の強化木造軍用扉を閉めた。




さて、現在地球連邦政府内部に有力な反ウィリアム・ケンブリッジ派閥と言うモノは存在しない。それは何故か? 
これは有名な一つのジレンマがあるからだ。その例題を上げよう。

『ギレン・ザビ、過労で昏睡状態に。その後半年間の長きに渡って生死の境をさまよう』

『キシリア・ザビ、移動中に爆殺。彼女にジオン国内でのクーデター疑惑とケンブリッジ暗殺計画立案の疑惑あり』

『ヨハン・イブラヒム・レビル、ソロモン要塞にて戦死、死後、欠席裁判にて軍籍剥奪』

『エルラン作戦本部長、自決。死後、欠席裁判にて軍籍剥奪』

『ティアンム宇宙艦隊司令長官、水天の涙紛争時のソロモン要塞核攻撃の責任を取り引責辞任、その後軍法会議にて3階級降格』

『バスク・オム准将、第13次地球軌道会戦時の指揮に置いて問題あり、査問会後に二階級降格、内戦続く中央アフリカの補給基地に左遷。
その後に、ロンメル師団を名乗るジオン反乱軍との戦闘で戦死。故意に援軍の派遣を遅らせた形跡があるも真相不明』

『キングダム首相、一年戦争敗戦の責任を取って総辞職。総辞職後、地球連邦議会にて弾劾裁判、懲役15年、執行猶予5年』

『ブレックス・フォーラー中将、軍エリートコースより外れる』

『ガルマ・ザビ、地球に軟禁』

『デギン・ソド・ザビ、地球に軟禁』

『ジーン・コリニー大将、水天の涙紛争の責任を取り、強制予備役編入、その後軍籍剥奪』

『暗殺者カツ・コバヤシ、懲役60年。現在収監中』

『ジオン反乱軍支持勢力であった朝鮮半島北部地域、シリア地域、空爆・地上侵攻により崩壊。この際ロンド・ベル艦隊が活躍』

『シャア・アズナブル、全世界指名手配。懸賞金1000万テラ』

『アクシズ艦隊、エゥーゴ艦隊、ジオン反乱軍艦隊犠牲率8割強。
この戦闘の加害者はウィリアム・ケンブリッジ派閥と言われていた第1艦隊、第2艦隊、第12艦隊、ロンド・ベル艦隊』

『ダカールの日、強制演説によるエゥーゴ派の支持基盤崩壊、彼らの逃亡生活開始』

『ウィリアム・ケンブリッジ狙撃犯、妻、リム・ケンブリッジに絞殺されかける。その後自白、自供、精神錯乱の為、エゥーゴ派収容隔離病棟へ移送』

『ケンブリッジ家爆殺テロ、銃撃戦にて妻のリム・ケンブリッジが自ら主犯者を射殺』

最低でも、主だったモノでもこれだけある。
つまりだ、言い換えるならばウィリアム・ケンブリッジやケンブリッジ家に関わって尚且つ敵対した者は殆どが失脚するか、死ぬかしている。
逆にジャミトフ・ハイマンやクラックス・ドゥガチ、ロンド・ベル隊のエイパー・シナプス中将などは彼の影響下で栄光を手にした。
ジャミトフ・ハイマンは次期連邦首相に最も近いと謳われ、シナプス中将は内々定だが地球連邦軍宇宙艦隊司令長官になる事が決まった。つまり大将に昇進する事も決定事項と言う事だ。
彼、ウィリアム・ケンブリッジと間接的に関係のあるニシナ・タチバナ大将は次期統合幕僚本部本部長の予定である。
もちろん、パイロットたちや白い悪魔のアムロ・レイなどもその最たるものだ。

『味方には幸運を、敵には不幸を』

実はこれ、政界では公然たる噂として流されているウィリアム・ケンブリッジの噂なのである。しかもかなり信憑性が高い厄介な噂。
何よりもジンクスとなっているのは間違いない。
伊達に裏で恥ずかしい公称。
『政界の死神』とか、『疫病神ケンブリッジ』とか、『呪術師ウィリアム』などと呼ばれていはいない。
まあ本人に聞かれたら最後、自分もその超常的な何かで失脚しそうだと言う事で本人やケンブリッジ家の面子は知らないのだが。

「そうか、来てくれるさ。親を嫌う子供はいても、子供を嫌う親はいない、それが私の思いだからね」

本当にそう思いますか?

「少なくとも、私たち家族はそうだった。それは傲慢な発言かもしれないが・・・・そうであれかしと思い描けば、そして生きている限り道は開ける。
どれほど深い谷底でも、底がある限り埋めきれないと言う保証はない。信じなさい、必ず谷間は埋まる」

そう言って、ウィリアム・ケンブリッジは去って行った。
クェス・パラヤはその言葉を胸に父親が来るのを待った。待ち続けた。
そして父親が来て一番にした事は娘を抱きしめる事でもなく、娘の非礼を謝る事でもなく、娘を叱る事でもなく、ティターンズの警備体制の甘さを問い詰める事だった。
それも連れて来た官僚らと実の娘の前で。




宇宙世紀0091.02.29

「ネェル・アーガマ、入港しました」

「第一隔壁閉鎖完了。第二隔壁閉鎖完了。第三隔壁閉鎖中・・・・完了。全隔壁閉鎖完了しました。
これより作業員は耐放射線除染水噴射並びに放射能除去作業開始。総員ノーマルスーツ着用を忘れるな。
それが済み次第、一般作業員は各種艦内、艦外チェックを急げ」

ニューヤーク市郊外ヘキサゴンの更に郊外にあるニューヤーク基地でロンド・ベル艦隊旗艦は補修作業に入った。
そうした中、数台の電気自動車が向かう。目標はティターンズ政庁。黒い館、コンドルハウスの異名を持つ場所だ。
ティターンズの本拠地、地球連邦に歯向かう者にとって最も遠く、最も重要な攻撃目標である。

「緊張しているのか?」

アムロ・レイ中佐がジュドー・アーシタと何故か同行を命じられたカミーユ・ビダン技術中尉に聞く。

「「当たり前です(だ)」」

そうだろうな。何せ相手は『ダカールの日』で地球連邦の未来を決めた男。
地球連邦最大の英雄なのだから。
そう考えれば彼らが緊張するのも理解できる。

「まあ、下手な事・・・・そうだな、拳銃をいきなり突き付けたりしないかぎり大丈夫だろう」

「拳銃って・・・・アムロさんはそういう経験があるんですか?」

何と非常識、というか命がけな馬鹿な行動をやるのですか、と言う目で見るカミーユ。
むろん、ジュドーも似た様な感想を抱いた。

「いや、カミーユ、流石にないよ。それをやったのは俺のホワイトベース時代の・・・・まあ被保護者みたいな奴だったな」

そう言って窓の外見る。既に夜の帷が下りてきた。
ネェル・アーガマに乗っていたエルピー・プルとオードリー・バーン、バナージ・リンクスは別行動だ。
彼らには到着早々、地球連邦北米州の情報局と彼らの持つ特殊作戦群(つまり地球連邦の特殊部隊)とSPらがついてニューヤークの学校に行った。
仲良くなったリィナ・アーシタも同様だ。

「ふーん。まあいいか。流石にそんな事はしないよ。
それでアムロさん、カミーユさん。後どれくらいでつくんだい?」

ジュドーが着慣れてない黒いスーツに灰色のシャツを着て、青いネクタイを若干緩めながら聞く。靴は量販店で買った黒いひも付きの皮靴だった。
一方で聞かれたアムロは青い独特の特注軍服。カミーユはティターンズの黒い制服に第四種コートを羽織っている。
車内のエアコンはついているが、夜の帷と共に白い使者が高速道路を染め上げる。恐らく雪は強くなるだろうな。

「だいたい30分前後だな。とりあえず、飲むか? インスタントじゃない、キリマンジャロコーヒーのエスプレッソだ。
宇宙ではあまり飲めないからな。
幾らアフリカ各州がコーヒー類など輸出に積極的で、各サイドが輸入に前向きとはいえ・・・・ジュドー、君も体験している通り宇宙ゴミの掃除や宇宙海賊化したジオン反乱軍とアクシズ、エゥーゴがいる。
彼らの活動がある地域ではどうしても護衛を付ける必要があり、その分輸送コストが増大する。
これは当たり前の事だ。
彼らは正規戦闘を断念し、地下や暗礁宙域に潜伏する事で謀らずとも旧世紀にあった二度の世界大戦時のドイツ海軍の様な通商破壊作戦を宇宙規模で展開している事になる。
それら掃討の為の偵察艦隊だが、宇宙は広大で一度航路を外れると復帰に時間がかかる。それを考えれば・・・・・残念ながら作戦は上手くいって無いな」

流石は現役でエリート部隊の中佐である。的確な判断だ。
これ(残党軍の始末)は現在、地球連邦政権のゴールドマン政権下でも議論されており、連中の拠点であろうアクシズ要塞の早期発見と撃滅が最優先課題になっている。
そしてレイニー・ゴールドマン首相は、0091の正月明けに最初の外交交渉としてサスロ・ザビ総帥にジオン艦隊動員も要請していた。
宇宙で唯一自己完結できるコロニーサイドはサイド3ことジオン公国であり、軍備力も急激な新型機への入れ替えでマラサイを中心とした第二艦隊、第三艦隊、ガルバルディβを中心としたジオン親衛隊艦隊がある事からそれに拍車をかける。

(まあ、ジオンはジオンで苦しいだろう。予備のマラサイは0だという噂も強ち誇張では無いかもな)

ゴールドマンとゴップはそう思った。事実、マラサイの生産の為にリック・ドム系列とペズン計画の機体は全てコロニー駐留艦隊に引き渡した。
後は解体かジオニックなどの国内企業にレンタル。戦時の際には再徴発する事を視野に入れたマ・クベ首相の苦肉の策である。
そしてそれを知った上での警備艦隊の派遣要請。
まあ、のらりくらりとかわされているが。
ただし、ジオン側もこの点での協力は覚悟しており事実、ティベ級1隻とムサイ後期生産型2隻の三隻一グループの偵察艦隊を再編、動員する為の補正予算を組む事としている。
仮にアクシズが狙うとすればジオン本国か地球それ自体の可能性が高かったからだ。

「まあ、偵察艦隊と多数の偵察衛星が地球軌道と月軌道にあるからコロニー落とし作戦なんて物騒で最悪な作戦も即座に分かる筈だけどな」

アムロ中佐は敢えてお気楽に言うがそうでは無い。
仮にギレン・ザビが一週間戦争で狙ったようなコロニー落とし作戦で地球軌道の阻止限界点を突破されれば地球は大打撃を受け、現在の繁栄は無くなる。
しかもアースノイドはコロニーを落とす者を許さないだろう。それがたとえ一部のスペースノイドやルナリアンの暴走でも関係ない。
コロニー落とし作戦が即座にスペースノイドの弾圧に繋がるのは予想以前の問題だ。
そして一度コロニーが地表に落着すれば二度と地球の環境は戻らない。少なくとも向こう10世代は、だ。
もちろん、アムロだってその危険性、重要性は分かっている。カミーユも技術中尉とはいえ事の重大さを理解している。
だからこそ、ロンド・ベル艦隊の一員として積極的にアクシズ捜査に参加しているし、今も尚、アーガマやペガサスⅢ、ブランリヴァルは艦隊として宇宙を探索中だ。

「しょうがない・・・・起きても無い事を心配し過ぎるのも良くは無いです。それよりもだ、ジュドー、君こそしっかりしろよ。
君の望み、ティターンズの黒い制服を着るんだろ? 妹さんを大学に行かせる為に。その大チャンスだ。ですよね、アムロさん」

アムロはそれを聞いて苦笑いした。

(全く、カミーユはあの日からずっとケンブリッジ長官を慕っている。良い事なのか悪い事なのか・・・・ウィリアムさんも厄介な事ばかりに巻き込まれるな)

あの日、父親フランクリン・ビダンが捕まった時、カミーユ・ビダンは恩赦を願い出た。即座に見捨てられたとはいえ実の父親。
自分が見捨てればそれだけで同罪になる、と。
そしてカミーユ・ビダンは第13次地球軌道会戦で核兵器を使おうとしたマラサイを撃墜している。
その功績もあり、周りの、特にジャーナリズムの視線を考えたティターンズ上層部は彼を地球連邦軍に引き渡した。
この際、人権弁護士として有名になったアムロ・レイの奥方である、セイラ・マスを付ける手配をしたのがウィリアム・ケンブリッジだった。
蛇足的ではあったが、それでもセイラ・マスは必死の弁護を行い、極刑を請求する検察側から軍刑務所における無期懲役という勝訴判決(事実上と言う但し書きが付くが)をもぎ取った。
また、検察側もこんな小者相手に大人物であるウィリアム・ケンブリッジの逆鱗に触れるのも馬鹿らしいと思ってか上告など何もしない。

「ああ、もうすぐか・・・・緊張してきた・・・・本当に履歴書とかあんなんで良かったんですか?
俺、自分が中学卒業してすぐにジャンク屋で働いて、それがブッホ・コンシェルの目に留まってスカウトされた運がいい奴って書いた。
ああ、こんなんじゃリィナをちゃんとした学校にやれない。俺みたいな駄目な兄貴がいたんじゃきっと山の手の良い学校でも虐められる・・・・」

「おいおい、ジュドー。お前はちょっとネガティブすぎるぞ」

思わずカミーユが突っ込む。
反論するニュータイプ。

「でもね、俺はカミーユさんみたいに技術も無いし、アムロさんみたいに英雄でもない。勿論、学歴だってない。
今、ティターンズに居て、しかも通信制のキャルフォルニアMS大学に通っているカミーユさんみたいに器用じゃないし・・・・それに・・・・」

助手席のジュドーが頭を抱える。シートベルトが食い込む。
それがネクタイを傷つけるが気にしない。
気に出来ない。そんな余裕が無い。

「それに?」

運転手のカミーユが問い返す。車はまもなくティターンズ政庁に到着する。
誘導車両がいる。赤信号で止まる。ワザと配置された信号の上には監視カメラ。更には狙撃手が展開している。
警備兵にIDと通貨許可書を見せた。完全武装の検問を5つ通過するアムロらの乗った車。

「・・・・あのバナージ・リンクスはともかく他の二人ってザビ家の王女様でしょ?
それと普通に会話している俺とリィナだけど絶対に学校に行ったら学閥とかがある筈だ。考えれば考えるほど嫌な予感がする」

考え過ぎ、とはえいないか。
アムロは思った。実はバナージ・リンクスもまたビスト財団のカーディアス・ビストの第二子だがそれは極秘事項なので黙っている。

「・・・・ほんと、ニュータイプってなんなんですかね。ウィリアムさん」

呟き。

「え?」

「何か言いましたか?」

アムロの言葉に反応する二人だったが、アムロは何でもないからと首を振った。
車が到着して立体駐車場に入れる。そこから10分ほど地下道を歩く。
そして彼らは黒いティターンズの軍旗がはためく駅前を通り、ティターンズ政庁に到着した。
ここでエコーズのボディーチェックを受けて地下3階に軟禁状態で執務中の権力者に会いに行く。
それが地球連邦にとって幸か不幸かは、まだ分からない。




一方で、インダストリア7を囲む大艦隊の姿があった。
この艦隊は修理が完了し、灰色に塗装し直された第13艦隊旗艦のドゴス・ギア。艦隊司令官にはエイパー・シナプス中将がいる。
副司令官にはかつての木星船団第1船団団長パプテマス・シロッコ准将が、そしてMS隊総指揮官には異動になったユウ・カジマ大佐、参謀長にマオ・リャン大佐がいる。
また、艦隊MS隊は第1から第5までの5個連隊に区分され、第2、第3はストール・マニングス中佐が、第4、第5はトッシュ・クレイ中佐が、第1連隊はサウス・バニング中佐がそれぞれ分艦隊のマゼラン改級から指揮を取る。

「総数60隻ですか。蟻の這い出る隙間も無いとはこの事でしょうな」

シロッコが敬意をこめて歴戦の勇士、エイパー・シナプスに言葉をかける。
副司令官として就任早々、艦隊戦の総合シュミレーションでも自身があったパプテマス・シロッコだが、その自信を長年の直感で崩され見事惨敗を喫した。
何よりシナプス提督は自分よりも二世代ほど年上であったし、ニュータイプが万能な人間では無い。ケンブリッジ長官の言った通りだ。
寧ろ、天才と俗人の区別はあれども、天才にニュータイプとオールドタイプの区別は無いと知った。

(指導者には直感やジオン・ズム・ダイクンや赤い彗星が言う様なニュータイプの素質など不要と言う事か・・・・それはこのシナプスと言う男を見ても分かる。
この男は紛れも無いオールドタイプだがそれでも私に艦隊戦で勝利して見せた。その事実は受け入れなければならない。
そうだ、それが本当のニュータイプの度量と言うモノだ。それが無ければ・・・・自分は埋没する。赤い彗星、あれの二の舞いだけは避けなければならん!)




そう思い返すは昨年の冬。
漸く任務を終えた自分はドゥガチ総統の密命を帯びて(無論、相手ことドゥガチも自分がドゥガチと対等だと思っている事には気が付いている)、ウィリアム・ケンブリッジと接触する様に命令された。いざとなったら差し違えると言う密命を受けて。
その際に彼と再会した。
厳重な警護の下、ティターンズの長官専用執務室に招かれる自分。護身用の拳銃は最初から取り上げられ鉛筆やボールペンも持ち込み不可と言う厳戒態勢。

「久しぶり、で、よろしいですか、中佐殿?」

敢えてかつての名称で呼ぶ。彼は知っているのに惚けた振りをするのだ。
このウィリアム・ケンブリッジという男は。そうやってギレン・ザビを筆頭とするザビ家やジャミトフ・ハイマンら連邦高官に閣僚と北米州大統領、加えて木星圏の支配者であるクラックス・ドゥガチらを誑し込んだ。

「お久しぶりで正しいかと思います、ティターンズ第二代長官殿。まずはご就任おめでとうございます。
長官の活躍は木星圏でも噂になっておりました。それに我が代表であるドゥガチ総統も長官に対して大変な興味を示しております」

その言葉にティターンズのバッチを付けた、灰色のスーツに青いシャツを着た男の眉が若干吊り上る。
ネクタイは外してある。第13独立戦隊解散時にもらった高級万年筆が同じく高級なショーケースに飾ってあるウッドテーブル。
高級机にあるのは備え付けの大型パソコンと彼の家族の写真、第13独立戦隊結成時の写真、ロンド・ベル隊の写真、そして最近結婚したアムロ・レイとセイラ・マスの結婚式を写した写真ケースが四つある。
他には多数の書類の山。ジュピトリスの船団長として多数の書類の山には慣れてはいたと思ったが目の前の御仁が捌いている量は桁が違う。思わず冷や汗が出る。

(何だあの量は? 一人で捌くにしては多すぎる、まさか連邦政府は彼を過労死させる気なのか?)

思わず本気でそう思いそうな量だった。この書類の山は。

「そうですか。それで、ドゥガチ総統の興味は分かりましたが・・・・シロッコ准将。貴殿の興味はまだ旧体制の象徴たるオールドタイプの有色人種に在りますか?」

鋭い指摘だ。思わずその言葉に胸をえぐられた感じがする。
彼は明らかに変わった。キャルフォルニア基地で会った時は原石の欠片。だがどこにでもある石ころの一つに過ぎない存在。
が、目の前の書類戦争に従軍している男は違う。彼はまず間違いない。ニュータイプとは関係なく全人類を動かした男だ。
既に金剛石、ダイヤモンドだ。この世で最も固い強度と価値を誇る奇跡の宝玉になった。

(何と言う無言のプレッシャーだ!! 
だがニュータイプとしてのプレッシャーは感じないが・・・・これが本当にオールドタイプだと言うのか?)

と、傍らの机にいたマイッツァー・ロナと机のネームプレートに書いてある首席補佐官がこちらに視線を向ける。
しかも警戒している。いつでも警備兵を呼べるように机下にあるであろう緊急ボタンに指を伸ばしているのがありありと分かった。

「ロナ君、前もいったがその癖を止めた方が良いよ。誤解を招く」

そう言って宥める。
だが眼光の鋭さは変わらない。いや、変わった。
ここにいるのはキャルフォルニア基地で出会った、軟弱な人間では無く、既に地球連邦政府官僚でも無い。地球連邦の、いや、人類史上の記録に残る英雄だ。
間違いない。自分が相対しているのは英雄ウィリアム・ケンブリッジだ。

「長官はお忙しいのです、要件があるならさっさと言ってくれませんか。シロッコ准将閣下殿?」

その非好意的な目線に逆に興味を感じる。
この自分と同世代の若者、ロナの名を持つブッホ・コンシェルの若き一員も自分と同様に今の連邦政府に対してある思いを抱き、そして自らの理想に準ずる気持がある。
それはサラ・ザビアロフや自分ことパプテマス・シロッコにも通じる面白さだ。

「では長官、長官の地位を私に下さい」

ざわり。ロナを初め、ナポリやイギリスの仕立スーツ姿で作業していたメンバーや書記官らの雰囲気が変わる。
それだけでは無かった。これを聞いていたのか、扉が開く。

「どういう意味ですかな、准将閣下?」

ダグザ・マックール中佐が拳銃を突きつける。
ロナも立ってウィリアム・ケンブリッジを庇う。右手にはスタンガンを持っていた。他の者、レオンとレイチェル、マイクの三人も人間の壁を作る。
これだけでも人望の厚さが分かる。そして極めつけはこれだ。

「シロッコ中佐殿、お久しぶりですね。お元気ですか? そしてさようならと言われたいですか? この世から。あの世とやらに送ってほしいならそう言ってください。
夫の代わりに私がしっかりと送って差し上げますよ? どうか遠慮なさらずに。
あんまり私の旦那を舐めないでくれます? 木星帰りだろうが火星帰りだろうがエゥーゴだろうが私の家族を殺そうとする輩は必ず殺す。
それは例えドゥガチ総統が派遣してきた鈴であっても変わらない。よろしいかしら?」

そう言っていつの間にか自分の米神に旧アメリカ合衆国軍の正式軍用拳銃であるベレッタを突き付けるリム・ケンブリッジ。撃鉄を起こしてないが安全装置は解除してある。
それが殺気だけで分かった、
が、一番冷静だったのは目の前の、今は人の壁で隠れて見えない男。ティターンズの第二代長官ウィリアム・ケンブリッジ本人。

「これを見たかったのかな、准将?」

頷く。

「よろしい、話を聞こう。みんな座ってくれ。席は適当に。ああ、レオンとマイクは全員分のぶどうジュースを配ってくれないか?
話は全員にジュースの缶が行き渡ってからにしよう」

そう言って話を進める。場馴れしている。当たり前か。彼がティターンズの長官になって確認されたテロは二回。
既に命の危険に晒されていると言う意味でウィリアム・ケンブリッジは軍人と言って良い立場にいる。望むと望まぬと関わらずに、だ。

「さて、皆も飲んでもらったようで先程の話の続きを聞こうか。シロッコ准将、君は何を望む?
君が欲しいのは本当に私の後任としての地位なのか? 私はそうは思わない。君が欲しいのは劇場と言う舞台を指揮する指揮者としてのポジションではないか?
その為に一番近い私の、ティターンズの長官という地位を欲している、そうでは無いかな?
君が憶えているかどうかは分からないが、かつて君が語った理想を実現する、その為の革命を起こす手段としてのティターンズの軍権。それが欲しいのか?」

さてどうでる?
目の前の男は無言でそう問いかけてきた。

(侮りがたし、ウィリアム・ケンブリッジ。これでは退路が無い。下手に言えばそれだけで撃たれる、か。
タウ・リンとの戦いの敗北と良い、赤い彗星の失態と良い、どうやら真のニュータイプとは大衆を導ける者を指すと考えた方が良さそうだな
そう思わなければ・・・・)

さて、それで、回答は? わたしの問いにどう答えますか、准将閣下?
無言の問いに、出された100%ぶどうジュースを一気飲みして答える。
黒いティターンズの将官服が汗ばむ。手に汗握るなどいつ以来だろか?

「私が欲しいのはショーの観客の地位では無く、舞台俳優の地位でもありません。私が欲しいのはショーの監督です」

ほう?
面白そうな目で見る二人のケンブリッジ。

「この宇宙世紀という舞台を生きる人々、それらの生きざまを見て見たい。
そして出来うる事なら自分の理想とする世界に少しでも良いから近づけたい。それが理想です。それは・・・・」

だが、ダグザ・マックール中佐が敢えて口を挿む。
シロッコ准将と言う二階級も上の将官に対して、だ。

「詭弁ですね、そんな事は不可能だ。個人の力で出来る事などたかが知れている」

だが、彼は、シロッコはそうは思ってはいなかった、
腕を後ろに組み、大型モニターに映し出されているザトウクジラの親子の映像を見ながら、全員に背を向けて語った。

「そうでしょうか、私はそうは思えません。現に一人だけだが生き証人がいる」

生き証人? 何の?

「ウィリアム・ケンブリッジ長官、貴方はあの0088.10のダカールで世界を変えた。確かに運の要素や時代の流れもあった。
だが、それらすべてを含めて、貴方が一年戦争以前から辿った奇跡と軌跡をすべて含めてあのダカールに繋がる。
どれか一つでも欠けていたら決して埋まる事の無いジグソーパズル。それが貴方だと私は思うのですが・・・・如何ですかな、ケンブリッジ長官殿?」

手を交差して、体重を背凭れにかける。そして彼もジュースを飲む。
マイクが機転を利かして持ってきたイギリス産のホワイトチョコレートを食べて。

「買いかぶり過ぎですよ、准将。あの時、シロッコ准将に伝えたように私は運だけの男です。それ以上では無い・・・・・とは」

「とは?」

言葉を区切ったケンブリッジは強い口調で言葉を紡いだ。

「とはもう言えませんね。よろしいでしょう。准将はティターンズの一員であるが地球連邦軍の軍人でもある。
私の後を継ぎたいと言うならそれ相応の成果と実績を出す事です。
私の後は今のところロナ君辺りが最有力候補ですが、彼を説得し納得させる自信があるのでしたら私の後を目指してください。
尤も、現在の地球連邦は組織として極めて健全です。自己批判、自浄能力も働いています。
地球連邦現政権が考えている最大の危険因子である我らティターンズの縮小も決定し、それを各部署に受け入れさせました。大変でしたよ、全く。
ええ、この書類の山はそれですよ。その証拠です。だからね、シロッコ准将・・・・・逃がしませんからね。この書類地獄から絶対に逃がしません。死ぬまでこき使います」

思わずひきそうなるシロッコだが全神経を使って傲岸不遜を保つ。
それがダグザ中佐とレイチェル警視、レオン警視らから地球連邦上層部に伝わり、彼の行動が逐一監視される事になるのだがそれはまた別の話である。

「了解しました、全身全霊で閣下のお役にたってみせます」

期待しています。それでは近いうちに連邦軍作戦部総合人事課から辞令があるのでそれに従うように。

・・・・・・あと。

「何か?」

敬礼して去ろうとしたシロッコにウィリアム・ケンブリッジは笑いながら聞いた。

「エコーズが展開した直後の化学兵器の自爆テロを起こした南極事件は情報通のシロッコ准将ならば詳細をご存知ですよね?
その南極の昭和ホテルで何をしていたのか、それを地球連邦議会の査問会で聞かれると思いますのでしっかりと答えてください。
ついでに赤い彗星の血液と水天の涙作戦に参加したエゥーゴ艦隊、アクシズ艦隊、ジオン反乱軍の予想データを誰にもらったのか、もね」




『では行ってまいります』

議会の査問会でシロッコは何とか難を逃れた(刑罰や軍法会議行きなど)が制約を大幅に付けられた。
特に地球連邦政府の北米州情報局のホワイトマン部長と匹敵、対を成す地球連邦中央情報局のブラックマン部長(安易なのは情報部全員が思っている)が派遣した特殊隊員が護衛兼監視としてつく。
更にこの命令は政治的な色合いを嫌っていたが、既に大将昇進が内々定しているエイパー・シナプス提督ら第13艦隊の幹部にも伝わっていた。
まあ一言で言えば艦隊副司令官でありながらパプテマス・シロッコ准将は警戒されていた。単にそれだけである。有能な事がそれに拍車をかけるのはご愛嬌だろう。

「ああ、シロッコ准将、気を付けてな。各艦、突入部隊の護衛のMS隊も発進させろ」

ノエル・アンダーソン(マット・ヒィーリーの妻)、アニタ・ジュリアン(ユウ・カジマ大佐の奥方)の管制下でMS隊を出す。
機体は全てRGM-89ジェガンタイプだ。この1年間で開発・生産されたジェガンタイプは既存のMSを全てにおいて上回っていた。
特にジムⅢやネモなど敵では無く、ジオン公国と地球連邦の共同開発のジオン親衛隊専用機の高性能機ゼクシリーズも互角以上の性能を有しており、兵器としての完成度(操縦性、整備性、汎用性など)からはジェガンが圧倒していた。
一年戦争でのジムシリーズのコンセプトを受け継いだだけの事はある。

「さて、上手くいってくれるかな?」

シナプスの視線の先には一年戦争の戦友たちが使っていた強襲揚陸艦が存在していた。




半月前。地球連邦政府内部の某所。

『ラプラスの箱?』

『そうだ、ケンブリッジはあれを回収するつもりのようだ』

『ではビスト財団に兵を派遣する気ですか?』

『本気か? 一足早いエイプリルフールでは無いのか?』

『おい』

『そうです、間違いないのですよ。気を引き締めてください。詳細をお願いします』

『情報源は間違いない。演習の名目ではあるがビスト財団本部のインダストリー7に第13艦隊を派遣する様だ』

『ですが受け取り手はいないのでは?』

『奴が先の連邦議会で大々的に提唱した地球来訪ビザの発効法案、通称地球エクスプレス法は恐らく圧倒的多数で可決される。
宇宙の経済力が回復した今、いや、ジオン独立とアクシズの暗躍で宇宙での制宙権を確保できない現状ではスペースノイド対策で可決せざる得まい
それにアラビア州、統一ヨーロッパ州、アジア州、極東州、オセアニア州は観光立国の国々が多い。彼らが賛同するのは目に見えている。
スペースノイドが落とす金が地域経済の回転に繋がるなら祖国の利益を求める連中は躊躇せん。それが政治家の正しい姿だ』

『ならば妨害してはどうじゃ? あの有色人種にいつまでもデカい顔をさせる必要はないじゃろうに』

『失礼ですが・・・・既に時期は逸しましたと思います。翁の言う交渉や妨害は既に時すでに遅しです』

『と言うと?』

『詳細はこちらに』

『!!』

『どうした・・・こ、これは!?』

『ここまで手が早いとは!』

『遅かった、な』

『の、ようですわね』

『ではスペースノイドが地球に降りて来るのか?』

『一時的です。嘗てのジオン公国の様に精々半年で退去します。それに永久居住権は認めないと明記してあります』

『ふん、法案を骨抜きにするのは貴女の得意分野でしょうに? ならば逆もありうる』

『エゥーゴ派は使えないかね?』

『無理でしょうな』

『だからラプラスの箱を手に入れる、か・・・・或いは処分する。それが狙い』

『アクシズの連中に渡しては?』

『御冗談を。我々の首が物理的に飛びますわ』

『・・・・仕方ない。あの老獪な政治家に今回は譲ろう。今回は、な』

『・・・・今回は、ですね?』

『・・・・そうじゃのう、今回は、じゃ』

『とにかく、今回の件は我らの失態。反省すべきです。あの恒星を甘く見ていた事を。
次回からはケンブリッジ長官の取り込みを急ぐべきですな。この様に何度も何度も連邦政府の禁忌を犯しては堪らんよ』

『同意する』

『異議なし』

『そうだな、その通りだ』

『もちろんですわ』

『それでは・・・・解散と言う事で』




その頃、第13艦隊の攻撃を受けたコロニー内部では一人の男が必死に送金操作を行っていた。
メイン・モニターに映し出されている映像が消える。
地球連邦軍の新型機、ジェガン隊が警護の無人迎撃衛星を撃破する。ビームの出力が足りないのか、ビームスプレーガン搭載ボールでは歯が立たない。
盾は当然として、装甲にさえ弾かれる。

(不味い! 急がないと!!)

そして必死にPCを操作する。自分の口座番号、そして親父の口座番号に財団が持っている株券を次々と売る。
その売った金を、自分たちビスト財団の口座から資金を動かす。サイド6のリーア中央銀行を使い、マネーロンダリングして別の口座に移し替える。
と、扉が開いた。

「!」

振り向くそこには禿げの男と老人と言って良い男、そして数名の拳銃でこちらを威嚇する兵士がいた。

「実の息子であるお前が裏切るとは・・・・・何故だ? 理由があろう? それを述べよ」

その男、カーディナス・ビストは息子であるアルベルトに問うた。
穏やかな口調で問うた故に、息子らしく穏やかに返ってくると思った。
だが、返ってきたのは母親似だったアルベルトは思えない激情の言葉。

「何故!? 何故とアンタが、貴方が俺に聞くのか!? おれは!! 俺は!!!」

護身用の回転式無反動の拳銃を実の父親に向ける。
途端に彼のスーツの両肩に弾痕が出来る。
崩れ落ちるアルベルト。致命傷では無いが激痛が走ったのか、手に持っていた旧式のニューナンブと呼ばれたリボルバーを落とす。
それでも止血しながら拘束するSPの前でアルベルトは叫んだ。

『父さん!! 何故あいつなんです!!! 何故僕じゃないんだ!!! 何故僕じゃなかったんだ!?
僕は僕なりに精一杯財団を運営した!! 財団の矜持を』




それは独自の可変MS、木星の重力圏での使用を前提に創造されたMS、PMX-000メッサーラのリニア・シートにも聞こえる。
それを聞くシロッコ准将。眉間にしわがよる。黒いティターンズのパイロットスーツ越しに聞こえる言葉は罵詈雑言。

『僕は僕なりに財団を守ってきた!! 必死に、必死にです!!
なのにアンタはバナージの事ばかりを優先して俺を、僕を見てくれない!! どうしてですか!! どうして僕じゃなかった!? そんなにあいつが良いのか!?
実の息子を捨てるくらいに、あの愛人の、後妻の子供がかわいいのか!! 答えてよ、お父さん!!!』

不愉快だな。所詮はこいつは凡人だ。
そう思った。

「各機、要所を制圧する。エコーズの強襲揚陸艦ホワイトベースとペガサスが入港した。それを護衛しつつ、当初のプランAに従って彼奴等の本拠地を強制制圧するぞ。
敵対する敵MSは全て撃墜せよ。ビーム兵器の使用も許可する。では各機、小隊毎に散開せよ。以上だ」

そう言っている間にメッサーラのMA形態を解く。ビームサーベルで接近してきたジム改三機を連続で撃破。
メガ粒子砲で屋敷の前にいた61式戦車を二両、上部から焼き尽くする。三台のガンタンクと一機のガンキャノンが出てきたが即座に両肩内蔵メガ粒子砲で撃ち抜く。
爆発。

(ふん、かトンボが。脅威ではないな・・・・所詮は私兵集団か。正規軍の敵ではない・・・・当然だな)

他のジェガン隊も迎撃に出た数機のMSに最低でも1個小隊3機がかりで包囲して撃墜している。
そのビスト財団私兵部隊の爆発や大破の振動でコロニーは揺れた。

「シロッコ准将、ホワイトベース着底します。陸戦隊展開開始しました。抵抗勢力は強制排除中」

完全武装の軍特殊部隊エコーズと武装警察にして連邦軍の精鋭部隊ティターンズの所属でもある地球連邦宇宙軍正規艦隊の第13艦隊にたかが財団の私設武装組織が勝てる筈がない。
圧倒的な性能差、そう、新兵の乗るザクⅠと白い悪魔の駆るガンダムMk4の様な差があれば別だが現実は無常。
実際に圧倒しているのは連邦軍であり、ティターンズだった。
だいたい、一私設組織に地球連邦と言う超大国のMSを凌駕する機体を開発・維持することが出来る筈がないのだ。
そんな事は常識以前の問題である。

「各機、ならび各陸戦部隊に告ぐ。ビスト財団の一族は生け捕りにしろ。他は射殺しても構わん。
なお、民間人、非武装の人間は保護する様に。彼らもまた被害者なのだからな」

シロッコの無慈悲な命令でビスト財団の私兵部隊は蟷螂の鎌のような抵抗の後、玉砕。次々とコロニーは血が流れる。
銃声が響く中、ビスト財団の財団司令部の地下シェルターにシロッコの派遣した部隊は到達。
特別にウィリアム・ケンブリッジの護衛と執務補佐の任を離れて現場を指揮していたマイッツァー・ロナ首席補佐官はこの事態に脱出を試みた要人を確保する。

「ビスト財団の財団長、カーディアス・ビストだな?
ウィリアム・ケンブリッジ長官がお会いになるそうだ。一緒に来てもらおう」

そう言って連邦のエコーズの兵士で大尉の階級章を付けた女がアサルトライフルを構える。
周囲のエコーズのマークを付けた白兵戦戦闘用ノーマルスーツの隊員たちが一斉に銃口を向け、そして、女職員がいるにも関わらず、非武装職員がいるにも関わらず、マイッツァー・ロナは無慈悲に右手を振り下ろす。

バラバラバラバラ。

カンカンカンカン。

銃声と空薬莢が地面に落ちて弾ける音がした。
そして生き残ったのは両肩を拘束され偶々寝かされていたアルベルト・ビストと正面に立っていた財団当主のみ。

「貴様! なんてことをする!! 彼女らは関係なかったのだぞ!?」

思わずアルベルトが怒る。
静かに聞くのは父親のカーディアス。

「ここまでしろと、あのケンブリッジは言ったのか?」

その言葉に反応するのはロナ家の家紋を胸に付けた装甲服を着用した男。

「いいえ、我々の独断です。少なくとも、無用な血を流さない様にという命令は受けましたが・・・・あくまで現場の判断です」

「なら!!」

ふん、鼻で笑うロナ首席補佐官。

「先ほどホワイトベースのCICから見せてもらいましたよ、このコロニーから流れ出た巨額の資金。
今、地球の連邦中央警察が追っていますが恐らく無駄ですね。
あれはビスト財団が保有する資金の筈だ。あれだけあればまた水天の涙紛争のエゥーゴ艦隊程度は揃えられる。
それが反逆行為でなくて何が反逆行為ですか?
ああ、それにラプラスの箱がどうのこうのと言いたいのでしょうが、そんな事はもう関係ありません。
地球連邦軍も地球連邦政府も地球圏も、いえ、ジオン公国に火星圏や木星圏までもがケンブリッジ長官の手で変わった。あの方が変革をもたらした。
地球市民や宇宙市民、月市民と言う区別なく人類は新たなる道、火星の植民化、地球化と言う道に総人口200億を養える地球経済の構築と言う道筋を長官が築いた。
もう、不満の対象は消えるべきです。そうでしょう?」

そこにはカツ・コバヤシを殴りつけた時と同様の目が、理想と狂信の狭間を往復する理性的な男の視線があった。

『確保したかね、首席補佐官殿?』

些か棘のある、無粋かつ不愉快な輩の通信が入る。ミノフスキー粒子の濃さは戦闘濃度。
それにも関わらず通信が入ると言う事は、既に戦闘は粗方終了しこの非常用脱出艇行き通路の近くまでシロッコ准将が来ている証拠。

「ええ確保しました。『不幸な抵抗』があり、排除しましたがビストの男どもは確保・・・・女の方は月に居るようですね。
まあ、これでケンブリッジ閣下の命令は遂行したので良しとしましょう」

そう言って二人の男を連れて行く。
睡眠薬を首筋に撃たれて混沌とする意識の中でカーディアス・ビストが最後の思いだしたのは自分が捨てた筈の息子、バナージ・リンクスの笑顔だった。
そして。

「高貴なる者の義務を全うする長官の邪魔立てはさせん。ラプラスの箱など最早不要だ。地球連邦にとっても、貴様らもな。
そして自らの手を血で濡らす、或いは銃口の前に身を晒す覚悟のない輩が、90年以上も影でこそこそと溝鼠のように動き回る輩が長官の道を遮る事などあってはならんのだ」

そう言って、ロナは爆弾をセットして退去する。20分後、コロニーの隔壁に大穴が開いた。
それを理由にすべての住人が退去させられ、特別の使用許可が出た核弾頭でコロニー「インダストリー7」は第13艦隊の手で完全に破壊される。




そのころ、同時刻、北部インド連合に複数の男が現れた。
小さな農村に明らかに似合わない現地武装ゲリラの集団。そして一つの部屋に入る。

「よう、元気にしていたかい、赤い彗星のシャア・アズナブル?」

旧ソビエト連邦製品で、中華地方で今も現役量産されているAK-47の銃口を突き付ける男達。
と、外を見ると村の男女が100名ほど全員広場に集められる。

「死は誰にでも平等だぜ・・・・・やれ」

その言葉に男たちは一斉に銃口を構えてこう言った。

「「「「ジーク・ジオン!!!!」」」

銃声と悲鳴のオーケストラが合唱される。
そして兵士達を引き連れた男は、サングラスをしつつも二人の人間を身を挺して庇う男にワルサーPPKを構える。

「そいつか、あんたの大切な存在は。苦労したぜ。何せアンタの信望者どもを始末してキュベレイのデータも回収。キュベレイ自体は破棄。
しかも準加盟国入りを目指してるから、厄介者扱いの一年戦争以前の地球衛星軌道からの軌道爆撃の怨念を忘れてない非加盟国の過激派や軍閥を吸収して宇宙に上がる準備をするのは。
流石の俺もアウーラが鹵獲された時はまいったね。
あいつは手が早い。だが、まだ俺は死んでねェ。だからコールはしても、ゲームセットじゃねぇのさ」

沈黙する男に向かって言った。
胸ぐらを掴む。

「さあ、来てもらうぜ、赤い彗星。アンタの為にアナハイムやムラサメ研究所からの亡命者も宇宙に逃がした。
資産もビストのくそ野郎を利用して用意した。俺のショーはまだ終わっちゃいない。それとも・・・・」

銃口が女性に、そしてその女性が大切に抱える存在に向けられる。
その瞬間、確かに目の前の腑抜けた男の顔に怒りの表情が走るのは見えた。

「うん? ああ、そいつがテメェの女だな。確か・・・・ララァ、ララァ・スンとか言ったな、お前の女の名前は」

と、能面のような顔をしていた金髪の男はサングラスを投げつけて咆えた。
それは初めて見せた心からの叫び。仮面を外した、仮面の男の真実の声。

「貴様! 汚らわしい声でララァの名前を呼ぶな!!」

漸くあの時の顔になったな。そう思う男。
これを待ち望んでいたのだから当然だ。
そしてあの男、ウィリアム・ケンブリッジという何もかも恵まれたエリート街道を走っている男を中心としたティターンズ独走状態の地球連邦に最後の一撃をくらわせる。

「ああ、怒らせたか・・・・悪かったよ、赤い彗星。だがな」

バン。カラン。コロコロ。バリン。
銃声と共に空薬莢が一つ宙を舞い、そのまま花瓶を割った。
突きつけられる銃口たち。拳銃から出る発砲した後の煙の匂い。

「俺がその気なればこの場を血の海にする事が出来る。それにこいつらはアンタを信じてエゥーゴ艦隊に所属していた男らだ。
そのアンタがよもや・・・・俺たちの誘いを断る気じゃないだろうな?」

(ふん、あのジオン十字勲章の英雄、赤い彗星と呼ばれた男も地に落ちたものだ。これなら宿敵の白い悪魔の方が何倍もましだろうな)

俺はそう思った。

「・・・・・何をしろと言うのだ? この腑抜けに?」

銃声からか赤子が泣き出し、ララァが宥める。

「腑抜けかどうかは俺が決める。
なーに、簡単だよ。ちょっとしたパーティに参加してもらいたいだけだ。ただし、だ。あの0087や0079の様な命がけの、な。
それが嫌なら・・・・あんたのアフランシとかいう息子とその母親ララァ・スンを血の海に沈めるだけだ・・・・で、返事は?」


赤い彗星と呼ばれた男はただ一言、YESと言って頷いた。

そして北部インド連合軍が現地の警察部隊と共に騒ぎと聞きつけて現場に到着した時(タウ・リンが来てから凡そ2週間後)にはその小さな農村はMSの攻撃で完全に破壊されており、ご丁寧な事に逃げ出した人間は歩兵が後ろから小銃で撃ち殺してあった。
この件は単なる国境紛争として処理され、地球連邦政府と北部インド連合の準加盟国問題に小さな一石を投じただけで終わってしまう。




宇宙世紀0091.07.26

「お兄ちゃん、ティターンズの入隊試験の結果どうなったの?」

リィナ・アーシタがティターンズ創設の地球連邦国立のエコール高校の制服を着て、カフェのコスモ・バビロンで、スーツ姿の兄ジュドー・アーシタに聞く。
傍らには、リィナと同じく紺をベースにしたダブルボタンのブレザーの女子高生(無論エコール高校所属)の制服を着ているエルピー・プル。
それと赤のポロシャツに白い半ズボンにトレーニングシューズと言う出で立ちのマナ・ケンブリッジ。
また何故かジャージ姿のバナージとオードリーがいた。因みに女性陣は全員がアイスを食べている。バナージが奢らされた。

「あ、ああ・・・・・・そうだ、喜べリィナ!!」

思いっきり手を叩く。
掌に拳をぶつける。

「合格だ、来月1日からティターンズの、しかもロンド・ベル艦隊配属予定の訓練生になる!!」

その言葉にリィナとオードリー・バーンが喜ぶ。

「ほんと!?」

「ジュドー、おめでとう!!」

素直じゃないのはマリーダ・クルス・ザビこと、エルピー・プルだ。

「あ、ああ、お、お前にしては上出来だ。誉めてやろう」

だが気が付いただろうか、この時エルピー・プルは若干声が上図っていたのと妙に化粧が濃かった事、気合いが入っていた事実を。
そして奨学金を得たリィナはこのエコール地区で勉強する事になる。
学友のマリーダ・クルス・ザビとミネバ・ラオ・ザビ、バナージ・リンクスと共に。

「じゃあ今日は打ち上げね! 私とジン兄さんで奢るから今日は無礼講よ!!」

ガッツポーズを取るジュドー。

「イェェェイイイーーーー!!!」

それを呆れた表情で見るのは今まさに到着した青と白を基調とした私服姿のルー・ルカ少尉であった。




この時点で地球圏に再び嵐が吹き荒れる事を予想できた者は少ない。

宇宙世紀0091、地球圏には小さな、そして大きなさざ波が立ち始める。


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