<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


No.33641の一覧
[0] 【ネタ】「最悪です」が口癖の女の子の口癖を「最高です」にしたら新境地[ハイント](2013/03/20 01:46)
[1] 二話[ハイント](2013/03/22 23:14)
[2] 三話[ハイント](2019/01/30 01:58)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[33641] 【ネタ】「最悪です」が口癖の女の子の口癖を「最高です」にしたら新境地
Name: ハイント◆069a6d0f ID:a5c8329c 次を表示する
Date: 2013/03/20 01:46
注意事項

 この物語はフィクションです。実在する人物、団体、地名等とは一切関係ありません。
 また、作中に登場する心理学その他の知識は、現実のものとは異なっている場合があります。
 作中の知識を実践、引用等したことにより不利益を被ったとしても、作者は一切責任を持てません。
 ご了承ください。

















「……最悪です」

 人から悪い悪いと言われ続ける目付きをさらに険悪にして、そう言った私、多賀谷友香の言葉を、先輩はにやりと笑って聞き流しました。最悪です。
 先輩の名は明智時宗といって、この高校のオカルト研究同好会の部長さんです。
 この人は本当に酷い人で、毎日毎日後輩をいたぶって喜ぶようなドSです。本当に最悪です。
 今だって私が睨んでも、全く顔色一つ変えません……とても腹が立ちます。だからもう一度、吐き捨てるように言ってやります。

「最悪です。なんでそんなことを言うんですか」
「なんでってそりゃあ、今朝夢に見たからさ」
「夢、ですか。では今日の活動内容は夢占いでも?」
「いいや」

 先輩は首を横に振りました。無駄に長い手足を使った芝居がかった仕草は先輩の特徴ですが、もうホント毎度毎度腹立ちます。なんでこの人、こんなに私の神経を逆撫でするんでしょう。
 もったいぶった仕草で、先輩はポケットからいつものようにトランプを取り出しました。

「また神経衰弱、ですか? このオカ研は他にやることがないんですか?」
「オカ研の活動内容は多岐に渡るさ。それこそ多賀谷が知ってる内容なんぞ、ごく一部に過ぎん。ただ俺が、一番重視しているのが記憶力……特に映像記憶の能力だってことだ」
「そうやっていたいけな後輩を、得意分野でぼっこぼこにして悦に浸るのが、先輩の部活動なんですか」
「いかにも然り」

 そう言って先輩は偉そうに頷きました。最悪です。もうホントムカつきます。なんでこんな人と毎日毎日、顔を合わせなきゃいけないんでしょう。
 適当にトランプを切って並べ始める先輩に、私はせめてもの抵抗と、嫌味ったらしく言ってやりました。

「そんなこと言って、この一ヶ月神経衰弱尽くしじゃないですか。先輩はこれ以外取り得が無いんですか? 二個下の後輩に、神経衰弱以外勝算が無いとでも言うんですか?」
「ああ、もう一ヶ月になるのか。それじゃあ今回から負けた方は罰ゲームな」
「……は?」

 言ってる意味が分かりません。

「ちょっと待ってください。どうしてそうなるんですか」
「なに、一ヶ月も訓練期間を置いたんだから、そろそろ対等にゲームしてみようかと思ってな」
「訓練期間?」

 頭にきて、私は苛立ちながら言いました。

「最悪です! 毎日毎日後輩をめっためたにして、苦手意識を植え付けたのが訓練だったと!?」
「コツは教えてやったじゃないか。記憶術も催眠術も、この一ヶ月で随分と上達した。あとはお前の真剣さ次第でどうとでも使いこなせるだろう」
「別に使いこなしたくなんてありません。大体なんでオカ研で記憶術なんですか。脳機能研究会とでも改名したらいいんじゃないですか?」
「脳科学や心理学は割とオカルトに近いもんなんだが、そいつは置いておこう。とりあえず俺が心配してるのは、可愛い後輩の一学期の成績だよ」
「は? なんでそんなこと先輩に心配されなきゃいけないんですか。最悪です」
「じゃあもっと噛み砕いて言おう。次のテストで、俺の教えた記憶術を駆使してみて欲しいのさ」

 そんなことを言ってにやりと笑う先輩にうんざりします。どうしてこう、一々笑い方が癇に障るんでしょうこの人。元は良いのに。
 嫌々ながら私は答えました。

「それで成績が上がるなら、やってみてもいいですが。しかし罰ゲームと何の関係が」
「最近のお前は、どうも惰性で部活動を行っている節がある」
「はあ。そもそも文化系の部活ってそんなものじゃないんですか?」
「一般的にはそうかもしれないが、うちの高校では違う。そしてさらに言うなら、俺は後継者たるお前の成績を本気で上げてやろうと考えてるわけだ。真剣にやってもらいたい」
「それで罰ゲームと? それも一年女子と三年男子しか居ないこのオカ研で?」
「何か不都合が?」
「犯罪の臭いがします」

 何が面白いのか、先輩はゲラゲラ笑い出しました。最悪です。

「何笑ってるんですか、最悪です」
「いやなに、そう思うならなんでお前は毎日ここに来てるんだよと思ってな」
「……惰性です」
「惰性、惰性か。俺の中で惰性という言葉の印象が若干変動したぞ、良かったな」
「……最悪です」

 ひとしきり笑って気が済んだのか、先輩は澄ました顔で話を続けました。

「まあ、お前が危機感を抱くならそれはそれでいいさ。それだけ真剣味が出るだろうしな」
「最悪です。私はまだ、罰ゲームを受けるとは言ってませんよ」
「部長命令だ。今日から神経衰弱で負けたほうは罰ゲーム。それでいいな?」

 そういって並べたトランプを指し示す先輩に腹が立って、私は鞄を取って立ち上がりました。

「……帰ります」
「出禁にするぞ」

 ……。

「……先手は私で良いんですよね?」
「どうぞどうぞ」

 席に座りなおして、私は適当なトランプを開きます。
 当然、適当に開いたカードが当たっている可能性は低く、次は先輩の番に移行します。

「……先輩」
「ん? なんだ?」
「罰ゲームの内容を聞いてません」
「ああ、言ってなかったな」

 言いながら先輩が開いたカードを睨み、私は言います。

「このままでは内容が気になって、記憶に集中できません」
「ふむ。本来はその辺りも鍛えていくべきなんだが、まあ今はいいだろう」

 私を見て先輩は言います。先輩は周辺視野を鍛えているとかで、特にカードに視線を集中しなくても記憶できるらしいです。
 余裕な感じです。最悪です。

「……一応言っておきますが、セクハラは禁止ですからね」
「やらんやらん。俺だって文部連は怖い」

 ぶんぶれん、とやらが何か私は知りませんでしたが、黙って私はカードをめくります。今日はなんだかいいペースです。

「まあ、別にお前に不利益のあるような内容じゃないさ」
「具体的に言ってください」
「大体予想は付いてるだろう? なんのための前フリだと思ってる」

 そんな先輩の発言に、私は場から視線を上げました。

「え、まさか本当にやれというんですか?」
「当たり前だろう。そもそもお前の口癖は前から気になってたんだが、今朝の夢でようやく解決策が分かったんだ」

 そう言いながらよどみなくカードをめくる先輩は、手元を見さえしないでこう言いました。

「『最悪です』が口癖の女の子の口癖を『最高です』にしたら新境地、ってな」




















「……最悪です……」

 机に突っ伏して、私は恨みがましい声を上げました。伸びてきた前髪が鬱陶しいです。
 良いところまでは行ったんです。少なくともいつもよりは、大分健闘したはずです。先輩も褒めてくれました……最悪です。
 苛立ち紛れにうーうー唸りながら、私は部室の隅に置かれた水槽の横にしゃがみ、中を覗き込みました。ひらひらと泳ぐ金魚たちが、私の心を癒してくれます。

「おーい、なにいじけてるんだ」
「放っておいてください。私の味方はお魚さん達だけなんです」
「夢を壊すようで悪いが、多分そいつらは中立だと思うぞ」

 ……本当に夢の無い人です。最悪です!

「そんなことよりだ。罰ゲームをそろそろ実行してもらいたいんだが」
「最悪です……」
「それそれ」

 先輩は指摘してきますが、私には言い直す気は起きませんでした。
 そもそもなんで口癖にまで干渉されなきゃならないんでしょう。デリカシーの無い人です。最悪です。

「……なんか不貞腐れてるが、一応これはお前にも利のある内容だぞ?」
「利?」
「言霊って知ってるか?」

 一向に戻ってこない私に業を煮やしたのか、先輩はそんなことを言ってきました。
 言霊……勿論知ってます。仮にも私はオカ研の部員です。それくらい常識です。

「ズバリ言うとだ。その口癖は運気を逃がす」
「……なんか先輩がオカ研の部長らしいことを言ってます。ただの能力開発マニアだと思ってたのに」
「いや、一応俺は二年間オカ研で活動してるからな? それに能力開発ならウチより化学部……いや、それはいい」

 コホン、と咳払いして、先輩は先を続けました。

「ネガティブな発言は思考や行動もネガティブにする。逆にポジティブな発言は思考や行動をポジティブにする。引き寄せの法則なんかでも言うだろう。『口癖はハッピーなものにしろ』って」
「引き寄せの法則とやらはよく分かりませんが、要は自己暗示みたいなものですか?」
「まあ、一般的には似たような認識だな。正確には催眠暗示とは違う理論なんだが」

 その違いとやらには言及せず、先輩は私に言いました。

「で、だ。お前のその『最悪です』は、その観点だと非常にまずい口癖だ」
「余計なお世話です」
「いいから聞け。その口癖はお前の深層心理にネガティブな意識を刷り込み、お前の視野を狭め、思考や行動を後ろ向きにして、結果的にお前を不幸にする」
「……先輩が胡散臭い占い師みたいなこと言い始めました。最悪です」

 相手の不安を煽るような発言をする占い師は悪質だって、教えてくれたのは先輩です。
 そう言外に告げると、先輩は苦笑いして頭を掻きました。

「いや、相手の不安を煽って、そこからの救済を餌にして釣るのはたしかに性質の悪い占い師の手口なんだがな。少なくとも俺は金は取らないから安心しろ」
「どうでしょうか。そもそも先輩という人間自体が胡散臭いのであまり信用できません」
「そう思っているなら、なんで毎日部室に来ているのか」
「金魚さんのためです」

 毎日の餌やりは、この高校で唯一といっていい癒しの時間です。それがなければこんな胡散臭い先輩と毎日顔を合わせたりしません。
 ……まあ、金魚さんを用意してくれたのは先輩なんですが。

「まあ金魚のためでもなんでもいいが、他にもお前のその口癖にはデメリットがある。分かってるか?」
「私は今まで生きてきて不都合を感じたことはありません。なんでそんなこと聞くんですか。最悪です」
「本当に?」
「本当です」

 私はそう答えましたが、先輩は笑いもせずにじっと私を見つめてきました。
 この見透かしたような目が、どうも私は苦手です。本当に底の見えない感じで、流石にオカルト研究同好会なんかの部長をしているだけのことはあると感じます。
 居心地の悪さに目線をそらした私に、先輩はこう言いました。

「友達居ないだろう、お前」
「最悪です」

 言うに事欠いてその発言は酷いんじゃないでしょうか。少しばかり傷つきます。
 それに居ないわけではありません。私にも一人くらい友人は居ます……と抗弁しようとしましたが、それを制して先輩は続けました。

「いやいや、好恵嬢のことは知ってるが、他に居ないだろう」
「……なんで知ってるんですか」
「この前廊下で挨拶された。『ともちゃんを頼む』って」
「よしちゃん……」

 保護者のつもりなんでしょうか……なんだか少し腹が立ちます。
 というか先輩も先輩です。なんでよしちゃんのことを名前で呼んでるんでしょう。私のことは苗字呼びなのに。

「とにかくだ。お前が友達少ない理由も、その口癖にあると俺は見ている」
「郵便ポストが赤いのも、全部口癖のせいとか言わないでしょうね?」
「いや、常識的に考えて対人関係にプラスの要素が無いだろう。二言目には悪態吐かれるような相手と、普通は好き好んで付き合ったりしないぞ」
「いいんです。別に人に好かれたいとは思ってませんから」
「お前はそれでいいかもしれないが、周りの空気を考えろ。お前のその口癖は、周囲の運気まで下げかねない」
「……もしかして、私先輩に嫌われてますか?」

 もしそうだとすると由々しき事態です。なんだかんだでこの部室は数少ない私の居場所です。ここを追い出されたら、これからどこでお昼ご飯を食べれば良いのでしょう。
 そんな危惧を抱く私に、しかし先輩は首を横に振りました。

「別に嫌っちゃいない。俺はむしろ、そういう所を見込んでお前をオカ研に引き込んだわけだからな」
「周囲の運気を下げて、友達のいない所を?」
「抜粋箇所に悪意を感じるが、まあそうだな。オカ研の活動理念は知ってるか?」
「いえ、知りません」
「……あれ、そうだったかな」

 先輩は首を傾げましたが、私は全く聞き覚えがありません。
 そんな私に、先輩は「少し待て」と言って立ち上がると、本棚から一冊の冊子を取って手渡してくれました。
 その冊子には見覚えがあります。今年の新入生歓迎会で配られた、『部活動のしおり』です。

「持ってると思うんだが、中を読んだか?」
「読んでません」

 そもそも私は部活に入る予定が無かったので、このしおりにも目を通していませんでした。新入生歓迎会の部活動紹介の際にも、ボーッとしていた記憶があります。
 そのことを告げると、先輩は微妙な表情でしおりの22ページを開きました。

「お前が俺の晴れ舞台を記憶してないのは少しばかりショックだが、とりあえずそれを読め。オカ研のページだ」
「はあ」

 目を落とすと、たしかにそこには大きく『オカルト研究同好会』と書かれていました。その下に、活動理念と活動内容、過去の活動実績や活動場所などが記されています。
 そしてその活動理念は――

「『世界の構造解明と幸福の技術的獲得』……? どういう意味ですか?」
「前半は今は無視していい。技術的に幸福を獲得する。それがオカ研の活動理念だ」
「……よく分かりません」
「まあざっくり言ってしまうと、不幸っぽい奴をオカルト的知識と技術で幸せにしてしまおうってことさ」
「なんですかその怪しげな理念は。なんの宗教ですか」
「まあ、宗教といわれたら否定は難しいんだけどな。非物質的アプローチによる幸福の追求は、基本的に宗教の領域だし」

 そう言って先輩は無造作に印を切りました。たしかこの切り方は九字です。入部したばかりの頃に教えられました。

「臨兵闘者皆陣裂在前。訓練次第では、こういうトリガーで任意に脳に幸福感を与えることも出来る」
「トリガーによる記憶の再生、そこからの感情と感覚の再現、ですか?」
「その通り。よく覚えてたな」
「『体感アプローチによる記憶の強化』で、九字を切りながら教えられましたから」

 特定の動作を行いながら聞いた内容は、その動作を再現すると思い出しやすくなる。たしかそんなことを教えられた記憶があります。
 五感をフルに使って印象を強くするのは記憶術の基本らしいですが、たしかに先輩が九字を切るのを見た瞬間にするっと思い出せました。なんだかんだで侮れない先輩です。
 その先輩は、懐かしそうに言います。

「こいつは春に卒業した先代部長が特にテーマにしてた内容だった。古今東西の呪文や印を蒐集し、その一つ一つに記憶を結合させ、自分の精神状態を任意に制御してみせた。凄い人だったよ」
「はあ……」
「まあ、やりすぎて色々と大変なことにもなったんだがな……。とにかく、オカルトを人生の糧として実践していくのが、うちの基本理念なんだ」

 ……よく分かりませんが、部長である先輩が言うならそうなんでしょう。

「で、だ。お前にもそろそろ実践を積ませたい。俺が四月から考えてたお前用の研究テーマは『記憶術による成績の向上』だったが、それにもう一つ、『口癖の変更による人格改造』も加えようと思う」
「人格改造……」

 なんだかおどろおどろしい響きです。ロボトミー? とか連想します。
 そんなことを考える私に、先輩は笑って言います。

「そんなに大したもんでもないさ。『ネガティブな言動をやめてポジティブな口癖を持ちましょう』なんてのは、自己啓発本を十冊も読めば、二、三冊には書いてあるような内容だ。実際部室にも何冊かある」

 先輩は再び本棚から本を取ると、私に渡してくれました。付箋の貼ってあるページを開くと、たしかにそんな見出しが載ってます。

「その本は貸してやるから暇なときに読め。こういうのは納得が重要だから、無理強いはあまりしたくない」
「……最初罰ゲームでやらせようとしてたじゃないですか」
「意図を隠して無理やりやらせ、その経過を見るってのもそれはそれで面白いとは思ったんだがな。まあ、あれはお前の退路を断つための方便だった」

 この人は後輩をなんだと思ってるんでしょう。オカルト研究会よりマッドサイエンティストの方が肩書きとして似合ってます。
 恨みがましい私の視線に気付いたのか、先輩はにやりと笑って言いました。

「で、やってくれるか?」




















「……最悪です」
「最高です」
「…………最高です」

 ……屈辱です!

 喧々諤々の議論……というにはあまりにも一方的なやり取りの末、なんとか『口癖変更は部室内のみ』という条件をもぎ取りました。いくらなんでも、教室でいきなり「最高です」とかいうのは辛すぎます。
 しかしそれでも、先輩の前ではやらないわけにはいかないわけで……なんでしょうか、この羞恥プレイ。
 そんな私の内心の苦悩を見透かしたような顔で、先輩はふむ、と頷いて言いました

「後輩女子の悔しそうな顔を見る放課後も乙なもんだな。これで俺の高校生活にも彩りが出る」
「最悪です!」

 あんまりな物言いに、私は思わず叫びました。

「最悪です! ほんともう最悪です! これから毎日放課後にはドSな先輩の玩具にされなければいけないんですか!?」
「俺がSかどうかは自分では分からんし、玩具って表現は恣意的に過ぎるな。あと、『最高です』な」
「くっ……」

 歯噛みする私ですが、そこに追い討ちをかけるように、先輩は言ってきました。

「『最高です』な」
「分かってます!」
「いや分かってない。すでにルールは適用されてる。その一、多賀谷友香は『最悪です』と言うべき所を『最高です』と言う事。そしてその二、『最悪です』といった場合は、『最高です』に摩り替えてもう一度言い直すこと」
「さっき何を言ったかなんて、もう忘れました」

 ぷいっと横を向く私ですが、先輩は動じた風も無く、おもむろに机の下から何かを取り出しました。

『最悪です! 最悪です! ほんともう最悪です! これから毎日放課後にはドSな先輩の玩具にされなければいけないんですか!?』
「!?」
「はい、ワンモア」
「ワンモアじゃありませんよなんですかこれは!?」
「テープレコーダー。しばらく棚で埃を被ってたんだが、今日は出番がありそうだと思って用意しておいた」
「くぅぅ……」

 悔しがる私に追い討ちをかけるように、先輩はテープを巻き戻し始めました。カセットテープなんてほとんど見たことありませんでしたが、きゅるきゅるという音がここまで憎らしいものだとは知りませんでした。
 こうなった先輩のしつこさは後輩として良く知ってます。もう諦めたほうがいいのでしょう……。

「分かりました……分かりましたからやめて下さい」
「よし、じゃあ言い直せ。分かってるだろうが、さっき再生した文章を、省略無しにだぞ」
「分かってます……」

 スー、ハー、と深呼吸して、私は心を落ち着かせました。こんなのなんてことないです。ただ台詞を言うだけのことです。

「最高です、最高です、ほんともう最高です。これから毎日放課後にはドSな先輩の玩具にされなければいけないんですか」
「色々と素敵な発言だが、テンションが低いな」
「やり直せとか言うつもりですか? 最あ」

 先輩の目が光りました。

「……最高です」
「じゃあやり直してもらおうか」

 バンッ! 私は机を叩きました。ここまでのやり取りで下手に口を開くとまずいと悟ったので、無言で抗議を行います。
 しかし先輩は動じません。

「じゃあやり直してもらおうか」
 バンッ!
「もう一度、感情を込めて、やり直してもらおうか」
 バンッ! バンッ!
「ついでに廊下に響くくらいに、大きな声でやり直してもらおうか」
 バンッ! バンッ! バンッ!

 叩き続けた手がいい加減痛くなってきました。

「あくまで私はルールに則った発言をしているだけです。ちゃんと本来の意図を汲み取って下さい」
「いやいや、それじゃあ意味がない」

 諦めて口を開いた私の抗議を、先輩は首を横に振って切り捨てます。

「なんでですか!」
「ただ単に上っ面だけポジティブな発言をしても、深層心理にはアプローチできないからさ。ポジティブな発言から、ポジティブな行動に繋げてこそ意味があるんだ」
「さっきの発言が、ポジティブな物だったとでもいうんですか……?」

 あんなのただのドM宣言です。あんな発言が私の深層心理にアプローチしたとして、一体私に何の得があるというのでしょうか。先輩しか得しない気がします。

「最あ……最高です。大体あんなことを何度も言わせるとか、セクハラです。顧問の先生に訴えますよ」
「セクハラじゃなくてパワハラだと思うがね。それに反論しておくが、あれはポジティブな発言だ」
「どの辺りがですか?」
「『万物に感謝の気持ちを持つべし』という、これまた人口に膾炙した意識改革法に繋がっている」

 またしても先輩は本棚から本を取り、ぱらぱらとめくって開いたページを私に見せ付けました。

「人間は嫌いなものに対すると嫌な気持ちが起きる。だがそこで感謝の言葉を掛けると、自分の中の嫌な気持ちを減じることが出来るんだ。伝統宗教じゃ大抵の宗派にある精神安定法だな」
「はあ……」

 だからといって、先輩の玩具にされることを喜ぶ道理はないと思うんですが……。
 私はそんな不満を持ちましたが、先輩はそれを見越したように続けます。

「お前が俺に苦手意識を持っているのは知っている。だからこそこれを克服することが、お前のためになるんだよ」
「単純に先輩が、私と仲良くなりたいだけなんじゃないですか?」
「部員二人の部活だぞ。そんなのは当たり前だ」

 しれっと言う先輩の顔には、たしかに下心が感じられません。
 というかこの人、どうにも男子高校生らしいいやらしさとか、そういうのを感じさせないんですよね……だからこそ、逃げるタイミングを逃したわけですし……。

「こいつはトートロジーだが、苦手なものを克服しようと思ったら、苦手なものを克服するしかないんだよ」
「……はあ」
「正確に言えば、『苦手なものを克服した』という成功体験を積み重ねることで、『苦手意識は克服できる』と深層心理に刷り込むんだ。分かるか?」
「まあ、なんとか……」

 『リアルの経験に勝るものは無い。体を動かして努力を重ねることが、自信を付ける最良の方法だ』とは、先輩の教えでした。成功体験についての話も、その時にされてます。

「今でもお前は俺を苦手に思っているかもしれないが、俺の見立てじゃあこの一ヶ月でお前の態度はかなり軟化してる。だからここで最後の一押しをしてやりたい」
「たしかに最初は先輩と話す事自体、嫌々でしたが……」
「今はそれほどでもないだろう? 入部した当時のお前は、警戒して俺から視線を外そうとはしなかったからな」

 その通りです。一応の信用はしていたものの、男女二人きりで過ごすことに、最初私は強い緊張を覚えていました。しかし今ではむしろ……って、私は何を考えているのでしょうか。最あ、最悪です。
 そんな私の葛藤を見透かしたように、先輩は言いました。

「『人間の親密さは一緒に過ごした時間に比例する』ってのは心理学の常識だ。俺とお前の場合もそれは適用されたんだろう。ごく普通のことだよ」
「……そんなことは分かってます」
「まあ、最初に教えたしな。とはいえこいつはチャンスだ。成功体験ってのは、基本的に数を重ねれば重ねるほど精神に良い影響を与える。『苦手に思っていた先輩と仲良くなれました!』とか、中々ありがちで良いんじゃないか?」
「たしかにありがちな感じですが、先輩に言われると凄く微妙な気持ちになります」
「そいつは違いないな」

 先輩はニヤリと笑いました。
 それにしても、今日の先輩は中々押しが強いです。そんなに私と仲良くなりたいんでしょうか。最あ……くです。色々と外道です。
 そう私は胸の内で悪態をつきましたが、しかし先輩はそんな動揺を察したのか、テープレコーダーを掲げてみせました。

「というわけで、感情を込めてもう一度やってみようか」
「最悪です!」

 ほんともう最悪です!

「最高です」
「最高です!」

 ほんともう最高……いや、わざわざ心の中でまでやる必要はないんです。
 ああ、なんだかよく分からないうちに言いくるめられた気がします……。




















「最高です! 最高です! ほんともう最高です! これから毎日放課後にはドSな先輩の玩具にされなければいけないんですか!?」
「おお、大分上手くなってきたぞ」
「何回! やれば! いいんですかーっ!!」

 私はとうとう叫びました。時刻はもう五時半を回ってます。
 あの後先輩はどういうわけか、発声練習から始めるよう私に言いました。そして演技のやり方について一通り説明して、今は椅子に座って私の演技に注意を入れてます。
 ……最こ、さい、最悪です!

「なんなんですかこれは! 何時からここは演劇部になったんですか!」
「うん、良く声が通ってる。いい感じだ」
「聞いてくださいっ!」

 私は拳を握って怒りましたが、先輩は平然と受け流します。

「前から思ってたんだ。お前は呼吸が浅いって」
「それが何の関係があるんですか!? 息をするのも先輩に注意されなきゃいけないんですか!!」
「多賀谷、落ち着いて聞きなさい」

 どうどう、と手を上げて先輩は私をなだめました。最あ、こ、あ……? ……馬じゃありません。

「呼吸が浅いと感情のコントロールが効き辛くなる。それに健康にも悪い。気をつけるに越したことはないんだよ」
「それはそうかもしれませんが、なんで何度も何度も同じ台詞を言わされなきゃいけないんですか」
「単純に『最高です』を言い慣れるためだな。それに演技だと思えば、一々気を付けて喋るより気分が楽だろう」
「うー……」

 本当に口の減らない先輩です。多分口から先に産まれて来たんです。きっとそうです。

「まあ、これでおまえも少しは慣れただろう。今日の所はこれくらいにするか」
「最悪です……ほとんど台詞を叫んでただけじゃないですか……」
「ワンモア」
「最高です……ほとんど台詞を叫んでただけじゃないですか……」

 ……何時まで続ければいいんですか……。
 先輩の指摘一つでさらりと訂正してしまった自分に絶望を覚えます。もう後には引けないのでしょうか。今の内にこっそり退部届けを用意しておく必要がありそうです。

「本当に明日もやるんですか、これ……」
「お前の意識改革が出来るまではやるべきだろうな。それが目的だし」
「最あ、最高です……」
「喜んでくれたようでなによりだ」
「最高ですっ……!」

 酷い敗北感を感じます! なんなんですかこれ! なんで私、こんな目にあわなければいけないんでしょう!?
 そんな私の心を読んだかのように、先輩はあっさりと言いました。

「まあ、恨むなら自分の口癖を恨んでくれ。自分も他人も不愉快にしかしないフレーズを、どうして選んでしまったのかと」
「……それにも、何か意味があるんですか?」
「そうだな。俺の見立てじゃあ、そのフレーズが口癖になるのは、自分自身の置かれた環境に不満があるからだろうし……過去を振り返って原因を探しておけ。それが今日の宿題だ」
「迂闊な発言で宿題を出されてしまいました。最……高です」
「正しく口は災いの元だな!」

 あっはっは、と先輩は笑いました。腹が立ちますが、しかしそれが先輩に対するものなのか、自分自身に対するものなのか……今一つ分からないです。
 ひとしきり笑った先輩も、気を取り直して私に言いました。

「まあ、この『口癖変更』を続けていれば、あるいは福の元になるかもしれん。むしろそのつもりで頑張ってくれ」
「……最高です」
「ああ、その返事は良いな。実に良い」

 先輩は頷いて、いつも通りの言葉で締めました。

「それではオカルト研究同好会の活動を終了する。各人魔に逢わぬよう帰宅せよ。解散!」
「お疲れ様でした」

 ……はあ、今日は大変な一日でした。






























 帰宅する小柄な多賀谷の癖っ毛頭を見送った後、俺――明智時宗は同好会の活動日誌を付けていた。
 こいつは生徒会に提出するための報告書の性格を持ち、ふざけたことは書けない。今日の活動内容をそのまま書いたら、『おまえら何をやっているんだ』と、部費を削られる口実にされてしまうだろう。忌々しい話だ。
 所詮生徒会など、この高校では教職員側のエージェントでしかない。生徒からの信頼も薄く、完全に民心から離れた組織だったが……しかしながら表の金、生徒会費を支配しているのは彼らだ。この手の『監視』にも正当性と、実行のための権力がある。書かないわけにはいかなかった。

『五月二十日 記述:明智時宗
 活動内容:呪文の研究
 古今東西の呪文について、本を読んで調べたり、詠唱したりした』

 ……ふむ、こんなもんか。
 名前から受けるイメージに従い、当たり障りの無い書類を作るのが、こちらの報告書の書き方だった。しかもある程度の辻褄は合わせる必要がある。
 例えば今日なら、とりあえず多賀谷が大声を上げていたことは何人かに聞かれていたはずだ。生徒会の連中がそこまで把握しているかは知らないが、呪文と言う事にしてしまおう。
 続いて俺は、文部連に提出するための活動報告書を作ることにする。

「……どうするかな」

 思わず唸る。文部連は生徒会よりは“良心的な”集団だが……こと俺に限っては、生徒会よりも厄介な組織だ。なにしろ“奴ら”ときたら、何を隠し持っているか分からない連中で、もし今日の活動内容をそのまま書いたら……少なくとも総科研か化学部の誰かは、俺の真意を喝破するだろう。
 ただでさえ先輩の件で睨まれて居る以上、彼らに隙は見せられない。次に問題発覚したら恐らく地学部の強制捜査だろうか……想像したくもない話だった。元々俺はインドア派で、武闘派の地学部や化学部とは相性が悪い。実力行使に訴えられたら、対抗のしようが無い。
 ……この高校に入ったことを悔やむわけではないが、しかしこの点に関しては、間違いなく他校よりやり辛い。その分張り合いがあるとも言えるのだが……。
 とりあえず、俺は手早く報告書を書き上げた。

『五月二十日 記述:明智時宗
 部長明智による部員多賀谷への自己啓発法の教示。
 否定的な感情をもたらす発言の語尾に「最高です」という単語を付与し、それを連呼させることで、感情の操作を学ばせる。
 また同時に、身体技法による鬱的感情の払拭法として、発声練習と演技についても指導』

 こんな所だろうか。まさかこの文章から、強制捜査はないだろうが……。
 二十秒ほど文章を睨んで、俺はようやく納得した。
 ……大丈夫か。あくまで『自己啓発』は、文部連に承認されたうちの活動内容だ。何もおかしな点は無い。

「よし、じゃあ帰るか」

 文部連提出用の報告書と鞄を持って、俺は部室を出た。鍵を掛けることも忘れない。
 監察対象として毎日提出を義務付けられている報告書を一瞥し、俺は文芸部室へ向かうのだった。
 ……週一提出が懐かしいな。




















『五月二十日
 EXPERIMENT2を第三段階へ移行。
 被験者の口癖を利用し、特定状況下での異常行動が精神に与える影響を観察する。
 可能ならば被験者に依存傾向を与えるため、幸福感をアンカーに、部室をトリガーに設定したい。
 日常=最悪 部活=最高という潜在的認識を形成できるかが鍵となるだろう』




















後書き
 長年読んでみたかった作品を書いてみた。悔いは無い。
 なおこの作品のジャンルは、「洗脳調教ラブコメディ」です。

2013/3/20追記:前書きに注意事項追加。


次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.024054050445557