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No.33614の一覧
[0] 【習作】機獣新世紀 ZOIDS GT 【クロスオーバー、ゾイドシリーズ+ガンダムX】[組合長](2013/01/16 02:02)
[1] 第1話「あの空の月を見て!」[組合長](2012/11/03 15:52)
[2] 第2話「貴方と一緒に走りたい」[組合長](2012/11/03 15:53)
[3] 第3話「そんなに驚くことじゃないだろ?」[組合長](2012/11/03 15:53)
[4] 第4話「こんな生き物がいるなんて…」[組合長](2012/12/21 09:03)
[5] 第5話「ずっと、ここにいるから」[組合長](2013/08/06 21:12)
[6] 第6話「俺たち、生きているんだよな…?」 ※注:捕食シーン有り[組合長](2012/11/03 15:56)
[7] 第7話「昨日までとは違うんだ」[組合長](2012/11/03 15:57)
[8] 第8話「俺の声は聞こえているよな?」[組合長](2013/02/19 10:24)
[9] 第9話「俺たちは人間だから…」[組合長](2013/06/09 11:02)
[10] 第10話「大切なのは、これからのことだ」[組合長](2013/07/30 19:53)
[11] 第11話「考えられる可能性は1つある」[組合長](2013/06/30 23:53)
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[33614] 第11話「考えられる可能性は1つある」
Name: 組合長◆6f875cea ID:967f395d 前を表示する
Date: 2013/06/30 23:53





   ──ZOIDS GT──





 ──見せたいものがある。


 そう言われてガロードとティファを含む面々が案内されたのは、ほんの1時間くらい前まで自分たちへの事情聴取が行われていた会議室であった。室内の様子は退出した時のままであり、机の上には自分たちの荷物やティファ自身の手で描いた絵が変わらず並べられている。
 ここで一体自分たちに何を見せようと言うのだろうか。そのことを提案した当の本人である老人ディは部屋に着くなり、「準備がある。しばらく待っていてくれ」と告げてどこかへ行ってしまった。今はただ、ディの指示を受け、いくつかの機材を運び込んでそれを設置しているバンたちを少し離れた所から見守っているだけでに過ぎなかった。

「なあ、バン。あの爺さん、俺たちに一体何を見せようとしているんだ?」

 ガロードが問うと、バンは手を止めて答える。

「さあなぁ。俺も訊きたいくらいだ。この部屋に来るなり、お前たちの荷物やティファの絵を見た途端『会わせろ』だったからな。そしたらさっきのアレだ。ドクター・ディのおかしな発言に引っ掻き回されるのはいつものことだけど、流石にびっくりしたぜ」

「へぇー。ドクターって言うくらいだから、あのじいさんって医者……いや、科学者なのか?」

「ああ。惑星Ziじゃ結構有名な科学者さ。ゾイド工学に携わる者なら、その名前を知らない奴がいないってくらいの。ま、普段はすっちゃかめっちゃかな爺さんだけどな」

 何かを思い出したのか、過去を振り返るようにしてバンは笑う。
 彼の言葉にガロードは納得がいったふうに頷いた。

「なるほどな。それだけ有名な科学者なら、地球のことに詳しくてもおかしくないってことなのか。俺たち以上に何か知ってそうな感じだったし」

「…………」

 先程のやり取りから類推するに、自分たちの生まれ育った地球についてディが何か知っていると考えて間違いはないだろう。彼はバンたちの説明も無く、ガロードとティファが地球より持ち込んだ品々や絵を、自らの目で見ただけでその素性を看破したのだという。ディはどこまで知っているのか。それはこの場にいる全員に共通している認識であり、ガロードのとっても、そしてティファ自身にとっても、自分らの状況について知る上で絶対に無視できない事柄だった。
 と、ティファがそうこう考えている内に機材の設置もいつの間にか終わっており、いまだ現れぬディの登場にそれぞれが備えていると、やがて扉は開かれて、そこから件の老人が顔を出す。

「おお、待たせたの。少しばかりデータの受信に時間を食ってな。では早速、始めるとしようか」

「あっ、はい。少々お待ちを」

 ディの登場にトーマが応じ、予め打ち合わせてでもいたのか、部屋の照明を落とし、用意した機材の電源を入れる。すると壁に掲げられたスクリーンに青く光が灯り、その前に立つディとトーマの姿が黒い影として浮かび上がった。どうやらあれは映画などを上映するための映写機の一種であるらしい。ディはその機材にポケットから取り出したアクセサリーのようなものを取り付けると、こちらに向き直った。

「さて、何から話すべきか……。まず再度確認させてもらうが、お主たちはこの惑星Ziの出身ではなく、地球と呼ばれる別惑星よりやって来た。そのことに相違は無いな?」

「ああ、そいつに間違いは無いぜ」

「その根拠としたのは何じゃ?」

「根拠? 根拠ってか、空を見上げたら月が2つあったんだ。地球には1つしかなかったから、それで『ここは地球じゃないんだー』って思った。ゾイドなんてのも地球にはいなかったし」

「なるほどのう。ちなみに地球に存在する大陸の数はいくつじゃ? できれば名前も言えるかの?」

「ええと大陸か……。確か5つ……いや、6つだったかな? 俺たちがいた北米大陸と、その南にある南米大陸。それで西の海洋を越えたところにオーストラリアやユーラシアがあって、ついでにアフリカ。最後に一番南にあるのが南極だったはずだぜ」

「……北極大陸の存在を忘れてはおらんか? ソリに乗って横断できたはずじゃが」

「いや、あそこは海だ。一面氷で閉ざされててその上は歩けるって聞いてるけど、大陸なんてモンは初めから存在してねぇよ」

 ガロードとの一連の問答を終え、ディは嬉しそうに微笑んだ。

「そうかそうか。全部記録にある通りじゃ。よもやこのような形で地球の民と接触する機会を持てるとはな」

 ティファはガロードを通じてディの意図をなんとなく察していたが、どうも他の面々にとってはそうではなかったらしい。彼らを代表してバンが、困惑した表情を浮かべて口を開いた。

「なあ爺さん。今のってこれから見せたいってやつに何か関係でもあるのか? いきなり地球の大陸の話なんかされてもこっちはさっぱりだぜ」

「いや、今のに特に意味はないぞ。一応の確認と、単なる話の潤滑剤じゃ」

 ディがそう言うとバンはがくりと項垂れる。

「潤滑剤って……。だったらとっととその見せたいやつってのを俺たちにも見せてくれないか? 話をそこから始めたって良いはずだろ」

「ふむ、まあそれもそうじゃな。よし、よかろう。お主たちに見せたかったのは────これじゃよ」

 手元の装置を操作し、スクリーンに表示された青一色の画面を切り替えるディ。
 一瞬わずかなノイズを生じさせて暗転したそこに映し出されたのは、1枚の……写真であった。
 その写真を目の当たりにしてガロードとティファは思わず、

「なっ」

「えっ」

 短く声を発し、息を呑んで少なくない驚きを露にした。
 ふたりの反応にディは表情を崩さぬまま、

「やはり、知っておるのじゃな、これのことを」

「あ、ああ。どうして、コイツが……」

 確認を取るディにどうにか言葉を返したガロードに続き、遅れて写真の中にあるものの正体に気付いたバンたちが、口々に声を荒らげる。

「えっ、これって、ええーっ!?」

「おいっ、ガロード! これってまさか!?」

「よもや……こんなものまでっ」

「ガロード」

 ティファがガロードを振り向くと、彼は視線をスクリーンに釘付けとしたまま首を縦に上下させて肯定を示した。

「ああ。コイツは……」

 そして、ガロードはその名を告げる。
 かつて自分たちの生まれ育った地球に存在し、自分たちにとって最も身近だったものの1つの名を。本来であればこの惑星Ziに存在しておらず、時には敵であり、時には味方であり、さらには資金を得るための“商品”だったこともある機体の名を。
 ガロードは、紡ぎ出した。

「──コイツは……、ドートレスだ」





   第11話「考えられる可能性は1つある」





 愕然と発せられた響きは、ティファの心だけでなく、その映されたものの存在を詳しく知らぬバンたちにも確かな波紋をもたらす。

「ドー、トレス……?」

「それが、この機体の名前なのか?」

 ガロードは頷いた。

「ああ、間違いねぇ。ドートレスだ。ドートレスは旧連邦が開発した量産型モビルスーツで、かなりの数がある。俺も、良く知っている機体だ」

「これが……モビルスーツ」

「…………」

 ディが自分たちに見せてくれた写真。そこにはなんと、ゾイドではなく、ガロードとティファがいた地球にしか存在しないはずの人型機動兵器──モビルスーツの姿が映し出されていたのである。
 照明が落とされて薄暗いなか、スクリーンに表示された写真をこの目で見た限りでは、それはどうやらどこかの倉庫か格納庫のような場所で撮影されたものらしく、無機質な床に横たえられた鋼鉄の巨人を上から見下ろすようなアングルとなっている。そのモビルスーツは戦闘でも行ったあとなのか、かなりの損傷を受けており、右足の足首から先が消失していて、左腕も肘の所で千切れその前腕部が近くに転がっていた。全体的に無骨と言える角張ったシルエットを構成し、青みがかったグレーとオレンジのツートーンカラーで塗装された装甲の表面にも無数の傷や汚れが刻まれていて、大きく拉げて潰れている部分もある。外見上最大の特徴である3つのカメラアイを備えた頭部をはじめ、いくつかの箇所が原型を留めているに過ぎない状態だった。
 思わぬ写真の開示にディを除く全員が唖然としていると、いち早く混乱から抜け出したガロードが焦ったふうに問い掛ける。

「爺さん! これを一体どこで手に入れたんだ!? 今もこの惑星Ziにちゃんと存在しているものなのか!?」

 そのガロードの問いに、ディは深く首を縦に振った。

「ちゃんと存在しておるぞ、小僧。今もわしの研究所で厳重に保管しておるわい。そしてどこでこれを見付けたかじゃが、最初はそこから話すとしようかの」

 と告げると、ディは画像を切り替えた。
 切り替えられスクリーンにはまた再び別の写真が表示されており、同じモビルスーツを写している点で共通しているが、こちらは発見当初の写真のようである。
 まず場所が違っていた。先程の写真が屋内だったのに対し、今度の写真は外の様子と撮ったものである。そこは畑か何かなのか、耕された土の上には作物らしき植物が植えられていた。画像の中心には畑を抉るみたいな形で土砂に埋まりかけたモビルスーツが倒れており、その周りには作業に従事する人たちの姿や、レブラプターと大きさはほとんど等しいが大分印象の異なる、レブラプターよりもやや直立気味で背中に背びれを生やした恐竜型のゾイドの姿も見える。
 写真を見据えながら、ディは語った。

「今から3ヶ月ほど前のことじゃ。共和国領の農村地帯である日突然、轟音が鳴り響く共にこの鋼鉄の巨人が空から降ってきたらしい。この土地を所有する第1発見者の通報を受け、現地近くの共和国軍の兵士が調査に乗り出したそうじゃが、コックピットはもぬけの殻で、結局その正体はわからなかった。そこで『奇妙なゾイドが発見された』と、わしの所にその解析の依頼が舞い込んできたというわけじゃよ」

 ディの言葉に、バンが呆然と呟くように言う。

「空からって……。なあガロード、これって空を飛べるのか?」

「いや、基本的には無理なはずだぜ。背中に専用の追加装備をくっ付けたやつなら空を飛んでたけど、こいつにはそれが無ぇ。この状態だとバーニアを全力で吹かしても数百mジャンプするのが精一杯だった」

 ガロードがそう答えると次にフィーネが、

「じゃあ、どうしてそんなものが空から……」

「うーむ……」

 フィーネは口元に手を当てて考え込み、トーマがそれに答えようと腕を組んで知恵を絞る仕草を取っていたが結論には至らなかったようだ。

「まあ、そのあたりのことはあとでおいおい考察するとしようか。話を進めるが、この機械人形の調査に乗り出したわしらは、それがすぐさまゾイドとは異なる存在であることがわかった。なんせ、この機械人形の一部にはわしらの知らん技術や規格が使われていたうえ、ゾイドの中核であるゾイドコアがはじめから存在しなかったのでな。そして、極め付けがこれじゃ」

 そう言ってディが示した画像は、どうやらそのモビルスーツの装甲の一部のようであった。人間に当て嵌めると肩の部分に相当する箇所が拡大されており、綺麗に落とされた汚れの下からは、おそらくその所属を記載したと思しきマークが現れている。
 そこには、こう書かれていた。


 ──『Earth Federation Force』


 ガロードが、声に出して読み上げる。

「地球……連邦軍」

 ディが、頷く。

「左様。これを見た時、わしは年甲斐も無く興奮して夜も眠れなんだ。若い頃に目を通した記録の中だけでしかその存在を示唆されていなかった地球が、こんな形でわしの目の前に現れたのじゃからのう。じゃが、一緒にいた若い連中にはこれを理解できる者が1人もおらんかったのでな。発見した際に『アース連邦とは一体どこの国か?』と訊かれた時は実に滑稽だったわい」

「じゃ、じゃあ、さっき爺さんがティファの絵を見て驚いていたのも……」

「まあの。半分くらいはそういう理由じゃよ。この機械人形の存在を知る者がいるとすれば、それはすなわち、その人物は実際の地球を自分の目で知っているということになる。これを驚かずにいられようか」

「そういうことだったのですね、ドクター・ディ。でしたら、ここのところなかなか連絡が取れなかったのも……」

「ああ、嬢ちゃんが思っている通りじゃ。ずっとこの機械人形の解析に掛かり切りでな。もう少しはっきりしたことがわかったらお前さんたちにも知らせるつもりじゃったが…………。いやはや、世の中なかなか予定通りにはいかぬという好例じゃろうよ」

 肩を竦めて話を締め括ったディに対し、バンやフィーネやトーマは一定の理解を示しているようだけれども、ティファは不思議と老人の発言の一部に簡単には捨て難い妙な引っ掛かりを覚えた。
 決して嘘は言っていないが、全てを話してはいない。話すべきか否かについて迷いが生じているふうな、そういう感じだ。
 そのことに違和感を持ったのはティファだけでなくガロードも一緒であった。隣に佇む彼の心に意識を向けてみれば、ティファと同じ疑問を胸に懐いて、首をもたげ始めた不安に顔を強張らせている様子が垣間見える。
 わずかに声を押し殺すようにして、ガロードがディに問い掛けた。

「なあ爺さん……半分くらいって、どういうことなんだ?」

「…………」

 その時、ガロードのした質問を受けてディは初めてその口を噤んだ。
 時として沈黙は何よりも雄弁なものである。
 ややあってディは、すぅぅぅーっと息を吸い込み、溜め息を溢した。 

「流石に、わかるか。確かに、話がこれで終われば良かったのじゃがな……」

「え……?」

「ドクター・ディ?」

 雰囲気は一変し、しわがれた老人の声は年齢をさらに感じさせる。
 そのことでガロードとティファは、ディが『何を見てしまった』のかがおぼろげながらにわかってしまった。

「……データが、残ってたのか? それも映像の」

 一応の念を込めたガロードの問いに、ディは少しの間を置いて「そうじゃ」と答えて言葉を続ける。

「お主は知っておるのじゃろう? この機体が、どういう機体なのかを」

「…………」

 そう告げてディが掲げたのは、スクリーンに表示された写真の方ではなく、ティファ自身の手で描いた絵の1枚だった。
 絵自体には色は付けなかったが、記憶の中にある白い機体の姿。かつてガロードと仲間の1人が搭乗して戦いに挑んだ、ティファにとっても思い出深い機体である。
 絵を掲げたディの顔を見、その手元に示された絵の内容を見、今度はガロードが長く溜め息を行う。

「そういうことか。よりにもよって、と言うか、なぁ……。爺さん。その映像に映っていたのは地上でだったのか? それとも宇宙でだったのか? どっちだったんだ?」

「宇宙で、じゃよ。解析に成功して初めて見た時、いろんな意味で度肝を抜かされたものじゃったわい」

「だったら、それに映っているのは俺たちが生まれた年の出来事のはずだ。今から16年前、戦争があった時の、な……」

 ガロードがそう言うと、話の蚊帳の外に置かれ掛けていたバンたちにも理解が行き着いてきたようだ。えっ、と彼らの息を呑む声が聞こえてくる。

「16年前って……まさか!」

「まさか、そんな……」

「コロニー、落とし……」

 愕然としたバンたちの言葉。
 ディは後ろ手に、視線を落とした。

「なるほど。『コロニー落とし』か。そこまでのことはあやつらにも話してあったんじゃな?」

「ああ。いちいち細かいことまで話してられなかったから、大まかなところだけな。わざわざ好き好んでする話でもねぇし、あんたたちにとっては全く関係ねぇことだしさ。話さなくて済むなら、このままずっと話さないでおくつもりだった」

「じゃろうな。わしもお主の立場なら話さずにいたやもしれん。現に得られた映像データを所員に緘口令を敷いて廃棄処分することさえも検討していたくらいじゃ。むしろ、そのことをベラベラと喋るような輩ではないと知ってほっとしておるよ」

「そう言ってくれると、こっちも助かる。苦労を掛けさせちまったな、爺さん」

「いや、別にどうってことはないわい。実際にあの結末の先にある世界で生きて暮らしていたお主たちに比べればな。わしは見て、知っただけのことだ」

「……そっか」

 互いに目を伏せ合い、互いの胸中への理解を示し合うガロードとディ。
 そこにバンたち3人を代表してフィーネが、神妙な面持ちで前に出てくる。

「一体……何が映っていたんですか、その、映像には……?」

「…………」

 フィーネの質問に、ディは一瞬躊躇うようなそぶりを見せるとやがて口を開いた。

「話してもかまわんが、実物の映像を見た方が早いじゃろう。──良いかの?」

 確認を取るディに応じて、ガロードは嘆息する。

「良いも悪いも、ハナっからそうするつもりだったんだろ? どうせ爺さんの所の連中はその映像を見ているんだから、バンたちにも遅かれ早かれだ。俺たちも人伝に話を聞いているだけで映像なんて見たことがないから、興味がないって言えば嘘になっちまうし。なあ、ティファ?」

 ティファは頷くと、心のままに言の葉を綴り出す。

「はい。私も、見てみたいです。自分の、この目で。見るべきだと思います」

「そうか、すまんな。では、皆にも見せるとしようかの。嬢ちゃんたちもそれで構うまいな?」

「あ、ああ……」

「しかし、何が……」

 困惑の表情を浮かべるバンたちを尻目に、ディは機材を操作して映像が納められたデータを呼び出す。そうして数秒間の読み込み画面が表示されたのち、今から16年前の地球で起きた出来事を記録した動画が流れ始めた。
 その動画はこれまでの画像と比較して横に細長く、均等に3つに分割されていて、それぞれ、左前方、正面、右前方に対応しているようである。

「これは……」

 まず1番最初に映し出されたのは、漆黒に染め上げられた宇宙と、画面下部に入りきらない緩やかな曲線を描いて淡く青い光を宿す海と白く輝く雲を内包した大地──おそらく地球だった。多少画像は荒かったが、よくよく見れば周囲には同型のモビルスーツや丸い胴体に腕と大砲をくっ付けただけの機体や宇宙戦艦らしきものの姿も多数見られる。やがて、その中にひときわ異彩を放つ機影の一団が出現したのは、時間にして開始から7、8分が経過した頃のことだった。
 細部の形や色彩は異なるが、背中にL字型のパネルと身の丈もある大砲を装備しているという点で共通している12機を従えた1機の白いモビルスーツ。円を描くように配置された一団の中心に、その機体はいた。
 額に黄金の4本のアンテナを備え、顔には人間くさいとも言える2つの“眼”。
 ガロードが、そのモビルスーツの名を呟く。

「GX-9900……」

 形式番号GX-9900。通称GX、またはガンダムX。
 ティファ自身はいまだにモビルスーツの正確な機種名についてはあまり明るくはなかったけれども、この機体を含む数機の例外については話は別であった。

「あれが『ジーエックス』……」

「ティファが描いた絵と、同じだわ」

 呆然と呟くバンとフィーネの視線の先で、映像はなおも続く。
 中央に佇むGXを主軸にして艦隊やモビルスーツ隊が展開されていくなか、画面のずっと奥の方で、おびただしい数の光が煌き、その数を徐々に、徐々に増やしてきている。星のまたたきではない。暗闇の中を直線に走る一条の光や咲いてはまた消える小さな光は、それらが光るたびに名の知らぬ兵士たちの命が失われていることを意味する、計り知れない規模の戦火の輝きだった。

「これが、第7次宇宙戦争……」

 戦闘は止め処なく続き、事態はやがて次の段階へと移る。
 遠くから戦場を静観していたGXに、動きが見られたのである。

「む、何をしようとしているのだ?」

 背中に装着されていた大砲が回転し、その動きに同調してL字型のパネルも展開され始める。中央にいるGXだけではない、周囲を取り囲む他の12機もだ。全機の砲身は前方へと向けられ、パネルは斜めに傾いた十字型、すなわちX字型へと形を変えていった。

「…………」

 その光景を目にしたガロードとティファの間に緊張が走った。
 思わず手を握り締めて、こめかみに汗を滲ませる。
 知っている。
 ガロードとティファは知っている。
 このあとどんなことが起こるのか。GXのパイロットが誰であるのか。これから何をしようとしているのか。その全てを。
 その時、画面の中に映る何かに気付いたバンが声を上げた。

「なあ、あれってスペースコロニーってやつじゃないか? 画面の奥のずっと向こう側に映ってるやつ」

「ええ、そうみたい。あれを、これから地球に……」

「おそらく。しかし……あの大砲を撃つにしても、一体何を狙っていると言うのだ、あのジーエックスとやらは?」

 バンたちがそれぞれに疑問を呈していたけれども、ガロードにもティファにもそれに答える余裕はない。ディも口を閉ざしたままだ。
 展開されるGX、迫り来る軍団とスペースコロニー。ふたりの視線が釘付けとなってその様子を見守っていると、ついに決定的な瞬間は訪れた。
 戦場に佇むGXの胸部に、突如としていずこから闇を突き抜けて極細に収束した光線が到達する。
 通信用のガイドレーザー。その発信源。そこに、たった1つだけの月が見えた。

「1つの、月?」

「……何だ?」

 そう漏らした誰かの声を合図としたかのようにして、力は解き放たれる。
 遥か遠くの月よりもたらされた不可視のエネルギー波を受け、GXの背中で広げられた4枚のパネルはまばゆいばかりの輝きを放ち始めた。GXと横一列に隊列を組んだ他の12機も順々に。手足に装着された紺色のパーツが次第に光を帯びて、余剰となったエネルギーを熱として放出していく。
 そして、ガロードとティファが見守る前で……その銃爪は引き絞られたのだった。

「────は?」

 やや間の抜けたバンの声が耳に届いていたものの、それはどこか遠くに聞こえる。
 ガロードは何も言わない。ティファも何も言えない。
 GX1機と他12機からまるで堰を切ったかのように解き放たれたエネルギーは凄まじい規模を誇る光の奔流となり、迸る閃光は全てを飲み込んでいく。
 目の前に展開されていた敵の艦隊も、その中心に浮遊する人工の大地も、そこにいるはず人々の命も全て。
 合計13もの太い光の筋のうちの1つに貫かれて、その1基のスペースコロニーは文字通り完全に粉砕された。敵艦隊も残る12の砲撃によって甚大なダメージを被り、わずかに残った生存者も散り散りとなって分散していく。
 実際にその威力を予め知っていたとはいえ……いや、知っていたからこその衝撃が、途轍もない勢いとなってガロードとティファの身体の中を駆け巡った。

「お、おい……」

「嘘だろ……」

 予備知識のある自分たちでさえこうなのだから、何も知らなかったバンたちが懐いたの感情はいかほどのものであったか。
 ちらりと視線を向けてみれば、バンとトーマは愕然とした表情で目を見開いており、フィーネも口元を手で覆って驚きを顕にしている。
 たった1度の砲撃。それが、この結果を生み出したのだ。

「まさか、そんな……」

 フィーネがまるでこの世の終わりを目の当たりにしたかのような顔になっていたけれども、これはあくまで全ての災厄の始まりにしか過ぎなかった。
 GXが行った砲撃に恐れを為した敵勢力は更なるコロニー落としを敢行し、また再び画面に映る中で多数のスペースコロニーが加速を開始した。もはや交渉も躊躇いもない。味方の艦隊やモビルスーツ群をも押し潰しながらコロニーは突き進み、地球へと殺到していく。とてもGXだけで対処しきれる数でないのは明らかだった。
 GXの姿が収められていたのはここまで。この映像の視点となっている場所も敵と味方が入り乱れる戦場となったのである。迫り来る敵モビルスーツ。飛び交う火線。大気に触れて赤熱化していくスペースコロニーの姿が、映像の隅に映る。地表に落下した衝撃で凄まじい大きさの火の玉が生まれ、空に漂っていた雲が円形に消し飛ばされていくのも見えた。見えてしまった。
 いくつも。いくつも。いくつもである。
 宇宙における戦場は完膚なきまでに混乱を極め、それをまとめ上げる者などどこにも存在しない。
 戦い、撃たれ、爆発し、消えていく。
 ただそれだけであった。
 延々と続くかに見えたこの状況。それもやがて、戦闘中に被弾して大きくバランスを崩したのを皮切りに終焉へと向かっていった。画像が乱れ、眼前には敵のモビルスーツの機影が急速に近付いてきている。振り被られた光の刃が迫るのを最後にして、画面全体が白光に包まれ、その映像は唐突に終わりを告げたのだった。
 あとには無信号を示す表示がなされた青いスクリーンと、絶句して何も言えずにいるこの場のメンバーが残るのみ。
 唯一平静を保ったディが、頃合を見計らって言葉を発す。

「とりあえずこの映像はここまでじゃ。誰か、照明をつけてくれるかの?」

「あ、あぁ……は、はい。今、つけます……」

 そう言ってトーマがぎこちなくよろよろと動き、室内に光が戻った。
 壁に掛けられた時計の針は、すっかり夜の時刻を指している。
 照明が灯ったのを確認したディは、映写機の電源を落とした。

「今のは一体、何だったんだ……」

 と、小さく声を漏らしたのはバンだった。
 彼の隣には、青ざめた表情のフィーネが立っている。
 ディはバンの呟きには応じず、ガロードの方を向いた。

「今のが、お主たちのいた地球で起きた出来事であるのに、間違いはないのじゃな?」

 あたかも囁き掛けてくるかのようなディの問いに対し、ガロードは息を吸い込んでまぶたを閉じたあと、しっかりと頷き返す。

「ああ。間違いねぇ。話には聞いてちゃいたけど、俺もここまでのモンだとは思ってもみなかった……」

「わしは、ここまでのことしか映像では知らん。だが大体の想像は付く。結果的に何人の命が失われたのかを、お主は知っておるのか?」

「ああ。さっきバンたちにも話した。昔は、戦争が起きる前は、100億人近い人間が暮らしていたって聞いてる。それが今だと……地球とコロニーを合わせても1億と少し……だってよ。こいつは今政府に勤めている仲間から聞いた話だから、それほど間違ってはいないはずだぜ」

「そうか……。ある程度予想はしていたが、それほどとはな。よくぞ生き延びてくれた、と言えるのかもしれん。だが、しかし……」

 そこまでが限界だったのか、何かを言おうとしてディは途中で口を噤んだ。
 するとバンが顔に深刻な表情を浮かべたまま、そっと歩み寄ってくる。

「なぁ、ガロード……」

 バンは言い難そうに、言葉を慎重に選ぶようにして告げてくる。

「お前は、知っていたんだよな……あのジーエックスって機体のことを。乗ってもいたって……」

「…………」

 短い沈黙を置いてガロードはその質問に答えた。

「ああ。俺も乗ってた。映像のやつとは違う別のGXに。当然、あの大砲──サテライトキャノンも、撃ったことがある」

「…………っ!? ど、どうして!?」

 なぜ。どうして。
 あの映像、あの威力を目の当たりにしたあとでは至極当然な疑問である。
 バンを見詰め返したガロードが、淡々とした口調で語り始めた。

「最初は、生き残るためだった。あの頃はちょうどティファとも出逢ったばっかりの時でさ。ある連中に追われていた俺たちは、逃げ込んだ先の廃工場でGXを見つけて戦って、どうにか切り抜けることができた。だけど、問題はそこからだった」

 ティファも思い出す。ガロードと、初めて出逢った日のことを。
 今でも忘れられない、決して色褪せぬ記憶に他ならなかった。

「ガンダムってさ、俺たちの世界でだとパーツだけでも言い値で取引できるくらいに貴重なものだったんだ。要するにお宝ってわけさ。だからGXを手に入れた俺たちの所に、今度はそれを狙った連中が押し寄せてきた。連中はお構いなしだった。GXを手に入れるためならコックピットを潰しても構わないってくらいにな。俺は戦った。でも、相手の数は多過ぎた」

 ガロードの心の中に燻る後悔の念。
 それを感じ取ってティファはきゅっと自分の手を握り締めた。
 呆然としたバンの声が聞こえてくる。

「だから、なのか……。だからあの大砲を、使ったと……」

「ああ。結果は……ここに俺たちが立っているのが答えだ」

「そんなのって……」

「────くっ! 貴様っ!」

 募らせた苛立ちがとうとう弾けてしまったのか。声を大にして叫びを上げたのは、バンの脇に控えていたトーマだった。
 彼はずかずかとガロードに詰め寄ると、その襟元を掴み言葉を捲くし立てる。

「貴様は自分で何を言っているのかがわかっているのか!? あの大砲を撃っただと! 考えずともあの威力だ! それがどのような結果に繋がるのか、全く理解できんわけはあるまい!!」

 体格差から胸元で身体を吊り上げられる形となって、ガロードは若干息苦しそうに顔をしかめたがそれだけであった。

「言い訳は、しねぇさ。俺はあの時、無我夢中で銃爪を引いた。他でもねぇ、自分の意思でだ」

「くっ……貴様は!」

「待って、下さい」

 これ以上は、耐えられなかった。
 あの時の状況を、あの時のガロードが宿した激情をティファは思い出す。
 ガロードばかりの責任にはできない。他ならぬ自分が、彼に力を託したのだから。
 ティファはガロードが着た赤いシャツを掴むトーマの手に触れると、怒りに奮えて紅潮したその顔をまっすぐに見上げた。

「あの力の封印を解いたのは、私です。ガロードはあの時、何も知らなかった。その責任は私にもあります。ガロードばかりを責めないであげて下さい。どうか……どうか、お願いします」

「ティファ……」

 ティファが告げると、フィーネが悲しげな表情でティファの名を口にした。
 そのあとでディが、横から割って入ってくる。

「そこまでにしておいてくれんか、シュバルツ。お前とてこやつがヒルツらとは違うのだというのはもうわかっておるのじゃろう? わしらとて人のことは言えんのじゃ。結局はどんな力も、扱う者の心次第でどうとでもなるのじゃよ」

「しかし……。ぐっ。はい、わかりました……」

 ディの言葉を受けて、トーマは苦々しく頷く同時にガロードから手を離した。
 襟元を正したガロードが、ディの方を向く。

「なあ爺さん……。こっちでも、何かあったのか?」

 その問いにディは首肯を示す。

「まあの。あとで詳しく教えるが、あと1歩のところで最悪の事態となるのを食い止めることはできた。じゃがそれでも、何万人もの命が失われてしもうた……。今からわずか、2年ほど前の話じゃよ」

「そっか、だからか。あんたたちにとっても、俺たちの世界の話は完全に他人事だって言えないんだな」

「その上で、問う。1つ訊いても良いかの?」

「ん、何をだ?」

「……のう、ガロード」

 ガロードが先を促すと、ディは初めてその名を呼んだ。

「お主は『最初は』と言うておったな。最初は生き残るためじゃったと。それはのちにその心境に変化があった、そういうことなのかね?」

「…………」

 ガロードは目を閉ざし、思いを反芻するかのように息を吸い込むと、再びディと視線を合わせた。

「『過ちは繰り返させない』。それが俺の答えだよ、爺さん。これはあの力を俺に託して逝った奴の最期の言葉でもある。あの映像のGXに乗っていたパイロットにもな。俺はそれを、裏切りたくなかった。俺自身、もうあんなのは2度と御免だぜ」

「そうか、そうか。お主たちもなかなかに、相当な人生を歩んでいるようじゃな。こんな年寄りの我が侭に付き合ってくれたこと、心より感謝するぞ。ありがとの」

「いや、俺は別に特別なことなんてしちゃいないさ。こっちこそありがとな、爺さん。爺さんのお陰で今まで見えなかったことが、ちょっとだけわかるようになった。そんな気がしてくるぜ」

「左様か。それならばこの映像を見せたのはお主たちにとっても無駄ではなかった。それがわかっただけで十分じゃわい」

 そう告げるとディと共に、ガロードは微笑みを浮かべた。

「そいつは何よりだ。じゃあ爺さん。そろそろこっちからの質問……してもいいかな?」

「うむ、構わんぞ。まだ映像が残っておるといえば残っておるが、まあそれはお主らの質問に答える形で開示しても何ら問題はないじゃろ。嬢ちゃんたちも、それで構わんか?」

 ガロードの提案を聞き入れたディが、後ろを振り返りながらそのような形で確認の声を発したものの、それを送られたバンたちからの返事はすぐには返ってこない。
 いまだ隠し切れない動揺が、彼らの胸中に渦巻いているようだった。
 ややあってバンが、ふう、と溜め息を溢した。

「わかったよ、爺さん。そうしてくれ。正直まだ混乱していて、ゆっくり考える時間が欲しいところだけど、このまま明日に長引かせるってわけにはいかないし、途中で放り出すわけにもいかないからな。今は俺たちよりも、ガロードたちの方が大事だ。俺たちのことは気にしないで、先を進めてくれよ」

「バン……」

 バンの言葉に、フィーネは硬くしていた表情を少しやわらげた。

「そうよね、バンの言う通りだわ。ドクター・ディ、私もバンと同じです。どうか先を進めて下さい。私たちはちゃんと、ここにいますから……」

「トーマも、それでいいよな?」

 トーマは瞑目すると大きく息を吐き出す。

「ああ、構わん。2つ3つ言いたいことはあったが、もはや今ここで語ったところでどうということにもなるまい。お前とフィーネさんがここにいる以上、俺が残るのも道理だ。俺もまた、ガーディアン・フォースの一員なのだからな」

「だそうじゃ。知りたいことがあるなら遠慮なく問うて構わんぞ。この老いぼれの知識で答えられるものなら何でも答えよう。さあ、言うてみてくれ」

「ありがとな、爺さん。それに、バンたちも。まず最初に訊きたいんだけどさ、俺たちだけじゃなくてドートレスまでもがこっちにやって来ちまってるってことは、俺たちがこの惑星Ziに来たのもやっぱり偶然じゃないってことになるのかな? あと3ヶ月前だっけか? 16年前の戦争の時のドートレスがそのタイミングで空から降ってきたってのも、ちょっと気になるし……」

「ふむ、やはりそこからか……。それを答える前に、この惑星Ziと地球の位置関係を確認しておこうかの。のう嬢ちゃん、そこにある紙とペンを取ってくれるか?」

「え? あっ、はい、どうぞ」

 ディに求められるがままに、事情聴取時にティファが絵を描いた際に残った紙とペンを差し出すフィーネ。
 受け取ったディはテーブルの上に置かれた紙にペンを走らせ、何やら簡単な概略図のようなものを描き始めた。
 その行為を認めたガロードが、不思議そうに言葉を発す。

「位置関係って、そんなことわかるのか?」

 ディはペンの動きを止めずに答えた。

「まあの。あくまで記録上の大雑把な位置じゃがな。お主は地球やこのZiをはじめとする惑星が、太陽などの恒星の周囲を公転していることは知っておるな? そしてその星々が何億何兆個も集まり、1つの集団を構成していることも……」

「ん、ああ。確か『銀河』って言ったよな、それって。地上から見ると天の川に見えるってやつだっけか?」

「その通りじゃ。そこまで知っておるのなら話は早い。これはその銀河を、回転軸上の離れた点から眺めた図だ。ここまでは大丈夫かの?」

 そう言われて示された紙面には、中央に丸い円があり、そのまわりを円から生えた2本の腕のようなものが渦巻状に回っている図が描かれている。
 ティファも知識として『銀河』という言葉には耳覚えがあった。
 ふたりは互いの顔を見て頷き合う。

「ああ、大丈夫だぜ」

「よろしい。では今わしらが立っておる惑星Ziがある星系の位置をこのあたりとしようか」

 と告げるとディは、描き上げた図の中に新たに1つの点を書き込んでいく。点の横には『Zi』の文字。渦を形作る腕の1本の、中ほどからやや渦の外側に寄った位置だった。

「……結構、中途半端な位置にあるんだな」

「かなり大雑把じゃが、今はこれで十分じゃろう。そして、わしらの先祖がいたという地球を含んだ太陽系は、このあたりに存在するとされておる」

 続けてディは地球の位置を示していく。Ziと記された点の位置から、渦の中心の円を挟んだ反対側、そのもう1つの点を打つと、その横に『Earth』と書き込んだ。
 それを見たガロードが「え?」と目を丸くする。意外と言えば意外な位置であった。

「銀河の、反対側……?」

「左様。地球に対して惑星Ziは銀河の反対側に位置しておる。直線距離にしておよそ6万光年。同じ銀河に存在する、遥か彼方と呼べるじゃろうな」

 ディがそう言うと、後ろに控えていたバンが首を捻っていた。

「こ、光年……? な、なあ爺さん、6万光年ってどのくらい離れているんだ? そもそも光年って……」

「光年とは『光が1年の時間をかけて進む距離』じゃよ、バン。1光年がメートル換算で約9.46×10の15乗mじゃから、ざっと計算してその6万倍は5.7×10の20乗m……。まあ、お前さんのブレードライガーを全力で走り続けさせたところで何百億年と掛かるような、そんな距離じゃな」

「な、何百億年っ!? って、そんなに離れているのかよ、地球って所は!」

「離れておるとは言っても、宇宙全体から見ればかなりの近場じゃ。かつてわしらの先祖はその銀河の海を船団に乗って越えてきた。度重なる戦争と天変地異で星の海を渡る技術は完全に失われ、多くの人々はその存在を忘れてしもうたが、紛れもなくわしらの源流はそこにある」

 何百億年と聞くと途方もない距離であるようにも感じるが、ディの言によるとそうでもないらしい。宇宙とはそれほどまでに巨大で果てしないものであるのだと、暗に告げているふうにも思えた。
 と、ここでガロードが、

「でもよ、近いって言ってもちょっとやそっとで行き来できるような距離じゃねぇってのは確かなんだよな。俺たちにしろドートレスにしろ、どうやってそれを越えることができたんだ?」

 その問いにディは答える。

「人為的にそれを行うには果てしなく膨大なエネルギーを必要とするが、理論的には可能じゃよ。要するにお主たちは時空間の歪みに巻き込まれた……そう考えるのが妥当なところじゃろう」

「時空間の、歪み?」

「あの、それは一体……?」

 歪みとは一体どういうことなのだろうか。
 完全に理解を超えた発言にガロードとティファが顔を見合わせていると、新しく白紙を手に取ったディは言った。

「理論的に解説しても良いが、ここは一番簡単な例を挙げるとしようか。わしはこれからこの紙の上にA地点とB地点と書く。お主たちはそのA地点からB地点へ移動する時、最も短い道のりで移動するにはどうすれば良いのかを考えてみてくれ」

 と、ディは言葉の通りに紙の両側に小さく丸で囲った『A』と『B』をひと文字ずつ書き置いた。
 これを見たガロードがまばたきを1つする。

「最も短いって、単純にこうやって真っ直ぐに進んだら良いんじゃねぇのか?」

 ガロードは紙面上のAとBを結ぶ見えない直線を指でなぞった。
 すると、ディはにやりと笑う。

「本当にそうかね? のうバン、お前ならどう考える?」

 突然言葉を投げ掛けられて、バンは大きく「えっ!」と呻いた。

「い、いや。ほとんど考えてなかったと言うか、ガロードので良いんじゃないのか?」

 それを聞いたトーマが呆れるように溜め息を溢す。

「まったく……。少しは頭を働かせろ、バン。ドクター・ディが仰りたいのは、すなわちこういうことだ」

 言って彼はAとBの2つの文字が描かれた紙を緩やかに曲げて、ちょうどAとBが触れ合うように重ね合わせた。
 フィーネが「あっ」と声を漏らす。

「確かにそうすればAとBの距離はほとんどゼロになるわ。ひょっとしてこういうことなのですか、ドクター・ディ?」

「正解じゃ。これあくまで2次元における場合を紙で表現したに過ぎんが、わしらが認識しておる3次元や4次元、果ては時間軸を異とする並立世界の場合に拡張しても同様のことが言える。お主たちとあの機械人形に到達時期にタイムラグが生じているのも、おそらくそのあたりが原因じゃろうな。簡単に言えば、時空間が歪んだことで本来交わることの無い2つの時空間が接触し近道が生じた。こちらとあちらで時空間の流れが同じとも限らん。互いに同空間同時刻の存在であると言えるのか、あるいは直接の未来と過去の関係なのか、それとも時間軸のどこかで分岐した並立世界なのか。他にも原理的に考えられるものもあるといえばあるが、概ねこのような事象であると認識してもらって構わんよ」

「え、えーとぉ……」

「…………」

 矢継ぎ早に解説するディの口からは様々な言葉が飛び出してきたものの、そのほとんどに理解が行き届かず、話の流れについていけなかった。
 そう思ったのはティファだけでなく当然ガロードにも言えること。この世に生を受けてからの16年。このような類の話題に全くと言っていいほど触れた機会が無かったため、ガロードもティファもはたしてどのように応じたらよいのかで困り果てるしかないのが現状だった。ふと見れば、バンもバンでふたりと似たような反応であるのはすぐに見て取れる。

「と、とりあえず地球と惑星Ziの間に近道ができちまったってことで良いんだよな? なんか、インチキ臭い気もするけどよ……」

 率直な感想を述べるガロードを、ディは否定しなかった。

「まあの。逆に言えばそのようなインチキでも起こらん限り、お主たちがこの惑星Ziの大地を踏み締めることはありえん、ということじゃ」

「だったら、どうしてそんなインチキが起こっちまったんだ? 俺とティファが地球から惑星Ziに来ちまったのがインチキだとしたら、そこに必ず原因があるはずだろ。そんなのってどこにあるんだ?」

 ガロードが疑問を顕にすると、バンとフィーネとトーマの3人は困ったように互いを見合った。

「原因って言われても、なぁ……」

「ドクター・ディは膨大なエネルギーが必要になるって言っていたけど、そもそもどれほどの量が必要になるのかしら……?」

「正直言って、皆目見当が付かんな」

 彼らは口々に意見を述べていたが、結論には至らなかったようだ。
 と、するとそこに……。

「いや……、そうでもないぞ。考えられる可能性は1つある」

 重々しく告げられたディの声がのしかかってきた。

「────えっ?」

「ドクター……?」

「可能性とは、一体……」

 この場にいる全員の視線が集まるなか、ディの見解はもたらされた。

「他でもないわしらの行いに原因があるのじゃよ。時空間の歪みは重力の変動として観測される。ゆえに重力の急激な変異が時空間の揺らぎに影響を与えたとしても何ら不思議ではない。この惑星Ziを守るためとはいえ、わしらはそれだけのことを仕出かした。それだけのことを、な……」

 その発言は後悔のようにも、あるいは懺悔のようにも聞こえたと思う。
 何が彼をそうさせるのであろうか。深刻そうに顔を俯かせるディの横顔をティファは見詰めた。

「俺たちの、行いの所為……」

「この惑星を守るためって、どういうことなんだよ、それ……」

 バンとガロードがそう言うと、ディは初めて苛立ちを噴出させた。

「まだ気付かぬか! バン! 時空間の歪み、すなわち重力の歪み。重力。グラビティ。ここまで言えば、いい加減お前でもわかるじゃろう……」

「──────っ!? まさかっ!?」

 何かに思い至ったのか、バンは驚くと同時に目を大きく見開いた。
 それはバンだけではなくフィーネやトーマまでも。
 驚愕に苛まれる3人の顔を見据えて、厳しさを滲ませながらディは告げる。

「そう……。グラビティカノンじゃよ。その影響の余波でこの2人は銀河の彼方にある地球からこの惑星Ziへと迷い込んできた。わしが考えうる限り、その可能性が一番高い。決して無関係だとは言えんのじゃ」

「冗談、だろう……」

「そんな……」

「グラビティカノンの、影響で……」

 バンとフィーネとトーマは恐れおののいていたけれども、事情を知らぬガロードとティファから見ればその衝撃の度合いを計ることはできない。
 それ以前にグラビティカノンとは一体何なのか。まずはそこから解消しなければならなかった。
 言葉を鎮めたガロードが、ディに質問をする。

「なあ爺さん……。グラビティカノンって一体何なんだ?」

「…………」

 ディの返答は、沈黙だった。
 しばらくそうして静寂が流れたあと、年老いた科学者の口は動き始めた。

「……今から2年前のことじゃ。2年前、この惑星Ziに未曾有の危機が訪れた。ある2体のゾイドが、その猛威を振るったのじゃよ」

「2体の……ゾイド?」

 ディはゆっくりと頷いた。

「そのゾイドの名はデススティンガーとデスザウラー。グラビティカノンとは、それら2体に対抗するためにわしが中心となって開発し、ウルトラザウルスへと搭載した超重力兵器の名称じゃ」

 その説明にガロードは眉をひそめる。

「超、重力兵器……? それって一体どういうものなんだ? それにデススティンガーとデスザウラーって、やたらと物騒な名前じゃねぇか」

 両者共に『デス』という名を冠しているのだ。ガロードがそう捉えるのも致し方ないとティファは思う。
 デス。死。破壊。
 嫌が応がなく不吉な予感にさせられる名前であった。
 そこにバンの声が、立ち入ってくる。

「物騒なんて、生易しいものじゃないぜ、その2体は」

「バン……」

 表情は硬く、まるで押し潰したような重い声。
 ディはバンのあとを引き継いだ。

「その2体も含め、口で説明するよりも実際に映像で見てもらった方が早いじゃろう。すまんが、また照明を消してくれるかの?」

 その要望に従い、照明は落とされて室内は再び暗くなる。
 点灯したスクリーンに新しく映像が映し出されたのは、まもなくのことであった。

「まずはこの映像が……グラビティカノンと、ウルトラザウルスじゃ。これは、その試射の模様じゃよ」

「んんっ?」

「…………?」

 今度はどんな映像なのだろうとガロードとティファが目を凝らしていると、ぱっと目にしたそこにはゾイドらしき姿は無く、どこかの海を航空機か何かで上空から撮影した動画が流れ始めた。白く波立つ海面には大小様々な形の島が点在しており、雲が浮かぶ空も透き通るような青さを湛えている。とてもではないが、一見して強力な兵器といったものに直接結び付きそうに無い光景だった。
 しかしそう思ったのも束の間。撮影を行っている機体がゆるやかに旋回すると、小さな島と島の間の海を徐々に移動している巨大な影の存在に気が付く。その全貌が把握できるようになるにつれ、画面の中央に映るものに非常に長い首や尻尾が生やしていることを認めたガロードとティファは、それが1体のゾイドであることがようやく理解できた。島に自生している木々と比較して、そのあまりの巨大さにぽかんと開いた口が塞がらなくなってしまう。

「こいつが……この馬鹿デカイのが、ウルトラザウルス?」

「ああそうじゃ。そしてこのウルトラザウルスの左舷に装着されている大砲、これがグラビティカノンの発射ユニット、ということになる」

「…………」

 その全長は目測でも最低で数百m、いや、首と尻尾を伸ばせば500m台をも優に超えていたとしてもおかしくはないくらいに巨大である。全体的な意匠は機械機械しく無骨な印象。ずんぐりとした胴体に対して首は細長く、節々で可動して大きく弧を描くその先端には、丸みを帯びた曲面で構成されたオレンジ色のキャノピーを持つ頭部があり、口には幾何学的な形状の牙がびっしりと並んでいるのがここからでも見て取れる。四肢は海中に没していたため良くは見えなかったものの、背中にちょこんと乗せられた甲板のサイズからその規模は推して知るべし。かつてガロードとティファがその身を置いていたバルチャー艦、フリーデンと比べても比較にならない。あまりに大き過ぎて明らかに常軌を逸したサイズの、カミナリ竜と呼ばれる恐竜の一種であった。
 だがしかし、これはあくまで本体と呼べる部分を語っているに過ぎない。真に驚くべきはそのカミナリ竜の胴体の両脇に接続された追加ユニットである。こちらもひと言で表現するならば、巨大。巨大過ぎる。左舷に取り付けられた特大砲は砲身の長さだけでもウルトラザウルスの胴体を遥かに超えており、口径はおそらくその中に並のゾイドやモビルスーツが簡単に入り込めるほどに大きい。右舷に取り付けられた構造体もそちら側で左舷に見劣りしないほどの存在感を放っていた。
 沈み込もうとしていた雰囲気は一転。映像に映し出された超巨大ゾイドの雄姿を目の当たりにしたガロードが、呆然と呟いた。

「いくらなんでもこいつは、ウルトラ過ぎるだろ……」

 自分たちの感覚からすれば画面を見たままの適切過ぎる表現で、洒落なのに洒落に聞こえないガロードの言葉。
 そこに語り掛けられる、ディの声。彼は映像の中に鎮座する巨竜の姿を眺めながら、若干ではあるものの、少し誇らしげな様子で解説を行う。

「ウルトラザウルスの詳しい開発時期は不明じゃが、十数年前に発見された個体を共和国軍が改修し、来たるべき決戦に備えて擬装湖であるウィンディーヌレイクに隠蔽されていた。そして2年前、へリック共和国首都崩壊と最終決戦プログラム発動を受けて再起動。まさに最高の砲撃能力と母艦機能を兼ね備えた、超巨大移動要塞型ゾイドと呼ぶべきものだ」

「ひょえええ……」

 と、ガロードが驚きの声を漏らしていると、映像の中ではその大砲の試射がいよいよ始まるらしく、高く持ち上げられていた首が前方へまっすぐに伸ばされていく。頭部が海面に触れるか触れないかという位置までやって来た。開かれた砲門に目を向ければ、その内部には相当の電圧が掛かっているのか放電現象が起こっており、凄まじいエネルギーが蓄積していっているのが映像越しに垣間見える。
 砲身が重々しくゆっくりとしたスピードで上に動き、照準は行われ、ついのその大砲は解き放たれた。
 見た目の印象に違わぬ凄まじい衝撃が巻き起こる。大砲から飛び出た砲弾はほぼ一直線に空中を突き進んでいき、発生した衝撃波によって海を割り、周囲の雲を跡形も無く吹き飛ばす。画面全体がガタガタと音が聞こえそうなくらいに振動して、その衝撃の度合いを物語っていた。それでもなおウルトラザウルスの巨体は微動だにしないのだから、これはまさに驚嘆と言えよう。砲弾はすぐさま光の点となって水平線の向こうへ飛んで行き、ある程度離れた地点の上空で炸裂。これまた凄まじい閃光を撒き散らした。

「…………」

 ただの爆発……ではない。
 着弾地点に接近した映像に映し出されていたのは、爆発による火炎でもなければ噴煙でもない。うっすらと虹色に輝く光の膜が、着弾点を中心に半径数kmほどのドーム状に展開されており、円形に抉られた海面が割れてその下の海底面までもが露出していた。次々と亀裂を走らせて沈み込んでいく様子に、ガロードとティファは我知らずに絶句を示す。

「か、海底が……抉れていってやがる」

 どうにか辛うじてそれだけを口にしたガロードを、ディが補足した。

「正確には増大した重量に耐え切れず潰れていっているのじゃよ。液体である海水は周囲に押し退けられておるが、固体である地殻にはそれができん。グラビティカノンの砲弾に用いられとるプラネタルサイトはやたらめったらと重たい物質での。それに更なる圧力をかけることで内部が重力崩壊を起こし、こうして一定のフィールド内に通常の数千倍から数万倍もの超重力を発生させる。これで目標を圧壊せしめるのがグラビティカノンじゃ」

「……なんかよくわからねぇけど、とにかく凄ぇっていうのはわかった。俺たちは、このグラビティカノンってやつの影響でこっちに来ちまったのか」

「おそらくな。現時点ではその可能性が最も高いじゃろう。わしもよもや、そのような事態になろうとは全く想定していなかった。お主たちにとってはいい迷惑じゃろうよ……。結局のところ、このグラビティカノンを用いてもデススティンガーやデスザウラーを倒し切れなかったのじゃ。科学者としてのわしは、肝心なところでとんだ役立たずじゃったわい」

 そう自嘲気味に笑ったディに対し、ガロードが「えっ?」と顔を振り向かせる。

「『倒し、切れなかった』……? こんな凄ぇ大砲を使ってもか?」

 ディは頷いた。

「そうじゃ。デススティンガーを一時的に行動不能にせしめて瀕死の重傷を負わせることには成功したが、それだけだ。結局は再生を許し、デスザウラーの復活を未然に防ぐことはできず、そのデスザウラーにはグラビティカノンの超重力は通用せなんだ……。バンたちがおらなんだら今頃、この惑星Ziは最悪の結果を免れられなかったじゃろうな」

「一体……どれだけの化け物なんだよ。その、デススティンガーとデスザウラーってやつは……。話に聞いている限りじゃ、サテライトキャノンでも……」

 あの、地球を崩壊させるきっかけとなったサテライトキャノンであっても、有効な手立てとなりえないのではないか。
 尻すぼみになって不安がるガロードを見詰めて、ディは沈痛な表情で息を吐いた。

「わしに言わせれば、あの機体サイズであの破壊力を実現させているサテライトキャノンとやらも十分驚異的じゃがな。検証のしようは無いが、確かにあの威力を以ってしてもデスザウラーに有効なダメージを与えられるかどうかは怪しいところじゃろう。なんせ相手は、古代ゾイド文明を完膚無きまでに滅ぼしたゾイドだ。わしらの常識が通用しない部分が多々あったとしてもおかしくはない」

「古代ゾイド文明を、滅ぼした……? それって確かフィーネさんの……」

 古代ゾイド文明。滅亡。デスザウラー。
 思わぬところでもたらされた繋がりに、ふたりは揃ってフィーネを見る。
 その視線を受けて、フィーネは悲しそうに自身の紅い瞳を揺らめかせた。

「ええ、そうよ。デスザウラーは、かつてこの惑星Ziに繁栄していた古代ゾイド人が生み出したゾイド。度重なる闘争を終結させるために生み出されたゾイドが、文明そのものに牙を剥いて、ついには滅ぼしてしまった……。デスザウラーは私たち古代ゾイド人にとって、まさに禁忌と呼べる存在なの」

 彼女の感情を湛えた瞳の中には、計り知れない悲哀が満ち溢れている。ティファにはその心の思惟を直接手に取って感じることはできなかったけれども、あるいは自責や後悔といった気持ちに近いものなのではないかと、漠然とした思考の中で捉えていた。
 隣から伝わってくる、デスザウラーと呼ばれる存在への戦慄めいた思い。
 ガロードは声を滲ませてバンたちに問う。

「2年前に、一体何があったんだ? デスザウラーって……」

 真摯に言葉を投げ掛けるガロードを前に、ディは嘆息する。
 しかし、彼の眼は真剣なままだった。

「簡単に説明はできんな。だが映像を見せることはできる。あまり気分のいい映像ではないが、それでも見るかね?」

 念を押すように告げられるディの言葉。
 それを聞いてガロードもティファも躊躇わなかった。

「ここまできたら今更だぜ、爺さん。バンたちには俺たちの世界で起きた戦争を見てもらったんだ。ここでビビッて俺たちだけが逃げ出すわけにはいかねぇよ」

「私からも、お願いします。私たちは今ここにいるから……、生きていく上できっと、必要になることだと思います」

 自分たちは生まれ育った地球に帰還するその日まで、この世界で生きていく。
 揺ぎ無い信念で以って答えたふたりを見、ディはほろ苦く笑ってその思いを受け止めてくれた。老人の表情はどことなく儚げであったけれども、ガロードとティファが示した意思がよほど嬉しかったのか、わずかに眼を細めてまぶしそうにしている。

「そうか、そうじゃな……。お主らなら、そう答えるじゃろうと思っておったよ」

 と言いながらディの手により洋上のウルトラザウルスを映していた映像は切り替わり、今度は様々な住宅や宮殿らしき建物が立ち並ぶどこかの都市らしき光景が表示された。ちょっとやそっとと言えるようなものではない。かつて地球にいた頃に訪れた小国とは比較になりえないほどの広さと荘厳さを兼ね備えた街並みがスクリーンの中いっぱいに広がっていた。
 見たことのない街。そこに暮らしていると思われる人々の営み。雲が浮かぶ空が澄み切っていれば見事な景色となっていただろうがしかし、映像に映されている上空にはどす黒い煙が立ち昇っており、町の至る所からは燃え盛る炎が噴き出していた。小火などという騒ぎではない、尋常ならざる規模の火災が発生しているのだ。
 その赤く燃え盛る中心部では、ゆらりと蠢く黒い影が見えた気がした。
 なんだろう、あれは。ティファがそう思い目を凝らしていると、ディの声が耳に届けられてくる。

「ことの起こりを説明するには、今から5年前……いや、もう6年近くなる時を遡らねばなるまいな。この映像は今から6年前、ガイロス帝国の首都ガイガロスで起きた事件の様子を撮影したものだ。ある男がこの惑星Ziの統一を目論み、遺跡で発掘されたコアを元に再生させたデスザウラーを用いてそれを実行しようとした。その男の名はギュンター・プロイツェン。かつてガイロス帝国の摂政……簡単に言えば国家元首である皇帝の補佐官を務めていた男だ」

「ギュンター……、プロイツェン?」

「そう。そして、この画面の中央奥に映るもの、あれがデスザウラーじゃ」

「画面の、奥……?」

 告げられるがままに目を向けてみたものの、立ち昇る黒煙と炎は勢いをさらに増していて、それらしきものの姿を覆い隠していていたため、その姿をはっきり視認することはできない。
 一体そこに何がいるのか。興味と恐れ。その両方の思いを胸の中に宿して待ち構えていると、突如として黒煙を突き破り建物を飲み込んで薙ぎ払われる閃光が迸った。それは光線だった。周囲の建物は瞬く間に炎上し、爆発が起こる。凄まじい熱量と威力によって災禍の魔の手がさらに遠くへと伸ばされていくなか、光線に吹き飛ばされ、一時的に晴れ渡った噴煙の中から1頭の巨大なゾイドらしきものの姿が現れたのは、この時であった。

「……え」

 まず最初に認識できたのは、赤い炎の中に浮かび上がる山のようにそびえる1つの影。
 それは、1体の黒い巨竜だった。その身体のほとんどは黒い強固な装甲によって覆われており、ある種の洗練さでもって機械的な要素からなめらかな全体像を形作っている。自重を支える2本の脚は太くがっしりとしていて、その後ろに尻尾もまた長く太い。胴体はやや前傾になってはいたが、きちんと背筋を伸ばして直立しており、鋭く大きな爪を備えた2本の腕や首へと続いている。禍々しい輝きを放つ紅い眼やいかにも凶悪そうな牙が立ち並んだ口元とは裏腹に、頭部の外観は思いのほか小さくすっきりとしており、あごを開いた喉奥に開けられた砲門が唯一無二の存在感を醸し出していた。
 周りに映った建造物から推測するに全高は100m前後といったところ。ウルトラザウルスほどではないが、これもまた相当に巨大なゾイドである。
 喉奥の砲門に光が宿り、吐き出された閃光によってまたスクリーンは破壊と殺戮の災禍で埋め尽くされる。幾多のゾイドがその黒き巨竜に立ち向かい、砲撃を装甲に阻まれ、接近を試み逆に掴み取られては爪に引き裂かれ、閃光の中へ消えていく。戦うゾイドたちの中には、バンのブレードライガーらしき姿もあった。かつてガロードとティファが経験した雪と氷に閉ざされていた町を一夜にして壊滅寸前に追い込んだ戦いを彷彿とさせるような、壮絶さを身に浸み込ませるには十分な映像だった。

「これが、デスザウラー……」

「正確には、そのクローン体と呼べるものだ。オリジナルよりも数段劣るが、その戦闘能力は見ての通りじゃよ」

 ディの言葉に呆然としていたガロードがはっと目を見開く。

「クローン体……。──って、これでも完全じゃないってことなのか!」

「そうじゃ、この時点での復活は不完全じゃった。共和国と帝国の両軍の攻撃により、どうにかこの不完全なデスザウラーを打ち倒すことに成功はしたが、プロイツェンもデスザウラーのコアも死んではいなかった……。そして2年前、ダークカイザーと名乗りおったプロイツェンを首領とした一派がわしらに襲い掛かってきた。デススティンガーとは、そのメンバーの1人であるヒルツという名の古代ゾイド人が用いた、デスザウラーに負けず劣らずに凶悪なサソリ型ゾイドのことだ」

「凶悪な、サソリ型ゾイド……」

「それもまた、見てもらった方が早いじゃろ」

 と言うや否や、ディは街中で暴れ回るデスザウラーの映像を引き下げると、また別の画像をスクリーン上に表示させる。
 切り替えられた映像はどこかの峡谷だろうか。剥き出しとなった岩肌が映っている風景の中に、ディの言葉通り1体のサソリ型ゾイドがいた。ガイサックではない。それよりも遥かに体格が逞しく、ウルトラザウルスやデスザウラーに準ずるほどの機体サイズがあった。扁平と見える胴体には多角的な装甲で覆われた頭部が接続されており、背中には大口径の砲身が2つがあって、両脇から生えている8本の脚が全体重を支えている。大きく反り返った尻尾の先端にはサソリの象徴である毒針の代わりビーム砲と思しきものが装備され、胴体の前方に突き出た2つの巨大なハサミと、普通のサソリには見られない左右後方にある2つの小振りなハサミとが合わさり、青と赤を基調に彩られた機体色とが相俟ってある種の異様とも呼べる威圧感を解き放っていた。

「……?」

 と、ここで、そのデススティンガーなるサソリ型ゾイドの姿形を注意深く観察していたティファの胸中に、奇妙とも言える不可思議な感覚が忍び込んでくる。少なくともそれは驚きや恐怖といった感情でない。ふと隣にいるガロードに意識を向けてみると、彼もまた「……あれ?」と首を傾げていた。確かに直前まで見ていたデスザウラーの映像との関連性を考えれば驚いたり怖がったりするのは何らおかしくはないのだけれども、ガロードとティファが懐くこの感覚は、それらとは明らかに趣が異なる別種の違和感である。
 そのことを認めたガロードが、すぐさまディに願い出た。

「なあ、爺さん。ちょっと悪いんだけど、この映像、止めてくれねぇか?」

「んん? どうしたんじゃ、急に」

 突然の申し入れにディはわずかに訝しがっていたが、それでもガロードに言われた通りに動画を止めて静止表示にしてくれた。
 改めて眼に映る、1体のサソリ型ゾイドの姿。
 自分らの胸中に入り込んでくる違和感。異質感。いや、これはどちらかといえば既視感に近いものではないか、とティファは思う。自分たちはこのデススティンガーという名のゾイドを生まれて初めて目にしたのにも拘らず、その存在を知っている、そんな気がするのだ。自分のみならずガロードにも共通することなのだから、夢や幻といった類ではないだろう。では何だったか。
 しばらくの間そうして喉元に異物がつっかえたような気分を堪えつつ、どうにか記憶の海に沈んだ事柄を思い出そうとして画像のあちらこちらに視線を彷徨わせ、最後に振りかざされた左右の大きなハサミに注目した途端、その特徴的な形状を脳裏に描き直してティファは「あっ」を声を上げた。
 慌てて振り向けばガロードもほぼ同じタイミングで同じことに気付いたようだ。視線が合わさると同時に頷くと、ティファはガロードの顔を見て言葉を捲くし立てた。

「ガロード、これ……」

「ああ。間違いねぇ、あの時の『ハサミ』だ。なんだってあんなところに……」

「……どういうことじゃ?」

 言葉を鋭くして問い掛けてくるディに果たしてどう話したらよいものかと、ティファが見守る前でガロードが逡巡を示したあと、彼の口は語り始めた。

「これはバンたちにも言ってなくて俺も今思い出したんだけどよ。こっちに来た時の砂嵐に遭う直前、俺たちは地図にも無かった1つのクレーターを見つけたんだ。かなりでっかくて、なのになんでそこにあるのかはわからなくて。その中に、ハサミだけになっていたこいつが転がってた」

「なんと……」

「それってもしかして、地球でってこと……?」

「このデススティンガーのハサミを、惑星Ziに来てからじゃなくて地球で見たって言うのか?」

「馬鹿な。地球にはデススティンガーはおろか、ゾイド自体が存在しないはずだぞ」

 色めき立つバンたちにガロードは首を縦に振った。

「ああ。でも見間違いじゃねぇはずだ。結構痛みが激しくてボロボロになってたけど、形や色はちょうどこんな感じだったし、大きさもほとんど変わらなかったぜ」

「私も同じものを見ました。決して見間違いではなかったと思います」

 思い出したのは今から1ヶ月前、この惑星Ziに迷い込む直前のことだ。振り返ってみると全ての始まりはあそこであると言えるのかもしれない。少なくともあの時点では自分たちの足は地球の大地を踏みしめていたはずであり、旅の途中で目の前に立ち塞がってきたクレーターの中に存在していた『ハサミ』の印象はその後の砂嵐や2つの月を見た時の衝撃によって大分薄らいでいたものの、ひとたび思い起こせばそれそのもの自体がどれほど異常だったのかを再び認識し出してくる。今思えばあの『ハサミ』はなぜあそこにあったのか。何を意味するのか。
 本来なら地球にはありえないゾイドの肉体の一部が存在したこと。その事実にガロードとティファが戸惑いを浮かべていると、顎の下を包み込むように手を添えたディが納得のいったふうに頷いていた。

「なるほど。お主たちやあの機械人形がこちら側に来たということは、逆にこちらから向こうへ行くこともまた可能ということか。状況的に見て、よりグラビティカノンの関与の可能性が確定的となったと言えるのかもしれん。コア本体が向こうに飛ばされなかったのは、地球側にとってはせめてもの救いじゃろうな……」

 もしそうなっていたら地球にとっては最悪の事態となっていたかもしれない。
 地球から惑星Ziへ。惑星Ziから地球へ。
 ほっと胸を撫で下ろしたディの様子を見ていたガロードとティファは、ずっと心の奥底に封じ込めてきたある1つの懸念事項を吐露することに決めた。

「なあ爺さん……。このデススティンガーってやつのハサミが地球にあるってことはさ、俺たちは地球に帰れるってことなのかな?」

「…………」

 それは目下ふたりにとって最も重要な関心事であり、今後の行く末を左右する上でなくてはならない事柄であった。
 地球から惑星Ziにだけでなく、惑星Ziからも地球へ物や人を送り込むことが可能であるのなら、あるいは自分たちも帰れるのかもしれない。
 そのことを指摘してみると、ディは思い悩むように目を閉じて思考に耽ったあと、まぶたを開いてガロードとティファがいる方を見据えた。

「そうじゃな……。可能といえば可能じゃろうが、現時点では果てしなく難しいとしか答えられん。絶対に無理だと否定することもできなければ、必ず送り届けると確約することもできんからな。よしんば地球と惑星Ziを繋げられたとしても、そこがお主たちがいた地球と時代や時間軸が同一であるという保証も無ければ、相手先の状況しだいでは実行不可能となる可能性もある。正直言って、実験や観測を重ねた上でもう少し具体的なデータが欲しいところじゃわい」

「……そっか。ま、仕方ねぇよな。爺さんたちだって、俺たちを呼び寄せようとしてあのグラビティカノンを使ったわけじゃねぇんだし」

「すまんな。これが今のわしに答えられる限界じゃ。データを得るにしても、手っ取り早く再びグラビティカノンを使用したいところじゃが、そのためには問題が山済みで、そっち方面からのアプローチは事実上不可能としか言えん状況というのもある」

「やっぱりあの威力だと、そうそうほいほい使えないのか?」

「まあの。ウルトラザウルスを動かすには帝国・共和国の双方の合意を取り付ける必要があるうえ、砲弾の原材料である肝心のプラネタルサイトが在庫切れ状態でのう。2年経った今もそれは解消の目処すら立っておらん。今後はグラビティカノンやプラネタルサイトを用いずとも、小規模に同様の現象を発生させられるかどうかを検証してみる必要があるじゃろうな……」

 その言葉を聞いてガロードはふうと息を吐いた。

「どのみち、すぐには無理ってことか……。ごめんな、爺さん。なんだか手を煩わせるようなことになっちまって」

「いや、この程度ならばお主たちに対する侘びにもならんわい。結果的にとはいえ、わし自身の手で作り上げたものが、その目的に反してお主たちをこの惑星Ziに迷い込ませてしまったのは事実だ。この場を借りて謝罪しよう。すまんかったの、ふたりとも」

 ディはそう言って深々と頭を下げる。
 薄闇の中で彼の浮かべた沈痛な表情に、それを見たティファは思う。この老人は自分たちの存在を知った瞬間からずっと、こうして自責や後悔の念に囚われていたのではないだろうか。表面上は平静を装ってとぼけつつも、心の中ではずっとこうして……。
 ならばちゃんと、自分たちもそれに向き合わなければならない。

「もう、大丈夫です。あなたの思いはちゃんと、私たちに届いていますから」

「ああ、ティファの言う通りだな。謝罪は受け取っておくぜ、爺さん。俺たちだってあんたを責めようなんて気はさらさら無いんだ。気にするなっていうのは無理だろうけど、そこまで深刻に考えないでくれよ。それに俺は、俺たちは……あの16年前のGXに乗っていたパイロットのことをよく知ってる。そいつがどんな思いで銃爪を引いたのか、そのあとどう苦しんで生きてきたのかも、全部な。それだけが理由じゃねぇけど、あんたの気持ちはよくわかるぜ」

 ガロードとティファが心のままにそう告げると、ディは頭を上げてしばしふたりの顔を見詰めたあと、安堵するかのように微笑んだ。

「左様か。そう言ってもらえれば、少し肩の荷が降りたわい。これで心置きなく、けじめをつける決心ができるというものじゃ」

 これを聞いてガロードはふっと笑った。

「あんまり張り切り過ぎて無理なんかしないでくれよ。身体壊したら、それこそ元も子もねぇんだから。──でも、少しでも希望が見えてきて正直ほっとしてる。頼んだぜ、爺さん」

「うむ、任せておけ。すぐにとはいかんが、できるだけ早くお主らに吉報をもたらせるよう、最大限に努力してみるつもりじゃ。まぁそれでも無理な時は、素直に諦めてもらうしかないがのう。もっとも、もしそうなっていたとしたら、わしの方が先にくたばっておる可能性は高いがな。その時は恨まんでおいてくれると助かる」

「ははっ。おいおい、始める前から縁起でもねぇこと言わないでくれって。本当にそうなりそうでおっかなくなってくるぜ」

「無論、冗談じゃよ。わしとてそう易々とくたばる気は微塵もないわい」

 最後の方をおどけるみたいにして告げてくるディに、ガロードも同調しておかしそうに表情を崩す。いくらか場の雰囲気がやわらいでくるなか、こちらを眺めるディの瞳に力が漲ってくるのをティファは見た。普段は己があたかも道化であるかのように装いつつも、その裏では自らの仕事に誇りをもち、なおかつ責任感も人一倍強い。きっと彼はそういう人物なのであろう。これといって確証は無かったが、ティファは彼の瞳を目にしてなんとなく、そのような思いを胸に懐いたのだった。
 すると話がひと区切り付いたのを見計らったのだろうか。ディは咳払いを1つすると、話題の流れを本筋へと戻す。 

「さて……話が逸れて前倒しとなってしまったが、映像の続きは見るかね? このまままとめに入っても問題はないが」

「あっ、そうだった。悪い。このデススティンガーってやつについてだったよな。グラビティカノンでも倒し切れなかったって言ってたけど、こいつって本当にどれだけの怪物だったんだ?」

「……まさに怪物、と呼ぶに相応しい性能じゃろうな。瀕死ながらとはいえグラビティカノンの直撃を食らってもなお生き延びた生命力も然ることながら、あの尻尾の先端に装備されておる荷電粒子砲は、お主たち基準に言えばサテライトキャノンに匹敵するほどの破壊力を秘めておる」

 その言葉にガロードが表情を引き締める。

「サテライトキャノンに、匹敵……。それほどなのか?」

 ディは頷いた。

「……映像を、再生するぞ。あとは、自分の目で確かめてみてくれ」

「…………」

 それは、ガロードとティファにとっても打ち捨てられない事柄であった。
 停止していた映像は再び動き始め、赤と青の2色に彩られたサソリ型ゾイドは、ついにディたちが述べた通りに値する猛威を振るい始める。
 そこには想像を絶する殺戮が、展開されていた。

「────っ!?」

 サソリの尻尾の先端。そこに備えられた砲門を中心に構成されたパーツが四方に広げられ、同時に光が灯る。おびただしい量のエネルギーが充填されていき、それがひと度解き放たれれば、途轍もない破壊力を秘めた砲火となりえるのだということを理解するのに、時間はさほど掛からなかった。
 ある1撃は地上に展開されていた部隊を巻き込みながら1つの軍事基地を丸ごと破壊し尽くし、ある1撃は超大型の魚類型ゾイドに搭載された状態で上空から狙撃を敢行、都市を瞬く間に消滅させ、山をも穿ち、地形すらも思いのままに変えていく。それも外部からのエネルギー供給には一切頼らず、自らが生み出す力のみで。もはや手当たりしだいな様子だった。
 真に驚くべきは何もその砲撃能力だけではない、機体の頑強さもまた想像を絶するものに他ならなかった。それこそはまさにガロードとティファが持つ常識を完璧に凌駕しており、高高度からの落下の衝撃にも耐え、高熱を宿す溶岩の中をも進行し、迎撃に出撃したゾイドたちの攻撃を全く受け付けないのである。
 幾多のゾイドが暴れ狂うデススティンガーに無謀な戦いを挑み、いくつもの町が炎に包まれてその砲門の前から姿を消してゆく。
 まさに怪物。まさに正真正銘の化け物。これほどの破壊活動を、たった1体のゾイドが成し遂げられるものなのか。
 凄惨な光景の数々に思わず視線を外してしまいたくなるのをぐっと堪える。
 決して目を逸らさず、しっかりと見据えて。
 眼前で繰り広げられる映像を一心に睨んでいたガロードが、呻くように声を発する。

「匹敵どころの話じゃねぇ……。完全に、サテライトキャノンを超えちまってるじゃねぇか……」

 それを聞いたディが、言葉を挟んできた。

「途方に暮れるのはまだ早いぞ。次に映すのは、復活した真のデスザウラーと呼べる存在じゃ」

 こちらの返答を待たずに切り替えられたスクリーンには、デススティンガーの代わりに再度黒き巨竜たるデスザウラーの姿が映し出される。
 だがその機体サイズは1度目と比べてもさらに大きく、より威圧に満ちた禍々しい雰囲気へと変貌を遂げていた。強化されているのは何も機体サイズだけではない。機体強度はグラビティカノン直撃による超重力に晒されてもなお立ち上がるという荒業を見せ、咥内に装備された荷電粒子砲と呼ばれた大砲の威力はデススティンガーのものをも大幅に上回り、頭上に展開された不可思議なリングによって十数に分割されたうちの1本の光が、1つの都市を容易く消滅させ、大部隊を躊躇無く薙ぎ払う。
 ガロードも、そしてティファも、もはや適切な言葉がすぐに思い浮かばず、唖然として沈黙したまま、ただひたすらにその惨状を記憶の中に焼き付けていくしか、持ちうる術が無かった。
 しばらくそうして眺めたのち、ほぼ単機に近しい状況下でデスザウラーに果敢に挑んでゆく蒼い獅子と紅い恐竜の姿を認めたガロードが、何かに気付いた様子で「えっ」と声を漏らす。紅い恐竜の方は初めて見るゾイドだったが、蒼い獅子の方は紛れも無くバンのブレードライガーである。
 沈みかけていた意識を浮上させると同時にガロードが、バンたちを振り返った。

「なあ、バン。ここにブレードライガーが映ってるってことは、やっぱりバンたちもこのデスザウラーやデススティンガーと戦ったんだよな? 一体どうやって倒したんだよ、こんな怪物……」

 ガロードの言う通り、これまで見た全ての映像の内容はもうとっくに過ぎ去った過去の出来事なのだ。デススティンガーもデスザウラーも今はいない。これまで惑星Ziで1ヶ月過ごした限りでも、これほどまでに強大な力を持つゾイドが暴れ回っているなどといった気配は皆無であった。ディの口からは、多大な犠牲を払いつつも最悪の事態は回避された、とも。
 果たして彼らは、どのような方法で以ってこの災厄に打ち勝つことに成功したのであろうか。
 不思議といえば不思議、疑問といえば疑問に尽きない事柄。
 たとえどんな答えが返ってこようとも、それをきちんと受け止めるべくガロードとティファが固唾を呑んで待ち構えていると、彼らを代表してバンが最初口を開いた。

「たとえどんなゾイドであってもコアを中枢にして生きているのに変わりはないからな。さっき爺さんは自分のことを役立たずだって言っていたけど、結局最後の決め手になったのはグラビティカノンだったんだぜ」

「グラビティカノンが? でもよ、さっきの映像でもグラビティカノンはデスザウラーってやつに全然効果が無かったじゃねぇか。それってどういうことなんだ?」

「どうもこうも、至極単純な話だ。確かにプラネタルサイト砲弾による攻撃は通じなかったが、どこぞの馬鹿が自ら砲弾となってデスザウラーに突撃した。その1撃は見事デスザウラーのコアを貫き、戦いを勝利へと導いた。それだけのことだ」

 と答えたのはトーマ。
 するとすぐさまバンが、苦言を呈した。

「おいおい。どこぞの馬鹿ってのはちょっと酷くないか? そう言うお前だってあの時のグラビティカノンのオペレートを必死にこなしてたじゃないか。俺は今でも、アレ以外に方法は無かったって信じてるぜ」

「それについて否定はしないが、お前が馬鹿であるのに変わりはあるまい。まともな神経の持ち主ならば、あのような作戦はそもそも思い付きもしなかっただろうからな」

 口々に言い合うバンとトーマであったが、ガロードとティファにとってはそれどころでなかった。
 自分たちの耳に異状がなければ、なにやら途轍もない撃破方法を聞いたような……。
 救いを求めるようにふたりがディの方を伺うと、彼は肩を竦めてこう答えた。

「聞いたままの意味じゃよ。通常の攻撃ではデスザウラーに通じんと見て取ったバンは、自らが乗るブレードライガーをグラビティカノンの射出機能を用いて撃ち出すように提案してきおった。機体がバラバラに分解する危険性もあったが、あやつはそれを見事にやり遂げた。その結果は、お主らの目の前にある通りじゃな」

「…………」

 予想の斜め上を行く事実にティファが言葉を失っていると、ガロードがきごちなく首を動かし、恐る恐るといった感じでバンに目を向ける。

「なあ、バン……。あんた、本当に人間なのか?」

 と。
 これに対しバンは脱力してがくっと両方の肩を落とした。

「お前まで何言っているんだよ、ガロード。当たり前だろ、こちとら生まれてこの方ずっと人間だって。というか、その台詞は初めて会った時も同じことを言ってなかったか?」

「い、いやぁだってさ。あのグラビティカノンで撃ち出されたってことは相当な加速が掛かってたはずだろ? それで生きてるって普通じゃ考えられねぇぜ」

 畏れおののくガロードにバンは考え込むふうに身体の前で腕を組んでこう答えた。

「うーん。そこらへんはライガーのお陰で何とかなったって言うか、どうにか持ち堪えられたからなぁ。俺自身は単にライガーに乗って突っ込んでいっただけだよ。決して俺だけの力じゃないさ。ディ爺さんやトーマだけじゃない、サポートをしてくれる仲間がたくさんいたからこそ、俺たちはデスザウラーに打ち勝ったんだ。そして俺には何よりブレードライガーがいた。見守ってくれていたフィーネとジークもいた。だから絶対に成功するって信じられたんだよ」

 己の愛機と、自身の仲間に対する全幅の信頼。惜しみない気持ちを隠さずに吐露してくるバンの顔を見、彼の人となりを知る。バンのブレードライガーが光の障壁を纏いながら空を駆け抜け、自分目掛けて放たれた粒子砲を撥ね退けて突撃し、見事デスザウラーのコアを貫く瞬間の映像も見せてもらえた。
 バンが持つ心の強さ。人と人、人とゾイドとの間に育まれた絆。その強固なまでの意思の繋がりが織り成した奇跡の片鱗にガロードとティファがそれぞれに圧倒されていると、それを見ていたディが映像を終了させて、話の締め括りに取り掛かった。

「わしが用意した映像は以上じゃ。他に何か、今のうちに確認しておきたいことはあるかの?」

 明るくなった室内でディがそう告げると、ティファよりも先に復帰したガロードがそれに応じる。

「ん……。あ、ああ、一応最後に1個だけ訊いても良いか? さっきの映像で見たデススティンガー……。もしあいつのハサミが地球に転がっているままだとして、そこから丸ごと復活したりだとか増えたりするってことは無いんだよな?」

 万が一の事態を憂慮して示し出されるガロードの懸念。
 それを聞いたディは、しばし思いを巡らせるそぶりを見せたあと、穏やかに言葉を返した。

「ふむ、まあそのあたりは心配ないじゃろう。デススティンガーのコアはデスザウラーに取り込まれて運命を共にしておる。肝心のコアが存在しない以上、完全に切り離された身体の一部は、地球という環境下で朽ちていくだけだ。人為的にゾイド因子──ゾイドにおける遺伝子のようなものじゃな──それを培養せん限りはデススティンガーの復活はありえん。少なくともお主たちがおった地球には、そういった類の技術は存在せんじゃろうしな」

 少なくとも地球での復活の可能性は限りなくゼロに近い。
 そのことを確認したガロードがふうと息を零した。

「そっか。そいつを聞いて安心した。流石にデススティンガーみたいなのが地球に現れていたらそれこそ洒落にならなかったろうし、ここからじゃ手も足も出せねぇことになってただろうからさ……」

「まあの。どうしても気になるのならば、見事地球への帰還を果たした暁にでも自分の手で確認してみておくれ。無責任なようじゃが、わしたちには決して手の届かぬことじゃからな」

「りょーかい、っと。ま、今後のことも含めてゆっくり考えるさ。時間だけは……しばらくは余裕があるみたいだしよ」

「…………」

 ガロードのその言葉を聞き、ティファは改めてこれから先のことへと思いを募らせていく。自分たちは今、地球ではなく惑星Ziにいるのだ。おぼろげながらではあるが自分たちがこの大地に降り立った経緯を把握し出してきて、自らが置かれている状況も理解が行き着くようになる。今はまだバンたちの厚意に甘えているに過ぎないのだけれども、いづれこの惑星Ziにおける自己を確立していき、未来への展望を築き上げていかなければならないのである。
 これから先の未来もガロードと共にこの惑星を歩み、いつの日にか生まれ育った地球へと帰還し、かつての仲間たちと再会する、そのためにこそ。
 胸中に湧き上がる確かな決意。ティファが少し俯き気味になってその思いを抱きしめていると、ふたりを見据えて頷いたディが言葉を語り掛けてくる。

「そうじゃな。今後のこと、これからのこと、それはお主たち自身の手で掴み取らねばならぬことだ。わしにできるのはその手助けくらいなものじゃろう。そこでものは相談なのじゃがな。もし行く当てが決まらんのなら、わしの所に来んか? とりあえず食うに困らん程度のことはできるぞ」

「え……?」

「爺さん?」

 突然の申し出にハッと顔を持ち上げてみると、こちらを見詰めてくるディの瞳に偽りや冗談といった色は存在せず、ただただ真摯にガロードとティファの返答を待ち構えているのみであった。
 ぽかんと呆けているのは何もガロードとティファだけでははい。その光景を見守っていたバンたちの間にも同じように動揺が駆け巡っていた。

「ドクター・ディ、今なんて……」

「もしかしてこの2人を、引き取ろうって言うつもりなのか?」

 確認を取るバンの声にディは肯定を示した。

「うむ、その通りじゃよ。何か、問題でもあるかの?」

 逆に問い返すディに答えたのはトーマだった。
 彼は少し戸惑ったふうに、

「い、いえ。折を見てこちらからお願いしようかと思っていましたが……。しかし、本当によろしいので?」

「ああ、構わんよ。グラビティカノンの件は抜きにしても、ちょうどちょっとした雑務を行ってくれる助手が欲しかったところでの。それに、あのドートレスとかいう名の機械人形……。あれと同様のものを実際に取り扱っていたことのある人間の意見というのはやはり貴重じゃ。のう、ガロード。もしあのドートレスをわしらの手で修復できたとしたら、お主にあれを動かすことはできるのじゃろう?」

 向けられた言葉に、ガロードは「へ?」と意外そうに目を丸くする。
 そしてガロードは自らの頭に手をやりながら、

「うーん。まあ、そりゃあちゃんと修理してあるんだったら動かせないことはないと思うぜ。ドートレスくらいならこれまでも何度か弄ったことがあるくらいだし。というか、あのドートレスを直すつもりなのか?」

「まあの。一応『もし可能ならば』という前提でそういう依頼も受けてはおる。じゃが、実際のところ半分以上はわしの興味本位じゃな。あの映像に映っていたジーエックスとやらならば躊躇したじゃろうが、あのドートレスならば特に問題はあるまい。無論、これはあくまで選択肢の1つとしてじゃ。断ってくれても一向に構わんし、他に希望があるならわしの伝手を使ってもええぞ。バンの姉さんのところを頼るというのも、手としてはあるくらいじゃしのう」

「い、いやぁ。いきなりそういうふうに言われても、なぁ……」

 よもや今この場でそのような提案が為されるとは思ってもみず、ガロードとティファはすぐさま結論を導き出せなくて、両者共に困った感情を胸に宿して顔を見合わせた。今日出会ったばかりの人物をそこまで頼って良いものか。半ば心に生じた迷いに突き動かされたかのような形でちらりとバンたちの方に目を向けてみると、微かに微笑んだフィーネがそっと進み出てくる。

「ドクター・ディの所なら、私としても安心だわ。私も昔、お世話になったことがあるしね。もし迷っているのならその提案、受け入れてみても良いと思うわよ」

 このフィーネの意見にバンもまた同調する。

「ああ、確かにそうだな。この惑星Ziのことやゾイドのことを知りたいなら、ディ爺さんの所はまさにうってつけだ。まあ、普段から爺さんのそばにいるってことは、その無茶っぷりに付き合わされることになるだろうけど……。それくらいはご愛嬌だな」

「ふん、好きに言っておれ。わしも相手を選んで節度くらいは心得ておるわ。──それでどうじゃな? それ相応に労働力を提供してもらうことにはなるじゃろうが、かわりにこの惑星Ziにまつわる基礎知識ならば教授することもできる。そこから先のことはそのあとで考えても遅くはないじゃろうしな」

「…………」

 ある意味、降って湧いてもたらされた1つの選択肢。これまでの経験から、ついついその言葉の裏に別の意図が隠されているのでないかと勘繰ってしまいそうにもなったのだけれども、同時に彼らならばきっと大丈夫だろうという安心感もあった。
 ティファはガロードを見、ガロードもまたティファを見る。
 交わる視線。彼の顔を眺め、彼の胸中にある思いも感じる。心を通じ合わせる。
 たったそれだけで、ふたりの心は1つに定まった。

「まあ、そう結論を急ぐこともあるまい。もう時間が時間じゃから、今晩はゆっくり休んで明日にでも返事をしてくれればよいのじゃからな」

 視線を合わせたことを迷いと受け取ったのか。時計を見ながら告げてくるディにガロードはかぶり振った。

「いいや、その必要はないぜ。俺たちは決めたよ、爺さん」

「はい。私も、ガロードも、もう決めました」

 全ては自らの未来を切り開くために、1つ1つを積み重ねていく。
 これもまた1つの決断なのだ。

「ほう、では聞こうかの」

「ああ、俺たちは──」

 もしも、を今は考えない。意味がない。
 限りある状況下。自らの意思で考え、未来を掴み、得られる可能性を信じて選び取る。
 ガロードとティファは、そのための決断を1つ、ここに下したのであった。





   第11話「考えられる可能性は1つある(ドクター・ディ)」了



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 第11話をお読み頂きありがとうございます。
 予告通り、どうにか今週中に仕上げることができました。
 ディが見せたかったもの。それはすでに予測された方もいらっしゃるかと思いますが、ガンダムXにおける代表的な量産機、名前の由来がアニメの製作用語の1つであるドートレスです。本作においてMSを登場させるか否かについては最後まで悩みましたが、いろいろとプロットを検証してみた結果、ガロードにはゾイドに乗る前に今一度再びMSに乗ってもらおうという結論に達しました。候補は他にも同じAW量産機であるジェニスや、UCからジムやザクやジェガンやギラ・ドーガを引っ張ってくることも検討しましたが最終的にはドートレスで落ち着きました。そして気付けばサテライトキャノンをはじめとする大量破壊兵器のオンパレードに……。
 第1話の段階ですでに示唆していましたが、ガロードとティファが惑星Ziに転移した根本的な原因はグラビティカノンによる影響としました。今回のお話はそれにまつわるディの心の機微が主軸の1つとなっております。
(作中で示したワープ理論はSF上最もポピュラーなものを提示したに過ぎません。実際それをやろうとすると宇宙全体の何倍ものエネルギーが必要となる計算結果も出ているようです。超光速航法には他にも様々な原理のものがありますので興味のある方は調べてみると面白いですよ)
 ディの手によって思わぬ形で情報がもたらされ、ここに1つの決断を下したガロードとティファ。
 今後は惑星Ziおける彼らの生活を本格的に描いていくつもりなので、これからもよろしくお願いします。残念ながら7月9月11月と遠方に行かなければならない予定が詰まっていて不定期更新とならざるを得ませんが、どうにか時間を見つけて書き続けたいなと思っています。
 このところゾイドの流れが活性化しているので、私もその流れに乗りたい。
 それでは、また機会に。


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