皆にはいただろうか? 子供の頃、憧れてやまなかった存在が。
特に子供の頃はテレビ画面の向こうに存在する世界に夢中だったはずだ。
男の子は、悪を倒し弱きを守る正義の「ヒーロー」。 女の子は魔法のような力で皆を笑顔にする「ヒロイン」。
皆が日曜の特撮とアニメに釘付けだった頃、俺は一人のヒーローに夢中だった。
そのヒーローは幼児向けアニメの主人公で、なんというか見た目かっこいいかと聞かれたら首を傾げるしかない。あの丸っこい顔はどちらかといえば、かわいいとか愛嬌があるとかの部類であろう。
まあ、その姿はちびっ子たちの受けはよかったが、俺が見ていたのはストーリーとかキャラクターではなく主人公が持つ「信念」だった。
助けを求める人がいれば、その人のもとに駆けつけ。その身を盾に大切な人たちを守り。時には己の身を削り、人々の笑顔を守ってきた。
彼には戦隊ヒーローのようなカッコいい武器はなかった。魔法少女のような魔法の力もなかった。 けれど、その身一つで戦い続け、大空を翔けるその姿に俺は「憧れ」を抱いた。
―――「彼」のようになりたい。そう思ったんだ。
改めてみれば俺が空を飛びたいなんて思ったのも、これがきっかけだったのかもしれない。
でも、「憧れ」はどこまでいっても「憧れ」でしかない。子供もいつかは大人になり、気づくんだ。 自分に無いものだからこそ憧れを抱くのだと。
臆病で、自分を守ることしかできなかった俺にとってその姿はとても眩しく思えた。 だから俺は「ヒーロー」に憧れたんだ。
――――そして気づいたんだ。 俺は、「ヒーロー」にはなれないと。
*****
一週間、短期研修生活。 一日目。
以下略。山田太郎です。
今日から本局、次元船フレイヤにて短期研修となりまして。その初日。
フレイヤの人たちの挨拶も終わり、あてがわれた部屋で先の見えない不安に頭を抱えつつも荷物整理。
午後から早速お仕事です。―――なんかドアの向こうに人の気配が……。
嫌な予感もするので休憩終わるぎりぎりに仕事場へ。 ああ、昼飯食いそびれた…。
薄暗いです仕事場。電気つけましょうよ電気。―――え? ないの?
いやあ、ここの局員さん明るくて茶目っ気ある人たちなんだけどね、うん、職場の雰囲気は明るいんだけど部屋が薄暗いです。目悪くならないのかな?
空腹感も手伝ってちと鬱に入りそうだけど手は動かす。デスクワークは結構やってたからこれくらいなら朝飯前だ。……イカン、ますます腹が…。
「これ終わったら売店いこ」
一応ここって所々に売店みたいなのあるからなにげに便利です。アンパンと牛乳がないのがちと残念。
そんなこんなで頼まれた仕事分を終わらせ、上司に報告。
「あ、すいません」
「ん?何か分からないところがありましたか?」
「いえ。一応今ある分終わらせたんですけど」
「―――え?」
…あれ?何でそんなに驚いてるんだろ?
「もしかして、さっきの量を…全部?」
「え、ええまあ」
これくらいの量ならあっち(保管課)いたころ結構やってたし。ちゃんと見直ししたから大丈夫なはずだけど。
上司の人は今日はもう終わりでいいと言われたので、ちっと早いけど初日のお仕事は無事終了。 まあ今日は部屋にでもこもってネタ魔法開発でもしてるかな。
「今日は『ぺんしるろけっと弾』の改良でもするかな~」
自動ドアをくぐり、廊下を歩きながら自分の部屋への道順を思い出している時……
廊下の向こうから足音が響いてきた。
(―――そぉい!!!)
俺は本能的に廊下の曲がり角に隠れる。 そして少し顔を出して様子をうかがっていると、――――見覚えのある人影。
「………ぉぉぅ」
あの人影はヴィータと、その隣ははやてかな?二人が廊下の向こうから現れた。
(…あ、アブネエェェェ!?)
内心動揺しまくり、息も止めて気配を消すのに専念する。しかもあの進行方向はもしかして……さっきまで俺がいた仕事場だった。
「プシュー」という音とともに自動ドアが開く。
「お仕事中に失礼します~。太郎さんいますか?」
やっぱしか!!?何気にタッチの差で危険を脱したよ。油断できねぇよ。
俺はそそくさと部屋へ向かい篭城戦を決め込む。せっかくだしネタ魔法の開発ついでにデバイスの開発案でも考えるか。
なんか呼び鈴ブザー鳴りまくってる気がするけど、気のせいです!聞こえません!アーアー!
一週間、短期研修生活。 二日目。
今日はなのは達は出動なのでフレイヤにはいません。ヤッタネ! ちなみに銀髪くんは待機のはずなのに勝手についていったそうだ。文字どうり女の尻を追いかけていったか…ははは…。
まあ、あの三人には悪いが俺にとっちゃあ好都合だ。
さて、そうと決まれば出動組が帰ってくる前にさっさと仕事終わらせるか!
…あれ?何だろう、昨日より仕事量少し多いような?まあこれくらいなら多少増えても十分許容範囲内だ。――――っと、言ってる間にこれで終わりだな。一応見直しもして、と。
「終わりました。………えと、何でしょうか?」
な、なんだろう。なんかマズッたかな。上司さん、なんか口あけてポカン顔。
「あ、あの~…」
「い、いや何でもない。ご苦労さま」
「あ、はい。えーとあとは……」
「ああ、今日はもう終わりでいいよ。お疲れ様」
えぇ!?午後の分は??
い、いいのかなあ…時計を見てみるとまだ昼になったばっかりなんだけど。
ん~……まいっか。多分研修生だから初めのうちは少なくしているのだろうと勝手に納得。せっかくだし午後をめいっぱい魔法訓練とかに使えるし!
上司の人に挨拶をして、俺はルンルン気分で部屋を後にした。………その後
『――あってる。…これも…打ち間違いが一つもない……』
『――なんでこんなに仕事速いんだ?…どう考えても午前じゃあ終わらない量だったんだぞ……』
『――初日のだってほとんどジョークのつもりで出した量だったのに……』
という、戦慄する局員達の声は俺の耳に入ることはなかった。
*****
ところ変わって、ただいまフレイヤ訓練スペースにおります。
「デカッ!」
それが俺の素直な感想だ。
いつも使う警備隊の訓練スペースよりも若干狭く感じるが、天井までの高さが結構ある。たぶん航空戦もできるように配慮されてるんだろう。後、別室にトレーニングルーム、給水所…というかドリンクバー(無料)、シャワールームにはサウナまでついてやがる。その上「イメージシュミレーター」まであるし。
ちなみにイメージシュミレーターとは仮想空間で様々な環境や状況を再現し、戦闘訓練ができる装置だ。簡単にいえばイメージトレーニングをすごくした感じかな?使用する際はヘルメットみたいなのをつけるそうだ。何気に実物を見るのは初めてだったりする。なんせこれ一個の予算で武装隊の標準設備が一式揃うのだ。地上にも数えるほどしかないとか。
「すげぇ充実っぷりだなぁ」
艦ひとつにこれだけの装備ぶち込むくらいなら、ちっとは地上に予算回したってバチは当たらないと思うんだが。いや、それだけ本局の航空部隊はハードな仕事場だってことなのかな。 うん、改めて地上の方にしといてよかったかも。
「おっと、ボーっとしてる場合じゃないな」
さっさと魔法練習とネタ魔法を試すか。
「そんじゃあ頼むぜ」
そう言い、左腕にはめられたデバイスに魔力を注ぐ。
《OK》
無機質な電子音声が律儀に答えてくれた。
*****
「ふぅんぬうううぅぅぅぅ!!!キィエンザアァァァァンッ!!!」
ダークグレーのバリアジャケットをまとった俺は左手を天に掲げ、その頂点にある魔力弾に意識を集中させる。すると、赤錆色の魔力弾はその形状を変える。こぶし大の球体は押しつぶされるように少しづつ楕円の形に変わる。徐々に円盤のような平たい円形となっていき―――
――パァンッ!
魔力弾は形状を保つことができずに霧散してしまった。その様子に俺はガックリと肩を落とす。
「…やっばだみかぁ」
俺が今試しているプロトタイプシューター31番『ゆーふぉー弾』。通称『キエンザン』はフェイトの「ハーケンセイバー」を参考に…というかパクって編み出した魔法だ。フェイトの場合は魔力刃で斬ったりブーメランよろしく飛ばしたりだけど、これの場合は純粋に「飛ばす」ことだけに重点を置いている。 いや、ぶっちゃけ『キエンザン』やりたいだけなんだけどね…。
でもまあ、結果はごらんのとおりです。
「魔力構成に問題があったのか……それとも単に魔力が足りなかったのかなぁ…」
改良に改良を重ねたんだが、結局改善の余地は見られなかった。
努力むなしく、『キエンザン』はお蔵入りとなったわけで……。
「…ハァ」
訓練場の中心でひとりポツーンと胡坐をかく俺。ちなみに訓練場は今は俺一人しか使っていない。まあ艦に残っている部隊は基本待機だからな。
「やっぱし、問題は“これ”か……」
おもむろに自分の胸に手を当てる。わずかに感じる赤錆色の魔力。
(リンカーコアの障害……思った以上に曲者だな)
ランクは「E」なのに「F」より多いくらいしか魔素を取り込めない。魔力運用にも問題あり。もしかしなくても射撃魔法の構成が編めないのもコレが原因っぽいしなあ。
(まあでも、飛行適正があったのは素直にうれしかったな)
もしこれでだめだったら、わりと本気で管理局辞めてたかもしれんな。
「ううむ。でもやっぱしかっこいい魔法とか使いたいよなー」
派手な魔法ぶっ放すのは男の子の夢だかんなー。砲撃も射撃もできんけど。
まあ、俺はそんなことをブツクサ言いながら「ロープバインド」をチネチネして遊んでいる。―――と
「――あ。なんか閃いた!」
頭に走った閃きに、俺はすぐさまバインドの魔力を解除し、オーバーリングに登録されてる「ロープバインド」のプログラムを書き換える。
いくつものモニターを操作し、次々とプログラムを書き換えていく。そして最後に操作していたモニターを消して…
「―――うし!こんなもんか!」
さぁて。新たなるバインドのお披露目だ!
「いくぜ!」
《OK!プロトタイプ・ロープバインド!》
デバイスに魔力を流し込むと、「三本」のロープバインドが出現。ここまでは普通のバインドだが、ここから俺の組み込んだプログラムが起動。すると瞬く間にバインドが複雑に絡みついていき――
「新魔法!!『みつあみバインド』!!!」
―――“三つ編み”状のバインドが完成した。
「………なんかイメージと違うな」
まあいいや。一応登録しとこ。
こうして、また役に立つかどうかわからないネタ魔法が一つ増えたわけで。
一週間、短期研修生活。 三日目。
助けてください!!たすけてくださあぁぁぁぁい!!!
おおおおおおおおお落ち着けっ!まずは状況を確認だ!
きょ、今日も午前中にデスクワークを終わらせて、さて自分の部屋へ向かおうと部屋を出ようとした時………扉が開いた。そう、それは、俺が最も恐れていた事態――
「Oh…」
ナント!?ヴィータとなのはに遭遇!!イキナリすぎるだろうが!!
ナノハサンはニコニコ笑顔。でもその目には強い意思が宿っているように見える。簡単に言えばすごい張り切ってます。そしてその後ろにはトラウマハンマーことヴィータちゃん。若干顔を俯かせ、こちらをチラチラ見ながら俺と目線が合うと慌ててそらす、を何度目か繰り返している。正直、気が気じゃないです。
「はじめまして!って言うのも変かな?私、高町なのは。なのはって呼んでください!」
「太郎さん。これからお昼ですか?よかったらご一緒しませんか?」
「せっかくですから皆で一緒に食べましょ!ほら、ヴィータちゃんも!」
「えっ!?えええ?!!…あっあのっ…」
あっアカン!みるみるうちに話が進んでる…。は、早く逃げ道を確保せねば!!
「…えーと、高町さん?悪いけど俺――」
「なのはでいいですよ!」
…いやいやいやいや、フェイトといいキミといい何で初対面でそんなにフレンドリーなん?
「おーけーナノハサン。で、俺はこれから用事――」
「それじゃあ用事が終わるまで待ちましょうか?」
「い、いやあ。そっその結構時間かかるし、先に食べてて――」
「えと、じゃあその後って時間空いてますか?」
逃げ道ドンドン潰されてくしーーー!!??
と、とにかく今は目の前の強敵をやりすごさねば!そっ装備は!?
E.オーバーリング(ネタ魔法、ダウンロードしたおもしろ動画データばっか)
E.アメちゃん(イチゴ味、ソーダ味、2個づつ)
―――そんな装備で大丈夫か?
どこからか、そんな幻聴が聞こえてきた気がした……。あえて答えよう。
大丈夫じゃねぇ、大問題だ!!
………ってナノハサン!?何で俺の手をグイグイ引っ張ってんすか!?俺行かないって言ったよね!?
「少し、ほんの少しでいいんです!ヴィータちゃんとおはなし―――」
実力行使に出やがった!!しかも腕をガッチリつかまれて逃げられなくなった!?
あああぁぁああ、万事休すかぁ……。
……あれ?なんか廊下の方から銀色のなんかが近づいて…?
「――てめぇ!!俺のなのはに何してやがんだ!!」
ああ君か……。神崎――え~と?
…
スマン、忘れちった。
と、銀髪くんがドスドスと足音を立てながら俺となのはの間に割って入る。「きゃっ!」となのはが驚き声を漏らすが、とりあえず何とかなのはの手を振りほどけた。けど、
「その汚い手でなのはに触ってんじゃねぇぞ!モブ野郎が!!」
銀髪くんがこちらを睨みながら俺に罵倒を浴びせる。
ちょっ、ツバ飛んでるって。君が言いたいことはよくわからんが、最初に手を握ってきたのはなのはの方なんだが?―――っていうか
「失敬な。これでもトイレの後は入念に手を洗うほうなんだぞ」
「俺のなのはに手を出したんだ…タダじゃすまねえぞ」
オイオイ…「俺の」って…。しかも話聞いてくれないし。ボケスルーされちゃったし。
………ハァ、しゃあない。そう愚痴をこぼし、俺は財布を取り出す。
「すまんが今は1000しか持ってないけど…」
「……は?」
銀髪くんが眉をひそめたまま間の抜けた声を出す。
「いや、“タダじゃすまない”って言ってたから。カツアゲでしょ?」
「ちげぇよ!!」
大声で否定する銀髪くん。下っ端スキル「金銭で解決」は見事に失敗。
「そんじゃあパシリかな?ここ(フレイヤ)にアンパンと牛乳は売ってなかったんだが?」
「んなもんいるか!!」
「注文が多いなぁ………………………………………メロンパンか?」
「うがああああああああああ?!?!?!」
イカン、余計に怒らせてしまった。めちゃくちゃ地団太踏んでるよ。
後ろにいるなのはもヴィータも呆然…というよりドン引きしてるし。――あ、なのはさんが先に再起動。
「か、神崎くん!ちがうの、私とヴィータちゃんは太郎さんに用事があって……」
手をわたわたさせながら銀髪くんをなだめようと必死にフォローする。
すると、先ほどの醜態など無かったかのように(というか無かったことにした)銀髪くんの態度が180度豹変。
「なのは、こんな奴にかかわるとロクな事がないぞ。それに話し相手なら俺がなってやるぜ」
「え、えーとそうじゃなくて、私たち太郎さんに……」
「素直じゃないなぁ。別に照れることないんだぞ?俺がいなくて寂しかったんだろ?」
「え、ええと……」
なのはさん、さらにドン引き。その後ろにいるであろうヴィータは表情はうかがえないが、プルプルと震えるほど怒りを溜め込んでいるのがよーくわかる。
そして銀髪くんはよぉ気付け!!おぬし今三途の川に片足突っ込んでる状態なんだぞーーー!!
…………………………んう?これってよく考えてみたら逃げられるチャンスじゃね?
今、なのはもヴィータも完全に銀髪くんのほうに意識が向いている。銀髪くんは言わずもがな。
うむ、そうと決まれば。気づかれないように少しづつ後退。…そぉーっと…そぉーっと……ワタシは空気…空気…。
廊下の突き当りまでたどり着き、廊下の角に身を隠した所で、ついにヴィータの堪忍袋の緒が切れる。
「てめえいいかげんにしやがれぇぇぇぇぇぇえええええ!!!!!」
「はっはっはっは。そうツンツンするなよ~」
「ヴィ、ヴィータちゃん落ち着いて!……あ、あれ?!太郎さんは?!」
銀髪くんの乱入によって生じた混乱に乗じ、撤退に成功!一刻も早く自分の部屋へ非難するべく廊下を全力疾走!走る走る。
ううむ、まさかの銀髪くんに助けられたな~。本人は気づいてないっぽいけどね。ま、この時ばかりは銀髪くん感謝するぜ。
――まあ、なのは達にとっては彼の迷惑伝説に新たな一ページが刻まれることになったけどね。
銀髪くん、本当に今さらだけど君は何がしたいんよ……。
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ずいぶんと遅れた更新になってしまいました。
お待たせしてしまって申し訳ありません。作者です。
もう思いのほか遅れに遅れて、その上微妙に短い……。
この作品を見ていただいてる読者の方々には深く深くお詫びいたします。
どんずまってしまうこともたびたびありますが、1秒でも早くヴィータと太郎をイチャイチャ(?)させるべくこれからも頑張っていきます!!
次回は、ついに太郎とヴィータが……
【次回】
ヴィータ「私の罪」その3