―――18時08分―――
クラナガン総合医療施設。3階エントランスホール。
夜の時刻に差し掛かり、日が完全に傾く。あと一時間もすれば窓の外は月と星の明りだけの闇夜へと変わり、月の光だけがエントランスホールを僅かに照らし出すことになる。
そこに、一人の淡い金髪の少年が座っていた。少年のほかには誰もおらず、人の気配も無い。
しかし、そこに少年とは違う気配が新たに加わる。
それは人の足音ではなく、目を凝らすとそこにいたのは一匹の狼であった。
その狼の目にはどこか理性を宿した光があり、エントランスに入ると少年の姿を見つけ近づいてきた。
「あ、ザフィーラ。……それは?」
「ああ、そこの廊下に落ちていた“落し物”だ。すまないがあとでどこかに預けておいてもらえるか?」
少年の問いかけに狼…ザフィーラは言葉を交わす。ザフィーラは口にくわえていたコートを近くの椅子に器用にかける。
「わかった。たぶん受付に持っていけば落し物として預かってくれると思う」
「ああ。それと、何か変わった事はあったか?」
ザフィーラの問いに少年はぽりぽりと頬をかき。
「あ~…そういえば正面入り口で騒ぎ声があったみたいだけど。シグナムもいないみたいで」
ザフィーラはやれやれ…と頭を振り、若干あきれたような顔になる。
「……そうか。まあ、問題は無いとは思うが一応様子を見てくる。重ね重ね悪いがしばらくここを頼む」
「わかった」
そう言うとザフィーラはきびすを返し来た道を戻っていく。
「………」
少年…ユーノはザフィーラの姿が見えなくなりしばらくたったあと安堵のため息を吐く。
「…もしかしたら気付いてたかな」
ザフィーラは去り際、廊下の隅の観賞用植物の方に視線が向いていた。なんとなくだが最初から気付いていた可能性もある。
「…もう大丈夫だと思うよ」
ユーノが声をかけると、観賞用植物のあたりの空間が僅かにゆがみ、ユーノの『結界魔法』が解除される。そこには植物に隠れるように一人の黒髪の少年がいた。
「しょ、正直こっち見られたときは生きた心地がしなかった…」
黒髪の少年はぶるりと身を震わせ、疲れたような溜め息を漏らす。
「いやーマジで助かった。ありがとユーノ」
「いいさこれくらい。あ、このコート君のでいいんだよね?」
「おお、さんきゅ」
コートを受け取った黒髪の少年…山田太郎はここでふと疑問に思ったことを口にする。
「……そういやユーノは何でここに?昨日のうちに帰らなかったのか?」
なんとなく感じた太郎の疑問に、ユーノは、
「ああ、それは―――」
一拍をおいて、その問いに答える。
「―――僕も、シャマルと君の企みの片棒を担ぐ……『共犯者』だからさ」
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―――01時53分―――
「ココは誰~~~?ワタシは何処~~~?」
迷子。以上。言えるのはそれだけだ。
うかつだった。安心しきってしまったせいで肝心の帰りの事を考えてなかった。いまさらシャマルさん所に戻るのもなんか締まらない。ってか道わからんし。
つか、何よりもヤバイのはこのままだとはやて達に気付かれる可能性が……うおおお!想像しただけでもおそろしい!はやく出口!脱出!エスケープ!リ○ミトーーー!!
「…うう、朝まで待つなんてのは勘弁したいんだけどな…。―――おっ!」
しばらく歩き続けると、どこか開けたような場所―――天井が一面ガラス張りのエントランスホールを見つけた。間違いない!ココ通った事ある!
「や、やっとだ…。長い道のりだった…。あとは出口までは覚えてるし―――」
と、不意にエントランスの長椅子に人影が見えた。
俺は警戒レベルを上げる。だが人影は既にこちらの存在に気付いてしまっている。そして先に声をあげたのは人影の方だ。
「―――……!、あなたは…」
「え?…ええと、どちらさま?」
僅かな照明の光がその輪郭を映し出す中、どこかで見たことあるのか?と俺は内心疑問が沸くが、その謎はすぐに解決した。
「どうも……はじめまして。僕の名前はユーノ。ユーノ・スクライアといいます」
俺とユーノが始めて面と向かって会った瞬間だった。
*****
俺はアニメのときのユーノしか知らないが。なんというか実写で見てみるとほんとにモテそうな顔してんなー。銀髪くんとは方向性がまるで違うかわいい系のイケメンだ。
「…」
「…」
エントランスの長椅子に二人並び座る。
うん、それはいいんだが…なんだろこの空気。重いわ。
なんつーか、俺の記憶が間違っていなければ彼とはこれが初対面のはずなんだけど…。
ユーノはほんの少し前にココに来てなのはとヴィータのことをザフィーラから説明されたそうだ。…それはいいんだけど。
さすがにさっきのはやてみたいな危うい雰囲気は感じられないし。
うーん。なら、この沈黙は何なんだ…。
「―――タローさん」
「っお、おう」
突然沈黙を破り、少年ユーノから声が掛かる。びびった。
「タローさん、貴方に責任はありません。あるとすればそれは、僕―――僕たちの責任ですから…」
その思いつめた表情に、俺はなんと言えばいいか迷った。どう考えても十代の少年がする顔つきではない。
「……その、差し支えなければ聞いてもいいか?」
余計な事なのかもしれないけど、な。
「…はい」
そう言うと、ユーノは話し始めた。己の心中を。
「―――きっかけ、って言えばいいのかな。なのはに……彼女に魔法を教えたのは、僕なんです」
あ、うん。その辺はだいたい知ってる。
「と言っても、僕が教えた事なんてほんの僅かなんですけどね…。」
ユーノはどこか寂しそうで、悲痛な感じににも思える。しかしその顔はどことなく懐かしくも大切な思い出を振り返っているように見えた。俺より年下だよね?
「なのはは、僕を助けてくれた恩人で、とても優しくて他人を思いやることが出来て、でもそれだけじゃなく勇敢で、いつでも前を進み続けて、道を切り開いてくれる」
彼女は、不屈の心を持つ強く優しい女の子。
「彼女が、なのはがいればできないことなんてない。不可能ですら覆せる。……だから、なんでしょうか」
「……」
「『彼女なら大丈夫』…なんて根拠もないことを心のどこかで思っていて……」
彼女が、なのはが無理をしていると気付いていたのに僕たちは止められなかった。
「はじめの頃も、僕が不甲斐ないせいで巻き込んでしまったのに、彼女は笑って『大丈夫』って言って…、それを当たり前のように思ってしまって……僕たちが、ちゃんと気付いていれば…」
「……それは」
さすがにそれは無理があると思う。
人の、他人の行動原理はともかくとして不測の事態は起きるものだ。
「貴方とヴィータのことも、たぶん心のどこかで他人任せに考えてしまってたんです。…だから、僕は貴方に謝らなくちゃいけない」
起きてしまった『結果』はつまるところ『過去』だ。
そんなことでいちいち謝られても困るんだが。
それを言うなら、俺は謝らなければいけない人物が一人いる。
俺は、あの子を傷つけちまったんだから。
「――いいんだ」
自然と、そんな言葉が口から出る。
「俺のことは、もういいんだ。ヴィータを、あの子を傷つけたのは事実なんだ。そういうなら俺にだって責任はある」
「っ、でも――」
ユーノは俺の反応に困惑している。
まあ、普通はそんなにすっぱり割り切るなんて無理だもんな。でも俺は―――
俺は、そうしなきゃ、いけないんだ。
もう、失ったものを、無いものを、もとめちゃいけない。
今を受け入れなきゃ、この先きついだけだし。
「だから、いいんだ」
重みの無い空気のように俺は話す。この言葉を、俺は重くしたくない。重く受け止めてほしくない。
でも、ユーノは俺の言葉では割り切れないようだ。
先程よりも深刻な、沈んだ表情に俺は苦笑するしかない。
「でもっ!これは、僕が―――『償う』べき罪なんだ!」
なのはに何もできず、力になれず、今もなお何もすることができないユーノは、自分を責めることしかできなかった。
「………」
「僕が、彼女にかかわらなければ、出会わなければって、何度も思った。そうすればなのはは平穏な暮らしの中にいて…危険なことなんてなくて……」
「……それは」
「わかってます。そんなこと、ありえないって。………でも」
「……ユーノ。償うって言ってもさ、ユーノはどうするつもりなのさ?」
「……わかりません。わからないんです、何をすれば、どうすれば彼女にとっていいのかも。…もしかしたら、僕はただなのはを苦しめてるだけかもしれません。――――だから、僕はっ……!」
「―――あー…ユーノくんや?」
ユーノの言葉をさえぎり、俺は腰を上げる。
「……え?」
「ちょっと立ってくれるか?」
俺の言葉にユーノは半ば反射的に腰を上げた。
若干困惑気味のユーノには悪いが、ここは少し出しゃばらせてもらおう。でも、その前に―――
「……あの?」
「あー…いやなに、話の腰を折って悪いんだけどねぇ……」
俺は―――
「―――――少し、面貸せッ!!!!!」
ほぼ全力で、容赦のかけらもなくユーノの顔に握り締めた拳を叩きつけた。
「ッぐ!?」
くぐもった声とともにユーノはエントランスの床を滑るように吹っ飛んでいく。
3メートルくらいの距離で仰向けに倒れたユーノ。数十秒の後にゆっくりと起き上った。
「……な、なにを…!」
「なにをじゃねぇ!!」
言い放つ俺はこの時、若干キレていたのだ。
「―――何が『償う』だこの野郎。俺に言わせればそんなのはただの「後悔」だ。今更どうにもならないことをどいつもこいつも償う償う言いやがる。どうしょうもないから代わりの物を押し付けたところで意味ねぇんだよ!」
はっきり言おう。俺は―――――――『償う』という言葉が嫌いなのだ。
俺にとっては、この言葉は何の慰めにならない。ただ俺の精神を逆なでするばかりだ。
その行為のすべてを否定するつもりはない。『償う』ことによって救われる人もいることも事実だ。
「お前は、『自分が関わらなければ』なんて理由で彼女と距離を置こうとしている。『これ以上関われば彼女を不幸にするかもしれない』―――たしかにそうかもしれないな。だがな、それはお前の『決め付け』だ。相手に一方的に押し付けてんのと何も変わんないんだよ!」
ユーノは俺に対し眼光を強めた。
「…だったら―――だったら僕はどうすればいいんだ!!何ができるって言うんだ!!」
何が出来るかだって?
「それくらい自分で考えろ!……でもな、これだけは言わせてもらうぞ」
過去は変えられない。
起きてしまった結果は覆す事はできない。
だからこそ、
「たとえ自分に何も出来ないとわかっても、自分が犯した過ちを忘れない―――『罪を背負う』事はできるんじゃないのか?」
「―――っ!?」
どんなに小さな過ちも、それは一生自分の記憶に、心に、魂に刻まれ、永遠に縛り続ける。
消す事なんてできない。
変えることなんてできない。
それならば、背負い続ければいい。
「償うとか許されるとか、その前に自分の罪と正面から向き合って、愚かだった自分を忘れないために、同じ過ちをしないために…。距離を置くとか、かかわらなければなんて思う前に、できることはあるんじゃないか?」
そんな簡単な事じゃないのは十分わかっている。ユーノだって追い詰められていたんだ。
「ユーノ、これは俺の勝手な考えだけど……償える罪なんて、この世界には無いんじゃないのか?」
「…え?」
「相手が許しても、忘れても、結局は自分が罪を犯したと言う事実は消えない。自分の中に刻まれ一生残ることになる。ならいっそ、全部飲み込んじまう覚悟で一生付き合う気持ちでいたほうがいちいち悩むよりはいいんじゃないかって……」
俺の言葉のすべてが正しいなんて事は無い。俺の身勝手な考えだと言う事も自覚している。でも、ユーノにはちゃんと伝えたかった。
まだ、自分にできる事をあきらめてほしくない、と。
「……――」
どれ程、静寂が続いたか。しばらくしてユーノは若干足元がふらついたがゆっくりと立ち上がった。
ユーノは俺の言葉を反芻するかのように静かに目を閉じ、一呼吸。開けられた彼の眼は先程まであった憔悴しきったような雰囲気はなかった。
ついでに言えば、俺も頭が冷えてきて今更ながらとんでもない事をしてしまったと、若干焦る。
「……ま、まあ、その、俺自身偉そうなこと言えた義理じゃないんだけど」
「―――っ」
あ、あり?なんだろう。ユーノが何かをこらえるように眉間の皺が…。
「ゆ、ユーノ?ユーノさんや?」
あああまたやっちまったかもしれん!俺のバカん!!
「――っぷ」
と、俺の自己嫌悪の最中、―――
「……っぶは!あははははっ!」
ユーノ、爆笑。
「…って何笑ってんの!?」
「あはははっ!だっ…だって君、あれだけ言っといて急に…っぶ、あははは!」
お、おお俺だってあんな説教じみた言い方をしたかったわけじゃないんだぞ!!
「せっ説教って…あはははは!!」
笑うなよーーーーーーーー!!!
ユーノはしばらく腹をかかえて笑った後、わずかに血のにじんだ口を乱暴に拭う。
「……ありがとう。なんだかうじうじ悩んでるよりは少しは楽になった」
ユーノの顔つきはどこか吹っ切れたような印象になっていた。まあ、ぶん殴ってしまった俺が言うのもなんだけど。
「…そっか」
「うん。後悔する前にできること、まだ何をしたらいいかわからないけど、ちゃんと考えてみるよ」
そう言うと、ユーノは俺の正面に向く。
「…?」
俺が何かと頭をひねっていると―――
「………だから、『これ』は君に返しておく」
ユーノの右ストレートが俺の顔にぶち当たった。
「―――ッが!?…ぐっ」
その痛みと衝撃に俺は2、3歩よろけたが、気合いと意地で倒れることは阻止できた。
「~~~っつぅ!」
じんじんと頬が焼けるような痛みを俺に伝える。
「っ~~~たぁ…結構本気でいったんだけどなぁ」
そう言いながらユーノは右手をぷらぷらとふる。殴ったときに痛めたみたいだ。
「…馬鹿言え。すげぇ痛かったぞ」
「はは。まあ、これはさっきの『お礼』てことで」
「……ありがたくもらっとくよ」
とりあえずはこれでおあいこってことだそうだ。
はぁ…。もう帰って寝たい。今日はいろいろありすぎた。
殴られて痛む頬をさすりながらエントランスの出口へ向かう。少し膝がガクガクだけど根性で歩く。
「…タロー」
後ろから声をかけられたが振り返る気力もないので「んう?」と適当に返事をする。
「―――僕から言うのも変な話だけど…………君は、これからどうするつもりなんだい?」
「……」
―――――どうする、か…。
「…俺は」
そんなの、わかりきってることじゃん。
「もう、できることはないさ………」
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―――18時30分―――
俺は今、月明かりと足もとの照明に照らされた廊下をユーノと並んで歩いている。
「あれ?そいうやユーノその怪我、治療魔法とかで治せなかったん?」
いちおう俺の方は朝早く出勤先の医療室で治療受けてもらったからもう跡とかは残ってないし。―――まだ痛いけど。
「あはは……忘れてた」
「をい!」
「まあ、色々とバタバタしてたし…」
苦笑いをするユーノ。
「というか、君も君だよ。僕もシャマルから聞いた時には耳を疑ったよ。タローがあんなとんでもないことを提案するなんて」
「…え~と、そんなに非常識だった?」
「非常識どころか“異”常識だよ。それなのに単なる素人の考えで片付けられないところが僕は恐ろしいよ」
「……たはは」
「もう、笑い事じゃないよ!」
「…さぁせん」
うん、どうやら俺の提案は心底シャマルさん達の度肝を抜いたらしい。
「…タロー」
すると、先ほどとは雰囲気が変わるユーノの声に顔を向ける。
「タロー。僕は今回の施術でシャマルさんのサポートをすることになる。あくまで補助的な役割にすぎないけど、施術の内容は大体把握できてる」
そこまで聞いて俺はユーノの言わんとしていることをなんとなく察した。
「タロー。君がしようとしていることは―――――」
「ユーノ」
俺はユーノの言葉をさえぎる。
「お前の言いたいことはわかる」
「………ならっ」
多分、ユーノはもう気づいてしまったんだろう。俺がこの先どうするか。
いったいどんな覚悟で、ヴィータの施術を持ちかけたのか。
「でもな、ユーノ」
だからこそ、俺は決めたんだ。
「やっと、やっと見つけたんだ」
何の力もない俺が、
「俺が、あの子にしてあげられること」
間違ってばかりだった俺が、
「単なる、自己満足なのかもしれない」
後悔ばかりしかできなかった俺が、
「でも、たとえ偽善だったとしても」
たったひとつ、誰かのために、
「助けたいんだ」
ヒーローなんかじゃなくていいんだ。
魔法が使えなくなったこと、空を飛べなくなったことに後悔するかもしれない。――――――でもな、
誰かを救えたことに、後悔なんか一切しない。
俺は彼女を、ヴィータを救うことに何一つ迷いはない。
俺の魂(すべて)を賭けて、彼女を救ってみせるって、な。
「……君は」
ユーノは言葉を失っていた。ただ先ほどの呆れたような雰囲気ではない。
ユーノは言葉を紡ぎかけて―――やや苦笑気味に小さな溜息を吐いた。
「いや、なんでもないよ」
彼の紡ごうとした言葉に、いったいどんな意味があったのか、いずれにせよそれを俺が知ることはなかった。
「タロー」
「ん?」
しかし、ただひとつ………
「僕も、全力を尽くす。―――成功させよう」
「―――ああ。たのんだぜ」
それは本当にわずかなゆらぎだった。しかしそれは時を経るごとに強く明確な意志となる。
俺は知らない。本来の物語(うんめい)とは違う、彼の心にひとつの変化をもたらしたことを。
*****
―――19時11分―――
暗がりの廊下をユーノの案内で進むと、どこか見覚えのある廊下の風景に俺は昨日の出来事を思い起こす。
そして、廊下の向こうから明かりが見える。
「―――来たわね。いらっしゃい」
昨日ヴィータ達の運びこまれた集中治療室の扉の前にシャマルさんが立っていた。
「はい」
「どもっす」
俺とユーノを確認したのち、シャマルさんはユーノに案内のお礼を言う。
「ここまでありがとうね。ユーノくん」
「いえ。それじゃあ僕もそろそろ準備を始めますね」
そう言うとユーノは「それじゃあ後で」と俺に言い治療室の隣にある準備室の中に入って行った。
「まずはタローくん、来てくれてありがとう」
シャマルさんは長椅子に座ると俺にも座るようにすすめた。今まで歩きっぱなしだったため、言われるがまま椅子に腰掛けると思わず安堵と疲労にため息が出た。
「…そう言えば、ココに来るまでシグナム達に会った?」
…まず出会ったら最後、俺はここにはいないと思います。
「あー…そこは何とかやり過ごしました」
いやでもまさかシグナム達の恨みまで買うことになるとは思わなかった……。まあ、当然か。ヴィータを傷つけた挙句にこんなことになるんだもんな…。はやて同様恨まれても仕方がないか――――。
「―――違うわよ?」
しかし、シャマルさんはそれを否定した。
「シグナムも、ザフィーラも、あなたに非があるなんて思っていないわ。―――はやてちゃんも、こんなことになっちゃったけど……本当は誰よりもあなた達のことを気にかけてたの」
―――――でも、はやてはまだ子供だった。
たとえ大人びた感性を持っているとしてもだ、大切な家族を失うなんてショックが大きすぎるのだ。
ましてや、彼女はそれを一度目の当たりにしているんだ……。
「………タローくん、一つ聞いてもいい?」
静かな雰囲気の中、シャマルさんの声が響く。治療室から漏れる光がその横顔を照らす。
お、おおう。ちょっとドキッときた。
「は、はぁ」
誤魔化すように返事を返すヘタレな俺。
「―――――タローくん、あなたはどうしてヴィータちゃんを助けようって思ったの?」
えと、それは前にも話したんですけど……。
「ええ。でも、それだけじゃないわよね?」
「っ!」
…ああ、忘れてた。ベルカの騎士は勘がいいって。
「貴方にこれだけの決意をさせた“それ”は――――多分、貴方の“偽善”の本当の理由」
……そんな真っ当なものじゃないさ。
「―――同情ですよ。…ただの」
俺の返答にシャマルさんは疑問を浮かべた目線で俺を見る。
「俺が、助けたいと思った人はヴィータだけじゃない……―――はやても助けたいんです」
「……えっ?」
その眼を見開きシャマルさんは驚く。
「あの子は…はやては大切なものを失うことを恐れている。失ったら最後はやては、本当にこの世界に絶望してしまうかもしれない。俺には……わかるんです」
―――俺も、そうだったから。
「あなた…」
「はやてには、“俺みたいになってほしくない”んです。俺はこんなんなっちまったけど、はやてのまわりにはまだ親しい人が―――支えてくれる人がたくさんいる。……それを忘れないでいてほしいんです」
俺は、それに気づくことができなかった。ただそれだけだ。
「……」
「え~と、一応それが理由ってことでカンベンしてください……」
「…ううん。こっちこそ不躾なこと聞いてごめんなさいね」
「いえ、気にせんでください。俺は別に大丈夫ですから―――」
「…嘘ね」
シャマルさんの言葉に俺は固まってしまう。
「タローくん。私が言うのも変だけど、―――――つらいのならそう言って。嫌ならちゃんと言葉にして。じゃないと……いつか、持たなくなるわよ?」
その言葉に、俺は背筋が寒くなった。シャマルさんには俺の姿がとても危うく映ったのかもしれない。
んーまあ、俺の行動原理はまっとうなもんじゃないしな。
「一応、気を付けときます」
俺は無難な言葉で返した。
「ええ。何かあったらいつでも相談してちょうだい」
すると、シャマルさんは白衣のポケットから黒い腕輪―――オーバーリングを取り出した。
「先にコレ返しておくわね。……あ、私の連絡先入れておいたから後で通信端末に入れておいてね」
……わーお。ぬかりないですねー。
そう思いながらデバイスを受け取った。うん、まあシャマルさんの心遣いってことにしとこう…。
「…」
まあでも、
お前を使う機会も、もうこれっきりになるのか、な。
(そんな長い付き合いじゃなかったが、あんがとな。今まで)
「―――そろそろ、時間ね」
シャマルさんは時間を確認し、俺に告げた。
…いよいよか。
ゆっくりと目を閉じ、深呼吸をする。
「――――――………」
―――19時30分―――
目を開け、俺は言う。
「―――――ヴィータのこと、お願いします。シャマルさん」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
おおおおおおおおお待たせしてしまってもうしわけありませぇぇんっ!!(土下座
まさかここまで時間がかかるとは思わず、読者様を待たせてしまうとは……。
ですが、こんな中途半端に終わらせるのは作者のちっぽけぇなプライドが許さないので引き続きこのSSを見てくださる読者様に感謝を。
なにとぞよろしくお願いします!!終わりじゃないよ!まだ続くよ!
【次回】
太郎「色のない心」
【誤字修正】
「シャマルも、ザフィーラも、…
↓
「シグナムも、ザフィーラも、…
通りすがり様。誤字報告ありがとうございます。