―――10時28分―――
「かぁ~……ぐごごぉ~……」
時空管理局、第三士官学校南棟。
太陽が真上に差し掛かりそうで、まだわずかに届かないような斜めに射す日の光が教室の窓際のわずかなスペースをぽかぽかと温める。
「ぐご~……ぐごぉ~……」
昼に近そうでその実、朝の眠気がまだわずかに残るこの時間帯はまさに睡魔との一騎打ちだ。ココで負ければ現在教壇で講義をしている講師の怒りを買うことになる。
―――が、教室の窓際に座る少年は机に完全に突っ伏し、これでもかと言うぐらいイビキをかいていた。
「んんっ……ヤマダ仕官候補生」
「………ふがっ?」
講師のわずかに角のある声に間抜けな声で答える少年が一人。少年の寝ぼけに教室にいる何人かが笑いをこらえている中、
「ヤマダくん。眼は覚めましたか?」
「ぉ、ぉぅ………あと、…ごじゅっぷん…」
「「「っっぶふぅ!!!???」」」
ついに笑いをこらえることができず、吹き出す者が出た。
その15秒後に、睡魔に完全敗北した少年の脳天に拳が降った。
*****
いつつ……。まだ地味に痛いし。
「タローどーしたんさ~?あんな爆睡して。ねぶそく?」
「ん、まぁちょっとな」
どもども。本日最初の講義から休み時間もまたいで爆睡していた俺に堪忍袋の緒が切れた講師サマの容赦ない拳骨を喰らい、講義終了と同時にありがたいお説教を聞かされようやく眼が覚めた山田太郎である。
「よふかしはお肌の大敵だぜタロー」
「…そこは体に毒とか言うんじゃないか?」
そんな残りわずかとなった休み時間をソゥちゃんと無駄話をしながら過ぎていった。
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―――01時10分―――
俺の主観と言うか偏見だが、どうして真夜中の病院というのはこうも不気味に感じるのだろうか?よくホラー映画でも病院が出るけど、そのイメージが先に出てくるからかもしれないな。
うん、でも……今、俺が道に迷っている事とはまったく関係ないんだよね!
「ど、どこだココ…」
ああもう!こう時間が無いってのに何で俺はお約束のように迷子になってんだよ~!
後頭部をガシガシ掻きながらカツカツと廊下を早歩きで進み、
「―――ん…?」
あそこは…開きっぱなしのドアから明りが―――。
「…あっ!」
間違いない。遠目だけどあの女性は…。
急ぎドアの方へ俺は駆け出した。
「―――っだあぁぁ……!はぁ、やっと見つかった~」
疲労でドアの枠にもたれかかるが、目的の人物を視界に捕らえる。…いや~、一時はどうなるかと思った。
「探しましたよ。シャマルさん」
俺は目の前の女性―――シャマルさんをようやく見つけたことに安堵の息を漏らす。
対してシャマルさんは俺の姿を見て少なからず驚いているようだ。
「あなたは……」
「シャマルさん」
シャマルさんが声を漏らすが、今は時間が無い。シャマルさんの目線を正面から受け、見据える。
彼女から、わずかに息を飲む声が聞こえたように思えたが…気のせいだろう。
「忙しいところ申し訳ないんですが、少し聞いておきたいことがあります」
「……何かしら?」
シャマルさんは目を細め、俺の真意を探るような目線を向ける。睨んでいると言ってもいいかもしれない。
こ、こええ…。やっぱシャマルさん見た目優しそうなお姉さんでもベルカの騎士なんだよな…。ぶっちゃけます、ちびりそうです。…でもココで退くわけには行かない。
俺は意を決し言葉を紡ぐ。
「―――――ヴィータは…ヴィータを救う方法は、もう無いんですか?」
「……」
「リンカーコアが、治療ができないって言ってましたよね。だったら仮想補助コアで外部から繋げて肉体を維持するための入力とか、できませんか?」
簡単に言えば体を維持するため“だけ”の機能を外部設備などで補おうということだ。幸いココには医療設備は十分にあるし、それぐらいは揃えてるだろうと―――が、
「残念だけど…それは無理よ」
「…」
…だよなぁ。だって今ヴィータの体を維持してる外付けの魔力ラインってのが“それ”なんだよな。
あの時シャマルさんが『いったんラインを切断して、間に合わせで魔力供給ラインを複数繋げる』って言ってたけど、魔力ラインを繋げるのはいいとして、何でわざわざ“守護騎士間のライン”を切断する必要があるのか。
「…つまり、ラインの維持が難しいほどコアの損傷が激しいってことですよね?」
守護騎士ラインを切ればその分魔力供給ラインを増やす事ができる。でも何故?それなら複数ではなく一本にまとめればいいんじゃないのか?その理由も多分コレだ。
ラインを繋げてもそのラインを繋ぎ続けるだけの余力も無いコアでは何時切れるかもわからない。ましてや一本にまとめたらそれが切れた時点で終わりだ。
多分シャマルさんは複数のラインで魔力を小出しにしてギリギリのところで体を維持させているんだと思う。それにこれなら万一にも一本が切れてしまっても他のラインの供給を増やせばいいのだ。短時間とはいえこれほどまでの処置ができるのはさすがとしか言いようが無い。
「……何が、言いたいの?」
シャマルさんはいぶかしむようにこちらを見る。
まあ、俺もさすがにさっきの方法でヴィータが助かるなんて思えないし。
ここまでは、俺が情報を得るための前座。――――本題はこっからだ。
これから話す事を間違えぬよう何回か頭を整理し、俺は口を開く。
「……シャマルさん、ヴィータに“リンカーコアの移植”は可能ですか?」
「不可能よ」
即答された。
…うん、まあ無理も無いだろう。
シャマルさんの言うとおり、「リンカーコア移植」なんてものはこれ以上ないほどに非現実的な方法だからだ。
さて、皆もいいかげん気になっただろう。俺が何でこんな偏りまくりな専門知識を持っているのか。
なんてことはない。―――俺は未練がましくも自分のリンカーコアを治療する術を探すため、片っ端からコア治療に関する情報を集めまくったのだ。それこそ情報雑誌に載ってるプチ健康法のようなものから無限書庫の片隅にある専門書に一行ほどしか綴られてないような超がつくほどマイナーなものまで、手当りしだい。
情報収集に関しては『オーバーリング』のおかげで丸写しだ(←※マネしないで)。デバイスさまさまだな。
その後はひたすら情報の整理と検索。これは俺の得意分野だから問題なし。まあそんなことを2、3年もやってれば嫌でも内容は覚える。
それで医務官目指してる士官学校の同級生を論破しちゃったのは今も反省してる…。
まあ、そんな専門家も真っ青の情報量をもってしても俺のリンカーコアを治療する方法は見つからなかったんだけどね……。
話を戻そう。俺がリンカーコアの治療に関する知識をもってしても「リンカーコア移植」を不可能と言わしめるか。
簡潔にまとめれば、今現在に至るまで成功例が存在しないからだ。
別に情報が少ないとかではない。あまり気分のいい話ではないが地球の医学知識も大昔から続く人体実験の連続だ。風邪薬から麻酔に至るまでそんな顔も名前も知らない人たちの犠牲の上に成り立ってるのだ。そしてそれは魔法主義のミッドチルダも然り。
それは、誰もが夢見る魔法の力。それを求め、数多くの者がその力を手に入れる方法を探求した。―――その一つが、「リンカーコア移植」。
資料には事欠かなかった。ってかありすぎてドン引きした。それだけ、何百人もの欲望と何千人もの犠牲が垣間見えた。
そんな資料も、今は歴史の一部分としてしか存在できないのだ。
だが、そもそも何故リンカーコア移植を不可能と決定づけるのか?
「――――リンカーコアと肉体の相違による拒絶反応」
「…っ!?…あなた、どうして」
「まあ“ちょっと”調べれば、それなりに…」
そう。
それがリンカーコア移植を不可能とさせる最大の壁なのだ。
皆は医療用語に出る「移植」を聞いて何を連想するだろう。臓器移植、皮膚移植、まあ大体は聞いたことはあるだろう。
だが、それがリンカーコアとなると話が変わってくる。心臓などの臓器とは訳が違う。――――相手は未だ謎を多く抱える非物質器官なのだ。
どの資料を調べても、この拒絶反応が最大の問題点として立ちはだかり、多くの研究者達を挫折させたのだ。
そのうえ拒絶反応のメカニズムは未だ全容がつかめていない。移植途中で出ることもあれば、1日ほど経ってから出る場合もあるのだ。
シャマルさんは静かに、子供に語りかける母親のように言葉を紡ぐ。
「……もう、いいわ。十分よ」
「…」
「貴方が、ヴィータちゃんのために色々考えて、思ってくれただけで、……あの子も、幸せだと思うから…」
ぽつりぽつりと、彼女の語りは少しづつかすれるような涙声となってゆく。
「はやてちゃんのことは、ごめんなさいね。…こんな言い方、ずるいってわかってる。でも…はやてちゃんは、貴方の事を本気で憎んでいるわけじゃないの。だから―――」
「あ、あの~…」
おずおずと言葉をさえぎる俺。急な事にシャマルさんの言葉が止まる。
「…え?」
「い、いちおうまだ話があるんですけど…」
シャマルさんには悪いが、まだ俺は全部説明し終えたわけじゃない。むしろここからが本当の本題だ。
「まあ、単刀直入にもうしますと―――――拒絶反応(それ)に関してはもう解決してます」
俺の、緊張感のないセリフにシャマルさんは「え?!」と声が裏返る。
「なな、なん、い、一体なんの冗談―――」
「悪いすけど、これは冗談でも気が狂ったわけでもないですよ。まあ素人の考える事なんでそれに関してはシャマルさんの補足が必要ですけど…とりあえず、一通り説明してもいいですか?」
「…」
シャマルさんは沈黙したままだが、俺はそれを了承の意として受け取ることにし、説明を始める。
「まず一つ。シャマルさんが危惧する拒絶反応。これはヴィータの体質に合わせてリンカーコアを調整することでなんとかなると思います」
名前は忘れたが、ある研究者は移植するリンカーコアを移植者の体質に近づけることで拒絶反応を克服しようと考えた。だが、
「…悪いけど、それでは拒絶反応を無くすことはできないわ」
結局はそうなのだ。いくらリンカーコアを体に合うように作り変えても拒絶反応は出る。仮に移植が上手くいっても、時間が経つにつれて拒絶反応の兆候が見え始める。
爆弾が時限式になった程度の違いしかないのだ。――――ところがどっこい、どうにかしちゃいました。
「…それなら大丈夫です。リンカーコアと―――“ヴィータの体質そのもの”を作り変える事ができれば」
「―――っな!!?」
俺の策は、シャマルさんの予想斜め上だったようだ。驚くあまり固まってるようだ。
そりゃそうだ。どう考えても正気の沙汰ではない。俺が言うのは移植するリンカーコアとヴィータの体を同時並行で調整を合わせ、拒絶反応のリスクを極限まで低くするのだ。
もちろんそんなこと生身の人間には絶対に不可能だ―――『生身』なら、な。
普通の人間ならば薬品漬けにしても肉体改造をしてもどうにもならない。だが、ヴィータは違う。彼女は『プログラム生命体』だ。
データと魔力によって構成された肉体ならば十分可能性はある。―――それに…
「二つ目は、―――シャマルさん。貴女です」
「…え?」
そう、ヴィータのコア移植を成功させる上で鍵となるのが、何を隠そう彼女なのだ。むしろ彼女以外考えられない。
俺がシャマルさんに目をつけたのは、うろ覚えの原作知識。そのワンシーンに彼女がなのはのリンカーコアを遠隔で抜き取ったことだ。
アニメの設定はわからないが、実はアレ、かなり無茶苦茶なことなのだ。
ネコ姉妹かネコ仮面だったか忘れたが、彼女達は至近距離でコアを抜いていたのに対し、シャマルさんは目測で遠距離にもかかわらず正確なコアの位置を割り出していたのだ。
俺もコア治療の専門書を読んでの知識でしかないが、普通はコアの位置を把握するには計測器などの設備を使う方が一般的で、なんの準備もなしにおこなうとすれば高い魔力察知、空間把握能力等の技術が必要なのだ。
だが、シャマルさんはそれを遠距離でやってのけた。専門医から見れば「え?なにそのチート」と言うだろう。
そんな彼女の高い技術もさることながら、さらに言うならヴィータの…いや、『プログラム生命体』の構造を熟知している事。
ヴィータに素早い対応と適切な処置ができたことからも十分うかがえる。
いや、もう正直彼女以外任せられない。
「貴女なら『プログラム生命体』の事情を知ってるし、技術もある。コアと身体の同時調整は労を要するかもしれませんが」
ここでシャマルさんが「NO」と言えばその時点で試合終了となってしまう。
「では改めて聞かせてください。リンカーコアとヴィータの身体を同時並行調整施術で拒絶反応のリスクを最大限に引き下げた条件下で―――ヴィータにリンカーコアの移植は可能ですか?」
重ねられた問い。しかしシャマルさんはさっきのように即答しなかった。
口をつぐみ、今彼女の中で激しい葛藤が起こっている。俺はただ彼女の返答を待った。
「………はっきり言って、私はこんな話を持ちかける医者がいたら、その人の正気を疑うわ」
おおう。医者じゃないが正気を疑われてしまった。うぅ、地味にキツイ一言。
俺が落ち込む中、シャマルさんの言葉が続く。
「―――でも、不可能ではないわ」
俺はその言葉に反応した。
「本当ですか!」
「不可能ではない。けど成功率は期待できないわ。ただでさえ時間が無いから」
それだけわかれば十分だ。少なくともこれで「成功率ゼロ」なんて出ないだけでも俺は喜べる。たとえ僅かでも、ヴィータを救うための方法が見つかったのだから。
だが、シャマルさんの表情は未だに優れない。俺が何かと尋ねようと―――
「―――でも……できないわ」
「な!?」
その一言に、耳を疑う。
「移植は、できないわ…」
「…理由はなんですか?」
俺の質問にシャマルさんは答えない。
「…」
「答えてくださいシャマルさん。貴女は移植は可能と言いました。俺は成功率が低いから移植ができないなんて言い訳では納得しませんよ」
「言い訳じゃないわっ!!」
シャマルさんの声が張り上がるが、俺は怯むことなく彼女の眼を真っ直ぐ捉え、問うた。
「―――シャマルさん」
一瞬だったのでその時は気付かなかったが、シャマルさんは大きく身体を震わせた。
「シャマルさん、貴女ができないと答えた理由はなんですか?言ってください」
再び、俺は尋ねた。シャマルさんの下がった視線は前髪によって隠れてしまうが、彼女の口元は言葉を発するために形を変え始めた。
「―――移植するための、リンカーコアが……」
「え?」
俺はシャマルさんが頑なに拒んでいた理由にポカンとなってしまう。―――――そして、彼女が何故ここまで来て「できない」と言ったのかがようやくわかった。……いや、シャマルさんの方が“判ってしまった”と言えばいいのか。
ズバリ言おう。もうその問題は解決している。―――――とっくの昔に、な。
「ありますよ」
シャマルさんは、はっと俺の顔を見る。俺はゆっくりと、ゆっくりと、―――自分の胸に手を当てた。
「…………――――――“ここ”に、あります」
……最初、コアの移植を考えた時まず候補に考えていたのは『リンカーコアコピー』を用いるものだった。これは名前のまんま、体内を循環する魔力から形成された擬似的なリンカーコアだ。
これならば拒絶反応の心配はほぼ皆無だ。…が、さすがにそこまで都合良くなかった。
このリンカーコアコピーは製作に時間が掛かるのだ。少なく見積もっても一ヶ月以上。20時間じゃどうやったって無理だ。
それにこの技術は完璧ではない。移植できても体内で分解してしまうようで、一週間ほどで跡形もなく消えてしまう。それじゃあ駄目なんだ。
―――いや、もう気付いてたんだ。
ヴィータを救うために必要なものが、何なのか。
“俺”自身だ。
今、俺の胸の内に輝く赤錆色の光こそが、ヴィータを救うために必要な―――最後の鍵。
仮に、この方法を八神はやてが知ったなら彼女は喜んで自分のリンカーコアを差し出したかもしれない。―――――でも、駄目だ。彼女のコアは“強すぎる”のだ。
拒絶反応の症例の大半は、高ランクのコアの暴発によるものなのだ。つまり魔力が高いほど拒絶反応の確率が上がってしまう。
必要なのは、魔力の低いリンカーコア。
だが、見ず知らずの人間がはいどうぞなんて自分のコアを提供してくれるわけがない。ミッドチルダの、管理局に勤める魔導士にとっては死活問題なのだ。仮に提供してくれる人物がいるとしても、探している時間など無い。
絶望。万策尽きた。ゲームオーバー。――――と、なるはずだった。だが、俺は現状ある中から数少ない鍵をそろえた。
一つ目の鍵は……リンカーコア移植の方法&裏技。
二つ目の鍵は……シャマルさんの医療技術。
三つ目が……俺。魔力保有ランク『E』のリンカーコア。
これが、ヴィータの命を救うためにかき集めた最後の、最後の、最後の希望。
そしてそのすべてを目の前の女性、夜天の書が守護騎士。『湖の騎士』―――シャマルさんに託した。
もうここで彼女を頷かせることができなければ、もう俺にできる事など何もない。俺にシャマルさんのような医療技術などないのだ。
俺は、何もできない。でもシャマルさんは違う。だから俺は惨めだろうとみっともなくとも他人に頼るしかない。
俺は深く頭を下げる。これで駄目なら土下座だってやってやる。
「シャマルさん、お願いします」
目の前には自分の爪先と床が見える。
「ヴィータを、助けてくださいっ」
頭を下げた状態のまま、どれぐらい時間がたっただろう。頭下げてるからシャマルさんの表情はわからない。
駄目か…と、僅かに暗い気持ちになるが、なら土下座で!と体勢を変―――
「………―――――な、んで?」
俺は、顔を上げる。そこにいるのは、ほのかに充血した眼で俺を見つめるシャマルさん。
「…なぜなの?……何故そこまでするの?…そこまでできるの?」
シャマルさんの問いはまるで「鳥はなんで飛べるの?」と聞く子供のように思えた。
「…わかっているの?あなたは…移植が、失敗しても……あなたは……」
「…」
わかってるさ。
この移植が成功しようと失敗しようと、俺はリンカーコアを…『魔法』を失う。―――永遠に。
ヴィータのために調整を施されたリンカーコアは、その時点で俺のものではなくなる。「移植できなかったから返す」なんて都合よくいかないのだ。
でも、それで満足だ。
だって、俺のちっぽけなリンカーコアでヴィータを助ける事ができるんだ。それがいったい、どれだけすごいことか。
未練はある。ありまくりだ。正直今まで苦労してやっと魔法使えてバカしながらこの先ダラダラ生きようなんて考えてた俺にとって、それが何の前触れもなくすべてぶち壊されるなんてわかったら俺は最高裁まで争えるね。だが、そもそも俺の遊び半分の魔法と彼女の命では天秤にかける意味がない。
だから何度だって答えてやる。魔法か、ヴィータの命かと言われたら迷わず彼女を選んでやる。当然だ。
「あなたは、どうしてそこまでするの?あなたは…私達が、憎いんじゃないの?」
いや憎いわけじゃないんだよ。単に苦手なだけ。それに俺そういうメンドクサイのはすっぱり割り切る性質だから。
「―――どうして…か」
でも、あえて言うのなら
「……自己満足、偽善ですかね」
「…な」
俺の答えに、シャマルさんの言葉が詰まる。
「俺は、はやて達の恨みを買いたくないし、これが俺のせいで起きたっていうならそれなりの責任は取るつもりです…」
俺の言ってる事は間違いではない。面倒なのは避けて通るし、後引くようなことはなるべくしないようにしてる。あえて付け加えるならもう一つ『理由』があったぐらいだ。こっちは言う必要はないな。…色々思い出したくないし。
「?…え、ええと……どうかしました?」
い、いかん一言余計だったのかな…。シャマルさんが何も言わなくなった。マズイぞ…気を悪くさせたかな…。
シャマルさんは目を瞑り、考察する時間が静寂とあいまって俺はなんとも居心地がよくない…。
「――――デバイスか、通信用端末は持ってる?」
「…え?」
「一応、連絡が取れるようにしておいたほうがいいと思って」
「…!それじゃあ!!」
と、シャマルさんが手のひらを突き出し、「待った」をかける。
「可能性はあっても、まだ可能かどうかはわからないわ。私の方で検討して、判断させてもらうけどいいかしら?」
「はい。もちろんです」
多分これから機材借りたりとか医師達の人手を確認して施術ができるか検討するのだろう。―――と、そうだ。
「一応コレも持っててください」
「…?これは…」
シャマルさんは渡された黒鋼色の無骨な腕輪―――『オーバーリング』を手に取った。
「その中にあるY-112ってファイルにリンカーコア移植についての資料が入ってます」
引っ張り出したデータの丸写しだが、情報を探す手間も考えればコレも十分役に立つはずだ。
「じゃあ、後は…お願いします」
俺はそう言い頭を下げた後ドアをくぐり廊下を進んだ。
*****
「……ふぅ」
俺は人の気配の無い薄暗い廊下で、ようやく一息ついた。
「上手くいくかなぁ…」
さすがに不安は完全に拭い去る事はできない。こればかりはシャマルさんが頼りだから仕方ないが。
「まあでもできることは全部やった」
これで、もう俺のできることは一つとなった。ここはおとなしくシャマルさんの連絡を待つ事にしよう。
「……」
えーと、確かコッチが受付…
「あり?」
ちがった、エントランスだっけ?
「…」
…
………
…………………んう?
ましゃか……また、迷った?
「……―――――ちくせうッ!!!」
シャマルさんに道聞いとけばよかったと大いに後悔する山田太郎だった。
*****
「……」
黒髪の少年―――山田太郎がブリーフィングルームの出口から姿が見えなくなるまで見送った後、シャマルは彼から受け取ったデバイスを持ったままの状態のまま立ち尽くしていた。
時間は切羽詰っているはずなのに、彼女はついさっきまでいた少年のことで憤りにも似た激情を感じていた。
(何が……)
シャマルは内心で吐き捨てるように言う事しかできなかった。
(何が、偽善よ…)
どこの世界に、自分の捥いだ腕を差し出す偽善者がいるのか?どこの世界に、自分に対しあそこまで残酷な行いができる者がいるか?
あの少年に、あんなことをさせたのは、あんな選択を選ばせてしまったのは、他でもない―――自分達だ。
私達が、彼を、あの少年を崖の端まで追い込んだのだ。なのに彼は、それを自己満足だといい、全て飲み込んだ。
泣きも、喚きも、嘆きも、憤りも、罵りもしなかった。
彼の在りようを端的に見るなら、それは『異常』としか言いようがなかった。
なのに、
「何故なの…」
シャマルは、あの少年の眼を、忘れる事ができなかった。
「…っ」
その時のことを思い出し、僅かに身を震わせる。まだ彼の眼が網膜に焼きついていると言ってもいいかもしれない。
それは―――『畏れ』。
形容できない。言いようの無い。どう説明すればいいだろうか?
死を覚悟した老兵の目ではない。全てを諦めた亡者の目ではない。自暴自棄となった者の目でもない。
あの眼は、あの光は、何者にも犯す事ができない輝き。挫かれること無い強い意志を宿した眼。
眼を合わせた瞬間、シャマルは震えが走った。幾度もの戦いを潜り抜けたベルカの騎士である彼女がだ。
あれは…騎士でも戦士でもない少年がしていい眼では断じてない。
「……」
かの少年の持ちかけた話は、シャマルにとっては喉から手が出るほどほしかったヴィータを救う事ができる手段。
そして彼は、そのための情報も提供した。成功率が低いなんて言うが、実質その手段自体見つからないと高をくくっていた彼女にとっては、成功率云々はたいした事ではなかった。
もうシャマルに彼の話を断る理由が見つけられなかった。
それが、悔しかった。
少年の犠牲(リンカーコア)がなければ、ヴィータを救うこともできない。
一体、私達はどれだけ彼を苦しめれば気が済むのだ、と。
「――――――でも」
だから、だからこそ、シャマルは行動しなければならない。無駄にしてはならない。
彼が、覚悟し、そのすべてを賭け、自分に託した。
その意志に、応えなければならないと。
彼が、自らを『偽善者』と言うなら、私はその片棒を担ぐ『共犯者』になろう。
彼一人に背負わせて、たまるものか。
「…」
シャマルは素早く通信モニターを開き、夜勤でいる医療スタッフ達と連絡をとりはじめた。
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「そんじゃ、またあとでねタロ~!」
ソゥちゃんはぶんぶん手を振りながら陸上警備隊施設へと続く廊下をてててて~、と駆けていった。今日は合同演習があるとかで少し遅れて来るそうだ。
「……っと、そうだ購買行かねーと」
この時間は混むからな~、と考えながら俺は通信用端末の時刻表示をなんとなく確認した。
―――12時00分―――
「―――……丁度か」
不意に廊下の窓際に視線が向き、窓の外から見える空と雲に目を奪われる。
「…」
俺は、視線を外し購買部へと早足に向かった。
………―――――ヴィータに残された時間は、あと11時間。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
独自解釈全開回。
どうも、感想版を覗いたらかなりネタバレしまくっていた事にヒヤリとした作者です。
や、やはりあからさますぎたでしょうか……それとも読者様はエスパーなのでしょうか…?
心を読まれる前に、次回予告。
【次回】
太郎「俺の“魂(すべて)”を紅の少女に…」