時刻は深夜。ここは都心から離れたとあるマンション。
そこのとある部屋の一つ、そこで一人の少年が頭を抱えていた。
少年の名は山田太郎。
元々は第97管理外世界『地球』に住んでいた少年だ。
彼は名前も含め黒目黒髪中肉中背の容姿は写真の端に写ったら背景と同視されるような平凡だ。しかし、彼を平凡のカテゴリには入れられないある一つの要因があった。
それは、前世の記憶を持つ『転生者』と呼ばれる存在だからだ。
しかしながら前世でも平凡の部類に属していた彼にしてみればあまりプラスな要因はないことだろう。
さらに付け加えれば、今現在少年を悩ませている人生最大の―――……
「やっちまったあああぁぁぁぁ………」
……―――人生最大の己の失態に対してまったくといっていいほど役に立たないのだった。
*****
翌朝。時刻7時14分。
(あ、あはは。朝になっちった…)
ご紹介に預かりました。あれから寝不足に悩ませられる事になってしまった山田太郎です。ただ今絶賛後悔中でございます。
あの地獄の短期研修から生還し、あれから5日が経ちました。
そう5日です。
研修6日目にヴィータと話し一方的に罵詈雑言ぶちまけたあの日から5日がたったのだ。冷静になって考えるには十分な時間だ。もちろん後悔するのにも十分な時間だ。
というか、帰って早々に俺は自分のあんまりな醜態に悶絶。壁に頭突きをするなどの奇行にはしった。
そんな精神状態なので最近は熟睡できた記憶がない。
「何で俺はあんなこと言っちまったんだ……」
今考えてみる。なぜあのタイミングで自分があそこまでブチ切れたのか……やっぱ日ごろのストレスが原因だったのかな。
が、どう言い訳したところで自分の愚行が消えるわけではない。今の俺は『人畜無害の平凡少年』ではなく『女の子を泣かせた鬼畜野郎』という称号を背負ってしまったのだから。
「…シャレにならん」
さらに、俺が密かに恐れていることがある。いや、最も恐れている事態――――なのは達のことだ。
考えみてほしい。もしも身近な友達が誰かに泣かされた、いじめられたなんて聞いたら皆はどうする?
けんか、いじめうんぬんはおいといて先ずはその原因となった人物に詳しい話を聞きたいと思うだろう?
さらに言えば、感情的になりやすいまだ精神が発達途中の子供なら――――言わずもがな優先されるのは『感情的』な方だ。
まあ、それが彼女達に当てはまるのかはわからない。だがいくら大人びているといっても子供は子供だ。納得できないことはとことん納得できない。
その結果、俺の不安は夢という形で現れた。
※音声のみでお楽しみください。
「……なんでヴィータちゃん泣かせたの?……ねえなんで?ねえねえねえねえねえねえ……」
「……フム、貴様に人の血が流れているかその頭をカチ割って確かめてみるか――レヴァンティン!」
「ちょっ、まっ――――ギャァァーーーーーーーーーーー!!」
BADEND
こんなんで眠れるわけねーだろボケェェエエ!つか怖ええよリリカル主人公!それ以前になんでシグナムいんの!?どーなってんの俺の夢ぇ!?
ハァ…もう正直このままベッドに潜っていたいけど、カーテンの隙間から差し込む光がダイレクトに俺の顔に当たり、しつこいくらいに朝の訪れを知らせてくれる。時間的にもそろそろヤバイ。
もちろん今日も士官学校の講義はあるし保管課の仕事もある。
「講義行きたくねぇ~…」
――とは言うものの、時間は待ってくれないし講義も待ってくれない。うだうだ言いながらも俺は制服に着替え始める。
目に隈を作りながら5日目のけだるい朝は始まった。
*****
結論から言えば講義の内容はまったく頭に入らなかった。
目下、俺の頭を埋めているのは言わずもがな、ヴィータのことだ。
さすがにあんなことをしてしまったんだ。一言、謝るくらいしないと。とまぁ、ヘタレなワタクシです。精神年齢30です。……でも、
(はあぁ~。どうすりゃいいんだよ)
俺は彼女に対する苦手意識もさることながら元は被害者加害者で割り切っていたのだ。自分から壁を作り、距離を置いていた存在に今度は自分から進んで接触するなどビビリの俺には難易度が高すぎる。
(自分で吐いた言葉で首絞めてらあ…)
さっさと謝って楽になりたいとか……
(でも、……俺って―――)
どうしたいんだろう?
「――はぁ」
もう既に講義は終わっており何人かは席を外し、いくつかのグループになっておしゃべりを開始した。もう休み時間か。
ちなみに俺は机に突っ伏してます。だって寝みぃもん。
―――――ぐぎゅごごごごおおぉぉ…
が、どうやら三大欲求の一つは俺の眠りを妨害する気満々のようだ。
(……そういや、朝飯食べてなかったっけ。その上弁当も用意してなかった)
最悪やん。
「…しゃあない。どっかで買ってくるか」
そう思い立ち、だるそうに席を立つ。
「失礼する。タロー殿はおられるか?」
突如、教室の入り口あたりから鈴のような声が響いた。突然の事だったので特に意識せずにドアの方に視線を向けると、
一人の少女が立っていた。
身長は大体130cm程。服装はウチの士官学校の制服ではなく陸士訓練校のもの。青色の髪と藍色の瞳が印象的だ。だがそれ以上に彼女の髪型、背中まである長髪になぜかもみ上げ部分だけが見事なタテロールだ。その上、ミッド(というか現代)では聞くことはない独特な喋り方―――
「おお!ここにいたでござるか!」
いわゆるサムライ口調。
そんなござる少女が俺の存在に気付きこちらに来た。うん、顔見知りなんだよね。
「……ありゃ?ルッチー?どしたん?」
と、突然現れた少女にそんな風に声をかけたのだが…
俺の言葉に少女はぎゅっと眉根を寄せた。
「む…タロー殿、拙者はその呼び名はあまり好まないのだが…」
「あ、ああ、すまんルティエラ。いつもソゥちゃんが言ってるから耳に残ってて――」
「『瑠璃(るり)』」
「――へ?」
「拙者の名は瑠璃でござろう」
「は?……いやいやいや、そっち本名じゃないっしょ?」
「…たしかに『ルティエラ・バルティエール・フォン・ファブリツィウス』は家柄を含め拙者を示す名である……だが、それは拙者の名であって名にあらず!」
声大きいよ。皆見てるよ。目立ってるよ。
「拙者は無情な一振りの刃。それを己に課すために得た名――いや、そう望んだからこそ得た名が『瑠璃』。拙者の誇りであり仁義でござる」
うん、今日も絶好調ねキミ。
おっと、いい加減ちゃんと紹介しないとな。
この少女の名前は「ルティエラ・バルティエール・フォン・ファブリツィウス」。歳は俺より3つほど下の13歳。
陸士訓練校の方に通っているんだが短期研修でいろんなトコに顔出してるんだとかで仕官学校の講義にもたまに出てるのだそうだ。
彼女のご先祖様は昔、古代ベルか時代に存在した数多の王の一人に仕えていたとか何とか…。今は聖王教会の方で騎士をやっているのだそうだ。かくいう彼女も騎士見習いなんだってさ。
そういえば最初に会ったのは半年くらい前だったか。
たしかいつもみたいに保管課で弁当食いに行くときに教室出たとこの廊下でソゥちゃんと一緒に並んで歩いてたんだっけ。
『おお!タローおっす~』
『おっすー…ってソゥちゃんその隣の子は?』
『…』
『んお?ルッチーだよ?』
『…(むっ)』
『ちょい、なにその「もう知ってるよね?」みたいな返答は。初対面だし初対面』
『はじめまして!ソゥちゃんです!』
『お前ちがう!隣の子!』
『なぬ!ナンパだなっ!』
『ちがうわ!』
『ぶぅ~…ちまらん~』
『…』
『ほら、隣の子があきれちゃってるじゃんかー』
『………ルティエラ』
『へ?』
『おおう。ルッチーツンデレちゃんだ~』
『…』
『え、え~とルティエラ…ちゃん?はじめまして俺はタロウ・ヤマダ。ファイナル常識人です』
『………(ぷい)』
『あ、あれ?』
『…(すたすた)』
『(って完全に無視されたぁぁーーー!?)』
『あはは~タローふられてやんの~』
―――ああ、そういえば最初は見事に相手にされて無かったっけな。無言で俺の横通り過ぎて通行の邪魔だといわんばかりの視線ぶつけられてたっけな…はは。
確かそん時にソゥちゃんから聞いた話では訓練校との合同で摸擬戦をした時にソゥちゃんとぶつかったのがルティエラなんだとさ。
しばらく後になって聞いた話ではルティエラは陸士訓練校でも同年代では相手にならないくらい強く、年上でさえも勝てないと言われる位の実力があるんだと。今まで負け知らずだったらしいが、ソゥちゃんとの摸擬戦で――見事に完敗した。
まあソゥちゃんだしね。仕方ない。
でも本人は納得できなかったそうで、何かあるたびにコッチに来てソゥちゃんに摸擬戦を申し込んで来るのだ。完全にライバル視してるなこりゃ。
さて、ここまで聞いてみると俺と彼女との接点は皆無、という程ではないにしてもせいぜいが『知り合いの知り合い』ぐらいの認識しかなかったんじゃないかと俺は思う。
まあ今の彼女になったのにはちゃんと理由もありきっかけもあった。
それは俺がいつものように訓練場で魔法訓練をしていた時だった。その日は自作デバイスとバリアジャケットのテストをしていた。
『……ううむ、ジャケットの展開速度が遅いなぁ。引っかかったとき首絞まるし、マフラータイプのヤツはボツかなぁ』
『…(すたすた)……ん?』
『これはどうだろ…………動きにくッ!?裾が邪魔すぎるやん…。誰だよ着物は戦闘服なんて言ったやつは!…………俺か』
『………………………………ッ!!??』
『はぁ、これもボツ……あれ?』
『………(すたすたすたすた)』
『あれ?君は確か、ルティエラちゃ……え?』
『…(すたすたすたすたすたすたすたすたすたすた!)』
『うおおお!?(なんかすごい速さで接近してきたッ?!競歩か?競歩なのか!?)』
『!!(ガシッ)』
『ちょ、ま(腕つかまれた!?てか捕獲された!?だ、誰かヘルプゥゥ!!)』
『そのデバイスをどこで?!』
『――――――はへ???』
『どこで手に入れたの?製作者は?バリアジャケットのデザインは誰が!?』
『え?ちょ、ちょっと』
『タイプはミッド?ベルカ?これストレージ?AI積んでるようには見えないけど?管理局でも見ない型式だし教会でもこんなの見たことない!』
『ゆ、ゆさ、揺さぶらないで…うぷ』
―――とまあ、これがきっかけとなりルティエラの方から話しかけてくることが多くなった。実はこの後も結構大変だった。
俺がバリアジャケットとかデバイスを趣味で作っていると聞いたときの彼女の豹変ぶりは…なかなか怖かった。
その日を境に、事あるごとに俺に会うや否や『バリアジャケットのデザインをしてくれ』とか『デバイスを製作してほしい』とか言いながらなんか重そうなアタッシュケースを押し付けてきたり……結構な重さに中身を見る勇気がなかった。もちろん丁重にお返しした。
だが、彼女の行動力はそれだけにとどまらなかった。
俺がいつもデバイス開発や作成とかに整備士達が使っている整備室を借りているのをどこで聞いたのか、そこにまで彼女が押しかけてきたのだ。その上厳重に封印していた俺の黒歴史ノートを見られるはネタ魔法を見るや弟子にしてとか言い出すわ……
俺は確信した。
このコ……厨二だ!!!!
―――最初会った時なんかは俺作の厨二バリアジャケットにめちゃくちゃ興味を注いでたし、整備室に山積みになってた失敗デバイス―――もとい、『厨二デバイスシリーズ』という厨二魂の名の下にノリと勢いだけで作り出した欠陥だらけのデバイスを見て、「すべて買い取る!」なんて言い出すわ、ある日を境にサムライヴォイスになってるわで……
あれ?何で俺の周りってキャラ濃いやつばっかなの?
「タロー殿?タローどの~?」
「……はっ!」
遠い彼方に向かっていた俺の意識が引きもどされる。
「どうしたでござるか?遠い目などして?」
……貴女の厨二爆裂キャラ濃度に眩暈がしたなんて言えませんです。
*****
「時に、アラニア殿はまだ本局の方に?」
「ん?ああ、一昨日出たから多分あと5,6日くらいはあっちにいると思う」
購買でお昼を確保し、ルティエラ―――瑠璃と廊下を歩きながら話題がスーさんの話になった。
実はスーさん、現在は保管課の席を空けている。
二ヶ月に一度くらいのペースで一度、保管課での押収品とかの報告に本局に行かないとならないのだ。
別に通信とかで済ませればいいじゃん。と、誰もが…というか俺も最初は思ったのだが、一ヶ月分以上の押収品などの納品表から細かな取り決め報告その他…などなどあるからどうしても時間がかかってしまうのだ。通信で話せない内容もあるとか無いとか…。まあ、まがりなりにもロストロギア類も預かってるからねウチ。
「むむ、大丈夫でござるか?アラニア殿がいない分、そちらも多忙でござろう?」
「…まあ、なんとかなってるさ」
たしかにスーさんがいない分、仕事量も増えて保管課も結構な忙しさだけど……今の俺にはありがたかった。
せめて何か手を動かしてないとヴィータのことで気が滅入りそうだからなぁ…。
逃げてるって分かってても、中々踏ん切りがつかない。このままでいいのかどうかも……
「みつけたぞぉい!ここであったが五時間めぇ~!」
と、マイナス思考になりそうになってると、保管課の休憩室の前にすでに見慣れてしまった深緑のクセ毛少女が仁王立ちする姿が目に入った。
「…なにしとんねん」
マイナス思考も手伝って、げんなりする。
ソゥちゃんがあらわれた!
どうする?▽
・たたかう
・かたたたき
・アメちゃん←
・にげる
昼飯に時間かけるのもシンドイし回りくどいのもメンドイのでさっさと賄賂交渉に出る。
「ほれ、アメちゃんやるからそこどいて」
「わ~ぃ…っと、そ、そのてにはのらないぞ~」
ちっ、だめか。最近アメだけでは効果がなくなってきたな。
「…タロー殿。ここは拙者にお任せを」
と、後ろで様子を見ていたいたルティエ――じゃなくて瑠璃がユラリと俺の前に出た。
「この瑠璃、一振りの太刀のもとに主君の道を切り開いてご覧に入れましょう」
君も何言っとんねん。不敵に笑うな不敵に。
「くっくっく。そうは問屋がおろしダイコン…!」
「ふっ……ならば押し通るまで…!」
「何でもいいけど早くしてくれ」
*****
激しい戦いの末―――割愛。
まあ、とりあえずは休憩室で昼飯を食い終わり三人で食後のお茶を堪能。あ、お茶は俺が入れました。スーさんほどではないが俺もそこそこ上手くなったんじゃないかと自負している。
ソゥちゃんはモデル(というか筋肉)雑誌を読みながらハッピーターンをぽりぽりつまみ、瑠璃は静かにお茶をすすっている。俺も休憩室にあるテレビの声をBGMに片手間に端末をいじっている。
と、なんかテレビが騒がしいなぁ、と視線を向けると
(…あり?)
見覚えのある銀髪が――…神崎ナントカくんだ。女子アナウンサーが若干興奮気味にニュースを読み上げる。
『―――時空管理局の最強エース。神崎彰吾は第××管理世界でテロリストを一網打尽!その後も他の管理世界で……』
ニュース映像で銀髪くんが銀色の魔力光で光る剣を振り回し、テロリストをばさばさ切り飛ばす映像が流れている。うわー無双じゃん。
あれ?でもそのわりに銀髪くんなんか必死の形相というか血の涙ながしてるように見えるような見えないような?幻覚?
『チクショーーーーー!!なのはぁーーーーーーー!!撃墜イベントォーーーーーー!!』
なんて叫びながらどこから取り出したのか剣やら斧やら槍やらがガトリングみたいに次々と発射されていく。なにがあったんや銀髪くん。
「……品の無い」
と、瑠璃がテレビに目を向けていたが、ぽつりと何かを言ってすぐに視線を外した。
品が無いって、アナウンサーに対してなのかな?
「おお、そういえばタロー殿」
「おう?」
瑠璃はお弁当と一緒に持ってきていた赤い花柄の風呂敷包みを丁寧に広げると、中は数冊の本があった。
「このあいだ貸していただいた読物、読み終わったのでお返しする。いやー良い参考になったでござるよ!」
「お、おお、そうか。それはよかった…」
「しかし、拙者もそれなりに騎士の剣術は目にした事はあるがあのような剣術が存在していたとは……!三刀流なる流派にも驚いたが、しかしあれは幻術魔法の類なのだろうか?…九刀流…」
「…はは」
「はいは~い、ソゥちゃんはロケットパンチうちたいです!」
「…人体の構造的に無理だからあきらめろ」
うんまあ、瑠璃がなぜサムライ口調になったのかも実は“コレ”が原因なんよね。
俺がいつも休憩中に読んでる家から持ち込んだ漫画に興味を持ったのがキッカケでよく漫画を借りに来るようになって―――特にホッペにバッテンのあるサムライが一番のお気に入りでリスペクトしまくった結果があのサムライ口調なのだそうで…。
厨二パワー恐るべし……。
それ以来、日本のMANGA文化に興味津々で近々地球に観光に行くとか行かないとか……。ホント行動力ハンパない。
「ううむ、まだ九頭○閃も完成していないのだが…しかし月牙天○も捨てがたい…」
「タローみてみて~鼻○真拳~」
「バインドで遊ぶな」
いや、それ俺が教えた魔法じゃん。
*****
「―――タロー殿」
食後のお茶も飲み終わった時、瑠璃が神妙な顔でこちらに向いた。
「んう?どうした?」
ずいぶんと真剣そうな顔だから少しビビる。
「いや、いきなり不躾ではあるのだが…」
「こくはくか!!」
…
………
………………
とりあえず会話に乱入してきたソゥちゃんの鼻を思いっきりつまんでやった。
「ふに!?ふにぃぃ~!?は、はにふうのぉ(なにするの)~!?」
「コイツにかまわず続けてくれ」
「では失礼して――」
瑠璃のほうも特に気にかけていない様子。まあいつもの事だし。
しかし、そんなユルイ空気を、
「――タロー殿、此度の短期研修どうでごさったか?」
消し飛ばすかのような瑠璃の問いにビクッと体が反応してしまう。
「え、ええ…ええと、その」
突然の事に要領を得ない俺の言葉に、
「回りくどいのはやめにする。短期研修で何があったでござる?」
「う゛…」
ストレートな物言いに、ついにぐうの音も出なくなってしまう。
な、何だろう、気付かれてた?ってかそんなに分かりやすかったのか?
「未だ半年ほどの付き合いとて、タロー殿が気落ちしているのは拙者でもわかったでござるよ」
「いちち…タローって隠しごとへたっぴだもんね」
鼻を押さえながらソゥちゃんが言った。
うああ…はっずい!!しかもよりにもよってソゥちゃんに言われた!ってかソゥちゃんに言われたぁ!
…大事なことなのかどうかは分からないが2回言っといた。
「話せぬ内容であるならしかたないが、拙者たちに相談できるなら話すだけでも気持ち楽になると思うのだが」
「オーイエス!」
瑠璃は胸に手を当て真摯な視線を向け、ソゥちゃんは満面の笑みでサムズアップしていた。
――いかん、ちっとホロっときそうだった。
「あはは…、なんかスマンな気を使わせちまって」
「いやいや、拙者も普段はタロー殿に相談を持ちかけている故。何分アラニア殿のようにはいかないかもしれぬが、相談役を勤めさせてもらうでござる」
そうだな、じゃあちっと愚痴らせてもらおうかな。
*****
そんなわけで短期研修での経緯を説明した。あ、闇の書とかリンカーコアの事とかはちゃんと伏せた上でだ。
「うん、タローは最低ヤロウだね~☆」
「ぐはッ!?」
ソゥちゃんの第一声、見事に俺のハーツをえぐる。ええ、もっともでござんす。
「ミドリ殿、そのような言い方は無いと思うのだが…」
ソゥちゃんを諭すように言う瑠璃。あと些細な事なのだがなんでソゥちゃんのことミドリ殿なんて呼ぶんだ?
「え~、でも女をなかせた男は世界の敵だってこないだよんだ本にかいてあったよ?」
なんだよその過激な本は。
「『恋する乙女の涙は大津波を起こす』って本」
「なんつー破滅タイトルだよその本」
「恋愛小説だよ?」
その乙女、人類を滅ぼしにかかってないか?
「フム…」
若干話が脱線している中、瑠璃はあごに手を当て難しい顔をしていた。
「…中々難しいでござるな。状況から言えば言い分はタロー殿にあるでござる。……しかし、その騎士殿の心情も考えると明確な悪が存在しないのもまた事実」
ヴィータはそれが犯罪(人を傷つける)と分かっていてやった。けれどそこに悪意は無い。それが罪と糾弾できるが悪とは言い切れない。そこに被害者である俺の存在。例えるなら何だろう?
悪戯をした子供と叱る親?学校の先生と生徒?
「よくわかんないけど、こういうときはさっさと謝っちまおうぜユ~」
ソゥちゃん、もしかしなくても全然話聞いてないんじゃね?
「それで解決するならばいいのでござるが……それでは精神的に相手を追い込む事になるでござる」
うぐ…そうだよなぁ…。
「しかし、今現在タロー殿が悩んでいるのはそのような理由ではないのであろう?」
「へ?」
間抜けな声を上げてしまう俺。
そんな彼女は呆れ半分、心配半分の表情で俺に視線を向ける。
「タロー殿は、優しすぎるのでござる」
優しい?俺が?
「む~んタローどんかん~」
俺は訳がわからないよ。という顔になっているとソゥちゃんがそんな事を言った。さらににわけわかめ。
「タロー殿、普通このような状況であれば「いい気味だ、せいせいする」と思うのが当然の反応でござるよ」
「…」
どうだろう、俺はそこまで深く考えたりしたことなかったけど。何時も目先の事でイッパイイッパイだし。
「だというのにタロー殿は自分を傷つけた相手に対しても心を悩ませ気にかけているなど、ベルカでは背中を切られても文句は言えないでござるよ?」
え、えらい物騒な例えですな。
「普通ならそれくらい憤るものでござるよ?しかしタロー殿はそうしなかった。たしかにその者に怒鳴り散らしわめき散らしはしたがタロー殿は距離を置くことを主としてその騎士殿をこれ以上傷つけまい、という意図を感じたでござる」
「……そんな」
そんなわけない。
俺はそこまでできた人間じゃない。
距離を置いた理由なんて分かりきってる。そんなの―――俺が臆病だからに決まってんだろ。嫌なもの怖いものは遠ざける、避ける、逃げるしかないんだから。
立ち向かう度胸も向き合う勇気も無いんだから。
じゃあ
じゃあ、なんで―――
何で俺は、ヴィータを気にする必要がある?
あんなにも、負の感情をぶつけた相手なのに―――
『憎しみ』をぶつけたくないと、心のどこかで……
「タロー殿」
耳に浸透する、凛とした声に我に返る。
「もしタロー殿が騎士殿に対して引け目を感じているのならば、ここは思い切ってその者と会談の機会を設けてみてはどうかと」
「解体?」
「会談な。会って話すって事」
ソゥちゃんのヨコヤリボケにやんわりと突っ込む。
「拙者としては会って話すだけでも現状悪くない選択だと思うのだが……どうだろうか?」
そうだな…。
うじうじするくらいなら「さっさと謝って楽になる」方がいいよな。
いや、謝る謝らないとかじゃない。
少なくとも「今」よりは断然いい。何かする方が何もしないより後悔は少ないはずだ。……多分。
と、俺が沈黙しているのをどう勘違いしたのか、瑠璃は少し唸る。
「…むむ、会うのに不安があるのならここは言いだしっぺの拙者も同席させてもらうがどうでござる?」
いやいや何を言い出すんだ君は。お母さんか?お母さんなのか?
「……フム、母役か。これは難しそうでござるな…いや、何事も経験でござる。子を持った経験は無いが、この瑠璃めが母役を見事に勤めさせてもらうでござる!」
待て、なぜそうなる?
「じゃあソゥちゃんパパになる!」
待て、なぜそうなった?
おーい。話し聞いてるかー…ってだめか。なんか俺そっちのけで二人でキャイキャイとガールズトークみたいになっちまってる。やれ割烹着が母の決戦兵器とかヒゲつけたほうが威厳あるかとか……。
ったく……さっきまでのシリアスは何処えやら。
「タローなにニヤニヤしてるのさ~気色わるい~」
「ふふ、やはりミドリ殿にはヒゲは似合わないのでござろう?」
なんだか、いつも誰かに助けてもらってばっかだなぁ俺。
*****
「――おし!大丈夫だ何も恐れる事は無い!」
マンションの部屋をうろうろ、独り言をブツブツと挙動不審な少年が一人―――そうですワタシが山田太郎です。
俺ってここぞって時に限って優柔不断だからなぁ…
「大丈夫ダイジョウブ、無問題モーマンタイ……」
とりあえずこのあいだの事を謝りたいって口実で話そう。謝るかどうかは別問題にして。
もうヴィータとは無関係というわけにもいかないしな…。
まあでも積極的に交流をするのかといえば、答えは否。
連絡はそこそこ会うことはあまり無いという感じの電話友達的ポジションが一番望ましい。
「おっしゃーかけるぞー、ホントにかけるぞー、今だっ!今しかないっ!」
―――ホント優柔不断でゴメンネ。
渋りに渋って30分。ようやく端末のメニュー画面までたどり着く。
後はここから―――
「―――あれ?」
ここで、俺は動きが止まる。別に今になって「やっぱやめよう」なんて思ったわけじゃない。けっして。
ただ俺はあることに気付いたのだ。
今の今まで忘れていた、彼女と会う前に事前に連絡……する前の心の準備……………………………………………………のそれ以前に、そもそも
「俺…………………ヴィータの連絡先知らない」
…
………
………………
―――――――っは!!?
「い、いかん。あまりのショックに意識とんだ……」
とりあえず寝床に鎮座する目覚まし時計を確認。―――多分5分くらい気絶してたっぽい。
「――ってかどうしよう。ガチでヴィータとの連絡手段が無くなった」
アワアワと軽くパニックになる俺。
しかし、心のどこかで『会うことが無くて安心』してしまっている自分がいる。
「…」
別に無理に連絡取る必要は無いんだ。時間が経てば大体の事は落ち着いてくるものだ。急ぐ必要性はない、勢いだけではロクなことは――――
「―――バカ言うな」
折れる寸前だった心に、活を入れる。
「はぁ、悪い癖だな。弱気になるとなんもかんも避けようとするのは」
そうだ、今は俺だけの問題じゃあないんだ。周りのみんなに心配をかけっぱなしじゃあカッコつかない。それに、ヴィータの事も―――
真剣に向き合うって決めたからな。
「―――あ」
と、パニックも収まった頃に落ち着いてみれば意外と問題はあっさり解決した。
「…本人は無理でも知り合いなら!」
そうだよ、いきなり本人とはさすがにお互いに刺激が強すぎるだろうし、間にワンクッションおけばこないだみたいな事にはならないはずだ。
しかも、ヴィータと知り合いの…心当たりのある人物の連絡先を二つも持ってる。
早速メニューから切り替え、登録されている名前から探す。―――までもなく見つかった。
・クロノ原尾
xxxx‐xxxx
・フェイト原尾
xxxx‐xxxx
……後で直そう。
「さて、となると」
少し考えるそぶりを見せたが、俺は迷わずその人物の番号をプッシュ。
選んだ理由は至極単純。ヴィータの近くに一番いそうで、それなりの気配りができて、なおかつ……
『―――――はい。あっ、タロー?』
「おす。夜遅くにわりぃな、フェイト」
ヴィータと同姓だからだ。少なくとも同じ女の子同士なら気兼ねしなくていいかなーという俺の希望的観測だ。
『ううん全然!…でもどうしたの急に?』
「…ええと、どこから説明したらいいか。長くなりそうだけど時間大丈夫か?」
『うん』
*****
『――――そうだったんだ……そ、その、ごめんなさい』
「へ?」
いきなりフェイトが謝ってきた。なんで?
『私、タローの事、ちゃんと考えないで…ヴィータと会った方がいいなんて……』
「…喫茶店の時の?」
『…ん』
あ~。確かにそれっぽいの言ってたっけ。
「気にすんな。元々先延ばしにしていた俺にも問題があったんだし」
『…でも』
「まあ、ぶっちゃけこれからいい方向に向かうかどうかはフェイトの協力次第だから。といってもヴィータと話せる機会を作ってくれるだけでいいんだ」
もう他力本願です。オレカッコワルイ。
『うん。それはもちろんだよ!』
ううぅ、なんか利用してるみたいで良心が…
『――――あ、でも』
…アレ?やっぱムリ?
『ううん、そうじゃないの。………』
フェイトは少し言い難そうにしている。
や、やっぱしアレか。我らが主人公NANOHAさんが鬼の形相とか。ヴォルケンズが臨戦態勢とか―――
『じつは……』
俺は戦々恐々としながら言いよどむフェイトの次の言葉を待った。
しかし、こればかりはオレの予想範囲外だったのだ。
『ヴィータね、しばらく帰ってこないんだ』
………………
「はい?」
『えっとね、たしか無人管理世界で航空部隊演習があるって…。何日か前に本局によってから出たみたい…』
え?え?
『なのはとはやても一緒みたいなんだけど……念話も通信も届かないくらい遠いから、たぶん今は連絡できないと思うんだ……』
そ、そんなバナナ!?
「あ、え、あ、ええと、じゃあその何時ぐらいにこっちに戻ってくるかな?」
あ、これってフラグなんじゃ―――――
『えっと、多分―――――』
『―――――………10日後…かな……』
――――――――長っ
フェイトの返答に、全身から力が抜ける。
「ぉぉぉぉ……」
『タ、タロー!?しっかりして!』
通信画面の向こうで慌てだすフェイト。しかし彼女の心配そうな声はもはや俺には届かなかった。
今度こそ、俺の心はポッキリと折れた。
(―――俺の勇気かえせぇぇぇぇえええええ!!!)
*****
目が覚める。
「…」
目を閉じる。
眠気は来ない。
「…っ」
うっすらと目を開ける。
視界に映るのは薄暗い部屋。
目の周りがひりひりする。
喉が渇く。
部屋を見渡す。自分が今ベッドで横になっている事を知る。
あたし、どうして寝てるんだろう?いつから寝ていたんだろう?
記憶を探る。
過去を掘り起こす。
やめろ。
思い出すな。
考えるな。
――――思い出した。
「っ―――ぁ……あ゛あ…」
思い出した。
「た、ろ……」
―――そうだ。あの日、あたしはタローに会いに行った。
その日以来、あたしは部屋から出ていない。
あれから、どれくらい時間が経ったのだろう?
1日?3日?一週間?
布団を押しのけ、ゆっくり起きる。
間接がくきこきと鳴るのが分かる。
髪の毛が口の中に入ってた。
「…あたし」
彼の言葉が、耳にこびりついて離れない。
「――――……う、ひぐっ…」
何泣いてんだあたし。
あたしにそんな権利なんてない。
布団をきつく握りしめ、歯をくいしばって涙を抑えようとする。が、
―――っ―――っ。
あれだけ泣いたのに、あれだけ涙を流したのに、
もう枯れたのかと思ったのに。
「―――…ひぅっ―――…ぅう――」
頬を伝う雫が布団に落ちる。
――――『償う』ってなんだよ!あんたに一体『何』ができんだよッ!!!
あたしができることって何だ?
騎士として、人を守ること?
騎士として、目の前の脅威を取り除くこと?
……それがいったい何になる。
そうすれば彼の体は治るのか?
リンカーコアは元どうりになるのか?
「――…ぁたし、何もできない……」
彼の命を奪おうとした私が、彼を守る?
あたしにそんな権利があるのか?
それを彼が望むのか?
「――――……ぅ、ううああぁ、ぁぁぁ」
胸の奥が、黒い何かに浸食されていく。
ズクズクと傷に沁み込むように痛みだす。
耐えられない。
痛い。
いたい。
けきょくあたしは、
「たろーを、きずつけただけだった」
償う、なんて最初から、自分が罪から解放されたいという口実でしかなかったんだ。
今更、ソンナコトデナゼ悩ム?
アタシハ今マデ、ソンナ“些細”ナコト気ニモ留メナカッタンジャナイノカ?
今マデ散々、多クノ命ヲ潰シテキタ“アンタ”ガ――――――
「やめろおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!」
大声を張り上げ、『内側』から聞こえてきた声を塗りつぶす。
「……はぁ、はぁ、ぁ…ゲホッ…」
後ろに倒れ込む。息が乱れる。
意識が薄くなる。
気絶するかのように、彼女は再び眠りについた。
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一か月以上も空けてしまって申し訳ありません!!
シリアスがヘタすぎて泣きそうな作者です。
そしてゴメンネゲボ子…ここまでドロドロにするつもりじゃなかったんだ…。
と、とりあえず次回!
【次回】
スーさん「あなたはどうしたいの?タロくん」