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No.33454の一覧
[0] 【チラ裏から】高町なのはの幼馴染(全裸)[全裸](2014/11/12 02:33)
[1] 新人二人と全裸先輩[全裸](2012/06/21 09:41)
[2] 機動六課と雑用担当全裸[全裸](2012/07/02 14:42)
[3] 聖王教会と全裸紳士[全裸](2012/07/15 23:22)
[4] 狂気の脱ぎ魔と稀代の全裸[全裸](2012/07/15 23:23)
[5] 機動六課と陸士108部隊[全裸](2012/08/15 02:00)
[6] ツインテール後輩の苦悩と全裸先輩の苦悩[全裸](2014/11/12 02:33)
[7] オークション前の談話[全裸](2012/10/21 03:18)
[8] オークション戦線[全裸](2012/12/06 04:50)
[9] 女装系変態青年の宣戦布告[全裸](2012/12/06 04:47)
[10] ナース服と心情吐露[全裸](2013/12/07 14:05)
[11] 閑話[全裸](2014/02/01 01:52)
[12] 全裸と砲撃手[全裸](2014/04/15 19:24)
[13] 全裸と幼女[全裸](2014/08/19 01:07)
[14] 全裸と幼女とツンデレと機動六課という魔窟[全裸](2014/11/12 02:42)
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[33454] オークション戦線
Name: 全裸◆c31cb01b ID:ae743e2c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/06 04:50
 オークションとは名ばかりで、元来、ホテル・アグスタで開かれているオークションでは商品が落札されることは少ない。
 その理由としては、オークションではなく博物館のような雰囲気に近いからだろう。
 VIP級の人物が数多くいるものの、有名なオークション会場に足を踏み入れてみたいといった好奇心から、一般的な人物も数多く訪れるのがその証拠と言えるかもしれない。稀にだが、危険度の欠片も無い骨董品のようなロストロギアも出品されるため、最近ではますます骨董品に興味がある人物が足を運ぶ“博物館”のようになっていた。
 ところが、今回のオークションはいつもと雰囲気が違っている。
 いや、正確にはとあるロストロギアが出品された瞬間、今までのオークションの雰囲気が一変したのだ。
 出品される商品の解説役であるユーノ・スクライアによると、その銀の腕輪の形状をしているロストロギア“リフレイン”は、何でも“男性の失われた誇りを元通りにする”といった、何とも限定的な特性を持っているらしい。
 以前の持ち主であった男性は重度の“自信喪失”に見舞われていたが、このロストロギアを手にしたのをきっかけにその誇りを取り戻し、今では美人の妻に一男二女の子供の家庭を築いているようだ。
 このロストロギアが紹介された時、会場内には大きな笑いが起きた。ロストロギアとは名ばかりで、その実態は馬鹿らしい特性ではないか、と余興を求めてやってきた人たちにとってはこの上ないネタとなったのである。
 司会進行の人も会場の雰囲気に気分を良くしたのか、笑みを浮かべながら「えー、ではこの商品を希望する方はどうぞー」などと露骨に煽り、それがさらに会場内の笑いのボルテージを一段階上昇させる。
 だが、そんな雰囲気にも関わらず、“リフレイン”を落札しようと会場の中央で右手を高く挙げた人物がいた。
 その人物は蒼いドレスを着ている。遠目でも分かる艶めいた長髪、見る者を惹きつける豊満な胸元、スカートから覗くカモシカのような美脚、そして力強い意志を感じさせる眼差しと、耽美な相貌を兼ね備えている“美女”と称するに相応しい――そんな、ミッドチルダきっての女装に目覚めた変態が“凛”として在った。
 そんな光景を目の当たりにしたからか、会場内にはざわめきが満ちている。
 まさか、あれが“女装している鳴海賢一”だとは夢にも思っていないのだから、それも当然だろう。なんせ、周囲の人にとっては“ある一人の美女が下ネタ系ロストロギアを落札しようとしている”ようにしか見えないのである。外見のイメージとはあまりにもかけ離れている行動に、疑問や驚愕を覚えない方が難しいだろう。
 だが、そんな会場内において平静を保っている人間も少なからずいる。

「うわー……すっごく嫌な予感はしてたけど、まさかこんな展開になるなんて――まあ、普通に思ってたけど。それにしても、流石はホテル・アグスタの料理ってところかなぁ……でも、スイーツに関してはお母さんの方が美味しいや」
「なのはちゃん、一人で納得しとらんであの変態を止めてきて欲しいんやけど――あっ、このプリン結構イケるやん。ヴィータたちにも後でお裾分けしとこ」
「はやても現実逃避上手いよねぇ――ここのお料理ってタッパーに詰めても大丈夫かな? 大丈夫だよね」

 会場の中心で右手を挙げている変態から少し離れたテーブルで、目の前の光景には全力で現実逃避をしながらも、その一方では器用に豪華な料理に舌鼓を打っている高町、フェイト、八神といった三人娘がいた。
 鳴海賢一との付き合いが長い三人娘にとって、これぐらいのことは造作もないことだ。管理局本局から【鳴海賢一汚染度ランク】のSランク――“鳴海賢一の奇行を受け入れつつも、しっかりと現実逃避を出来る事(鳴海賢一を前にして冷静でいられるのは、普通の人間的にはかえってNGなのである)”の烙印を押されているだけはある、完璧と言ってもいいぐらいの現実逃避ぶりである。
 そして、今回は鳴海のお守り役である三人娘以外にも、この状況で慌てていない人物がいた。
 その人物とは言わずもがな、鳴海の親友であるユーノ・スクライアだ。

 ――このやるせないような呆れ返るような、そんなアンニュイな感覚……うん、賢一が“そこにいる”って感じがするや。

 昔は毎日のように襲い掛かってきた感覚を思い出して、ユーノは薄く笑みを浮かべる。
 ユーノが鳴海と初めて出会ったキッカケとなったのが、“ジュエルシード”と呼ばれるロストロギアを巡り、後に“P・T事件”と呼ばれるようになった一連の事件である。幼き日の高町に協力を仰いだユーノは、なし崩し的に彼女の幼馴染である鳴海とも知り合うことになってしまった。
 いや、正確には鳴海の方から事件に突っ込んできた、といった方がいいのかもしれない。
 もちろん、幼少期の鳴海もよく全裸になっていた。ユーノはそのことを今でもよく覚えているし、忘れようと思ってもインパクトが強すぎて絶対に忘れられないと確信している。暴走したジュエルシードから迸る光の奔流に、剥き出しにしている股間を嬉々として近づけようとするのは、次元世界広しと言えども鳴海ぐらいしかいないだろう。
 ともあれ、あの頃はユーノも鳴海によく振り回されていた。
おそらく、その密度は三人娘に勝るとも劣らないレベルで、鳴海賢一という変態に関わっていると自負している。
 その過去の出来事によって裏打ちされた経験から、あそこで右手を高く天に掲げている女装した変態は紛れも無くあの“鳴海賢一”なのだという事を、ユーノはこの壇上から見下ろして改めて実感した。
 鳴海賢一の隣に立つのではなく、鳴海賢一を遠くから眺め、彼が構成する独特な“世界”を俯瞰することで、あれから十年が経過した今でも当時と同じ感想をユーノ・スクライアはその胸に抱く。

「――やっぱり、君ってやつは生粋の変態だよ。はぁ……」

 随分と久しぶりに、ユーノは鳴海賢一に向けて溜息を吐いた。
 しかし、その溜息とは裏腹に、ユーノが浮かべる表情は笑顔だった。
 これこそが、【鳴海賢一汚染度ランク】のSSランク――“鳴海賢一の変態性に喜びを覚えること”の烙印を押された、ミッドチルダのオンリーワン足り得る由縁である。



「……なんだか、ホテル・アグスタが騒がしくなってる?」

 ホテル・アグスタの傍にある森の中。
 木々の隙間から差し込む月の光を受けながら、ルーテシアは誰に告げるわけでもなくひっそりと呟いた。

「……大方、鳴海の奴が何か騒ぎでも起こしているんだろう」

 その傍ら、ルーテシアの呟きを拾い上げた大柄の男、ゼストが疲れたような口調で答える。
 月明かりはあるものの視界が悪い森の中だが、ゼストはしっかりとした足取りでルーテシアを先導していた。

「……なー。旦那がそこまで呆れる鳴海賢一って奴は、どんだけの変態なんだよ?」

 ゼストの肩辺りを漂っている妖精のような存在、アギトは眉を顰めながら何度目になるも分からない率直な疑問を投げかけた。
 かつて、自分を救ってくれた命の恩人とも言うべき人物が、これほどまで呆れ返っているのを見たことが今まで一度も無かったアギトにとって、それは変態に会うということから芽生えた恐怖心を好奇心へと変えるだけの効果があった。
 だが、ゼストはアギトの疑問に対して無言を貫くばかりで、一度も納得のいく答えを返してくれたことが無い。時には「先入観を持つ方がより危険かもしれない」といった意味深な言葉を返してくれることもあるのだが、アギトにとっては要領を得ない返事でしかなかった。
 それでも、ルーテシアにとっては好奇心を煽る言葉に変換されているのか、薄暗闇を歩く足取りはスキップをするかのように軽やかなものになっている。ルーテシアは無表情が多い少女だが、決して無感情というわけではない。
 長い付き合いであるアギトは、ルーテシアが心優しく割と好奇心旺盛な年相応の少女であることを知っているし、それを前面に押し出してほしいとも思っているが、ルーテシアを取り巻く状況を考えると簡単に口にすることは出来ない問題だとも思っている。
 アギトにとって、ルーテシアはとても大事な“友達”だ。
 だからこそ、安易に踏み込んではいけない“領域”があることも、アギトは肌で感じていた。

 ――……はぁ。変態ドクターだけでも頭が痛いってのに、今度は変態管理局員かよ。ナンバーズも含めて、ルール―の周りにはどうしてこう変態系何某が集まるんだ?

 ルーテシアの“人徳”なのか“不幸”なのか、アギトにはイマイチ計り知れないが心では“人徳”ではないことを強く祈っていた。変態系何某に関わることが“不幸”でなくて何だというのか、年若い少女が背負うにはあまりにも重すぎる“人徳”である。
 しかも、今回の鳴海賢一という変態は、あのジェイルすら一目置くほどの極まった変態らしい。ルーテシアは変態属性にはジェイルで慣れているとは言っているが、傍から支えようとするアギトにとっては、ただの目前に迫った最大級の“不幸”でしかない。

 ――あぁぁぁ……ものっすごく止めてやりたい! ルール―は絶対に鳴海賢一に会わない方がいい気がする。会っちゃったらもう何か、取り返しのつかないことが起きるような気しかしないんだよぉぉぉ……っ!

 アギトは言葉には出さずに身悶えていた。
 そんな挙動不審なアギトを見て、ルーテシアは小首を傾げる。

「……アギト、お腹でも痛いの?」
「へっ!? い、いやいや、何でもないよルール―! アタシはいつも通りの“烈火の剣精”アギト様だってば!」
「……そう、かな? まあ、アギトがそう言うなら私も追及しないけど」
「本当も本当だってば! アタシがルール―に嘘ついたことないだろ!?」
「……この前、私のシュークリーム勝手に食べたこと誤魔化したでしょ?」
「あ、あれは、ルール―がアタシのプリンを食べちゃったからお返しにって……!」
「――静かに。そろそろ、警備部隊の網にかかりそうな距離だ」

 幼稚な喧嘩に発展しそうになっていた二人を、ゼストが静かな声音で押し留める。
 ホテル・アグスタを警備している機動六課という部隊。ジェイルから送られてきた資料からある程度の戦力までは把握したゼストだが、率直な感想としては“かなり異常な部隊”といった内容が正直なところだった。
 そんな力のある警備部隊に奇襲をかけるには、ここら辺が近づける限界の距離だろう――と、ゼストは判断した。今回の目的はジェイルが望むロストロギアの回収と、ルーテシアが鳴海賢一に出会う事である。前者はまだしも、後者は無理に叶える必要は無い。

――こちらが無理に望まなくとも、あの変態なら向こうからやってくるだろうしな……。

 むしろ、そういったこちらが意図しない出会い方こそ、鳴海賢一との初遭遇には相応しいとも言える。かつて、自分や部下たちが鳴海賢一という個人に引っ掻き回された過去を、ゼストはふと思い出した。
 そんなゼストを見て、ルーテシアは思ったことをそのまま口に出した。

「……ゼスト、笑ってるよ?」
「……む? そうか?」
「うん。笑ってるけど、何か呆れてるみたいだった」
「……ふっ、そうかもしれんな。――さて。ルーテシア、アギト、準備はいいか?」

 ルーテシアからの鋭い指摘を受けて、ゼストは半ば自嘲気味の言葉を返しながら、二人からの返事を待つ。

「……うん、大丈夫」
「アタシもオッケーだぜ、旦那!」

 頷きながら答える二人を見て、ふとゼストは考える。
 果たして、鳴海賢一は自分たちに何をもたらす存在になるのだろうか。あの規格外の変態かつ馬鹿ならば、自分たちを取り巻く状況を一変させるキッカケをもたらしてくれるかもしれない—―などと、ゼストは柄にもない事を考えながら、ホテル・アグスタの外観を木々の隙間から眺めていた。



 ホテル・アグスタの屋上。
 その中心に機動六課のヘリを止めたヴァイス・グランセニックは、警備部隊がガジェットの奇襲に応戦している音を聞きながらヘリの点検を行っていた。自分はヘリパイロットであり、前線で戦うのはそれ担当の、それこそ期待の新人であるフォワード組が相応しい。
 そのフォワード組は未だ心身ともに拙い部分もあるが、そこは持ち前の若さを駆使した“成長”も見込めるので、それはそれでアリだろう、とヴァイスは思っている。若者は若者らしく、自分自身で何かを悩んで答えを出してから成長するべきであって、それはその時でしか味わえない青春そのものである――とは、ヴァイスがよく後輩に聞かせていた持論だ。
 当の昔に、そんな時期が過ぎ去ってしまったヴァイスのような“大人”だからこそ、フォワード組のような“子供”から“大人”に成長しようとする後輩たちの、それぞれ違った青春を味わってほしいと思っている。
 ヴァイスがそんなことを考えていると、ヘリに搭載しているストームレイダーが問いかけるように言った。

『マスター、何だかとても上機嫌ですね?』
「ん? まあ、年老いた老兵が夢見る若者の軌跡ってやつに、こうして点検をしながら思いを馳せていたのさ」

 相棒からの問いかけに、ヴァイスは少々キザっぽい発言を返した。
 一方、ストームレイダーはそんなマスターに対して、まるで年上のお姉さんが年下の弟を窘めるような口振りで言った。

『誰が老兵ですか。そういう台詞は、誰か良い人を見つけて結婚して、子供を作って、孫の顔を見て、それからようやく許されるような言葉ですよ?』
「……あれだよな。ストームレイダーって、結構ラファールの影響受けてるだろ? 妙に人間味が強いっていうか、何か“姉貴”って感じがするようになってきたんだよな」
『ええ、ラファールは私にとって尊敬に値する、そんなインテリジェントデバイスですから。鳴海さんのような方に仕えることが出来る、その崇高な精神性は度々参考にさせてもらっています』

 これは間接的にだが、鳴海賢一の人間性を馬鹿にしていることになる、そんな発言になるんじゃないかとヴァイスは言葉にはせずに内心で思った。周囲の人たちや自分のデバイスに馬鹿にされるのならまだしも、他人のデバイスにまで馬鹿にされているのを聞けば、流石の鳴海でも心に突き刺さるモノがあるかもしれない。
 だが、そこまで考えたところで、ヴァイスは頭を振ってその考えを否定する。

 ――いや、こんぐらいで傷つくようなタマじゃねえか、あの馬鹿野郎は。

 ヴァイス・グランセニックが知っている鳴海賢一という男は、そんな生易しい否定の言葉で、自分自身を振り返られる器用な性格はしていない。いつ、いかなる、どんな時でも、あの“鳴海賢一”というスタイルを崩さない在り方は、むしろ酷いレベルの不器用であると言えるだろう。
 そして、その不器用さから来る芯のブレなさが、鳴海の持つ“人徳”に繋がっているのかもしれない。変態かつ馬鹿であり、呼吸をするように当たり前な感じで気持ち悪い発言や行動をして、周囲からの手厳しいツッコミという名の体罰で鎮圧される、そんな日々が日常となっている鳴海だが、彼は周囲から積極的に距離を置かれているわけではない。
 通説としては、鳴海賢一の“毒”が感染した結果とされているが、ヴァイスは別の考えを持っている。
 それは、鳴海賢一は“割と好かれやすい性格をしているのではないだろうか”といった、百人が聞けば百人が否定するような考えだった。
 だが、この考えはあながち的外れというわけでもない、と自分で思ってしまうぐらい、ヴァイスにとってはかなり自信のある考えなのである。
 ただ、周囲の人にこの考えを聞かせたところで、自分が変態の仲間入りをさせられるのは確実なので、ヴァイスは相棒であるストームレイダーを除いて誰にも言ったことが無い。

「結局のところ、人間って奴はいざって時に保身に走るんだろうなぁ……」
『だからこそ、その人には確かな“人間味”があるということではないですか? 何から何まで、自分を犠牲にして物事の解決を図ろうとするのは、かなり異常な性格をしていなければ、とてもではないですが実行に移せないでしょう』
「まあ、そりゃそうだ。誰だって、自分が傷つくのは避けたいだろうさ」

 ストームレイダーの言う事は至極もっともだった。
 ヴァイスはエンジンの点検を済ますと、操縦席に戻って身体を落ち着けることにした。流石は、武装隊に配属されたばかりの最新型輸送ヘリコプターJF704式である。それとなく座るだけでフィットするような感覚は、油断していれば眠りに落ちかねない気持ち良さがある。
 ヴァイスがあまりの居心地の良さに目を瞑ると、そんな彼を見かねたようにストームレイダーが口を挟む。

『それなら、過去のトラウマからなかなか前に足を踏み出せない――というのも、人間味が溢れていると言えるのかもしれませんね。ただ、この場合には最終的に足を踏み出すところまでいかないと、ただの意気地なしで終わってしまうのが厄介ですが』
「――それは、アレだ。きっと、そういった不幸に酔ってるだけなんじゃねえかな。ただ、本格的に酔いが回り過ぎて、自分だけじゃ真っ直ぐ歩くことも出来ない……どうよ? 割とイイ線いってるんじゃね?」
『ええ、流石はマスターです。自分の事はよく分かっていらっしゃる』
「……お前はいつから、マスターに対して皮肉を言えるようになったんだろうなぁ」
『それはきっと、ラファールのおかげでしょうね』

 ああ、とヴァイスは天井を仰いだ。
 本当に、あの奇想天外なコンビはロクな影響を及ぼさない、と思うと同時に、あのコンビは誰かを変えることが出来る奴らだ、とも思う。それは人だけじゃなくて、時にはデバイスすらも巻き込んだ影響力を持っているのだろう。

 ――だとしたら、俺も変われるだろうか。

 ヴァイスは思う。自分はあの日から、きっと一歩も前に進んでいないんだろう。ストームレイダーの皮肉の通りで、今の自分は鬱屈とした“人間味”と同居しているに違いない。過去の自分が犯したたった一つの失敗が、こうして今の自分を苦しめている現実に、ヴァイスは悲しみや憤りではなく、ただただ呆れるばかりだった。
 それと同時に、こうして呆れる事しか出来ていないから、今まで変わることが出来なかったんだろう、前に進むことが出来ていないんだろう、とも思う。こんな不甲斐無い自分に憤れていれば、今頃はきっと一念発起してストームレイダーを手に取っているはずで、そう出来ていないからこそ、自分の相棒は今もそこにあるのだから。

「なあ、ストームレイダー」
『はい、なんでしょうかマスター?』
「俺は、機動六課で変われるかな?」
『それは、きっとマスターが決めることですよ。武装隊に戻るのも、ヘリパイロットとしてこのまま行くのも、その全ては本人であるマスターが決めることです。――いえ、正しくは決めなければならない、でしょうか』
「……お前は本当に、厳しい性格してるよ」
『ええ、マスターのパートナーですから』

 ストームレイダーは“凛”としてそこに在った。
 そのことが、ヴァイスはとても嬉しい事であると同時に、マスターである自分が情けないとも思う。ストームレイダーはあの日から変わらない、いや、むしろ少し強くなっている、そんな気がした。それは気のせいなのかもしれないが、だとしたらそれはマスターである自分が不甲斐無いからなのだろう、とヴァイスは簡単な推測をしてみる。
 それはまるで、情けない男を支えている強い女みたいだ、とヴァイスは思う。

「ふむ。なかなかに暇そうだな、ヴァイス」
「んん? って、ザフィーラの旦那じゃないですかい」

 そんなことを考えていると、やけに厳つい声音の持ち主がヘリ内に入ってくる。
 その声音の持ち主とは蒼い狼で、八神はやての守護騎士でもある“盾の守護獣”ことザフィーラだった。ザフィーラは無駄に風格のある足取りのまま、ヴァイスの隣である助手席で丸くなる。

「なんか用っすか? っていうか、ザフィーラの旦那も応戦しに行かなくていいんすか?」
「ヴィータもいるし、シャマルも援護に回っているから心配はいらんだろう。元より、私は機動六課にとっての“想定外”の事案に対して、自由に動きまわるための遊撃手だからな。つまり、あの戦場は私の出る幕ではない」

 ザフィーラの言葉にはヴァイスも異論は無いようで、両腕を軽く伸ばしてリラックスしていた。

「ふあー……っと。まあ、旦那がそう言うんなら別にいいんすけど。――それに、あんまりヴォルケンリッターが前に出過ぎても、後輩組の為にならないかもしんないっすね」
「そういうことだ。まあ、ヴィータはあれで世話好きだし、シャマルもなかなかのお節介な性格をしている。ついでに、シグナムはアレだからな。せめて、私ぐらいは本格的にバックアップに回ろうと思っている」
「うわ、旦那ってばひでぇなあ。でも、否定できないのが姐さんでもありますわな」

 ヴァイスとザフィーラは、かの“烈火の将”が聞いていれば問答無用で切り捨てにかかる、そんな綱渡りの会話をしていた。
 この二人、一見すれば対照的な性格として相性も悪そうと一部では評判だが、本質的な“一歩下がって見守る”といったスタンスを身内に対して取っていることから、割と馬の合う同志だった。
 いつもなら、こうして二人でのんびりとした会話を楽しんでいると、当たり前のように全裸姿の変態が颯爽と現れるのだが、今はオークション会場に連行されているためその心配も必要ない。
 機動六課にいると、毎日のように変態と通じ合えないコミュニケーションを強いられていたため、こうした平和な時間がもの凄く久しぶりなヴァイスだった。おそらく、それはザフィーラにとっても同様の筈で、助手席で丸まっている様子からはかなりリラックスしているのが分かる。

「――鳴海がいないと、平和っすねぇ」
「――ああ、本当にな」

 ヴァイスの胸中には自分でも抑えきれない充実感が満ちていた。変態の相手をする必要が無い、そんな当たり前の筈だった時間が今ではものすごく懐かしく思える。
 いつもの鳴海は、深夜でも遠慮なくオセロ等の遊び道具を持って全裸のまま自室に突貫してくるため、最近ではかなり寝不足気味のヴァイスである。それも相まって、今のヴァイスは“束の間の平和”と頭では理解していても、このかけがえのないリラックスできる時間を全力で満喫しようとしていた。
 そんな矢先、丸まっていたザフィーラが急に顔を上げる。鼻をスンスンと動かしながらキョロキョロとしているあたり、何かの匂いでも探っているのかもしれない。

「旦那、何かあったんですかい?」
「いや……何か、妙な匂いを感じてな。――ふむ、少し見回ってくるか。主たちも警備で動けないだろうからな」
「そっすか。んじゃまあ、お互いの仕事を頑張るってことで」
「ふん。――お前の仕事はそうじゃないだろう」

 そう言い残すと、ザフィーラはヘリを後にしてホテル内に戻っていった。
 その後ろ姿を見送ることもせず、ヴァイスは一つ深い溜息を吐きだす。

「……なあ、ストームレイダー。ひょっとして、ザフィーラの旦那ってば活を入れに来てくれたのかね?」
『おそらくは、そうでしょうね。まあ、あの方も寡黙ですから』
「ははっ、そりゃそうだ。――はあ、情けねえなあ」

 本当に、本当に屈辱的だが、こういう時に限ってのポジティブな思考は、あの変態を見習うべきかもしれない。
 ヴァイスはそう思いながら、右胸のポケットから煙草を取り出した。




 ルーテシアが使役する召喚獣の一匹、ガリューは従業員用トイレの前でそわそわしているある一人の人間の女を観察していた。
 ガリューは持ち前の環境迷彩を駆使して物陰の“影”に同化しているが、その正体は人間サイズで二足歩行をする無骨な格好の虫であり、言葉を発することは出来ないものの、ルーテシアの言葉に肯き、何よりもルーテシアを守ることを優先的に考えられる、そんな知能を持った存在なのである。
 あの人間の女の左腕には、自分が主より任された銀のブレスレット状のロストロギアがあり、すぐにでも気を失わせるなどして奪い去らなければいけない。あの変態ドクターに頼まれた代物のため出来る事なら関わりたくないが、それが主の為になるのなら粉骨砕身で臨むのがガリューという存在なのである。
 だが、そんなガリューも目の前の人間の女を前にして、思わず接敵することを躊躇ってしまった。

――なんだ、アレは。

 それはまさしく、動物的な本能なのだろう。危険を避ける――そんな、自然界で生きるために必要不可欠な感覚が、大事な主の命令に背いてでも、ガリューに“逃亡”を促していた。
 人間の女は従業員用トイレの前で、より落ち着きの無さを増していっている。ドレススカートで隠れた股間部分に手を押し当てながら、何かを我慢するかのように足踏みをしたりグルグルとスキップしたりしている。時々だが、女が「んっ……」やら「んああっ……」やら、やけに苦しそうな声を漏らしているのを、ガリューはかなり不気味に感じていた。
 あの存在と関わることは、自分にとって最大の問題になり得る――それは結果的に、主を危険に晒すことになるだろうと、ガリューは直感的に感じるに至った。
 ガリューが動きを見せないでいると、人間は何かを思い立ったかのように急に廊下を走り出した。走り出した方角からすると、ホテルの裏口に向かっているようだ。
 このままあの人間が外に出るというのなら、それはガリューにとっても好都合だった。
 夜の森は暗く、明かりに照らされた館内よりは遥かに“闇”が深い。そのまま深い“闇に”同化すれば、館内よりも悟られることなく気絶させることが容易いだろう。
 ガリューは足音を立てることなく、全力疾走している人間の後を追った。
 その人間が行き着いた場所は、ガリューの予想していた通りホテルの裏口だった。自分が館内に潜入するときにも利用した場所で、その際に鍵を壊したため、あの人間もスムーズに外に出ることが可能なはずだ。裏口から離れたところには主が待機しているため、ロストロギアをあの変態から奪った後は、そのまま迅速に移動することも出来る。

「あぁぁぁぁ! やべえ、やべえ、漏れる、漏れるぅ!」

 人間はいきなりの大声をあげながら、裏口を乱暴に開け放ち、深い闇が支配する森の中に飛び出していった。
 その深い闇にガリューはより自分の身体を溶け込ませながら、人間の最大の隙を窺う。――とはいっても、あの人間はガリューが「実は攻撃を誘っているのではないか?」と危惧してしまうレベルで隙だらけなため、いつ攻撃に移っても変わらないかもしれない。
 ガリューがどのタイミングで攻撃に移ろうか考えていると、人間はしばらく走った先にある大きな木の近くに行くと、何かモゾモゾと両手を動かすといった素振りをしてみせた。

 ――いったい、奴は何をしている?

 ガリューはそう思うと、人間を横から覗ける位置に移動する。
 もしかしたら、あのドレススカートの下には何か武器でも隠し持っているのかもしれない—―そんな緊張を持ったガリューが見たものは、そんな想像を薙ぎ払うかのような壮絶な光景だった。

「――ふぅぅぅぅ」

 あの人間は、大木の幹に向かって液体状の物質を排泄していたのである。
 あれは、人間でいう“小便”という行為であり、ガリューもそれは知識として知っていた。人間の男は、股間にある棒状のモノから液体状の物質を排泄する――だが、あの“小便”のやり方は男性にのみ許されたやり方のはずだ。というか、あの股間にある棒状のアレは、元々人間の男だけが備える特徴の一つの筈である。
 では、どうしてに人間の女が男だけが持つアレを身に付けているのだろうか。
 まさか、人間の中にも雌雄同体である者がいたのか――ガリューがそう思っていると、その変態の横顔に何か違和感を覚えた。何故か、最近どこかで見たような覚えのある横顔に、ガリューは自分の記憶を掘り起こしていく。

「――あー、スッキリスッキリ!」

 排泄行為を終えた変態が見せた笑顔に、ガリューはようやくその違和感の答えを知った。

――この人間は、主が探していた人間か!

 ガリューは驚いた。
 まさか、探していたロストロギアを身に付けている人間が、もう一つの目的である鳴海賢一だったなんて思いもしなかったのである。なぜなら、“人間の男が人間の女の格好をしている”なんて、ガリューの立てていた予想には形も無かったからだ。
 ガリューは人間のことを完璧に理解することは出来ないが、人間という生物は性別を意識した服装を好むといった知識を持っている。その知識が、目の前の変人を無意識に“人間の女”だと思い込んでしまっていたのである。
 それが分かったと同時にガリューは“闇”から姿を現し、鳴海賢一に向かってスッと片膝をついた。主から「この鳴海賢一っていう変態に会ったら、傷つけずに連れ帰ってきてほしい。周りに他の敵がいるようなら、別に無理しなくていいから」と言われているため、鳴海賢一を傷つけてしまうような攻撃に移ることは出来ない。
 まずは、こちらの存在を鳴海賢一に気付かせたうえで、彼にこちらには敵意がない事を示してから、この場から連れ去るのが得策だろう。そう考えたうえでの行動だった。

「ん?」

 この距離で姿を現せば流石に気付いたのか、鳴海賢一はステルスを施していない股間をむき出しにしたまま、片膝をついているガリューの姿を捉えた。
 すると、鳴海賢一は突然現れたガリューの姿にも驚いた様子を見せず、むしろ間の抜けた反応を示した。

「あー。何か変な感じすんなーと思ってたら、お前だったのか」

 ガリューはその言葉に驚いた。
 やはり、この人間は自分という存在が潜んでいることに気付きながらも、あえて無反応を貫くことで、こちらの動きを誘い出していたのだ。一見して隙だらけに見える行動でも、その実態はこちらを誘い込まんとする“餌”だったのである。それも、かなり自然な動きでそれを行っているあたり、この鳴海という人間は真の実力を隠しているのだろう――と、機動六課の人間が聞けば大笑いして過呼吸になってしまいそうな誤解をしてしまった。
 そんな誤解をされているとは夢にも思わず、鳴海は股間のアレを上下に振りながら、やけに親しげのある声音で言った。

「あーっと……ちょっと待っててくれな。今すぐ後始末が終わるから――よし、立ちション終わりっと!」

 爽やかな笑顔のまま言うと、鳴海はモゾモゾと両手を動かしながら股間のアレを下着の中に戻していく。その手つきはやけにぎこちなく、初めて穿いた女物の下着になかなか上手く収まらないアレに対して、四苦八苦しているようだ。
 それから数秒後、ようやくアレにとってのベストポジションを確保することに成功したのか、鳴海は満足した表情を浮かべながらガリューへと向き直る。

「んで? 俺に何か用か?」

 そのあまりにも自然な態度を見て、ガリューは逆に戸惑いを覚えた。
 それは、この人間は突然現れた自分を恐れていないのか、どうしてそこまで無防備でいられるのか、といった未知の存在に覚える恐怖のような感覚に似ている。
 ガリューが反応を返せないでいると、鳴海はドレスが地面につくことも躊躇わずにその場にしゃがみ込むと、ガリューと目線を合わせるようにしてから言った。

「あー、そっか。もしかして、お前ってばザッフィーみたいに喋れないのか?」

 鳴海のいう“ザッフィー”とは分からなかったが、ガリューはとりあえず“喋れない”という部分にだけ肯いて見せた。
 ガリューの無言の肯定に対して、鳴海は困った表情を浮かべながらも、特に気にしていないような口振りで言った。

「あー、じゃあどうすっか? 俺に何か用があるってことは、お前についてけばいいのか?」

 鳴海からの思いもかけない言葉に、ガリューは二度も肯いた。
 主であるルーテシアから“無理はしないこと”と厳命されているガリューにとって、これは大歓迎の提案だったのである。
 ガリューの反応に、鳴海は困ったように顎に手をやって考え込む素振りを見せる。

「でもなあ……あんまりホテルから離れると八神に怒られそうだし……うーん。まあ、あんまり遅くならなければ大丈夫か? お前はどう思うよ?」

 鳴海からの突然の問いかけに、ガリューは驚きながら三度も肯いた。向こうは割とついてきてくれる方向で考えがまとまっているらしく、このまま余計な邪魔が入ることが無ければ、ガリューにとって大事な主の願いを両方とも叶えられそうである。
 だが、そんなガリューの願いも空しく、ここに鳴海賢一を追いかけてきた第三者が現れる。

「――阿呆か、貴様は。この襲撃のタイミングで現れた召喚獣の主の元までついていくなど、わざわざ自分から捕まりに行くようなものだぞ」

 やけに凛々しい声がした方にガリューが構えを取ると、そこには木々の隙間から漏れる月明かりに照らされた、やけに気高い風格を漂わせている一匹の蒼い浪がいた。
 その狼に対して、鳴海は偶然街中で遭遇した友人に話しかけるような、そんな気さくな感じで声をかける。

「あれ? ザッフィーじゃん。なんだよなんだよ、こんなところで会うなんて奇遇だな。ザッフィーはあれか、狼の雌でも探してランデブーにかこつけようとしてたのか? いやいや、それはアルフ姉さんに対する裏切りだぜ、単なる浮気行為だぜ!?」
「……貴様という男は、どうでもいいことを言う時だけは本当に口がよく回るな」
「いや、そんな褒められたら照れる……って、あれ? ザッフィー、もしかして俺だって分かってんの?」

 鳴海は自身の女装姿を指さすと、蒼い狼――ザフィーラはどうでもいいとばかりに気だるげな口調で答える。

「私が追っていたのはそこの召喚獣の匂いだ。だが、ある時からその匂いに不愉快な匂いが混ざった――それが貴様だ、鳴海賢一。私が女装している貴様に驚いていないのも、どれだけ貴様が女装で着飾っていようとも、その不愉快な匂いは香水でもつけるなどしなければ誤魔化しようが無い」
「あれ? もしかしなくても、俺ってば馬鹿にされてね? つーかアレだな、“匂いを嗅ぐ”ってキーワードかなりエロくねぇ!?」
「その狂った思考回路は一度技術部にでも提出した方がいいな。――さて、うちの変態が迷惑をかけたようだが、そちらはどうする? ここで戦うか、それとも退くか」

 ザフィーラはいつも通りに狂っている鳴海を放っておいて、構えを取ったままのガリューに問いかけた。
 その問いかけに、ガリューは考える。
 自分が主により任された二つの願い――それは“ロストロギアの確保”と“鳴海賢一の確保”である。それが、今この場に二つまとめて存在している幸運とも言える状況に、いかに手ごわいであろう敵がいるとしても、ガリューは自分から進んで退こうとは思わなかった。
 だが、そんなガリューを押し留めているものは、主の別の願いである“周りに他の人間がいるようなら、別に無理しなくていいから”といったものである。ガリューとて、目の前の敵に対して無傷でいられる自信は無いし、その保証も無い。主のところまで下がれば援護をもらえるだろうが、わざわざ守るべき対象の主を危険に晒すような行動をするつもりも無い。
 つまるところ、ガリューは主の願いを順守しようとするあまり、その場から身動きを取ることが出来なくなっていたのである。

「……お前がここから退くというのなら、私もお前を追うことはしない。私は今、鳴海賢一という変態を連れて行かせないようにするためにだけ、この場に存在していると理解しろ」
「あれ、これってもしかして告は――」

 乙女のような表情を浮かべた鳴海に、ザフィーラは反射的に後ろ足で土を蹴り上げた。

「……そちらがこの変態を引き取ってくれるなら本望なのだが、こんな変態でも時には役に立つことがあるのでな。そう気軽にくれてやるわけにもいかぬ」

 ザフィーラの声音はやけに刺々しいものだった。
 おそらく、このザフィーラと呼ばれている存在にとって、その声音はまさに誤魔化しきれていない本心から零れているものなのだろう。鳴海賢一という人間は、この気高い存在に本心から嫌われているに違いない――聞いているだけで分かる激しい嫌悪の感情に、ガリューは戸惑いを隠せなかった。
 それは、自分にとっての守るべき存在の主に寵愛の念しか覚えないガリューには、ザフィーラの嫌悪の感情を理解できなかったからだ。守るといった姿勢を見せながら、その本心はきっと真逆の悪感情、にも関わらず一向に退く気配を見せようとしない、そんな滅茶苦茶なザフィーラの態度をガリューは理解できない。

 ――守るべき対象をここまで無下に扱うなど、決してあってはならないことではないのか?

 ガリューは思考する。
 この鳴海賢一とザフィーラの関係は一体何だ。主従関係というにはあまりにも歪すぎるし、かといって守るといった姿勢だけは決して崩そうとしていない。その一方で、鳴海賢一の扱いが非常に雑というか、むしろ敵対心をもっている節すら見受けられる。
 そんな、様々な要素が反発しあいながら、その複雑な要素の中でザフィーラは鳴海賢一を守護するためだけにこの場に現れた。主のためだけを思って揺らぐことの無いガリューには、ザフィーラの態度は同じ守護する立場にある者として、非常にバランスが悪いと受け取る事しか出来ない。
 そんな、戸惑いを隠せていないガリューを見かねたのか、ザフィーラは先ほどまでの刺々しい声音を一変させると、まるで諭すかのような優しい声音で言い放った。

「――ここは、お前の主を守るためにも、どうか退いてもらえないだろうか?」



 結局、ガリューはザフィーラに諭される形でルーテシアの元に帰ってきた。
 主の願いを一つも叶えられなかったガリューにしてみれば、これは背信行為に近い結末である。ガリューはそんな自分に“情けない”といった感情を覚えていた。
 だが、そんなガリューの感情とは違って、ルーテシアは何よりもまずガリューの心配をした。

「……ガリュー、大丈夫? どこも、怪我してない?」

 ルーテシアの言葉に、ガリューはしっかりと肯く。
 すると、ルーテシアは無感情だった表情に、一つの感情を浮かばせた。

「……よかった。ロストロギアよりも、鳴海賢一よりも、ガリューが無事に帰ってきてくれることの方がうれしいから」

 ルーテシアは笑顔と呼ぶにはあまりにも小さく儚い感情を携えながら、ガリューの左足にしがみつくように抱き着いた。
それはまるで、幼子が父親の足にしがみつくような、そんな行動だった。

「……それじゃあ、ゼストとアギトとの待ち合わせ場所に行こう。ガリュー、お願いできる?」

 主の頼みとあれば、ガリューに拒むつもりはない。
 いつものように、ルーテシアの背中と膝裏を両腕で抱き上げると、そのまま天井の木々を抜けて空に飛び出していく。いつものような、いつもの行為。主の願いを叶え続けてきた、ガリューにとっては当たり前の主従関係がここにある。
 だが、今日に限って言えば、ガリューの心にいつもと違う部分もあった。

「……ねえ、ガリュー。あなたが会った鳴海賢一の話、聞かせてくれる?」

 ルーテシアの言葉にガリューは静かに肯く。
 自分は喋ることは出来ないが、主であるルーテシアだけは自分の気持ちを理解してくれる。自分が出会った鳴海賢一という変態についての感想も、きっと彼女なら理解してくれるだろう。
 だから、ガリューは子守唄を歌うかのように、抱き上げているルーテシアに語りかける。その子守唄には言葉は無いが、ルーテシアはガリューの声無き言葉に応えるように、何度何度もしきりに肯いていた。



「ところで、何故貴様はあんな場所にいたのだ?」

 ガリューが去った後、鳴海とザフィーラは一心地つけてから、ホテル・アグスタへの帰路を歩いている。鳴海は割と森の奥深くまで全力疾走していたようで、ホテルの明かりはまだ少しだけ遠くにあった。
 鳴海はすっかり汚れてしまったドレスを着ながら、まるでスキップするかのように軽快な歩調で歩き、その後ろをザフィーラが付かず離れずの距離を保って歩いている。その様子からは、女装している変態と歩くことへの忌避感がありありと見て取れるようだった。
 だが、鳴海がそんなザフィーラの気持ちに気付くはずも無く、その中性的な顔に笑みを浮かべながらスキップしている。木々の隙間からは月明かりが鳴海の元に降り注いでおり、その光景を見ているザフィーラは、まるで月明かりのステージで変態が躍っているようだ――と、かなりどうでもよさげに思っていた。

「なあ、ザフィーラ」

 すると、鳴海はステップを踏みながら振り返り、先程までのおちゃらけた雰囲気から一変して、一ヶ月に一回は見られるかどうかといった、真剣な表情を浮かべていた。
 そんな鳴海を見たザフィーラは、反射的に立ち止まり一抹の不安を抱えながら、女装系変態男の次の言葉を待つ。

「俺ってさ、今こうして女装してるじゃん?」

 ザフィーラは黙って肯く。
 どういった経緯を辿れば女装することになるのか、どうしてそこまで違和感を覚えないレベルで女装姿が決まっているのかなど色々と言いたいことはあったが、それらの疑問は全て飲み込むことにする。変態には変態特有の思考回路があり、その思考回路を理解することを、ザフィーラは鳴海と出会った瞬間に放棄している。
 だから、ザフィーラは口を挟むことなく、鳴海の言葉を待ち続けることが出来ていた。

「そんでさ、やっぱり人間たるものトイレに行きたくなる瞬間があるわけだよ」
「…………」
「だけどさ、今の俺って女装してる訳じゃん? 自分じゃよく分からねえんだけど、高町たちからしてみればかなり高レベルの女装みたいなんだよな。そりゃもう、絶世の美女ってレベルらしい」

 鳴海の言いたいことが、なんとなくだが分かってしまったザフィーラ。

「んでさ、いざトイレに入ろうとした時に、俺はこう思っちまったんだ。――俺は“どっちのトイレに入るべきなんだ”……てさ。そう思ったら、もう三十分ぐらいトイレの前で悩んでた。俺は男だから男子トイレに入らないといけない、だけど女装しているなら女子トイレに入っても別におかしくないんじゃね? ……って感じにさ」

 そう思ってしまう時点で、その頭が狂っていることの証明になるのだが、ザフィーラはそのことを突き付けることも出来ないぐらいの頭痛に苛まれていた。馬鹿だ、変態だ、狂人だ、と度々思って来たけれども、これはもうそんな言葉で片づけていいレベルではないかもしれない。

「だけど、流石に俺の膀胱も限界を迎えちまって……でも、そんな時に電流が走ったみたいに閃いたんだよ。“どっちのトイレに入るか悩むぐらいなら、いっそのこと外で立ちションすればいいじゃん”――ってさ。そう思ってあそこまで走って行ったら、さっきの奴に出会って、今はこうしてザッフィーと一緒に歩いているってわけだ」
「……本当に、貴様の思考回路は狂っているな」
「そんなに褒めるなよ、照れるだろ?」

 もう、これで何度目になるかも覚えていないような鳴海の返しに、ザフィーラはいつものように溜息を返す。鳴海を相手にしていれば、こんな風に言葉を返すのも億劫になるぐらい、精神が疲れ果てることが度々ある。
 おそらく、高町やフェイト、そして主である八神は、自分とは比べ物にならないストレスを感じているのだろうが、あそこまで鳴海とのコミュニケーションが行き着いてしまえば、もはやそんなストレスなんて微々たるものだろう。
 ザフィーラが主の精神に気を病んでいると、鳴海は前を向いて再び歩き始めた。
 その後ろを先ほどまでと同じ距離を保って、ザフィーラも追いかけていく。

「そういえばさ」
「どうした?」
「さっきのやつ。なんか、結構いいやつそうだったよな」
「……どうして、そう思った?」

 鳴海は前置きも無くそんなことを言った。
 ザフィーラは“さっきのやつ”があの召喚獣だったことに一拍遅れてから気付いて、思わず鳴海の言葉に聞き返してしまう。
 おそらく、鳴海の発言には根拠も何もない、ただの変態特有の感覚的なものでしかないのだろうが、どうしてか聞き返さなければいけない、そんな風に思ってしまったからだった。
 鳴海はザフィーラの問いかけに再度振り向くと、昔を懐かしむような表情を浮かべながら言った。

「なんつーかさ、昔のお前らみたいだなって思ったんだよ」
「…………」
「シグナム、ヴィータ、シャマル先生、そしてザッフィーことザフィーラ。お前たちヴォルケンリッターみたいな……うーん、俺って馬鹿だから上手く言葉で言えないんだけど、なんとなくいいやつそうだなって思ったんだよ。――こいつとなら、仲良く出来そうだなって。それに、あんないいやつそうなのが一緒にいるマスターなら、そりゃ絶対にいいやつに決まってるよな。ザフィーラもそう思うだろ?」

 そう言って、鳴海は満面の笑みを浮かべてから、ホテル・アグスタに向かって走り出した。

「……ふっ。貴様がそう思うなら、そうなのかもしれないな」

 ザフィーラは鳴海の後ろ姿を見ながら思うことがある。
 この鳴海賢一という男はミッドチルダきっての変態だが、こういう他の誰にも真似出来ないモノを持っているからこそ、自然と周囲に人が集まってくるのだろう。
 それは、一言で言えば鳴海賢一が持つ“魅力”であるし、人を惹きつけてやまない“人徳”だろう。ただの変態が持つには分不相応な要素でしかないが、あの鳴海賢一に限って言ってしまえば、これ以上にピッタリと嵌る要素も無いのかもしれない。
 ある特殊な変態に“人徳”という“魅力”が加われば、こういった人間が出来るといった、次元世界唯一の見本だろう。
 そう結論付けてから、ザフィーラは前を走る鳴海に追いつこうと、強く前足を蹴り出した。



///あとがき///

全裸と変態と女装が頭の中でごっちゃになって、推敲するとちらほら女装してるはずなのに全裸になってる変態がいたりする。


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