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No.33428の一覧
[0] 【チラ裏から移転】タツミーをヒロインにしてみるテスト【オリ主】[rikka](2018/03/23 03:15)
[1] Phase.1[rikka](2012/09/05 22:45)
[2] Phase.2[rikka](2012/09/06 22:26)
[3] Phase.3[rikka](2012/09/06 23:11)
[4] Phase.4[rikka](2012/09/06 23:06)
[5] Phase.5[rikka](2012/06/21 00:06)
[6] Phase.6[rikka](2012/06/24 18:30)
[7] Phase.7[rikka](2012/06/28 22:19)
[8] Phase.8[rikka](2012/06/25 22:15)
[9] Phase.9[rikka](2012/07/11 00:35)
[10] Phase.10[rikka](2012/08/26 11:19)
[11] Phase.11[rikka](2012/09/13 00:52)
[12] Phase.12[rikka](2012/07/16 17:42)
[13] Phase.13[rikka](2012/07/14 10:22)
[14] Phase.14[rikka](2012/08/26 20:18)
[15] Phase.15[rikka](2012/09/16 13:42)
[16] Phase.16[rikka](2012/09/29 23:57)
[17] Chapter 1 epilogue and next prologue[rikka](2012/10/08 21:27)
[18] 外伝1 彼と彼女の最初の事件―1[rikka](2012/10/11 00:08)
[19]      彼と彼女の最初の事件―2[rikka](2012/10/23 23:18)
[20]      彼と彼女の最初の事件―3[rikka](2012/10/27 00:13)
[21]      彼と彼女の最初の事件―4[rikka](2012/11/14 21:59)
[22]      彼と彼女の最初の事件―5[rikka](2013/04/21 11:18)
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[33428]      彼と彼女の最初の事件―3
Name: rikka◆1bdabaa2 ID:d675214d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/27 00:13
「肝試し……ですか?」

 四人での歓談はいい感じに盛り上がっていた。
 いきなり佐々木が意識を失うなどというトラブルこそあったものの、そのおかげで彼はいい感じに緊張が解け、葵や龍宮からすれば普段通りの副部長が帰って来たように感じていた。
 麻帆良で龍宮と葵が巻き込まれたお祭り騒ぎに、それとは違う普通のお祭り事の話。部活での練習などの話になどで小一時間程経った時に、ふと古波涼奈がそんなことを言い出したのだ。
 なんで冬に肝試すんだよ? という意味も含めて疑問の声を上げる葵に、古波はさも当然というような口調で続ける。

「だって、せっかくこうして楽しい人達で集まったんですもの。あなた達のいうお祭り騒ぎに習ってすこしはしゃいでみたいじゃないですか」

 古波はそう言ってまた悪戯っぽく笑っている。
 ふと佐々木の方を見ると、やはり彼も乗り気なのだろう。すぐにでも出かけるという意思表示か、すでにジャケットを羽織ろうとしている。
 この寒い中でんな面倒くさいこと出来るかと、助けを求めるために龍宮の方をみても、彼女は彼女でなにやら考え事をしながら周囲を見渡しており、こちらの視線には気付いていなかった。
 
(あぁ、こりゃダメだ。行く空気だ……)

 周囲に味方がいない事を再確認した葵は、発案した古波をもう一度見る。
 彼女がその視線をどう理解したのかは分からないが、やけに力強く頷いて葵と龍宮をチラチラと見ている事に、葵はなんとなく頭を抱えながら天井を仰ぎたい気分になった。
 だからという訳ではないが、古波涼奈が自分を見る目に、どこか、何かを観察する様な光が混じっている事に、葵はとうとう気が付かなかった。
 
「やれやれ、行くなら行くで仕方ないか……それで? 肝試しといったって、山の中を歩くのは危険じゃないですか?」

 葵がそう尋ねると、古波は手をパタパタと振って、

「大丈夫ですよ。車で行ける所ですから――あぁ、もちろん私が運転していきますよ?」
「となると、そこそこ離れているけど遠いという訳ではないわけですね?」
「はい、その通りです」

 古波は、窓の傍に立つとある方向を指さして、

「この近くに、昔潰れた廃旅館があるんです」
「へぇ、潰れた旅館が………………………なんですと?」






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






 その旅館は、傍からみても分かるくらいひどい廃墟となっていた。
 広さだけなら恐らく、葵達が止まっている旅館よりも広いだろう。その分、二階がない作りとなっているが、明かりが灯っておらず所々が崩れて中が覗いて見えるこの建物は、奇妙な圧迫感を発している。

「本当に廃墟じゃねぇか……」
「そう言ったじゃないですか。もうここを使う人は誰もいませんよ? それこそ十年以上は」

 葵は目の前に広がる廃墟に目を奪われていた。そして脳裏をかすめるのは今日出会った一人の変わった少年。


 
――近くの旅館の中に住んでるんです。



――うん。……その、もう潰れているけど……。




「……どういう事だこりゃあ……」
「先輩?」

 隣に立つ龍宮が、葵の顔を覗きこんでいる。

「その……先輩も何か違和感が?」
「お前の感じている違和感ってのが何かは分からんが……俺の場合は矛盾だな」
「矛盾?」

 恐らくは廃墟と化した建物を警戒しているのだろう。鋭い目で建物を睨みつけている龍宮に、葵は頷く。

「龍宮、こっちに着いた時に見た子供。覚えているか?」
「あのアルビノの?」
「あぁ。ちょうど今日その子――お兄ちゃんの方に会ったんだけどな……その子、ここに弟君や両親と一緒に住んでるって言ってたんだ」
「……なんだって?」

 葵の言葉に、龍宮はますます視線を険しくさせる。

「車の中で、古波さんに近くに他の旅館があるかどうかを確認してたのはそのためか」
「結局ここしかないそうだけどな……。龍宮、お前が言う違和感ってのは?」

 今度は葵が龍宮に問いかける。だが、龍宮はその問いに答えずただ首をひねるだけだった。

「……言葉に出来ない位なんとなくの違和感って事か?」
「すまない。旅館を出る時から何かが引っかかっているんだが……」

 本当に申し訳なさそうに言う龍宮。
 葵は短い付き合いとはいえ、危険に対するこの後輩の嗅覚の鋭さを理解していた。
 その後輩が、ぼんやりと何かが彼女の思考に引っかかると言っている。それが何を意味するかは簡単だ。


 すなわち――冗談など挟む余地がない程に……危険。


「人がいるかどうか気配で分かるか?」
「もちろんさ、少なくともこの建物の中には人はいないよ。これは絶対だ」
「そうか……」

 人がいない。ということは、ユウキもここにはいない事になる。
 だけど、あの少年が嘘をついたとも葵は考えていなかった。
 そして、龍宮がなにか引っかかっていると言っている事から、目の前の旅館が危険度ランクの上位に達するかもしれない――とも。
 もしこれが麻帆良の中だったら、工学部やロボット愛好会、あるいは報道部やら科学部関係のいつもの暴走だろうとある意味では安心できるが、ここは麻帆良の外で、しかも未知の領域だ。
 麻帆良の中の人間は、なんだかんだでギリギリの所を見極めている。本っっっっ当にギリッギリ過ぎて、そのため葵がいつも全力で逃走や応戦などの対処、あるいは報復をするはめになっているが、それでもひどい大けがをした事は一度もなかった。


――軽い大けがという矛盾した被害を受けた事なら山ほどあるが……。


「龍宮、どうにかしてあの二人を帰そう。俺とお前で偵察いくぞ」
「先輩も一緒に帰るという選択肢はないのかい?」
「今回に限っては……ない」

 車の所で、何やらテンション高めに騒いでいる年上のコンビを目線で示しながら葵はそう断言する。
 葵の中で気になっている事は二つ。
 なぜ、その少年――ユウキはここに住んでいると言ったのか、その意味は何なのか。
 
 もう一つは――いつも一緒に馬鹿やって騒いでいる後輩の安否。

「足を引っ張るつもりはないし、指示に逆らうつもりもない。けど、関わらないって選択肢は今回に限って外させてくれ」
「どうして?」
「……勘だ」

 自分と龍宮の間には、身体能力からして理不尽と言えるほどにとてつもない差がある。その事を理解できないほど葵は馬鹿ではない。その葵が勘を頼りに何かを断言する等、滅多にない事だった。あり得ないと言ってもいいかもしれない。
 だが、なんとなく――なんとなくだが、自分も行った方がいいという考えがあった。
 いや、自分でそう考えているのとは少し違うかもしれない。しかし、頭のどこかが警鐘を鳴らしているのは間違いない。
 龍宮の方も、葵が自分から危険かもしれない所に飛び込むと断言した事に驚いているのか目をパチクリさせている。
 
「何か思う所がある。そういう事かい?」
「そう取ってもらって構わんよ。自分も上手く言えん。ただ、このまま帰って経過と結果を聞くだけっていうのは納得できそうにない。何もなかったとしてもそれは同じだ」
「……本当に先輩らしくないね。いや、それは私もか……」

 龍宮は、困ったようにコメカミを押さえながら苦笑――ではなく、ただ静かに微笑んだ。

「自分の尻は自分で拭いてくれよ、先輩?」
「女の子がそういう台詞を言うもんじゃありません! ってね」
「確かに……少しは自重しようかな」

 そう笑った二人は、今も話を続けている二人を説得するためにそちらの方へと足を向けた。
 心持ち、葵と龍宮が並んで歩く姿は、今までのそれよりも少し距離が近くなった――様にも見えた。






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 全てを取り戻そう。

 私なら出来る。

 これがあれば出来る。

 私は『彼女』とこの館と共に生きている。

 大丈夫。

 もう何年も繰り返してきた事だ。

 あの女さえ手にする事が出来れば大きくその日に近づく。

 あぁ、全てを取り戻そう。



――例え何を犠牲にしても






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






「結局、帰ってもらう事は出来なかったな。ちくしょう、古波さんがあそこまで反対するとは思わなんだ……」
「なんというか予想外だったね。もう少し大人しい人かと思っていたんだけど……あの人は麻帆良でもやっていけそうな気がするよ」

 どうにか先に帰ってもらおうと二人にかけあった葵と龍宮。
 仮にも元民家兼旅館で、ひょっとしたら浮浪者等が中に入って住みこんでいるかもしれない。だから、肝試しは後日にして、今日は自分達が偵察すると言ったのだが、

「俺もすっかり忘れてたけど、帰る手段は車しかないんだよね畜生。そりゃ俺達だけ置いていけるわけないかちくしょう」
「まぁいいさ。一応外で待ってもらっているんだ。痺れを切らさない程度に急ごう。せめて、先輩が言ってたユウキ君とその家族の手掛かりだけでも見つけないと」
「色ボケ三等兵と古波さんの方は大丈夫だろう。今が距離を近づけるチャンスだって念を押してきた。ついていうなら、こんな寒い中車から出ようとは思わんだろ。その……普通ならば……多分……うん」
「急に自信がなくなったね先輩」
「うるせ」

 結局、肝試しを実行することになった葵は、次善の策として自分達が先行する事を提案した。
この旅館の見取り図は古波が持ってきていたので、それを持って懐中電灯の明かりを頼りに一周してくる。そしてそれを終えてから次のグループ――つまり佐々木・古波組に渡すと言う流れだ。
 
「しかし……龍宮お前、こんな懐中電灯の薄い灯りだけでよくすいすい進めるよな」

 今葵達は、玄関から入って真っ直ぐ続く廊下を歩いている。その合間合間に見つけたふすまや扉は片っぱしから空けて、何か痕跡がないか探している。
 今の所、成果は0だが……。

「夜目に慣れていてね。そういう先輩こそ、この視界が不自由な状況を全く恐れていないじゃないか。フフ……麻帆良の騒動で慣れたのかな?」
「慣れるって何にだよ何に……!」

 葵からすれば、全く恐れていないわけではなかった。寧ろかなりビビっていると言ってもいいだろう。
 今の葵がいつも通りなのは、なんということはない――ただのハッタリだった。
 自分で勘などという不確かなものを言い訳にしてここまで来たのだ。そこでビビっている事を後輩の前でさらけ出す等、死んでもごめんだと葵は本気で思っていた。
 そこで葵が取った方法は、演技。
いつも通りの自分を頭の中で客観的に見て、それを自分の体に再現させる。
 かつて記憶を取り戻すためにと行っていた事だが、その時は今行っているソレとは違い、分からない何かを模索し、それを無理矢理自分に当てはめようとしていたために『失敗』したのだ。

(こういう小手先の小細工なら誰にも負けない自信はあるんだが……)

おかげで龍宮に悟られず誤魔化せている事から、密かにダメな方向に自信を持つ葵。

「しかし……先輩。ユウキ君は、確かに旅館に住んでいると?」
「あぁ、間違いない。少なくともあの子がそう言った事はね……」
「……誰かが住んでいる痕跡は見当たらないが……ふむ」

 誰かが寝泊まりしている――浮浪者だとしても――にしては、この旅館は余りにも自然に汚れすぎている。
 もし誰かが住んでいたりするのならば、仮に住んでいる事を隠そうとしても埃の積り方や物の配置などにそれらしさが出るものだ。
 しかし、今龍宮達が見て回っている範囲ではそういった痕跡はまったく見つからない。

「でも雰囲気はするんだよな。ちくしょう、嫌な予感がしてきた」
「? 人が住んでいる雰囲気かい?」
「いや、そういうのじゃなくて……こう、なんていうか」

 葵は、顎を指で撫でながら少し考える。

「ロボット関係の愛好会やら研究会の連中が騒動起こす前の静けさってこんな感じじゃないか?」
「…………先輩は本当に彼らとは相性悪いからねぇ…………」

 半ば呆れながらも、葵の言いたい事は理解したのだろう。警戒のレベルを上げ、それまでは無手だった龍宮が武器を取る。それは、葵にとっては見慣れたエアガンで――。

「あれ? いつものと違ってなんか無骨っていうか……龍宮、それひょっとして――いや、やっぱなんでもないです」

 一瞬、いつもと同じだが少し違う様に見えたエアガン――ちょっと必要以上にリアルに黒光りするエアガンである――に違和感を覚えて尋ねようとした葵だが、「フフ……」と笑う龍宮の顔を見て、見間違いだったんだと思う事にした。いや、見間違いだったのだろう間違いなく。

(触らぬ神に祟りなし――)

 声には出さずに口の中でそう唱えながら、葵は歩く先を懐中電灯で照らす作業へと戻るのだった。






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






「いやはや、龍宮と篠崎の二人ならさっさと終わりそうなものだと思ったけど、随分ゆっくりと進んでんなぁ。龍宮に怖い物があるとは思えんし……篠崎か?」
「あら、お話の中では篠崎さんはいつも厄介事を龍宮さんと一緒に押さえているのでしょう? あの人に怖い物ってあるんですか?」

 龍宮に説得された佐々木は、先行を若い二人に任せてこうして車の中で待機していた。
 二人が出発する時、葵は佐々木に「いいですか、今がチャンスです。がっつかずに紳士な所を見せながら話振っておけばOKです。紳士といっても、いつもの貴方の様な変態紳士ではない方なのでお気をつけて。あぁ、時間の方は気にしなくて大丈夫ですよ? 自分は少なくとも貴方よりは空気読めるんで」と、さらりと毒を混ぜながらそう告げていた。
 色々と突込みどころこそあったが、とりあえず時間は気にせずに点数を稼いでおけという意訳は理解した佐々木。
 同時に、今度葵と肉体言語で語りあう決意も固める佐々木。

「篠崎なぁ。むしろ、怖い物だらけって感じがするんだけどな。アイツの場合」
「怖いものだらけ?」

 なんだかんだで、佐々木もまた葵との付き合いはそれなりにあった。
 むしろ、バイアスロン部の副部長として、かつての『篠崎葵』を知った上で完全に以前の葵と切り離して接する事のできる佐々木を、葵はある意味で龍宮以上に評価していた。
 なにより葵にとっては数少ない男友達であり、龍宮が葵から見て最高の『相方』なら、佐々木は最高の『友達』だった。

「別人になってからのアイツは独特の思考を持った変わり者になったからなぁ。そのせいかどうか分からんけど、多分内心で思っている事とやっている事がちぐはぐなんだよなぁ。昔と今じゃベクトルが違うけど」

 古波の質問に答えようと口を開いた佐々木だったが、実際に出たのはどちらかと言うと独白の様なものだった。

「――私にはよく分かりませんが、えぇと……怖がってるのに平気で強がって無茶する……という事ですか?」
「んー……。無茶をするという訳でもないんだが……」

 旅館を出る前に自動販売機で買っておいたホットコーヒーに口を付けながら、何が言いたいのかを整理する佐々木。
 口に含んだそれはもう大分ぬるくなっていた。

「なんて言えばいいんだろうね。アイツ無理に自分を昔の自分に当てはめようとしてた時期があってね」

 葵が入院を終えてからしばらく経って、ようやく部活に顔を出した時、まるで別人になっていたのを今でも佐々木は覚えている。
 それまでの普通の少々目立つ程度にお調子者だった男が、驚くほど静かで、周囲の目に必要以上に気を配る臆病な人間になっていたのだ。印象に残らないはずがない。

「なんつーか怖かったな。人を殺す目をしてた……ってわけじゃないけど、うん。近くで人が動いたり、話をしている時にそれらを全部観察してたんだよ。その目がまた怖くてな」

 そして、その中から断片的に自分の情報を聞き取り、抜き出し、今までの篠崎葵を『再現』しようとしていた。
 実際、その後少しずつ昔の『篠崎葵』へと戻り出していた。
周囲もこのままいけば近いうちに記憶が戻るのではないかと、そう思っていた。
 だが佐々木の眼には、葵が昔に戻っていけばいくほど、人の目の届かない所で彼の目が険しくなっている事に気が付いていた。

「ふと思ったんだよ。アイツ、実は記憶を取り戻したくないんじゃないかって。いや、取り戻したいのかもしれないけど、それでも今の自分でいたかったんじゃないかって」

 言いながらも佐々木はその時を思い出していた。
 あの時の篠崎は怖かったと、周囲の誰にも気取られずにゆっくり壊れていったあの男は本当に怖かったと、外気とは違う寒気を感じて身震いする。
 古波がそれに気が付いたのかはわからないが、ジャケットからカイロを取り出して佐々木に渡しながら、先を促す。

「それからどうやって今の篠崎さんになったんです? 結局昔の自分には戻らなかったんでしょう?」
「あ、ありがとう。いや、俺も詳しく何があったかは聞かされてないんだけど、キッカケはあったみたい。俺も部活のメンバーから聞かされただけなんだけどさ」

 そこで佐々木は、少し悔しそうな顔をする。といっても深刻な後悔といった様子ではなく、どちらかと言えば――面白い物を見逃してしまったという顔。

「あの龍宮と派手に喧嘩したらしいんだよ、篠崎。それこそ殴り合い一歩手前になるくらいだったってさ」

 そこまで言ってから、ふと車の窓越しに廃旅館を覗いてみる。
 薄汚れた廃旅館の窓の一つから、二つの懐中電灯の灯りが寄り添っているのが見えた。
 この分なら、まだまだ時間はかかりそうだなと佐々木は考えて、ダッシュボードの中にしまってあった新商品のスナック菓子の袋を開けて、古波に食べるように促した。それをありがとうと言いながら受け取る古波。
 今の葵について話すのは難しいと佐々木は思っていた。
 二学期に入ったばかりの怖かった時とは違い、今では落ちついている。恐らくそのケンカが関係しているのだろうが、龍宮と本当にいい関係を築いている。
 ここまでならいいのだが、最近になって再び葵が分からなくなっている。
 怖いとかそういうのではないが、行動と思考が合わないとでも言うのだろうか。
 たまに妙な考えに陥る事があった。
 実は、葵の中に違う『ダレカ』がいてたまに入れ替わっているんじゃないか……と思う時が。
 さすがにそんな頭のネジが数本ぶっ飛んでいると思われても仕方ない様な説明をするわけにもいかず、なにか違う言い回しはないかと、古波と新しいスナック菓子の感想を言い合いながら考える佐々木。

 もし、この時二人のどちらかが後ろを向いていれば気が付いたかもしれない。

 後ろの窓に、無骨な男の手がベタッと張り付いている事に。






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






 ある程度奥の方まで進んで、道が二手に分かれている所にたどり着いた。
 やはり、誰かが住んでいる処か立ち入った痕跡も見当たらない。
 だが、葵は寒さとは違う言葉では言い表わせない悪寒を感じていた。

「なぁ、龍宮。今気が付いたんだけどさ」
「ん?」
「綺麗すぎないか? この建物」
「これを綺麗と言うなら、私はこれから毎日貴方の部屋を掃除しにいく所だが……ちなみに月に五千円だ」
「リアルな金額提示するの止めろよ……。いやそうじゃなくてさ」

 葵は立ち止って、二手の別れている一方を懐中電灯で照らす。その先は更に左右の二手に分かれており、突き当たりの壁には左右それぞれに矢印と、埃が積もって読みにくいが『藍の間』『葵の間』と書かれている木彫りのプレートが張りつけられている。
 おそらくそれぞれが客間へと繋がっているのだろう。なんとなく『葵の間』があるのだろう廊下に少し灯りを差し込みながら、葵は続ける。

「汚れ方が綺麗すぎる。ここら辺はそうでもないが、さっきの廊下とか窓が割れてただろ? これだけ雨風をしのげる場所なんだ、何か動物とか虫が入っていてもいいと思うんだが、見かけないどころか糞尿もないし臭いもしない。蜘蛛の巣とかいった定番モノもないときた。後、さっき気が付いたが――」

 葵は、分岐のもう片方へと懐中電灯を向ける。
 そこは、葵達が泊っている旅館にあるような庭が曇ったガラス越しに見えていた。
 本来なら草木が綺麗に生えそろっているのだろうが、手入れする者がいないため伸び放題となっている。

「? 普通に荒れているだけと思うが――」
「雑草一本生えずにか?」
「……あ」

 龍宮も葵と同じく庭を照らし出す。特に地面の方を。
 一応苔で覆われてはいるが、他には一切雑草が生えていない。一本もだ。
 冬とはいえ、何年も放置されているというのならば少しくらいは生えていてもいいはずだが……。

「いや、微妙におかしいとは思ってたんだよ。玄関口辺りから周囲に伸び放題の植木はあっても、雑草が一本も見当たらなかったからさ」
「誰かが抜いている? いや、それなら他の所も手入れするはずか」
「なんかこう……ちぐはぐなんだよな」

 葵は庭の方へと近寄り、軽く懐中電灯を左右に振って地面を調べ出す。
 その時、唐突にフッと葵の頭の中に今日の昼のやり取りを思い出した。
 本来ならば最初に思いつかねばならなかった事だ。
 なぜ、今唐突にそれが頭に浮かんだのか内心首をひねるが、

「――なぁ、龍宮。これは独り言だけど」

 しゃがみ込んでガラスの汚れ具合を調べながら、葵はそう切りだした。

「今日龍宮の携帯にかかって来た用件。まぁ、龍宮の言い方からして厄介事なんだろうけど……ひょっとしたら、その厄介事にここが関わっているんじゃないかって俺は思うんだ」

 葵は背中で龍宮の気配を感じようとするが、とくに動いた気配はなかった。葵の頭の少し上の辺りで龍宮の持つ懐中電灯の灯りが揺れている。

「まぁ本当にここがそうなのかを置いといて……実際今は意味がない。俺が気になったのはなんでこんな夜中に、しかも怪しい場所があるかもしれないと知っているお前が何も警告せずに付いてきたのかって事だ」

 ガラスにひょっとしたら子供の手形か何かでも残っていないかと期待していたが、やはり何も見つからなかった。
 そのまま葵は立ちあがって、今度は天井を照らす。
 やはり、ネズミはおろか蜘蛛一匹――巣を張っていた形跡すらどこにも見当たらない。

「俺は龍宮真名が関わっている何かを知らないが、もしそれが俺の常識の外にあるものならば……で、それがこの旅館になんらかの形で関わっているのなら、そこになにかヒントがあるんじゃないかと思う。なにか見落としてないか? あるいは見えなきゃおかしいはずの物が見えてなくないか?」

 まぁ、具体的にそれが何か聞く気はないけどね。と断わりを入れてから葵は振り向く、

「さて、どう動く龍宮? とりあえずそれ以外にはおかしい所もユウキも見当たらないし、一度色ボケ達と合流するか? それともこのまま――」

 否、振り向こうとした瞬間、龍宮の手がすごい勢いでこちらの襟を掴み取った。
 葵が呆気にとられている間にも、龍宮は既に来た道を引き返そうとしている。

「え、ちょ、龍宮?」
「くっ、強制認識か……っ! 私とした事が!!」
「ねぇちょっと待て説明をいや説明はいいからこの手を放してこのままの速度で走ると俺がこけて引きずられちゃうからってほぉあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!!」






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






 どういうことだ?

 どうしてあの男は平然としている?

 あの女ですら誤魔化しきれたこの術式がなぜ効かない?

 あと少しだったのに

 上手くいくはずだったのに

 あの魔力の塊のような存在を捕らえる絶好の機会だったのに

 それが……ただの男なのに

 みじめな魔力しか持たないただの男なのに

 その『ただの男』に邪魔された


 なぜ、あの男は


 なぜ


 なぜ――






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






「古波さん! 副部長!!」

 龍宮に引きずられて外へと飛び出した葵。外に出た瞬間、文字通り雪の中に放り捨てられた葵だが、龍宮の様子から今が尋常ではない状況だと判断し、何も言わずに起き上って後に続く。
 車へと戻った二人が目にしたのは、既にもぬけの殻となった車だった。

「くっ……遅かったか!」

 龍宮が力強くボンネットを叩く。すると、その音のせいか、近くの木に降り積もっていた雪が崩れ落ちた。

(……運転席と助手席からそれぞれ足跡が二つ……自分の意思で出た?)

 予想を超えた事態に葵はかなり混乱しながらも、頭のどこかで「まずは調べろ!」と叫んでいる所があるのを自覚する。
 車の周りの雪の状態を確認し、とりあえず手掛かりを見つけようとする。
 龍宮も、何やら真剣な表情で車の周りや辺りを見回している。
 車のドアは空いており、少し雪が中に入り込んだために一部が少し湿っていた。

「おい龍宮。詳しくは聞かないから答えられる事には答えてくれ。一瞬で人の意思を捻じ曲げて、思う様に行動させる事って可能なのか?」
「可能だ。だが、それならば私にしか見えない痕跡が残るハズなんだが……いや、そもそも今までの私も……」

 なにやら引っかかる点があるようだが、そういう事が可能という事が分かればとりあえずはその方向で動くべきだろう。
 少なくとも楽観できる状況じゃない。
 車の中を確認すると、運転席と助手席の間の隙間に、来る時に佐々木が持ってきていたスナック菓子の袋が中身ごとぶちまけられている。
 二人分の懐中電灯はそのまま放置されている。この時点で異常事態である事は確定だった。
 龍宮は、葵には見えない何かを探すように虚空に視線をさまよわせていたのだが、諦めるように頭を振ると、残っている足跡に目線をやる。

「先輩、車の運転は出来るかい?」
「俺を何歳だと思ってんのさ龍宮。運転できてゴーカートくらいだ。そもそも――」

 運転席の周囲を調べていた葵はそれに気が付いていた。ご丁寧にもキーが抜かれている。

(ということは、俺達にも用があるってことか……)

 龍宮も、自分の目でキーが抜かれている事を確認すると舌打ちをして、今度は残っている足跡を目線で追っていく。

「先輩。貴方は今、違和感を覚えたりはしないかい?」
「その違和感ってのが、思考に妙な点があるかって事なら……少しパニくってる事以外は平常だよ」

 葵がそう答えると、龍宮は何度か迷う様に葵の目をチラチラと見て、観念したように溜息をつく。

「私の傍を絶対に離れないでくれ」
「邪魔にならない程度にくっついてるさ。頼りにしてるよ」
「……頼りにしてるのは、どちらかというと私の方だが……あぁ、必ず貴方を守ろう」

 龍宮はそれまで右手に持っていた拳銃と同じものを懐から抜いて、左手の中に収めた。
 二人が睨みつけるように見ているのは、二人分の足跡が続く先。そこは、あの旅館が佇んでいた。








◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






(つくづく、この人は私の予想の斜め上を行く人だ……)

 足跡を辿っていくと、やはりあの廃旅館へとたどり着いた。龍宮達が入った時と違うのは、玄関ではなく、おそらく搬入などに使用してたのだろう従業員用の裏口から入ったことだろう。
 自分の後ろをついてくる葵に、普段使っている改造したエアガンを手渡してから内部に入ると、佐々木達の靴に付いていたのだろう僅かな溶けかかりの雪がまるで目印のように続いていた。
 侵入する時には龍宮でも少し緊張したのだが、後ろの葵からはそういった物が一切感じられない。

(気楽に考えているのか、それとも私にそこまで気を使わせないようにあくまで自然体で振舞っているのか)

 前者ならば愚者。後者ならば少々勇気のある凡人。だが、この篠崎葵という男はいつも予想の斜め上を行く――

(あるいは、見えない敵に対して自分自身が無防備である事を見せつけて引きずりだそうとしているのか……)

 龍宮はゆっくりと足を進めながら、ふと数週間前の――期末試験が終わった少し後の出来事を思い出していた。
 副部長の命令で部活から逃げる葵を追いかけた時、僅かな慢心に付け込まれてものの見事に逃走されてしまった時のことだ。
 正確には、慢心を引きずりだされてしまった。
 全ての策を破り、完全に追いつめたと思い込まされたその一瞬を付いてドンデン返しの一発とばかりに切り札を切って逃げおおせた葵。
 その経験があるからこそ、龍宮は理解している。この奇妙な相方の最大の武器はその演技――擬態なのだと。
 自分の描いたイメージを相手に植え付け、思う様に事態を動かそうとする。
 まだまだ未熟……というよりはそういう状況に追い詰められる前に、龍宮なり広域指導員なりを上手い事――語弊はあるが上手い事利用・使用して、追いつめられないように立ち回るために、使う事がないまま磨かれていない技術だ。
 磨かれていないと言う事は、磨く余地がかなりあると言う事。もしそうなれば、と龍宮は知らず知らずのうちに考えてしまう。

(愚者でも凡人でもない。かと言って天才的な賢者というわけでもない)

 結局のところ、短い付き合いでは今の篠崎葵という男を測るには足りないのかもしれない。今分かっている事はただ一つ。

(私の魔眼でも痕跡すら見えない高度な強制認識魔法が、篠崎先輩にはろくに効いていないと言う事だ)

 もし、最初に考えていた通り調査を明日から開始しており、葵が傍にいなかったらと思うと吐き気に近い何かが身体の中をのたうちまわる。
 葵に指摘されて自分が依頼の件の認識を薄められていると気が付いた時等は、背筋が凍るような思いだった。
 龍宮が葵を連れてきたのも、一人で残すのは危ないという理由よりも、自分では気づかない認識の変更、阻害をされた時の保険という意味合いもあった。
 一般人を保険として連れてくるなど本来あってはならない事なのだが、不思議と今の状況に違和感や罪悪感など全く感じない。それはそれで問題なのだが――

(なんというか……妙にしっくりくる)

 自分が剣と盾の役目となり、彼がそれを補佐するというこの状況に不思議と安心できる自分がいる。
 自分の考えている事がおかしくなり、ついに龍宮は苦笑をこぼしてしまう。

「おいおい、随分と余裕じゃねーか龍宮」

 葵がおどけたような声でそう告げる。そこにどこか咎めるような口調が混じっているのは当然だろう。龍宮も自分で今のはどうかと思ってしまう。だが、

「すまない先輩。いや、……不思議となんとかなるような気がして……ね」

 自分でもよく分からない漠然とした答えだと、再び苦笑を滲ませながら、龍宮は銃を構え直し、再び足を進める。
背中を相方に預けながら、ゆっくりと。






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






 麻帆良学園の中で最も冒険しがいのある場所だと言われている所がいくつかある。
 例えばロボット愛好会の研究室にある広大な倉庫の一つ、第三倉庫――通称、伏魔殿。
 中には愛好会の試作した数々の物品が大量のトラップと共に眠っており、存在は確かだが入口を発見するのが困難で、入れたとしても意識を保ったまま出る事が難しいと噂されている。
 そうした数々の危険な場所の中で、誰もが知る有名な場所となればここしかない。
 図書館島地下――
 数々の貴重な本が収められているという噂から、正式に探検部まで発足しているという冒険、あるいは騒動好きからはある種の聖地として認められている場所である。
 今、その地下に一組の男女が調べ物をしていた。
 やややせ気味の、細い眼が特徴的な男――瀬流彦と、メガネをかけたストレートロングの女性――葛葉 刀子。二人ともこの麻帆良学園において、魔法や気といった神秘に関わる教員である。

「まったく……本国からきた教員というのは一体なんなんですか!? こちらの足を引っ張ってばかりではないですか!!」
「何かの思惑があるんでしょうが……これはさすがに……。まぁ、警護だけは楽になりましたけど……」

 今二人は高畑からの頼みで、過去に行われた今回の減少に類似する儀式魔法について調べていた。明日の朝に救援として現地に向かう魔法生徒と、今まさに現地にいる傭兵でもある生徒に少しでも多くの情報を渡そうと、それらしい資料を片っぱしから漁っているのだ。

「にしても儀式魔法ねぇ。関西にいた頃いくつか文献を読ませてもらったけど、覚えているものといったら封印術か召喚術くらいしか……」
「そもそも儀式魔法って研究の過程で色々と出てくるものですから……。未知の物がありすぎてどこから手を付けたらいいのやらさっぱりですよ」

 瀬流彦は嘆息をもらしながら次の資料――中世の時代の錬金術について書かれたものを手に取る。が、パラパラとめくっただけですぐに戻してしまう。あからさまに違うと分かっていたからだ。

「そもそも弐集院先生はどこにいるんです! こういう作業はあの人の得意分野ではないですか! ここ最近一度も見ていませんよ!?」
「それが、最近麻帆良に電子攻撃を仕掛けてくる人達がいるらしくてね……。厳戒態勢で缶詰状態。今朝たまたま会った時には娘に会いたいって本気で泣いてたよ。ストレスが食欲に回ってるのか、また少し太ったようだし……可哀そうに」
「……それは……また酷な」

 葛葉は、肉まんが大好きなぽっちゃり体系の同僚が疲労を顔に浮かべながら暴飲暴食に走る姿を思い浮かべ、思わず目じりを潤ませる。
 しかし、同僚を頭の中で労わった所で目を通さなければならない資料の山が消えるわけではない。
 こういう時に、動く事には慣れていても人を動かす事には少々慣れていない高畑に、思わず呪詛めいた愚痴を言いたくなるのも仕方ないだろう。決して口には出さないが……。

「しかしこうしてみると儀式魔法って山ほどありますね。自分も警護用にいくつかの術式を持っていますが……。初めて目にする物の方が多くて何が何やら。刀子先生の方はどうですか?」
「そうですね。ある意味で関西の呪符などが簡単な儀式魔法に当りますが、こういうパターンはちょっと……。それこそオコジョ妖精などの方が詳しいかもしれません。特に西洋の物となると」

 そもそも、儀式魔法というのは規模が大きくなっただけで普通の魔法と基本は変わりがないものである。
 召喚、封印、あるいは攻撃か防御かその他の特別な目的か……。
 なんにせよ、基本的に儀式魔法というものは、発動体などを使用した通常の行使が、魔力の不足や何らかの制限などにより術者に不可能だとなった場合に、魔法陣や媒体といった物を使用して魔力を増幅させて行使する事の全般を指して儀式魔法というのだ。
 それをただ調べろと言われただけでは、正直どこから手を付けていいかわからない。
 一応魔法のエキスパートである真祖の吸血鬼が、ある程度状況から分析してくれためにある程度の傾向はわかっているが、それでも見るべきものはやはり膨大な数に違いなかった。

「むしろ、エヴァンジェリンさんが言うように生徒を全員帰すか、せめて場所を移してあげた方がいいと思うんですが……」
「そうですね。いくらあの龍宮真名がいるとはいえ、バイアスロン部はそれなりの人数がいる部活ですから……もしなにかあった時に全員を守れるとは思えませんし」
「それに、バイアスロン部って事は彼もいるでしょう?」

 彼という言葉に、葛葉は一瞬誰の事を指すのか分からなかった。
 一拍置いて思い出したのは、関東と関西の諍いに巻き込まれて色んなものを同時に失った一人の男子生徒。

「関西の術については刀子先生の方が詳しいと思いますが……本当に彼、何人かの先生が言う様に関西に洗脳されていると思いますか?」

 心配しているような、同時にどこか疑っているような声で資料に目を走らせながら聞いてくる瀬流彦に、刀子は答える。

「……可能性はあると思います。ですが、それはほとんど0に近い物でしょう」

 確かに、治癒魔法のエキスパートが何人も揃った上で記憶の断片すら見つける事が出来なかった篠崎葵という存在には怪しい所がある。
 だがそれが即洗脳に結びつくかどうかとなると、首をかしげざるを得ない。
 むしろ、それをやりそうなのはどちらかと言うと、残念だがいま本国から来ている一派の方なのだ。

「なにより、彼が危険人物と言うなら、龍宮真名があれほど気を許して行動を共にするとは思えません」

 葛葉は直接関わった事はないが、ここ最近の情報だけはいろんな所から耳に入ってきていた。
話題にならない週が無い程に、篠崎葵と龍宮真名のコンビは有名なのだ。それこそ情報収集の必要が無い程に。

「……冬休みに入る前には、報道部と放送部が起こした放送室の奪い合いを二人で止めたらしいです。高畑先生が指導員の出る幕がなかったってボヤいていました」
「本当に、騒動のある所にあの二人は必ずと言っていいほど関わってきますよね……龍宮君も篠崎君も……」

 瀬流彦が呆れたように笑う。
 葛葉は詳しく知らないが、中等部の教諭である彼は、何度か彼らと共に騒動に巻き込まれた事があるらしかった。あの二人の話をすると、どこか照れくさいような顔になるのを本人は気が付いているのだろうか。

「ともかく、明日までにエヴァンジェリンの分析を元に資料を選別しなくてはなりません。今日は徹夜ですよ? なにせ生徒の命に関わるかもしれないのですから」
「ははは。少し弐集院先生や高畑先生の気持ちが分かって来たなぁ……」

 少し目を虚ろにしながらそう小さく呟いて、次の資料に取りかかり始める瀬流彦を横目に見ながら、葛葉も次の資料を手に取る。
 その内容を速読で読み取ると、こんなものまで一々残っているのかと驚いてしまう。

(いくらなんでも……これはないでしょう)

 そう思ってその資料を不必要と判断して積み重ねた資料の一番上に置く。
 その資料のタイトルは簡潔なものだった。


――死者蘇生の研究に関する歴史とその考察


 かつて多くの人間が不老不死と共に夢を見て、そして失敗を繰り重ねてきた魔法の一つ。
 魔法と神秘があるにも関わらず、その中でも誇大妄想と言っていい事に関する三流論文は、葛葉が読み終わった次の資料の下敷きとなり、見えなくなった。






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






 広い部屋の隅に二人の人間が倒れている。
 一人は男、あの忌々しい男と違い常人並みの魔力は持っている。
 もう一人は女、こちらは少々魔力が少ないが、その代わりに面白いものを持っている。
 男の方は『使う』として、女の方は利用価値があるかもしれない。
 どのように利用するか頭を悩ませていると、結界に反応があった。
 遠視魔法を使い、侵入者を覗き見ると予想した通りあの二人が来ている。
 男の方は目障りだが、女の方が再び足を踏み入れてくれたのは喜ばしい事だ。
 念のために車の鍵を抜いてきたのだが、そのまま放置しておけばあの男を排除出来たかもしれないと少し後悔する。
 仮にあの男が人を呼んできたとしても、私の領域の中では誰もが気付かない。気付けないのだから。

 ふと、後ろを振り返る。
 そこに広がるのは、立体迷路のように魔法陣を模した巨大な水槽。
 これこそが自分の最後の手段。
 大丈夫、上手くいく。
 外部から来る素材と、ここで生産できる素材があれば必ず……必ず……。

「邪魔はさせない。誰にも……誰にも……」

 瞼の裏に広がる遠視魔法を通した視界に移る、片手に拳銃を持って飄々としている男を睨みつけながら、迷路に近い水槽の中を進んでいく。

「覆すんだ。あの悲劇を……」

 中心部となっている、ひときわ大きい円柱状の水槽。
 その中には、愛した女性が――今も愛している女性が浮かんでいる。
 その水槽の傍らには、白い髪の子供が――本来ならば産まれてくれハズだった自分の子供と同じ顔を持つ忌々しい人形がここにいる。
 その子供は、何も感情を移さない瞳でじっと女性を見上げていた。












≪言い訳という名のコメント≫
気が付いたら20話を超えているために赤松板へと移動させていただきました。
そして、前回感想で最低でも2話で終わらせようと思ったのですが……後日談含めると一話増えそうです。本当に申し訳ございません。

さらには第二章と交互に執筆して書き貯めておく予定だったのですが、結局完成しているのは一話のみという始末。
出来るだけ早く本編の方に移る予定なので、どうか皆さん、これからもよろしくお願いいたします。

また、感想・批評してくださる皆様にはどれだけ感謝しても足りません。
特に誤字の修正報告は本当にありがとうございます。
気を付けて見直しても0には出来ないrikkaクオリティorz

今後も気になる点がございましたらよろしくお願いいたします。


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