「問おう。貴方が私のマスターか?」
双月の光の下。妖精のように可憐で、剣のように凛々しい少女は自分にそう問うた。
◇
ある日、魔導都市ミシディアから軍事国家バロン王国にイビルロードに異常ありと通達が届いた。
といっても、最初は魔方陣の力を使って向こうにある魔方陣の位置に転移するところが町の外に転移だったり、微妙に位置がずれたりするものだったが、ある日全く関係の無い場所のものや人まで転移してきたと言うのだ。
故にしばらくバロン側からの使用を控えてほしいというものであった。
ミシディアの魔導士たちは魔方陣の経年劣化と判断して術式の再構築を施すことで解決とした。(資料集めと儀式で二日以上要したが)
しかし、それはこれから起こる異変の―――小さな予兆であった。
◆
バロン王の養い子にして暗黒騎士セシル・ハーヴィはそれまでの人生の中で最も動揺していた。
就寝しようとした矢先、部屋の中で突如巻き起こった光の乱舞。
敵国の襲撃かと思い剣を構えて待ち構えれば、現れたのは金糸の髪に翡翠色の瞳。深い蒼のドレスの上に白銀の鎧を纏った少女であった。
お伽噺に出てくるような騎士。――暗黒剣を振るうセシルには、自分とは対極の眩い存在に映った。
敵か否かと言う考えは全く浮かばなかった。
「サーヴァントセイバー、召喚に応じ参上した」
凛とした声が塔の中の部屋に響き渡る。
召喚と聞いて更にセシルの頭は混乱する。召喚魔法を使った覚えは無いし、ミストにその魔法を使う者達が隠れすんでるらしいが、そもそも魔法関してセシルは完全に門前外だ。
「問おう。貴方が私のマスターか?」
「そのマスターと言うのに心当たりが無いのだが…」
動揺醒めきらぬ頭を何とか動かしてセシルは剣を下げ、セイバーと名乗った少女に応えた。
「貴方が私を召喚したのではないのですか?」
「いいや、僕には魔法の心得は無い。ちなみに僕の名はセシル・ハーヴィ。君は一体…?」
一方セイバーは戸惑いながらも目の前の青年にかつての戦友の面影を見てわずかばかり目を見開いた。
そして彼の優しく、どこか自分を押し殺しているその目に既視感を覚えた。
聖杯の寄るべか否かはいざ知らず、自分が彼に呼ばれたのはこれが要因なのだろう。
サーヴァントはマスターとの共通点に牽かれて召喚されるのだ。
「セシル…良い名ですね。私のことはセイバーと呼んでください」
それは名前ではないとセシルは言いたかったが、彼女の優しげな笑顔に声が出なかった。
「しかし…どうやら今回はイレギュラーな召喚のようですね」
「手短く、状況を説明してもらいたい。正直サーヴァントと言われても何がなんやら…」
「そうでしょうね…まずサーヴァントですが」
説明を受けている間、右手に出来ていた痣がやけに痛んだ。
膨大な魔力量を感知した城の魔導士たちが部屋に駆け込んでくるまであと一分…
この日、セシル・ハーヴィは戦友にして姉の様な存在を手に入れた。
◆
「おーい、大丈夫か?」
頭の上から声が降ってくる。先程自分の部屋に突然現れた青い男の声だ。ついで頭をこつこつと固いものでつついかれてる。多分さっき自分のみぞうちを抉った朱槍だろう
意識が朦朧とする中、竜騎士カイン・ハイウインドは床に突っ伏しながら他人事のように判断した。
「参ったな、こりゃ…」
困ったように頭をかく青い軽鎧の男―――ランサーはつい先程昏倒させた金髪の青年を見下ろしながら途方にくれた。
まあいきなり武装した男が目の前に現れたらそりゃ警戒するだろうが、まさか召喚されて槍で切りかかられるとは…
カイン自身若年なれど一流の竜騎士だが、大英雄たるランサーに敵うはずもなく、あっさり返り討ちにしてしまったのである。そして今に至る。
「あー、とりあえず…」
まあ、魔力量は心許ないが気概はよし。腕はこれからに期待。ランサーはそう前向きに考え、改めて名乗りを挙げた。
「サーヴァントランサー、召喚に応じ参上した。坊主がマスターって事でいいか?」
良くない。
何がどうかは知らないが、ともかく良くない。
そう思いながらカインは完全に意識を手放した。
その後、ベッドで目覚めた彼が見たのは父と完全に打ち解けて酒を酌み交わしているランサーの姿であった。
◇
どうしてこうなったのだろう?
白魔導士ローザ・ファレルは目の前の状況を把握しようと必死に頭を働かせていた。
魔法の訓練をしている最中に突如現れた赤い外套の男。その鋼色の目は鷹のように鋭い。その目が眼前のローザを見据え、そして周囲を見回した。
「ふむ、今回はまともな召喚のようだ」
今回は、ということは前回があるということか。この人(?)は魔法によって召喚される存在なのだろうか?それならこの濃い魔力の気配も得心がいく。
ミストの隠れ里に伝わる召喚魔法には伝説になった英雄を召喚することが出来ると聞いたことがあるが…
「あの…」
「ローザ!下がりなさい!!」
「母さん!?」
状況を纏めようと質問を投げ掛けたとき、正気に戻った母が自分を守るため間に割って入った。
強引に自分を下がらせ、目の前の人物に杖を向けた。
「何者です!?」
「何者と言われてもサーヴァントだが…」
「サーヴァント?」
サーヴァント。使い魔。召し使い。
そんな単語が二人の頭に浮かぶが更に混乱が頭をかき混ぜる。
一目見て強大な存在―――多分国内にいる強者の誰一人とて敵わないだろう―――であるとわかるものを、何の儀式もなく使い魔として召喚できるものなのか?
それを見てしばらく考え込んだ男は、敵意が無いことを示すように両手をあげながら応えた。
「まあ、使い魔の最上と思ってくれ…ところで貴方は彼女の身内か?」
「だとしたらどうします?」
「なら安心してほしい。今しがた彼女からのパスを確認した」
「パス?」
「魔力の繋がりのことだ。君が私を召喚したのだろう?右手の令呪が何よりの証拠だ」
確かに魔力を使い尽くした時の脱力感が体にまとわりついている。右手の甲にいつの間にか出来ていた痣もあるが…
「でも、これは弓の稽古で出来たもので…」
本当に貴方を喚んだことに関しては心当たりが無いの。ローザは正直に答えた。
「ふむ…陣も無しにか」
「ごめんなさい…貴方を元いた場所に戻すにはどうしたらいいかわからないの」
元来使い魔は与えられた役割を終えると自然と元いた世界に帰るのが基本である。
しかしローザとこの男の場合、前提となる契約が無いのだ。これでは召喚されたものが現世でさ迷うはめになる。
「ならば簡単だ。私に自害を命じればいい」
「なっ!?」
男の申し出に母子ともに驚きの声をあげた。
「見ればわかると思うが、この身は一度死んだ身。元いた座に還るだけだ。」
我ながら狡いと思いつつ、それに――と男は付け加えた。
「君の身の安全のためでもある。もし、他にも私のような存在が現界していれば尚更だ。要らぬ危険を招く恐れがある」
「それは―――」
娘の身を思えば、母として危険は避けたいがその手段が受け入れがたく言葉を濁したとき、ローザが前に出た。
「駄目!」
「ローザ!」
「駄目よ!そんなことは。簡単に自害とか言わないで」
彼女の強い言葉に男は一瞬面食らうが、すぐに目を鋭くし、探るようにローザを見た。
「ならばどうする?見たところ君も母子ともに魔術師に見えるが、他のサーヴァントや魔性に狙われる可能性が出るぞ。その意味が解らぬわけではあるまい」
「たとえそうだとしても、貴方が私に呼ばれたと言うなら、それはきっと何かの縁よ」
ローザは屹然と目の前の人外に宣言した。
「原因がわかるまで私が貴方のマスターになるわ。だから軽々しく自分を害するとか言わないでちょうだい!」
死んでいるからって言い訳も無しよ!とローザは最後に釘をさした。
やれやれ。男は参ったという風に肩をすくめた。
「試すようなことを言って悪かった」
改めて、彼はサーヴァントの礼節に則って名乗った。
「名乗るのが遅くなったな。サーヴァント、アーチャー。召喚に応じ参上した」
「ローザ・ファレル。白魔導士よ。よろしく、アーチャー」
その夜、後にバロン国内でもっとも名の知れることになる三人は運命に出会った。
ミシディアの虐殺の数年前の事である。
DSで久々にやったら楽しかったので勢いで作った。今は反省している。