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No.33281の一覧
[0] 【習作】ほむほむ?でGO!【まどか☆マギカ×fate/zero オリ主トリップ物につきご注意ください】 [ikuzu](2012/06/26 00:33)
[1] 2話目[ikuzu](2012/06/25 22:06)
[2] 3話目(外)[ikuzu](2012/06/25 22:21)
[3] 3話目(内)[ikuzu](2012/06/25 22:30)
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[33281] 3話目(外)
Name: ikuzu◆8ffd634e ID:22035bff 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/06/25 22:21
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[湾岸倉庫街]
サーヴァント達のバトルフィールドと化した倉庫街。
地が割け、宙が割れ、大気が震える―神話の再現。
人の常識など遥かに超えた、想像の中でしか成し得なかったはずの幻想の体現。
選ばれし者達だけが上がることを許された、究極の闘技場。


―そこに、また新たなる闖入者が参戦する。


張り詰めた緊張感と均衡が張り巡らされた戦場の空気が、突如として変質した。
それまで互いを牽制しあっていた各陣営が。
或いは密かに身を隠していた者達が。
そしてまた、様子をつぶさに観察していた視観者達が。
誰もが、瞠目して視線を転じる。



軋むようにして生じる奔流。
濁流のように渦巻いていく大気の流れ。
束ねられた力が、収束し、具現化していく。
尋常ならざる波動が、やがて人としてのカタチを取る。



やがて。
ゆっくりと霧が晴れてゆくようにして実体を成す人影。

その姿を見た者が、再び目を丸くする。



佇むのは、1人の少女。

淑やかに、柔らかに流れる長い黒髪。
しなやかさと繊細さを併せ持つ、均整の取れた体躯。
身を包むのは鋭角的な構成で編まれた現代的な衣装。
そして。
幼さを未だに残す線で形作られた、凛々しげな美貌。

外見上で言えば―十代半ばか、あるいはそのほんの少し手前か。
大人へと成長する途上の、殻を破り始めた頃合。
年端も行かぬ未成熟な状態ながらも、既に研ぎ澄まされた美麗さは一際際立つ。

そんな少女が。
端的な言葉で言えば―美少女が、そこにいた。

一見、こんな場には似つかわしくない外見。
だが―その華奢な体から漂うのは絶大な存在感。
それが、‘彼女,もまた。人間が遥か及びも付かぬ超越存在―サーヴァントであることを無言で物語る。



戦場へと降り立った‘彼女,は、無表情という仮面で彩った貌を僅かに巡らせる。

聖杯戦争の開幕を告げたセイバーとランサーの激闘。
その火花の間に割り込むようにして常識を覆すような行動を取った、ライダーの破天荒。
揺れ動き始めた場を制圧するように顕れた、傲岸不遜なるアーチャー。

そんな彼らの手によって創り出され。
今なお空気中に漂う、先程までの激動の遣り取りの名残を気にも留めずに。



突如現れた、謎のサーヴァント。
誰もが警戒と緊張によって動けなさそうな空気の中で。
そんなものに頓着せずに動いたのは―やはりこの男だった。

「何ともまあ、2人目の娘っ子の登場とはのう」

愉快そうに破顔し、哄笑する巨漢。
己の欲望のままに進みながらも、周囲を否応なしに引き付ける大いなる英霊。
ライダー―征服王イスカンダル。
豪快で磊落な言動は、こんな状況でも何ら陰ることは無い。

「ふむん。此度の闘争、或いは面白いものになるやもしれん」

満足そうに顎鬚を扱きながら口元を緩める。
そんな、何気無い動作1つにも満ち溢れた貫禄を感じさせる―
英霊というカテゴリーの中でも並外れた格を持つ、征服の王者。


「ら、い、だぁ~…」

その巨体の足元から、か細い、世にも情けないような声が上がる。

「オマエなあ、こんな時に何をのんきな…あいたぁっ!?」

乏しい背丈に、震える声。涙と鼻水に塗れた顔。
…言い方を気にせずバッサリと言い切ってしまえば…
「小市民」がそこに居た。
体の大きさから声の質から、傍らのライダーとは全くの正反対の少年。
ウェイバー・ベルベット。
この巨漢のサーヴァントのマスターである彼の声は、あっという間も無く沈黙させられる。
ライダーの右手中指の高速の動き―いわゆるデコピンによって。

苦痛に悶える己のマスターを、ライダーは嘆息して見下ろす。

「坊主よ。お主も、ちいっとは興というものを理解せいよ。どうにも視点が狭くていかん」

一息吐き、言葉を続ける。

「ま。まだ少し坊主にゃ少し早いか。とりあえず引っ込んでおれ」

荒削りで剥き出しの言葉。
けれど、そこには主を慮る色もあったのだが…

「このっ!バカにするなよっ!」

この時のウェイバーは気付けなかった。
自分を下に見られるのが悔しかったのか。
或いは―
先程、恐怖の対象であった己の師である魔術師から庇ってくれた己のサーヴァントに対し、少しでも報いたかったのか。

「あいつだってサーヴァントなんだろ!なら、能力を見ることぐらい、僕にだって…!」

サーヴァントと契約して聖杯戦争に参加したマスターには、他サーヴァントの能力をある程度《視る》ことのできる透視力を授けられる。
ここで収集した相手の能力値を自陣営の戦力と擦り合わせ、戦略を練っていく―など、聖杯戦争を勝ち抜く上では欠かせない能力だ。

「(これぐらい、僕だって―)」

そんな思いでウェイバーは身を乗り出す。




その征服王と対していた陣営の一角。
槍兵のクラスのサーヴァント―ランサーは、改めて己の得物を握り直し、新たな闖入者に相対する。
整った顔立ちに浮かんでいるのは、一片の緩みも無い警戒感。

つい先刻。
サーヴァント最優のクラスとして名高いセイバーと刃を交え。
一撃を入れたほどの、凄腕の槍騎士。
ケルトの神話で語り継がれるフィオナ騎士団の一員。
豪傑揃いの騎士団において、最強の誉れ高く讃えられた―
「輝く貌」―ディルムッド・オディナ。

幾多もの武勲を立て、戦場を駆け抜けた…そんな彼の本能が、警鐘を鳴らし続けている。

新たに出現したサーヴァント。
外見こそ未成熟な少女のものだが―断じて、油断できる相手では無い。

「(ケイネス殿、ご注意を)」

自らが感じ取った危機感をランサーはパスを通じて念話で主に語りかける。
状況を主に出来る限り詳細に伝え、共有しようという忠節。
騎士としての高潔な行動。
それが、逆効果になってしまうことを知る由も無く―

「(フン。口を挟むな。どうするかは私が決める)」

ランサーの慮る声に、冷たく高慢に返すマスター―ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。
声には隠しようも無い憤懣が詰まっている。
それがランサーへの不満であることは明らかだった。

かっての過去の英雄の現界した存在だと言っても、サーヴァントは所詮、聖杯戦争における道具に過ぎない―
そんなケイネスにとってみれば、セイバーとの戦いを愉しんでいたランサーは到底許容できるものではなかった。

「(視界を貸せ、ランサー。私が直に見定める)」

ケイネスは吐き捨て、ランサーと視界を同化させる。

「(いけません!ケイネス殿、どうか―!)」

ランサーの配慮に何ら構うことなく、ケイネスは視線を向けて―




「セイバー?」

征服王と対している陣営のもう一角。
戦場の空気にも負けず、気丈に立ち続けているアイリスフィール・フォン・アインツベルンは、その宝石のように整った瞳を疑問で揺らした。

視界に映るのは、小さくも大きな背中。
厳冬の雪深い城で降り立って以来、少しも翳る事の無い光輝。
貴さと誇りをそのまま具現化したかのような、神々しさに溢れる清廉なる少女。
理想やユメ、希望が人の形を取ったようなその存在には、誰もが憧憬を抱かずには居られない。
悪鬼が蠢く戦を幾度と無く駆抜け。国という重すぎる荷をか細い肩で背負い続け。
人間の善を信じ、気高く在り続けた理想の王。
英霊達の中でも鮮烈に、美しく輝く少女―
「騎士王」―アルトリア。

最優のサーヴァントクラスであるセイバーとして在るに相応しい彼女が、屹立する。
アイリスフィールの視界を塞ぐようにして。


「アイリスフィール、私の後ろに。決して奴とは相対しないように」

引き締まった顔に緊張の色を浮かべ、セイバーは口を開いた。
先程、ランサーとの交錯で負傷しながら、気勢には些かの衰えも無い。
変わらぬ戦意を目に宿しつつ、新たな闖入者を見据える。

相手を射殺さんばかりの眦。
向ける眼差しは、完全に敵対者へ対するモノ。

己と似たような背格好の相手なのに―

いや―
だからこそ、この相手―‘彼女,は油断ならない。

確かにこの相手は、年端も行かぬ少女に見える。
それでもなおサーヴァントとして現界している…
つまり。‘彼女,は生前時にそれだけの戦歴をうち立てたということだ。
まだ未成熟と呼べるような年齢で、である。

或いは。
セイバー自身がそうであったように、何らかの原因で外見年齢が止まっただけで、実際は相当の年齢を重ねていることも在り得る。

ただ、上記どちらの推測が正しいにしても、只者でないことだけは確か。
明らかに、容易い相手では無い。


「解ったわ。―気をつけてね、セイバー」

信頼する己の騎士からの指示に、アイリスフィールは従った。
この騎士王に対して彼女は絶対の信を置いていたし。
何より、自身でも先程から何か圧迫感のようなものを感じていたのだ。

戦闘状態でも自分への気遣いを忘れぬことに礼の気持ちを込め。
アイリスフィールが下がろうとした時だった。



―‘彼女,が、戦場を睥睨した―


視線をゆっくりと巡らせる。
ただ、それだけで―場の空気が硬直した。

凍えた空気は、その場に居たマスター達に襲い掛かる。



「(―ぐぁぁっ!)」

「(ケイネス殿っ!?)」

パスと通じて伝わってきた主の苦鳴に、ランサーは身を固くした。
ケイネスとリンクしていた為に彼の受けた衝撃がいかほどのものであったか、直に感じ取ることができたのだ。
ランサーの視界を通じて透視力を行使しようとしたケイネスの視線が、‘彼女,の瞳と一瞬交錯した際。
脳髄を直接揺さぶるかのように叩き付けられて来た圧力。

単なる眼圧では無い。

「(幻覚か、或いは魔眼に類する能力か…?)」

現代の魔術師として随一の使い手であるケイネスは、外部からの干渉能力に対する知識も耐性もあるはず。
その彼にここまでのダメージを与えている以上、相当な高レベル能力であることは間違いないだろう。

―だが、今はそのような推測をするような時では無い。

「(不覚…!やはり、油断ならぬ相手だったか)」

相手からの能力を受け、主は行動不能。
そんな事態を招いてしまった己の不甲斐無さを呪いつつ。
ランサーは構えを取り直す。
この場を切り抜けるために。




「…あ…う…」

呻き声と化した嗚咽を漏らしながら、ウェイバーは力なくへたり込んだ。
周囲を見回す謎のサーヴァントの目と視線が交錯した瞬間に。
肉体と精神を押し壊すかのように押し寄せてきた怒涛の圧迫感。
あっけないほど簡単にウェイバーの矜持と体の力は奪われて―


「ほれ。しっかりせんか、坊主」

ライダーに吊るし上げられるようにして戦車の御者台に支え直されていなかったら、そのまま崩れ落ちていただろう。

「だから言ったではないか。お主にはまだ早いと」

呆れたような声に、ウェイバーは反駁しようとするものの―そんな気力などありはしない。
身体は瘧に掛かったかのように小刻みに震え続け、歯は噛みあわずにガチガチと耳障りな音を鳴らすばかり。
先程のケイネスから向けられた殺気など、比べるのもおこがましいほどの重圧。

それを前にして何もできずに蹲り、涙と鼻水で汚した恐怖に固まった顔。
第3者が見れば、間違いなく醜態だと断じるだろう有様。
かっての何も知らなかった頃の己が見れば、疑いなく侮蔑したであろう姿を晒して。

ウェイバーの胸にあるのは、自分が無事だという安堵感。
他人から見た自分の姿などどうでもいい。
とにかくこうして生きているだけで十分だ―

それが偽りようもない本心。

これでは駄目だ。
自分のことを鼻で哂い、見下し、認めなかった魔術協会―時計塔の連中を見返してやると決めたではないか。
その為にこんな極東にまで赴き、聖杯戦争に参加したのに―

こんな有様では、奴等の言う凡人そのものではないか。
本当なら、不覚を取った自分の身を恥じ。
けれどより一層に冷静になり、取り乱すことなく、粛々と己の目的へ堂々と歩き出す…
それぐらいでなければいけないのに―

そう思っても、本音は偽れない。

誇りも目的もどうでもいい。
ただ、助かってよかった…そのように自身の命にしがみ付く己の姿。

そんな自分が情けなくて、どうすればいいのか解らなくて―


「ぶべらっ!?」

突如降ってきた頭上からの衝撃に、ウェイバーは喉の潰れたような珍妙な呻き声を上げる。

「辛気臭い面を浮かべるでないわ。これから戦場に酔おうと思っておったのに…台無しではないか」

下手人は傍らのライダー。
その巨体から振り下ろされた手を矮躯のマスターの頭を覆うように叩き付けた。
分厚い掌が、ウェイバーの頭部を掴んで髪を掻き回す。

「お、ま、え、なぁ―!」

マスターに対する態度などどこかに置き忘れてきたかのような狼藉だ、コレは!
…そもそもこの男が、そんなものを持っているのかさえ疑わしいということは置いておいて。

「このっ!離せってば!」

憤懣でウェイバーは何とか逃れようと試みる。

…そうやって夢中でもがくうちに、迷路へと迷いかけていた思考が霧散していた。

そんなマスターを見下ろすライダーの目にどこか満足気な色が浮かんでいたことは、誰も解らなかっただろう。


「だが坊主。その馬鹿さ加減はなかなかに小気味良いぞ」

掛けられた言葉にウェイバーは目を丸くして―すぐ様、気分を害したかのように頬を膨らませてそっぽを向く。

「馬鹿と呼ばれて喜ぶ奴なんているかっつーの!」

「い良し。それだけ言えりゃあ上出来だ」

口元を緩ませてライダーはウェイバーの頭から手を離し。
視線を前方へと向け直す。
そこには、少年マスターに向けていた温かみなどまるで無く。
猛禽のように研ぎ澄まされた目。


「で、坊主よ。サーヴァントとしちゃどの程度のモンだ?アレは」

鋭い眼光で見据えているのは、あの謎のサーヴァント。
問い掛けに慌ててウェイバーは意識を整え直し、先程の記憶を引っ張り出す。
とんだ目にあってしまったが、何とかステータスはある程度読み取れた。

「宝具とか、スキルとかが解らなかったけど…基礎能力は、何とか」

思い起こし、ウェイバーは脂汗を一筋流す。

「基礎能力は、ほとんどDとEだ。耐久は物凄い高いけど…」

能力値でいえば、この謎のサーヴァントは大したことは無い。
というよりむしろ弱い。
耐久値こそ飛び抜けているが。他は下級と最下級。
サーヴァントとしては最低ランクと言って差し支えない。

「けど、アイツは…!」

脂汗がもう一筋。
確かに、このサーヴァントは弱い。

ただ…それなら、この恐ろしさは何だ?

湧き上がってくる混乱と恐れを何とか制御しようとするウェイバー。
ライダーは眉を顰め。己の武器―戦車の手綱に手を伸ばした。

「―ことによると我らも参戦するぞ、坊主よ」

生前。数多に勝利し、制覇し続けてきた征服王イスカンダル。
その彼が。隠していた牙を、剥き出しにしつつあった。




「っう…!」

鋭利な刃物で切り刻まれたような悪寒に、アイリスフィールは声に成らない悲鳴を上げ、足をよろめかせる。
全身の力が…いや、生きるという活力そのものが吸い上げられ、意識が眩んで。

「っ!」

それでも必死に踏み止まったのは驚嘆に値するだろう。
こんなところで倒れるわけにはいかない―
己の責務と強い精神で立ち続けるその姿は、彼女が紛れも無い強い精神を持つことの現れ。

「アイリスフィール!?」

倒れこそしなかったものの、明らかに憔悴したアイリスフィールにセイバーは声を震わせる。
変質した空気に当てられながらも、なお崩れず、凛として在りつづけるその姿。
気品と威厳を備えた姫君たる彼女は、やはり共に戦場に立ってくれる者として相応しい。

セイバーは誇りに思い。だからこそ、現状況が呪わしくてたまらない。

できるものならば直ぐにでもアイリスフィールの元へ駆け寄り、労わってやりたい―
けれど、それはできぬ相談だ。

「おのれっ…!」

奥歯を噛み締め、セイバーは前方へと向ける視線を険しくする。
相も変わらず飄然と立ち続ける、少女の姿をした謎のサーヴァントへ。

アイリスフィールを憔悴させた空気の変質は、目の前の‘彼女,によって成されたものとして相違は無い。
そんな相手に対し、迂闊に動くことはできない。

今の状況にしても、セイバーがアイリスフィールの視界の大部分を塞ぐ形で前方に出たからこそ保っているようなものだ。
もし、セイバーがそのような行動を取らなかったら…
まともに‘彼女,の干渉を受けてしまっていたら…おそらく、アイリスフィールとて無事では済まなかっただろう。


「(しかし、アイリスフィールにすら影響を及ぼすとは…)」

先のランサーとの開戦前。
ランサーの持つ魔貌にすら、アイリスフィールは抗してみせた。
その彼女でも抵抗できないとなると、半端な能力ではない。

下手な手は打てない。

「(-どうする…?)」



「大・・丈夫よ、セイバー。私のことは心配、要らないから」

知らず、焦りに陥りかけていたセイバーを引き戻したのは、アイリスフィールの声。
未だに震えながらも何とか搾り出した声は、騎士王への配慮に満ちていて。

「アイリスフィール!無理をしては―」

「平気、よ…エスコートして来てくれたナイトの前で、無様な姿は、見せられないもの…」

声を乱すセイバーに返される、柔らかな笑顔。
ただ、それは相当な無理を押しての表情であることは明白だ。
滝のように浮かんでいる汗と、血色のほとんど失せた青褪めた頬。
見ているだけで苦痛が伝わってくるような―そんな、痛々しい顔。

それなのに、こちらを気遣ってくれた―

対して、今の自分はどうだろうか。
冷静さを失いかけ、あやうく混乱に陥りそうになり―

「(何という騎士として在るまじき姿かっ…!)」

湧き上がってくる自責の念で胸は張り裂けんばかりで。
己の内で暴れ回っている自らへの墳念で自身を打ち据えてしまいたいという欲を、何とか堪える。

そんなことなど、後で幾らでもやればいい。
この戦闘を、アイリスフィールと共に無事に帰還する―
その為の剣となることが、己の役割であり、責務だ。

「…アイリスフィール。貴女が私と共に在ってくれて、本当によかった」

自身を信じ、引き戻してくれた姫君に心底からの礼を述べ。
セイバーは再び前を見、剣を構える。
澄み渡り、迷いの無い翡翠色の瞳。
迷いを振り払った、攻撃の姿勢。
強さと美しさを兼ね備えた姿は、正に剣の英霊―。


その姿を身近にして、アイリスフィールは限りない安心感に包まれ。
冷静さを幾分かは取り戻した頭脳で、現状況を整理する。

「どうやら、アレもまた厄介な敵みたいね…」

「それだけではない。四人を相手に睨み合いとなっては、もう迂闊には動けません」

アイリスフィールの呟きに、セイバーも頷きながら意見を交える。
多人数が集まった同時戦闘―いわゆるバトルロイヤルは、実は中々に厄介な局面だ。
どのタイミングでどの相手に攻撃するか。
或いは静観の構えを取るか、それとも初手から積極的に動くか。
位置取りが非常に難しく、一手間違えれば集中攻撃に遭ってしまう恐れもある。
そうなればいくらセイバーでも勝ち目は無い。
殊に、今のセイバーは負傷した身。
少しでも隙を見せればあっという間に潰されてしまう―

故に、他陣営の動きには特に敏感にならねばならない…のだが。

「(―しかし…)」

セイバーの見た所、他の者達も動きかねているようだった。


その原因と成っているのは他でもない。
場の中心に成っている‘彼女,―謎のサーヴァントだ。



「…なあ征服王。アイツには誘いをかけんのか?」

「いや。無理だろ、アレは」

滞った空気の中で、口調だけは軽めに投げられたランサーの揶揄を、ライダーは鼻息を吐いて両断した。
ついで混ぜ返すかのようにランサーへと問いを向ける。

「お主こそ、そのイケメン面で誘惑せんのか?」

「正直、コレは俺にとっても煩わしい呪いなんだが…奴に対しては効いていないようだな」

ランサーの容貌―黒子による魅惑は女性を強烈に惹き付ける効果があるのだが…
先程から彼の視線を受け続けているにも関わらず、‘彼女,は毛ほども表情を動かさない。
つまり、全く効果が及んでいないということだ。

だが。それでよかった、とランサーは続けた。

「あんな物騒な奴の相手など、怖くてとてもできんよ」



突然戦場に躍り出てきた、少女の姿をしたサーヴァント。
全く油断できない相手だということは、この場において衆目の一致するところだろう。

そして、徹底した読み難さがそれに拍車を掛けている。

一体、どのような目的で、この場に出てきたのか。
こんな混沌とした局面で出てきても得することなど何もないように思えるが…
何か、狙っているのか。


何とも言えない不気味さが漂う。
そして、それを助長しているのが、‘彼女,の存在そのもの。



この場に集まったサーヴァント達には、それぞれ侵し難い光輝さがある。

セイバー―騎士王アルトリア。
ランサー―輝く貌ディルムッド・オディナ。
ライダー―征服王イスカンダル。
そして、未だ真名の知れぬ金色のアーチャー。

誰も彼もが。
人々の理想や希望、憧憬や信仰が形を取った英霊として相応しい「格」と「華」を有している。




―それが。‘彼女,には全く無い。
在るのは、ただ―
その瞳と同じ、底知れない「昏さ」のみ。


サーヴァント達のど真ん中に出現し。
向けられる視線に昂ることもなく。
さりとて臆しもせず。
静寂と共に佇んでいる―

そんな‘彼女,に、場の空気は留まって―



「―いつまで其処に居座る気だ?雑種」


絶対零度の声質が、滞留していた状況を切り裂いた。
冷酷さと無慈悲さで研ぎ澄まされた、尊大にして傲岸な声。
聞いただけで心身が竦み上がってしまいそうな口調を持つ者は、ただ1人。

集った英雄達の中でも、一際鮮烈な瞬きを放つ金色。
直視するのが躊躇われるほどの輝光は、もはや美という枠には捉え切れず、魔性染みた艶やかさを醸し出している。
見るだけで他者を萎縮させる凄麗なる面貌。
血のような滾りを宿した、神威の具現した真紅の双眸。

自尊と傲慢の極致たる黄金の英霊。
傍若無人という言葉が人の形を取った―金色のアーチャー。

地上10メートルほどの街灯の上から戦地を睥睨していた眼差しが、‘彼女,へと向けられる。
抜き身の刃と見間違うかのように鋭く細められた、赤い双瞳。

「分を弁えることすらできぬのか?狗めが…」

軽蔑も露わに吐き捨てられた口調からは、限りない不愉快感が伝わってくる。
自身が脚を下ろしたこの舞台で、‘彼女,が突然登場して衆目を集めていることが気に喰わぬらしい。

ただの癇癪としか思えないような発言だが、心底からアーチャーは言っているのだろう。

我こそ至高。
我こそ中心。
我以外は全てが有象無象の輩に過ぎない―

余りにも度が過ぎている自己賛美も、アーチャーにとっては至極当然のこと。
己自身への絶対の自信。
全く揺るがぬ言動が、それを完璧なまでに証明している。

そんな彼にとってみれば、場へと乱れ込んでくるようにして姿を現した‘彼女,は度し難い不敬者に他ならない。
切り裂かんばかりに据えられた、眇められた目。

純然たる、憤怒と殺意。
魂すら焼き尽くす視線を受けて、‘彼女,が返したのは―






醒めきった、横目。
ただ、それだけ。



アーチャーの零下の怒りもまるで意に介さず。
相対することもなく、億劫そうに向けただけの視線。
恐れなど―そもそも関心などまるで無い。
道端にでも落ちていそうな石に向けるのと、全くの同質のモノ。

‘彼女,が黄金の英霊に向けているのは―
何も無い。
言葉で言えば…眼中に無い、というところだろうか。
徹底した、無関心の極致。

それが。
憤怒に滾っているアーチャーへの、‘彼女,の返答にもなっていない応えだった。



「-我に拝謁する栄すら解らぬか?雑種…」

沸点を超えた怒りは、かえって冷たさを宿すと言う。

まさに、今のアーチャーはそれを再現したかのような状態になっていた。
先程まで燃え盛っていた真紅の瞳が、凍り付いたように平坦になっている。

貴人である己の眼差しに対し、全くの無視。
もう不躾や不敬という次元ではない。
アーチャーにとって、‘彼女,は畜生そのものであった。
もう、同じ空気を吸っていることすら耐え難い。

「貴様は、我を興じさせる資格すら無い」

極寒を思わせるアーチャーの声音と共に、その背に展開され、浮遊していた宝剣と宝槍が反転し、標的を変える。
切っ先が向けられたのは―‘彼女,。



「とっとと去ね、雑種」

冷徹なる宣告が下された瞬間。
轟音と閃光と共に空気を震わせて、槍と剣が射出された。

音の壁を越え、滑り切るようにして迸る刃が‘彼女,へと牙を突き立てんとして―

鼓膜を破るような破裂音。
爆発と噴煙が視界を揺らした。
巻き上がった夥しい炎粉が飛び散り、宙を焦げ付かせる。

「―ッ!」

瞬きほどの間に開かれた戦端に、誰もが気を取られた。

生じた衝撃によって路面が抉られ、アスファルトが砂塵となって舞い上がる。
凄まじいまでの爆発。



―が。
それに反し、周囲への損害は存外に軽微なものだった。
地には亀裂が走り、路面が幾らかは剥がされてはいるものの、あれほどの爆発があったにしては些か以上に破壊の爪痕に乏しい。
射出された剣と槍は、それこそ爆撃に匹敵するだけのエネルギーの塊だったはず。
それらが着弾していたとしたら、ごっそりと地面が抉られ、クレーター状の陥没痕が残っていそうなものだが…それが全く無い。

つまりは―アーチャーの宝剣と宝槍は、両方とも地に届かなかったということである。

そして。
その標的となっていた者の姿は…忽然と消え失せていて。


「ど、どこに!?」

「上だ、坊主」

動揺と不安に震えるウェイバーの声に、間髪入れずにライダーが答える。
目にも止まらぬ一連の流れを、征服王の目は見逃さなかった。

それは、他のサーヴァントも同様。
セイバー、ランサーの目も同じく1ヶ所を見据えている。

3騎のサーヴァントの視線が向いているのは。
やや後方、うず高く積み上げられたコンテナ郡の最頂地点。


―‘彼女,は、そこに居た。

爆裂によって巻き上がった風に長い髪をなびかせ。
先刻と同じ、何も浮かべていない表情のまま。
無機質な佇まいは全く変わっておらず。


ただ。先程までと異なっているのは。
その足が、僅かに煤けていること。



「え…?」

ウェイバーは呆けたかのように口を開けている。
目まぐるしい状況に、理解がまるで追いつかず。

しかし、それは別に責められるべきことではない。

アイリスフィールも。姿を隠しているケイネスも。
何が起こったのか、全く解らなかったのだから。

―神速の攻防。
瞬きほどの間に行われた交錯は、人間の動体視力で捉えられるようなものではない。



…結論を言えば。
アーチャーが撃ち出した剣と槍。
その初撃として飛来した剣を。

―‘彼女,は、蹴り飛ばしたのだ。
刃先や切面を避け。
下から掬い上げるようにして、剣の裏腹面を強かに。

剣に込められていたエネルギーが爆発しないようにタイミングを計り、刹那の速度で。

しかも、ただ蹴るだけでなく。
次撃として飛んできていた槍の軌道先にぶつけるように。

当然、多大なエネルギー体と化している宝剣と真っ向から接触するわけであるから。
その反動を受け、肉体は後方に流される。
その反発力に逆らわず、身を任せるようにして‘彼女,は体を後ろへ逃がし。
同時に。
自らが蹴り払った剣と、襲い来る槍の衝突を見計らい。
その時に生じた衝撃と風圧に合わせて跳躍し、コンテナ郡へと飛び退った―



「―こりゃあたまげた。この娘っ子、相当にやりおる」

ライダーが唸るようにして呟く。
そこにあるのは驚愕と感嘆。
今の回避行動がどれほどの難行であるか、彼は寸分違わず理解していたのだ。

もし、蹴りを繰り出すのがコンマ1秒遅れていたら―?
蹴る角度が僅かにでもずれ、刃面に接触することになっていたら―?

おそらく、木っ端微塵だったろう。
寸分でもタイミングがずれていたら成し得なかった、精緻の結晶。
未だに正体こそ解らないが、‘彼女,が一級品の技を持つサーヴァントであることに疑いは無い。
セイバー・ランサーの両名も思うところは同じ。
この見解に異論を挟む者はいないだろう。



「-雑種…」

金色のアーチャーを除いては、だが。

見開かれつつある目と、つり上がっている眉。
青筋を額に浮かばせたアーチャーの顔は…怒り一色に染まっていた。


「我が宝物を足蹴にした上に…―ただ1人、天に座るべきこの我を、見下ろすだと…?」


‘彼女,が立っているコンテナ郡の最頂地点。
4つほどのコンテナが積み上げられた其処は、アーチャーの立つ街灯よりやや高い位置。
そこに居る‘彼女,は、現在はこの場で最も高い位置に陣取っている。

とは言え。アーチャーとの高低差はほんの僅かに過ぎないのだが。
それは余人の感覚であり、比類無い自尊を抱く金色の英霊にとっては到底許すころのできぬ大罪。

「-そこまで死に急ぐか、狗っ!!」

憤怒に身を焦がし、激情の化身と化したアーチャーの相貌は。
鬼すら逃げ出すであろう、鬼相と化していて―

その怒りに慄くようにして震える空間が、揺れた。
眩いばかりの輝きと共に、宙を割って顕れる幾つもの武具。

剣が。槍が。斧が。鎌が。はたまた、奇怪な形をした用途も知れぬ刃物が。
ずるり、と姿を覗かせる。
―その数、16挺。
いずれもが見るだけで圧されるような至宝・秘宝。
幻想と神秘の塊。
どれもが…宝具。


「そんな、馬鹿な…」

場に居た者たちの意を代弁するかのようにウェイバーが言った。

英霊を英霊たらしめる宝具。
彼らの分身とも言えるそれらは、者によって所持する数は異なるが。
破格と呼ばれる者達ですらせいぜい3つか4つ。

なのに。それがこれほどまで多く―


そんな当惑と混乱など、金色の弓兵にとってはどうでもいい。

「その小癪な手癖の悪さでもって、どこまで逃れられるか―せいぜい踊ってみせよ!」

先程とは比にもならぬ爆音と衝撃。
主の激情を示すかのように、16挺の宝具が‘彼女,へと殺到した。

轟音と閃光。
まるで落雷のような猛攻。

―それを受けても、‘彼女,は変わらず。
動じない無表情のままに対応した。

目にも止まらぬ身のこなしで、先陣をきって襲い掛かってきた矛を蹴撃。
跳ね返すようにして蹴り飛ばされた矛は、そのまま後続の宝具郡へぶつけるように放り込まれる。
そのまま、幾つかを巻き込んで―

途端、炸裂する閃光と爆破。
先刻の再現ではあるが、より多くの宝具―2、3挺ほどだろうか―を連鎖しての爆発。

引き起こされる爆風圧に乗り、‘彼女,は地を削り滑るようにして後退。
が。
矛を蹴り飛ばした反動の勢いを殺し切れず、コンテナ上から押し出される。

飛来する宝具郡が、その隙を逃す筈も無く。

「-貴様は地の底で串刺しになるのがお似合いだ、雑種!」

主であるアーチャーの激昂に反応するかのように、体勢を立て直す間も与えぬとばかりに襲い掛かる。
一息でコンテナ郡を砕き潰し。
立ち上る粉塵の中、地面に降り立っていた‘彼女,へと我先にと刃を突き立てんとして。
今までのように蹴りを繰り出す間も無く―

翻る光閃。
放たれた剣の1本が、ついに‘彼女,を捉え。


―ボタボタと垂れる、真っ赤な雫。
‘彼女,の白磁のような腕肌が切り裂かれ、血を咲かせる。


後に続けとばかり残りの宝具も突っ込んだ。
振動が大地を揺らし。
建築物は爆ぜ、ひしゃげ、吹き飛ぶ。
まるで絨毯爆撃の如くの大破壊。
濛々と膨れ上がってゆく粉塵が視界を覆って。

それでも未だ攻撃は緩まる気配を見せず。
それどころか、より激しさを増していく。




―何故なら、標的である‘彼女,が未だに健在だから。


誰もが、目を奪われる。
人間達は魔力で視界を強化して。サーヴァント達はそのままで。
垣間見た煙幕の向こうで繰り広げられている光景に。



振り下ろされる宝具の嵐を。
‘彼女,は、紙一重で躱し続けていた。


刃を剥いて切り裂かんとする鎌が頬肌を掠め取り。
そのコンマ秒後の槍が、脚の皮を剥ぐ。
さらに続く斧が首筋に肉薄して。

間断無い猛撃を、‘彼女,は1つとして完璧には避け切れない。
一太刀一撃、その度ごとに負傷し、新たな血が噴き出す。

迫る宝具の悉くが‘彼女,を傷付け。
―けれど。
その悉くが‘彼女,の命を刈り取れない。

あと僅か。
あと数ミリ。
それだけで‘彼女,を死に至らしめることができるのに。
叶わず、幾らかのダメージを与えるだけ。
そのまま通り過ぎ、地へと激突し、爆散していく。

薄氷の如くに薄い、生と死の紙一重。
‘彼女,のその薄壁を、宝具郡は越えそうで…けれど、あと一歩の所で超えられない。
それは運に助けられているからでは無く。
‘彼女,の技巧が成している。



「見事なモンだなあ、うん」

感心の息を吐くライダー。

セイバーとランサーは共に無言。
だが、その瞳の色は雄弁に彼らの胸の内を物語っている。
すなわち、ライダーと同意見。

‘彼女,は明らかに能力に乏しい。
そして、才に欠ける。
動きに、その匂いが全く感じ取れないのだ。
おそらく、生前から才能には恵まれなかったのだろう。

そんな存在なのに。
あの規格外の黄金の英霊に対抗し続けてみせている。


宝具の嵐を完全に避け切るほどの素早さは無い。
纏めて跳ね返せるほどの力は無い。
だけれども。
身を盾にして粘ることならできる。

支障の無いダメージは甘んじて受けて。
その分、致命傷に成り得る攻撃は決して見逃さずに避けて。


識眼と、覚悟。
現領域に来るまでに、いかほどの鍛錬を積んだのか…

正体不明で不気味な謎のサーヴァント。
しかしながら、‘彼女,のこの点に関しては認めざるを得ないだろう。

―乏しい才は、ひたすらに積み上げた業(わざ)によって補う―

1つの、頂のカタチ。




だが。
それだけでは、届かない。
君臨する黄金の英霊―
英霊達の頂点に立つ、最古の王には―


「未だに粘るか…」

アーチャーが小さく呟く。
その傲岸性からは一見想像もつかない静かな声。

これは、この傲慢なサーヴァントも‘彼女,のことを認める気になったのか…

と思いきや、それは嵐の前の静けさに過ぎなかった。

「-我をここまで煩わせるなど、地獄を以ってしても釣り合わぬ大罪だ」

瞳を極寒の激怒で染め。
どこまでもエゴイスチックな宣告を下しつつ、アーチャーはゆっくりと手を動かした。



ますます勢いを増す宝具の飛撃を、身を削って受け流し続ける‘彼女,。

11挺目、12挺目…

終わりが無いかのように思えた落下攻撃もようやく撃ち止めを迎えようとしていた。
残す武器はあと少し。

13挺目、14挺目…

ただし、‘彼女,は、全身傷だらけの満身創痍。
己の身を用いてこの出鱈目な攻撃に抗し続けたための代償。

15挺目…

だが、その甲斐あって。
‘彼女,は猛撃を凌いでみせて。

16挺目。
ひときわ鋭く迫った最後の剣刃に。
‘彼女,は身を捻って対応しようとして―



「っ!?」

驚愕は等しく見守っていた全員のもの。

突然の幕引き。
どこからか現れた一本の鎖が、‘彼女,の足を拘束して―


「-本来、貴様などに触れさせたくなどない無二の品なのだがな…」

下手人は言うまでも無く、アーチャー。
真紅の眼は、癇性で見開かれていた。
瞳奥に燃え上がるのは、形容することすら難い激憤。

「雑兵は雑兵らしく屍を晒しておればよいものを、生き汚く足掻きおって」

繰り出した鎖は、アーチャーの無数の宝具郡の中でも並ぶものの無い至高の品。
それを使わせるに至った‘彼女,への、八つ当たりにも似た怒り。
裏を返せば。
この鎖は、アーチャーにとってそれだけ大切な物であるということ。

彼とて、至宝中の至宝である鎖をこんな所で使ったりしたくない。
なのに、それを敢えて破ったのは―

‘彼女,への殺意。
この1点に尽きる。


突然戦場に現れ。
掛けた言葉に何も返さず、何も応えず。
王たる自分に正対すらせず、顔も向けず。
醜悪な機械の如き瞳で一瞥したのみ。
その上、宝具を蹴り飛ばし。
一時的とは言え、自分を見下ろす位置に陣取り。

‘彼女,の行動は。
極めて低いアーチャーの沸点の許容を、とうに逸脱していた。
―もう、一刻も呼吸すらさせておきたくないほどに。


その彼が切った切り札である鎖。
‘彼女,に対しては特に特別な効果を及ぼす訳ではないが。
それでも、易々と千切られるほどに脆弱なわけもない。
‘彼女,の動きを止めるには十分すぎるほどの一手。

そして、そうなったからには迎える結末は1つ。
本来、避けれていた16挺目の剣を、‘彼女,は回避できずに―

「この鎖を下賜されるという、身に過ぎた栄誉を噛み締めるがいい。そして…」

絶対たる威厳と共にアーチャーは言葉を下し。
厳然と、‘彼女,の結末を宣言する。

「-早々に逝ね、狗が」



ズブリ、と音を立てるようにして。
鮮やかな大輪の花を咲かせるように、血が散って。




‘彼女,は。
胸を、剣で貫かれた。


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