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No.33281の一覧
[0] 【習作】ほむほむ?でGO!【まどか☆マギカ×fate/zero オリ主トリップ物につきご注意ください】 [ikuzu](2012/06/26 00:33)
[1] 2話目[ikuzu](2012/06/25 22:06)
[2] 3話目(外)[ikuzu](2012/06/25 22:21)
[3] 3話目(内)[ikuzu](2012/06/25 22:30)
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[33281] 2話目
Name: ikuzu◆8ffd634e ID:22035bff 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/06/25 22:06
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
[間桐臓硯]
サーヴァント召喚の儀式を行った地下蔵から逃げるように自室に戻り。
精魂尽き果てたかのように怪翁―間桐臓硯は椅子に腰を下ろした。
ようやく人心地つき、先程までどれだけ自分が緊張状態にあったかを実感する。

「バーサーカー……」

漏らした言葉に含まれているのは、紛れもない恐れ。
持ち前の陰惨な笑みも、今は浮かべる余裕すら無い。

どうしてこうなったのか。
やはり当初の考え通り、今回の聖杯戦争は静観しておくべきだったのだろうか。
じわじわと湿った感情が胸中を満たしていく。
ここ何百年かは抱いたことのない、後悔。

そもそもケチが付き始めたのは、雁夜がこの家に戻って来てからだった。
およそ1年余り前。
間桐の苗床にしようと、取引で手に入れた遠坂の次女。
その仕込みを始め、悦に入りかけていたところに雁夜が押し掛けて来たのだ。
間桐の家から逃げ出した半端者。
そのまま逃げ出したままでいれば見逃したものを、突然戻ってきた。

遠坂の次女を解放しろと息を巻いて。

自分の意思で家督の継承を拒み。
自分の足で家を飛び出し。
その厭うはずの家に、他者を救うために戻り。
その為に、自らの身を投げ出す。

例え裏に利己的な目的があろうとも、これは英雄的自己犠牲と言っていいだろう。

かって、間桐の家督の継承を拒んだだけでも癪に障るというのに。
それに加えて今回の英雄的行動。

間桐の血らしからぬ雁夜の気質。
彼が決意の元に起こした一連の行動が、臓硯の逆鱗に触れた。

―ならば、どこまで耐えられるかみせてもらおう―

狡猾にして残忍。
今回のサーヴァント召喚は、そんな間桐臓硯の性質が結実した結果だった。
元より、勝利などは端から眼中に無い。
雁夜に苦悶の響きを上げさせ、それを肴にして悦に浸ることこそ、臓硯の目的だ。
召喚するクラスをバーサーカーにしろと言ったのも、その為。
マスターに多大な負担を掛けるバーサーカークラスを宛がうことで、ただでさえ衰弱している雁夜の身体に筆舌に尽し難い苦しみを与えるためだ。

そうして召喚したバーサーカーは……

臓硯は先程のことを思い返し、唾を飲み込んだ。

―とんだハズレ―
第一印象は、脆弱。
年端も行かぬ少女の姿に、最低ランクのステータス。
オマケに幾つかのスキルと、切り札である筈の宝具の情報の一切が開示されていない。
召喚時に何らかのトラブルがあったのか、それとも元から障害があるのか。
どちらにしろとんだ欠陥サーヴァントである。

そして臓硯にとって忌々しかったのが、スキルとして単独行動を所持していたことだ。
マスター不在、魔力供給なしでも長時間現界することが可能な能力。
有用なスキルの1つであり、その効力はランクが高まるごとに上昇する。

今回召喚されたバーサーカーの単独行動ランクはA+。
取得し得る中では最高峰のレベルと言って差し支えあるまい。
狂戦士らしからぬ能力である単独行動を、何故、このバーサーカーは所持しているのかという疑問はあるが。
それよりも臓硯にとって重要なのが、これで雁夜への負担が格段と減ると言う点だ。

何しろ大抵のことは単独でできてしまうのだ。
魔力供給は最低限で済む。
つまりはそれだけ、雁夜の苦しみは減るということになる。

多大な苦痛を与え、その果てに絶望を植えつけようと画策していた臓硯にとっては望みとは全く逆の方向へ行ってしまったわけだ。
今回の聖杯戦争での愉しみの過半を奪われた。
飾りつけて味わおうしていた肴が、直前になって掻っ攫われた……

憤懣やるかたない心持ちで、臓硯は召喚されたバーサーカーへと声を掛けた。
召喚が済んだ以上、立ち止まっていてもしょうがない。
ハズレとは言ってもサーヴァントはサーヴァント。
まずは誰が主であるのか、狂戦士自身に刻み込もうとして―



先刻の事を思い返し、臓硯は思わず身震いする。
その姿を他の者―特に間桐の者が見れば、これは本当にあの怪爺かと目を疑っただろう。
何時も余裕を持ち、常におぞましさを漂わせた笑みを浮かべているこの妖怪が、普通の人間のように震えているなど…。

そしてそれは、他ならぬ臓硯本人にも信じられないことだった。

間桐臓硯は、すでに数百年を生き抜いている化け物だ。
延命に延命を重ね、身体を蟲に置き換え、人間としての枠をとうに踏み越えた「妖怪」。
どこまでも執念深く聖杯を追い求め、数世紀に渡り生き続けるその存在は、既に怪異の域にある。

気が遠くなるほどの時を生きる中で、飽くほどに修羅場を越え、幾多の絶望を見て。
いつからか、それらを極上の愉悦としてきた。
外道という言葉の体現にして極。
それが、間桐臓硯。




…そんな怪翁が、あの時。紛れも無い恐怖を感じた。
心臓を鷲掴みにされたかのような、言いようの無い悪寒。

狂戦士のサーヴァントとして現界した少女の、あの瞳。

憎悪でも無い。
絶望でも無い。

形容することなどできぬ底知れなさ―
一片の光も見出せない、真っ昏な瞳―


声を掛けた時にゆっくりと振り向いた、あの顔。
向けられた眼差しを思い出し、臓硯は身を竦ませた。
知らず、身を一歩引いて。

所持スキルである死人の瞳とやらの効果のせいもあるだろうが…
それだけでは無い。
スキルや何かではない。
このサーヴァントは、存在自体が例え様も無く―禍々しい。

そして。
最初の見立ては、別の意味で適中していたのを悟った。

―ハズレ―
ああ。確かにハズレだ。

何で、あんなまっとうでないモノがよばれるのか…



ありとあらゆる闇を見てきたと自負し。
事実、外道の極めである間桐臓硯。
その彼を以ってすら、比較すれば赤子以下になってしまうような。

そんな、とてつもない暗黒。




前回の第三次聖杯戦争以来、聖杯は異常をきたしているのではないか。
聖杯戦争の根本のシステムを創り上げた張本人の1人である臓硯は、万能の願望機として機能させるはずの聖杯の機能が歪になりつつあるような気がしていた。

今までは何の裏付けもない憶測に過ぎなかったが―今回のことで、その疑問が正しかったという確信を得た。

そうでなければ、あんなモノが喚ばれるものか。

第三次戦争でアインツベルンが召喚したアンリ・マユのような反英雄か。
それとも、悪霊や怨霊の類か。

―いや。それよりも、もっとおぞましい何かだ、アレは。



「気に喰わん…」

込み上げてくる震えを噛み殺すように臓硯は呟く。
目論見は外れ、とんでもないものを呼び寄せてしまって。

それもこれも、元はと言えば―。

「半端者の分際で……!」

―間桐雁夜。
彼の存在があったからだ。
魔道に背を向けて逃げ出して。
恐怖に震えていれば見逃してやったというのに戻ってきて。
そして、今回は特大の厄介種―バーサーカーを召喚してしまった。

久しく抱いたことの心底からの怒りに身を任せようとした臓硯は…すんでのところで思い留まる。

最初の2つは別だが、最後の1つ―バーサーカーの召喚―に関しては雁夜などの意志の介在する余地も無いこと。
その憤懣を雁夜に向けるのは間違いだろう。
思い、臓硯は気を静める。

別段、庇った訳ではない。
雁夜に原因が無い以上、彼に怒りを抱くのは八つ当たり―無駄なエネルギー発散でしか無いからだ。
そんな益にもならないことでエネルギーを消費したくない。
ただでさえ消耗の早い蟲の身体なのだから。


そこまで思考した時、ふと気付いた。


「莫迦に静かじゃな」


文字通りの臓硯の手足であり、間桐の影の象徴ともなっている蟲。
間桐という家の至る箇所に、そのグロテスクな存在は群れ犇いている。
欲求のみで構築されている奴等は、ことあるごとに我欲を満たそうと喚き立てる。
殊に、これからは「食事」の時間であり。より一層喧しさが増す筈なのだが…


そんな奴等が、鳴き声1つ漏らさない。
隠れるようにして肉体を縮こませ、
泣き叫ぶように震え慄いている。

奴等にとっての全てである欲求すら置き捨てて。


そこにあるのは―恐怖。

考えるまでもなく、その原因に思い至る。


バーサーカー。
形容し難き恐ろしさを持つあの狂戦士は、本能のみで生きる蟲にすら恐怖を植えつけるのか。

いや、逆か。
本能のみで動くからこそ、蟲共はあのサーヴァントの恐ろしさを骨の髄から理解するのだろう。
自分達の存在理由すら放り投げて平伏すほどに。

それを証明するかのような動きが起こったのは、次の瞬間。

「蟲共が、退いて行く?」


移動を開始した雁夜とバーサーカー。
その進路の影に潜んでいた蟲の群れが、2人の視界に入る前に一目散に尻を向けて蠢き去る。
今、蟲共の頭にあるのは恐怖だけだろう。

恐れ慄いて蟲共が開けた道。
そこを進む2人の行き先は―


「―そういうことか、雁夜よ」

歯軋りと共に発された言葉は、明確な怒りに満ちていた。
だが、その怒りを晴らす方法を臓硯は持っていない。

「おのれっ…!」

できたのは、悔しさに身悶えることだけだった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
[間桐雁夜]

「(うまくいったか)」

もう、表情を動かすことすら重労働となった顔で、間桐雁夜はほくそ笑んだ。
先程召喚した己のサーヴァント―バーサーカーを伴って訪れたこの場所。
常ならば蟲どもの耳障りな喚き声に満ちた、悪夢を形にしたかのような部屋。
生理的嫌悪が充満していた―そんなこの部屋は、今。
淀んだ空気こそ多少は残しているものの、それ以外は何の変哲も無い部屋となっている。

その要因となったのが―

「もういい。降ろしてくれ」

部屋の前。
雁夜の発した声に従い、今まで抱え上げられていた体が降ろされる。
力の篭らない足を踏ん張り、よろめく肉体を支えながら、傍らに立つ‘彼女,に視線を向ける。


見目麗しい美少女。
何も言われなければ、まるでどこかの深窓の令嬢のような姿。

だが、それは間違い。
‘彼女,は、人間などという枠内に収まる存在では無い。

ただそこに在るということだけで周囲を圧する、人では在り得ぬ佇まい。
現実離れした存在感と、幻をそのままカタチにしたような幻想感。
現実と幻想を併せ持った、この世ならざる規格外の存在。

サーヴァント。
人知では到底計り切れない、超越存在。
少女の姿こそしているが、‘彼女,もその1人なのだ。


…いや、‘彼女,はその中でも「特別」か。


先刻の臓硯の恐れ様を見れば解る。
憎んでも憎み切れぬ外道の老魔術師が、あそこまでの恐怖を示した―
その事実自体は雁夜にとっては胸のすくような思いだ。
いつも邪悪で陰鬱な笑みを浮かべていた面に、確かに恐怖が浮かんでいたのだ。
今までの下劣な行動とそれによって受けた仕打ちなどで溜まった鬱屈が、少しは晴れた気がした。

まあ。雁夜もひとのことは言えないのだが。



・・・
・・・・・
・・・・・・・



臓硯が場を退散し。
‘彼女,がこちらへと近付いてきた時は、恐怖で潰されるかと思った。
疲労して指1つ動かせぬ自分に、‘彼女,は手を伸ばして―


「(正直、死を覚悟したな)」

そんな雁夜の恐れは結局見当違いで。
‘彼女,は雁夜を運ぼうとしただけだったらしい。

自分をマスターとして認識はしてくれている。
その事実に取りあえず一息つき。

変調に気がついたのは、その時。

「(蟲が、震えている…?)」

雁夜の肉体には魔術回路としての機能を果たすべく、刻印虫と呼ばれる蟲が巣食っている。
擬似的な魔術回路として蠢くこの蟲は、宿主の魔力を産み出す代わりにその肉体を容赦なく貪る。
サーヴァントを召喚して現界させている以上、雁夜は魔力を消費し続けている状態であり。
それに伴い、刻印虫は嬉々として牙を突きたて。
生きながらにして肉体を喰われる、耐え難い苦痛が襲い掛かってくることを覚悟していたのだが…

そんな激痛は一向に襲い掛かってこない。
疼くような鈍痛が微かに全身に感じられるが。
それは間桐の魔術を施されて以来の日夜の苦痛に比べれば、余りに優しい。

理由はと言えば。
己の中に我が物顔で居座る刻印虫が縮こまっているから。
厚顔に雁夜の体を蹂躙していたはずの蟲が、恐怖に震えることしかできない。
本能であり、自身の全てであろう欲求を打ち捨てて。
ただ許しを請うだけ。

…何に対して?
決まっている。

‘彼女,―バーサーカーに対して、だ。

そして、それは雁夜の中に巣食う刻印虫だけではない。
この家全体の蟲が、恐怖に襲われている。


闇を具現化したかのような、狂戦士の少女に対して―。


自らが従えているサーヴァントは、どのような存在なのか。
それを思い起こし、雁夜は唾を飲み込んだ。

あの臓硯すら裸足で逃げ出したほどの禍々しさ。
纏っているのは、形容など到底適わぬ濃密な負の胎動。


生きとし生ける者ならば抗えないであろう恐怖。
雁夜もまた、その例外ではなくて。
危害を加えられなかったことで薄れていた警戒感と恐怖感が再び高まっていく。
ましてや、今は密着している体勢。
より現実感を伴って押し寄せてくる威圧と悪寒は、実体の無い刃となってこちらを削ってくる。


だが、こんなところでへこたれるわけにはいかない。


―あの子を、桜を救うと。誓ったのだから。

そして、その為に現状況は利用できる…!

「-あっちに回ってくれ、バーサーカー」



・・・
・・・・・
・・・・・・・


そうして、今こうして部屋の前に立っている。

蟲共は、狂戦士の少女を恐れている。
ならば‘彼女,の近くに居れば、奴等の動きをある程度、排することができるのでは?

そんな雁夜の推測は、見事に当たった。
相変わらず自分の中に居座っている刻印虫は小さくなっているし。
この部屋に来る途中、いつもならば蟲どもが身を潜ませている影にも気配が全く無かった。

結果に満足しつつ、雁夜は部屋の中に踏み込んだ。
これならば、自分の思惑どおりに事が進むという希望と共に。

「桜ちゃん」

雁夜の呼び掛けに、部屋の隅にうずくまるように座っていた少女が顔を上げる。

「…雁夜、おじさん?」

遠坂―
いや、今は―間桐桜。
大人しさと優しさを内包させていた…はずの整った顔立ち。
誰もが見るだけで思わず顔を綻ばせたような可愛らしさが、今では僅かも感じ取れない。
空虚で無機質で。まるで人形のような…

そうさせたのは、他ならぬ己の血筋。
考えるたびに沸き起こる憤怒を押し隠し、雁夜は努めて柔らかい表情を浮かべて問いかける。

「桜ちゃん。今は体の調子はどうかな?」

桜の体にも蟲が巣食っている。
雁夜に比べれば幾らかはマシであろうが、それでも常に痛みに悩まされる。
さらに、これからの時間は蟲共の最活動期。
いつもであれば、痛みに襲われているはずだが…


問いに、桜は無表情のまま。
けれど自分でも不思議そうな顔をして答えた。

「痛く、ないよ?」

「そう、か」

雁夜は、顔を崩した。
顔の半分が動かせない以上、他人から見れば不気味な表情にしか見えなかっただろうが。

そんな雁夜の表情をよそに、桜は続けた。

「どうして、かな。私、今日はムシグラに行かなくてもいいかわりに、幾つかのチョウキョウを受けるように言われてたのに。私、何かしちゃったのかな。ワタシ…」

「―いいんだよ」

まるで壊れたかのように言葉を続ける姿に耐え切れず、雁夜はそっと桜を抱き締めた。

何かことが起こったら、まず自分に過失があったのではないかと思い込んでしまう―
心優しい少女を、そんな後ろ向きにしてしまったのは、間桐という存在だ。
体も、心も蹂躙されて。
そして、その引き金を間接的にではあるとは言え引いてしまったのは他ならぬ自分。
かって自分が間桐という家を逃げ出したから―それが巡り巡って、桜に降り掛かってしまった。

犯してしまった過ちは取り戻せない。
時間は戻せない。
ならばせめて。
この目の届く間だけは、守ってみせる。

「ねえ、桜ちゃん。さっきは、これから大事な仕事で忙しくなるから余り話していられる時間もなくなるかもって言ったけど」

先刻―サーヴァント召喚の直前。
蟲蔵に向かうまえに、廊下で会ったときに交わした言葉。

「これからも、できるだけ桜ちゃんと一緒にいてもいいかな?」

「いっしょに…?」

雁夜の言葉に、桜は顔を上げる。
いつもと変わらぬ無表情に、僅かに揺らめきが起こった気がした。

「おこられない…?」

「大丈夫だよ。その間は蟲を見なくてもいい」

「ムシグラに行かなくても、チョウキョウをうけなくても、いいの?」

無機質な声で話す疑問の中に、僅かに窺い知れる意思。
それは、希望と呼ぶには小さすぎる、けれど確かな光。

「ああ。もちろんさ」

「…おじいさまに、怒られちゃうよ…」

けれどそれは直ぐに消え、諦観にとって代わられる。
そんな桜を心底安心させるかのように、雁夜は力強く断言する。
壊れた顔でできる、精一杯の笑顔を浮かべて。

「大丈夫。絶対に怒られないよ」

そう確信するだけの理由が雁夜にはあった。


己のサーヴァント―バーサーカー。
‘彼女,が居る限り、臓硯や蟲共は手出しができない。
‘彼女,が居る場所には干渉できない。
いくら数百年の時を生きた妖怪でも、‘彼女,には太刀打ちできない。
召喚時の遣り取りを見ただけでも明らかだし、他ならぬ本人自身が痛感しているはずだ。

つまりは、‘彼女,が桜の近くにいれば。
臓硯は、桜に手出しが出来なくなる。
近付いたら何をされるか解らないし。
仮に調教を行おうとしても、蟲共は恐怖に怯え、固まるばかり。
単純な生物であるが故に、徹底的なまでに刻まれた恐怖は最早拭い去ることはできない。
雁夜が留守にした際に、桜に干渉される可能性も考えたが。
蟲共は‘彼女,の残り香にさえ怯えを抱いており。
例え‘彼女,本人が場に居なくても、気配の残滓だけでも何もできなくなる。

己の手足である蟲が使えないのであれば、臓硯とて恐るるに足らない。

いざとなれば、‘彼女,を使って力尽くでいく手もある。
さすがに臓硯を今殺してしまうと、その力で生き長らえている自分の体がどうなるか解らないので殺害はできないが。
恫喝は十分すぎるほどに可能だ。
仮に臓硯が雁夜を殺す手段を持っており、殺されたとしても。
独立行動を所持している‘彼女,は直ぐには消えない。
マスターという枷から解き放たれた‘彼女,が、何をしでかすか…
少なくとも、臓硯や間桐家はこの世に残らないだろう。


ことここに至って。
雁夜と臓硯の力関係は完全に逆転した。



外を‘彼女,で固め、臓硯の干渉を防ぎ。
中で雁夜は桜とできる限り触れ合う。

これが、雁夜の思惑だった。


幸いなことに、雁夜は桜にさほど警戒されていない。
今までも時間のある限り触れ合ってきた。

―その時間を増やすことで、少しでも桜に感情を取り戻したい。

それで許されるなどとは思っていない。
一生残るであろう傷を負わせた罪は、どうやっても償うことなどできないだろう。

そして何より。
幼い桜は、己を絶望という鎧で守ることによって自身を守ってきた。
そこに希望を与えるのは―下手を打てば、桜をより壊してしまう危険性も孕む。


そう考えれば、これから行おうとしていることは酷いエゴでしかない。


…それでも。
桜の助けになりたいと。
笑顔を取り戻させてやりたいと、思ったから。




とは言え、現在の状態が砂上の楼閣でしかないことは雁夜には解っている。


‘彼女,が消えてしまえば、元の通り。
臓硯は再び欲求のみの塊に返り咲いた蟲共を自在に操り。
溜まった鬱憤を晴らすかのように、今まで以上の残酷な愉悦に浸るだろう。
その時、もし桜が未だ間桐から開放されていなかったとしたら…
考えるだけで寒気がする。

そう考えると、やはり。
桜を開放するには…聖杯を勝ち取るしかない。



「…おじさん」

小さく呟き、弱々しく手を伸ばしてくる桜を壊さぬように、けれどしっかりと抱き締め。
雁夜は改めて決意した。
踏み出したからには。後退も、失敗も許されない。
必ず、聖杯戦争に勝ち残ってみせる。




その為に必須になってくるのが、己のサーヴァントである‘彼女,だ。


正直に言えば、怖くて溜まらない。
底知れない闇と、計り知れない禍々しさ。
サーヴァントという枠の中ですら、忌避されるであろう存在。


だが、‘彼女,無しでは、この聖杯戦争を生き残ることすらできない。
どんな形であれ、協働しなければ…

そう思い、後ろに控えさせていた‘彼女,に向かい振り向いた雁夜は。
目を、驚きで大きく見開いた。




「バーサーカー………?」



わらっているような気がしたのだ。‘彼女,が。


光を灯していない瞳。
感情が抜け落ちた貌。
召喚された時から何ら変わらぬ、機械のような無表情。

そこに、笑顔の片鱗など見るべくもない。



だが。
その唇の端が、ほんの僅かに上向いたような…

緩んだと形容するにも程遠い、ほんの小さな揺らぎ。

けれど、それは。
‘彼女,の確かな温もりに思えて。


それを確かめるべく、我知らず雁夜は言葉を続けようとして。

「…?」

意識を引き戻された。
ギュッとしがみついてきた、幼い手の感触に。

「桜ちゃん…?」

先程まで、弱々しい動きしか見せていなかった桜が。
あらん限りの力で、雁夜の体に腕を回していた。
小刻みに震えながら。

何の起伏も見せない、平坦であったはずの目は。
今、ある感情を宿していた。
その視線が向けられているのは、雁夜の後方。

佇んでいる‘彼女,に向けて、桜は口を開く。


「…こわい……!」


まるで人形のようになってしまっていた桜が、精神の動きを見せたという事態は、喜ばしいことだろう。

…それが、恐怖という感情によるものでなければ。

間桐の仕打ちを身に受けて、消耗し。
心を閉ざし、無反応な人形となった桜にとっても。
‘彼女,は、耐え難い恐怖の対象のようだ。


無理も無い、と雁夜は思う。
サーヴァントという超常の存在が醸し出す比類無い威圧感は、常人に耐えられるものではない。

ましてや‘彼女,は、その中でも「特殊」だ。
ただ在るだけで周囲を圧する。
感受性の強い子供にとっては猛毒に他ならない。


「(桜ちゃんにこれ以上、負担をかけるわけにはいかない)」

幸い、サーヴァントには霊体化という一時的に不可視になる能力がある。
実体を解き、透明と化せば。
桜には‘彼女,を感じ取れなくなり、重圧と恐怖からは解放される。
一方、その状態でも条理から外れた者―魔術師である臓硯や雁夜、人ならざるモノ―蟲共には存在感がひしひしと伝わってくる。
この状態でいれば、桜には心的負担を掛けず、一方で臓硯を封じ込めることができる。

敏感な桜が、それでも霊体化した‘彼女,の存在を朧げに感じ取ってしまうようだったら。
距離を置き、‘彼女,には部屋の扉の前辺りにいてもらうことにしよう。


そう命じようとして―


「―!」

雁夜は再び目を丸くした。


‘彼女,が踵を返し。背を向け、歩き去っていく。
その姿が徐々に薄くなり。宙に溶けるようにして―消えた。


霊体化の命令を下す前に、‘彼女,は自ら実体を解き、己を抑えたのである。



その行動が、こちらを気遣ってくれたと考えるのは…
都合の良い自己解釈に過ぎないのだろうか?

「バーサーカー…」

尋常ならざる己のサーヴァント。
けれど、‘彼女,は或いは不器用なだけかもしれない、と。
そう思いながら、雁夜は今は姿の見えぬその背を見やったのだった。


●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●



桜ちゃんに嫌われた…orz
泣きそう…


召喚されてからここに来るまでのことを思い起こす。



雁夜おじさんに言われるがままに移動して。
蟲共が何故か姿も見えず、近寄ってもこないので安堵して。
ある部屋に入って。
そして、そこで1人の少女を見た。

その瞬間、俺のテンションは舞い上がった。

原作ヒロインの桜ちゃんキター!


まあ、すぐにそのテンションは急降下。


だってねえ…あまりにも悲惨すぎるわ、桜ちゃん…
人間って、あそこまで人形みたいになっちゃうもんなんだ…

重過ぎて何もいえない。

ふと、現実の世界のことを思い起こす。
中学生というのは多かれ少なかれ、家庭という存在から遠ざかろうとするものだ。
俺や周囲の同級生はそんな感じだった。

親や家族を疎ましく思い。
罵り、反抗している。

…実はそれは、とても贅沢なことではないだろうか。
見方を変えれば、親への甘えではないだろうか。
もし、いざ親や家族がいなくなってしまったら…。

親がいるからこそ、許されている甘え。
けれど、もしそれすら許されなかったら…?
親に会えず、誰からも愛情を向けてもらえなかったら…?



……
そんならしくないことを考えているうちに、雁夜おじさんが桜ちゃんを優しく抱き締め、撫でていた。
その眼差しは、どこまでも優しい。


いやー、癒されるわ。
さすが雁夜おじさん。
なんと素晴らしきお人!


…時臣への憎悪とかジェラシーとか復讐心とかがなければ、だけどな。


ま、けど。
こうして桜ちゃんへと見せている気遣いと優しさは紛れも無い本物だよね。


思わず顔も綻んでしまう。

……相変わらず、表情ほとんど固まったままだけど。

ほんと手強いな、ほむクオリティ。
けど、口をほんの少しだけ緩めることができたような…

それだけの力を、目の前の風景は齎したということだ。
暖かい心は、万物に通じる力がある、ということだろうか…


そんな風に久しく満ち足りていたところに、桜ちゃんの爆弾である。


―「…こわい……!」


……

ムンクの叫び。
俺のその時の内心を描くんだとしたら、そんな感じになる。

桜ちゃんから向けられたのは、明確な拒絶と嫌悪。
隠しもしない、剥き出しの負の感情。
それを、モロにぶつけられたのである。
それも、可愛らしい女の子に。



……
ショックである。
間違うことなく、ショックである。
ハートブロークンである。



思わず、霊体化してその場から逃げ。
今こうして部屋の扉の前で体育座りをして、いじけてしまうぐらいに。

まあ、きっとまたそんな感情も表に出ず。
変わらず、無表情な顔のままなんだろうなあ…
何の表情も浮かべない少女が黙ってぶっ座っているというのは、第三者的に見て、かなり不気味ではないだろうか。

ほむクオリティェ…。


今の自分のコミュ力が壊滅的なことを改めて付き付けられて。
先行きに漂っている暗雲に、早くも心が折れそうになりながら。
この世界での、俺の一日目は終わったのだった。



・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・

こうして。夢なのか何なのか解らないこの世界で幾日か時間が過ぎて―

その間の時間?
キンクリキンクリ。
おじさんと桜ちゃんがキャッキャウフフしてて。
おじさんから頼まれた俺が、部屋の外の扉のとこで突っ立ってただけである。

締め出されたようにしか思えないぜい…orz

まあ、とにかく。

今。
俺は。
夜の海岸にいます。


寒々しい闇に覆われた、真っ暗な海。
夜の海って実はかなり怖いな。
日の下では青々とした色で輝く波が、色彩を失っているのはとても不気味なものに映る。
何より、視界が利かない。

何人かの友達とふざけて遊びにいこうとしてたことがあったが、止めといたほうがいいな。
冗談抜きで危なそうだ。


最も。
それは人間の身であった場合の話。
サーヴァントと化した今なら、はっきりと周辺を見通すことができる。


けど。
そのせいでもっと怖い物を存分に見れてしまうわけだが。


今の位置からやや離れた倉庫街。
いつもであればやや不気味でしかなかった、何の変哲も無いような場所は―

今、世界の理から逸脱した超常の発現場になっていた。
それを成しているのは、ヒトの形こそ取りながらも条理を遥かに超えた者達―

サーヴァント。
神話や過去の世界の体現たる英霊。

その対決の幕が、ついに今夜切って落とされた。
第4次聖杯戦争の開幕である。



うん。
やっぱサーヴァントって化物だね。
余りの存在感に空気が悲鳴を上げてるよ。
こりゃ、普通の人なら耐えられないな。

かく言う俺も他ならぬ一般人だ。
とっくに失禁して気絶しててもおかしくないんだが…

精神が波風1つ立たないというか。
もの凄く落ち着いてる。

正直、怖いもんは怖いけどな!

今のこの世界が夢だからなのか。
やっぱり、自分もサーヴァントになってるからなのか。
少しも動揺しない。
正直、ありがたいところである。
ほむほむの姿で花摘みを我慢できなかったらヤバイしね。

それは置いておくとして。
第4次聖杯戦争第1戦である。
開戦から複数騎のサーヴァントが一堂に会するというとんでもない展開でのスタート。

その緊張は、今まさに臨界点に差し掛かりつつあった。
新たに場に現れた、金色のサーヴァントによって。


集った英霊達の中でも一際烈しい輝きと存在感を放つ、そのサーヴァントは…



…我様来ちゃってるよ…


天上天下唯我独尊。
己こそ全ての、最古の王―ギルガメッシュ。
公式チートの最強サーヴァントである。


…ヤバイヤバイヤバイ!
死亡フラグ立ちかけてるって!

原作通りだと、ここで雁夜おじさんはとんでもない命令を下すのである。
その流れでいくと、非常にマズイ。
ランスロットさんなら何とかできたかもしれんが、俺じゃ無理。
なんとか雁夜おじさんが冷静さを保てることを期待するしかない。

幸い、この世界だと、このほむボディが独立行動を所持している為に雁夜おじさんの負担は大分軽くなってる。
それに桜ちゃんとの触れ合いが大幅に増してるおかげで、多少は心が穏やかになってるんじゃないだろうか。

…俺はハブられたけどね!

とにかく、早まった真似だけはしないでくれれば…

「殺せ…」

そんな俺の願いが無駄だったことは、聞こえてきた声を聞いただけで解った。

うん、憎悪でドロッドロの声。

やっぱ、駄目か…
そう簡単に憎しみを消すことはできなかったようだ。



意気消沈する俺に、雁夜おじさんからの指令が届く。

―とんでもない暴令が。


「殺すんだバーサーカー!あのアーチャーを殺し潰せッ!!」


おじさん…
一言だけ言わせてくれ…。




ム   リ   で   す   ♪


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