【東方の間】には【立て札】と11の扉があった。
その扉にはそれぞれ名が振り分けてあり、『東方~~~』、と東方+3文字の漢字、という名前になっている。
そして、現状では10の扉にカギが掛かっていて開けることが出来ず、入ることが出来るのは【東方紅魔郷】と書かれた扉だけだった。
幽香が言うには、恐らく作品の年代順を追っていく必要があるのだろう、とのことだ。
そして、この『紅魔郷』。MAP全体を通して赤い霧が出ており、如何なる時間でも夜となっている。確認してみたところ、このMAPでは日属性の効果が-80%となっていた。
これが幽香にとってはネックの一つであり、幽香の主軸である【マスタースパーク】が弱体化することを意味した。もっとも、【マスタースパーク】は木・日・星・夏の複数属性であるため、その低下割合は-20%程度ではあるのだが。
† † †
「しかし、なんだな。死んだらヤバイMAPっていう精神的負担さえなければ、どうということはないMAPだな。正直拍子抜けだ」
ここまでで既にエリアボスを2匹、【宵闇の妖怪】と【湖上の氷精】を倒した。
どちらもHPは標準的なエリアボス程度のHPはあったが、どちらも単調な攻撃のみだった。強いて言うなら、前者は周囲を暗くするため、初戦の相手とするには何かと精神的負担が強かったが、戦ってみればどうということはなかった。
「貴方が言える台詞じゃないわね。まずはその鈍臭い動きを如何にかしてから囀りなさい。貴方、あの二人相手に何度攻撃を食らったかしら?」
「何度も食らったが、HPは100も削れてないしな。魔法は全部ダメージ1だし、物理は全部ミスだ」
「【四季のフラワーマスター】に味方するわけではありませんが、貴方は私たちの中では群を抜いて弱いのです。その『打たれ強さ』と『一撃の重さ』は評価しますが、それ以外の技術面では足元に及びません。それを理解して、油断だけはなさらぬ様にお願いします」
俺の軽口に幽香とアオイの二人が応答する。
確かに二人の言うことは最もだ。最初こそ多少の緊張か、動きに精彩が欠けて多少の攻撃がカスっていた様だが、俺が敵の攻撃(ダメージ1)を食らいながら「ワハハハー。強いぞー。カッコイイぞー」と棒読みで言いながら【宵闇の妖怪】を殴った辺りからギアが入り、それ以降二人は無傷なのだ。
対して俺は避けようと考えてないというのもあるが、避けようとしても避けれなかったりしたのも幾つかある。当たってもダメージ1だけど。
「それと、何度か話したと思うけど、次からは今までの野良妖怪相手とは違って『紅魔館』に入るわ。まずは門番相手になるだろうけど……」
そこで、ふと良い事を思いついた、と言わんばかりの……こう、何と言うか、酷く嫌な予感のする笑い方をして、幽香が俺に言う。
「貴方だけで彼女と戦いましょうよ。貴方が無様に殴られ続ける様、たまには見てみたいもの」
「ゆうかりんが怖いよ、助けてアオえもん!」
何時ものノリで何時もの怖い顔をこっちに向けてきた為、即座にアオイに話を振って回避!
「アオえもんって呼ばないでください。というか【四季のフラワーマスター】。今はふざけている場合ではないでしょう」
「あら、私はふざけてなんか無いわよ。本当に不味くなったら貴方がフォローに入るのでしょう?」
呆れた顔をしながらアオイが幽香を窘める。返答した幽香の言葉は、信頼なのか何なのか。
「ちなみにゆうかりんは?」
「私は……そうね。倒れ付した貴方をマットにお茶でも飲んで見学、なんてどうかしら?」
「我々の業界ではご褒美です! って人は居るかも知れないが、俺は断固拒否しよう」
どうやらS心から来る言葉だったらしい。
「貴方たちは本当に……ああ、頭が痛くなってきました……」
「大丈夫かアオアオ。何処か悪いのか? 頭か?」
「なるほど。頭が悪いのね。可哀想な子」
「頭は悪くありません!」
右手を米神あたりに添えてため息を着くアオアオを心配して声を掛けてみれば怒鳴り返される。全く、最近の若い奴は礼儀がなってないぜよ。これがキレる若者って奴か。
そしてそんなグダグダしてるとでっかい真っ赤な館と見事な門が見えてきた。ついでに、その前に立ち塞がる中華風の人影も。ターゲットしてみれば【華人小娘】の文字。え~と、ホワレンシャオニャン、かな? 中国語分からないぜ。ニングイジャオ? だ。まぁ、返事は返ってこないだろうけど。
「あれが門番か。んじゃ行ってくるわー。俺の雄姿を見るが良いっ」
† † †
その後、俺の攻撃が当たらず、相手にバカスカ殴られ続けた結果、俺が大人気なく【絡め取るマスタースパーク】でゴリ押したのは言うまでも無い。所詮はAI、ハメ殺せばこんなものよ!
ちなみに幽香とアオイはのんびり観戦してた。確かに俺が負ける心配は何処にも無かったけどさ。手伝ってくれても良かったんじゃないかと思う。
† † †
門番を倒し、館に入ってみれば、例の赤い霧は無くなった。どうやら外のMAPだけらしい。一応日の魔法も確認してみたが、通常威力に戻っていた。
それはともかく。
「さて、館に乗り込んだのは良いけど、次はどこだっけ。図書館? ってか、この【妖精メイド】結構うざったいな。俺はダメージ1だからもう完全に避けるの諦めたけど、お前らはそれなりにダメージ入るだろ」
「私は傘を開けば大丈夫。アオイは大変そうだけど」
「【四季のフラワーマスター】! 見てる位なら手を貸してくださいよっ!」
館に入ると無限沸きかって位、そこかしこに【妖精メイド】がうろついていた。
俺らを見つけると遠距離から魔法の弾丸を飛ばしてくるため、結構うざい。
もっとも、幽香は【唯一枯れない花】でパリィングしており、俺は殆どダメージにならないので問題ない。大変なのはアオイで、弾幕を掻い潜りながら【妖精メイド】を切り伏せて回っている。館の中でバタバタ走り回って、はしたないザマス。
「もっとお淑やかにしないと駄目だぜアオイ。そんなんだから何時まで経っても嫁の貰い手も居ないし、花嫁修業を強制させられるんだ」
「確かに姉は嫁ぎましたが私はまだ嫁ぎ遅れって歳ではありません! それに、私が家事出来ないのと今の現状にどういった関連性があるというのですかっ」
「幽香を見てみろ。あの余裕そうな表情、ゆったりとした足取り、無駄の無い傘捌き。心なしか、【妖精メイド】も幽香を避けて俺らを優先して攻撃している様に……って明らか幽香に対する弾幕密度が薄いじゃねぇか、なんでさ?」
「原作設定では、妖精は自然の化身みたいなものだった筈だから、多分【自然化】の影響じゃないかしらね? それでも完全ではないようだけど」
それにしても今更気づくなんてね、と続けながら此方を小バカにしたような眼差しで見てくる幽香。
こういう攻略情報は致命的じゃない段階で先に言ってくれると助かるんだぜ? 後で『あの時言ってれば良かった!』とか後悔しながらキャラロスト(ないしリアル死亡)とか嫌だぜ。
「何か言いたそうだけど、敢えて言っておくわ。この程度、自分で気づかないとこの先やってられないわ。そうよねアオイ?」
「え……? え、ええ。その通りですよ【検証者】。私たちに技術で追いつけないのですから、努々気を抜かず励んでください」
「「…………」」
幽香と顔を見合わせる。
何と言うか、うん。お前の考えてることは分かるぜ相棒。あれだよ。これもアオイの魅力の一つと思おうぜ?
「何ですか二人して顔を見合わせて! 何か言いたいことがあるなら仰ってください!」
「何でもないぜ。なあ相棒?」
「ええ、何でもないわ。そうでしょう相棒?」
「もー! 何なんですか!」
† † †
「おー、見つけた。アイツが此処のエリアボスだな」
【知識と日陰の少女】か。
……ちょっとだけ俺と気が合いそうだと思ったのは秘密だ。あの根暗そうな顔といい、眠いんだか不機嫌なんだか分からない目つきといい、図書館をパジャマでうろつく神経の図太さといい。
もっとああいう『如何にも引き篭もりのネトゲ廃人ですどうぞヨロシク』みたいな奴と仲良くなりたかった。どうして幽香と相棒なんてやってるんだろう。別に不満は無いけど。
「どうかしたの? 私の顔をじっと見て。私がいかに美人とは言え、羨んだ所で貴方のそのパッとしない顔は直らないわよ?」
「PCボディの顔が美人なのは当zウボァー」
「お黙りなさい」
俺の言葉を遮るようにワンハンドネックハンギングツリー。
PCボディーだから別に苦しくはないんだが怖い怖い。つい言葉を止めて断末魔を叫んじゃうくらい。
ってか地味にダメージ入ってるってば。
「漫才はそこまでです……来ますよ!」
と、騒いでいたらどうやら【知識と日陰の少女】に補足されたらしい。全くゆうかりんが騒ぐから。
そして眼前に迫る複数の炎の弾丸。ホーミング性能は、結構良いな。発動も早い。というか、通常攻撃の類か、コレ。弾速は比較的遅めだから幽香もアオイも心配する必要は無さそうだが。
と、冷静に分析してた直後だ。
景色が、ブレた。
「うおおええええ!?」
何が起きたのか確認してみれば、理由は単純明快。幽香が俺を振り回したのだ。幽香に迫っていた炎弾はバットか何かの様に振り回された俺に当たり、炎弾は弾け飛ぶ。俺に1ダメージ。ついでに言うと幽香にはノーダメージ。
「オイこら相棒。なんばしよっと?」
「右手に日傘。左手に貴方。コレって結構便利だと思わない?」
「ちょっとだけ同意するけど勘弁してくれ。景色はトンデモな速さで流れるし、視点が定まらないし、足は地面に着かないから不安だし。何より三半規管がヤバイ。気持ち悪くなる」
「全自動魔法射出機能付き、耐久損傷を気にしなくて良い、そんな盾が手に入ったと思ったのに。残念だわ」
本当に残念そうに……は聴こえない軽い口調で言う幽香。チラっと顔見ればニマニマ笑っている。
そして俺を離すことなく左手を大きく振りかぶった。何考えてやがるオイコラバカ止めろ。
「仕方ないから投擲アイテムとして使いましょうね」
「飛んで飛んで飛んで飛んで飛んでーってか。パジャマさん避けてー」
俺はブン投げられながら【知識と日陰の少女】に言う。だが当然ながらAIが俺の言葉に反応することはなく、俺という弾丸を避け損ねた。
どうやらゲーム内部的な判定では俺の【体当たり】と認定されたらしい。防護結界を展開して詠唱していた【知識と日陰の少女】に9999ダメージを出し、防護結界を破る。結界破りで固定ダメージが入り、詠唱も止まる。
俺のPCボディを上手く使った、俺のプレイヤースキルに因らない攻撃か。攻撃手段の一つとして考えておこう。
折角の接触距離に居る機会なので【組み合い】をしておく。判定結果は当然成功。後はマウントポジションから動かず、魔法打つ暇も与えず殴り倒すだけか。
† † †
「それにしてもアレだなー。敵弱いなー」
今は図書館MAPを抜け、長い廊下のMAPに居る。ちなみに、【妖精メイド】が邪魔なのは既に諦め、今は【キャストアクション】を持つ幽香が【マスタースパーク】を歩きながら撃って進んでいる。一直線の長いMAPだと便利だな【マスタースパーク】。
「……勘違いされると困るから言いますが」
俺のなんとなく呟いた言葉に対してアオイが応じる。
「今まで出合った主要な敵である彼女たちは、決して弱くはありません。此処にたどり着くにはまず【ハクレイのミコ】の撃破を前提としていますが、【ハクレイのミコ】より数段強い敵ですよ」
【ハクレイのミコ】は、標準的な強さのエリアボスである。つまり、そう考えると【宵闇の妖怪】からずっと強めのエリアボスを相手としてきたわけだが。
「特にあの門番と魔女は段違いでした。此処まで容易に進めているのも、相性の良い【検証者】が居るからでしょう。私と【四季のフラワーマスター】だけでは……そうですね、【知識と日陰の少女】を倒すのは苦労したと思います。倒せない、とまでは言いませんが」
そうなのか。
……つまり、何だ。幽香の奴、俺が一番相性の良い敵を狙って俺を使ってるのか。気付かなかったが、唯のゴリ押しじゃないのか。
「……と、ようやく見つけたわよ、悪魔の狗」
地味に俺の中で幽香の評価を上方修正していたら、幽香が詠唱を止めて呟いた。
その目線の先には、メイド服を着た銀髪の少女が。ターゲットして名前を見る。
「んー? あの【紅魔館のメイド】って奴が?」
「そう。恐らく、貴方が役に立たない相手の一人。言ったと思うけど、彼女の能力は」
幽香の言葉の途中で敵の詠唱が始まる。妨害しようにも、チャージが早い。詠唱終了まで1秒に満たないか。詠唱が終わる。
目の前にナイフ。刺さる。ミス表示が20発程度。
周囲確認。幽香はギリギリで大魔法の防護結界が間に合ったのか詠唱中。アオイは直撃か、HPバーが4分の1程度減ってる。
【紅魔館のメイド】は、アオイの近く!?
「アオイ!」
「【鏡花水月】!」
俺の言葉に反応してか、【紅魔館のメイド】がアオイにナイフを振りかぶるのと、アオイが回避行動に移るの、そして幽香の持つ最速の【格闘】スキルが【紅魔館のメイド】を襲うのは、ほぼ同時だった。
幽香の攻撃は、ダメージを出した。が、詠唱ペナルティ鈍い身体で追撃は追いつかず、【紅魔館のメイド】の後退が間に合う。アオイは【紅魔館のメイド】のナイフをパリィしながら、俺のところまで後退に成功。俺は即座に【生命のかけら】でアオイを回復。
「これが『時間を操る程度の能力』って奴か」
幽香が語った要注意能力の一つ。どの程度再現してくるかと思ったが、なるほど、なかなか。
「アオイ。あの詠唱を見てから止められるか?」
「あれだけ隙が大きいですから。先ほどの様に距離が開いてなければ、なんとか」
すげぇ。精々0.8秒程度の詠唱時間を『隙が大きい』とか言えるのか。お前ら、俺と別のゲームでもしてるのか?
ともあれ、こんなこと言える心強い味方がいるのだ。これなら勝てる。
「幽香! マスパ撃ったら戦線交代だ。アオイを前に出す!」
「我が放つは破滅の光、生命の極光――――【マスタースパーク】!」
恐らく俺の声は幽香に届いた。返事は無いが、幽香が後ろに下がる体制に入る。
そしてマスパが終わるタイミングでアオイと幽香がスイッチ。
【紅魔館のメイド】はマスパのヒット硬直で移動が出来ず、アオイとの白兵戦を余儀なくされる。
「ふん。攻めにしか能力は使えないようね。回避に使われたら大変だったけど、まぁ、こんなものかしら」
俺の近くまで下がった幽香が呟く。俺は返事代わりに【マナのかけら】で幽香のMPを回復。
「咲かせ、咲かせ、裂かせましょう――――」
そして詠唱開始。なるほど。この魔法ならアオイの邪魔にはならない。
【紅魔館のメイド】は詠唱に反応し、ナイフを投擲する。が、そのナイフを幽香は容易にパリィ。
「余所見とは。随分余裕ですね」
当然、アオイがその隙を見逃す訳無く苛烈な攻めが始まる。あのタイミングで手抜きは、どう考えても悪手だぜ【紅魔館のメイド】。
そして、防戦一方となった【紅魔館のメイド】は起死回生の一手か、アオイの剣を大きく弾き、後ろにバックステップ。詠唱を開始。高速で伸びる詠唱バー。そして。
「無駄です。【ソニックスラスト】」
即座に距離を詰めたアオイのスキルにより、防護結界は破られ、詠唱中断に加え、結界破りの固定ダメージ。当然追撃の手は休まらず。
「それはきっと、美しくも残酷なことなのだから――――【幻想郷の開花】」
幽香のフィールドオブエフェクトが発動。これで【紅魔館のメイド】は継続ダメージを受け続けながらアオイと戦うことになった。
あとは油断しなければどうという事もなさそうだ。
† † †
そして【紅魔館のメイド】を撃破し、ついに最奥のMAPにやってきた。
窓から見える空に浮かぶのは、真っ赤な満月。そして今まで無かった赤い霧がまた出てきた。
「……館の中に入れば無くなったから安心してたけど、此処に来てまた赤い霧、か。厄介ね」
幽香が呟く。確かに、幽香が言うにはここのエリアボスは吸血鬼。マスパが良く効くだろうから楽できる、と考えていたのだが……そう上手くはいかないらしい。
そして、恐らくボスが待ち構えているであろう大きな扉を開く。
中はとても広く、立派な騎士鎧が左右に立っており、豪勢なイスと、見事なレッドカーペット。
そして、主の風格を漂わせる黒い羽を持つ幼女。ターゲットすれば【永遠に紅い幼き月】という名前が浮かび上がる。
「やっぱり、人間って使えないわね。貴方たち、殺人犯ね」
その部屋に響いた少女の声に驚いたのは、俺だけじゃないだろう。
「あら、咲夜が人間だったのがそんなに意外?」
悪戯好きな小悪魔の様な笑みで笑う。
「それとも、私が喋るのがそんなに意外? 確かに私はこのMAPから出れないし、咲夜たちがこのMAPに来る事は無い」
俺らが絶句する中、世間話でもするように言葉を続けるのは、【永遠に紅い幼き月】。
「でもね、このゲームには唯の店の店主にすら高性能AIを積んでいるのよ? 貴方たちも会話するMOBくらい、知ってるはずだけど?」
確かに、現段階で最高レベルのAIが積まれたMOBとして、魔王が確認されている。
今までMOBに会話出来るレベルのAIが積まれたのは魔王のみだったが、魔王に積める以上、他のMOBに積めない理由は無い。
「……レミリア・スカーレット。貴方は、随分とメタな思考が出来るのね。此処がゲームだということ。自身の思考がAIであるということ。この『世界』では、NPCにとってタブーである筈なのに」
幽香が言う。確かに、この【永遠に紅い幼き月】が言う様なメタ発言は、普通のNPCにとっては禁じられたワードの筈だが。
「ふん、こんな場所で、会話できるのも唯一人。そんな場所に通常のAIを入れても矛盾が発生するわよ」
……ふむ。特殊な条件下で存在するNPC故に、メタな思考を理解するAIを積んである、のか?
「それより、お喋りするためにこんな所まで来た訳じゃないんだろう? 盛大に戦おうよ。誰が来るか予想してたんだけど、風見幽香が来るとは思って無かったんだ」
私にも見えない運命があったとはな。そう言い、イスから降りて確かめるように手足を振ったり握ったりする。
「おいおい、完全に幽香をご指名かよ。俺らだって居るんだぜ?」
「え~と……【検証者】っていうの? パッとしない顔ね。もっと男前になって出直してきなさい」
「そこで顔について突っ込むのかよお前は」
どうやら戦闘ルーチンだけが取り柄のAIではないらしい。これは本当に魔王クラスのAIが積まれてるか。いや、メタ思考が盛り込まれている分、魔王よりも場合によっては厄介か?
「それより、ボス戦前の口上を続けてくれないかしら? あのやり取りをしないと、どうにも調子が出ないのよね」
「口上って……ああ、さっきのですね。殺人犯がどうとか」
アオイが油断なく構えながら応じる。
「そうよ、まったく。冴えない男に冴えない女。こんなの連れてちゃ程度が知れるわよ、風見幽香」
「顔が冴えない代わりに頭は冴えてるんだ。お蔭様で、吸血鬼の一人や二人は問題なく処理できる程度に」
俺の言葉を聞き、【永遠に紅い幼き月】が笑う。口上に応じろって、多分こう言う事だろう?
「頭が冴えても所詮は人間。脳なんて単純で化学的な思考中枢で考えてるんじゃ脳の無い私に勝てはしない」
「カラッポ頭の割には頭でっかちね。そんなに頭スカスカで、夢を詰め込む以外に用途がなさそうね」
今度は幽香が応じる。それにしても会話する気ないな俺ら。
「つまり貴方たちには夢も希望もないの。運命を操る私が言うわ。貴方たちに、未来は無い」
「夢は掴むもの、希望は持つもの。無いなら手に入れるまでです。民を導く私が言います。未来は、切り開くものです」
順番的にアオイの番で、気の利いた台詞が言えるか心配になったが大丈夫だったらしい。まぁ、俺ももうちょっとカッコイイ言い回しが良かったが、その場で思いつく台詞にしちゃ上々か。
「ふふ、こんなに月も紅いから」
「ええ、こんなに月も紅いから」
「美しい夜になりそうね」「恐ろしい夜になりそうね」
† † †
あの言葉の直後からの【永遠に紅い幼き月】は、それはもう悪魔の如き戦いぶりだ。
空中を蹴ってるのかというぐらい鋭い静と動の激しい移動。壁を足場に自身を弾丸とするタックル。コウモリを模した魔法弾による弾幕。そして鋭い爪による強力な物理攻撃。
「ちょこまかと、鬱陶しいな。大人しく俺の攻撃に当たれっての。【ホーミングブリッド】」
「幽香もだけど、貴方はそれにも増して鈍重なんだもの。欠伸が出ちゃうわ」
俺の軽口に答えながら、追尾する弾を背負いながらその弾丸以上の速度で俺らの傍を駆け跳ね抜ける。ついでとばかりに切り裂かれて幽香のHPが減り、そして、【永遠に紅い幼き月】を追尾する弾は幽香に当たり、掻き消える。
……うっかり射線に味方が入って魔法が当たらない、って事は経験有ったけど。敵が追尾弾を振り切って無理やり味方に当てるとか初めてだぜ。
幽香も今は詠唱を止め、通常の速度で【格闘】スキルを振っている。にも関わらず、有効打はあまり無い。つまり、現状でまともに戦闘が行えるのは――――
「【ソニックスラスト】!」
「おっと。や、るわねっ!!」
今も【片手剣】スキルを直撃させた、アオイだけということになる。
……というか、あの空間だけなんか変だ。あいつら格ゲーか何かやってるし。俺らと幽香はそんな事無いのに。あ、そういやデコ君も格ゲー気味だったな。
「と見てる間にアオイのHPガリガリ減ってるよ。ほら【生命のかけら】」
「本当にプレイヤーってのはずるいわね」
「逆にお前らNPCは俺らのHPと比べ物にならないHPがあるじゃないか」
ちなみに、少なくない時間を掛けて漸く【永遠に紅い幼き月】のHPバーは僅かに残す状態となり、赤く染まって瀕死状態を示している。
「あと其処。危ないぜ?」
俺の言葉に【永遠に紅い幼き月】が気付くが、遅い。戦い始めて直ぐに気付いたが、アイツが空中を蹴って移動出来る回数は一度に2回が限度。そして、その2回目の空中ダッシュを終えた。
そして、今、その着地の隙を狙って。
「【鏡花水月】」
幽香の持つ最速の【格闘】スキルが、綺麗に決まる。
呻き声を出す【永遠に紅い幼き月】。もしかしたら、俺らと違ってこの吸血鬼には痛覚が備わってるのかもしれない、とか思考が他所に反れる。そして、そのヒット硬直を逃すアオイではなく――――
「トドメッ! 【月光斬】!」
アオイの奥義スキルが直撃。【永遠に紅い幼き月】のHPは0となった。
† † †
【永遠に紅い幼き月】の身体が、力無く倒れる。
そして、PCと同じ様に、【永遠に紅い幼き月】の身体は、足元から光の粒子になって消失していく。
「……やれやれ、私は貴方たちに負けるために作られた存在とは言え、流石に死ぬのは気分悪いわね」
「おお、HP0でも喋れるんだな。てっきり喋れないと思ってたが」
「【検証者】、それと幽香。貴方たちは黙ってなさい」
どうやら俺はお呼びじゃないらしい。しかも幽香に至っては口を挟んでいないにも関わらず釘を刺された。幽香涙目ぷぎゃー。
「私はレミリア。レミリア・スカーレット。【永遠に紅い幼き月】。幼きデーモンロード。スカーレットデビル。私を討った、か弱き人よ。貴様の名前は?」
どうやら、今更の自己紹介らしい。あれか。冥土の土産って奴か。言い出すのが逆だが。
「……私は、アオイ。アオイ・サウス・ブルームーン。【ブルームーン第五王女】。この世界にて魔王を討った人間の一人です」
「……フン。私を討った者の名が、よりにもよって『青い月』か。これが私の運命か。面白いじゃないか」
【永遠に紅い幼き月】は満足そうに笑いながら、虚空から紅い宝石を取り出し、アオイに投げつける。
「くれてやるよ。【紅魔郷の証】だ」
そして、もう既に半分程が光の粒子に変わった【永遠に紅い幼き月】が続ける。
「ついでに、【東方の間】まで送ってあげるわ。道中の雑魚共の相手も疲れるでしょう。サービスよ」
言葉と共に右手を掲げ、辺りが光に包まれる。どうやら強制転送らしい。
アオイが何か言いたそうだったが、そんなのお構いなしで、転送は止まることなく、俺らを【東方の間】へと送った。
† † †
その後、積もる話はまた今度、と解散。
消費した回復アイテムや、損傷した装備の修復。次のステージの攻略に関する話し合いなどの関係で、次の攻略は1週間後となった。
あと、予想通り【紅魔郷の証】を手に入れたことで次の扉【東方妖々夢】が開くようになった。次は此処の攻略となるだろう。
† † †
で、1週間経った訳ですが。
「お前ら何してくれちゃってんの? ねえ?」
集合時間に着てみれば、既に【東方妖々夢】はクリアしたとの言葉と、【妖々夢の証】という桜色の宝石を見せられた。
「【検証者】が足手纏いと判断したまでです」
「……そのね、あの、アオイに悪気はないのよ」
アオイはドヤ顔で俺に言う。言い訳しないのは高評価だ。幽香は言い訳してるがな。
「俺はな。怒ってるんだぜ? 分かるか? なあ。……そっちは分かってるみたいだな。いーや。お前は後でじっくり話そーな。んでさ、アオイ。お前、何を開き直ってんの? お前、態々しなくて良い危険を背負ったの分かってる?」
「な、何をそんなに怒ってるんですか。良いじゃないですか。貴方を危険に晒した訳でもなく、私たちは何の問題も無く【妖々夢の証】を手に入れてきた。何か問題が」
「そういう問題じゃないんだよ……何で俺を連れて行かなかった?」
幽香に訪ねる。
「その、怒らないで聞いて欲しいんだけど、『妖々夢』の6ボスは『死を操る程度の能力』を持っててね。当たったら即死の攻撃をしてくると思って。実際してきたのだけども、貴方、避けるの苦手じゃない? だから、居ない方が良いかなってアオイと話して……」
「そういうのは俺も交えて話してくれ。そうした方が合理的なら俺だって無茶は言わない。それで、他には? それだけの理由なら、それより前の5人まで着いて行って、最後のエリアボス戦だけ俺が離脱すれば良いよな?」
「それは、確かに、そうなんですが……」
だんだんと尻すぼみになっていくアオイの言葉。
俺は、大きくため息を吐いた。
過ぎたことだ。落ち着け。こいつらなりの気遣いだと思え。怒る必要はない。感謝しろ。
「まったく……言いたい事はいくらでもあるが、まぁ、ありがとうよ。でもお願いだからこんな真似はしないでくれ。俺が行かない方が良いって納得すれば、俺は行かないからさ」
俺の機嫌を伺うような表情をした二人にそう言う。
「まったく、折角準備してきたのに、完全な肩透かしだよ。今日はもー解散だっ。次回にはちゃんと呼べよ!」
そう言い残してさっさとログアウト。
次に会うときにでもアオイや幽香はしょぼくれた顔してるだろうから、その時に「何の話だ?」とでもすっ呆ければ良いだろ。
さて、今日も検証結果を纏めて寝よう。
† † †
今日の検証結果――――『紅魔郷』はアオイが主役。活躍的な意味で。
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オマケはお休みです。
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【ワハハハー。強いぞー。カッコイイぞー】
元ネタ:遊戯王
概要:主人公 武藤遊戯の永遠のライバル 海馬瀬人(初期・キャベツ頭・緑川光)のセリフ。完全にキャラ違うけど良いのか?
【助けてアオえもん】
元ネタ:ドラえもん
概要:いじめられた時に言う魔法の言葉。未来からきた猫型ロボットが助けてくれるかもしれない。あと、どう見てもジャイアンとのびたは仲の良い友達である。
【ウボァー】
元ネタ:FF2
概要:ラスボス 皇帝の断末魔である。
【飛んで飛んで飛んで飛んで飛んでー】
元ネタ:歌手 円広志による夢想花より
概要:誰もが一生の内に一回は聞くであろう曲の歌詞の一部。
【組み合い】
元ネタ:ソード・ワールド(無印)
概要:戦闘オプションの一つ。この場合は『押さえ込み』を指す。ファイターなどの筋力に優れるキャラがソーサラーなどを容易に封殺し、生け捕りにする際に役立つ。
【鏡花水月】
元ネタ:刀語
概要:四字熟語的には『はかない幻影のたとえです。また、作品から感じられる、言葉でいつくせない深い味わいです。鏡に映る花と水に映る月の意味で、目には見えるが手に取ることができないものです。』(四字熟語辞典より)。元ネタ的には虚刀流の鈴蘭の構えから繰り出される、奥義。 下半身を地面にどっしりと構え、 腰のひねりを加え、掌底を繰り出す。
【カラッポ頭の割には頭でっかちね。そんなに頭スカスカで、夢を詰め込む以外に用途がなさそうね】
元ネタ:歌手 影山ヒロノブによるCHA-LA HEAD-CHA-LAより
概要:歌詞の一部。