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No.33159の一覧
[0] 【習作】世神もすなる異世界トリップといふものを、邪神もしてみむとてするなり[ハイント](2013/03/23 17:46)
[1] 『かみさまからもらったちーとのうりょく』の限界[ハイント](2012/05/19 03:13)
[2] 辺境における異世界人の身の処し方[ハイント](2013/04/04 23:48)
[3] 現代知識でチートできないなら、近代知識でチートすればいいじゃない[ハイント](2012/06/12 20:51)
[4] 至誠にして動かざる者は未だ之れあらざるなりと雖も、[ハイント](2012/07/01 22:11)
[5] 道徳仁義も礼に非ざれば成らず。[ハイント](2013/04/04 23:52)
[6] 辺境における異世界人の身の処し方 その2[ハイント](2019/01/30 02:00)
[7] 出来ること、出来ないこと[ハイント](2019/01/31 00:14)
[8] プロメテウスの火[ハイント](2019/02/05 01:21)
[9] 『人食い』[ハイント](2019/02/07 04:31)
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[33159] 至誠にして動かざる者は未だ之れあらざるなりと雖も、
Name: ハイント◆069a6d0f ID:a5c8329c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/07/01 22:11
 中学時代、孝治の友人はこんなことを言った。

『思想、文明、宗教の優劣は、結局戦争で決まる』

 元々思想的に偏りのある友人の言葉に、当時の孝治は『ああまたか』と思いつつも、こう返したはずだ。

『戦争に勝ったほうが偉いって考え方は、差別的だから良くないんじゃないか?』

 それに対し、彼がどう返したかは記憶にない。大方当時の時事問題に絡め、日本政府の弱腰ぶりを詰ったりしたのだろう。そういう奴だった。
 そんな友人を中学生の孝治は呆れつつ見守っていたものだったが、しかし庇護してくれる祖国を失い、異世界に投げ出された今となっては――彼の思想にも、共感せざるを得ないのだ。





 ―――クゥルシペとは、そのものズバリ現地語で『交易港』を意味する名前である。
 この島の南端、巨大な入り江に存在するこの港町は、およそこの土地では最大の規模と人口を有する集落であった。
 六月も後半に差し掛かる頃である。孝治はエヘンヌーイの皆と共に、冬の間に作った工芸品を運んでクゥルシペへ来ていたのだが……。

「どうしても駄目なのか?」
「生憎と禁輸品でねえ。『蛮夷に炉を与えず、銃砲火器は銃床を見せず』。あんたなら知ってるだろう?」
「……まあ、な」

 お決まりのフレーズで断られ、孝治は肩を落とした。
 先ほどからずっとこの調子だった。フソ――どうも顔つきと言い文化といい日本に似た所があるので、孝治は扶桑の文字を当てることにした――の商人たちは、外見が自分達に似ている孝治に対しては気楽に話してくれたものの、こと商売に関しては極めてシビアだ。
 孝治が探しているのはなんのことはない、単なる鋸研ぎ用のヤスリである。例の錆びた鋸を再生できないものかと、あるいは新規の鋸を作るのに使えないかと、孝治は購入を打診していたのだが、誰一人首を縦には振ってくれない。

 ―――結局文明の優劣は、こういうところに現れるのだ。

 欲しいものを自作できず、奪うことも売ってもらうこともできない――これが孝治の、そしてこの土地の現状だった。
 諦めて孝治は、次の話題に移る。

「まあいいさ。そう言われるのは分かってたしな。しかし他の取引にも応じてもらえないってのはどういうことだ? 利益を上げるのがあんたら商人の道理だろう?」
「あんたも飽きないねえ。他の奴らにも聞いて回っていたじゃあないか」
「情報ってのは裏づけが必要だ。違うか?」
「違わん、違わん。ま、あんたはここで暮らしてるんだ。気になるのも当然の事だわな」

 やれやれ、と肩をすくめて商人は語る。

「答えは簡単さ。取引しても利益が出ないからよ」
「誰も彼もそう言うが、利益が出ないなら、なんであんたらは大海原を渡ってくる?」
「海を越えることで得られる利益ってのは、何も商売だけじゃないってのが一つ。もう一つは……まあ、こいつはあんたの“お友達”から聞いた方がいい」
「またそれか」

 この件――取引の突然の停止――について聞くと、商人たちは大抵こう言ってきた。どうも彼らの口を重くさせている原因は、“こちら”側にあるらしい。
 孝治としては気になるところだが、しかし蛇の道は蛇とも言う。無理に聞き出すこともない。
 とりあえず持っていた鮭の干物を一つちぎり、商人に差し出す。

「食うか?」
「おお、こりゃありがたい。俺ぁこいつが好物なんだが、この情勢だ。しばらく食えなくなるかもしれん」
「じゃあ、ありがたいついでに聞かせてくれ。その“情勢”の話だ」

 おや、と商人は眉を上げた。

「もしかして失言だったかね?」
「ああ、俺が本当に知りたいのはそいつだよ。今でこそ取引が止まってるが、その前には扶桑の品が極端に高騰したって話だ。そしてその原因についてはどうにも皆口が重い。本国で何があった?」
「……ま、あんたはどうやら扶桑の人だ。気付かない方がおかしいわな」

 勘違いについては訂正せず、孝治は無言で先を促す。商人は頭を掻いた。

「……参ったね。この話は口外するなと、ここの長から言われてるんだが」
「ここの長、というと族長エルマシトから?」
「ああ、そうだ。……とはいえあんたならまあ、いいかね」

 ふう、と一息入れて、商人は決心したのか口を開いた。

「一応言っておくが、この話を広めるのはエルマシトに禁止されてる。それは心得て聞いてくれよ」
「ああ、構わん。なんなら国旗に誓ってもいい」
「そいつを聞いて安心した」

 そして二人はしゃがみ込み、声を潜めて話を始めた。
 その内容に孝治が目を剥くのは、それからすぐの事であった。




















 六月も後半ともなれば、この北の大地にも短い夏が迫り、木々の緑も勢いを増す。もはや亜熱帯に近い東京の夏ほどではないが、それでも十分な賑やかさだ。
 実際に孝治は峠道を越えてクゥルシペに来る間、この地の木々が陽光を受けて鮮やかに光を反射する様を見てきている。半年前、孝治が落ちてきた頃には一面の雪景色であったことを考えると、感慨深いものを感じずにはいられない。
 とはいえ夏の訪れに、秋を驚かす勢いの草木はさておき、港の人間達の面持ちはどこか浮かないものだった。そしてそれは、今や孝治も同様である。

 参ったな、本当に鉄製品の入手が困難になってるとは……。

 昨日クゥルシペに着いてすぐ、カルウシパは交易所に挨拶に行った。それが不可解な顔をして戻ってきたのは、一時間と経たないうちだった。
『たしかタカハル、扶桑語が話せるって言ってたよな? 着いてきてくれ』
 そう言われてついて行った孝治もまた、商人たちと会話してすぐに事態の異常さに気付いた――商人が商売をしないのである。
 いや、正確には全く取引に応じないわけではない。しかしこちらの主要な輸入品である鉄製品の取引に応じず、挙句高級品のはずの刀や短剣を“仕入れていない”と断言される異常さには、孝治も疑問の声を上げた。
 結局昨日は埒が明かず、今日になってカルウシパはクゥルシペの族長エルマシトに、孝治は単独で扶桑人のフリをして情報収集に、他の村の面々は、仕方なく挨拶回りと、事態の把握の為に行動していたのだが……どうにも海の向こうはきな臭い情勢になっているようで、商人達から聞いた話は、孝治の足取りを重くした。
 彼らの語る海外の情勢を纏めると、こうだ。

 ―――曰く、東の大陸から、アトラスとかいう国が艦隊を率いて南海の島々を荒らしまわっている。

 ―――曰く、扶桑の政府は、自国の植民地を守るため、守備隊を南海諸島に駐屯させることを決定。

 ―――曰く、扶桑の諸侯は百年以上の平穏を振り払うように、金蔵や宝物庫を空にする勢いで戦支度を行っており……物価が大きく動いているらしい。

 ……まさか前にカルウシパに言ったことが現実になるとはなあ……。

 エヘンヌーイのみならず、この土地の主要な輸出品は木彫りに刺繍細工。いわゆる民芸品である。贈答用に溜め込んでいた諸侯が放出したこともあり、扶桑本土における価値は暴落しているという。
 こちらの品を安く買い叩くために口裏を合わせているのではないか、ともちらりと考えたのだが……諸々の情報を総合して考える限り、どうやら嘘は無いと孝治は判断していた。
 それにしても一月前、孝治はカルウシパに『万が一鉄製品の輸入が絶えたら~』などと言ったものだが、本当になるとは思わなかった。思わず俯きがちになっている自分に気付き、孝治は顔を上げる。

「いかんな、弱気になったら駄目だ」

 あえて声を出して自分を励ます。孝治は隠れオタらしく独り言を嫌うが、高校時代ある知人に教えられて以来、この手のポジティブな言葉は口に出すようにしていた。
 嘆いたところで状況は変わらない。ならばむしろこれはチャンスだと、孝治は思うようにした。正直孝治のうろ覚えの知識で作れる鉄など粗悪品が良い所だろうが、万が一この地が鉄不足に見舞われるなら……粗悪品でも、売れる可能性が出てくる。
 そして、他の集落に“売れる”ならば、それはエヘンヌーイを多少なりとも豊かにできるということで、カルウシパ達への恩返しになるのだ。

 狩りにも行かず実験ばかりで、肩身が狭かったからな……そろそろ結果を出さないと。

 心中決意を新たにして、孝治は木陰に腰を下ろした。港の喧騒から少しばかり遠ざかった場所である。考えを纏めるにはちょうどいいだろう。
 孝治は港を眺める。常には扶桑の商人や漁師、交易にやってきたこの土地の人々で大賑わいに賑わうというクゥルシペだが、この夏は少しばかり様子が違うと、昨晩カルウシパは言っていた。
 たしかに、と孝治は思う。なんというか、人々に余裕が無い。それは孝治が調べた限り、扶桑で起きた異変が元凶なのだが……しかしその影響が遠く隔てられたこの地にまで届くとなると、孝治はこの世界に対する認識を少々改めなければと思うのだった。

 文字通りの海外領土で、他国の軍隊同士が戦闘か……思ったより文明レベルが高いな。

 そう思う孝治だったが、そういえば、と思い出す。この世界に来る直前、アレが言っていたことを。
 『剣と魔法の中世が終わり、近世に入り、近代へ移行しつつある世界』
 忘れかけていたが、そんなことを言っていたはずだ。地球の歴史で例えるなら、『近代に移行しつつある』というのは……言葉の解釈にもよるが、おそらく18世紀ごろにあたるだろう。下手をすると、先進国には蒸気機関車や雷管式銃があるかもしれない。
 事実クゥルシペに停泊している扶桑の商船は、遠洋航海を想定しているであろう、竜骨に複数マストの大型帆船である。おそらく大航海時代くらいの水準はあるのだろう。

 ……というか、魔法があるのか? この半年で一度も見てないぞ?

 孝治はふと疑問に思ったが、しかしよく考えれば邪神の居る世界だ、あってしかるべきだろう。なにしろ100面ダイスを用意するような輩である。読んだら目が潰れる魔導書とか、その手のアイテムが後々登場する可能性は高い。
 自らの持つ『言語チート』が途端に恐ろしいものに思えてきて、孝治は思わず身震いした。

 ああ、くそ。やっぱり『何も受け取らない』が正解だったのだろうか……。

 しかしその場合、それこそ無人島に放り出されていた可能性もあった。そもそも孝治が翻訳能力を選んだのは、少なくとも人間か、言語を解する知的生命体と関わる環境に身を置けるだろうという打算からである。『言葉を話す珍しい猿』として、タコ型宇宙人の実験動物にされなかっただけマシかもしれない。

 だがここに来て戦争フラグ。いや、多分あるだろうとは思ってたが……。

 孝治は頭を抱えたが、しかしこれについては予見していた。むしろ事前にある程度前情報を与えられるだけマシだ。
 そもそも現代日本人が異世界に行って戦いに巻き込まれないと思うのは、少々都合が良すぎる。異世界召喚の醍醐味は異文化コミュニケーションだとは前にも考えたが、現代日本人の思想の基本は『平和』である。安直ではあるが、戦闘展開はお約束だ。
 第一、この“シナリオ”は―――

「……駄目だな。どうにも気が滅入る」

 思わず呟き、頭を振って、孝治は立ち上がった。

「村の皆と合流しよう。一人は駄目だ」

 そう自らに言い聞かせ、歩き出そうとした孝治は、ふと、視線を感じて横を見た。若い男と目が合って、孝治は目を瞬かせる。

「なにか?」



「ああ、失礼。見かけない顔なので少し観察させてもらっていたよ」

 そう言った男は、この地の人間らしく堀りの深い顔立ちだった。年齢は孝治と同じくらいだろうか。この半年でこの地の人々の年齢を推察するのにも慣れた孝治だったが、少しばかり自信が持てなかった。

「……俺は孝治だ。外から来た者だが、今はエヘンヌーイで世話になってる。あんたはクゥルシペの人か?」
「そうだよ。挨拶が遅れて申し訳ない。僕はアルカシト。族長エルマシトの息子をやってる」

 そう言って人当たりの良い笑顔を浮かべる彼の顔には、髭がない。
 怪訝そうに見つめる孝治に気付いたのか、アルカシトは笑って言った。

「この顔かい? 僕は仕事柄扶桑人との付き合いが多いんだけど、扶桑では髭面は嫌われるらしくてね。剃ってるんだ」

 ま、あまり家族からはいい顔をされないんだけど。などと苦笑するアルカシトに、孝治も肩の力を抜いた。
 エヘンヌーイにはそもそも剃刀が無く、孝治もやむなく髭を伸ばしていたが、このクゥルシペでは手に入れることも出来るのだろう。少しばかり羨ましかったが、それは言っても仕方ない。

「そうか。それで俺の素性は分かったと思うんだが、まだ何か用があるなら言ってくれて構わないぞ」
「ああ、そういってもらえると助かるな」

 微笑を崩さず、アルカシトは言う。どうもこの人当たりの良さは天性のようで、扶桑人との付き合いが多いと言っていたが、なるほど天職なのだろうと孝治は思った。

 ……だが、こういうタイプは案外怖いんだよなあ。

 そんな孝治の警戒をよそに、アルカシトは至ってフレンドリーに話しかけてくる。

「実は港に居た頃から、タカハルのことは目を付けてたんだ。扶桑の商人達と、なにやら話をしていたようだから」
「ああ。エヘンヌーイには鉄製の工具が足りないんだが、知ってるだろうが商人たちが売ってくれない。原因を調べようと回っていた所だ」
「それで原因は分かったのかい?」

 ふむ、と孝治は顎に手を当てて考える。ここで頷くのは、口止めされているところをわざわざ話してくれた商人たちに対する不義理である。
 孝治は言葉を濁した。

「俺は外から来た人間だ。扶桑やその他の国のことは、ある程度理解してる」
「なるほどね」

 アルカシトは笑った。嫌味のない笑みだ。

「じゃあ『あとらす』って国のことも知ってるのかい?」
「ああ。東の大陸にある大国だ。拡大主義で、近年は海軍の整備に力を入れていると前に聞いたことがある」

 仕入れたばかりの情報だと、おくびも出さずに告げた。無愛想で目つきの悪い孝治は、この手の腹芸が存外得意である。
 とはいえアルカシトも、商人たちが孝治に話したことは大方分かって聞いているのだろう。「なるほどね」などと白々しく頷き、尋ねてくる。

「孝治は外の事に詳しいようだけど、そのアトラスが扶桑と戦をするって話は知ってるかい?」
「いいや? ただ、納得は出来るな」
「へえ、それはどういう理屈で?」
「アトラス海軍の編制は、西を向いていたからな」

 完全に口から出任せだった。

「艦隊ってのは金食い虫だ。わざわざ海軍を整備するってことは、それだけの利益を見込んでるってことで……扶桑の植民地を狙うのは自然だろうな」

 偉そうに告げるが、これも完全にハッタリである。
 しかしながらアルカシトは、感心したように頷いた。

「へえ……流石だね。僕にはそう言われても、ほとんど理解できないんだけれど」
「まあ、色々見てきたのさ。それこそ月の国とかな」
「月か! そりゃ凄い!」

 アルカシトは大げさに驚いたが、どうせなら笑い飛ばして欲しかったと孝治は思った。相変わらずジョークのセンスが無いと自嘲する。
 そんな孝治の反省を余所に、アルカシトは本題に入った。

「じゃあそんな博識なタカハルに、一つ仕事を頼んでもいいだろうか?」
「まずは内容を聞かせてくれ。手伝えるようなら手伝いたいが」
「そうか、その気持ちだけでも嬉しいよ」

 こういう台詞がさらりと出てくる辺り、相当に“慣れてる”なと、孝治はしみじみ感心した。

「頼みというのは他でもない。その扶桑とアトラスの戦争について、詳しく説明して欲しいんだ」
「あんたにか?」
「いいや、うちの父上にだよ」

 孝治は少しばかり面食らった。初対面の相手、それも異邦人に頼むには、明らかにハードルの高い仕事である。
 第一エルマシトといえば、プライドが高く気難しい人柄だとカルウシパから聞いていた。それに扶桑の商人たちのあの態度……どうにも嫌な予感しかせず、孝治は断るための言い訳を考える。

「族長エルマシトに? あんたがやればいいだろう。何故俺に頼むんだ」
「僕では上手く説明できる自信がない。それに、海外の話をするときは、大抵扶桑の人に説明させる慣例なんだよ」

 孝治は一瞬自分が扶桑人ではないと否定しそうになったが、立場を考えて自重する。少なくともクゥルシペでは、扶桑人と偽っておくべきだ。

「……その言い方だと、馴染みの扶桑人が居るんだろう? 俺が彼らの仕事を取るのは、いささか申し訳ないぞ」
「いや、その心配は無いよ」

 アルカシトは首を横に振る。眉間に皺を寄せたその表情は、いかにも『困ってます』と言いたげだった。

「港の様子、君も見たよね?」
「……ああ」
「どう思った?」
「ギスギスしてるな。特に扶桑の商人達は、明らかにこの土地の人間との関わりを避けていた。俺には気安く話しかけてくれたが……」

 もっとはっきり言ってしまうなら――エルマシトに萎縮しているのだ。
 そう孝治は判断していた。そして、

「それなんだよ」
「それ、とは?」

 アルカシトはため息をついて言う。

「実は先日父上が、今回の交易品の値上がりについて扶桑の商人を呼び出して話を聞いたんだけどね」
「……ああ、大体分かった」

 やはりか、と孝治もまたため息をついた。

「これだけで分かるのかい?」
「彼らの説明が覚束なくて、エルマシト殿を怒らせたんだろ? ついでに、『適正な』価格で商売するように命じた……ってのは穿ちすぎか?」
「……凄いね、大体あってるよ」

 アルカシトは感心した様子で頷いたが、孝治としてはなんのことはない推理である。
 今回の輸出品の値下がりは、こちら側から見れば一方的に扶桑側の事情のせいである。対抗措置を取るのは当然だ。カルウシパから聞いたエルマシトの人格もまた、その説を補強する。
 そして息子であるアルカシトもまた、孝治の推理を肯定した。

「うちの父上は大層お冠でね、商人達もそれを知ってるから、せっかく持って来た扶桑の品を売るに売れなくて困ってる。僕としてはこの状況をなんとかしたいと思ってるんだけど……」

 しかしながら商取引の停止によって困るのは、むしろこの地の人々である。アルカシトの焦りを孝治はよく理解できた。
 高緯度にあるこの土地では、冬は雪と寒さで身動きが取れなくなる。そんな冬場に作った民芸品を、交易によって生活用品に代えるのがこの地のライフスタイルだ。木彫りも刺繍も彼らの文化である以上に、生きるための仕事なのである。
 もしこの交易が停止した場合、冬季の生産性は極端に下がり、単純計算で総合的な生産力――現代的に言えばGDPが数割は落ちる。さらに生活必需品まで輸入に頼っている以上、長期の停止は生活水準の致命的な低下さえもたらすだろう。
 おまけにアルカシトは知っているか分からないが、扶桑の商人たちは、海を渡るだけでもそれなりの利益があると言っていた。国からなんらかの手当が出ているのだろうと、孝治は予想していたが……もしそうなら、これは相手を取り違えた対応ということになる。完全に失策だ。
 そんなことを考えながらも、しかし孝治は気乗りせず、否定的な声を上げた。

「それで、俺にエルマシト殿の説得をしてもらいたい、と。随分と厄介な話を持ちかけてくれるな」
「お願いできないかな? タカハルは海の向こうのことに詳しいようだし、それにカルウシパ殿はうちの父上と仲がいい。彼に間に入ってもらえば、うちの父上も門前払いはしないはずだよ」
「そうは言うがな……」

 そもそも孝治は、エルマシトと顔を合わせるつもりだったのだ。しかしそれはカルウシパに紹介してもらい、珍しい異国の品を献上する、という形を予定していた。
 なにしろエルマシトはクゥルシペ――この島最大の交易港の支配者だ。その勢力は千人を優に越え、二千人に迫る勢いである。この地で現代知識による商品開発に挑んでいる孝治としては、出来上がった商品の販路を確保するためにも、知遇を得ておく必要がある。
 そしてその立場からするなら、こんな危ない橋を渡って、万が一勘気を被るのはまずいのである。

「……俺はあくまでカルウシパの客人だ。彼に迷惑をかけるわけにはいかない」
「それはその通りだろうね」
「ああ、だから……」
「じゃあ、カルウシパ殿に聞いてみよう」

 言いかけた言葉を遮られ、孝治はぎょっとした目でアルカシトを見た。
 たしかに言っていることに筋は通っているが、この言いよう……やはり中々に曲者だったようだ。睨まれたアルカシトは動じた風もなく、しゃあしゃあと言葉を続ける。

「多分、あの人なら賛成してくれると思うよ」
「一体どういう根拠でだ?」
「うちの父上に平気で意見できるのは、カルウシパ殿くらいだからね。それにあの人が、この港の現状を良しとするとは思えない」

 そんなことを言われては、カルウシパを出汁にして断ろうとした孝治としては反論の余地がない。
 一つため息を吐いて、孝治は頷いた。頷かざるを得なかった。

「……分かった。これから宿舎に戻って、カルウシパを待とう。そして彼の意見を仰ぐ事にする。ただし」
「ただし?」
「せっかくだから、俺の仕事も手伝ってもらいたい」

 とはいえ勿論、やられっ放しで済ませる孝治ではないのだが。




















 木造の広い建物の中で、二人の男が対面している。
 一人は御馴染みの熊親爺、カルウシパであり――その対面に座るのは、クゥルシペ二千人の長、エルマシトであった。
 カルウシパに負けず劣らず、筋骨隆々の偉丈夫たる彼は、いかにも不機嫌そうに扶桑の商人たちへの不満をぶちまけていた。それはある意味で、長年の友情の発露だったのかもしれないが……カルウシパとしては、いい加減うんざりしてくる。

「……少し落ち着けよ、エルマシト。お前の言っていることは今一つピンと来ないんだが、本当に状況が分かってるのか?」

 カルウシパがそう言うと、エルマシトは己の発言を振り返ったのか、一瞬気まずげな顔をした。だが生来の我の強さ、また彼の立場がそれを認めようとはしない。

「俺は落ち着いている。ピンと来ないのは当然だ。とかく扶桑の連中は、己が利を貪る事しか考えない連中で、出てくる言葉は出任せばかりだ。理解する必要もない」
「本当にか? たしかに俺たちが若い頃には、奴らはそりゃあ酷いもんだったが、最近はそうでもないだろう。そしてそいつはお前の功績だ」
「褒めてくれるのは嬉しいがな、カルウシパ。結局俺の力でも、奴らの性根までは変えられぬ。喉元を過ぎれば、というやつだろう」
「……そうか」

 カルウシパは立ち上がってその場を辞した。建物から表に出ると、空を見上げて背伸びをする。
 パキパキと鳴る背骨に年齢を感じて、カルウシパは渋い顔をした。

 俺もあいつも、年を取ったんだなあ……。

 ならばこれも仕方がないのだろうか、とカルウシパは一人ごちた。
 たしかにエルマシトは若い頃から野心家でプライドが高く、そう簡単には人を信じない猜疑心の強いところがあった。それにしても、一から十まで否定してかかるような人間ではなかったはずだ。

 そりゃあ俺だって、扶桑の商人どもは今一つ信用ならんがね……。

 エルマシトとカルウシパが若い頃には、勘定を誤魔化されたり、不良品を掴まされたりするのは日常茶飯事だった。例の鋸の件だって、カルウシパは今でも根に持っている。
 だがそれにしてもおかしいと、カルウシパは感覚的に感じていた。扶桑の商人は阿漕な連中ではあるが、しかし大海原を渡って商売の為にこの地を訪れている気骨のある男達だ。そもそも取引が出来ない状況を、彼らが良しとするとは思えなかった。

 ……まあ、考えても仕方ないか。とりあえずタカハルにでも話を聞いてみて、それからだな。

 そう思い、カルウシパは歩き出す。道中港の様子を観察するが、やはりこの季節にしては、例年より停泊している船が少ない気がする。
 そんな光景に一抹の寂しさを感じて、カルウシパは目を細める。

 ……単なる年寄りの感傷、とは思いたくないが。

 思えばカルウシパの青春は、このクゥルシペにあったのだ。
 若くして優れた狩人であり、また明晰な頭脳を持ったカルウシパは、十代の後半の頃にはクゥルシペに入り浸っていた。それは当時の族長から特別に見込まれたからであり、またカルウシパもその期待に応え、様々な人脈や知識を得た。現在彼の率いている部族がエヘンヌーイという要地に陣取っていられるのは、まさしくこの頃のカルウシパの努力の賜物である。
 そしてそんな青春時代にカルウシパが得た公私共に最大の財産こそ、エルマシトとの友情であった。幾度となく殴り合い、あるいは共闘した若き日を思い返して、カルウシパは寂寥の念に駆られた。

「ああ、嫌だ嫌だ。年なんか取るもんじゃないな……」

 そうぼやく頃には、カルウシパは彼の部族にあてがわれた宿場まで戻っていた。
 その中の一つ、孝治が私物を放り込んでいたはずの茅葺小屋から話し声が聞こえることに、カルウシパはおや、と思う。

 ……聞き覚えがある声だが、一体誰だった?

 案ずるより産むが安いと、カルウシパは入り口に手をかける。

「おーい、タカハル、ここに居るのか……って、アルカシト?」
「ん? ああ、カルウシパ、戻ったのか」
「お邪魔してます」

 予想もしていなかった人物に、カルウシパは少しばかり驚いた。
 アルカシト……エルマシトの長男であり、扶桑語に堪能で、扶桑の商人達との折衝は大抵彼が行っている。クゥルシペでも屈指の職権を有する人間だった。カルウシパとも付き合いは長いが、わざわざ宿舎を訪ねてくるほど暇では無いはずだ。

「おいおい、なんでこんな所に居るんだよ。さっきまでお前の親父と話してたが、えらく機嫌が悪かったぞ」
「いやあ、それを言われては立つ瀬も無い。しかしカルウシパ殿、僕がここに居るのはその件についてなんですよ」
「その件?」
「ええ。とりあえず時間があるなら、少しばかり話を聞いてください」
「時間があるも何も、取引が再開されないと仕事にならん」

 そう言ってカルウシパは腰を下ろす。アルカシトは苦笑したが、特にフォローも無く、用件に入った。
 ちなみに彼のエルマシトに対する発言が敬語表現になっているのは、孝治による意訳である。ここの言語には一般に用いられる敬語は無いが、敬称の概念はあるのでそれを斟酌している。

「最初に聞いておきますが、父上は何と言っていましたか?」
「扶桑の商人連中への愚痴ばかりだ。『奴らは戦を口実に、こちらの品を安く買い叩こうとしている』ってな。よもやこちらに攻めては来まいかと、危惧してもいるようだが」

 横で聞いている孝治は、まあそんなところだろうなと内心納得した。アルカシトから聞いていた内容とも合致する。
 ついでに現状の認識が怪しくとも戦争に巻き込まれる危惧をしているあたりは、孝治としては評価できる部分だった。

「で、実際はどうなってるんだ? どうも今一つ、状況が理解できなかったんだが」
「僕にもよく分からないのですよ。それで是非、タカハル殿にご教授願いたいと思っていまして」
「タカハルに?」

 カルウシパに視線を向けられて、孝治はやむなく口を開いた。

「すまないカルウシパ。情報収集しているところを見られた」
「いや、謝る事じゃないが……アルカシトが直々に頼み込むってことは、お前は何か分かったのか?」
「一応俺は月人だ、色々と知ってるのさ。……それと一つ言っておくことがある。俺が教授する相手はアルカシトじゃない。エルマシト殿だ」
「……なんだと?」
「ええ。そういうことですよ、カルウシパ殿」

 カルウシパは呆れた表情で、アルカシトを見た。

「なんでまたそんなことになる」
「カルウシパ殿の客人ならば、父上も無碍にはしないだろうというのが一つ。もう一つは……純粋に、タカハル殿の説明が上手いのですよ」
「……手を抜いて説明すりゃ良かったよ」

 孝治はぼやいたが、しかしカルウシパは面白そうな顔をした。
 孝治が存外説明上手なのは、カルウシパも知る所である。なにしろ日頃からルゥシアに月の話を語り聞かせているし、カルウシパも炭焼きや石灰作りについて解説されたときに実感していた。
 なるほど、あの独特の話術であれば、あるいはエルマシトを説き伏せられるかもしれない……とカルウシパは考えたが、しかし懸念は口にしておく。

「ウチの利益にもなることだ、出来れば力になりたいが……ちゃんと勝算はあるんだろうな? 今のエルマシトはこう言うのもなんだが、厄介だぞ」
「タカハル殿ならば、あるいはなんとかなるでしょう。そのための作戦も、考案してもらいましたし」
「作戦? おいそりゃタカハル、どういうことだ?」

 尋ねられた孝治は、嫌々ながらも答える。

「アルカシトに聞かれたんで考えたんだよ。怒っている人に話を聞かせる方法を」
「贈り物を贈る、とか第三者に説得してもらう、とかか? あー、そう考えるとタカハルはたしかに適任なのか」
「いやいやカルウシパ殿。タカハルの智謀はそんなものではありませんでしたよ」
「ほう?」

 期待した目を向けられて、孝治は心底辟易した。
 元より孝治は人付き合いを嫌う性質である。そのために返って口先が上手くなり、人から頼られるようになったというのは皮肉な話だが、異世界で初対面の権力者に諫言するなど冗談ではなかった。
 しかし無言で目をそらしたところで、カルウシパの追求の矛先がアルカシトに代わるだけである。

「たしかにタカハルは口が上手いが、しかしそんなことまで出来るとは知らなかった。どんなもんなんだ?」
「それはですね、まず……」

 アルカシトが孝治の出したアイディアを最初から順に語っていく。最初は頷きながら聞いていたカルウシパだが、その内容がパターンB、パターンCと続く頃には、感心を通り越して呆れた顔をしていた。

「……おいおいタカハル、只者じゃないとは思っていたが、俺は今初めてお前が怖いと思ったぞ」
「とりあえず光栄だとは言っておくが、しかし俺はあくまで知っているだけだ。上手くやれるかどうかはまったく別の話だぞ」

 元より活字と情報に溢れた世界で暮らしてきた孝治にとって、『知っている』ことは何ら自慢にならない。重要なのは実際の経験と想像力であって、知識などググれば済む話だ。
 だがしかし、文字さえ持たないこの土地の人間にとっては―――知識とは、“リアルな”力なのである。

「いや、謙遜するな。俺にはアルカシトの言ったことがよく分かる。お前しか居ない」
「俺はエルマシト殿を知らん。計画が上手くいくかは保証できないし、いきなり初対面の相手に、大芝居を打てと言われても自信が無いんだ」
「そうか? お前なら平然とやり遂げそうだが」

 カルウシパとしては本心で言ったつもりだったが、孝治が本気で嫌そうな顔をしているので首を傾げた。

「どうした、俺としては褒めたつもりだが」
「いや……昔似たような台詞を何度か聞いたことがあってな……」

 嫌なフラグが立ったと、孝治としては思わずにはいられなかった。
 周囲に奇人変人が絶えなかった中学高校時代、面倒なトラブルの処理は、“比較的”まともな孝治に回って来るのが常だった。
 そして大抵の場合、彼らは孝治の背中を叩いてこう言ったものだ―――『お前なら平然とやってのけるだろ』と。

 別に好きで平然としてるわけじゃねえんだよ……慣れただけなんだよ……。

 とはいえそんなことをカルウシパに言っても仕方が無い。慣らした張本人である中学時代の友人がこれを言ったなら、孝治は迷わず体落としの一つも掛けた所だが……カルウシパを投げるのは完全に八つ当たりだ。
 それ以前に、カルウシパは孝治が世話になっている相手であり、恩人だ。その彼がやる気になっているならば、無理に固辞するのは非礼というものだった。
 孝治は観念して言う。

「親爺殿がそこまで言うなら、俺としても腹を括る。だが矢面に立つのは俺になるんだ。それを踏まえた上で言うぞ―――手伝ってくれ」
「おう、任せとけ。お前はあいつを知らないだろうが、幸い俺とアルカシトはよく知ってる。なあアルカシト」
「ええ、勿論。第一失敗した所で、何の得もありませんし」
「そりゃそうだ」

 頷いて、カルウシパは孝治ににやりと笑って見せた。

「ま、安心しろ。いざとなったら俺が奴と喧嘩してやるさ。海にでも放り込めば、頭も冷えるだろう」

 ……ここの海水温だと、風邪引くんじゃないだろうか。

 孝治はそう危惧したが、口には出さなかった。
 まあいいさ、とため息をついて、孝治は口を開く。一度やると決心したら、最善を尽くすのが孝治の信条である。

「じゃあ親爺殿も交えて作戦会議だ。基本的な戦略は、『ギリギリまで目的を伏せる』こと。その為の欺瞞情報には甲案と乙案があるが、エルマシト殿の性格を考えると甲案が望ましいと思われる。まずはここについてカルウシパの意見を聞きたい。まず甲の場合は……」
「……タカハル、お前急に生き生きしだしたな」
「悪巧みが好きな性分なんでしょう。僕は短い付き合いですが、中々に性格が悪くて頼もしいですよ」
「望まぬ仕事を押し付けられて、随分な言われようだ……!」

 かくしていい年した男三人、角突き合わせての『悪巧み』が始まったのである。










後書き
 予定しているところまで辿り付けませんでしたが、このまま考え続けてもエタりそうなのでとりあえず。
 そしてようやく、作者の中で孝治のキャラクターが固まってきました。


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