なんでこんなことになったのか。どこで選択を間違えたのか。自分の行動の結果なのか。広がる光景にめまいがする。私は自問する。今私ははっきり絶望を感じている。目の前の人間が何か言っているが、何も耳に入ってこない。
『母さま! しっかりして下さい!』
隣にいる桜が念話で言ってくるが、今の私にはそれどころではなかった。すなわち、
「さて、高町さん。あいさつは?」
「みなさん、心配掛けてスミマセンデシタ。私は元気です」
「それと桜さん?」
「はい。今日からお世話になります、高町桜と言います。なのはちゃんとは親戚です。ちょっと所用でなのはちゃんと一緒に時々休むことになると思いますが、よろしくお願いします」
なぜか、以前通っていた学校の教室に私はいた。小学生姿に変化した桜がいる事がせめてもの救いだが。もっとも、桜はどことなく楽しそうではあるが。一応私、研究職についていた事もあるのに。…ほんとなんでこんなことになってしまったのだろう。
あの後、混乱から回復する事もなく、それでも私の傷だらけの状態を鑑みたのか、治療もかねて場所を屋内に移すことになった。複雑な状況だと勝手に察したらしく、かかりつけの医者を呼びだしていた。今だ直り切っていないとはいえ、ほっとけば直ると言う私の言葉は無視されベッドに寝かされた。応急的な治療を行おうとメイド達がどこかへかけて行った。桜も助けてくれず、あげく
「母さまはいつも無茶をしすぎです。以前、吸血鬼の妹、フランドールの相手を任せた時はびっくりしましたよ。あそこまでボロボロになるなんて。ほんとにいつも私に心配ばかりかけすぎです」
との発言で、さらなる混乱を招いていた。
「まあ、あの時は、なぜか殺し合いに発展していたの」
でも、あの時は仕方がなかった。相手が悪かったとしか言いようがない。
「母さまがルールを守らなくてどうするんですか」
ルールとはスペルカードの事だろうか。確かにその通りだし、実際あの時は
「痛かったの。久しぶりに本気を出したの。フランはいつか泣かすべきなの」
本気で殺し合いをしてお互い傷だらけなのに、フランは楽しそうにしていた。
「何を言っているんですか。それに、本気を出すにしても出し方があるはずです」
「…昔はそんな事ばかりだったじゃない?」
「それもそうなのですが…」
当事者同士でしかわからない内容の会話をしていると、メイドが戻ってきて治療が始まったが、
「傷がほとんど治っている?」
「だから言ったの。ほっとけば直るの」
そのころには、治療をするべき傷がほとんどなくなっていた。
「なのはちゃん、さっきの会話も含めてこれはどういうことなの?」
「なのは、娘とはどういうことなんだ? それに、散々心配をかけて、今までどこにいたんだ?!」
兄らしき人間と女が聞いてくる。ちょうどいい。
「私も、聞きたい事があったの。でも、このまま話を続けるの?」
私はベッドに横にされている状態だし。
「…それもそうね。場所を移しましょうか」
「母さま、新しい着替えです」
女(どうやらこの屋敷の主人のようだ)に言われて場所を移すことになった。その際、桜がレイジングハートから新しい巫女服を出してくれた。
「ありがとう、桜」
そう言って着替えを終えた私は移動することにした。
場所を移して。
「さて、聞きたい事はあるのだけど、とりあえず全員名を名乗りなさい」
何故だかある、大きな机の片側に私と桜。対面には恭也と女と少女が座っている。メイドの二人は女の背後に控えている。
「さっきも言ったが、何を言っているんだ? まさか本当に忘れているのか?」
恭也が言ってくるが…。
「あいにくそんな昔の事は覚えていないわ」
実際、未来に帰ろうとしていた時期は昔の事も必死に覚えていようとしたが、諦めてからはどんどん忘れていった。
「昔って。行方不明になってからそんなにたっていないだろ! やはりそこのわけのわからない事を言う女に何かされたんだな!」
恭也がかってに盛り上がって桜に敵意を向けてくる。
「私の娘を馬鹿にするような発言は許さない!」
私がそう言うと、黙ってしまった。
「恭也、やめなさい。さて、自己紹介ね。私は月村忍。隣にいるのが妹のすずかで後ろにいるのがメイドのノエルとファリンよ。こっちが恭也であなたの兄なのだけど」
女(忍というらしい)がそう言って自己紹介してくる。一見、素直に答えてくれているように見えるが―――
「私は高町なのは。こっちが娘の桜よ。それと小娘。その魔眼をひっこめなさい。正直煩わしい。………桜、抑えなさい」
忍はおとなしくしているように見えてずっと私たちに魔眼を向けていた。これくらいなら簡単にレジスト出来るが、相手は驚いている。桜はまたしても臨戦態勢に移行しようとしていたため、抑えてもらうことにした。
「ですが、母さま! …わかりました。しかし、これは、魔力ですか? 少し、妖力も混ざっている? あなたは妖怪か何かですか?」
桜がそういう。すずかは震えており、忍はこちらを警戒してはいるが、魔眼はやめたようだ。しかし、桜の言うことは私も気になっていた。恭也以外人間の気配がしない。忍とすずかからは人外の気配が。メイド二人については良く分からないが。これはめんどくさいことになったかもしれない。外の世界の妖怪の斡旋は紫の仕事なのに。
「妖怪ね。そう言われると少しショックだわ。私たちはそんな幻想の産物ではなくて―――」
「お姉ちゃん?! 何を言うつもり?!」
忍が話し始めたが、すずかがそれを遮る。しかし、妖怪が幻想の産物か。なかなかうまい事を言う。本人にその気はないのかもしれないが。
「すずか。もう魔眼のこともばれちゃっているし、黙っていても仕方ないわ」
「でも!! なのはちゃんもいるんだよ!!」
何やら言い争っているが
「すずかといいましたか? これでは話が進みません。少し黙っていて下さい」
桜がそう言うとおとなしくなった。
「あまりすずかを怖がらせないでちょうだい。話の続きだけど、私たちは自分たちの事を夜の一族と呼んでいるわ」
「夜の一族?」
聞いた事のない種族だ。
「そう。人よりも優れた回復力に知能、運動能力、それと人によっては私の魔眼のような特殊能力をもつ。その代わりに定期的に人の血を飲まなければならないの。でもそれだけよ。別に私たちに血を吸われて者が同じ体質になる事もないし、そもそもほとんどを輸血パックで賄っているしね」
「吸血鬼ということですか?」
桜は、私とフランドールの一件以来吸血鬼に対して良い感情を持っていない。
「そう捉えてもらっても構わないわ。もっとも別に日の光にあたると灰になるなんてことはないけどね」
「なのはちゃん、わかった? 私は吸血鬼で、化け物なんだよ…」
ずっと黙っていたすずかが突然自嘲気味にそう呟くが
「割とどうでもいいわ。それにしても、…すずか。羽根はどうやって隠してあるの?」
私たちに気づかれないレベルで隠してあるのだろうか。
「え? どうでもいい? え? 羽根なんて生えてないよ…」
どうやらないらしい。
「能力は? 忍の方は運命を操る程度の能力ですずかはありとあらゆるものを破壊する程度の能力だったりしない?」
吸血鬼の姉妹と言ったらこの能力が真っ先に浮かぶ。
「なんだそれは。程度ってレベルじゃないだろう…」
「なのはちゃん、何を言っているの? そんな反則じみた力なんてあるはずないわ。私たちには魔眼がせいぜいよ」
恭也が何か呟いていたが、気にせず忍が答えてくる。すずかはまだ混乱中のようだ。
「そ。ならいいわ。全然化け物じゃないじゃない」
「そうですね。これでしたら妖精の方が強い位かもしれませんね」
「そうね。たまに変に強い奴もいるしね。これだったら外にいても問題ないわね」
私たちがそうやって納得していると
「ずっと気になっていたのだけど。なのはちゃんは吸血鬼に知り合いでもいるの?恭也は聞いたことは?」
「いや、ないな。それこそ行方不明の間に知り合ったとしか思えないが。…なあ、なのは。お前は何をしていたんだ? 大体そこの桜を娘というが、お前はまだ小学生だろ?」
向こうも気になっていたのか、ここぞとばかりに聞いてくる。
「何をしていたか? それを聞いてどうする?」
少し威圧してみるが
「兄が妹の心配をするのは当然だろ!」
それでも恭也はひかずに食いついてきた。
「母さま。話して差し上げたらいいのでは?」
桜も相手を援護しているか。まあいい。
「わかった。長くなるし、疑問も出るだろうけどまずは最後まで聞いてちょうだい。………かぐや姫って知ってる?」
そう言って、私はここに至るまでの長い歴史を話出した。
今私たちがやるべき事も含め、全てを話終えた。到底信じる事が出来ない、荒唐無稽なはなしではあるが、事実であるから仕方がない。
「時間遡航に不老不死と妖怪。魔法や霊力に次元世界にクローンね。どれも信じられないわ」
忍がそう言ってくる。
「別に信じてもらわなければならないわけでもないからいいけど。証拠でも見せればいいの?魔法か霊力でも使ってみようか? それとも、その小太刀で私を切ってみる?」
そうして、恭也に眼を向ける。
「冗談でもそんな事を言うんじゃない!」
恭也が怒ってそう言ってくる。
「別に冗談ってわけじゃないけど。桜にやらせようか?」
「ふざけるんじゃない!」
そんな事を言われても困るのだが。
「じゃあ、霊力でいいか。桜も」
そう言って手のひらを上に向け、そこに簡単に霊弾を作り出す。桜も同じく霊弾を作り出していた。
「まだ、半信半疑のようですね。どうしますか?」
「うーん。桜、それの威力をまして私に撃ってちょうだい」
「私に母さまを傷つけろと?」
「どうせ直るんだしいいじゃない」
「そうですけど」
しぶる桜をどう説得しようと思案していると恭也から声がかかった。
「わかった。信じるからやめてくれ」
見ると忍たちも頷いている。私たちは霊弾をけした。
「それで、信じたもらえたところで私からも質問。なんで桜を襲ったの?」
漸く本題を切り出せた。昔の知り合いだからと言って娘に手を出されて黙っているわけにはいかない。
「それは―――」
恭也が話した内容はこうだった。私が行方不明になり、警察に捜索願をだした。それだけでなく、知り合いにも捜索を頼んだ。しかし、どちらからも見つけたという報告はあれどもなぜか誰も保護をすることはできなかった。その時の話を聞いても皆、記憶があいまいで、理由もわからなかった。ただ、巫女服姿の女性と一緒に街を歩いていた事は覚えていたようで、ついでに以前小旅行で言った旅館からの情報も含めて、私はその女性に騙されて連れまわされていると思ったそうだ。何かしらの方法で捜索をごまかしつつ。ただ、私その女性がそっくりなのは気にはなったようだが。
「ふーん。普通に街を歩いていただけなのに。桜は何かした?」
「いいえ。特には何も。旅館の際は言いがかりを付けられましたので、ただ旅行を楽しんでいるだけだと説明はしましたが」
「あの時の話はそんな事だったの? 言ってくれれば良かったのに」
「いえ、あの程度で母さまの手を煩わせるのもどうかと思いましたので」
やっぱり桜は気遣いのできる優しい良い娘だ。そうやって娘の優しさに喜んでいると、
「でも、そうなると不思議ね。あなた達は何もしていないのに、私たちは誰もなのはちゃんを保護できなかったのはなんで?」
「知らないわ。このスキマに聞いてみればいい」
そう言って自分の後ろを指差す。そちらに目をむけると、うっすらと空間に亀裂が見える。
「あらなのは、気がついていましたの?」
「ここまであからさまならさすがに気がつくわ」
そこに全員の視線が集まったころ、うっすらとしていた空間の亀裂がぱっくりと割れ、中から女性が現れた。幻想郷の管理人、妖怪の賢者、八雲紫だ。桜が少し警戒している。
「それでしたらもう少し行動も改めて頂きませんと」
「うるさいわね。いつも通りでしょ?」
そう、いつも通りに私は外の異変を解決しにきただけ。解決したらまた、幻想の世界に戻る存在。
「あらあら…。その様子では、せっかくの家族の再会もあまり意味はなかったのかしら?」
「何を考えているのか知らないけど、余計なお世話よ」
それに今さらだしね。そう言えば、恭也や忍、すずか達は突然現れた紫に驚いて言葉も出ないようで、私たちのやり取りを黙って伺っている。桜は口をはさまず私に任せているようだ。
「まあ、いいでしょう。でもなのは?少ししゃべりすぎではなくて?それにもう少し自制してもらわないと困りますわ。今回、私がどれだけフォローに回ったか」
「…それは、悪いと思っているわ。次からはもう少し気をつけるわ」
「信じられません。私もなのはにかかりきりになっているわけにもいきませんし」
そう言って、紫は恭也をみる。何とも言えない胡散臭い笑みを浮かべている。…なんだかいやな予感がする。
「もういいでしょ、紫」
「よくはありません。そうね、なのは。あなたはこの異変解決の間実家に帰りなさい」
はあ?なにを言っているんだろうこの妖怪は。
「当然学校にも通ってもらいます。それくらいさせないとなのはは反省しないでしょうから」
「ちょっと! 馬鹿な事を言わないでよ?! 今さら戻ってどうしろと?」
「反論は受け付けません。せっかくですし、桜も一緒に学校へ行ったらいいのではないのかしら?」
そう言ってどんどん話を進めて行ってしまう。…桜は少し乗り気の用で嬉しそうにしている。
「それになのはもこの生活で少し昔を思い出せばいいのではなくて? 私たちの時間はとても長いのですから少し位の寄り道も構わない筈ですわ」
そう言う紫の表情はどこまでも優しげで…。
「…わかったの」
私にはそう言うだけで精一杯だった。
その後、私がかなり変わってしまった事もあり、家でのフォローを恭也に、学校でのフォローをすずかにそれぞれ託し、紫は幻想郷へ帰って行った。
実家に帰ってからも、家族には今までどうしていたのか、同年代に化けた私にそっくりな桜をみてその子は誰だ?などなど、様々な質問が私にされた。私の顔を見るなり泣き出したり心から安堵の表情を浮かべたりと大忙しであったが、紫にも念を押されていたため、真実は話さずにはぐらかしていた。とりあえず月村の関係で色々あったと、どう考えても無理があるが納得させ、桜を親戚ということにしてもらい…。これだけで普段の異変解決の何倍も疲れた事は間違いなかった。
そして、今私は教室の中で桜のあいさつを終えた横で考える。あの時なぜ紫の言葉にうなずいてしまったのか。一時の気の迷いにちがいない。さて、これからどうしようか。
でも、そんな事よりとりあえず今は、泣きそうな表情でこちらにかけてくる金髪の少女をどうやり過ごそうか考える方が先のようだ。