翠屋に向かっていた私たちだが、予想外の光景、ある意味想定してしかるべき光景を目にしていた。すなわち
「臨時休業ですか?せっかく楽しみにしてきましたのに。――そこの人。この店はよくお休みするのですか?」
桜が残念そうに言う。休日の昼時にも関わらず、お店が閉まっていた。せっかく来たのにと悔しいのか通りがかりの人に何か知らないか聞いている。
「いきなり何だよ? ってか巫女服?」
通行人は戸惑っている。それはそうよね。
「いいから答えなさい。何か知らないのですか?」
相変わらず桜は身内以外には厳しい。
「…知らねえよ?! いや、噂でなら聞いたけど」
「それでいいから教えなさい、役立たず」
「役立たずってなんだよ?! え? 俺が悪いの?!」
…本当に容赦ない。ノリのいい人で助かった。しかし、このままではさすがにどうかと思い仲裁に入る。
「桜、その辺にしておくの。そこの人が何かの役に立つと考えている事自体が失礼なことなの。これでも必死に生きているんだから許してあげるの」
「親子そろって容赦ね―な!? …もういいよ、とりあえず噂の話な。最近何かと物騒な話が多くてな。突然道が崩壊していたり、この先にある動物病院も軽く崩壊したし。いい迷惑だよ。休業しているのはそれの次の日からだから何か関係があるのかもしれない。他にも、最近行方不明になった女の子が居てそれがここの経営者の娘だって話もある。まあ、どちらにせよただの噂だから―――」
「だいたいもうわかった」
「少しは役に立ったみたいですね? もういいですよ」
「本当に失礼な奴らだな?!」
何か叫んでいる通行人を無視して、私たちはその場を後にする。しかし、娘が行方不明か。どう考えても私の事だね。ということは私は捜索されているわけで…。良く今まで見つからなかったものだ。それでも一応、両親に顔を出しておいた方がいいのかもしれないが…。
「母さま、予定が狂ってしまいましたね。どうしますか?」
桜の言っているどうするとは、私の両親に対しても含まれているのだろう。
「どうもしないの。他でご飯を食べて、捜索の続きをするの」
「それでいいのですか? 昔はあんなに会いたがって―――」
「どうもしない」
「…わかりました」
桜が不服そうにしているが、気にしないことにして捜索の続きをすべく進路をとった。
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昼食をとって午前と同じく捜索を続けていたが、やはりというべきかなかなか進展しなかった。発動さえしてくれればすぐに見つかるのだが…。そう考えていると―――
「母さま、これは!」
「漸くみつけたの。………発動前に見つけられるのが本当は良かったのかもしれないけど、とりあえず現場に向かうよ。とっとと封印する」
散々歩き回っても見つからなかったが、発動してくれた事により、魔力反応を捉える事が出来た。私たちは急いで現場に急行する。発動を願っていはしたが、一応この地を守っていた過去がある。被害は望むところではない。空を飛べれば早いのだが、今の時間だと目立ってしまう。…でもまあ、今さらか。止める桜を無視して私は空へと上がって行った。
「これはまた、凄い光景ですね」
私に続いて飛んでやってきた桜がそう言うが無理もない。現場に到着した私たちが目にしたのは街中を荒らしている巨大な樹木であった。
「そうね。早く発動の中心を探さないと被害が余計に広がる。急いだ方がいいわね」
「とりあえず結界を展開して空間を隔離します。一般人の被害を食い止めないといけないですね」
「そうしてちょうだい。桜に頼もうと思ったけど、今回も私が封印するわ。私の守護した地でなめた真似をしてくれたお礼はしておかないと」
被害の拡大を食い止めるために桜が結界を展開してくれた。これで、元凶であるジュエルシードと私たちだけの空間の出来上がり。…のはずだったんだけど。
周りの目を気にしなくて良くなった私は、再び空へと舞い上がり発動の中心と思われる方へ飛んでいく。これだけ反応が強ければすぐにわかったが、その途中で面白いものを見つけた。
「ちょっと! これ何なんだよ?! 突然木が襲ってきたかと思えば、今度は周りから人が消えるし! しゃべるフェレットはいるし!! どうなってんの?!」
「その事は後で説明しますから、今は僕の後ろに隠れてください!」
「小動物に守られてるって、どういうことなの?! 変な親子に絡まれるし、今日は厄日か?!」
「いいから言う事を聞いてください。今の僕では狭い範囲を守るだけで精一杯なんです!」
意外と余裕がありそうに騒いでいるのは先ほど翠屋の前で話を聞いた通行人。その通行人を襲ってくる木から防御魔法か何かで守っているのは、忘れられないあのフェレット。私は一度中心を目指すのをやめその場に降り立つ。
「通行人、変な親子って誰の事?」
「うわ!? また出た?! ってか空飛んでなかった?!」
「君はあの時の。無事だったん―――」
フェレットが何か言おうとしていたが
「フェレットは黙ってその通行人を守っていなさい!」
フェレットを睨みつけながらそう言う。しゃべらせてなんかあげない。このフェレットがあの時私を呼ばなければこんな私になる事はなかった。とても許すことはできない。それは逆恨みかもしれないしそうでないかもしれない。それでも私には割り切る事が出来なかった。
「通行人は素直にそれの後ろで素直に守られていなさい。あれは私が何とかしてくるから」
「なんかキャラ違くないか?! ってかあれをどうにか出来るの?」
「うるさいわね。いいからここにいて。あれをどうにかするのが私の仕事よ」
通行人は相変わらず余裕があるみたい。危機感がないのかしら?
「あれをどうにかするって、危険すぎる!!」
危険すぎるか。それは十分すぎるほど知っている。それにこいつは何を言うんだろう。あの時は何も知らない私を呼び寄せておいて、今さらそれを言うのか。感情の高ぶりを抑えられない。
「さっきもいった。フェレットは黙っていて! あの暴走に巻き込まれて、私がどれだけ苦労したか知らないあなたに何かを言う資格はない! 今はその通行人もいるし見逃すけど、本当なら殺してやりたい。通行人を守り切ったら、すぐに消えてちょうだい。次に顔を見たら自分を抑えられる自信がないから」
殺気をフェレットに向けて言うとおとなしくなる。心なしか顔色も悪いようだ。…フェレットの顔色なんてわからないけど。
「殺すとか穏やかじゃないね。君は何者だい?」
通行人が突然まじめな顔でそう問いかけてくる。私が何者か?
「それを知ってどうする、人間?」
「最初に見かけたとき気づいたが、雰囲気が知り合いと似ていてね。少し気になっただけ」
こいつ、猫を被っていたのか?危機感がないのではなくて異常に慣れていたのかもしれない。
「まあいいわ。私は高町なのは。この地の守り神。守護者。外の世界の番人。好きに呼べばいい」
「守り神ね。聞いたことがあるけど本当に居たんだ? それじゃあ、あれは任せてもいいかな? 俺には荷が重すぎる」
聞いたことがあるか。そっちの関係者なのかもしれない。まあいい。
「最初からそう言っているわ。あなたはここでおとなしくしていればいい」
「わかったわかった。任せるよ。それとフェレットの事だが―――」
「それはあなたには関係のない話よ」
その会話を最後に私は暴走の中心へと再び向かって行った。
その後、暴走の中心をみつけた私はあっさりと封印を施しジュエルシードを回収。桜と合流して自宅へと帰ってきた。
「暴走の中心に小学生くらいの男女がいたの。人間を媒介にすると凄い力を発揮するって聞いていたけど、規模はともかく大した力じゃなかったの」
「母さまが相手ですからね。その子たちに怪我はさせなかったのですか?」
私を何だと思っているのか。そんなにひどくない。
「そんなへまはしないの。普通に遠距離から霊撃を撃ったら簡単に封印出来たの。能力を使うまでもなかったの」
「まあ、母さまの能力は反則とまではいかなくともなかなか凶悪ですからね」
「桜、さっきから少し厳しくない?」
「母さまが隠し事をしているからではないでしょうか?」
隠し事とは、結界内での出会いの事だろう。隠していたわけではないが。
「…見ていたの?」
「ええ。結界を張るだけでやることも他になかったもので」
「そっか。見ていたらわかったと思うけど、通行人がいたの」
「それは知っています。確か母さまは珍しく自分の名前まで教えられていましたね。多少こっちの世界にも理解のある人間のようでしたが。でもそれだけではないですよね?」
桜がききたいのはもう一つの出会いののようだ。
「…フェレットがいた。私が過去へ跳ばされた日に出会った。私はやっぱり割り切れないよ。過去に跳んだ事でいい事も確かにあったし、今は桜もいる。だけど、それでも考えてしまうのよ。普通にこの時代で生活することが出来ていたらって。どうしても恨んでしまう。殺してやりたいとも思ってしまう。長く生きていてもそれだけ。この感情は抑えきれなかったのよ」
自嘲気味にそう言う。過去に跳んだことで出来た絆も確かにあるし、そうでなければ桜は生まれる事はなかった。それでも、何もなく過ごせていた自分を想像したことは何度もある。こんな体にもならなかっただろうし、悲しい経験も今よりも少なかったのではないか。そんな風に考えていると
「母さまの好きにしていいのではないでしょうか? 母さまは蓬莱人で、神としてまつられた事はあっても、結局のところもとは人間です。妖怪とは違う感性も持っていますし、それを否定することはできないと思います」
「でも…」
「それにどんな事になっても私は母さまの味方ですよ?」
桜がそう言ってくれる。この娘はいつも私を助けてくれる。この娘がいなければ生きることに絶望していたかもしれない。…これではどちらが親かわからない。
「ありがとう、桜」
そう言って桜に抱きつく。
次にフェレットに会ったときにどうなるかなんてわからない。今度は本当に感情を抑えきれないかもしれない。けど、その時はその時で。今は何も考えずにこの娘のぬくもりを感じていようと思った。