「これは一体……何?」 改めて見てみても、俺の右手首にはまってるのは手錠だった。「すいません!すいません!……私も恥ずかしいんですが、でもこれは原さんとの約束なんです」 ペコペコとこちらが申し訳なくなる程必死に頭を下げ続ける文月さんの姿に、怒る気すら起きない。「これが約束?何を考えて?」「自分が死んだ後に必ずこうしろと……本当にすいません!」 そういうと、右手でポケットから取り出した小さな鍵……多分、この手錠の鍵を、止める間もなく口に含んでしまった。「あの~一体?」 文月さんは、俺の質問を無視すると、赤い顔を更に真っ赤に染めて、ゆっくり目を瞑ると、細い頤(おとがい)をついっと持ち上げる。 どう見てもキス待ちの体勢である。「あ、あのジジィ~。……一体何を吹き込んだの?」「こーひて、ひゅーひてほってもらへって(こうして、チューして取って貰えって)」 怒りが沸々と込み上げてくる。最低だ。あのおっさんが死に瀕してなお、こんなこと考えて俺の見てないところでニヤニヤしてたかと思うと悔しい。 深呼吸して怒りを静める。「……じゃあ、そのまま目を瞑っていて」「ふぁい!(はい!)」 俺は左手を彼女の口へと伸ばすと、指でその唇にそっと触れ、輪郭に沿って軽くなぞる。 その感触に彼女は肩を震わせ身をすくめ、顔だけじゃなく耳も首筋も真っ赤に染める。 そして彼女の唇から吐息が漏れた一瞬の隙を突いて、俺は人差し指と中指を彼女の口の中へと差し入れた。 柔らかな濡れた唇の間を滑りぬける感触にゾクリと背中から尾てい骨に走る痺れを感じながら、生暖かな舌の上の鍵を指先に捉えると、2本の指の間に挟みこみ一気に引き抜こう……として思いっきり指を噛まれた。「あたっあたたたたっ!ギブギブ!もうしない。もうしません!」 かなり本気で噛み付かれたため、指を食いちぎられそうな恐怖になりふり構わず必死に懇願にする。 懇願が通じたのか彼女の顎から力を抜ける。その瞬間に慌てて指を引き抜いた。 ズキズキと痛みの残る2本の指の第一間接と第二案節の間にはくっきりと歯型が残っていた。勿論鍵なんて取ってくる余裕なんてあるはずも無い。「するふぁダメです(ズルは駄目です)」 鋭い目でこちらを睨まれた。「でもね……」「いあれすか?(いやですか?)」 ず、ずるい。そこで涙を浮かべますか?しかも14歳の子供の癖に何て目をする?アレは女の……魔性の目だ。子供でも女って奴は恐ろしい。 だが俺も20代後半に差し掛かった大人の男として、一回り下の文月さんに手玉に取られる訳にはいかない! そんな事を考えた段階で負けな気が……いやいや、そんな事あるものか。 原警部補。確かにあんたの企んだ通りに、この騒ぎで文月さん気は紛れたかもしれない。俺も少し気が軽くなったような気がする。 だがやりすぎだ。そう簡単にあんたの思い通りになってたまるか、俺は毅然とした態度で臨む事にした。「文月さん。鍵を渡してください」 彼女の目を見据えて、ゆっくりと低い声で話しかけると、威圧感に怯んだ様に目を伏せて首を横に振る。「渡してください」 繰り返し話しかけながら左の掌を上にして彼女の前に差し出す。 すると左手でポケットから取り出したハンカチを口元に持っていき、ハンカチの中に鍵を落とし付着した唾液を拭い取る。「……どうして」 身体を震わせながら小さく呟くと、俺の掌の上に小さな鍵を載せた。 俺は受け取った鍵で自分の右手首の輪を外し、次いで彼女の輪も外すと鍵と一緒にポケットにしまう。 メタルラックのポールを持つと農家の玄関へと向かう。「中を確認してくるから、文月さんは此処で待ってて」 途中振り返り声をかけと駆け寄ってきた彼女が、俺の胸に飛び込んできた。「……私じゃ駄目なんですか?」 震える唇から搾り出すような哀しげな声。涙に濡れた黒目がちの大きな目。 そのすがる様に見上げてくる瞳に俺は目を奪われる。「文月さんが駄目なんじゃなく俺が駄目なんだよ」 俺は文月さんに自分の病気のことを話した。そして自分が死に場所を求めて旅をしていたことも。「病気の症状が現れれば、俺は文月さんの負担に……」 突然、飛びつくようにして首に腕を回し抱きついてきた文月さんの唇に俺の言葉は遮られる。「…………」 僅か数秒の時間がとてもゆっくりと流れる。「あなたに頼っているだけの存在なんかにはなりたくありません。支えあって一緒に生きていきたい」 文月さんは美少女と呼んでいいだろう。 こう言うと微妙な表現のようだが、彼女は容貌は可愛い美少女というよりも美形だ。 小顔で卵形の輪郭に鼻筋は細く通っていて、唇は小さくふっくらと柔らかな曲線を描く。 アーモンド形の目に優美に被さる眉が知性を感じさせる。 歳相応の少女らしさよりもノーブルなイメージが先立つ。現在は将来の美人としての完成形への通過点として美少女のカテゴリーを掠めながら通過中というか、何か旨く表現できないが、つまり俺は彼女のに見惚れていて話を聞いてなかった。「だから……だから」 文月さんの目に浮かぶ涙を見た瞬間、ドクンと下半身の一部に熱いものが流れ込むのを感じる。 自覚してみると俺の性欲は、この一週間何のメンテナンスも行っていなかった為。また生命の危機に晒されると繁殖欲が高まるという生き物の宿命ゆえに、未だかつて無いほどに高まっている。 まずい。こんなことなら昨晩抜いておけば良かった。「迷惑ですか?……私じゃ駄目ですか?」 駄目だ。駄目だ。駄目だ。耐えろ俺の理性。流されるな!性欲に流されたら駄目だ!駄目だ!駄目だ!駄目だ!もう駄目だ俺………… なんというか、美形がどうこうとかノーブルな顔立ちがどうのとか細かいことは全部どうでもいい。 文月さん可愛い。ただひたすらに可愛い──俺の理性はあっさりと白旗を上げて、原警部補の策に屈するのであった。「文月さん」「……はい?」 俺を見上げる彼女の目には不安の色が浮かぶ。俺に拒絶されることを畏れるかのように。 彼女の細い顎の先端に左手の人差し指と親指を添えて固定すると、その唇に軽く自分の唇を合わせた。 驚きに大きく見開かれる彼女の目。それと視線を合わせたまま、ゆっくりと唇を離した。「き、北路さん?」「好きだよ」 どう好きとか詳細は口にしない。性欲に流されてしまった部分も少なからず……多分にあり、後ろめたさもある。 だけど俺の言葉にはじける様な笑顔を見せる彼女に、その後ろめたさも霧散する。「私も好きです。大好きです」 好きで始まった関係が嫌いで終わることなど良くあることだが、彼女との関係は長く続くだろう。 これからの世界を生きていく為に互いを必要とし合うパートナーであるのだから。「目を閉じて」 俺の言葉に頷き、瞼を閉じた彼女の唇を再び奪う。 今度は長く。唇を合わせるだけでは無い。その唇を啄ばみ吸う。 俺のリードにぎこちない動きで健気に応えながらも、彼女も性的興奮を覚えているのだろう。 合間合間に零れる吐息が熱い。 彼女の首の後ろに右手を回すと引き寄せて強く唇を合わせる。そして同時に、伸ばした舌で彼女の唇を割り開いた。 突然の刺激に驚き、彼女が身をよじらせても引き寄せる右手の力は緩めない。 舌先に触れる彼女の唾液が甘い。歯で閉じられた彼女の口の中には侵入できないが、代わりに舌先で上の歯と歯茎の境目をゆっくり左から右へと滑らせて、閉じられた上下の歯の間を舌先でノックする。 俺の意図に気付いたのか、ゆっくり上下に開かれていく歯の間に生まれた隙間へ舌を差し入れて、先程指で触れた唇を今度は舌先で軽く触れる。 おずおずと差し出された彼女の舌に自分の舌を絡ませ、表面の細かな突起をすり合わせ、溢れる唾液を交換し合う。 父さん。母さん。 申し訳ないが貴方達の息子は、一回りも年下の14歳の少女に手を出す犯罪者になってしまいました……本当に申し訳ない。