槻司鳶丸には夢がない。
などと、そう言い切ってしまう事に、些か溜め息を吐きたくなる問題ではある。
何が理由かと問われれば、親戚筋のせい、というより祖父のせいだろう。
槻司の家は一言にすれば名家だ。
この辺一帯を牛耳っている、というと聞こえが悪いか。
ともかく。そんな立場にある家なだけに、しがらみも雑多で複雑だ。
いや。槻司家の人間としてしがらみが多いわけでなく、まだ別の理由か。
槻司鳶丸という人間の生い立ち、性格。ついでに周囲の目。
そういう諸々のせいで、貧乏籤しか引けない立場を確約されてしまったのだろう。
それが悪いとは言うまいが、まあこの立場を面白いと感じる日がこないのは確かだと思う。
祖父、槻司喜実國は婿養子であった。
没落しかけていた家を建て直す為取り込もうとした結果、逆に家が取り込まれたというしょうもない話だ。
祖父自身、そんな生き様をしてきたからか血縁というものを疎む。
自分達の子供、それに連なる孫たち。それらを軽蔑して憚らない。
そこに鳶丸も含まれていれば、この人生をこうまで遣る瀬無くされる事もなかったのだが。
一方の鳶丸自身は喜実國のこさえた長兄、一義の第五子。
しかし妾腹の子である。その立場は最下位。
身内から排斥の動きまで出る有様だ。
長兄の息子であり、その父が庇護してくれていなければ、まあ死んでいただろう。
そういう家だ、是非もない。
そんな中で育ち、その空気の中で達観し、納得づくで考えていた。
このまま色々と折り合いをつけて生きていく事だろう、と。
だが、そうと終わってくれないのが世の常か。
今の家を仕切るのは、変わらず喜実國。
そして彼は、没落しかけた家を立て直すどころか、この町だけでなく外へと影響力を拡大し、
以前より家の規模を大きくするだけの手腕だ。
血縁は疎むが、人を判断するのにそれだけで見たりはしない。
その結果、気にいったと言われてしまったわけだ。
取り入ろうとしてくる他の家族を差し置いて、ただ一人排斥され嫌味な育ち方をした孫を。
この辺りを牛耳る群れの長は、群れの中で一匹見放されていた男に目を付けた。
長に逆らえるものはなく、そうなればその意志に従うより他にない。
つまり槻司鳶丸を自分たちの長にしろ、という命令に服従しろ、ということだ。
今まで蔑視してきた妾腹の異端児に。
――――言われて納得できるものでもあるまい。
「しかしまあ。取り入ろうっていう気より、変わらず疎んでくれるのは助かるな」
ふぅ、と溜め息一つ。公園のベンチに体重を預ける。
手にした缶コーヒーを揺らしながら、ぼうとした瞳で空を見上げた。
仮に自分に取り入ろう、などという輩がいようものなら、この町から逃げていたかもしれない。
今の鳶丸に向けられる感情は、当主のお気に入りという立場に対するやっかみと、
その立場を利用した仕返しがくるかもしれないという恐怖。
あとは――――実の父からの並々ならない憎悪くらいなものだ。
コーヒーを一口含む。
喜実國はそんな一族を支配するだけあって、自身の意志を絶対に曲げない。
ついでに相手の意志を考慮する事もなく、その上空気を読む事もない。
こういっては何だが、この決定を覆す為には、祖父に死んでもらうより他にないだろう。
そうなれば後は多少の問題は出てくるが、祖父存命ほどの影響を受けずに血で血を洗う相続争いに発展できる。
「まったく……何がいいのやら」
ある特権は使ってこそ、とは思う。
だがその特権を得る為にそこまでしよう、と思わない。
というか。
何かの結果につくのが特権であって、特権を得る為に何かを成すというのも妙な話だ。
この一族の問題で言うなれば、長男に生まれ付いた一義。
あるいはまあ、その特権者に気にいられた自身に与えられるのがそれだ。
それを横取りするために何かを工作しようというのは、理解の埒外である。
「いや、まあ……欲しい奴がいる、ってのも分かるんだが」
人の命すら弄べる立場というのは魅力なのだろう。
鳶丸自身には大した魅力に映らないが、見る人格によってはそれは財宝なのだ。
それも分かっているが、やはり奪ってでもという神経は理解できない。
手にしたものこそが持ち主であって、手に出来なかったものには他人の持ち物でしかないだろうに。
――――自分のそういうところが、祖父の琴線に触れてしまったと考えると溜め息しかでないが。
「特権ね……」
そんなものよりは人生の充実が欲しいところだ。
祖父の言葉通りに家を継ぐという選択肢だって、それ自体を嫌がっているわけではない。
あるいは受け継いだとしたならば、自身の一生を懸けて繁栄の為に尽くすのも吝かでない。
そうして今よりも家を大きくする事が出来て、寿命を床で迎えられるようならば、それ以上の人生もあるまい。
あの大人物の後釜など、簡単にはいくまい。
しかしそれをやり遂げた時、どれほどの感慨を抱けるのか。想像もつかぬ境地だろう。
「そっちが欲しい、なんていう奴はいないんだろうな」
そう考えてみれば祖父も人材に恵まれない。
特権の享受など誰でもできる。
きっとあの性格だから、享受したい奴は勝手にしていろ。などと考えているのだろう。
そんなものより、遣り甲斐を求めている自分に目を付けた、と。
「けど。遣り甲斐より内輪揉めが先に立つ立場じゃな」
コーヒーを一気に煽り、飲み干す。
すい、と目を園内に走らせて、ゴミ箱を探り当てた。
ひょいと投擲された空き缶は、正確にその口の中へと吸い込まれる。
そんなこんなで、こんな場所で愚痴を呟いている自分に嫌気がさした。
「やれやれだな。こんなナーバスだったかね」
立ち上がる。
こんな場所で管を巻いていてもしようもない。
休日っていうのはこれが嫌になる。
学校においては特権階級に浸って遊べるが、流石に休日にそれはない。
夢から醒まされて、自分の身の振り方に悩まねばならぬという悪環境だ。
これ以上長居してもしょうがないと、公園の外へ向かって歩き出す。
その途中、ふと彷徨わせた視線の先に少女がいた。
黒い衣装に身を包んだ少女。久遠寺有珠その人である。
その人物自体街中で見る事がない部類だが、今日の彼女はそれに輪をかけて見たことない。
普段は沈着な表情だが、妙に浮足立っているというか。
そわそわしている、という様子だろうか。
「何やってるんだ。お嬢さん」
ついと零れた言葉が有珠に振り掛かる。
はっとした様子で鳶丸を振り返った有珠が、あからさまに狼狽した様子で目を泳がせた。
うん? と首を傾げて見守りつつ、これは実に珍しい代物を見ているな、と感心する。
「――――買い物。ちょっと、欲しいものがあって」
――――これは本当に珍しい。
下界に降りてきた山の上の魔女にエンカウントする事すら、それなりに珍しいというのに。
事もあろうにその理由が買い物ショッピング、だとは。
凄く少女している。
浮世離れして見えて、腐っている自分よりよほど若人だ。
そんな事実を垣間見たからか、普段であれば精々挨拶だけの関係なのに饒舌になった。
「へえ。アンタの事だから、ティーカップとかかい?
しかし商店街を探しても、アンタや土桔の爺さんが持ってるようなアンティークはないだろう?」
あの館に内包されたアンティークの数々。
生憎、それと並べるだけのクオリティを誇る品々は、この町には存在しない。
流石に、本場から高級品を持ってきているあの魔窟の品揃えと比べるのは酷だろうが。
「――――惜しいわね」
「惜しい?」
アンティークではなく、そこかしこにありそうな品ということか。
例えば、デフォルトされた動物がプリントされたティーカップとか?
そういうものより製作者の技巧が冴える代物を好んでいそうだが。
まあ、女の子らしいと言えばらしい趣味か。
「湯呑みを探しているの」
「ゆの……」
しれっと、わけのわからない事を言われた。
いや。彼女の生活スタイルをよく知っているわけでもないが、それはなんか違うだろうと。
絵にならないとは言わないが、それは多分なんか違うぞ、きっと。
西洋の絵画にサムライ描くようなものというか、西洋の騎士を水墨画で描くようなものというか。
「いや、まあ。飲みたいのなら仕方ないんだろうが。
別にいいんじゃないのか? ティーカップで」
「――――――」
睨まれた。
逆らえば負けは必定なので、すぐさま降参。諸手を上げて謝罪する。
外見も雰囲気も深窓の令嬢そのもの。
争いごとなど知らずに育ったように見えて、彼女は蒼崎青子と同類―――同質だ。
あるいは。逆らおうものならば、瞬く間に死んでいる自信がある。
そういう相手だ。
「悪かった、睨まないでくれ」
幾ら人生が面白くないとはいえ、ここで退場は流石にごめんこうむる。
溜め息混じりに謝ると、有珠は何の事なく危ない視線を引っ込めた。
両手を降ろし、もう一つ大きな溜め息。
「して。何故に湯呑みを?」
大方の原因は予想がつくが。
訊ねられた有珠は少し困った様子で視線を逸らし、口許に手を宛がい考え込む。
その様子を見て、また溜め息。
「別にいいたくなければいいんだがな」
野暮ったい興味でしかないし、と小さく笑い飛ばす。
そう言い捨てた鳶丸に、少しばかり悩んでいた有珠は、意を決したように声をかけてきた。
「実は特定のものを探しているの。
知らない? このくらいで、青一色の湯呑みなのだけれど」
このくらい、とサイズを手で何となく示した。
そりゃ湯呑みならどいつもそのくらいだろーよ、という感想を呑み下す。
―――まあ、十中八九静希草十郎の影響がかかっているのだろう。
別にそこの件についてどうこう突っ込みはしないが。
「……そこらにありそうなもんだが。
何か特別なものなのか?」
「いえ、普通の湯呑みよ。ただ、幾つか回ってみたけど見つからないの」
「もう粗方見たのに見つからない、と。
久遠寺さんでそうなると、俺でもな。生憎、食器に造詣は深くない」
「そう」
さしてがっかりした様子でもなく、踵を返して街に消えようとする有珠。
ふむ、と考えこむ仕草を取りつつ、その背中に問いかけた。
「草十郎が知らないのか?
アイツ、アンタらのとこに住み始めるまではアパートだっただろう?
色々と生活用品は自分で揃えてたんじゃないか」
ぴくり、と背中が揺らいで停止。
すいと泳いだ視線はどこか中空で彷徨っている。
理由は知らないが、訊けない事柄なのだろう。
お揃いとかペアルックとか、もしかしてそういう可愛い理由だろうか。
「……と、なると。うーん。
そうだな。久万梨がもしかして知ってるか?
草十郎に、そういうものの買いどころを紹介してるかもしれない」
まあ、そんな街を一回りして見当たらない店を紹介したとは、正直考えづらいが。
一応訊いてみても損はないだろう。
きょとん、と呆けた表情の有珠に、ついてこいと視線で示して先に行く。
何でわざわざ答えが判明するかどうかも分からない場所に導こうとするのか。
考えてもそれは、よく分からない。
「静希にどっか食器を扱ってる店を紹介したか?
なにそれ。アイツ、なんか血塗られた皿でも拾ってきたの?」
「いや、湯呑みだそうだが。してないか」
「―――――ん、ないわ。食器を置いてる店は。
皿やら何かならまだしも、湯呑みなんて言われたら私も詳しい事情は知らないし」
コンビニでのバイト終わりの久万梨を捕まえて訊くと、そうらしい。
実家が中華飯店だけなあり、そういう造詣も深いかも、と思ってはいたものの、
流石に湯呑みは範囲外に位置するらしい。
そりゃそうだ、と納得しつつ嘆息する。
「静希に訊けばいいじゃない。何か事情があるの?」
面倒そうにそう問うてくる久万梨に、やおら両掌を空に向けて首を竦める。
じっとりと纏わる視線を掻い潜りつつ踵を返し、少女に背を向けた。
ぱたぱたと手を振り、有珠がうろうろと湯呑みを物色している空間へと足を動かし始める。
「さてな。ま、俺にもいい暇潰しになってるからもう少し付き合うさ」
「――――――」
若干むすっとしながらその台詞を聞いた久万梨は、一瞬だけ目を逸らして思案。
すぐさま鳶丸の背に向かって疑問を投げかけた。
「それって、要するに?」
「ん? ……訊く気もない、って事か」
はぁ、と大仰に。
見せつけるように溜め息を落した久万梨が、鳶丸を追い越して有珠の許へと詰め寄る。
青色の湯呑みを手に、しかし渋い顔をしていた有珠の顔がきょとんと崩れた。
「ねえ、久遠寺さん。その湯呑みとやらはどういうもの?
特定って事は単純に色合いが気に食わないとか、そういう事じゃないんでしょ?」
「―――――し」
一言、詰まる。
その言葉を吐くか飲むか、散々10秒たっぷりと悩んでから、続きの言葉が紡がれた。
「青子と静希くんが、湯呑みを持っているのだけれど……
二人とも同じ種類のを使っているから」
やれやれ、と肩を竦める鳶丸。
わざわざ訊かずにいたのに、あっさりと聞きだしてしまった。
こうなっては久万梨の独壇場を見届けるしかあるまい。
「なるほど。で、それは誰が、調達してきたの」
「静希くんよ」
そうだろうなと肯首し、顎に手を添える久万梨。
「いつ頃?」
「一昨日の夜――――9時過ぎだったと思うけれど」
「夜? 9時過ぎにやってる、まして食器を扱ってる店なんてこの辺りには……」
「予め買っておいた物を9時過ぎに持って帰っただけ、って事は?」
「静希くんは9時までバイトだった日。
その日の夜に――――色々あって。バイトが終わってから買ってきたのだと思うわ」
むむむ、と顔を顰めて悩み込む。
そもそも購入という入手手段が物理的に不可能な時間帯に手に入れた湯呑み。
そうとなれば、入手方法は限られてくる。
まずは、
「買ってきたと明言してたのか?」
「それは……いえ。恐らく買ってきた、ね」
「バイト先からもらってきた、とか?」
「バイト先の蕎麦屋さんに湯呑みはあったけれど、店名の入った品物だったわ」
―――外れ。
まあ、草十郎とて幾らなんでも久遠寺の館に、蕎麦屋の湯呑みは置かないだろう。
……たぶん。
何の衒いもなく嬉々としてアンティークの中に湯呑みを混ぜそう、と思わなくもないが。
それを流石にヴィンテージなどと言ってはいられない。
「となれば、買った線が薄い以上、誰か知人から貰っただな」
「……まあ、他の線もなくはないだろうけど。
そんな事言い始めたら何一つ特定できないだろうし、そっちの線で当たるべきかな」
さて、そんな推理とも呼べない予想はいい線を踏んだのか否か。
「え? 一昨日? ああ、そうそう。わたし。
ほら、わたしがプロデュースしたわんわん出前だし? そのせいでアコちゃんに怒られちゃったらしいから。
フリーマーケットに出そうかな、って思ってた湯呑みをプレゼントしたの。あと鼻メガネ」
初っ端、最初にあたりをつけた人間が正解だった。
気の抜ける、短い探偵気分だった。
陽気に自らの罪状を吐露しつつ、
何やらこの場の環境を井戸端会議まで持っていきたがっていそうなトークの連鎖。
その人、周瀬律架と申す。
「そうですか。その、まだそれと同じ湯呑み、あります?」
「んー、あったと思うけど。どうして?」
問いかける久万梨に返されるのは、当然の疑問。
あーいや、と口籠った久万梨の背後から、有珠が声を出した。
「私も同じものが欲しいの。
言い値で構わないから、ひとつ譲ってくれないかしら」
「―――――」
その言葉に一体何が含まれているやら、押し黙る律架。
断ったら死ぬ、とかそんな連想。
突如前に出て何やら死神の鎌を咽喉に突き付け、要求を叩き付ける姿勢。
おぉぉ、と戦慄露わに震え上がるのは、律架である。
普段から割と飄々としている、柳に風なスタイルである彼女であってもだ。
柳は台風程度どうとでもなるが、残念ながら根こそぎ刈り取られてはどうしようもない。
「あ、アッちゃん? いいんだけれど。
いいんだけれど、何故そこまでわたしがイジメられねば……」
はわわ、と微妙に目尻を涙で濡らしながら、一回り下の少女に怯える女性。
彼女には理由を教えたくないのか、とぼんやり考えながら見守る。
ずいずいと、どんどん距離を詰めていく有珠に次第に追い詰められていく子兎。
このまま放っておけば、そのうち丸焼きになっているに違いない。
口を出せばきっと自分たちが添え物になるので、黙っているのが正しい。
うん、と自己弁護。
心の中で律架の無事を祈りつつ、離れた場所でそれを見守る。
「……久遠寺さん。そんなにその湯呑みが欲しいのかしら?」
「さあ、詮索は好い趣味でもないしな。あんま首を突っ込まないのが正解だろ」
肩を竦め、そう言い切る。
それにしても、と小さく笑った。が、その笑みはすぐ飲み干す。
「やあ、トビー。こんなトコでどうしたの?
この辺で面白いものは律架くらいしかないよ?」
―――死神が子兎の命脈を詰む惨劇の一部始終を眺めていると、背後から子供の声がかかってきた。
振り抜けばそこにいたのは金髪白コートの少年。ベオだ。
無垢な瞳で鳶丸を見上げつつ、さらりと毒を吐き落とすさまはまさしく無邪気か。
「―――ああ、色々言いたい事はあるがな。
とりあえず律架さんを面白い者扱いはやめてやれ」
「面白い物は面白いものだよ。じゃあトビーの目には律架がつまらないものに見えるの?」
そうじゃなくて、と言いかけてやめる。
聞かないということが分かり切っている相手だ。
小さく溜め息一つ。
「で、お前はなんでここにいるんだ?」
「此処。一時期草十郎さんが住んでただけあって、それなりに匂いが濃いんだ。
あてもなくふらふらしてると、ついきちゃうんだよね。
まあ今日は律架に用があってきたんだけど」
台詞の前半は無視で。
陽気にそれを語る少年の目は、嬉々としている。
まあ、うん。憧れている人がいるのはいいことだ。
その生き様を佳しとして、嫌いじゃないが疲れる子供の相手に勤しむ。
「ほう」
「この前、草十郎さんと散歩してる時に律架と会ってさ」
「その時草十郎が湯呑みを貰った、って話か」
「あ、知ってるんだ。
それでボクは散歩用の首輪が欲しいから、貰ったんだけどね。
リードも有ったっていうから、貰いにきたんだ」
――――何に使うかは訊くまい。
そうと心に誓って深呼吸。
「……貰い物ばかりは関心しないな。
律架さんが何でフリマ用にそんなもの持ってるか知らんが、一応売り物として用意してたなら」
「フリマ? ああ。律架のそういう台詞、信じない方がいいよ。
律架の施しは、面白い結果に繋がらないと感じた方向には働かないから。
何だろう。万象を面白くしようと働いてるよね、あの人の勘。
推理物の舞台に出演したら、その舞台上で本当に人が死ぬとかそういう劇的なレベルでさ」
野生の勘か、あるいは嗅覚か。
鼻を鳴らしてそう言い切るベオ。
やれやれ、と肩を竦めているがやれやれと言いたいのはこっちだ。
「そう言う事はともかく。いいから、ちゃんと礼はしろよ」
「してるよ。お陰でボク、律架の事はそれなりに好きだよ。
奉仕への見返りに愛情っていうのは、動物的にどうかと思うけれど。
示しもあるし、群れのトップはちゃんとふんぞり返らなくちゃいけないじゃない?
でも、草十郎さんの下に就いてる以上、ボクはちゃんと礼は返すよ」
えっへん、と偉そうにふんぞり返るベオ。
まあ、分かっていたが分からない。
「そんなことより。トビー、なんか今日調子悪い?
まるで徹夜して遊び呆けようとしたけど、
なまじ頭が回る分呆け切れなかった、放蕩し切れない半端なナマモノみたいな顔してるよ」
「……大体そんな感じだよ。よく分かるもんだ」
「トビーは肩肘張りすぎだよ、魚が地上で生きてるみたい。
飛べばいいのに。羽はついてるんだから」
羽がついてる魚じゃトビウオだ、と。
鳶と例えられない自分に苦笑する。
まあ確かに海の深さも嫌い。空の高さも嫌い。地上の喧騒にも馴染めない。
そんなんで夢を見るには地平線に縋るしかあるまい。
「見たくないからって目を曇らせる必要はないじゃない。
嫌な時は閉じたって文句は言わないよ。
曇った目じゃ海は濁り水だし、空は曇天だ。面白い? その目で世界を見て」
「そこまでロマンに考えた事はないけどな。
まあ、そうだな」
たのしそうに、つまらなく言い寄ってくるベオ。
ゆるりと一度空を見上げて、考える。
特別何かを思考したわけじゃないが、答えは割とあっさり出た。
小さく笑って、その答えを口にした。
「悪くない。曇ってようが空も海も青。青は青だ。
こんな風な青春も、まあなしじゃないんじゃないか?」
きょとん、と一瞬だけ呆けて次に一瞬だけむすっとした。
それからどうでもよさげに顔を逸らし、踵を返す。
白いコートの裾を躍らせて振り向いたベオは、
鳶丸に顔も向けず別段変わった様子のない声で言う。
「ふーん。ま、トビーがそれでいいならいいけど。
今日はもうかえろっかな。魔女がいるし、何より草十郎さんがいないし」
やっぱりリードされるより、乗ってもらう方がいいよ、と。
ひらひらと蝶のように、少年は白いコートを靡かせながら街の中へ消えていく。
苦笑いしながらその背中を見送ると、
丁度有珠が話し合いを終え、紙袋を一つを手にして戻ってきた。
目当ての物は見つかったようで何より。
本日の探偵ごっこはこれまで、となる様子に間違いはなさそうだ。
「どうだい。それでオーケーか?」
「ええ。――――ありがとう、助かったわ」
どういたしまして、とだけ返して有珠の姿も見送る。
いつの間にか遁走している律架。
そうして、あっさりと鳶丸と久万梨だけが残された。
二人して頂いたお礼に顔を緩ませ、顔を見合わせて示し合わせる。
「悪いな、なんか俺に付き合わせたみたいで」
「別にいいわよ。暇だったのは同じだし」
「そうか。じゃあ、ついでだし一緒に甘いモンでも食いに行くか」
「は?」
フリーズ、と。久万梨の行動が停止した。
割かしにこやかに進んでいた会話は一瞬途切れ、言いようの無い雰囲気の隙間が生まれた。
それを埋めるでもなく、ただ返答を待つは鳶丸。
再起動した久万梨は、その発言に対して大いに食い付いた。
「ちょ、な……なんでそうな、いや! だからその……」
「ああ、金なら気にすんな。節約してる奴の財布にはたからないさ。
お前も女なら大人しく奢られとけ」
「……ちょっと、そういう言い方はどうなの。
仮に食べに行くとしても、自分で食べるものくらい自分で出費するわよ」
今度はその物言いに対し腹を立て、噛みつく。
その攻撃を意にも介さず続ける。
「夢の為に頑張って、努力してる奴は、どんなかたちであれ後押しされるもんだ。
後押しされるのが義務なんだから、ちゃんとその特権を使わせてやらないとな」
「だからそう言う事じゃなくて……っていうか、何言ってるのよ。アンタ」
「細かい事は気にすんなよ。
ま、俺の財布の中身も、夜遊びに使われるくらいなら、
頑張り屋が頑張る為のエネルギーになった方が有意義ってもんだ。
そら、俺が金の怨霊に呪われる前に、人助けと思って諭吉を成仏させてやってくれ」
久万梨の手を引き、この前草十郎からパフェが美味しかった。
と、教えられた店を目指して歩き出す。
「――――随分と強引に」
「だな。自分でもどうかしてると思わなくもない」
溜め息混じりに自分で着いてきだした久万梨の手を放し、並んで歩く。
しかしまあ、どれだけ曇った瞳で見ても、輝かしいものは輝かしいのだ。
どれだけフィルターをかけようと、誤魔化せないものは誤魔化せない。
ああ、眩しくて仕方がない。
そんなものがあるという事が、何故かとても心に響く。
―――ああ。生まれた立場は中々どうして、面白くないものだけど。
―――いい女に巡り合える星の許に生まれた、という点だけは神様に感謝できる。
―――まあ、それだけあれば人生、十分すぎるだろうさ。
―――あとはその環境の中で自分がどうするか、どうしたいかと。
―――さて。まあ、老衰直前に悪くなかったと思えれば、それはそれで快勝だ。
良かれと夢に邁進する彼ら彼女らを眺めて、結局そんな話になってしまう。
苦笑して、そんな簡単に変われるものかとまた笑う。
「夢見る乙女の祝勝祈願だ。財布を空にする気持ちでかからないとな」
「――――アンタは私が一体どれだけ食べると思ってるのよ。
というか。私、勝ってもいないのに祝われる気はないんだけど」
「そういう奴か、それもそうだな。
じゃあデートって事にするか、それなら男が払う名分も立つってもんだ」
「――――――で、」
は、と一瞬理解不能だという表情を浮かべた久万梨が停止。
うん? と首を傾げて、足を止めた久万梨を見る。
目を瞬かせて、脳から思考を再ダウンロードしている様子であった。
肩を竦め、その手を再び手で取った。
――――リセット。
ダウンロードが途中で中断された久万梨の動きは、まだ蘇ってこない。
しょうがないのでそのまま、目的地へ向け歩みを進めていく。
傍から見れば、ただ睦まじく手を繋いでいる様子で。
「ほんと。アンタ、タイミング悪いわね」
紅茶をずずずと啜りながら、青子はそう言って呑気な瞳で有珠を見た。
そのセリフに眉を顰め、自前で手に入れてきた湯呑みで緑茶を啜る。
「どういうこと?」
「んー? すぐに分かるわよ」
紅茶を呑み干して、手にした雑誌に目を落とす。
怪訝な様子に僅かばかり戸惑いつつも、しかし気にしても仕方ないと受け流す。
律架から有り難く頂戴したこの湯呑みを持って帰って来た時、
草十郎は若干驚きつつ、しかしいつも通りに笑って緑茶を準備してくれた。
一口つけて、たまにはこういうのも悪くないと小さく笑む。
が、そうと思っていられたのは、少しの間だけだった。
「いや、驚いた。まさか有珠が自分で湯呑みを用意するとは思っていなかった」
自分の分の緑茶を手に、草十郎が厨房から出てきた。
おそろいの湯呑みである。
その事実に充足する何かを感じつつ、また一口と茶を啜る。
「ええ。たまには、こういうのもいいと思って」
「そっか。何となく、飲みたそうな顔していたものな」
かっと、顔に昇る血。
そんな物欲しそうな顔をしていたのか、と自制の緩さを反省する。
しかしまあ、その自制を破るだけの目的は果たせたのだ。
それを喜びこそすれ、憤る必要もない。
「そ――――そう。そんな顔、してたかしら」
「ああ、してたと思う。
そうかな、と思ったから、実は俺も有珠の分の湯呑みを用意していたんだ」
―――――フリーズ。
「けど、自分で用意した物の方がいいだろう?
捨てるのも勿体ないし、あっちは鳥用の水入れにしておいた」
パタパタと青い駒鳥が有珠の肩に留まる。
『アリスさんとお揃いの水入れとは、あのシャバ僧もなかなか粋な事をするッス。
湯呑みから水を飲むなんてまるで水飲み鳥ッスね。
ハハハジブン、あんなに首長くないスけど!
でも、アリスさんが優しく甘やかしてくれる現実が訪れる事は、首を長くして待ってたり』
すぅ、と有珠の表情から色が抜けおちていく。
きょとん、と首を傾げる純朴少年。
そして捲し立てる青色の鳥類。
自身の肩に乗った駒鳥を、少女の手がむんずと掴み取った。
立ち上がり、そのまま厨房へと消えていく有珠の姿。
チッチッチ、ボッ。とガスコンロが作動する音がした。
それから少し、無音に空間が支配される。
皮切りは駒鳥の声。
『アレ、アリスさん?
なんで鍋の中に近づけるんですか。水飲み鳥は頭を冷やさないと顔を上げないッス。
熱湯の中になんて入れたら余計に頭が下がるッス。
お辞儀の角度は最敬礼でも45°までスよ、それ以上折れたらイケな―――』
やれやれ、と青子が溜め息を吐くと同時。
夜の魔女屋敷に、断末魔が轟いた。
後書。
仮面ライダーフォーゼとベイブレードのクロスが書きたい。
ルイズがアストラルを召喚して勝つぞ、とか言われちゃうクロスが書きたい。
ISのシールド無敵にしてISを倒せるISは白式だけ! という設定に改変して白式の事をIS-Dとかやりたい。
ディエンドが性懲りもなく暗黒魔鎧装とミーティアを盗み出した結果ネオ生命体が鎧に宿ってミーティア装備したとか、
そんな無理ゲーが開幕するグレイトバトルの続編を勝手に作りたい。
書きたいネタは山ほどあるのに時間も文才もない。
こうなったらもうよし寝よう。おやすみ。