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No.32817の一覧
[0] 【ネタ】魔法使いの夜SS(魔法使いの夜)[イメージ](2012/04/17 18:17)
[1] その2[イメージ](2012/04/24 23:07)
[2] その3[イメージ](2012/08/16 13:39)
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[32817] 【ネタ】魔法使いの夜SS(魔法使いの夜)
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Date: 2012/04/17 18:17










年明けの喧騒とて一月もすれば当然のように収束する。

何度となく繰り返されたそれは、最早一年に一度しかないというだけの習慣だ。

山を下りて初めての日の出を過ぎた最初の月。

様々な事がある日常に度々目新しさを感じつつ過ごし、

そんな中で静希草十郎は今年においての二つ目の月を迎えていた。



今は2月初旬。

ほんのちょっと前、11月某日。

草十郎は生まれて初めて学校という名の集団に属する事となった。

知識としては一応、知っていた。

しかして、草十郎が理解していたそれだけではどうやら大分足りなかったらしく――――



と。

果てまで考えに耽りそうだった頭に待ったをかける。

今考えるべき事は別にそういう事じゃない。

ふむ、と両腕を前で組んで少し唸る。



今はその学校の、いわゆる一つの休み時間だ。

友人、知人、―――つまりクラスメイト。

自らの人間関係においてそう区分される、彼らとの憩いにあてるべく設けられた自由時間。

草十郎も今となってはこの集落に馴染んできてはいるものの、

属したばかりの時は大変お世話になった。

それは勿論時間というばかりでなく、自分を馴染ませる為に尽力してくれた人間もだが。



例えば今目の前にいる木乃実芳助とか。

彼はにっこりと微笑みながら、だからいいだろ、と同意を求めてくる。

一体何が“だから”なのか。



「いや。話は何となく分かったが」

「なー? そんな難しい話じゃないしな。

 いやー、A組の奴が急に行けないなんて言い出してさぁ。

 今から人数合わせに1人だけ引っ張るってんなら、どうせなら面白い奴がいいじゃん?」



からからと笑う彼は一体何が愉快なのか。

とはいえ、人数が足りなければ開けないのだそうだ。

木乃実のいう、合コンなる会合の人数合わせというのが、

自分に出来得るものならば協力しよう。



と。思ってはいてもそれこそ急に言い出されたのは自分も同じだ。

今日も今日とで静希草十郎はアルバイトが入っている。



「今日も学校が終わったらバイトなんだ。すまないな」

「えぇー、いいじゃん。バイトなんてすっぽかしちまえよ。

 合コンとバイトを天秤にかけて、バイトをとっちまうなんて、むしろバイト先の人間に失礼だって。

 お前のバイト先の人間だって思ってるさ。You 行っちゃいなYOってさ」

「? いや。お前の言っている事はよく分からない」



彼の発言の中で理解が及ばないものはそのままにしておくべき。

それが二カ月に満たない彼との付き合いの中で、草十郎が理解した事柄だった。



とはいえ、木乃実にとっては折角の面白おかしい客寄せパンダ。

静希草十郎はきっとそこで大人気だし、

使いようによってはそれが自分の人気に直結するのだ。

笹を食べてれば人が寄ってくるパンダの如く、彼はそこにいるだけで人気を集める。

それをみすみす逃がすのは勿体ない。



「だからさ。発情期な年頃の男が女より仕事をとるなんてなんて非常識って……」

「発情期なのはテメェだけだ。

 草十郎をテメェみたいな野生動物と同類とみなすな、この馬鹿が」



横合いからの声に木乃実がはっと振り返る。

―――先程の言に一つ訂正。

休み時間とはクラスメイトならず、スクールメイトとの憩いにあてられる時間だ。

振り向く先には、わざわざA組から出張ってきた槻司鳶丸がいた。

げげ、と顔を引き攣らせる木乃実をいつも通りねめつけながら、こっちに近づいてくる。



「なんだよー、男ってのは誰にだってあるんだぜー、発情期」

「あるか。普通の人間には、そういうのを理性的に処理する思春期があるだけだ」



木乃実と草十郎の間に割って入る。

それはそれで実にいつも通りの光景であった。

折角の妙案といえど、鳶丸に割り込まれては達成などできはしない。

しかし、草十郎が自分から行きたいと言い出せばその限りではなかろう。



「なあなあ、静希。ものは試しだって。

 愉しいぜ? 女の子たちとの食って飲んでの大騒ぎ。

 バイトなんてもんは酒を浴びて忘れろ」

「テメェは酒に沈んで死んだらどうだ」

「ああ、どうせなら女に溺れて死にたい」



―――仲睦まじい二人の会話。

それを聞きながら、草十郎は顔を驚愕に染めていた。

漫才コンビのような会話をしていた二人が、

草十郎の突然の変異に気付いて静止する。

5秒近く驚いていたか。

そんな表情を崩して、しかしながらさっきとは違う感じの笑顔。



「――――驚いた。木乃実、実は年上だったんだな」

「は?」



言われて驚くのは木乃実の方だ。

何の脈絡もなく、いきなりそう言われても何が何やら。

だってそうだろう、と草十郎の顔はいやに真剣だ。



「お酒は20歳からだって聞いてる。

 それを飲める木乃実は、20歳以上なんだろう?」

「………あー」

「……だとさ。どうなんだ、木乃実先輩」



なるほど。

彼を客寄せパンダにするのは多分間違っていた。

確かに彼はパンダだろう。

しかも触れる、ふれあい広場にいるパンダだ。

だが触れ合う為に近づこうとしたならば、きっと周りが底なし沼。

踏み出したらきっと沈むに違いない。



客を寄せてもらおうと思っても、引っかかる先が底なし沼では攫いようがなかった。



「そうだな、諦める。お前絶対お姉さんたちを捕まえて放さないもん」

「懸命だ」



うん? と首を捻る草十郎の前で、二人はやや疲れ気味に同意見を述べた。











学校も終わり、バイトまで微妙な時間が開いてしまう。

しかし流石に山を登り降りするだけの時間はない。

中途半端で処理に困る時間帯だ。

とはいえ、そういった時はいつも商店街でぶらつくか、どこか喫茶店にでも入るに限っている。

というわけで、今日も多分に漏れず、目についた喫茶店に入る事にしたのだった。



扉を開ければからんからん、と客の来訪を報せるベルが高らかに。

いらっしゃいませー、と店内のそこかしこから上がる声。

あまり客入りはよくないようだが、

この時間帯ならばどこもそんなものなのかもしれない。

などと考えながらテーブルにつく。



「いらっしゃいませー」



ぼんやりと窓の外を眺めていれば、ウェイトレスがメニューとお冷を運んでくる。

ぱぱっとテーブルの上にそれを並べ、さっと引き上げていく。

何がどうというわけでもないがその手際にうむ、なんて肯いてメニューを取る。

特になんてことない、普通の喫茶店のメニューだ。

と思いながら、目を通していたメニューの右下。

始めて見るメニューを見つけた。



「なんと。――――これは」



ふむ、と顎に手を当てて黙考する。

たっぷり10秒悩んだ後、手を上げてウェイトレスを呼ぶ。

客入りが少ないからかどうかは分からないが、すぐに反応してくれた。



「お決まりですか?」



伝票を片手に寄ってくるウェイトレス。

にっこりと営業的な微笑みを浮かべた彼女に、アイスティーを、と告げる。

伝票にさっさと書き込まれるオーダー。

彼女がそれを書き終わった事を確認し、更にもう一つ。



「あと、訊きたいのだが。

 この“初恋の味―甘酸っぱい思ひ出に彩られたあの頃の僕らパフェ”というのは……」

「申し訳ありません。そちらはカップル様限定のメニューとなっております」

「なんと」



この世にはカップル限定のメニューなどがあるのか。

しかしそうだと言うのであれば仕方ない。

初恋の味、などと銘打たれたそれに些か以上興味をそそられているのだが。

一拍黙り、もう一度口を開いてみる。



「男二人では駄目ですか」

「え、男同士なんですか?」



言ってから、ウェイトレスは口を押さえて黙った。

なにか目がざわざわしているように見える。

いっちゃったの? そっちの世界にいっちゃってるの、あなた?

とでも訊きたげな視線だった。

しかしこほんと一つ咳払いして、事務的に質問はすっぱり切った。



「男女のカップル様専用のメニューですので」

「そうですか。ではアイスティーだけで」



かしこまりました。

そう言ってウェイトレスの女性は下がっていった。

一緒に引き上げられていくメニューを名残惜しげに見つめつつ、

草十郎はふむうと唸るのであった。











「ただいま」

「おかえりー、お疲れさまー」



いつも通りの帰宅。

いつも通りの挨拶。

それがいつも通り、と言えるようになっている事にどう納得すればいいか。

なんて、今更考えるのもアホらしいと割り切ってはいるが。

居間でファッション誌を流し読みながら、蒼崎青子はたったいま帰宅した草十郎に返事をした。

対面のソファで本を読んでいる久遠寺有珠をまた目を上げ、反応を示す。



「今日はもうバイトはないんだっけ?」

「ああ」



コートを居間のコート掛けに引っ掛けながらの返答。

彼はだからゆっくりできる、と笑いながらソファに座った。

もう9時、夕食はいつも通り外かバイト先で済ませてきているだろう。

そう、と言葉を返しながら青子は視線を再び雑誌に戻す。



「そういえば気になっていたんだが」

「ん?」

「記憶。俺の記憶を消す予定って立っているのか?」



静止し、無言。

人が折角無視してやってる事柄にわざわざ突っ込んできやがって。

なんて顔をした青子と、微妙に視線を泳がす有珠。



「……なんで?」

「ん?」

「なんであんたがそんな事気にしてんのよ」

「いや。俺がここに来る前に住んでたアパートなんだけど。

 戻りもしないのに、いつまでも部屋を取っておいてもらうのは悪いだろ。

 ずっとここにいるなら、謝ってこないと」



今度もまた静止して無言。

当然のように。

ずっとここにいるなら、なんて。

あたかもそれが当り前だと言わんばかりに、至極普通に言い放った奴めは、

そうだろう? とでも言いたげに首を傾いだ。

はあ、と大きく嘆息する。

そんな青子と似たような息を吐きながら、有珠の視線が手の中の本に戻った。

そこにあるのが安堵に似た色であったかどうかは、本人以外に分かるまい。



「そ、じゃあいいわよ。

 キープしてもらってる部屋、空けちゃいなさい。

 あんたが大馬鹿やらかして追い出されるような事態にならない限り、

 そんくらい面倒見るわよ」

「そうか。じゃあ明日にでも行って――――」



明日は休日。

学校を気にせず動ける、学生にとって代え難い愉しみの一つ。

翌日にそれが控えていた事。

木乃実たちが色々やらかしているのも、それが無関係ではあるまい。

草十郎の生活の中では中々珍しく、バイトの類も一切入っていない。

真実、好き勝手動ける日常なわけだ。

むう、と唸る。

いきなり唸り始めた草十郎を眺めていた青子が、訝しむような表情となる。



「なに?」

「蒼崎、君は明日予定があるか?」



きょとん、とする青子。

本へと目を移していた筈の有珠の視線もまた上がり、草十郎を見ていた。

それを気にするでもなく、言葉は続けられる。



「明日、ちょっと恋人になってはくれないか?」



ちょっとコンビニ行ってくる、くらい簡単に口をでた言葉。

ちなみに久遠寺の屋敷は山の上にあるだけあって、

そんなに気軽にコンビニまで行く事もない。

告白の言葉など1年前にいい加減聞き慣れて、

ついでに粉砕し慣れていた青子だったがこれはちょっと初めてだった。

いや、本当に。

ここまで軽く、唐突に、それもこんなかたちで告白されるなど……



「は?」

「ん? 明日、ちょっと恋人になってくれ」



別に聞き直したわけじゃない、と怒鳴る気にもならない。

いや待て待て、落ち着け。

草十郎的に考えて、これがまともな告白である筈がない。

この唐変木がそんな器用な事、

いや、この告白の不器用さを見るに、これが彼のスタンダードである可能性もなくはない。

考えろ、蒼崎青子。

これがどんな考えをするかは、最近大体分かってきただろう。

相手の考えが分かってきたなんて、それこそまるで恋人のようだ、なんて。

ええい、黙れ。静かにしていろ。

落ち着け私。



堂々巡りの思考。

それを中断させたのは、床に何かが落ちる音だった。

音源は自身の対面、ソファに座っている有珠。

音を感じて振り向けば、落とした本を取り上げている姿が見えた。

いそいそと拾い上げた本を開き、視線を落とす。



―――お約束通り、本は逆さまだ。

こうなってくると、青子の方は目が覚める。

目の前であそこまで取り乱されては、自分が取り乱すのもアホらしい。

はあ、と大きく溜め息一つ。



「有珠、本が逆」

「―――――」



言われた通りに持ち直す有珠。



この朴念仁に一般的な会話スキルなど求めるだけ無駄だ。

とある一瞬で突然、傾斜角60℃の飛躍返答が来る事などしょっちゅうだ。

だがどこか繋がる場所が会話のどこかに在る筈。

事前の会話の中からそのあたりをつけ、落とし所を探るしかない。

のだが、今回は特に悩むまでもなく分かる。



「で? なんであんたはいきなり、

 明日、恋人に。なんてふざけたこと言い出したのかしら」



むしろこれは明日付き合ってくれ、という意味の筈だ。

なんでそこを恋人などという単語に入れ替えたのか。

理由によっては彼の首が締まる。

むしろ理由によらず今締める。

ぱちん、と鳴らす指と同時に、草十郎の首でベルトが締め付けられていく。



「うぐぅ…いや、今日寄った、喫茶店、に、初恋、パフェなる、恋人、専用の、メニューが……」

「なるほどね」



解除。

絞首から解放された草十郎が、青い顔で深呼吸を繰り返す。

こいつはあれだ。

人畜無害と思わせているが、人に精神的ダメージを与える歩く呪術兵器だ。

眉間に指を当てて狼狽した自分を叱り、乱した精神を律する。

大きく一つ溜め息を落とし、ぎぬろと視線を草十郎に送る。



「もうちょっと言い方を考えないと、次からは酷いわよ」

「これより酷いのがあるのか……」



けほっ、と咳き込みながら顔を青くする草十郎。

その疑問には答えず、話を今さっき上げられた理由の方へ。



「で。初恋パフェ? なに、あんた。そんなの食べたいの?」

「うん。初恋とはどんな味なのか、興味がある」



真面目顔でそう語る草十郎を前に、別に初恋の味はしない、

と言い切るのもどうかと思って押し黙る。



「ふーん、なんだか甘酸っぱそうだけど」

「なんと。蒼崎は食べた事があるのか」



驚いた様子の草十郎を半眼で見据える青子。

そこで、初恋を知っているのか、とならないのがこいつがこいつたる所以か。

そういう名前がつけられるスイーツは大体そんな味。

なんていうのが、恐らく大多数の認識に当て嵌まるだろう。

青子自身の初恋は、甘酸っぱいなんてものではない。

舌と咽喉を焼く毒素の塊だった。

なんて、自分の初恋の顛末をわざわざ人に語る趣味は持っていないが。



「イメージよ、イメージ。

 悪いけど私はパス。明日は先約入ってるしね」

「む。そうか、なら仕方ない」



少し残念そうに言って、草十郎は席を立つ。

自分の口にする紅茶をいれる為に、台所へと引っ込んでいった。

小さく息を吐き、視線は再びファッション誌へ。

―――元より読み込んでるわけでもなかったが、あれのせいでからっきしだ。

まるで頭に入ってこない。

ついでに言うならば、目の前でしきりに台所へと視線を送っている相方も目に入るし。



「有珠」

「な」



は、と我に返った有珠が目を見開く。

視線は一度本へ落ちて、それから声をかけた青子へと。

一瞬だけ飛び出した声の調子が、普段と比べ幾分高かったのは、聞き違いでもあるまい。

じぃと見つめてみれば、視線は泳ぐ泳ぐ。

かつてこれほどまでに、有珠の狼狽した姿を見た事があっただろうか。



「なにかしら」

「なに、あんた行きたいの?」

「――――どこへ」



ほー、今ここで先程まで話をがっつり聞いといてそれか。

僅かにこめかみを引き攣らせながら、とりあえずスルー。

一息吐いて呼吸を整え、奥にいる草十郎に声をかける。



「ねえ、草十郎。あんたがいたアパート、律架が入ってる筈だから誘ってみれば?

 あいつの事だから二つ返事でオ」



かこーん。

青子の頭部を殴打する青い流星。

それはさながら空を翔ける駒鳥が如く、あるいは使役者に全力投球された鳥肉が如く。

丸々しい図体を惜しげもなく機能させ、ボールとしての使命を果たす。

ずばっ、と素早く青子が振り返ろうものならば、有珠は既に本に目を落としていた。

青子のソファの下には目を回す駒鳥。

それの羽の先をつまみ、持ち上げてみせる。



「ちょっと」

「なに?」

「これ、どういうつもりよ」

「ああ、また粗相したの。

 どうぞ、煮るなり焼くなり擦り潰すなり好きにして」



何という神風戦法。

撃ち捨てられた弾丸の人権など認めていません。

知らぬ存ぜぬ破棄されたならそれも是、なんて無駄の無い消費。

無駄を削ぎ落としすぎてて腹が立つ。



「あ、そ。ふーん、そういうつもり。はいはい、そうですか」



ぐつぐつ煮え立つ内心、駒鳥の羽を両側から引っ張って伸ばしてみる。

そいつの身体をボールが如く握り締め、



「草十郎。明日は律―――」



ごう、と風を薙いで飛来する一冊の本。

厚いカバーで装丁された、実に古めかしい魔術的な稀覯本。

内包された神秘はそれらの要因を破壊力に変え、青子へと殺到する――――!

なんて事があろう筈もなく、

ただ質量のかたまりとして、青子へと飛んできた。

瞬時にそれへと向け、駒鳥を投げつける。

空中で衝突する二つの物体。

盛大に音を立てて雪崩れ落ちる両者の攻撃。



「―――架を誘えばいいと思うわ。色々と」



ぬぅ、と顔を顰める有珠。

その段に到り、草十郎も目的を果たして奥から出てくる。



「律架さん? そうだな、空いてそうだったら誘ってみる」



聞いた途端にずーん、と。

背負った影が重力を帯びたが如く、有珠が沈んでいく。

行きたいなら行きたいって言えばいいのに、

しかし自分で言わないのであればそれは自業自得だ。

割り切って青子は雑誌に目を向け、

やっぱり一つ大きな溜め息を吐いた後、草十郎に視線を戻した。



「それか。有珠連れてけば? 明日暇みたいだし」

「―――――あ、」

「そうなのか。じゃあ、有珠。どうだろう、一緒に初恋パフェを食べないか?」



それが至極に見える態度で、声をかける草十郎。

声をかけられた有珠の方はやや戸惑った後、小さく肯いたのであった。











アパートの方への話はあっさりと終了した。

元々荷物は引き上げてあるのだし、ただ話だけして終了なのだから当然だが。

休日の街は平日に比べ騒がしくもあり、寂しくもある。

何と言うか、騒がしさの質が違うのだ。

生活感に溢れた平日の騒がしさはなりを潜め、

休日は、娯楽を求めて彷徨うものたちが跋扈する魔界として再構成される。



そんな中で、草十郎も有珠も特段変わった事はなく、

いつも通りの距離感で、いつもと違う場所に二人でいた。



「いらっしゃいませー、ご注文はお決まりでしょうかー?」



はつらつとした挨拶文句。

あらかじめ受け取っていたメニューの中から、二人分の飲みモノと初恋パフェをオーダーする。

初恋の味―甘酸っぱい思ひ出に彩られたあの頃の僕らパフェだ。

そのオーダーを聞いた瞬間、店員に電流走る。

彼女を足がけに走り出した電流は店全体を駆け巡り、

開店直後の眠気が滞留した店内の空気をがらりと一変させた。



「―――ご注文は、以上ですか?」

「はい」

「初恋の味―甘酸っぱい思ひ出に彩られたあの頃の僕らパフェ、ですね?」

「あとアイスティーをふ」



と、いきなりウェイトレスの女性が腰からハンドベルを引き抜き、振り始めた。

からんからんと高く轟く鐘の音色。

何に驚くというか、そんな事ではなくて。

きっと驚いたのは他のテーブルの客たちだ。

嫌が応でも視線はベルの方向へと吸い寄せられる。



「初恋パフェ入りましたー!」



何故か叫ぶウェイトレス。

目をパチクリさせている有珠と、あとアイスティー2つを付け足したい草十郎。

一気に店の奥が騒ぎ出す。

あっという間にウェイトレスは引っ込んでしまい、

ついぞアイスティーの注文が通っているのか確認する事はできなかった。



客入れは当事者2人を除き、ほんの2組5人。

10の瞳の注目を二身に集め、その二人が考える事はばらばらだ。

何故オーダーを叫んだのか、そしてアイスティーはちゃんと注文されているのか。

果たして、その草十郎の不安は杞憂だった。



「お待たせしましたー、初恋パフェです!」



ほんの5分で運ばれてくる、2人前のパフェ。

2人前なのだが器は一つで、取り皿があるわけでもない。

実に食べ辛そうだ、というのが草十郎の感想だった。

乗っているフルーツは苺をメインに4種類。

生クリームは白くなく、薄紅色。恐らく苺だろう。

となると、ガラス容器の半ばに見える紅色は苺ジャムにちがいあるまい。

中に入っているスナックらしきものも矢張り薄紅。苺関連だと思い付く。

これは苺パフェ2人前?



首を傾げる草十郎の前に、ウェイトレスがアイスティーを置く。

よかった。アイスティーのオーダーもしっかり通っていたらしい。

そしてウェイトレスから差し出される妙に長いスプーン。

受け取ってはみたものの、実に扱いずらそうだ。

有珠にも全く同じものを渡したウェイトレスに訊ねる。



「これは?」

「では彼女様のお手を拝借」



スプーンを持った有珠の手を取るウェイトレス。

なされるがまま、誘導されるがままにスプーンで苺を掬い、

それを草十郎の目の前へと運ばされる。

ふむ、と首を傾げる草十郎に、ウェイトレスの声。



「はい、彼氏様。あーん」

「あーん?」



ウェイトレスが口を控えめに開いた状態で停止させ、真似をしろと訴えてくる。

その通り、口を開ける。

滑り込んでくるスプーン。

これは食べろと言う事なのだろう、という事で苺をいただく。



「では今度は彼氏様が!」



今と同じ事をしろと、言う事なのだろう。

長いスプーンで苺を掬い、有珠の口許へ運ぶ。

そして、



「あーん」

「……あーん」



おっかなびっくり口を開ける有珠。

その口の中へスプーンをゆっくりと入れる。

はむ、と閉じられた口の中で、苺が咀嚼され、嚥下された。



「ではごゆっくり! 存分に楽しんでください!!」

「おお」



なるほど。

これはそういうメニューだったのか。

握り拳をつくって、テンション高く去っていくウェイトレスを見送り、何となく得心した。

しかし、意図と目的は何となく分かったが、何がいいのだろう。これ。

悩む草十郎の前に、再びスプーンが差し出される。



「……あーん」

「うん。あーん」



少しテーブルに乗り出し気味でそうしてくる有珠。

そのスプーンに食らい付き、咀嚼する。

まあいいか。

とりあえず食べた後で考えよう。











『いやー、昨夜のアリスさんはホント凄かったッス。

 手で押し潰さんばかりににぎにぎしてくれたかと思ったら、いつの間にか床で潰れてたッス!』

「へー」



部屋に帰ってからも凄かったッス。

こう、一瞬だけ優しく抱き留めたかと思えば、思い切り振りまわして、

何度も何度も壁に叩き付けた上で投げ捨て、床に落ちたジブンをバンバンと……

などと昨夜の惨状を語る駒鳥。



行き詰った悦楽の吐き出し方知らないと酷よね、

なんて他人事みたいに考えながら、チャンネルを回す。

特に面白いのはやっていない。

当日になっていきなり遊び友達クマがキャンセルという憂き目にあった青子は、

ぼうっと1日を過ごす羽目になっていた。

こんなんだったら私もついてけばよかったか、と思いつつも恋人メニューを3人で注文もあるまい。

とりあえず2人に自分の昼食もお願いだけしつつ、留守番である。



「ま、そういうこともあるわよね」

『そうッスか?

 アリスさんがあそこまで激しかったのは初めてッス』

「そっちは知らないわよ」



これってあれ、あれッスよね、愛ッスよね。

あそこまでためらわない仕打ちは愛以外からは生まれないッス、多分。

などと捲し立てられても仕方ない。

知らん、本人に訊いてくれとしか。



テレビの映像と駒鳥の鳴き声のBGM。

この二つでのんびりと時間を潰していれば、なんともはやい事に―――



「ただいまー」

「ただいま」



デートから二人が帰ってきた。

まあ、どうせ予定通りパフェを食べるだけ食べて、帰ってきただけなのだろうけど。

自分の事は棚に上げ、色気のない二人などと思う。

テレビを消し、今にも飛び立とうとした駒鳥をはたき落とす。

青子はこれの主人から煮る焼く擦り潰す、等々好きにしていいという権利を貰っているのだ。



「おかえりー。どうだった、初恋の味」

「―――素敵だったわ」



実に嬉しそうにそう言って、有珠はコートかけに向かう。

珍しい。有珠があんなに褒めるとは。

これは本格的に自分も行くべきだったか、と後悔。

しかし草十郎は顎に手を当てて、何とも難しい顔で悩んでいる。



「草十郎?」

「うん」



悩み抜いた結果か。

彼が開いた口から出た言葉は、



「苺だった」











後書き。

Q:初恋パフェ、どんな味だった?

A1:苺の味がした。

A2:しずきくんのあじがした。



あと何年待てば続きが出るのか。

こんな妄想をしながら待てと言うのか。

しかしいつかきっと見れると信じて。

生殺しだぜい。


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