大十字九郎は探偵だ、ただしその能力は専らペット探しに生かされている。それでも探偵事務所を構えているのだから優秀な方だろう、アニマル探偵の名は伊達じゃない。
だから目の前の台所で金髪碧眼の幼女が可愛らしいフリル付きのエプロンを着て料理している光景は幻に違いない、意識が朦朧としているからそんなものが見えるんだとはいえ美味しそうな匂いまでするのは幻覚とは思えない。そもそも九郎は出会い頭にナイアちゃんからロリコン認定されている、幻だとしてもいい気はしないので一人言を呟こうと――
「お待たせー、ご飯出来たよ」
「いただきます」
食欲に負けました。
「ふぅ。食った食った、で君は一体何者だ? 仕事の依頼なら歓迎するんだが」
ナイアちゃんの料理は美味かった、和食洋食共にバランスが取れていて栄養補給もバッチリ。そこまで考えて九郎はハッとする、認めよう。テーブルでニコニコと笑うナイアちゃんは現実だ、幻なんかじゃない。ならば問題は只一つ、この料理に使われた食材は?
冷蔵庫には何も入ってなかった、そもそも電気とガスは止められていた。そこから導き出される解、九郎の灰色の頭脳がフル回転する!
「君が家から持ってきたんだな、コンロセット付きで」
「うん! 畜産農家の人から貰ったんだよ、シュブニグラス印の千の黒い子山羊。火はねークトゥグアのやつをちょろっと」
「ぶふぅっ!?」
トンでもない答が返ってきた、シュブニグラスにクトゥグア。クトゥルー神話のアレである、特に後者クトゥグアは生ける炎とまで呼ばれる邪神だ。後に暴君から譲り受ける自動式拳銃とは何の関係もないだろう、それが使命を思いだし擬人化して九郎を慕うなどとそんな設定や伏線はないといえば嘘になる。まぁ食べてしまったものは仕方ない、どんな食材も腹に入れば消化される。消化されるよね、消化されるといいな。
現実逃避する九郎だが助かったのは事実、ナイアちゃんを責めることは出来ない。彼女は良かれと思って料理してくれて、一週間何も食べてなかった九郎を助けてくれたのだから。それと問題は只一つと言ったが後一つある、根本的な謎。
「んでロリコンってのはどういう事だ」
そう、そこだ。九郎は全うな性癖を持つ好青年である、知り合いのシスターのおっぱいをチラ見する程の好青年。人格に関わる重要な事なので二回言う、ナイアちゃんの素性はこの際無視。むしろ命の恩人なので深くは聞かない、這い寄る混沌というのは二つ名だろう。子供同士の渾名でもいい、間違ってもラスボスの名前じゃない。
「えー? 暴君エンネアに魔導書アル・アジフ、自動式拳銃クトゥグア、それにメインヒロインの私と。皆美少女体型、侍らせる九郎はロリコン。だがそれがいい証明終了」
「いや、その論理はない」
指折り数えてドヤ顔で宣うナイアちゃんに九郎は真顔で突っ込んだ、探偵としてそこは譲れない。ペット探ししか出来ない半人前(ハーフ)でもだ、アーカムシティの風が吹く。
「何もおかしくないよ、まっボクが来たからにはブラックロッジなんて目じゃないね。時を越えて宇宙(そら)を駆けて、この愛を真っ赤に燃やそう!」
「お帰りください、出口はあちらです」
命の恩人でも依頼人じゃないのなら用はない、ナイアちゃんを帰らせようとする九郎。それに抵抗するナイアちゃん、必死に九郎の腰に張り付く。
「いいじゃないかー、ボクと一緒に暮らそうよ。ご飯つくってあげるからぁ」
その提案に揺れかけるが耐える、心を鬼にして。そこに開くドア、来訪者。扉の向こうの執事を従えた少女と目が合う、沈黙。
状況を確認しよう、何処をどうなったのか九郎のズボンの前、股間辺りにしがみつくナイアちゃん。執事と少女は見た、アウトである。ジャッジメント決めるぜっ。
「破廉恥なのはいけないと思います!」
「お嬢様、世の中には色んな愛があるんですよ」
「そうだよね、愛は素敵で無敵!」
「違うんだぁぁぁぁっ!?」
九郎の叫びが響く、どこまでも遠くへ……彼の明日はどっちだ。