<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


No.32793の一覧
[0] 【習作】マリィがネギま世界を流出させました(ネギま×Dies)[紫貴](2012/04/15 16:02)
[1] Diesキャラ・アーティファクトの設定[紫貴](2012/05/04 17:06)
[2] 桜通りの吸血鬼編 第一話[紫貴](2012/04/15 16:04)
[3] 桜通りの吸血鬼編 第ニ話[紫貴](2012/04/15 16:05)
[4] 桜通りの吸血鬼編 第三話[紫貴](2012/04/17 22:51)
[5] 修学旅行編 第四話[紫貴](2012/04/25 21:48)
[6] 修学旅行編 第五話[紫貴](2012/04/22 16:40)
[7] 修学旅行編 第六話[紫貴](2012/04/22 16:41)
[8] 修学旅行編 第七話[紫貴](2012/05/04 17:01)
[9] 修学旅行編 第八話[紫貴](2012/05/04 17:04)
[10] 修学旅行編 第九話[紫貴](2012/05/04 17:05)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[32793] 修学旅行編 第八話
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/04 17:04

 ~近衛家近隣:浅瀬~

「おりゃああぁーーっ」
 明日菜の気合いと共にハリセンの形をしたアーティファクトが横一閃に振るわれ、一撃で三体の鬼が元いた世界へと強制的に返される。
「明日菜さん、危ない!」
「刹那さん!?」
 攻撃直後の硬直を狙われ、横手から巨大な棍棒が明日菜へと迫るが、それに刹那が割って入って野太刀で受け止める。
 衝撃で膝をつく刹那に向かって、面を付けた狐族の女が飛びかかる。だが、二人の間に銃弾が放たれた事で狐族は足を止めて跳び退いた。
「うおっ」
 棍棒を振るっていた鬼に銃弾が命中、その隙に刹那は棍棒を弾いて距離を取る。
「ありがとうございます、遊佐先輩」
「んな事よりも、だ。この数は鬱陶しいな」
 司狼は創った鎖を自分達の周囲に張り巡らせながら言った。明日菜、刹那を含めた三人は未だに百を越える鬼達と戦っていた。
「さすがにちょっと疲れてきたわね」
 明日菜が少しずつ間合いを詰めて来る鬼達を警戒しながら汗を拭う。
「なんだ、もう根を上げんのか」
「違うわよ! ただ事実として言っただけよ!」
「弱音おーつ」
「ぐぎぎ……この男はイチイチ勘に触る事を」
「あの、お二人とも、喧嘩してる場合では……」
「こんな時こそアレだ。ピンチになれば出待ちしていた助っ人キャラがだな、ドヤ顔で現れるのが物事の常識だ」
「そんなの漫画やアニメだけの常識でしょうが!」
 明日菜のハリセンによる突っ込みが司狼に襲いかかるが、彼はそれを軽々と避ける。
「ムキーーッ」
「落ち着け、モンキー」
「誰がモンキーよ!」
 刹那が鬼の攻撃を受け止める中、司狼と明日菜が喧嘩し始めた。
「あの、だから二人とも――っ!?」
「何や、また仲間割れかいな。まあ、何にせよチャンスや」
 大柄な鬼の指示で、物の怪達が一斉に跳びかかって来た。
「あっ!? あんたがふざけた事ばっか言うからいっぱい来ちゃったじゃない」
「オレのせいかよ」
 四方八方から跳びかかってくる物の怪達は数もあって最早肉の壁と言っていい。
 押し潰されると、そう思われた時、突然何かが物の怪で出来た壁を切り裂き、バラバラにしていく。それは飛ぶ斬撃であった。大気を切り裂く衝撃波が刀の切れ味をそのままに、何枚もの刃となって司狼達を襲おうとしていた鬼達を斬っていく。
「この技はッ!?」
 皆が斬撃の発生場所に振り向くと、そこには葛葉刀子が太刀を片手に立っていた。
「綾瀬さんから電話があった時は、正直まさかとは思いましたけど……最悪な状況のようですね。まさか総本山が襲撃を受けてたなんて」
「つか、遅ぇ。厚化粧で時間掛かったか?」
「………………遊佐君、門限がとうに過ぎている事とか今の発言など色々言いたいことがあります。この件が片づいたら覚悟して下さい」
「オレ達が残ってたから異常事態に気づけたんだし、今回ぐらい見逃したっていいだろ」
「それとこれとは話が別です」
「そんな融通利かない性格だから男に逃げられるんだよ」
「…………」
「刀子先生、敵はあっちです! あっち!」
「刹那とか言ったっけ? お前苦労人だな」
「誰のせいですかぁッ!」
 愉快そうに言い放った司狼に若干ながら涙目になって刹那が突っ込みを入れる。
 その時、真上から烏族の者達が急降下してきた。
「隙あり!」
 と、刃を逆手に持って司狼達に突き刺そうとする。だが、突然銃声が轟いて烏族が撃ち落とされた。
「誰だ!?」
 着弾点から即座に発射された方角を見る鬼達。
 そこには狙撃銃を構えた背の高い褐色の少女と、その後ろに空想上の怪物と思われていた鬼達の姿を見て興奮気味の小柄な少女がいた。
「こんな事態になっているとは、早まったか……」
「龍宮、どうしてここに!? それに、古まで……」
 狙撃銃を持つ長身の少女、真名は驚く刹那に対して困ったように苦笑してみせた。 
「意外と意地の悪かった先輩に唆されてね。古は無理矢理ついてきたんだ。反対したんだが……」
「舐めて貰っちゃ困るアル。足手まといになんかならないアルよ!」
 小柄な少女、古が自分で言うとおり、後ろから襲いかかってきた鬼を掌打で吹っ飛ばした。その体躯に似合わないパワーは鬼にも引けを取らない。
「言ったとおり助っ人が来たな」
「何であんたが偉そうに言ってんのよ」
「偉いからな」
「………………」
 司狼の主張に、さすがに明日菜は何も言えなくなった。
「こっちも頭数揃ったし、行くか。おい、後輩」
「え、あっ、私の事ですか?」
 刹那を呼びつけながら、司狼は手に持つ鎖を明日菜の胴に巻き付けた。
「へ?」



 ~川瀬から離れた森林~

「何をするつもり? 嫌な予感するわね」
 一方、狙撃手である鈴は数百メートル離れた地点でスコープ越しに司狼達の様子を眺めていた。鈴は呟いた後、照準を司狼に向けた。
 彼らが鬼と戦っている間、鈴は一発も弾を撃っていない。それは決してサボっていたわけでは無く、狙い撃とうとする度に、射線軸上に障害物が現れるからだ。
 遊佐司狼、彼はただ鎖を縦横無尽に振り回しているかのようでいて、その実明日菜達を狙撃から守っていた。どうやら最初に鎖を撃った時におおまかな場所を把握されていたようだ。
 あのようなタイプは単純に強い者より厄介だ。多少無茶でも、連射し障害物をどかして撃とうと、鈴が引き金を引き絞る。
 だが、突然彼女は重い狙撃銃を手から離して前方に飛び込むようにして転がる。直後、先程まで鈴がいた場所に巨大な十字の手裏剣が突き刺さった。
 急斜面へ飛び込んだ鈴は前転して起き上がり、地面に手を付いて斜面を滑り落ちながら懐から拳銃を取り出す。そして手裏剣が突き刺さった場所を見上げる。
「完全な不意打ちだったはずでござったのだが……」
 手裏剣の向こう側から糸目の女が斜面を下っていく鈴向かって駆けていた。
 女は手に持っていた細い糸を引っ張ると、繋がれていた巨大な手裏剣が彼女の手元に戻る。手裏剣を右手に持つと、今度は懐から左手でクナイを取り出す。
「時代錯誤な」
 鈴が銃口を女に向ける。
 クナイと銃弾が互いに連射された。



 川瀬

 森の中から銃撃音と木が倒れる音が聞こえて来る中、司狼はバイクに跨りエンジンを噴かしていた。
 来る途中まで乗ってきた盗んだ中古車では無く、単眼のヘッドライトから眩しい程の光が爛々と輝く新車同然の大型バイクだ。
 どこからそんな物を取り出したのか。答えは彼のアーティファクトにあった。銃さえも明確にイメージして創り出せるのなら、バイクも当然創れるというものだ。
「遊佐君、どこに行くつもりですか!?」
 鬼達の相手をしていた刀子が叫ぶ。
「効率良く分担して行こうぜ。生徒を守るのも教師の勤めだろ。つーわけで、ここは任せた。しっかり掴まってろよ後輩」
「は、はい」
 司狼の後ろには刹那が座っている。そしてその後ろ、バイクと胴を鎖によって繋がれた明日菜が、ローラーボートのような車輪付きの板の上に立っていた。
「って、ちょっと待ちなさいよ! 何で私だけこんな扱い!?」
「ジンクスがあんだよ。三ケツは――」
「それは前に聞いたわ! 四ケツしてた人間のジンクスじゃないわよ、それ!」
「いちいち煩い奴だな。だいたいお前乗せるとアーティファクトの調子が微妙に悪いんだよ。恨むなら妙な体質に生まれた自分を恨め」
「好きでこんな体質してるんじゃないわよ!」
 と、明日菜が叫んだ時、森の中から鈴が跳びだしてきた。その軌跡を辿るようにして森から放たれたクナイが地面に突き刺さる。
 鈴と司狼の目が合う。
「…………」
 鈴は銃倉を入れ替え、銃口を司狼に向けた。
「させぬでござるよ!」
 森の中から糸目の少女、楓が木々を飛び越えて現れ、空から巨大な手裏剣を眼下の鈴向けて投げる。
 鈴は体を僅かに横でズラす事で手裏剣を紙一重で避け、真横に突き刺さった手裏剣を気にする事なく発砲する。
 司狼に向かって弾丸が直進する。しかし、刀子が割り込んで鉛弾を斬り落とした。
「仕方ありません。貴方の言うとおりここは何とかしますから、先に行って下さい」
「じゃ、そういう事で」
 司狼がハンドルを強く握りしめる。車輪下の岩が砕け、マフラーから火が噴く。
「逃がすかッ!」
 鬼達が進行を阻止する為に立ちはだかる。
「これ以上先は――って?」
 司狼が走りながら前輪を持ち上げていた。
「ブッ潰れろォ!」
 前輪で鬼を押し潰し、バイクは連続した爆発のような音を轟かせて何事も無く急加速で走り出した。
 進行上の草花や石を潰しながら、舗装されてもいない道とは言えない道を司狼のバイクは豪快に走っていく。
 アーティファクトによって創造されたバイクは当然普通のバイクでは無い。魔力という燃料によってエンジンは爆発的なエネルギーで動き、前後の車輪を含めボディは鋼鉄製。既存のバイクでは決して有り得ない重量と耐久力、加速力を持ったゲテモノマシンだ。
「貴方はどうせ殺しても死なないでしょうから、後輩の刹那さん達をその身に代えても守るんですよーっ!」
「ヒデェ担任教師だな、オイ!」
 後ろから聞こえる刀子の声に軽口を叩き、障害物を踏み潰しながら司狼達が去っていく。その後ろを一部の物の怪達が刀子達を避けて追いかける。
 それらを見送り、鈴は小さく溜息を吐いた。
「思うようにいかないもんだ」
 呟き、後ろを振り返る。
「お久しぶりですね、鈴さん」
 二丁のデザートイーグルを持った真名が立っていた。
「直接会うのは五年ぶりってところ? よくもまあ、そんなアホみたいに背伸びて。昔はこんな小さかったのに」
 そう言って鈴は自分の腰のあたりで手を地面から平行に振る。
「甥の戒と同じくらいじゃない?」
「三センチ差です」
「三センチ高いの?」
「私が、低いんです!」
「それでも引くわよ、その身長。オトコ、出来ないんじゃない?」
「大きなお世話です」
「世話ついでにそこ通してくれない?」
「無理です。一応、依頼を受けたので」
「あ、そう……」
 土を踏む音が聞こえ、首だけを動かして見ると、刀子が鋭い視線を向けていた。あの時の借りを返すと、そう言わんばかりだ。
 更には森の中からは楓が現れ、真名の隣に立つ。
「……楓、気をつけろ。あの人は鬼達よりもよっぽど鬼だぞ」
「本物の鬼がいる状況で凄い言いぐさでござるな。でも、確かにその通りかも知れぬでござる」
 そう言って、頬から流れる血を親指で拭う。最初にクナイを投げた際に負ったもの。鈴はクナイを銃で撃ち落とす防御と楓への攻撃を行っていたのだ。
「本格的に面倒くさくなってきたねえ」
 鈴が両手にそれぞれ銃とナイフを持つ。そして突然森の中向けて発砲する。
「っ!?」
 その意図の分からない行動に驚いたのは楓だった。鈴が撃った弾丸は森の中、不意打ちをしようと跳び出した楓の分身三体に当たっていた。
 撃ち抜かれた分身達は露となって消える。
「四つ子かと思ったら分身の類か。手裏剣といい、忍者かあんたは」
 言って、鈴が真名と楓めがけて走り出す。
「これは、本当に難敵でござるな」
 真名、楓も武器を構えて鈴を迎え打つ。
 百鬼夜行の残党と鈴、そして真名、楓、古、刀子の戦いが始まった。



 ~森林~

「いやあああぁぁっ、痛っ、いたたたたっ!」
 森の中では明日菜の悲鳴が木霊していた。
「あの、遊佐先輩がジンクスを大切にしているのは分かりましたがさすがに……なんなら私が代わっても」
 ジョットスキーのように、バイクと鎖に繋がれた明日菜は一枚の板を足場に森の中を引きずられている。不安定な足場は明日菜を上下に激しく揺さぶり、バイクに粉砕されて粉々になった小枝や砂が後ろにいる彼女に当たる。
 それは虐め、というか拷問の類に近い。
「ああ? いいんだよアレで。でないと使い難いだろ」
「使い難い? っ!? 追っ手が!」
 刹那が問い返した時、左右と後ろに烏と狐の物の怪達が接近していた。
 障害物が多く舗装もされていない森の中、機動力においては彼らの方が上であった。
 左右の烏頭達から抜き身の短刀が投げられる。
「シッ――」
 司狼の後ろに乗った刹那がシートの上に立ち、太刀でそれらを払い落とす。だが、後ろから迫っていた狐の面を被った者達が木の枝へと跳躍し、枝を踏み場にバイクの真上にまで跳んだ。彼女達の手の平が輝いている。
「しまった! 気弾を使える者もいたか!」
 狐族達から一斉に気弾が放たれる。
「遊佐先輩! 回避を!」
「断る」
「はい! …………ええっ!?」
 刹那の驚きを余所に、司狼が片手で鎖を操る。鎖の輪が擦れる金属音を鳴らしながら激しく動く。
「そうか、鎖で――」
「きゃああああぁぁっ!?」
 ついでに明日菜の悲鳴も聞こえた。
「へ?」
 鎖の先端、いつの間にかバイクに繋がれていた筈の明日菜がいた。
「あ、明日菜さん!?」
「神楽坂明日菜シールド!」
 必殺技を叫ぶようにして司狼が楽しそうに言う。
 迫り来ていた気弾が明日菜に触れた瞬間に消えてしまう。
「神楽坂明日菜アターーック!」
 今度は鎖を伸ばし、明日菜を周囲に敵に向けて振り回す。
「いやああぁっ、もう、さっき何なのよ! こんのぉっ!」
 生まれ持った戦闘センスか、それとも八つ当たりなのか、明日菜は振り回されながらアーティファクトの――理不尽さの怒りでハリセンから変化した――大剣で烏頭や狐面を斬り倒した。
 追っ手である敵の姿な無くなったところで、ようやく明日菜は地上に降ろされた。それでも結局はバイクに引っ張られる状態に戻っただけで、明日菜の苦労は終わらない。
「あんたさっきから人を物みたいに鎖でブンブン振り回して、あんた私に恨みでもあるのかァ!?」
 何気に叩き斬った烏頭から短刀を奪っていた明日菜がそれを司狼めがけて投げる。
「わっ!?」
 だが、バイク上でありながら司狼は刹那の真横ギリギリを避けて飛んだ短刀を見もしないで避けてみせる。
「何か答えたらどうなのよ!」
「お前パンツ穿いてないのな」
「っ!? いやああああぁぁっ!!」
 明日菜は近衛家でのフェイト襲撃で着ていた服が石化し粉々に砕けていた。浚われた木乃香を追うために代わりの服に急いで着替えたが、慌て過ぎて下着を忘れていた。
「最近の中学生は倒錯してんな」
「違うわよバカッ! 見るな変態!」
「好きで見たんじゃねえし」
「あ、明日菜さん、あまりその剣を振り回しては鎖に!」
「うわっ、危なっ! もう少しで切れちゃうところだった! ていうかいつの間に剣に!?」
「今更……」
 明日菜に苦行を与える原因となってる鎖は、高速で走っているバイクから投げ出されないようにする為の命綱でもあった。
「あれ? つまりこれってバイクが動き続ける限り私はいつまでもこの状況!? バイク止めなさいよ!」
「だが断る」
「ふざけんなァ!」
「だから明日菜さん、剣を振りましては」
「わきゃーーーっ! ちょっと切れた。バターみたいに切れた! 支えが不安定に!」
「何やってんだか。ん? ……あー、そういえば、まだ面倒なのがいたな」
「どうしましたか、遊佐先輩……っ! あれは月詠!」
 深い森林の中、場違いな白いゴスロリ衣装を着た少女が立っていた。その手には月光に反射して妖しげに輝く二振りの刃を持ち、頬を赤く染めている。
「昼の続きです、先輩。にとーれんげきざんてつせーん」
 月詠が間延びした声を出しながら二本の刀を振り回す。すると螺旋状の気が月詠から司狼達に向かって放たれた。
 木々どころが地面さえも抉ってくる攻撃に一番早く反応したのはバイクに引きずられている明日菜でも不安定なバイクの上に立つ刹那でも無く、一番前にいた司狼だった。
「避けろ!」
「何を――」
「きゃああっ!」
 彼は火の属性を込めた銃弾を連射、右腕で鎖を操って明日菜と刹那を突き飛ばした。
 明日菜は木々の天辺へと放り込まれ、刹那は地面に転がって着地した。
 顔を上げて見れば、月詠の攻撃がバイクを直撃し、鋼鉄の馬を粉々にしていた。
「遊佐先輩!」
 赤コートの姿を探すと、切り倒されていない木に寄りかかっている姿を見つける。どうやら直前で避けたようだが、彼の右の太股が切られて血を流している。更には額の皮膚の一部が中から破裂したように裂けた。
「あのサイズだと反動も大きいな……よそ見すんなッ! 後輩!」
 司狼の声に、自分に急接近する影に気づく。
 とっさに野太刀で影から振り下ろされる二本の刃を防いだ。
「くっ、月詠、貴様ッ!」
「うふふふ。さあ、死合いましょか、先輩」
 何かに酔うような月詠の後ろで、湖の方角から光の柱が昇るのが見えた。



 ~湖手前の森~

 光の柱が上った頃、一人先行していたネギは足止めを喰らっていた。
「そこをどいてください!」
「断る! ここを通りたかったらオレを倒すんやな!」
 狗族の血を引く少年、犬上小太郎がネギに立ちはだかっていた。素肌に着込んだ黒い学ランの下は傷を癒す為に治療用の符を仕込んだ包帯を巻いている。一昔か二昔前の不良のようなファッションだった。
「負けるんが怖いんか?」
 仕事上、そして個人的な楽しみもあって小太郎はネギの言葉を聞かず、通そうとしない。逆に挑発する始末だ。
 同い年の少年からの言葉に、ムキになるネギ。アドバイザーでありストッパー代わりになっていたオコジョ妖精のカモがいない事で、彼を止める者がいない。
 ネギが杖を握りしめ、強い視線を小太郎に送る。
 それを戦への了承と受け取った小太郎は不敵に笑い、前のめりの体勢になって拳を握る。
「行くでぇ!」
 小太郎が土を蹴り、拳を構えてネギへと突進する。ネギも魔法の詠唱を開始する。
 だが、突然の乱入が二人の動きを止めた。
 両者の間を遮るように火柱が森から走り、炎の壁となった。
「誰や!?」
 小太郎が怒鳴り、火の発生元に振り返る。
「櫻井さん!」
 森の方に、赤々と燃える剣を持った螢がいた。その後ろには香純とエリーもいる。
「まだこんな所にいたのね。てっきり、もう湖に着いてるんだと思ってた」
「蓮達いないね。先に行ったのかな?」
「う~ん、どうだろ? これで私達より遅かったらうちの男連中は何してんだろって話になるね」
「どうしてここに……って、皆さん!?」
 高等部の三人の更に後ろから、近衛の家にいたはずの3ーAの四人が続いて現れる。
「あーっ、ネギ先生!」
 ハルナがネギに向かって手を振る。着ている浴衣の裾など所々土で汚れているが、本人は気にする様子も無くテンションが高い。
「ど、どうして皆が?」
「まあ、細かい話は抜きにして、急いだ方がいいんじゃない?」
 エリーが答えながら白い物体をネギに向かって投げた。
「兄貴ーっ」
「カモくん!?」
 飛んできたカモをネギが受け止めた。
「無事だったんだね」
「おうよ。助っ人も連れてきたぜ」
「いつの間にか助っ人扱い……まあ、別にいいけど。ネギ先生、ここは私が相手しますから、先に行って下さい」
 森から出て来た螢がネギ達に向かって歩きながら言った。
「そこの姉ちゃん、邪魔すんなや。今から決闘すんねん」
「決闘? ……はぁ、これだから男の子っていうのは」
 螢が溜息をつき、ネギを見やる。
「そんな事よりも近衛さんの方が大事でしょう。男としても、教師としてもそれが正しいはずよ」
「そ、それは……」
「おっと、ここから先はオレが通さん! それに、いきなり来て何やねん。男同士の喧嘩に口出しすんなや!」
「………………」
 螢が無言で小太郎を見下ろした。
「……ネギ先生。この子供の相手は私がするから、貴方はとっとと行きなさい。というか、いい加減にしないと燃やすわよ」
 ネギの目の前に、螢が持つ剣の切っ先が突きつけられた。古代の銅剣のような形をしたその剣からは変わらず炎が、むしろ螢の心中を表すかのように激しく燃えている。
 剣先から火の粉が飛び散って、ネギの前髪がほんの少し焦げた。
「あ、兄貴、ここは螢の姐さんの言うとおりだ。早く助けにいかねえと陰陽師の姉ちゃんが復活の儀式終えちまうぞ!」
「う、うん。判った」
「逃がすか!」
 杖に跨ったネギを撃ち落す為、小太郎が影から狗神を呼び出す。
 だが、その直後に炎の波が小太郎を襲い、狗神を影ごと消し去る。
「くっ、しまった!」
 後ろに跳んで小太郎本人は炎を避けるが、その間にネギは杖に乗って空へ飛んでいた。最早間に合わない。
「貴方の相手は私よ」
 自ら作った炎の壁を悠々と乗り越え、螢が小太郎の前に立つ。
「女に手ェ出す趣味はないんやけど……」
「そう。それは好都合ね」
「――へ?」
「私、機嫌が悪いの。正直子供相手にやつ当たりなんて自分でも大人気無いと思うけど、ほら、貴方って司狼と戦って無事なわけでしょ? なら、大丈夫よね」
「いやいや、意味が判らん! てか、無事じゃねえし!」
「何? 散々強気に言っておいて、女に負けるのが怖いの?」
「なんやと!?」
「いいからかかって来なさい。フェミニスト気取りなんて、どこかの女顔みたいな上に中途半端よ、貴方。それに、子供がそんな事言ってもカッコつけてるようにしか見えない。自分がどれだけカッコ悪いのか教えてあげるわ」
「へっ! そんだけ言うならオレの力見せたるわ!」



 森・湖と川瀬の中間

 狗神使いと炎使いが闘いを始めたその頃、踏み潰されて道となった森の中で剣撃、銃撃が鳴り続けていた。
「こんのおぉーーっ!」
 明日菜の大剣が大きく横に払われる。
「そんな攻撃当たりませんよ~」
 素人にしては速さもあり、勢いもある攻撃。しかし、そんなものに当たってくれる月詠ではなかった。
 虚しくも空振り剣は上へ軽々と跳躍した月詠の下を通過し、代わりに木々を切り倒す。
「隙だらけですな~」
 振り被った直後の隙を狙い、月詠は上から明日菜を襲う。その直前に銃声が轟く。
 宙に跳んでいた月詠の横に跳ねて地面に無傷で着地する。続く銃声から放たれる弾丸も左右に動いて回避していく。
「跳ねまわりやがって、サーカスの方がよっぽど似合うんじゃねえの」
 司狼が月詠に向かって撃ち続ける。一つ一つがただの銃弾ではなく、それぞれに魔力を込められている。中には属性を付与させた物もある。
 しかし、月詠はその属性さえも見極めているのか、通常の魔弾を刀で弾いても火や雷の属性には手を出さずに避けている。
「はぁっ!」
 刹那が月詠に、明日菜とは対照的に速く鋭い太刀筋で斬りかかる。だがそれも小太刀によって受け流される。
「うふふ、次はこっちから行きますえ~」
 月詠が刹那に対し反撃を開始する。
「くっ……」
 二刀流による激しい攻撃に刹那は受けに回る。野太刀はリーチがあってもその長さ故に小回りが利かない。刹那は段々と月詠の動きについていけなくなる。
「とりゃ~」
 暢気な声と裏腹に、二本の刀を鋭く横向きに振る。
「ぐぁっ!」
 防御は間に合ったが、月詠の動きについてこれなかった為に踏ん張りが利かずに吹き飛ばされてしまう。
 地面に転がる刹那に月詠が跳び掛る。それを撃墜するかのように銃弾が来るが、刹那を巻き込まないよう撃たれた通常の魔弾は小太刀で簡単に弾かれる。
「王手ですな~。おっと、先輩がどうなってもいいんですか~?」
 銃口を向ける司狼に警告し、太刀を刹那の喉元に突きつける。
「…………」
「おや? てっきり見捨てるかと思ってました。あんさん、そういう計算が出来、実行に移せるタイプやと思うとったんですけど~」
「…………」
 銃口を向けたまま動かない司狼。明日菜も同様に刃を突きつけられた刹那がいるせいで動く事ができない。
「う……月詠、貴様……」
「先輩の相手はもう少し待っとっていて下さい」
 そう言って刃を更に突きつける。先端が僅かに刹那の首の皮膚を突き破って小さな血の玉が傷口から出る。
「刹那さん!」
「くっ……」
「ふふっ、ええどすなぁ、その怒りに満ちた眼。ゾクゾクしますわ」
「なんだお前、やっぱそっちの気があるのかよ?」
 刹那の殺意に似た怒気を受け止めていながら興奮したように頬を赤らめる月詠を見て、司狼は呆れたように言った。銃を下ろさないまでも、懐から煙草を取り出して指先から出した火の粉で火を付ける始末だ。
「そう言うあんさんこそ、意外と女の子に優しい方ですか? 逆に男には冷たいタイプとか」
「へえ、どうしてそう思うんだ?」
「だって、一緒にいた可愛い顔したお兄さん見捨てて、先輩達を助けたやないですか」
「ああ、あれね。確かに野郎なんざ助けるより女助けた方が気分いいわな。だけど、後輩の面倒見るのは先輩の役目っつーか? ぶっちゃけ年中独身教師がおっかないだけなんだけどな。それに、あいつなら何とかすんだろ」
「へえ、男の友情ってやつですかいな?」
「ちげえよ。そんな暑苦しいの御免被る。いいか? オレがあいつ置いていったんじゃねえ。あいつが勝手にダラダラ止まってるだけだ」
「……何やの、それ?」
 司狼の意味不明な答えに月詠は首を傾げた。
「あいつ、オレがまず先に行ってやらねえと自分からロクに動きゃしねえ。まったく、自称日和主義のダチ持つと苦労多いわ」
 司狼はワザとらしく煙草の煙と一緒に溜息を吐いてみせる。
「それにほら、オレってこう見えても面倒見いいから」
「はぁ……そうどすか~。でも、あのお兄さんこのままだと烏族の人らに殺されてしまいますな~」
 その言葉に、明日菜と刹那が驚く。しかし、一番近しいであろう司狼の顔は笑っていた。
「……何がおかしいん?」
 さすがの月詠も彼の態度に不審を抱く。
「お前ら、蓮の事嘗めすぎだ。言ったろ? オレが先で、後からあいつがようやく重い腰上げんだよ」
「……つまり、じきにここに来ると?」
「何時来るかなんて知らねえよ。ただ、確実に来んだろ。なぜなら、オレ主人公だから」
「はぁ?」
 今度こそ月詠は、こいつ何を言ってるんだろうという顔をした。明日菜も同様で、刹那も刃を首に突きつけられているにも関わらず唖然とする。
「もう一回言ってやろうか? オレ、主役。お前ら脇役。主役であるオレが来るっつってんだから、主人公様際立たせる為に脇役が頑張るのは当然じゃん」
「……世の中、広いんやねえ。こんな人がおるなんて知らんかったわ~」
「お前、馬鹿にしてんだろ」
「ある意味、尊敬するわ~。でも……その脇役さんも、脇役を演じられる器か疑問ですな~」
「ああ?」
「脇役にもならない死に役だったら……あんさんどうします?」
 両頬を釣り上げ、笑う。
 狂気に満ちた笑みに対し、司狼も馬鹿にしたように笑った。
「ハッ、有り得ねえな。オレが来るって言ったんだ。なら、蓮は来るに決まってる」
 断言したその時、風が拭いた。



 森・入り口付近

 湖の方角から夜空へと昇る光の柱。その光景を遠くから烏族の者達が暗い森の中で見上げていた。
「儀式が始まったか。もうすぐスクナが復活する。貴様の努力も無駄に終わったな……」
 烏族の一人が片手を上に上げ、一人の青年を持ち上げていた。
 首を掴まれ、宙吊りにされているのは藤井蓮だ。体中に傷を負い、手足が力無く垂れ下がっている。
「もう返事する気力さえ残っていないか。乱入者と言うから期待したんだがな。しぶといだけか」
 そう烏族は落胆したかのように言った。
「おい、向こうの方に敵の増援が来たようだ。それに、戦場がいくつかバラケている」
 木の頂上で周囲の様子を観察していた烏族の一人が仲間に今の戦況を伝える。
「バラケた? 逃がしたのか?」
「そのようだ。年寄り連中が足止めをくっている。それに、ここからではよく見えないが、小娘が七人、湖の方へ向かっている。進行方向には西洋魔術師と混ざりもののガキが、狐族の連中が迎撃に出た金髪も召喚者の護衛と戦っているな」
「チッ、そっちの方がまだ楽しめたか。狐の女共に譲るんじゃ無かったな…………ん?」
 その時、蓮の首を掴んでいた手に何かが振れた。木の上の仲間を見上げていた烏族が振り返ると、力無く垂れ下がっていた蓮の右腕が手首を掴んでいた。
 その力はとても弱々しく、虫が止まった程度の感触しか無かった。
「オイ、そいつ片づけてとっとと行くぞ」
「……ああ」
 仲間に返事をし、刀を蓮の首筋に当てがった。
 直後、肉を絶つ音が仲間達の耳に届く。
「年寄り連中も甘いな。あれ、遊んでやがる」
 木に登っていた者が飛び降りた。
「生きて捕らえるつもりなのだろう。大戦以降、年寄り共は府抜けている」
「まったくだ。殺せと命令がない限り、不殺生を貫こうとするなど……」
 人よりも長寿な物の怪の烏族、その中でもまだ人間の成人程度の年月しか生きていない彼らは、長い時を生きた者達に不満を持っていた。
 一方は命令が無い限りは無闇に殺しはせず、一方は逆に敵ならば女子供だろうと殺してしまえ、と。
 だが、後者は若いが故にまだ知らなかった。殺意を向けるのは、何しも自分達だけでは無いと言う事を。
「おい、何をしている。行くぞ」
 話していた烏族の若者が、止めを刺してもいつまで経っても戻ってこない仲間に振り返る。
 そこにあったのは、首から上が無い仲間の姿だった。
「なにッ!?」
 後ろへ倒れながら露となって消えていく烏族の向こうに黒髪の青年、蓮がいた。
「まさか、貴様が?」
 彼は満身創痍だった筈であり、例え油断していたとしても人を越える身体能力を持つ烏族を倒すなど信じられない事だ。ましてや、首を刎ねるなど武器を持っていない者が出来る筈が無い。
「どうやって――」
 言葉が続くよりも、視界に入った物の驚きが先に出た。
 蓮の右腕、鋼鉄のように頑丈な黒い腕から刃が生えていた。それも分厚く、長大で、三日月のような曲線を描く黒い刃は禍々しい。
「き、貴様ーーっ!」
 烏族が一斉に武器を構え、襲いかかってくる。
 対して、蓮はその場から動かない。だが、口を開き、言葉を紡ぐ。
「日は古より変わらず星と競い
 Die Sonne toent nach alter Weise In Brudersphaeren Wettegesang.

 定められた道を雷鳴の如く疾走する
 Und ihre vorgeschriebne Reise Vollendet sie mit Donnergang.

 そして速く 何より速く
 Und schnell und begreiflich schnell

 永劫の円環を駆け抜けよう
 In ewig schnellm Sphaerenlauf.

 光となって破壊しろ
 Da flammt ein blitzendes Verheeren

 その一撃で燃やしつくせ
 Dem Pfade vor des Donnerschlags

 そは誰も知らず  届かぬ  至高の創造
 Da keiner dich ergruenden mag, Und alle deinen hohen Werke

 我が渇望こそが原初の荘厳
 Sind herrlich wie am ersten Tag.

 美麗刹那・序曲
 Eine Faust ouverture 」
 それは魔法を行使する呪文のようでいて、呪文ではない。彼の祈りの言葉。何の効力もない言葉だが、当人の精神を引き上げる神聖な言霊であった。
 直後、烏族は蓮の姿を見失った。同時に、首を刎ねるような音が二つ、三つと続く。
 慌てて振り返れば、仲間の首が三つ宙に飛んでいた。
「なっ!?」
 霞となって消える三つの胴と頭。それを完全に認識するよりも速く、今度は右側から斬首の音が聞こえた。
 再び振り向くと、やはりそこには首の無い仲間がいた。
「――ヒッ」
 次は左から、今度は前から、肉と骨を絶つ音と共に首が飛び、次々と烏族が消えていく。
「うおおおぉぉっ!」
 烏族の一人が暗闇に向かって切りかかる。しかしそれは空を切るのみで、逆に首を刎ね飛ばされる。
 残った者達が必死に蓮の姿を追うが、彼らの眼を持ってしても捉えられるのは影のみ。その実体をつかむ事は出来ず消えていく。
 そして、とうとう一人だけになってしまった。
 背に、凍えるような冷たい気配を感じた。
「あ、あ……うわああぁぁっ!」
 最後の一人は叫びながら背を見せて地面を蹴った。彼の体は軽々と宙を跳び、木の枝に着地する。すかさず枝を蹴り、木の幹や枝を跳び移りながら必死に他の仲間がいる川瀬の方角向けて走る。
 僅かに首を動かして後ろを振り向くと、影としか言いようの無いものが自分を追って地面を走っている。だが、舗装されていない起伏のある地面と木や背の高い草が邪魔となって思うように烏族を追えないようで、蛇行という非効率な動きをしている。
 冷静になって考えてみれば、あの異常な速さは彼の持つアーティファクトが原因だろう。おぞましい刃からは連想しにくいが、あの速さからしておそらくは身体能力強化系の加速に特化したもの。今まで使用しなかったのはまだ使い方を知らなかったから。
 だとすれば、まだ相手はアーティファクトの能力を使いこなせてはいない。何より、あれほどまで急激な変化に五感と体が追いつけないのは当然。枝から枝へと三次元的な機動を高速で行える烏族が逃げに徹せれば、追いつける筈がないのだ。
「ヘ、ヘヘッ……」
 そう理解した烏族は若干引き攣った笑みを浮かべた。
 そして、口の端を釣り上げたまま、彼の表情が凍る。
 蓮が、地面を離れて烏族同様に幹や枝を蹴って空中を移動している。その速さは逃げる烏族の若者の比では無い。しかも――
「な、なんだと!?」
 烏族が木を蹴った際に舞落ちる木の葉、それを足場にして蓮が真っ直ぐに烏族向かって跳んでいた。
 葉っぱなど踏んで、人が、生き物が跳べるなどありえない。
 しかし、それは目の前に現実として起こっており、相手はもう手の届く距離にまで近づいている。右腕から生える長大な刃を振り上げた体勢で、だ。
「うわああああーーっ!?」
 満月の下、烏の頭が首を離れて高く飛んだ。



 ~川瀬~

 人と鬼の乱闘は激烈を極めていた。
 刀子達の参戦によって鬼の数は減っている。だが、それは弱い者が淘汰されただけであり、召喚された鬼の中でも猛者である者達は未だに生き残って刀子達と激しい攻防を繰り広げている。
 特に、白と朱の服を来た女が周りを圧倒していた。
「はッ!」
 四人に分身した楓が四方から拳を突き出す。十字の端から中央へと高速に繰り出される突きは避けれるものでは無い。
 巫女服を着た女は迫る攻撃に対して、当たる寸前に体を回転させる。
 バンッ、という皮膚を叩く音が一つ。いや、正確に言えば四つであり、それがほぼ一つに重なったのだ。
 十字を描いていた四人の楓は機動をずらされ、拳は女に当たらず空ぶってしまう。
 交差した瞬間、女が手に持つ銃が本物の楓に向けられた。
「くっ」
 クナイで銃弾を弾きながら、楓は後ろへ跳び退く。
「どうして本物だと判ったでござるか?」
「長く傭兵やってると、生きてる奴、そうじゃない奴の区別ぐらいつくのよ」
 銃を連射しながら女が楓に近づいていく。
「何という御仁でござるか」
 本体を助ける為に楓の分身が攻撃を仕掛けた。
 女は銃を撃つのを止めて分身達を迎え撃つ。それぞれの三方向からの攻撃をいなし、右手の拳銃で、左手のナイフで分身達をあっと言う間に倒す。
 分身達の背後から古が現れ、地面を揺るがす程踏みつけながら拳を放つが、それよりも速く女が小柄な古の懐の入り、肘鉄を胸に当て、続く回し蹴りが古の腹に命中する。
 蹴られた古を手足の長い細身の鬼が待ちかまえる。しかし、鬼は真名の射撃によって倒れた。
「た、助かったアル。マナ」
「余所見をするな。来るぞ」
 今度は巨体な鬼が棍棒を振り回して二人を襲う。
 楓は他の鬼との戦いに移り、刀子が女――櫻井鈴との戦いに移った。
 戦いを繰り広げる四人の戦闘能力は凄まじく、特に刀子は魔と戦う為の剣術を会得しており、真名は仕事として魔払いの仕事をいくつもこなして来た。鬼の相手など容易い。
 ならば、そんな人外を相手にしてきた二人を相手に未だ無傷の櫻井鈴という女は一体何者なのか。魔法使いでも無く、楓のように気が扱えなければ、古のように目覚めかけてもいない。
 ナイフとハンドガン、ただそれだけの装備で、鬼達に混じって四人の強者を相手している。
「くっ、化け物ですか、貴女は……」
 岩も切る斬岩剣を受け流された刀子が思わず愚痴る。
「ぴょんぴょん飛び跳ねるあんたらには言われたくないね」
 苦々しい表情を浮かべる刀子とは対照的に、鈴はまだ余力がありそうだった。
 しかし、そんな余裕そうな彼女の表情に変化が起きる。
「ん…………?」
 長い間、傭兵として戦い抜いてきた彼女の勘が危険を告げる。
「やばっ――」
 ほぼ本能的に体を捻り、まるで地面に倒れ込むような体勢になりながらナイフを盾のようにして構える。
 直後、一陣の風が川瀬の戦場に吹いた。
「――は?」
 風に撫でられた鬼達の首が跳んだ。風の通過点にいただけで、今まで生き残っていた鬼の一部が呆気なく、抵抗どころか何が起きたのか気づく事もなく現実世界から消える。
「ぐぅっ!」
 鈴の傍で火花が散ってナイフが根本から斬られて宙を舞う。地面に転がり、起き上がった鈴は左肩を押さえた。白い生地服から赤い血が滲んでいる。
「今のは……」
 黒い風はあっと言う間に川瀬を横切り森の中へ、司狼が蹂躙し出来た道を駆け抜けていく。
 風の正体、それを視認出来た者は僅か。それでも細かい所まで視えたわけではない。
「まさか、藤井君?」
 教え子の姿を垣間見た刀子は風が過ぎ去った方向を見る。その先には旗印のように立つ光の柱があった。



 森・湖と川瀬の中間

「――っ!?」
 刹那に刀を突きつけていた月詠は首筋に異様な冷たさを感じた。刃のように鋭く細く、かと言って鉄塊のような重みがある。
 その悪寒の正体が殺気だと気づくよりも早く、月詠は本能的に二本の刀を自分の首の前に持ち上げた。
 防御の構えを取り終えるよりも速く、刀を持つ両腕に衝撃が走った。刃のような物が僅かに首筋に食い込む。
 反射的に逆方向へと衝撃を利用して後ろに大きく跳び逃げる。だが、重い一撃は予想以上の勢いがあり、月詠の小柄な体は木々の中へと放り込まれる。
「遅ぇぞ、蓮」
 月詠に銃口を向けていた司狼が銃を下ろし、軽い調子で月詠を吹っ飛ばした者に言った。
「うるせえ、真打ちは遅れて来るもんなんだよ」
 そこには、一人遅れていた筈の蓮が立っていた。怪我だらけではあったが、二本の足でしっかりと立っている。
「だいたい、お前何でこんなところでモタモタしてんだよ。もっと先に行ってるかと思ったぞ」
「担任に後輩の面倒頼まれたんだよ。ほら、オレって後輩想いの先輩だし?」
「どこがだーっ!」
 蓮が突っ込みを入れるよりも早く明日菜が司狼に向かって石を投げた。
「ほれ見ろ。仲良しこよしだ」
 石を避けて自信満々に言う。
「馬鹿だな、お前」
「ふ、藤井先輩?」
 下の方から名前を呼ばれ、蓮が見下ろすと、地面に刹那が尻餅をついていた。
 月詠がいた位置に蓮が入れ替わるように立っているので、蓮の右腕を覆う黒いアーティファクトから生える三日月型の長大な刃が刹那の目の前にあった。
 触れるほど近くではないが、間近にある黒い刃が何か不吉な物の予感がし、自然と冷や汗をかく。
「あ、悪い」
 刃が目の前からどかされた。
「大丈夫か?」
 アーティファクトの無い方、左手を差し伸ばされ、刹那はそれを掴んで立ち上がる。
「あ、ありがとうございます」
「うちの馬鹿が迷惑かけたな」
「い、いえ……」
「蓮、何だよその言い方は。オレ、バリバリの大活躍だったし。世のお姉様方のファン絶対増えたぞ」
「言ってろよ」
 軽口を叩き合う二人。その時、森の中から人の動く気配がした。
「――ッ! 月詠!」
 刹那がとっさに野太刀を構え直し、現れた月詠を睨みつける。今にも斬りかかりそうであったが、暗闇から現れた彼女を見て絶句する。
「ふ――うふふ」
 月詠は笑っていた。
「な、なんだ…………?」
 元々熱っぽい視線を向けながら笑って刹那と剣閃を交えた彼女だ。一般的な感覚とは大きくズレている事は百も承知。だが、それが判っていながら相手にするのを躊躇ってしまう。
「なんですのぉ? 今のはぁ……あんなん初めてですわぁ」
 熱い吐息を吐き、瞳は艶っぽく濡れている。そして小太刀を握る手は首元に伸びて傷口に指を這わせていた。
 皮膚が裂けた程度の傷。しかしそれでも肉の部分が見えている。そこに直接触れるなど、痛みと出血を増やすだけだ。
 首からの出血だからか夥しい血が流れて彼女の白いドレスを赤く染める。
 それに気を留める様子も無く、月詠は傷口を撫でる。
「ほんま、鋭い殺気でしたわぁ~。思わず斬られたかと錯覚してしまうほどやった。首を斬り飛ばされるって、ああいう感じなんかなぁ」
 恐怖か、それとも興奮故か。小刻みに震える身体を抱きしめて月詠は蓮に視線を送る。
「………………」
 熱い視線を受けた蓮は逆に眉を顰めた。
「お兄さんのお名前、もう一度伺ってもよろしいどすかぁ? 戦闘中、何度か耳にしましたけど、もう一度お願いします。ちなみに、私は月詠言いますぅ~」
 月詠の問いに蓮は答えない。
「はい、蓮タンご指名入りましたー」
 代わりにと言わんばかりに司狼が口を開いた。わざわざ手でメガホンを形作っている。
「おいコラテメェ」
「せっかくのご指名なんだし相手してやれよ。男冥利に尽きるだろ」
「尽きねえよ!」
「蓮タン言うんですかぁ~、萌えキャラっぽくて似合ってますなぁ」
「ああ゛?」
 本気でキレかかる蓮。
「怒った眼もいいですわぁ~。でも……殺す気になった時の眼も見てみたいわぁ」
「は?」
 うっとりとしたような月詠の言葉に、蓮達は一瞬唖然とする。普段ならすぐにからかったであろう司狼さえも訝しげに月詠を見る。
「さっきのは速すぎて顔見れへんかったんですが、そういう時のお兄さんはどんな顔しとるんですかぁ?」
 言って、もう一度傷口を撫でる。
「先輩に続いてこうも美味しそうな相手に出逢えるなんて、この仕事受けてほんま良かったわぁ」
 頭に着けていたカチューシャ、その飾りであったリボンを解き、首に巻き付けていく。
 一見、止血をする程度には理性を保っているように見えるが、その手は興奮に打ち震え、呼吸が熱病に魘されたかのように激しい。けれどもその眼は爛々と妖しく輝き狂喜に満ちている。
「つ、月詠……?」
「な、なに……あいつ?」
 ある意味病的な月詠の様子に、刹那と明日菜は嫌な汗を掻いて思わず一歩後ずさった。蓮や司狼もお互いの顔を見合わせて、呆れたような戸惑っているような顔をしている。
「まぁ、なんだ? あれだ。頑張れ」
「待て司狼。戦闘狂はお前の担当だろ」
「はァ? 何でだよ。ああいう重そうな女はお前の担当って前々世ぐらい前から決まってんだよ」
「それこそ何でだよ。そんなもん勝手に決めつけんな!」
 なんだかヤバゲな女子の押し付け合いを始める男子高校生二名。
「ち、ちょっとは緊張感持ちなさいよ!」
「んな事言われてもなあ。お前、あいつの相手したいか?」
「そ、それは……」
「出来るなら是非そうしてくれ。俺は嫌だぞ、あんなのと戦うのは」
 面倒くせえ、という態度が二人にありありと浮かんでいた。
「くっ、なんて駄目な先輩達なの」
 放っておけば憤死するのではないかと思うほど明日菜の血圧が上がる。
「どこが駄目なんだよ」
「そりゃあ決まって――」
 司狼の問いに明日菜が答えようとした瞬間、蓮と司狼が動いた。
 蓮は刹那の襟を掴んで後ろへと突き飛ばしながら、入れ替わるように右腕の刃を前へと掲げる。司狼は鎖を伸ばし、突き飛ばされた刹那を受け止めると自分の傍へと引き寄せた。
 直後、蓮の刃に衝撃が訪れた。
 止血を終えた月詠が二振りの刀を叩きつけていた。彼女と蓮との距離は一歩や二歩で埋まる程度では無かったのだが、彼女はほぼ一瞬で距離を縮めてきた。
「いつの間に!?」
 反応できなかった自分のふがいなさに刹那は自分自身に怒りを覚えた。
 蓮と司狼は馬鹿を言い合いながらも決して油断してはいなかったというのに。
「テメェ……」
 刀の持ち主を蓮が三つの刃越しから睨みつける。
「俺の事どうのこうの言っておきながら、いきなり別の奴に手ェ出すとか、節操の無い女だな」
「先輩も狙ってますからぁ」
 酔ったような舌足らずな声で返し、月詠は蓮向けて二刀流による連撃を与える。だが、蓮の姿は消えていた。
 無様に空振りする刀を即座に返し、右後方へと刀を翻す。鋼鉄の壁に激突したような音がしたかと思いきや、いつの間にか蓮が右腕の凶器を振り被った姿勢のままそこにいた。
「あ、ぁ――は、ははっ」
 月詠が笑い、蓮は不快そうに顔を歪めた。
 次の瞬間、斬る事に特化した三つの刃が火花を散らした。小さな火の粉がいくつも巻き起こり、花火のような彩りを残す。
「す、凄い……」
 蓮の援護をしようとした刹那が躊躇する。
 あまりにも速い蓮の動きに姿さえも容易に捉える事もできず、技でそれに対抗する月詠の技量は今の刹那では到底太刀打ちできない。
 今までの戦い、加減されていた事を知った刹那は歯咬みする。
「おい」
 後ろから声を掛けられ振り向くと、司狼がいつの間にか新しいバイクを形成して乗っていた。そして更に後ろには明日菜がまた鎖で縛られていた。
「蓮が相手してる内に行くぞ」
「し、しかし、藤井先輩一人では」
「ほっとけ。あいつ、女の丸め込むの得意だし。何とかするだろ。だいたい、足手まといじゃん?」
 後半の率直過ぎる言葉にさすがの刹那も少し頭に来る。
「そんないい加減な!」
「空気読めよ。あのラリってるゴスロリ女は今のところ蓮にゾッコンで、蓮は蓮で気に入らないみたいだし? 二人っきりにさせてやれって」
 今目の前で行われてる死闘に対し、カップルを冷やかすように司狼が言った。
「それによ」
 顎で森の向こう、湖のある方角から上る光の柱を指し示す。
「優先順位間違えんなよ。なんなら、お前も縛って連れてくぞ」
 光の柱、あれはどう考えても千草が木乃香を使ってスクナの封印を解こうとして起きている現象であろう。
 時間はもうあまり無い。
「お嬢様……。分かりました、行きましょう」
 刹那は一度光の柱を見上げ、司狼に向き直ってバイクに乗る。
「……それで、何で私はまた縛られてんのよ!」
 とりあえず空気読んで口を開かなかった明日菜がようやく叫ぶ。
「じゃ、そういう事で出発するぞ」
 明日菜を無視し、司狼は動力部に火を入れる。いきなりトップスピードで走り出したバイクは、明日菜と彼女の悲鳴を尾に、湖を目指した。



 ~森林~

 鋭い金属音が森の開けた場所で幾度も鳴っていた。音と共に火花が散って暗い森の中が照らされ、一瞬だけ森の中を暴れ回る人影を映し出す。
 そこには白いゴスロリ服を着て長短の二刀を振り回す少女がいた。純白の服を土や己の血で汚しても気にせず剣士の少女は刀を振り続け、何も無い空間を切る。
 そう、誰もいない。金属音と火花が同時に発生し一瞬にだけ明るくなるその場所には少女が一人。他に誰もいない。いや、もう一人、確かに存在してはいるが速すぎる為に見えないのだ。暗闇も相まってその姿を視認するには難しい。
 だが、神鳴流剣士である少女、月詠はしっかりとその動きについていっていた。
「アハハハハッ、まるで常時瞬動をしとるみたいやなァ!」
 爛々と目を輝かせる月詠がその場で立ち止まり、左足を軸に大きく両腕を振って時計回りに回転する。練り上げられた気の刃が竜巻となって周囲無差別に斬撃を与える。
 周りの木々が寸刻みになっていく中、ある一点から弾く音が聞こえた。
 途端、月詠は軸足で音のした方向へ跳びながら飛ぶ斬撃をそちらに向ける。竜巻が横向きになった。
 地面を抉り、寸刻みにした木々を更に細切れにしながら月詠は音のした場所へ刀を叩きつける。
 一際重い金属音がした。
「ようやく、捕まえましたわぁ」
 刃の先、三日月状の黒い刃物で刀を受け止める蓮がいた。
「最初と違ってなんや覇気が足りまへんなぁ。なぁ、なぁなぁ、あの時みたいな鋭い殺気、もう一度やってみてくれまへんかぁ?」
「断る。お前がわざわざ喜ぶような事誰がするか」
「つれへんわぁ」
 月詠が連撃を放つ。蓮の動きを制限するために牽制としてのフェイントを混ぜながら、蓮へと食い下がる。
「先輩庇った時はイイ線いっとったんやけど、何が足りへんのやろ? ……ああ――なるほどぉ」
 何か気がついたのか、目が細まる。
「先輩と同じタイプですか」
 そして、にんまりと口が裂けるような笑みを浮かべながら若干熱っぽい声で、蓮の目の前で呟く。
「本気出してくれへんのなら、この森にいる木偶全員の首を刎ねてしま――っ!?」
 全てを言い切る前に蓮が月詠の腹部を蹴った。
 気で強化された月詠にダメージは無い。だが、体が押し出され、蓮との距離が僅かに離れる。
 蹴り飛ばされた月詠は咄嗟に体を横にひねた。
 その瞬間、首筋が僅かに斬られた。浅いが、包帯代わりにしていたリボンへ血が滲んで白かったリボンが完全に赤の色に浸食される。
 月詠の背筋が震える。危うく首を刎ね飛ばされるかと思うと、冷たい緊張と恐怖が己を襲う。
 間違いなく殺す気だった一撃。その殺意に、月詠は舌なめずりをし、後ろに向かって刀を振る。
 いつの間にか背後に移動し既に攻撃へと移っていた蓮の刃とぶつかって金属同士が激しく擦れ、耳を劈く不快な音が鳴る。
 火花が互いの剣閃をなぞって曲線を描いた。
「――ン……ハ、ァ……ハハッ」
 笑いをこぼし、月詠は次々と攻撃を繰り出しては一撃必殺の攻撃をギリギリで回避する。
 首に長大な刃を落ちて来ているかのように錯覚する殺意。瞬き一つで首を刎ねられかねない緊張感。首後ろの脳髄にかかるストレスが一種の快楽となって彼女の脳を満たす。体に熱が籠もり、体温を上げていく。
「はぁ……この瀬戸際って感じ、好きやわぁ。あんさんはどうですかぁ? 私の首、そんなに斬りたい思うとるん?」
「……ペラペラペラペラ一人で語ってんじゃねえ! 気色悪いんだよ。お前みたいな変態が人の事分かった顔で言ってんじゃねえ!」
 渾身の一撃が放たれる。
「怖い顔やわぁ」
 言葉と裏腹に、月詠は笑みを浮かべたまま蓮の一撃を受け止めた。
 衝突した瞬間、今まで違う音が混じる。
 月詠の表情が一瞬、固まる。
 月詠の太刀が折れたのだ。受け流していたとは言えそれは完璧とは言えず、幾度も黒い刃を受けた事でとうとう武器の耐久度を大きく越えてしまった。
 真ん中の部分から折れて宙を白刃が回転する。
 月詠は急いで下がりながら、折れて短くなった刀を短刀のようにして逆手に持ち直す。
 しかし、それよりも蓮の方が速い。右腕の刃を振り払った態勢のまま地面を蹴り、体を捻りながら跳ぶ。その先には折れてまだ宙に回転する刃があった。
 体感時間を引き延ばした蓮にとって回転する刃など空中で止まっているようにしか見えない。
 折れた刀の腹を力一杯に蹴る。
 空中から、弾丸のような速さで蓮が月詠の頭上向けて右腕の黒い刃を振り下ろす。
 当たると、両者がそう思い。実際にそうなる直前、二人のすぐ傍で爆発が起きた。

「げほっ、げほげほっ、あー……火薬多すぎた」
 爆発によって生じた黒い煙を払いながら森の中から鈴が姿を現す。
「月詠ー? 死んだ? ……筈がないか」
 まだ晴れぬ黒煙の中、鈴は後ろに何気なく振り返って手に持っていたそれを自分が出てきた森の中に向けた。
 それは、ハンドグレネードと呼ばれる代物だった。
 筒の中から人の掌には収まりきれないサイズの弾が発射され、白煙の尾を残して森の中へ消える。
 数瞬後、爆発が起きて木々が吹き飛び、周囲を炎が蹂躙する。そして、広がる爆煙の中からいくつかの人影が飛び出した。
「けほけほっ。し、死ぬかと思ったアルー」
 古が目を回しながら煙の中から現れる。
「山火事どころの騒ぎではないでござるな」
「滅茶苦茶だ」
 続いて黒い煙を振り払って煤だらけになった楓と真名が跳び出す。
「後ろから来てるわよ!」
 最後に刀子が現れ、刀の一振りで爆煙と木々に燃え移った炎を吹き飛ばす。
 掻き消える煙の中から追ってきた鬼達が現れ、それぞれへと襲いかかる。
「虎の子のグレネードで死なないって、人間じゃないわねあの四人」
「鈴さんがそれ言いますか~」
 鈴の後ろから月詠が現れた。
「いい処だったのに邪魔するなんてひどいですわ~。というか、私まで殺すつもりですか?」
 爆発を月詠は服を焦がしながらも回避していた。白かったドレスは血と埃でもう元の色を失って薄汚い黒へと変わっている。
「文句言う順番が、邪魔された事が先って時点であんたの戦闘狂っぷりが分かるわね。あの女顔は? ってか、あんた、狂犬病発病した発情期の野良犬みたいな臭いするわよ。近寄らないでくれる?」
 まとめて爆殺しようとした事を謝罪もせず、鈴はグレネードの弾を再装填する。それを持つ左腕には簡単な応急手当がされていた。
「なんやよう分からんけどヒドい言われようやわ~。あん人なら湖の方行きましたわ。せっかく煙の中待っていたのに、袖にされてしもうた」
「それぐらいの判断が出来る程度には冷静ってことか。キレやすいタイプだと思ったのに……」
 呟きながら、右手にハンドガンを持ち、グレネードと共に照準を上に向ける。
 そこには楓の分身が八体、鈴達に向かってきていた。
 グレネードが発射され、分身達は空中で身を捻ってそれを避ける。
 直後、続いてハンドガンから弾丸が一発放たれる。鉛の弾は空気の壁を突破し、分身の間を通るグレネードに命中。空中で爆発を起こした。
「追いかけないの?」
「速すぎて追いつけません~。それに、敵さんをこれ以上近づけないようにしませんとお給料が出なくなりますわ~」
「まあ、そりゃあ、たしかにねぇ。あんたも妙な所で冷静よね」
 分身達が爆発で消える中、鈴と月詠は場違いな雰囲気で会話する。そんな二人に向かって鬼を捌いた真名と刀子が攻撃を仕掛けた。
 銃弾が行き来し、白刃が舞った。



 ~湖・スクナ封印石前~

 湖に中心に輝く光の柱、魔法使いなど見るものが見れば巨大な魔力が渦巻いている事がわかる。
 そして、魔力による光の柱の中には上半身だけを出した巨人の姿があった。
 封印されていた筈の両面四本腕の鬼、スクナノオオノカミと呼ばれる怪物だ。巨大な魔力を使用しながらもまだ上半身の封印しか解かれていない事から、スクナの凄まじさが伺い知れる。
「あーっはっはっはっはっ! 体の半分がもう出てしもうたえ。そろそろ諦めて帰ったらええんと違うか、坊や。あっはっはっはっ!」
 千草がスクナの肩の上で高笑いしていた。その前には横向きになって空中に浮かぶ木乃香の姿もある。彼女は儀式の為か気を失っている。
「僕の生徒を返して下さい!」
 スクナの眼下、湖中央の封印石まで架けられた橋の上でネギとカモが千草を見上げながら声を張り上げる。
「悪いけどお断りさせてもらいますえ。木乃香お嬢様はこれからも利用価値がありますからなぁ。まあ、返して欲しいなら取りに来ればええ。来れるものならやけど!」
「くっ……」
 調子づいて笑う千草にネギは悔しそうに顔を歪める。
 飛行魔法で千草のいる所まで簡単に行ける。だが、スクナは上半身だしてその四本の腕を自由に扱える。そして、
「もう終わりかい? ネギ君」
 ネギの目の前に白髪の少年がいた。
 感情の読めない無表情した、フェイトと名乗る少年は、じっ、と観察するようにネギを見ているだけで攻撃して来ない。しかし、逆にネギが攻撃したところでたやすく弾かれ反撃を受ける。
 魔法障壁、速度、戦いの技術においてネギが及ぶものが何一つとして無い。
 彼がいる限り、ネギは木乃香を助けることが出来ないのだ。
「…………」
「なんや? 威勢が良かったのは最初だけかえ。まあ、こんな状況やとしょうがないわなあ。……はは、あはははっ、あーっはっはっはっはっ――ぬわっ!?」
 ハイテンションを維持していた千草の目の前に雷を纏った銃弾が突然飛来した。
 正確に顔面を狙った弾丸はしかし、ネギの目の前から消え一瞬で千草の前に移動したフェイトによって受け止められた。
「な、なんや!?」
「新手ですね」
 突然の事で驚いている千草に対し、銃弾を弾いたフェイトが湖のある一点を指し示した。
 湖中央にまで架かる橋の上、森へ繋がる入り口から来る影がある。
「今のはイイ線いってたのにな。誰だ? あの白髪のガキ」
「本家を襲った少年です。気をつけて下さい。彼が一番得体が知れません」
「あっ、ネギがいる! って何よあの怪獣!?」
「お前ほんとリアクション芸人だな」
 木の架け橋を渡るのは全てが鋼鉄で構成されたバイクだ。タイヤまで鉄で出来ているそれは排気孔から時折炎を吹き出し、木製の橋を割りながら真っ直ぐに中央へと走って来ている。
 バイクの上には硝煙を銃口から立ち上らせる大型拳銃を持ってハンドルを握る司狼と、その後ろでは司狼の肩を掴んで立っている刹那がいる。明日菜はバイクで鎖に繋がれて水上スキーのように板一枚を足場に滑っている。本人はもう慣れてしまったのか平然としていた。
「げっ、あん時の金髪! 鈴さんや月詠はん、それにあの坊やは一体何をやっとんのや」
 追っ手の足止めを依頼し、せっかく鬼まで大量召喚したというのに三人がちゃんと働いていない事に眉をしかめた千草の顔が自然と森の方角に向く。今まで封印を解く儀式に集中していた為に、状況を正確に掴んでいなかったのだ。
 向かってくるバイクから顔を上げた千草が見たのは、ドミノ倒しのように次々と樹木が倒れて時折爆発する森林破壊中の様子だった。
「…………」
 別の地点では山火事が起きてさえいた。
「ま、まさか本部の人間がもう帰って来たんか?」
 関西呪術協会の実力者達は世界各地に散らばって仕事をしている。千草が傭兵を雇い、木乃香誘拐を強行したのも、修学旅行と実力者達が京都にいない時期が偶然にも重なったからだ。
「これは急がんと」
 着ぐるみのような式紙、猿鬼と熊鬼を喚び出して身を固める。
 実際は中学生三人と高等部の女教師が暴れているだけなのだが、助っ人には変わらないので千草の判断は結果的に正しい。
 鋼鉄のバイクがネギの前で音を立てて停車する。
「ネギ、大丈夫だった?」
 鎖が解かれた明日菜がネギに駆け寄り、刹那もバイクから跳び降りる。
「皆さん、無事だったんですね」
「どっかの誰かのせいで何度か死にそうになったけど……ええ、本当に死にそうになったけど、なんとか無事よ!」
「死にそうになった!?」
「おかげで間に合ったんだからいいじゃねえか」
「全然に間に合ってないわよ! 出てきてるじゃない!」
 明日菜がスクナを指さす。
「体半分だけだろ。つーことはだ、あの後輩取り返せばまだ逆転できるだろ」
 バイクに跨ったまま、司狼が顎で示した先、千草の前にて浮かぶ木乃香がいる。
「お嬢様……」
 刹那が太刀の柄を強く握る。木乃香のいる場所はスクナの肩の位置に浮いている。彼女を助ける為には、スクナを足場にするか、それこそネギのように空を飛ぶかだ。
「オレらがあのガキなんとかするからよ、お姫様はセンセーに任すわ」
「はいっ!」
「ちょっとネギ、そんな自信満々で返事して、一人で大丈夫なの?」
「大丈夫です!」
「そんな根拠も無く言って……」
「しょうがねえだろ。空飛べんのセンセーだけだし。オレが足場作ってもいいけど、さすがに距離ありすぎだからな」
「だからって」
「そんな悠長に会話していていいのかい?」
 明日菜がネギを心配した時、フェイトが架け橋に降りてきた。ズボンのポケットから手を抜いて腕を広げると、魔法の詠唱を行う。
「小さき王 八つ足の蜥蜴 邪眼の主よ
 時を奪う毒の吐息を」
「!? ヤベェ、あれ石化魔法だぜっ!」
 ネギの肩の上でカモが叫ぶ。
 司狼のバイクが轟音を上げて車輪を回転させる。前にでは無く後ろへ回転しバックしながら、鎖を伸ばす。
 早くに反応して後ろへ跳躍した刹那を除いたネギと明日菜を掴んで引っ張る。
「石の息吹!!」
 直後、フェイトから白い煙が噴出して彼らに迫る。
 伸びた鎖は二人を引っ張りながらも明日菜を盾に煙から逃げる。
「また人を盾みたいに」
 文句を言いながらも、既に道中で慣れてしまった明日菜は引っ張られた態勢のままで大剣を煙に向かって振る。
 煙相手に剣など無駄であるが、魔術によって生み出された石化の煙はアーティファクトの効果を受けて斬られた部分から晴れていく。
「行ってこい!」
 その間、司狼が煙の届かない上空にネギを投げ、ネギは空中で杖に跨って空を飛行する。
 フェイトが右手を上空のネギへと向ける。だが、
「お前の相手はオレらだよ。無視すんな白髪野郎」
 司狼の銃を連射、炎の属性を込められた銃弾は着弾と同時に爆発を起こした。
 爆煙の中から後ろへ跳び退いたフェイト、それを追うよう刹那が得物を構えて突進した。

 上空では、ネギが木乃香を助ける為に一直線に千草に向け飛行する。
「風の精霊十一人 縛鎖となりて敵を捕まえろ
 魔法の射手・戒めの風矢!」
 伸ばした右の掌から魔法が放たれる。細いながらも強烈な風の矢が猿と熊の式神と共に千草を襲う――かと思われたが、それは突然下から現れた壁に遮られる。
 それは、上半身だけのスクナから伸びた一本の右腕だった。ネギの魔法を掌だけで簡単に受け止め、それでも無傷な手は羽虫でも振り払うような動作をネギに向けて行う。
「っ!」
 慌てて方向転換し、避ける事には成功する。
「うわああっ!」
 だが、スクナほどの巨体、手を動かすだけで凄まじい風圧が起きる。
 暴風に煽られ、きりもみしながらも何とか杖に掴まって態勢を整えたネギ。
「これじゃあ近づけない」
 先程よりも距離を離されてしまった。
 式神だけでなく、スクナまでもが千草を守っている。これでは千草を倒すどころか木乃香を取り戻す事さえ出来ない。
「さすが封印されていた大鬼だけあるわ。手を動かすだけでこれとは。これなら、魔法世界の連中も――おわっ!?」
 突然、スクナの体が揺れた。
「何や!? 一体どうしたんや!?」
 慌てながら千草がスクナを見下ろすと、まるで痛みを堪えるように身を捩っていた。
「ウソ! 消えない!?」
 真下から聞こえてきた声に気づいて視線を下ろすと、水面から出るスクナの脇腹に大剣を突き刺しているツインテールの赤髪の少女がいた。どこにあったのか、円形の板を足場にして湖の上に立っている。
「コラッ、何してはるんや!」
 千草の怒鳴り声と同時に脇腹を刺されたスクナが二本目の右腕を振り下ろした。
 明日菜の足場がそれから逃げるように架け橋へと移動する。その先には鎖があり、架け橋の下を潜って司狼の右腕へと繋がっている。
 円形の板から橋へと上った明日菜は、スクナの拳が空振ることで起きた波を受けて橋上に滑って転ぶ。
「お前マジおいしいキャラしてんのな」
「助けなさいよ!」
「助けただろ」
 バイクの上で呆れたように司狼が呟く。
 その時、フェイトと戦っていた刹那が吹き飛ばされて二人の傍まで転がった。
「刹那さん!」
「だ、大丈夫です。でも……」
「やっぱ一人じゃ無理か」
「ええ」
 三人が視線を向ける先には、無表情のままのフェイトがいる。表情の変化が見られない分、どこまで実力があるのか計りにくい。
「くぅ……それにしても、さっきのどうして利かなかったのかしら」
「多分ですが、大きすぎるんだと」
「そっか。なら、いっそあの光ってる怪しげ石を……」
 そう言って明日菜は封印石に視線をよこす。
「馬鹿かお前。そんな事したら完全に封印解けるだろ」
「な、何で分かるのよ。それに馬鹿って言うな!」
「何でって、見たらだいたい分かるだろ。定番だよ定番」
「…………随分と余裕だね」
 橋の上を歩きながら、フェイトが近づいてくる。
「慌てふためく野郎より、余裕ある男に女は惚れんだよ」
「ふーん。でも、どちらにしても意味はないかな」
「うわあああっ!」
 空からネギの悲鳴が聞こえた。
 スクナの振り払いによって生じた暴風が、とうとうネギを空から落とす。
 直撃は避けたものの、巨体さに反した速さは彼を打ち落とすには十分な風圧を発生させていた。
「よっと」
 司狼が鎖を伸ばし、湖へ落下するネギを掴んで回収する。
「おいおい。大丈夫かよ、センセー」
「はい、なんとか。でも……」
「打つ手なしだね」
 再び聞こえたフェイトの声に四人が振り返る。しかし、一瞬視界に入ったフェイトの姿がその場から消失した。
 次の瞬間、フェイトは四人の中心に立っていた。
「――ッ!」
 四人がそれそれ打撃を与えられ、ネギ、明日菜、刹那が湖へと落ちた。
「…………全員気絶させるつもりだったんだけど」
 想像していた手応えと感触の違いに、フェイトは拳を振り抜いた姿勢で正面の司狼を見上げる。
「残念だったな、ガキ」
 ただ一人、司狼だけがその場から動いていない。彼が跨っていたバイクが無くなっており、代わりに鎖に繋がれたいくつもの鉄板がフェイトの周りを囲んでいた。
 それぞれの鉄板には大きなへこみがあった。
 フェイトが攻撃する直前、バイクが分解して各パーツと鎖に分かれ、フェイトの攻撃を受け止めていたのだ。
 衝撃の何割かは守られていたネギ達を吹っ飛ばしたものの、致命傷を与えていない。
「ほらよ!」
 司狼の足元からバイクのタイヤ、車輪が二つ回転しながらフェイトを襲う。
 フェイトは両の拳でそれを弾き、一歩踏み出しながら身を捻る。
 背中が司狼に触れる。その瞬間、フェイトの足が橋を砕き、同時に空気が破裂するような音が響く。
「うおっ!」
 司狼の体が後ろへと吹っ飛んで橋の上に転がる。
「貴方が一番厄介そうだ――
 小さき王 八つ足の蜥蜴 邪眼の主よ
 その光 我が手に宿し
 災いなる眼差しで射よ」
 フェイトの人差し指が倒れた司狼に向けられる。その指先に魔力が集中し、怪しげな輝きを得た。
「石化の――!?」
 指先の光が一際輝き、放たれるかと思われた時、架け橋の左手側の森から爆発が起きる。
 焼ける森を背に、人間サイズの火の玉が湖の上を走り、真っ直ぐにフェイトへ向けて飛んで来る。
 水蒸気の尾を残し、火力で飛ぶ炎の中に剣を構えた黒髪の少女の姿がある。
 フェイトの指先がそちらに向き、光線が放たれた。
 石化の光線は少女の肩を貫く。だが、少女の体そのものが炎へと転化し、光線を素通りする。
「精霊化……」
 向かってくる炎の少女に対する為、フェイトが構える。
 しかし、それに気を取られた事で森の方からの新たな動きを見逃す。
 炎の少女とは橋を挟んだ反対側、右手側の森の中から黒い風が跳び出す。
 水柱を上げながら水面を走る人影は瞬く間にフェイトの目の前まで迫る。
「ッ!?」
 僅かに目を見開いたフェイトに曲線を描く黒く長大な刃が命中する。
 魔法障壁か何かで防御したのか、ともかく切断は避けたフェイトはしかし、衝撃に足を橋に引き摺りながら後ずさってしまう。
「…………」
 踏み堪えて立ち止まったフェイトの視線の先、司狼の前に立つ赤と黒の影がある。
 炎を纏う剣を持つ少女、櫻井螢と右腕の手甲から黒い刃を生やす藤井蓮だ。
「やっと追いついたわ。手間かけさせないでくれる?」
「つうか、お前なんで倒れてんの? ダセェぞ」
「はあ? これから逆転して勝つとこだったんだよ。お前ら邪魔すんな」
「はいはい。それよりも早く起き上がったら? みっともないわよ」
「まったくだ」
「なにこのクラスメイト達。いきなり現れて言いたい放題言ってくれちゃってよ。マジ鬼畜だわ」
 文句を言いながら、遊佐司狼が並ぶようにして二人の間に立つ。
「まあ、来たもんはしゃあない。手伝わせてやるから、足引っ張んなよ?」
「誰に言ってんだ?」
「寧ろ、貴方が邪魔しないようにね、遊佐君」
「あー、はいはい」
 悪態をつき合う三人は一見不仲のようでいて、
「それじゃ……」
「ええ」
「――行くぞ」
 長年共に戦ってきた戦友のようであった。






前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.028404235839844