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No.32793の一覧
[0] 【習作】マリィがネギま世界を流出させました(ネギま×Dies)[紫貴](2012/04/15 16:02)
[1] Diesキャラ・アーティファクトの設定[紫貴](2012/05/04 17:06)
[2] 桜通りの吸血鬼編 第一話[紫貴](2012/04/15 16:04)
[3] 桜通りの吸血鬼編 第ニ話[紫貴](2012/04/15 16:05)
[4] 桜通りの吸血鬼編 第三話[紫貴](2012/04/17 22:51)
[5] 修学旅行編 第四話[紫貴](2012/04/25 21:48)
[6] 修学旅行編 第五話[紫貴](2012/04/22 16:40)
[7] 修学旅行編 第六話[紫貴](2012/04/22 16:41)
[8] 修学旅行編 第七話[紫貴](2012/05/04 17:01)
[9] 修学旅行編 第八話[紫貴](2012/05/04 17:04)
[10] 修学旅行編 第九話[紫貴](2012/05/04 17:05)
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[32793] 修学旅行編 第六話
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/22 16:41

 ~関西呪術協会参道~

 ある参道の途中にある休憩所に一組の男女がいた。
 和風の休憩所は無人で若者以外の姿は見あたらない。金髪の男は休憩所の長椅子に寝転がって鼾をかいており、ショートカットの女はその横で携帯ゲーム機で遊んでいた。
 休憩所の向かいには赤い鳥居があり、それが参道の上にいくつも建てられている。点々と建つ鳥居の奥はまるで無限に続いているように錯覚する。
「寝飽きたな」
 突然上半身を起こした金髪の青年がボヤいた。
「それじゃあどうすんのさ? ここから出られないのに」
 隣に座っていた少女がゲーム機を置くと、休憩所の椅子に置いたペットボトルの炭酸ジュースを飲んだ。
「もうすぐしたら子供センセーも来るだろうし、脱出すんのはもうちょい後でいいだろ」
「逆に私達が入ったせいで外からも遮断されてたらどうすんの?」
「そん時は自力で出ればいいだろ」
「まーたこの男は根拠も無く自信満々で」
 二人が、他に誰か聞いていれば首を傾げそうな会話を繰り広げていると、鳥居の向こうから人が走ってきた。
「し、司狼さん!? それにエリーさんも」
「また出た……」
 鳥居から走って来たのは私服姿のネギと明日菜だった。他にもネギの肩にカモがいるのはいつもの事だが、明日菜の肩の高さ刹那をデフォルメしたような人形が浮いている。
「どうして二人がここに?」
「どうしてって、この先に関西呪術協会の本部があるんだろ? せっかく京都に来たってんだから見学しとこうと思って」
「そしたら何か閉じこめられたってわけ」
 司狼、エリーの二人は修学旅行三日目の自由行動を利用して関西呪術協会へ行こうとしていた。しかし、鳥居の続く道をいくら歩いても目的地に到着せず、どころか同じ所を一周し続けている事に気付いた二人は早々に休憩所で休んでいた。同じように協会の本部へ来るであろうネギ達を待ちながら。
「司狼さん達も結界に閉じこめられたんですか。僕達に指定して発動したんじゃなくて、特定の場所に予め張っていたみたいですね。……あれ? どうしてこの先が関西呪術協会の本部だと知ってるんですか?」
「そりゃあ、関西の長の娘の近衛木乃香の実家調べれば住所ぐらい分かるだろ。学生名簿にも書いてあるし」
「ああ、なるほど――って、それ個人情報ですよ!?」
「気にすんな。イチイチ気にしてたらハゲるぞ」
「気にしますよ!」
「やっぱりこいつ、警察に突きだした方がいいんじゃないかしら」
 明日菜が冷たい視線で司狼を見上げていた。司狼=犯罪者という図式が完全に出来上がっている為、彼女は司狼との関わりを避けたかった。
「そう警戒しなくとも座ったら? アスナちゃん汗だくじゃん」
 言いながらエリーは自分が座っている休憩所の長椅子の隣を示すように叩く。隣に座れ、という事だろうが明日菜にとって彼女は司狼の次に警戒すべき人物。
 エヴァンジェリンとの決闘の後、半ば無理矢理連れられたボトムレスピットでの飲み会で明日菜は司狼達の性格をだいたい把握していた。
「今ならタカミチ先生の待受画像をプレゼント」
「えっ!? 欲し……う、くっ」
「明日菜の姐さんが踏みとどまった!?」
「そ、そそそんな手には乗らないわよ」
「めっちゃ動揺してんじゃねえか。素直に貰っとけよ。つか、その歳でオヤジ趣味は穿ち過ぎだろ」
「あんたは黙ってなさい!」
「おー、怖っ。最近の女子中学生はおっかねえな。センセーはどうする? 一度休憩した方がいいんじゃねえの? 飲み物ぐらい奢るぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ただしカモ、オメーは駄目だ」
「オレっちだけ除け者っ!?」
「お前明らかに人乗り物代わりにして楽してんだろ。働かざる者喰うべからずだ」
「いつも戒さんにたかってる癖に」
 エリーはタカミチの画像を表示させた携帯電話を釣り餌のようにして明日菜の前で揺らしている。
「そういえばそのお人形みたいなちっちゃい子は何? 可愛いじゃん」
 指さされたチビ刹那が前に進み出てお辞儀する。
「チビ刹那と言います。遊佐先輩、でしたよね。一昨日は助太刀ありがとうございました」
「あ? あー、刀持ってた奴か。たまたま居合わせただけだし。気にすんな」
 口では気さくそうな事を言うものの、チビ刹那から見ても司狼の浮かべる笑みはとても胡散臭かった。

 森の中、休憩所で騒がしく雑談し始めた彼らを物陰から観察する人物がいた。
「一般人まで巻き込んでしもうたと最初は慌てたけど、あの金髪なら問題ありまへんな。それどころかいい気味ですえ。あーっはっはっはっ」
 司狼に銃弾をぶち込まれた事のある千草が木の枝の上で大笑いした。
「なー、千草の姉ちゃん。暇や。戦ったら駄目なん?」
 隣では耳を隠す為のニット帽を被った小太郎が退屈そうに胡座をかいている。
「あかん。あんたは大人しく連中を見張っとき。こういう時は余計な事しん方がええんよ」
「ちぇー、オレも誘拐組の方行けば良かったわ」
「じゃんけんで負けたんやろ。我慢しい。ただ、万が一あのお子様達が結界抜け出すような事があれば戦ってええよ。ほら、符と式紙」
 千草が束になった長方形の符と、それとは別に二枚の式紙の符を手渡す。
「こんなにくれるんか。気前ええやん」
「それ、ほとんどが書き損じやから」
 言いながら千草は枝から跳び降りる。
「ちょっ、待てぇや! んな粗悪品寄越すなや」
「安心しい。それでも障壁代わりになるし、式紙はちゃんとした奴さかい。怪我しんよう頑張りやー」
 と、声援か皮肉か分からない言葉を残して千草が結界の外へと消えていった。
「何やねんな、もう」
 視線を戻せば、明日菜とネギはカモやチビ刹那から魔力や気による肉体強化の術について教わっていた。
 明日菜が、パクティオーにおける主人から従者への魔力供給によって飛躍的に上昇する身体能力を試し、近くにあった岩を蹴りで破壊する。
「おっ、やるやんあの姉ちゃん」
 戦いが好きな小太郎は戦いの欲求に駆られ始めた。
「…………別に結界で閉じ込めんでも、ここで倒してしまえば問題ないわな」

 休憩所にいるネギ達の前に突然空から巨大な物体が落下した。
「うわっ!?」
「な、何ッ!?」
 衝撃による風圧で土煙が舞い、驚くネギ達。落下してきた物は自動車ほどある岩で出来た巨大な蜘蛛であった。明らかに自然界の生き物では無く、額に張られた符が蜘蛛を式紙だと知らせていた。
「へへッ、姉ちゃん強そうやん」
 蜘蛛の胴体の上にはニット帽を被った十歳前後の、ネギとそう歳が変わらない少年が立っていた。
「き、君はゲームセンターで会った……」
「知り合いかよ、センセー」
 見覚えのある少年が蜘蛛の上に乗っていた事で更に戸惑うネギ達とは逆に、司狼とエリーの二人は突然の出来事にも関わらず平然と椅子に座りっぱなしだ。
「知り合いというか、今朝ゲームセンターで少し会話した程度なんですけど……どうしてこんな所にいるんですか?」
 杖を持ち警戒しながらネギは少年を見上げた。
「そんなん決まっとるやん」
「敵だな」
 煙草をくわえたままの司狼が暢気に言う。
「その通りや!」
 少年が横へ飛び降りると同時に岩の蜘蛛がネギ達に向かって走り出す。
「いきなり!? くっ、このォッ!」
 明日菜がネギからの魔力供給を受けた状態で蜘蛛型の式紙を思いっきり殴った。殴られた式紙はその岩の体をへこませて木々の中へと仰向けに転がる。
 そして起きあがろうと八本の足をじたばたと動かす式紙に向け、ハリセンのアーティファクトで叩かれる。
 すると式紙は霞と消え、符へと戻された。
「一撃で符に戻されてもうた。聞いた通り相当な式戻しの姉ちゃんやな。それに強え」
 式紙が無くなったにも関わらず少年は余裕を崩さない。それどころか明日菜の運動能力を見て嬉しそうだ。
「それに対してお前はなんや!」
 ネギを指さし、少年は怒鳴る。
「女に守ってもらって自分は後ろにいるなんて情けなくないんか!」
「むっ」
「確かに、男として女に守られるのはいかんな」
 司狼が茶々を入れてきた。
「あんたどっちの味方よ!?」
「オレにばっか構ってないで前見ろ前。敵が来てんだ。真面目にやれよ」
 明日菜の突っ込みを受け流し、もっともらしい事を言いながらも司狼は椅子から離れようとしない。
「そっちの金髪の兄ちゃんはわかっとるやん」
「ふ、ふん。ボクこそ呆気なく式紙が倒されてるじゃない」
 明日菜が反論するが、すぐに隣から茶々を入れられる。
「ボク、だってよ。年上の余裕出して挑発のつもりかあれ?」
「まあ、十代の三つ四つの違いは大きいし、いいんじゃない?」
「そこの二人、やる気無い癖に口を出さない!」
「怒られてやんの」
「お前もだろエリー」
「何か調子狂う兄ちゃんと姉ちゃんやな。まぁええわ。残念やけどオレは符術使いちゃうで。術なんかより――こっちの方が得意や!」
 少年は言うやいなや袖の下からクナイを取り出し、投げた。
 計四本のクナイは明日菜の脇を通り過ぎ、ネギを狙っていた。
 ネギが防御魔法によってクナイを弾く。だが、いつの間にかニット帽の少年が明日菜を無視してネギに接近していた。
 身を低くし、まるで獣のように疾走する少年に、ネギは杖を構えて魔法を詠唱する。
「ヘヘッ」
 少年が笑いをもらすと懐から護符を数枚取り出し、盾のようにして眼前に構えた。直後にネギからの魔法が放たれる。
 護符は破れ紙屑になるが少年を魔法から守るには十分の役割を果たした。魔法は少年のニット帽を弾く程度で終わり、ネギは接近を許してしまう。
「耳ッ!?」
 少年の、犬上小太郎の頭から生える犬耳にネギ達が驚く。だが、見られた事も気にせずに小太郎はネギへと走りより、右拳を放つ。
 拳が障壁にぶつかり、ネギの体が後ろへと吹っ飛ばされ、受け身も取れずに地面に転がった。
「ダメダメやな。これやから西洋魔術師は嫌いねんや。魔法は派手やけど喧嘩の一つも出来へん腰抜けや」
「そ、そんな事は……」
「ないなら、見せてみいや!」
 小太郎がネギに追撃をかける。ネギはとっさに起き上がり、障壁によって小太郎の攻撃を受け止めるが相殺し切れず衝撃によって後ずさりする。
「ほらほら、口先だけかッ!」
「うっ、くっ」
 歳相応の身体能力しか無いネギは気によって身体を強化されている小太郎の攻撃を捌く事は出来ず、ボールのようにはね飛ばされながら防戦一方に後ろへ後ろへと後退していくしかなかった。

「まるでガキ大将が気に入らない優等生相手に喧嘩ふっかけてるみてえだな」
「んな事言ってる場合かよ司狼の兄貴。助けに行かねえのかよ!?」
「そ、そうですよ。このままじゃネギ先生が」
 未だ暢気に一服している司狼にカモとチビ刹那が抗議するが、彼はどこ吹く風といった様子だ。
 ネギと小太郎の戦いはどんどんと鳥居の奥へと向かって行っている。明日菜がそれを追いかけて行くが、小太郎の動きが素早く、少年達の距離が近いせいかネギへの巻き添えを考慮して上手く攻撃出来ないでいる。
「落ち着けマスコット共。ガキの喧嘩に出しゃばってどうすんだよ。それよりも出口探す方が優先だろ」
「十代の少年にありがちな喧嘩大好きっ子で運が良かったっちゅーか。色々可能性考えてたから手間省けていいけどさ」
 司狼とエリーの言葉にチビ刹那とカモが首を傾げた。
「あの子、多分本当は私達の見張りだろうね。喧嘩に夢中になって忘れてるみたいだけど」
 エリーが飲み終えた缶をゴミ箱に捨てながら説明する。
「おそらくは……」
「閉じこめておいて、わざわざ一緒に内側に入って見張る必要は無いじゃん」
「え……あ、なるほど」
 内側から出られるから、少なくとも出る手段があるから結界の中に見張りを置いたと考えられる。これが、想定上だとしても内側から出られないような結界なら見張りを置くにしても外に置くだろう。
「中から出られるのが解っただけでも収穫だろ。つーわけで、センセーに囮になってる間に怪しい場所探すぞ」
 煙草を捨て、司狼が立ち上がる。
「待てよ。ネギの兄貴はどうすんだ? さすがにやべえぞ」
 カモの短い手が指し示す先では障壁を打ち抜かれ、ネギが怪我をする。
「そうです。このままじゃネギ先生が危ないです」
「まあ、なんとかなるんじゃね?」
「そんな……」
「あんたさぁ、さすがに助けてあげたら? 子供の喧嘩止めるのも大人の役目でしょ」
「あー面倒くせえな。でも、センセーにはこれから世話になるかもしれねえし。恩売っておくか」
 司狼がカードを取り出すとそれが光り、カードが消えて代わりにデザートイーグルが姿を現す。
「その銃、アーティファクトだったのかっ?」
「じゃあ行くわ。エリーはマスコット連れて出口探せ」
「はいはいっと」

「ン?」
 ネギに一方的な攻撃を加えていた小太郎は司狼がいつの間にか銃を握っている姿を視界の隅で捉えた。
(そういや、千草の姉ちゃんが目の敵にしとったな)
 駅前での戦いは小太郎も話には聞いている。鈴が言うには、面倒な相手だとか。
 小太郎としては今ネギとの戦いを邪魔されたくない。ネギに対して執拗に攻撃するのは西洋魔術師の同い年というライバル心だけで無く、西洋魔術の爆発力を警戒しての戦術的意味もある。詠唱させないよう常に接近し、仲間との距離を離させた。
 ここで銃使いの参戦は上手くない。
 小太郎は杖で防御するネギを蹴り飛ばしてから、千草から貰った二枚目の式紙の符を取り出して司狼達のいる休憩所の方へと投げた。

 司狼の言葉を聞いたエリーが立ち上がろうとしたその時、突然目の前にアスナが倒した筈の巨大蜘蛛が参道を石畳を破壊して現れた。
「うっわ、もう一匹いたんだ」
「エリー、反対側から調べてけよ。どうせループしてんだから」
「はいはい。それじゃ二人とも、行こっか」
「ち、ちょっと待てよ! どんなアーティファクトか知らねえけど、司狼の兄貴一人でこいつの相手するってのか!? それとも、アスナの姐さんみたいな能力が?」
 カモは司狼のアーティファクトに疑問を抱いていた。確かにパクティオーカードから出てきたアーティファクトなのだろうが、その形状が有り得ない。
 一昨日はまさかアーティファクトとは思っていなかったから気づかなかったが、デザートイーグルのアーティファクトと言うのはおかしい。
 銃型のアーティファクトは確かに存在する。しかし、デザートイーグルのような現代兵器と同じ形状のものなど見たことも無ければ聞いた事も無い。
「いや、別にそんな大したもんじゃないから」
「えぇっ!?」
「そ、それでいいんですか?」
「本人が大丈夫そうなんだから何とかするって。行くよー」
 カモとチビ刹那の心配を余所にエリーは式紙が塞いでいない道を走り始め、逆に司狼は飄々と間接から岩を擦る音が鳴る蜘蛛へと銃片手に歩いて行った。

 休憩所の方から聞こえて来た発砲音に満足した小太郎は口の端を釣り上げながらネギへ右ストレートをぶち込んだ。
「うわっ!」
 障壁を貫いた拳は杖に当たり、ネギは鳥居の柱に強く背をぶつける。
「ヘヘッ、これで終いやな!」
 破れた障壁を再び張るには間が出来る。続けて攻撃すれば生身に届く。
「させないわよッ!」
 明日菜がネギを守る為にハリセンを振る。素人にしては速いが、小太郎ほどの実力者には不意打ちを喰らわなければ十分に回避出来た。
 ハリセンを潜って避けた小太郎は明日菜の足下に片手を付く。すると黒い影が手から滲み出、犬の形となって明日菜に飛びかかる。
「ちょっ、何よこれぇ!?」
「悪いな姉ちゃん。そいつらと遊んでてくれや!」
 狗神と呼ばれるそれらを明日菜にけしかけた小太郎は一目散にネギへと駆け、止めを指すべく拳に力を込めた。
「トドメや!」
 大きく振り被った拳がネギへ放たれる。
 それが致命的だった。
「何ッ!?」
 当たる直前、全身に魔力の光を纏わせたネギが先程までとは信じられないくらい数段速い動きを見せ、拳をかわした。
 相手が油断し大振りする瞬間を狙い、魔力供給で従者の身体能力の上昇を自分へと応用したのだ。
 大振りした事、そして避けられた事への驚きで隙を作った小太郎の顎にネギのアッパーが炸裂する。
 直撃を受けた小太郎の体が高く浮いた。その背に手を添え――
「闇夜切り咲く一条の光、我が手に宿りて敵を喰らえ――白き雷!」
 放出された稲妻が小太郎を襲う。
「がああーーっ!!」
 悲鳴を上げ、小太郎の体が地面へと転がる。
「やるじゃない、ネギ!」
 狗神をハリセンの力で無力化した明日菜がネギへと駆け寄る。
「ぜぇ、ぜぇ……何とかやれました、アスナさん」
「まったくもう、無茶ばっかりするんだから」
 明日菜がネギを後ろから支える。
 小太郎にカウンターを決めたものの、喧嘩とは縁遠い少年であるネギは疲労が大きいのか肩で息をしていた。
「でも、よくやったじゃない。まあ、やり過ぎかもしれないけど。生きてるの? あれ……」
 地面に仰向けになった小太郎の体からは放電による熱なのか白い煙が昇っていた。その時、
「へ、へへっ、ははははっ!」
 値転がったまま、小太郎が体を揺らして笑った。
「うへっ!? やっぱやり過ぎよ、ネギ。あの子頭おかしくなっちゃったじゃない!」
「ええっ!? いや、でも仕方が無かったと言うか……」
「誰がおかしくなったや」
 小太郎が跳ね起き、二本の足でしっかりと地面に立った。
「腰抜けっつったんは訂正するわ。やるやん、見直したで」
「そんなっ、あれを受けてまともに立てるなんて」
 ダメージは受けてはいるのだろう。その証拠に一度も乱れていなかった呼吸が大きくなっている。しかし、どう見てもまだ余裕があるようだった。
「そうやな、まともに受けてたらヤバかったわ。念のため巻いとって正解やった」
 電撃によって焼き焦げたシャツが破れ、その下の物が晒される。
「護符!?」
 小太郎の服の下にはまるで防弾チョッキのように紐を通された護符が大量にあった。背中側の護符はネギの魔法を代わりに受けたせいでボロボロに焼き崩れている。
 千草から貰った護符を手で持って使う盾と体を守る鎧として小太郎は分けた使用していたのだ。まだ少年の域を出ていない彼だが今まで伊達に戦ってきたわけでは無いという事だろう。用意の周到さは明らかに同年代の子供から逸脱している。
「そんじゃ、第二ラウンドと行こか。もうあんなミスは犯さへんぞ」
 小太郎から伸びる影が大きくなり、そこから複数の狗神達が現れる。彼自身も顔に笑みを浮かべたままだが、放つ雰囲気が先のものとは明らかに違う。
「くっ……」
 思わず後ずさりするネギと明日菜。同じ手は通じないだろうしネギは既に怪我を受けている。それに明日菜は小太郎のスピードに付いていけない。形勢はネギ達に圧倒的に不利だった。
 小太郎、そして狗神達が身を低くし、跳びかかる姿勢を取った。
「行――ッ!?」
 跳びかかろうとした瞬間、背後から炎の赤い光と共に爆発音が轟いた。
「な、なんやっ?」
 振り返ると、休憩所の面々へ放っていた筈の式紙、岩で出来た巨大な蜘蛛がその頑丈な筈の体をバラバラにして飛び散っていた。
「第二ラウンド行く前に、選手交代だ」
 爆発があったと思われる場所は炎に包まれ、それをバックにして遊佐司狼が立っていた。
「兄ちゃん、魔法使いやったんか……」
 式紙の符が燃えカスとなって空へ消え、同時に式紙の体も消える。
 見た目どおり岩のような耐久力を誇る式紙をこうも呆気なく破壊するなど魔法使いぐらいしかいない。破壊痕からおそらくは火系の魔法だと予測できる。
「違えよ、バーカ」
 否定の言葉と同時に司狼が手に持つデザートイーグルを連射する。
 寸分違わずに弾丸は全ての狗神の額に当たり、爆発を起こした。
「――チッ、アーティファクト使いっちゅー奴か!」
 霧散する狗神達。
 通常の拳銃では決してありえない爆発は気によるものでは無い。魔法の力を感じ取った小太郎は司狼が持つ銃にその秘密があると当たりをつける。
「ほれ、かかって来いよ犬っコロ。遊んでやるよ。それとも何か? 怖気付いたか。弱い者イジメしか出来ないって腑抜けってか。ダセェ。イジメ、カッコ悪ィ」
「なんやと?」
「違うってんなら来いよ、ガキ」
「ヘッ――上等ッ!!」
 司狼の挑発に乗って、小太郎が走り出す。
 銃が連射され、銃弾が正確に襲い掛かる。小太郎は左右へと横移動しながらジグザクに走り回る。
 目標を失った銃弾は地面に着弾する度に爆発を起こし、穴を穿つ。小太郎はそんな事に目もくれずに弾雨を潜り抜け、あっと言う間に司狼との距離を縮める。
 が、さすがに慣れてきたのか司狼は小太郎の動きを予測して銃を撃つ。完璧なタイミングで放たれた弾丸は小太郎を捉えた。
「甘ェッ!」
 小太郎は服の下から、鎧代わりにしていた護符を数枚引き抜くと弾丸を受け止めた。起きる爆発。しかし彼は無傷。どころかそれによって生じた爆風と煙を利用し、司狼の側面へと回り込んだ。そして足の裏に気を溜め、爆発させる。瞬間移動でもしたかのような挙動で拳の届く位置にまで一瞬で跳んだ。
「お前がな」
「なぁっ!?」
 いざ攻撃しようとした瞬間、突然目の前に壁が現れた。しかも司狼を守るようにして現れた壁には鏃のような凶悪な針が付いており、小太郎を待ち受けていた。
 咄嗟に空中で身を捻り、針が生えていない平坦な部分の壁に両足をつける。頬に針が掠めながらも小太郎は壁を蹴ってジャンプし、司狼から距離を離した。
「何や、どこから現れた!」
 予期していなかった事態に一度距離を離して不確定要素を確かめるという行動は正しい。ただ、それが相手の思惑通りでなければだが。
 壁の向こうの司狼を見下ろしながら小太郎が地面に着地しようとしたその時、突然両側に壁が現れた。
「へ?」
 驚く小太郎へ、二枚の壁が押し寄せ、容赦無く彼を左右から挟んだ。防御も取れずに小太郎は押し潰される。
「ぐぁっ!」
 幸いなのは、彼を挟んだ壁には針が付いていなかった事だろう。でなければ今頃全身に穴が空いていた。
 押し潰してきた壁が消え、一体何が起きたのか分からぬままに小太郎が自由落下する。頭が混乱する中、彼は司狼が銃口を向けているのを見た。
 現れた時と同様に、針を生やした壁が突然消えており、司狼と小太郎の間に遮蔽物は無い。
 銃口から火が噴いた。
 連射された銃弾は護符の鎧によって防がれる。だが、一点に集中して放たれた弾は連続して爆発を起こし、護符を確実に剥がす。そしてあっと言う間に鎧に穴が空く。
「あばよ」
 一際大きな爆発が小太郎を襲った。
「がああああっ!!」
 吹っ飛ばされて、小太郎の体が地面に転がった。
 勝敗は決した。
 司狼は何事も無かったかのような足取りで倒れる小太郎を横切り、ネギと明日菜の元へ歩いていく。
「見てたぜ、センセ。やるじゃねえか」
「へっ、い、いや、司狼さんこそ凄いですよ!」
「そうよ。強いなら、あんた最初から助けなさいよね!」
「辛辣だな、おい。エリー達が出口探してっからよ、とっとと合流するぞ」
「ま、待て……」
「あん?」
 胸を押さえて、小太郎が立ち上がっていた。
「まだや。まだ勝負は終わってねえで!」
 使い物にならなくなった護符の鎧と一緒に焼かれたシャツを引き千切り、小太郎が吼える。
 全身から獣のような体毛が生え、筋肉が肥大化する。耳と尾が伸び、鋭い犬歯を剥き出しにするその姿は狼男という表現が似合う姿だった。
「何よあれっ!?」
「モノホンかよ。コスプレじゃなかったんだな」
 驚き慌てる明日菜とは反対に司狼は愉快そうだった。
「つーか、お前負けたじゃん。しつけえよ」
「負けてねえ!」
「これ以上ガキイジメてっとカッコ悪ィし。やりたくねえ」
 今にも襲い掛かって来そうな小太郎に対し、司狼は随分とやる気の無い態度だった。
「うっわ、なにこの戦場跡。戦争でもしたん?
 その時、反対側から、ネギの背後の方からエリーが現れた。両肩にはカモとチビ刹那を乗せている。
「エリーさん? どうして後ろから……」
「そりゃあだって、ここってループしてるじゃん。一周して来たの」
「あ、そっか……」
「しっかりしなよ、子供先生」
「んで、エリー。出口見つかったのか?」
「いんや。今から見つけるとこ」
「おいおい……」
「まあ、見ててよ。面白い子見つけちゃったし」
 そう言って、エリーは獣化した小太郎に向き直る。
「随分とワイルドな外見になってるけど、キミ、あの犬耳の子供で間違いないよね」
「なんや姉ちゃん。悪いけど今この兄ちゃんと決着付けるとこや。邪魔しんといてや」
「オレはやる気ねーし」
「なんやと!?」
「まぁまぁ。喧嘩なら後でいくらでもやればいいしさ。それよりも、キミの名前はなんてーの? お姉さんに教えてごらん。ちなみに私は本城エリーね。正確にはちょっと違うけど、エリーって呼んでほしいから」
「いきなり名前なんか聞いたりして、一体なんや?」
「え、なに、女に名乗らせておいて自分は言わないつもり? 男としてそれはどうかと思うわ」
「うっ……自分から勝手に名乗ったくせに。まあ、ええわ。オレは小太郎。犬上小太郎や」
「ふーん、犬上小太郎くん、ね」
 名前を反復し、エリーは首だけを動かして後ろを見た。
 一体いつからなのか、彼女の背後には大きな本を持った大人しそうな少女が隠れていた。
 少女はエリーからの視線を受け、小さく頷く。
「あれ、のどかさん!? どうしてここに?」
 ネギが驚きの声を上げた。
 エリーの背後に隠れていたのは、ネギが担当するクラスの生徒、宮崎のどかだった。
「え、えっと、ネギ先生、それは……」
「それはここ脱出してからでいいじゃん。それで、小太郎くん。ここから出るにはどうすればいいのさ? おせーて」
「はぁ? そんなん言うわけないやろ。質問はそれで終わりか? なら、続きと行こうか、金髪の兄ちゃん」
 言って、構えを取る小太郎。だが、目を付けられた筈の司狼は余所見をしていた。
「おい、エリー」
「だからちょっと待ってって。のどかちゃん、どう?」
「は、はい。こ、ここから先十三個先の鳥居に張られている三枚の御札を壊せば結界から出られるそうです」
「なっ! どうしてそれを!?」
「……へえ、なるほどな。んじゃ、長居は無用だ。行こうぜ、センセー」
「一体何が……。まさかのどかさんのアーティファクトって……」
「え、なに? なになに? 一体何なのよ!?」
 一人分かっていない明日菜の背中を押して、司狼達がその場から走り出そうとする。
「読心能力か! その本やな。逃がさへんで!」
「しつけえ」
 司狼が、追う為に駆け出した小太郎に振り返りながら銃口を向けた。
「当たらんわ!」
 獣化した小太郎の身体能力は大幅に上がっている。通常の状態の時でも避けれた弾丸になど今更当たる訳が無い。あとは突然現れる壁にさえ警戒すれば、獣化したパワーでどうにでもなる。
「だいたいテメェ、名前からしてオレに負けてんだよ」
 しかし、小太郎の思惑は直ぐに外れる事となった。
 引き金が引かれ、マズルフラッシュと共に放たれる筈の弾丸。それが閃光となった。
「ぐ――!?」
 獣化した五感でも捉え切れない速さで弾丸が小太郎の肩に命中する。それだけでは無い。
「が、ああああっ!? で、電撃やと!」
 命中した箇所に電流が流れ、全身に痺れが襲う。
 更に二度、三度と引き金が引かれる。その度に視認不可能な速度で弾丸が飛来し、小太郎の四肢が電撃を受けた。
「ぐ、くっ、火系だけじゃなくて、電系も撃てるんか、そのアーティファクトは!」
「正確には違うけどな。及第点にしてやるよ」
「こ、ンのおぉっ! まだまだァ!」
 痺れる手足に無理やり言う事を聞かせ、小太郎が走る。
「素直に負けを認めろや」
「誰が!」
「ハッ。強情なガキだ」
 司狼が小さく笑いながら、銃を持っていない右手を横に伸ばした。すると突然、右腕の周りに鎖が現れる。
「ほらよ」
 右手を前に振りかぶる、その動きに合わせ、突然現れた複数の鎖が金属を擦る音を鳴らしながら小太郎を襲う。
「うわっ!」
 鎖は電撃で動きを鈍くした小太郎を一瞬にして拘束してしまった。
「じゃあな、ボウズ」
 もう興味を失ったと、そう言わんばかりに司狼は背を向ける。
「く、くそっ!」
 小太郎は地面に転がりながら鎖を無理やり引き千切ろうとするが、鎖による拘束を破る事は叶わなかった。
「ま、待てや兄ちゃん! 名前は何て言うんや?」
「誰が言うか」
「名乗ってやればいいじゃん。可哀想に」
「男に名乗る趣味はねえ」
 煙草を取り出し、火を付けた司狼はそのまま歩き続け、ネギ達は小太郎の視界から消えていく。
 一人取り残された小太郎は司狼達の姿が見えなくなると、あれほど抵抗していた言うのに突然力を抜き、鎖に縛られたまま仰向けになった。
「さすがに限界や。……へ、へへっ、次は負けへんで、ネギに金髪の兄ちゃん。覚えてろや!」
 良くも悪くも子供である彼は、再戦に向けて気合を入れなおす。
「しっかし、この鎖どうしよ……」



 ~シネマ村~

 蓮がシネマ村の土産物屋で商品を物色していると、携帯電話からメールの着信を知らせるメロディが流れた。
 携帯を取り出してメールを開くと、送信者は玲愛からだった。画像だけが添付されており、それを開く。
 ミニスカのメイド服を着た玲愛の写真だった。
「何してんだあの人は……」
 玲愛の後ろ、というか背景には不機嫌そうなエヴァンジェリンと無表情の茶々丸の姿もあった。
 エヴァンジェリンは白い水着を着てプールらしき場所にそっぽ向いて座り、茶々丸は玲愛が着てる物と同じ服を着てその傍にいた。
「コスプレ大会? てか、どこだよ?」
 蓮が頭に疑問符を浮かべていると再びメールが着た。今度は本文のみだ。
『使っていいよ?』
 何にだよ、と蓮が呆れていると三度目のメールが着信する。
『恥ずかし~』
「なら、んなメール送るなよ。俺達いなくてよっぽど暇なのか」
「蓮~~っ」
 店の奥からドタバタと香純が駆けてくる。
「見て見て、これ、コテツって彫ってある! って、どうしたのそんな疲れた顔して。なんか馬の耳に念仏どころか壁に向かって念仏唱えて徒労感しか覚えなかったお坊さんみたい」
「どんな例えだよ。あと、木刀振り回すな。危ないだろ」
 香純の後ろから螢も姿を現した。
「メール見てたみたいだけど、もしかして氷室先輩から?」
「ああ」
「三年生は今授業の筈よね」
「サボりだろ。先輩、卒業する気あるのか?」
「なんだかんだで卒業はできるでしょう」
「そういや、先輩はなんだかんだで成績には問題なかったな。どっかの誰かと真逆だ」
「ちょっと、そこでどうして私見るのよ」
「再従姉妹が映画の字幕いらない人なのに、どうしてこいつは英語のテストで赤点取るほど馬鹿なんだろうな。ああ、チワワだからな。脳小さいから仕方ないか」
「ほほう……いい度胸してんね、きみ」
「木刀構えてにじり寄って来んな馬鹿女。つか、それ店の商品だろ」
「武器持った綾瀬さんをからかうからでしょう。はあ、遊佐君がいなくてもやってる事変わらないんだから……」
 溜息をつき、螢が店の外にたまたま視線を向けると刹那が木乃香の手を掴んで走っているのが見えた。
 その後ろを3-Aの生徒達が追いかけ、その間を縫って何かが刹那へと飛来した。刹那はそれを片手で受け止め、手早く捨てて走り続ける。
「部活の時と違って随分活発なのね」
 駅前での出来事は白状させていたので部活の後輩である刹那が魔法だとかを使うような人種だとは把握していた。だからと言って無理に助けようとは螢は思っていなかった。どこかの馬鹿と違って人の事情に首を無理矢理突っ込んでかき回す趣味は無い。部活の先輩として何も思わなくもないが、向こうが助けを求めてきた訳でも無い。
 だいたい、蓮から聞いた話では向こうに伯母らしき人物がいる。正直言って関わりたくない。
「藤井君、綾瀬さんで遊んでないでキルヒアイゼンさんやアンナさんのお土産早く買ったらどうなの? 店の中で暴れるだけじゃ周りに迷惑よ」
 何も見なかった事にし、店の中へ向き直った。
「暴れてるのは俺じゃなくてこのコロポックルだ」
「誰がコロポックルか」
「そういう櫻井は何も買わないのか?」
「そうね、兄さんにも何か買わないと……」
 螢の視線が店の壁に見本として壁にある三角形のペナントを見つめた。
「いやいや、それは無いって」
「まあ、昭和っぽくていいんじゃないか?」
「だ、だってしょうがないじゃない。兄さん基本的に無欲だし。兄さんが旅行に出かけた時のお土産はだいたいペナントかキーホルダーだったんだから……あと変なボールペン」
「ボールペン……」
「他にもあんだろうに。名産の食い物とか、アンナさんみたいに菓子とかさ」
「多分、私が昔、兄さんが作った和菓子の方が美味しいって……言ったせいだと、思う」
「………………」
「………………」
「藤井君、何よその目はッ!」
「何で俺にだけ突っかかる!? 香純の方が生暖かい視線送ってただろ!」
「貴方のは特にムカつくのよ」
「理不尽だろ、おい」
「何やってるのかしら、貴女達……」
「あっ、葛葉先生」
 店の入り口から刀子が顔を覗かせていた。彼女は生徒達が自由行動である今日、生徒達がよく集まりそうな場所へと他の教師共々巡回していたのだ。
 シネマ村へ入った途端に土産物屋が騒がしかったので様子を見てみれば原因は自分のクラスの生徒だった。
「修学旅行で浮かれるのは分かるけど、あまり周りの人達の迷惑にならないようにしなさい」
 刀子の注意に香純が元気よく返事し、蓮と螢はお前のせいだと責任の擦り付けを行う。
「そういえば、今日は女の子だけなのね。遊佐君はどこへ行ったの? いつも一緒にいる本城さんもいないみたいだし」
「……女の子、だけ?」
「……あ」
 蓮の態度が明らかに不機嫌なものへと変わった。香純と螢が笑い出したのがそれに拍車をかける。
「え、えっと、今のは言い間違いよ言い間違い。ごめんなさい藤井君。今日は私服だったからうっかり」
「あんたは服で性別見分けてんのか」
「そ、そういうわけじゃ……」
「眼鏡の度合ってないんじゃですか。てか、もう一度眼科行ってくださいよ、葛葉先生」
 言葉遣いは教師に対するそれだが、不機嫌な視線を向けたままだ。さすがの刀子も非は自分にあるだけあってたじろぐ。
「蓮、別にいいじゃん。可愛い顔してるのは事実なんだし」
「ああ゛?」
 香純がにやにやと笑みを浮かべている。
「あっ、そうだ。向こうで衣装の貸し出しとかやってるからさ、そこ行こうよ。お姫様の衣装とか着るの。すっごく似合うと思うんだけどな~」
「そうね。十二単とかもきっと、いえ、絶対よく似合うわ」
「ああ、いいね。それ」
「ふざけんな。似合うわけねえだろ。頭悪い事言ってんじゃねえよ筋肉女ども」
 と、蓮が喧嘩腰になっていると店の外が騒がしくなり始めた。
「騒々しいな」
「何かイベントとかじゃないの? 行ってみようよ」
 何事かと店の外に出てみると、ヌイグルミが暴れていた。
「…………」
 ヌイグルミが、暴れていた。
「…………」
 大きい物は大人程の大きさで、小さいのは猫程度の大きさと大小様々なヌイグルミっぽいのが通行人達にじゃれ付いたり、のし掛かったりしている。中にはスカート捲りをしている河童っぽいのもいた。
「うっわぁ、何これ?」
「私に聞かないで」
「おい、こっちに来ないうちに離れようぜ。あんなシュールなのに襲われるのは嫌だぞ」
「いやいや。助けようよ。皆困ってるじゃん」
「お前はまたそんなお節介を」
「綾瀬さんらしいけど、別に放っておいてもいいんじゃないかしら。だってほら、じゃれついてるだけで危害与えてる訳じゃないみたいだし」
「まったくだ。無視しろ無視」
「でも、スカート捲りしてるのがいるんだけど。アレって同じ女の子として見捨てるのってどうかと」
「それは、まあ……」
 螢が複雑そうな顔し、蓮は呆れていた。
 そんな事を言っているうちにヌイグルミの集団がとうとう近くまでやって来る。
 いきなり、螢に飛びかかってる人間サイズの熊っぽいヌイグルミが飛びかかる。
 反射的に螢がヌイグルミを殴った。
「こいつヌイグルミ殴りやがった。しかもグーで躊躇無く」
 地面を転がるヌイグルミを一瞥して、冷たい視線を蓮は螢に向けた。
「螢、せめて平手とかにしようよ。女の子なんだしさ」
「し、しょうがないじゃない。咄嗟の事だったんだから」
「咄嗟に拳で殴るって女としてどうなんだ?」
「う、うるさいわね」
「てか、櫻井のせいで目つけられたぞ」
 ヌイグルミ達の注意が蓮達の方へ向いていた。
「ちょっと待って。それって私のせいなの?」
「当たり前だろ」
「くっ……ええ、そうよ。私のせいよ。そうやって何でもかんでも私のせいにすればいいのよ。それで満足なんでしょう、藤井君」
「捻くれるなよ」
「ちょっと二人とも、そんな事言ってる場合じゃ」
 香純の言葉も途中で、ヌイグルミ達が一斉に三人に向かって襲って来た。

「………………」
 葛葉刀子の目の前で蓮達が乱闘を繰り広げる。
 助けようかと教師として思ったが、香純と螢が土産物屋の木刀で容赦なく叩き臥せる様子を見ると逆にヌイグルミの方が可哀想になってくる。
 刀子はあのヌイグルミ達が式神だと見破っていた。だが、今現在麻帆良学園の一教師として京都にいるとは言え、関東魔術協会側の人間が関西の土地で不用意に戦うべきでは無い。
 式神も人目に触れても平気なよう一見すれば着ぐるみのようだし、のし掛かったりイタズラするだけで危害を加える気は無いようだ。
 なら、蓮達には悪いが関西の魔術師に言いがかりを付けられる前に退散した方が良い。そう思い、静かにそこから離れようとする。
「……おかしいですね」
 式神達の動きに引っかかりを覚えた。
「まさか、陽動?」
 これだけの量の式神を操って、ただイタズラだけというのもおかしな話だ。わざと注目を浴びて何か隠しているようにも見える。
 何の為に、と考えるが答えは出ない。彼女はネギが使者として親書を届ける事も、木乃香が関西の符術使いに狙われている事を知らない。
 関西にいる間、修学旅行に随伴している魔法先生は目立たぬよう裏の事に関して自重しているので情報伝達が遅れる。
「少し探ってみますか」
 ヌイグルミのフザケた行動とは裏腹に、統率の取れた動きに疑問を覚えた刀子は気配を消して姿を隠す。向かうは、式神が一般人から意識を逸らさせようとしている場所だ。



「あいつら、どこ行った?」
 路地裏に逃げ込んだ蓮は周囲を見渡す。表からは客達の悲鳴か笑い声か分からない声が聞こえてくる。
 ヌイグルミから逃げ回っている内にいつの間にか香純と螢からはぐれてしまった。
「電話するか」
 表から入ってきた河童を蹴り飛ばし、携帯電話を取り出す。
 短縮ボタンを押そうとした時、奥から人の声がした。
 一度そちら注意が行くが、関係無いと思い直し再びボタンを押そうとして、
「月詠はんはちゃんと気逸らしてくれとるみたいやな」
 ものすっごく聞き覚えのある声だった。
 携帯電話を閉じ、蓮は足音を忍ばせながら路地裏の奥へと慎重に進んで壁を背に角から様子を窺う。
「これで後は木乃香お嬢様をこっちに誘導してくれれば計画通り」
 非常に見覚えのある眼鏡をかけた和服の女が立っていた。
「お嬢様さえ手に入れてしまえば、西洋魔術師なんぞ……。ふ、ふふっ、あーっはっはっはっはっは、ゴホッ、ゲホゲホ」
「…………アホだ」
 見て見ぬフリをして立ち去ろう。そう決めた。
「ッ!?」
 その時、蓮を真上から大きな影を覆った。
 反射的にポケットからパクティオーカードを取り出し、アーティファクトを呼び出す。装着するのと、影が人の胴ほどある手を持つ腕を降り下ろすのはほぼ同時であった。
 黒い鉄に覆われた蓮の右腕はそれを受け止める事に成功するが、腕力が違い過ぎた。
 主人からの魔力供給を得ていない蓮の身体能力は多少頑強になる程度で他は対して変わらない。
 上からの圧力に負け、そのまま地面に押し倒されてしまう。
「がはっ――チッ」
 蓮は大きな手の平と地面に挟まれ身動きが取れなくなる。
 影は角を生やした猿のような顔を持つ式紙であった。背中に大きなコウモリの翼を生やし、額に符を張り付けている。
「なんや、何が起きたん? ……おやおやぁ、一昨日邪魔してきた片割れか」
 音に気付き、千草がやって来た。式紙に押さえつけられたまま仰向けに倒れる蓮を見下ろし、ニヤニヤと厭らしく笑みを浮かべている。
「ここで仕返ししてもええんやけど、この後予定が詰まっとるんよ。しばらく眠ってもらいますえ」
「…………」
「ん? どないしたん? 急に大人しゅうなって」
「いや、そんな露出多い服着てる癖に下着は普通だな、と」
「――……っ!? どこ見てんの、この助平!」
 服を押さえながら、底の厚い下駄で蓮を踏みつけようとする。だが、蓮は首の動きだけでそれを避ける。
「あっぶね」
 千草が何度も蹴り付けようとするが、蓮は避ける。そうしてる内に、式紙が主の行動に戸惑い始める。どうやら見た目ほど凶暴な性格をしているわけではないようで、僅かに力が弱まった。
 その隙をついて蓮がスライディングするかのように地面を滑り、式紙の手から逃れて千草から距離を取った。
「ぜぇ、ぜぇ。くぅ、女みたいな顔しとってもやっぱ男やなぁ。このヘンタイ!」
「そっちが勝手にそんな見える位置に来たんだろ。それに女みたいは余計だ」
「ふ、ふふっ、眠らせるだけですまそう思たけどもう我慢できへんわ。イタブったる」
「頬引き攣ってるぞ。無理して悪役ぶろうとしてるのが丸わかりだ。いい歳してそんな台詞恥ずかしくないのか?」
「うっさいわ! イチイチムカつく男やわ。――行きや!」
 千草が指示を飛ばした直後、式紙が蓮に向かって飛びかかる。
 蓮はアーティファクトに包まれた右腕を盾にするかのように構えた。初めてアーティファクトを使った時は手首から先だけが薄く黒い手甲のような物に覆われたが、今では肘近くにまで伸びている。だがそれは盾として使用できる範囲が広がっただけであり、蓮は未だにアーティファクトの能力を使用できない状態にあった。
 式紙の手が蓮へ伸びる。その指先には獣のような凶悪が爪が蓮を斬り裂こうと鈍い光を放つ。駅前でみた着ぐるみのような式紙とは明らかに違う。
 この状況をどう打開するべきか、一瞬司狼の顔が浮かんでそれを振り払った時、声が聞こえた。
「藤井君、伏せなさい」
 言葉通りにしゃがんだ直後、白刃が輝き、目の前にまで迫っていた式紙が左右に割れた。
 縦一文字に斬られた結果だと分かったのは、式紙が霞と消えていく中、蓮の目の前にスーツを着た女が地面に着地した時だった。
「貴女がこの騒ぎを起こした張本人ですか」
 女は冷ややかな視線で千草を睨みつける。
「だ、誰やッ!」
「葛葉先生」
 蓮の目の前に立った女は葛葉刀子だった。女の右手には鍔の無い野太刀が握られており、左手には鞘を逆手に持っていた。
「貴方は遊佐君がいなくても騒ぎの中心にいるわね」
 前を向いたまま呆れた風に刀子が蓮に言う。
「そのアーティファクトについて後でちゃんと聞かせてもらいますからね。……はぁ、まさか貴方もこっち側だったなんて」
「いや、俺は別に」
「それは後で聞くと言いました。まずはこちらです」
 刀子の重心が僅かに下へ移動する。
「ちぃっ」
 千草が刀子の視線を受けてとっさに符を取り出すが、発動させようとした時には符が綺麗に斬られていた。
「いぃっ!?」
「既に私の間合いですよ」
 長いリーチを持つ野太刀によって敵の先制を封じた刀子は返す刀で千草を切りつける。相手が呪符使いならば距離を取られる前に決着をつける。
「くっ、神鳴流かいっ!」
 千草の言葉と共に金属音が響いた。
「――っ」
 刀子が一瞬息を呑んだ。
 千草はあろう事か神鳴流の一撃を小刀によって受け止めていたのだ。
「フッ」
 刀子が前進しながら連撃を繰り出す。千草はそれを危なげながらも受け止めていく。
 気を操って符を使用する呪符使いならば高い身体能力を発揮してもおかしくは無いが、さすがに神鳴流の使い手の攻撃を何度も受け止めるのは珍しい。
 それでも、近接戦闘のスペシャリストにかなう訳が無い。後退しながら小刀で受け止めてはいるが、千草は徐々に追いつめられていく。
 刀子は重い一撃を千草に向け振るった。小刀で受け止めても尚、千草の体は後ろへ吹っ飛んで路地の奥へと消える。
「藤井君、貴方は表通りに戻りなさい。私も後でそちらに行きます」
 刀子はそう言い残すと、自ら吹っ飛ばした千草を追いかけて行く。その背中はあっと言う間に遠ざかり、蓮はその場に一人取り残されてしまった。
「……剣道部の関係者はまともなのがいないのか」
 自分とその周囲の事を棚に上げ、蓮はアーティファクトを解く。
 一瞬、追いかけようとも思ったが、先の戦いを見る限り自分は足手まといにしかならないだろう。
 それよりも、はぐれた香純や螢の方が心配だ。
 蓮は携帯電話を再び取り出して駆けだした。

 実際に蓮が心配するまでも無く、刀子は千草を追いつめていた。
「しまっ――」
 袋小路に追い込まれ、壁を背にしたところで小刀を弾かれ手から放れる。
「呪符使いにしては粘りましたが、これで終わりです」
 目の前に野太刀が突きつけられ、千草は動けなくなる。
「わ、私をどうするつもりや……」
「殺しはしませんよ。ウチの生徒に手を出したケジメは付けさせたいところですが、関西呪術協会に引き渡します」
「生徒? 引き渡す……。ははぁ、そうか。あんさん見ない顔思ったら関東の人間ですか。そういえば聞いた事ありますえ。関東の西洋魔術師と結婚して関東に移った裏切り者がいると」
「だったらどうだと?」
「別に何もあらへん。ただ、結局離婚したそうですな」
「―――」
 野太刀の切っ先が僅かに震えた。
「男の為に裏切った結末が破局やなんて、なんや可哀想な話ですなぁ。その歳じゃ再婚も難しいやろ。美貌も歳と共に衰えて、なんやストレスでも溜め込んどると違いますか? おやぁ、目尻の方に皺が――って、危なッ!」
 首を狙った一閃を千草は過去最高の生存本能を発揮して転ぶように回避した。奇跡だと言っても良かった。
 尻餅をつき、素早く後ずさる。
「な、なななな何すんのや! 危うく死ぬところやったわ!」
「チッ」
「舌打ち!? 舌打ちしよったこの女!」
「峰打ちですから死にはしませんよ。ただ、力の加減を間違えて西瓜のようにカチ割ってしまうかもしれませんが」
「メチャクチャや。離婚がそんなに気に喰わなかったんか? それとも、皺?」
「――ウフッ、フフフフフフッ」
「目が据わっとる……」
 刀子が天高く野太刀を構えた。
「ヒイィィッ」
 千草が悲鳴を上げる中、刀が振り落とされる。
 刀は真っ直ぐに千草の頭部へ――では無く、刀子は右側面に向かって袈裟に刀を振るった。
 火花と金属音が二つ鳴った。
「あッ、くっそ、防がれた。良い勘してるわね」
「……仲間がいたなんて」
 足下に転がった、二つに割れた弾丸にも目もくれずに刀子はシネマ村のセットの屋根に立つ乱入者を見上げた。
「完全に不意打ちだったんだけどね」
 屋根の上には櫻井鈴が立っていた。右手には拳銃が握られ、銃口に取り付けられた黒い筒からは硝煙が真上に伸びている。
 櫻井鈴は屋根の上から跳び下りて消音器付きの自動拳銃で遠慮なく刀子を撃ち始めた。
「早く集合場所に行きなさいよ。白髪少年が待ちくたびれてるわよ。こっちは私がやるから」
「おおきに。頼みましたえ」
 千草は尻餅をついた体勢から素早く起き上がると、一目散に逃げていった。
 待て、と言って追いかける事を刀子はしなかった。ただ、消音器によって空気の抜けるような音をして発射される弾丸を刀で受け止めながら鈴から視線を外さない。
 足止めに徹するつもりか、撃ってくる以外の事は特にして来ない。その姿は隙だらけで斬ってくれと言わんばかりだ。しかし逆に、それが不気味だった。
 刀子は撃たれるまで気配は微塵とも感じなかった。これほど近づかれて刀子に気配を感じないとは相当な実力者の筈だ。眼前とのギャップが刀子に警戒を与えていた。
 鈴が弾倉を取り替え初めても刀子は警戒し、少しずつ横へ移動するだけで攻撃を仕掛けようとしない。
「慎重ねえ」
 リロードし終えた鈴が呆れたように言う。
「面倒だわ」
 そして、左手を胸の高さにまで上げる。いつから握っていたのか、ナイフが一本そこにあった。
(いつの間に……)
 相手の武装を知るのは戦いの上では基本だ。それを見逃してしまうなど、刀子ほどの剣士にはありえない事だ。
「このまま時間稼いでもいいんだけど、やっぱ待ちってのは性に合わないわ。って事で……」
 鈴が溜めもなしに刀子向かって駆け出した。銃を連射しながら一息で間合いを縮める。
 普通人と戦車も切ってしまう神鳴流剣士の闘いが音も無く始まった。



「香純、櫻井」
「あっ、蓮」
 携帯電話で落ち合う場所を決め、表通りに戻った蓮はようやく二人を見つけた。
「もう、一人でどこ行ってたのよ。探したんだから!」
「お前は無駄に元気だよな」
「無駄って何よ!」
「そのままの意味だ。どうしてそう体力あるんだか。もうちょっと脳の方に栄養回せよ」
「なにおぅ!」
「藤井君、普段通り綾瀬さんをからかってる場合じゃないわ。昨日聞いたあのゴスロリの服着た子がいたわよ」
「あ、そうそう! 女の子二人が真剣持ってチャンバラしてたの。ギャリリィィッ、って」
「馬鹿は無視して……やっぱりいたか」
 蓮が思い浮かべたのは自分をいきなり背中から切りつけた少女だ。千草がいるのならいてもおかしくは無い。どころか、護衛役と思われる彼女がいない方がおかしい。
「やっぱりって事はそっちも?」
「まあな」
「鈴伯母さん?」
「違う。まあ、どこかにいるだろう。お前の親戚だろ。どんな奴なんだ?」
「殴ったら死んだ、とか言う人」
「……オイ」
「それって単に危ない人なんじゃないの。人の家のこととやかく言うつもりないけど、本当に螢と戒さんの伯母さん?」
「残念ながら伯母よ。喧嘩しか能が無いからって言う理由で十代の頃にベトナム戦争に行った人なんだからまともな訳ないじゃない」
 苦手なのか、苦々しい表情を螢は浮かべた。
「何であんな事してるのか知らないけど、鈴伯母さんは基本的にこっちから何もしなければ危害を加えて来ないから。問題はあのゴスロリ服ね。彼女、目がヤバかったわよ」
「確かにな。てか、お前らよく無事だったな」
 ゴスロリ服の少女、月詠に対する第一印象は戦闘狂だ。そんな彼女が一般人に容赦してくれるとは思えない。
「桜咲さんにご執心のようだったから。それに綾瀬さんが機転を利かせてくれたおかげで逃げれたのよ」
「ふうん……は? 香純が、機転を……どんな冗談だ?」
 蓮は信じられない物を見るかのような驚愕した表情となった。
「ちょっと、何よその顔はッ!?」
「だって、なぁ?」
「こっちに振らないで。私だって少し信じられないんだから」
「螢まで!?」
「偽物じゃないだろうな?」
「違うわッ! 私が頭使ったらそんなにおかしいか!」
「どこか頭打ったか? やっぱエリーに見てもらった方がいいんじゃないか」
「あっはっはっはっは――イイ度胸じゃない」
「いきなり笑ってどうした。キモいぞ」
「うがーーーーっ!」
「吠えたわね」
「吠えたな。本物だ」
「どういう真偽判定だコラァッ! キレるわよ、このバカ!」
 香純が怒鳴ったその直後、シネマ村の奥が爆発した。
「…………」
 時代劇のセットとしても使われる長屋の一角が爆発したようで、青空に向かって黒い煙が昇っていく。蓮達の前に壁の一部らしき板が風に乗って落ちた。
 カラカラと音を立てて転がった板を見届けてから、蓮と螢の二人が同時に香純へ視線を向けた。
「わ、私じゃないよ?」
「当たり前だ」



 爆発現場から少し離れた人通りの無い路地裏で、刀子は悔しそうに歯噛みした。
 鈴との戦いは、彼女の即席爆弾によって決着がつかず逃げられてしまった。
 戦闘中、時代劇の撮影に必要だったのか、彼女はその場にある物だけを利用して爆弾を作った。その技術は感嘆してもいいほどだが、おかげで刀子は関西の土地で爆発騒ぎを起こしてしまった事になる。
 爆弾の火力はさほどでは無く、小屋のようなセットを一つ燃やす程度だったのが幸いした。一応、消火して刀子もすぐさまその場から姿を消して逃げたが、表沙汰になるのは確実だろう。それは、現在関東に所属する刀子の立場的にまずい。
「…………」
 考えても仕方ないと、肩を下ろして左手に持っていた野太刀を真上へ放り投げる。そして、口で持っていた太刀の鞘を左手に持ち替える。
 そして吸い込まれるようにして、投げられた太刀が落下し、鞘へと収まった。
「まさか魔法も気も使えない表の人間にここまでやられるなんて……」
 自分の右腕を見下ろす。
 刀子の右腕は外傷が何一つ見当たらないと言うのに、どういう訳か力を無くしたかのようにだらりと垂れ下がっていた。
「あっ! 葛葉先生だ!」
「お前、いちいち大声出さないと気が済まないのか」
 声に振り向くと、爆破騒ぎに野次馬よろしく駆けつけようとしていた蓮達が刀子に駆け寄って来る。
「ちょうど良かったわ。少し手伝ってくれる?」
「どうしたんですか?」
「腕が少しね。綾瀬さん……じゃなくて、櫻井さんにお願いしようかしら。前に後輩の子が脱臼したの治していたでしょう?」
「ええ、まあ……。もしかして、その右腕……」
「三箇所、信じられない事に一度で外されたわ」
 肩と肘、手首の骨の間接が外されていた。
 鈴との戦闘で間合いに飛び込まれ、太刀を持つ右手に触れられたと思った瞬間にこの有様だ。
 結局は鈴の火力不足で彼女は離脱して行ったが、もし鈴に魔法使いの障壁も破れる程の武器があったらと思うと冷や汗が止まらない。
「一体誰にやられたんですか? まさかあの和服の女に返り討ちされたんですか」
 間接を嵌め直そうとする螢の後ろで蓮が聞いた。
「いえ。その後に黒尽くめの女の人が現れて、彼女にやられたの。世界は広いわね。触れただけで三つも間接を外すなんて、そんな技聞いたこともないわ」
「多分、その人は私の伯母ですね」
「へ? 伯母? ……櫻井さんの? そういえば似てるような……。何で櫻井さんの伯母が呪符使いと――」
「お前といい、お前の伯母さんといい、一体どんな家なんだよ。まともなのは戒さんだけか?」
「私を伯母さんと一緒にしないで」
「あの、私の話を聞いて下さい。って、もしかして櫻井さんも裏の世界の事を知って――」
「蓮、螢ー。司狼からメール着たよ。何か狼少年とバトッたとか頭悪い事言ってる」
「馬鹿の言う事だ。放っとけ」
「ま、まさか司狼君も――いたたたっ!」
「じっとしてて下さい、葛葉先生。ちゃんと嵌められません。それと、間接外したのは技ではないですね。あの人、武術とかやらないから」
「へ?」
「外せそうだから、外した。それだけかと思います」
「なにそれ」
「そういう人なんです。これが普通の人だったら多分、右腕全てが複雑骨折してる筈です」
「ごめんなさい。何だか混乱して来たわ。誰か一から説明して頂戴。お願いだから……」



 ~千草の隠れ家~

「このままみすみす本山に入れるんを見逃せ言うんかえ」
「ええ。千草さんは儀式の準備の方に集中して下さい」
 シネマ村から隠れ家に戻った千草は急いで準備し、親書を持ったネギと木乃香が近衛本家に入るのを阻止しようとしていた。しかし、それをフェイトに止められた。
「本家は強力な結界で覆われとる。入られたら手出し出来んようなる。明日には本家の腕利き達も帰って来る。それを分かってて待て言うんかえ?」
「はい。犬上小太郎が治癒中、月詠さんもまだ帰ってきていません」
「オレだけ呼び捨てかい」
 上半身の火傷の上に治癒用の符を満遍なく張り付けた小太郎がフェイトを睨みつけるが、フェイトはそれを涼しい顔で無視した。
「戦力が足りてません。だから今出るのは得策じゃありません」
「確かにそうやけど……そういえば、鈴さんはどこ行ったんや。爆弾騒ぎの事で詰ってやるつもりやったんに」
「ああ、そう言えば伝言を預かってました」
「なんや、そうなんか。早よ言わんかいな」
「えっと、服を一着借りたそうです」
「服?」
 反復し、何か思い至ったのか床に座っていた千草は横に置いたスーツケースに手を伸ばして引き寄せた。開き、中の物を指さし確認で確かめていく。
「ああっ!? 変装用に用意した衣装が無い!」
「なんやあのおばさん、千草姉ちゃんのコスプレ衣装なんて持ってって。いい歳してコスプレする気か」
「コスプレちゃうわ。まあ、いい歳してってのは認めるけどな。もう五十近いやろに……」
「ふぅーん……五十!? 嘘や。そこまで老けてるように見えへんで!」
「たま~におるんよ。そういう人」
「そういう問題でもないと思うわ」
「ただ今戻りました~」
「お帰り、月詠はん。って、その格好はどないしたんえ?」
 帰ってきた月詠を見て千草は驚いた。彼女はフリルが沢山ついた白いドレスのような服を着ていたのだが、何故か服だけでなく全身白色だった。
「女の人に消火器投げられましてなぁ、つい反射で切った途端この様ですわ~。おかげで先輩にも逃げられてしもうたし。ところで、なんか盛り上がっとったようですけど、何の話してたんどすかぁ~?」
「月詠の姉ちゃんも聞けや。鈴のおばさん、五十近いんやと」
「そんな事知っとります」
「へ、知らんかったんもしかしてオレだけ?」
「ボクも知らなかった。まあ、どうでもいいけどね。年齢なんか」
「フォローになっとらんし」
「ウチもあんな歳の取り方したいですわ~」
「女として、若さを保っていられるのは確かに羨ましいわぁ」
 月詠の言葉に千草が頷く。
「ええ。体が若いままならいつまでも戦えますからな~」
「そっちかい」




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