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No.32793の一覧
[0] 【習作】マリィがネギま世界を流出させました(ネギま×Dies)[紫貴](2012/04/15 16:02)
[1] Diesキャラ・アーティファクトの設定[紫貴](2012/05/04 17:06)
[2] 桜通りの吸血鬼編 第一話[紫貴](2012/04/15 16:04)
[3] 桜通りの吸血鬼編 第ニ話[紫貴](2012/04/15 16:05)
[4] 桜通りの吸血鬼編 第三話[紫貴](2012/04/17 22:51)
[5] 修学旅行編 第四話[紫貴](2012/04/25 21:48)
[6] 修学旅行編 第五話[紫貴](2012/04/22 16:40)
[7] 修学旅行編 第六話[紫貴](2012/04/22 16:41)
[8] 修学旅行編 第七話[紫貴](2012/05/04 17:01)
[9] 修学旅行編 第八話[紫貴](2012/05/04 17:04)
[10] 修学旅行編 第九話[紫貴](2012/05/04 17:05)
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[32793] 桜通りの吸血鬼編 第三話
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/17 22:51
 ~橋上~

 麻帆良学園と外界を繋ぐ長大な大橋。
 今は車一台も通っていない橋の中央に二人の少女が立っていた。
 一人は高等部の制服を着て頭の上に目の据わった人形を乗せている少女に、もう一人はゴスロリ衣装を着た小学生くらいの子供だ。
「……ええい、遅い!」
 エヴァンジェリンが貧乏揺すりをしながら夜空に向かって怒鳴った。
「怒鳴ったってすぐに来ないよ、エヴァちゃん」
「夜ッテ書イテアッタケド、時刻ノ指定ハナカッタカラナー。御主人ガ早ク来スギタセイダゼ」
「うるさい! だからってもうすぐ日付が変わるぞ。こんな時間夜じゃなくて夜中だろうが!」
「きっとさぁ、人待たせとけば偉いとか思ってるんだよ。それか、人がイライラするの影からこっそり見て楽しんでるんだと思う」
「ケケケ、性格ワリーナソイツ。イイ感ジダ」
「確かに、この私相手にイイ度胸だ。フフフッ」
 エヴァンジェリンの怒りが頂点に達しつつある時、向こう側、エヴァンジェリン達が橋に入ったとは反対側の入り口から橋に設置されたライトの下を一台のワゴン車が走ってきた。
 黒塗りのワゴン車はエヴァンジェリン達から随分と離れた、肉眼で確認できる程度の距離で停止した。
 横開きのドアが開き、四人の男女が降りてきた。そして、その中で唯一の男が車の後ろに回り込んで車椅子に乗せられた茶々丸を下ろす。
 同時にエヴァンジェリンがスカートのポケットに入れていたプリペイドケイタイが鳴り出す。
「え、え~と……このボタン押せば良かったんだったか?」
「それ押したら電話切れちゃうって。こっちのボタンで通話」
「そ、そうか……。も、もしもし?」
 恐る恐ると言った感じでエヴァンジェリンが携帯電話に耳を当てる。
『エヴァちゃん、仮にも女子中学生なら携帯電話の扱い方ぐらい知っとこうよ~。それともン百歳になると機械オンチになるの?』
「余計なお世話だ! というか誰だ貴様!? ちゃん付けで呼ばれる筋合いなど無い」
 視線を橋の向こうに向ければショートヘアーの少女、エリーが携帯電話を片手に手を振っていた。
『いや~、だってさ。エヴァンジェリンって名前長いじゃん? なら略してエヴァちゃん。あっ、ちなみに私の名前はエリーね』
「だから、ちゃん付けで呼ぶな」
『何かさ、こうやって橋の両岸で向かい合って人質交換って映画みたい。でも、映画とかだと人質取るのって定番のフラグだよね~。何のフラグかは敢えて言わないけどさ』
「……おい、香純。おまえの学友は頭大丈夫か? 話が一向に通じん」
「ごめん。ほんとにごめん」
『あ、ちょっと蓮くん何するのよ。ケイタイ返してよ、スケベ』
『何でだよ、ふざけんな。いいからとっとと本題入れよ』
 電話の向こうから携帯電話を取り合うような声が聞こえ、向こう側を見てみれば蓮がエリーから電話を奪って耳に当てていた。
『えっと、エヴァンジェリン、だったよな』
「――――……」
『どうした?』
「……い、いや、何でもない」
『そうか? ……とりあえず、人質を交換し合おう。互いに開放して人質だけで橋を歩かせる。茶々丸は足壊れてるけど、電気車椅子だから問題無くそっちに行ける筈だ』
 車椅子に細工は――とエヴァンジェリンは疑ったがそれを言ってしまえば逆にこちらの細工も疑われてしまう。それに、念の為の仕掛けなので別に無理に使う必要も無い。茶々丸が返って来るなら穏便に済ませてしまおう、そう彼女は思っていた。
『そっちも面倒は避けたいはずだ。言う事聞いてくれればこっちからは何もしないし、そっちの方が助かるだろ。お前のためでもあるんだから素直に従ってくれ』
「………………」
 何となく、言い方が気に食わなかった。
「……わかった」
 静かな言葉とは裏腹に通話を乱暴に切った。
「エヴァちゃん、目が据わってる……」
「顔や声だけで無く、あのくそムカつく態度まで一緒とは……フ、フフッ、いいだろう。私が悪の魔法使いだという事を見せてやる!」
「オー、御主人ガ燃エテルゼ。ウケケ」
「誰もそんな事頼んで無いんだけど」

「何なんだ? まあいいか。本城、電話返すぞ」
 通話が切られた携帯電話から耳を離し、持ち主に返そうと振り返ってみれば、女性陣が冷たい目で蓮を見ていた。
「……何だよその目は」
「さっきの言葉、挑発してるようにしか聞こえなかったわよ。遊佐君といい、貴方達はどうして人の神経逆撫でしないと気がすまないのかしら」
 螢が呆れている。
「ちょっとあの言い方はマズいんじゃないかなぁ? 蓮くんってワザとなのか、素なのか分からない時あるよね。無意識にって線もあるけど」
「何の話だよ。今の普通の会話だったろ。それに、あの馬鹿がしでかす前にとっととこんな事終わらせないと」
 現在、橋の上に司狼の姿が無い。
「ある意味、遊佐君の大義名分作りに一役買ったみたいなものだけどね。ほら、向こう見てごらん」
 玲愛が指さす先にはエヴァンジェリン達がいる。
「あー、腰に手当てて笑ってるねえ」
「自棄笑いって感じがするわね。本当に、嫌な予感しかしないわ」
 言って、螢とエリーが蓮に振り返る。螢はどうしてくれるんだと言う風に困った顔をし、エリーは面白くなりそう。さすが蓮くん、と言った感じで笑っている。
「俺のせいかよ」
「大丈夫、私が慰めてあげる」
「先輩……」
「これで好感度アップ」
「いや、そんな事だろうと思いましたけどね」
「ダメ?」
「もう全てに対してダメです」
「弱ったところに手を差し伸べて好感度アップ計画は失敗か。次は大人の色香で……」
「不可能だと思うんでしないで下さい。マジで頼みますから」
「……これは、仲が良いと言っていいのでしょうか?」
 車椅子に乗せられて蚊帳の外だった茶々丸にとって四人の会話は不思議でならなかった。



 数分後、それぞれの人質は解放されて橋の中央向かって歩き出す。
 香純は頭からチャチャゼロを橋の手摺へと下ろして歩き、茶々丸は耳の機械部分から伸びたコードに繋いだ電気車椅子でゆっくりと走行する。
 蓮達とエヴァンジェリンは身内が帰って来るのをじっと待つ。互いに離れた場所にいるというのにピリピリとした緊張感があった。
「映画みたいね」
「って、何でアスナさんがいるんですか!?」
「しーっ、声大きいわよ。気づかれるちゃうじゃない」
 エヴァンジェリンがいる場所より後方、橋から空へ伸びた柱の影にネギと明日菜、そしてカモが隠れていた。
「あんたがいつまで建っても帰ってこないから探しに来たんじゃない。ケイタイにも出ないし。やっぱりにここにいたのね」
「つい気になってしまって……でも、僕を探しに来たんなら何で一緒になって隠れてるんですか?」
「いいんじゃねえか、ネギの兄貴。アスナ姐さんとは仮契約してんだし、いざとなったら守ってもらおうぜ」
「そうよ。それに、私だって気になるんだから」
 コソコソと、二人と一匹は柱に隠れエヴァンジェリンに気づかれないよう小さな声で会話する。
「いくら魔力を封印されているからって、真祖の吸血鬼と交渉たァ、あの学生達侮れねえ。実は魔法使い関係者だったりするのか?」
 カモが遠くにいる蓮達に視線を向けて呟く。
「あれ? そういえばあのガラの悪い金髪がいないわよ」
「ガラが悪いって、アスナさん失礼ですよ。それにこれだけ離れてるのによく見えますよね」
「俺っちの視力でも辛うじてだけど、確かにあのおっかねェ兄貴がいねえ。車の中にいるのか、それとも……」
「ネギ、気を付けなさいよ? あんたさ、悪い先輩に脅されて犯罪に手を染める後輩みたいな感じがして心配なのよ」
「そんな事しませんよ!」
「ん?」
「どうしたの? カモ君」
 ネギの肩に乗っていたカモが突然後ろを振り返った。
「今そこに誰かいたような」
「ちょっと、怖いこと言わないでよ」
「やっぱ気のせいか?」
「そうよ。だいたいこんな時間に出歩いてるなんて私達ぐらいなものよ」
「あっ、二人が立ち止まりましたよ!」
 ネギの言葉に彼らは橋の中央に意識を集中させた。

 橋の中央、香純と車椅子の茶々丸が合流していた。このまま進めばそれぞれ元の場所へと戻れるのだが、香純は一度立ち止まっていた。
「ごめんね。うちのバカどもに何かされなかった?」
「いえ、大丈夫です。こちらこそマスターがご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「んー、確かにちょっとわがままで無駄に尊大だけど何か可愛かったし、私は別に――」
 気にしてない、と続けようとして香純の視線が茶々丸の手足に移動する。そしてようやく、本当にようやく彼女は茶々丸がわざわざ車椅子に乗っている理由に気づいた。
「うわきゃあああぁぁーーーーっ!? 手! 足! が無いよ!?」
「今頃気づいたんですか。もしかして写真見てないのですか?」
「写真? 何それ、見てないよ!?」
 香純は司狼がネギをメッセンジャーとして送った手紙と写真を見ていなかった。ニンニク臭いという理由で早々に焼却処分してしまったエヴァンジェリンから口頭で伝えられただけであった。
「こらぁーーっ! どうせやったの蓮と司狼なんでしょ。女の子の体に何してくれとんじゃーい!」
 橋の向こうの蓮達に向かって怒鳴る。
 大音量だ。近くにいた茶々丸は手が無い為に耳を防げずに一番被害を受け、人で言う鼓膜が破れそうになるのを疑似体験する。
「あ、あの、私はガイノイドなので修理すれば元通りに……」
「がいのいど?」
「ロボットの中で特に人に似せた物をそう分類できるんです。ほら、よく見てくだされば……」
「うわっ、本当に機械だ。球体間接だ。って、茶々丸ちゃんロボットだったの!?」

「ここまで聞こえるバカ声。香純だな」
「そうね。間違いなく綾瀬さんね」
「偽物の線はこれで消えたね」
「期待裏切らない子だよねぇ、香純ちゃんって」
「バカなだけだろ。ってか何で真っ先に犯人として俺の名前が出るんだよ。俺殴られまくっただけで手足破壊したのは司狼と櫻井だっていうのに」
「わ、私は腕一本切っただけよ。両足と残りの腕は遊佐君よ」
「切断した事には変わりねえだろ」
「くっ……」
「怖いね。きっと付き合い出したら間違いなく刃傷沙汰になるね。お腹に雑誌巻かなきゃ」
「刃傷沙汰なんて起こしませんよ! それに雑誌巻くって何時の時代の不良ですか」
「二人とも真ん中で立ち止まったままだけど、あのままでいいの?」
「人からかっておいてナチュラルに話題変えないで下さい!」
「櫻井さんがさっきから怖い」
「一体誰のせいだと思ってるんですか、この人は……」

「ケケケ。バカスミマジ受ケル」
「うん、まあ、短い付き合いだが何となくあの反応は予想できていた」
「トコロデ御主人、今ガチャンスジャネーノ?」
「おっと、そうだった」
 チャチャゼロに指摘され、エヴァンジェリンが右手を前に、香純に向けて伸ばす。
「フッ、この人形使いエヴァンジェリンを侮るなよ。誰が人間の言うとおり素直に人質を交換すると思うか」
「ロートスソックリノ奴ニムカツイタダケダロー。何時モカラカワレテタモンナ」
「うるさい役立たず! ともかく、人形使いとしての実力、見せてやる!」

「あれ?」
 橋の中央、怒鳴り続けていた香純の動きが突然止まる。
「どうしました?」
「何か体に違和感が……って、わっ!?」
 香純がいきなり体を捻らせて車椅子の掴むと、押し進ませながらエヴァンジェリンのいる方向へと歩く。
「え? え? どうなってるの!? 体が勝手に」
「おそらく、マスターの仕業かと」
「エヴァちゃんの?」
「マスターは人形使いとしてのスキルも高い人です。香純さんの血を吸って得た魔力を使っていると思われます」
「……つまりどういう事?」
「マスターに操られていうという事です」
「ええ! ちょっとエヴァちゃん、何すんのよ! 夕飯にタマネギ入れるわよ!!」
「マスターの食事は香純さんがやってくれたのですね。ありがとうございます」
「あ、ううん。私だってご飯食べたかったし。一人分より数人分作った方が簡単な場合だってあるし」

「あいつら、何か和んでないか? 片方は私の操り人形と化しているのに」
「バカダカラダロ」
「その一言で片づけてしまうのもな……。まあいい。これで茶々丸は無事に――じゃないが戻り、人質はこちらの手の中。はっはっは、ざまーみろ!」
「ナンカセコイゾ御主人」
「うるさい」
 その時、プリペイドケイタイから着信音が流れ出す。
「えっと、このボタンだったよな」
「違ッテ。反対側ダヨ。ソウ、ソノボタン。何デワカンネーンダ」
「仕方ないだろ。ハイテクは慣れてないんだ!」
「茶々丸ダッテハイテクダローニ」
 チャチャゼロの言葉を無視し、電話に出る。
『おいコラ。香純に何しやがった』
「ハッ、私の従僕になっただけさ。おいそれと簡単に人質を解放すると思ったのか? 私を甘く見たな。ぼーやとは違うのだよ、ぼーやとは」
 勝ち誇ったように胸を反らして威張るエヴァンジェリン。
『…………俺はちゃんと最初に警告したからな」
「報復でもするか? やれるものならやってみるがいい。この事態は貴様達の爪の甘さが招いた事だぞ」
『そんな事はしないけどさ……』
 てっきり悔しがるかと思ったが、返ってきたのは何だか歯切れの悪い声だった。
『まあ、そっちの自業自得って事で』
「は?」
 どういう意味かと問おうとした時には通話が切れ、同時に背後からアスファルトを擦る靴音が聞こえた。
 ――しまった、伏兵か!?
 体を反転させ、振り返りながら身構える。
 後ろにはいつの間にか金髪の男、煙草をくわえた遊佐司狼が立っていた。そして――
「なぁ!?」
 ネギ・スプリングフィールドの襟首を掴んで、彼の側頭部にデザートイーグルの銃口を向けていた。
「オレの言いたい事、悪い魔法使いならわかるよな?」
 何とも軽薄な、人をおちょくってるとしか思えない軽い笑みを浮かべて司狼が紫煙を揺らす。
「あうあうあう……」
 ネギは海外でもあまり体験する機会の無い人質事件の被害者になってしまってもう一杯一杯だった。
「……ぼーやが人質? ハッ、笑わせるな。ぼーやは私の敵だぞ」
「強がんなって。このセンセーの血が目的で今まで動いてたんなら、死なれて一番困るのはお前だろ?」
「オオー。アッチノ方ガ悪ッポイゾ御主人」
「お前は黙ってろ、チャチャゼロ。こちらにも――」
「ちょっとあんた何すんのよ!」
 明日菜の怒声が割り込んできた。ネギ達が隠れていた柱の影からロープで縛られ芋虫になった明日菜が這い出てくる。
「いきなり襲ってきて、しかも子供人質に取るなんて何考えてんのよ! この変質者!」
「口汚い女子中学生だな。つーか、スタンガンで気絶させたのにもう復活してやがるし」
 ネギを人質に取った際に司狼はこっそりとネギ達の背後に廻ってスタンガンで明日菜とカモを気絶させ、ネギの杖を一瞬で取り上げていた。気絶された少女と小動物はロープとガムテームで縛られていたのだが、明日菜が想像以上の回復力を見せた。
「スタンガンって、女子供に容赦ないな貴様」
「おいおい、相手は魔法使いなんだぜ? この位はしなきゃ人質なんて無理だろ」
「そうだ、ぼーや。何で抵抗しなかった。魔法使いなら魔法で撃退してみせろ! おかげで私が不利になったじゃないか!」
「僕のせい!? そんな事言われても、杖は最初に取り上げられちゃったし……」
「さっきも言ったけど、詠唱? あのラテン語っぽいの。とにかくそういう言葉発したら撃つからな」
 ネギの顔から血の気が引いた。
「センセーの魔法とオレの指、どっちが早いか分かるよな?」
 親しげに肩を軽く叩かれながら、銃の引き金がキリキリと絞られる音がネギの耳にしっかりと届いた。
「まるっきり悪党じゃないの! ネギ返しなさいよ変態ッ!」
 明日菜の言葉を完璧に無視して司狼はにんまりと笑う。
「フ、フン。所詮ハッタリだ。撃つ事なんて出来るわけが――」
 銃声が一発轟いた。
「――――」
 ネギの前髪数本が少し焦げた臭いを残して切れ、地面に落ちた。
「おっと、つい力み過ぎた」
「貴様それでも人間かーーッ!?」
「吸血鬼に言われたくねえよ。あっ、そういや何で吸血鬼ってニンニク駄目なんだ? 手紙嗅いでどうだった?」
「あの手紙の臭いは貴様の仕業か!」
 こいつ絶対に痛い目合わす、とエヴァンジェリンは心の中で誓った。
「ネギ、ネギーッ! ちょっと大丈夫なのあんた!?」
「あわわわわわっ」
 前髪が少し切れた程度でネギには何の外傷も無い。ただし、顔は真っ青に、精神的には大ダメージを受けていた。
「こちらにも人質がいるんだぞ」
「ああ。だから今度こそ交換しようぜ。当然、香純に掛けた細工を全部外してだ。オレはあのバカ返ってくればそっちの問題には興味無いからな。好きに喧嘩してろよ」
「………………」
「コンナ事ナラサッサト返シタ方ガ良カッタナ」
「黙ってろチャチャゼロ」
 エヴァンジェリンは押し黙り、しばし司狼とのにらみ合いが続く。
「――――……あ、あのっ」
 魂がどこか行ってたっぽいネギが正気に戻り、今の状況を再認識すると意を決して声を上げる。
「エヴァンジェリンさん、僕と決闘して下さい!」
「………………」
「………………」
「で、だ。この人質がどうなってもいいのか?」
「待て、今考えてる」
「とっとと決めろよな」
「無視しないで下さいよぉ!」
「だって、なあ?」
「ぼーや、混乱してるのは分かるが少し黙ってろ」
「そんなぁ」
「いや、もしかしたら名案が浮かんだかもしれないな。何たって十歳で先生になる天才少年だからな。きっとそうだ。つーわけで天才の話も聞いてみようぜ。天才だからな」
「ううっ、何故かプレッシャーが……」
「いいから話せって」
「は、はい。今のこの状況はエヴァンジェリンさんが高等部の方を誘拐したのが発端ですよね」
「そうだな」
「僕も他の人を巻き添えにしたくありません。だから、正々堂々勝負して僕達だけで決着をつけましょう。僕が負けたらいくらでも血を吸ってもいいです」
「へぇ……」
「ほう……」
「ちょっとネギ、そんな事言って大丈夫なの!?」
 芋虫状態の明日菜が心配する。それも当然で、吸血鬼と犯罪者がネギの言葉を聞いて口の端を釣り上げて笑みを浮かべているのを見てしまった。
「決闘までの間、他の関係ない人達に危害を加えるのは止め、僕が勝ったら二度と迷惑を掛けないと約束して下さい」
「……いいだろう。決闘までの間、私は誰にも危害を加えない。私が勝ったらぼーやの血を吸わせてもらう。逆にぼーやが勝ったら二度と無関係の者に手出ししない。そういう条件でいいな?」
「はいっ」
「なら、その決闘を受けよう。場所と日時はこちらで後日指定させてもらう」
「ありがとうございます!」
「話終わったなら、とっととバカ返しやがれ」
「わかっている」
 司狼の言葉にエヴァンジェリンは空で何かを振り払うような動作をした。
 すると、橋の真ん中で車椅子を掴んだまま棒立ちになっていた香純が車椅子から手を離した。そして、身体が自由に動くのを確認するように手足を軽く動かす。
「はら、解放してやったぞ。貴様もぼーやを人質に取る理由は無い筈だ」
「ああ。センセ、悪かったな」
 そう言って司狼は銃を下ろした。
「ところで、センセーが吸血幼女に勝った場合だけどな」
「はい?」
「誰が吸血幼女だ」
 エヴァンジェリンの言葉を無視して彼は続ける。
「無関係の者に手出ししないって事はだ、逆に言えば関係者のセンセーはまた狙われるって事だよな」
「……あっ」
「さすがセンセー。伊達に子供だからって教師やってないな。ナイス自己犠牲精神」
 司狼が笑顔で親指を立てた。
「言っておくが取り消しや変更は受け付けんからな。フフフ……」
「ご愁傷様ってことで」
「そんなぁ~」
「って、私放ったままにしないでよ!」
「ああっ、明日菜さん!」
 ネギが慌てて明日菜と今だ気絶したままのカモの拘束を解き始めた。
 犯人は手伝いもせずに短くなった煙草を捨てて新しいのに火をつける。
「こらぁーーっ、司狼! あんた何してんのよ!!」
「あん?」
 その時、陸上部もびっくりな速度で香純が橋の中央からエヴァンジェリン達のいる所まで走って来ると司狼に殴りかかった。
「あっぶね! おまっ、今の避けてなきゃ首刈られるとこだったぞ」
「素直に刈られなさいよ、このバカ! あんた人質取るなんてどういう神経してんのよ」
「助けてやったのに何で責められてんだ、オレ。つか、先に人質取ったの向こうだし」
「当たり前でしょうが!」
 いきなり、香純からでは無く横から明日菜が蹴りかかるが司狼は余裕でかわす。
「ケケケ、上手ク避ケンジャネェカ」
「避けるな!」
「無茶言うなこの女子中学生。考えようじゃあオレはお前らの恩人なんだぞ」
「どこがよ!?」
「そうだそうだ!」
 香純と明日菜が即席コンビで殴りかかるが余裕で回避される。
「おっかねぇ。お前らそんなんだと一生男できねえぞ。万年処女になんぞ。おめでとう、妖精化だ」
「し、ししし処女ぉ!?」
「意味分からんわこのバカ!」
 司狼に慣れていない明日菜の顔が赤くなって一瞬躊躇、免疫のある香純は即座に拳で突っ込む。
「何をやっとるんだあいつらは……」
「ケケケ」
「アスナさーん、落ち着いてくださーい!」
 二人の少女が躍起になって殴りかかるのは、蓮達四人が茶々丸を回収してワゴン車でたどり着くまで続いた。
 結局、司狼に一発も当てる事は出来ずに香純と明日菜の二人は無駄に神経と体力を浪費しただけだった。



 ~森林区画~

 当日の夜遅く、麻帆良学園の森林地帯の一角で花火のような閃光が煌めき、爆発音が轟いていた。
「おーおー、映画みてえ。CG効果要らずってか」
 何かの遺跡のように石工物が並ぶ場所ではネギと明日菜がエヴァンジェリンと茶々丸を相手に二対二のタッグ戦をしていた。
 エヴァンジェリンが指定した場所は周囲に誰もおらず、戦うには適した広さを持つ森の拓けた場所だった。日時はちょうど麻帆良が管理システムのメンテナンスを行う為に停電する日だ。
 茶々丸がハッキングにより結界に回す予備電力をカットする事で、電力によって稼働していた学園結界の効力が消えている。エヴァンジェリンは本来の魔力を取り戻し、ネギを相手に遊んでいる。
 その様子をそこから離れた丘のように盛り上がった場所で見下ろしている二人の青年がいた。
「光、雷、風、ねえ……。幼女は氷に黒いのはゲーム的に闇属性ってか。ほんとRPGみたいだな」
 飛び交う魔弾の射手。それが放たれて着弾し残す結果を司狼は楽しそうに見ていた。
「んだ中坊の方は……なんだありゃ。体力バカってレベルじゃねえぞ。なんだあのハリセン。いくらツッコミ体質だからってハリセンはねえだろ。なあ、蓮。お前も見てみろよ」
 愛用のキャデラックのボンネットに腰掛け、双眼鏡で戦いの様子を見ていた司狼が助手席に座る蓮へと振り向く。
「あー? 別にそんな見たいもんでもないからいい」
 だらしなく座っている蓮が面倒くさそうに返事をする。顔は戦いの場へと向いているが、向いているだけである。
「んだよ、ノリ悪ィな」
「どっかのバカ一号に無理矢理連れてこられたからな」
「女連中と一緒に炊飯してるよりマシだろーが。でよ、この勝負がどっちが勝つと思う? やっぱアレか、お前はあの吸血幼女応援か?」
「何でだよ。勝てるかどうかは別問題だけど、普通あの子供先生応援するだろ」
 ネギとエヴァンジェリンの実力差は魔法に詳しくない者でも解る。遊ばれている。ただ、逆に言えばその余裕が彼女の足下を掬いかねないのだが。
「だってお前好きだろ、ああいうの。何百年も生きて当時の姿のまま。いつまで経っても変わらないっつーか?
 つまりオメーは合法ロリ好き。合法ってとこがミソ」
「ざっけんなテメェ! 何でそうなるんだよ、マジいわすぞコラッ!」
「照れんなって。あいつらには秘密にしといてやるから、な?」
「な? じゃねぇよこのバカッ!」
「そこのアンタはどう思う?」
 蓮に掴みかかれながら、誰もいないはずの、背後の森の奥へ向かって声をかける。
 森の暗がりから宙に浮いた人形が出てくる。大仰な刃物を持ったチャチャゼロだ。
「ロリコンカオメー」
「この人形ぶっ壊す」
「落ち着けよ、蓮。そんな怒んなって。カルシウム不足だぞ。にぼし食うか?」
「誰のせいだよ、誰の!」
 怒鳴ってから疲れた顔をして蓮は座席に沈む。
「それで、お前は何でここにいるんだ? 向こうにいなくていいのかよ」
「御主人ハ坊主ニ合ワセテ二対二ノ戦イヲ選ンダカラナ。ソレニ、横槍ガ入ルカモシレナイシナ」
 つまりは、蓮達を警戒しての配置なのだろう。茶々丸は一度敗れているので、彼らにとって未知の相手となるチャチャゼロは性格的な事も含めて蓮達の相手をするのにふさわしい。
「あー、それは残念だったな。こっちから何かするつもりなんて無い。無駄足だったな」
「フーン……」
 チャチャゼロはじっと蓮の顔を見た後、ケケケと笑って得物を手の中で回転させた。
「コッチモ楽シメルカト思ッタノニヨー。根性ネーナ」
「何と言われようと戦う気なんてないからな。こっちにはもう理由が無いんだ。ここに来たのだって、こいつが見物したがってただけだからな」
「そうだ。オレ達は、何もしねえ」
「……ちょっと待てお前」
 司狼の含みのある言い方。蓮がそれを問い詰めようとした時、決闘の場となっている場所から轟音と強烈な光が起きた。
 低空を飛行していたネギが今現在使える魔法の中で最強の攻撃魔法を放ち、エヴァンジェリンが上空で同ランクの氷属性の魔法を放っていた。
 両者の魔法がぶつかり合って突風が巻き起こる。
「派手だねえ。ところでよ、今の吸血幼女はどういう理屈か知らねえが、学園の電力供給が途絶えたから魔法が使えるようになったんだよな?」
「ソウダナ」
 司狼は携帯電話に表示される時刻を見る。
「メンテ終了は予定だと、残り三十分だな。それまでに子供先生倒せんのか?」
「御主人ガ本気出セバスグダロ。サスガニ時間切レナンテ失敗ハヤラカサナイト思ウゼ」
「例えばメンテが早く終わったらどうすんだよ」
 そう言って、咥え煙草で司狼が意地の悪い笑みを浮かべた。
「司狼、お前もしかして」
 その時、真帆良学園に突然電気の光が灯った。
「ア……」
 次々と光が真帆良中に広がっていく。同時に学園結界にも電力が供給されてその機能を取り戻す。
 決闘場で、拮抗して――ややエヴァンジェリンが押して――いた魔法の衝突は、彼女の魔力が封じられた事で崩れた。
 空に浮かんでいた事、ネギがエヴァンジェリンからすれば斜め下から魔法を放った事、魔力が切れた途端に落下した事が幸いし、ネギの魔法は彼女の真上を通り過ぎる。
 落下して地面に激突してしまいそうになるが、慌ててネギと茶々丸が飛行してエヴァンジェリンをキャッチする。
「こりゃあもう子供先生の勝ちだな」
「勝ちって、お前なぁ……」
「制限時間なんて決めてなかったし、時間目一杯まで余裕ぶって遊んでる奴が悪いんだよ」
 本音を言えば、香純が帰ってきて、はいそうですかと帳尻合わせて済ませるつもりは彼には無かっただけだ。だから今回裏方的な方法でエヴァンジェリンの邪魔をした。
「だからってなぁ……」
 半年も経っていない付き合いだが、何となく司狼の考えを解っていた蓮は歯切れ悪く言って、主人の魔力が切れた途端に糸が切れたように地面に落下したチャチャゼロを拾い上げた。
「ハメラレタゼ」
「オレは何もしてねーし。ただ、メンテ中にいきなり腕利きのハッカーが乱入して予定より終わらせただけだろ」
「どう考えても本城の事だし。わざとらし過ぎるだろ」
「この業界、嘗められたら終わりだぜ?」
「また意味分かんねえ事を言ってんじゃねえよ」
 チャチャゼロを後部座席に放り込み、二人はキャデラックに乗り込む。
「魔法使い業界に決まってんだろ。オレ達はもう関わっちまったんだからよ。先輩の言葉じゃねえが、一度関わってそれから綺麗さっぱり手を切るなんて出来ねえよ」
「お前の場合、面白がってるだけだろ。そういう事は一人でやってろよ」
「なーに言ってんすか。当然お前も一緒だし」
「何でだよ……」
 エンジンに火が入り、排気ガスをまき散らしながら二人と一体を乗せたキャデラックは乱暴な運転で走り出した。

「げっ、出た……」
「何しに来た!?」
「何しにって、敗者の面を見物に」
「死ね! 結界の再起動も貴様の仕業だろ!」
「ひっでぇ濡れ衣だ」
「濡れ衣どころか主犯だろお前」
 車を走らせ向かった先は、ネギ達が戦っていた場所だ。周囲の木々は魔法による被害で倒壊している。
 着いた早々に人を馬鹿にした笑みを浮かべた司狼に、明日菜はアーティファクトのハリセンを持ったまま警戒するように後ずさりし、オコジョ妖精のカモは過去二回に置ける捕縛によって蛇に睨まれた蛙のように縮こまり、エヴァンジェリンは地面に転がる石を拾って投げるがこれまた人を馬鹿にした奇怪な動きで回避された。
「怪我無かったか? 色々迷惑かけたからな。怪我してたら、バカ二号の家でタダで看てもらえるよう頼むけど」
 じゃれ合う金髪二人を放って、蓮がネギ達に話しかける。
「大丈夫です。それに多少の怪我なら治癒魔法で治せますから」
「便利だな。ああ、そういえば忘れてた。魔法と言えばこいつ返しとく」
「忘レンナヨ」 
 手にぶら下げたチャチャゼロを茶々丸に手渡す。
「頭に乗せるのか……」
「何かおかしいでしょうか?」
「いや、別におかしくはないけど……」
「ソーイヤー、オメーノ祖父母カ曾爺サンカ曾婆サン、ドイツ人イタリスルカ?」
 茶々丸の頭の上に落ち着いたチャチャゼロが蓮を見上げる。
「何でいきなりそんな事聞くんだよ」
「イイカラ答エロヨ」
「んな事言われてもな……死んだ両親の顔は禄に覚えてないし、家系とか血筋にも興味なかったから分からないな。まぁ、引き取ってくれた育ての親はドイツ人だけど……」
「育テノ親?」
「いい歳こいて若い男口説こうとしてる妖怪婆だ」
「フーン」
「だいたい、俺ってハーフとかクォーターって顔じゃないだろ。まあ、香純はもっとそうだけど」
「香純モ?」
「ああ、あいつの死んだ曾祖母さんがドイツ人なんだと。墓も麻帆良にある」
「…………」
「どうした?」
「香純ガクォーターナンテ、ドンナ突然変異ガ起キタンダト思ッテ。想像シタラ気分悪クナッテキタ」
「お前、本人がいないからって失礼な事言ってんなよ」
「ケケケ」
「おい、お前ら。何時までもダベってないで行こうぜ」
 司狼が割ってはいる。後ろでは投げ疲れたエヴァンジェリンが両手と両膝を地面つけて肩をプルプルと震わせていた。
「何もしてねーよ。勝手に力尽きただけだろ。それよりも聞きたい事つーか、気になる事があんだけど」
 そう言って明日菜を見る。
「な、なによ……」
「いや、また今度でいいか。それよりも子供先生の戦勝パーティーやろうぜ、パーティー。この素敵でイケメンなおにーさんがおごってやる」
「そんな、悪いですよ」
「遠慮するなって、センセ。こっちも色々迷惑掛けたし? その礼だと思えばいいっつーの。敗者を肴に一杯やろうぜ」
「私を酒の肴にするつもりか!?」
「お酒は駄目ですよ!?」
「私達未成年よ」
「かてー事言うなって。何事も経験だ経験。ほらとっとと車乗れよ。重ねて乗ってけば六人ぐらい運べるだろ」
「アタシモ数ニ入レロヨ。ソシテ酒飲マセロ」
「俺っちもご相伴に預からせてもらいたいなーっと……」
「お前らは飲酒すんな」
 人形とオコジョが一番乗り気で、半ば無理矢理にネギと明日菜が乗せられて車は発進する。



 ~ボトムレスピット~

「うん、助かった助かった。報酬はいつもの所に送っとくから」
 クラブ内部の一室。電子機器が部屋の大半を占め、薄暗い部屋の中にコンピュータの青白い光が浮かび上がっている。
 コンピュータの前にはモニターからの光に照らされながら、横の灰皿に煙草を捨てるエリーの姿がある。
 彼女は携帯電話で誰かと会話しながら新しい煙草に火を付ける。
「え? 何企んでるかって? 何も企んで無いってば。純粋に、停電何て不憫だから早く終わらせてあげようって親切心。本当、マジで」
 モニターには真帆良学園の全体図を背景に何十ものウィンドウが開いており、アルファベットと数字の羅列が一枚一枚に大量に表示されている。
「今度のイベント楽しみにしてるから。バンバン撮るよ。んでばら撒いちゃうよ」
 ばら撒くな! という怒声が携帯電話から聞こえた。若い少女の声だ。
「冗談だって。それじゃあね、ちぅちゃん」
 そう言って通話を切る。
 モニターに向き直り、開いていたウィンドウを閉じていくと携帯電話が鳴り出した。
 再び携帯電話を取る。
「どしたの。そっちはもう終わった? ――え? ここに子供先生連れてきてどうすんのよ。――ああ、そう。悔しがる姿を肴にって趣味悪く無い? 子供に何教えようとしてんのよ、あんたは。まぁ、別にいいけどさ。……今先輩がいるんだけど」
 キーボードを操作するとモニターに別室の映像が現れる。そこにはブランデーのラベルを見つめたまま動かない玲愛の姿があった。
「何でって、何か香純ちゃんの機嫌が悪くて逃げて来たんだって。たまに立場逆転するよね、あの再従姉妹。――……アーティファクトねえ。オーケー、準備して待ってるわ」
 電話が切れると、エリーは椅子から立ち上がって伸びをした。
「それじゃあ、先に先輩でも慰めますか。まあ、蓮くんをダシにすればすぐに元通りだと思うけど」





 ~歩道~

「うう……気持ち悪い……」
 後日、二日酔いに悩ませながら歩道を歩くエヴァンジェリンの姿があった。吸血鬼の真祖が二日酔いなどおかしな話だが、呪いやら結界により彼女は肉体年齢相応の能力しか持たない。
「マスター、やはりまた今度にした方が……」
 付き従う茶々丸が気遣うが、エヴァンジェリンはそれを拒否して頭の中で鐘が鳴っているのを我慢して歩き続ける。
「気になってろくに昼寝もできんからな。こういうのはとっとと確認してスッキリしたい」
「ケケケ。気ニナッテ気ニナッテショウガネーンダナ」
「黙ってろチャチャゼロ」
「ナンダヨー。人ジャネーケド、ヒトガセッカク酒ノ席利用シテ御主人ノ代ワリニ情報収集シテヤッタンダゾ?」
「誰も頼んどらんわ」
「デモ、気ニナルンダロー」
「……フン」
 大股で歩き出す彼女の先には、教会が一つ建っていた。



 ~ボトムレスピット~

「という訳で、協力しなさい」
「いや、俺っち何の説明も受けてないんすけど?」
 夜が明け、ボトルやらビンやらが散乱している部屋で玲愛がオコジョに命令していた。
 ネギと明日菜は日付が変わる前に自分達への寮へと戻り、エヴァンジェリンとその従者達も目が覚めると帰っていった。だが、オコジョ妖精のカモだけが残った。いや、残された。
「本城さん、藤井君は?」
「俺っちの疑問は無視!?」
「寝てる。こうして大人しくしてれば可愛いのにね~」
 蓮はソファの上で未だ眠っている。
「んじゃ、先輩。とっととやっちまえよ。蓮が寝てる今の内だぜ」
 カモを残したのは司狼の仕業だ。
「うん。私、ちょっと考えたんだけど……」
 僅かに躊躇する様子を見せる玲愛。
「何だよ。今更臆したのか? 先輩らしくねぇじゃん」
「全然。そんな事無いよ。ただね、こういうのって雰囲気っていうの? そういのが大事だと私は思うの」
「あー……? つまり?」
「教会でやろっか」



 ~教会裏~

 人気の無い教会の裏にそれはあった。
 雑草が生えた教会の裏には一カ所だけ綺麗に雑草が抜かれ白い花が咲いている場所があった。そして、その中央には洋式の墓石がある。そこに刻まれた名前と生没年。

『RIZA BRENNER 1915~1945』

「フン。遙々ドイツからこんな極東にまで来てご苦労な事だ。まあ、当時同盟を組んでいたのだから考えられなくもないか」
 エヴァンジェリンは一人、その墓の前に立っていた。
「三十年、か。長生きするタイプだと思っていたが短い人生だったな……」
 従者二人は教会の方で待たせている。
「まさか香純がお前の曾孫だったとはな。どこでどう小動物の血が混じったのか……まぁ、世話好きなところはお前に似ていたな。もう一人の方はよく分からんかったがな」
 人の生き死など長い時を生きてきた彼女にとって珍しくもなく、時代と立場を考えれば当然とも言えた。
 けれども、こうして墓を前にしてみると感傷的になってしまうのか。表でも裏でも受け入れられなかった彼女がその長い生涯の中では刹那とも言える時間とは言え、友人として過ごしてきた分思い入れがあり、そのせいでエヴァンジェリンは墓の前でしゃべり続け――
「ふざけんなよな!! 張っ倒すぞお前ら!」
「…………」
 教会から怒声が聞こえた。
「……まあ、その、どこまで話したか――」
「話せコラァッ!」
「………………」
 眉をひきつらせ、額に血管を浮かべてエヴァンジェリンが教会に向かって走り出した。

 ~教会内~

「いい加減観念しろって。んな中坊じゃあるまいしキスの一つや二つで暴れんなって」
 教会の中、礼拝堂では司狼とエリーに後ろから拘束されている蓮がいた。
「いや、これはどう見たってキスがどうとかの話じゃないだろ!」
 十字架を背にした祭壇の後ろには何故かチャチャゼロを頭に乗せた茶々丸がおり、祭壇の上にはカモがいる。
 そして、祭壇の前には拘束されている蓮と玲愛がいる。
 その様子は――多少の異様な光景に眼を瞑れば――結婚式に見えなくもないような気もしなくもない。
「あ、あの、本当にいいのでしょうか?」
 長椅子に座ってエヴァンジェリンを待っていたところを半ば無理矢理に神父役にされた茶々丸がオロオロと蓮と玲愛を交互に見る。
「ウケケ、オモシレーカラ続ケロヨ」
 上のチャチャゼロが無責任な事をのたまう。
「ドキドキ」
「いや、先輩。あんた何でそんな頬赤らめて近寄って来んですか。さすがに強引過ぎって言うか、マジ止めろ」
「大丈夫。婚約届けの準備は万全。あとは藤井君の印があれば役所に提出して万事オーケー」
「何が大丈夫なのか一体どうオーケーなのか問いつめたいところ何ですが」
 事の発端は、司狼が蓮に仮契約をさせようとした事に起因する。昨夜明日菜の戦いを見て、ただの学生が蓮達が三人がかりで倒した茶々丸と戦えたことに興味を持った彼は、それが魔法によるものだと予測していた。
 そして酒の席で仮契約についての情報をネギ達から得た司狼はさっそくカモに協力させて蓮に仮契約をさせようとしたのだ。
 現に二人の足下にはカモが描いた仮契約用の魔法陣が輝いている。
「目覚めたらいつの間にか縛られたまま車の中だし、どうしてあれで目ぇ覚めなかったんだ、俺。テメェ何か盛りやがったな司狼。だいたい何で俺なんだよ。アーティファクトとか言うのが欲しいなら自分らでやれよ!」
 自分を拘束する二人に向かって蓮が怒鳴る。
「まずはお前から先に進ませねぇとな。後がつかえる」
「頼むから人が理解できる言語で話してくれ」
「それじゃあ藤井君。結婚しよっか」
「だから何で仮契約から結婚になってんですか!? 意味分かんないですよ!」
 その時、突然教会の扉が開き、外から金髪の少女が飛び出してきた。
「貴様らうるざいぞ! 人が珍しくセンチメンタルな気分に浸っているのに裏からでも聞こえるバカ声を出しおって!」
「去ね、ロリババア」
「いきなり喧嘩売っているのか貴様!」
「何でこんなタイミングで現れるかな。もうちょっと空気読んでほしいよね。そもそも吸血鬼の癖に何で日の下歩いてるの? もうちょっと常識も持ってほしいと私は思うんだ」
「貴様に常識だの何だの言われたくないわ! それに茶々丸もそんな所で何をやっとるんだ?」
「仮契約を……て、手伝ってほしいと」
「仮契約?」
 エヴァンジェリンが玲愛の足下にある魔法陣を見、周囲を見渡す。
「……仮契約?」
「そ、仮契約」
「どこがだ!? 無理やり式を上げさせようとしているようにしか見えんわ!」
「本当はドレス着たりウェディングロード歩きたかったんだけど、邪魔が入ると思って諦めたの」
「する気満々か! だいたい、魔法も使えない小娘がパートナーを得てどうするつもりだ。宝の持ち腐れだぞ」
「そんなの貴女には関係ないから別にいいじゃない。それに、魔法ならこれから学べばいいし。当てはあるから」
「ハッ、どこの魔法使いから師事を仰ぐつもりなのか知らんが、そこらの魔法使いよりも私と契約した方が遥かに――」
 そこでようやく玲愛の相手が蓮だと気付く。
「お? 何か脈アリじゃん。これは面白くなってきた」
「そういや、あん時に蓮を見た反応がおかしかったな。つか、キャットファイトとか勘弁して欲しいんだけどよ」
 蓮を拘束する司狼とエリーが見世物小屋の動物でも見るかのように、今にでも掴みかかりそうな二人を面白そうに眺めていた。
「そう思うなら止めろよバカ」
「矛先がこっちに向きそうだから断る。先輩も荒れてるしよ」
「櫻井ちゃんが料理学び始めたり、香純ちゃんが囚われのお姫様よろしく攫われたりしたからねぇ。ちょっと危機感持ってるんじゃない?」
「ふーん。まあ、何だっていいけどそろそろ仮契約してくんねぇかな。この際どっちでもいいしよ」
「じゃあ、当事者に選ばせよっか」
「それもそうだ。つーわけで、蓮。選べ」
「ふざけんな。ここまでしといて今更俺の意見聞くんじゃねえよ」
「でもよ、このままだとマジで取っ組み合いになるかもよ? さっきの吸血幼女の言葉でぜってー先輩の周りの気温下がったし。それとも何か? 女の泥くさい喧嘩でも見たいのか?」
「元凶はてめぇだろうが!」
 だが、確かに玲愛とエヴァンジェリンの二人から殺伐とした空気が流れ始めている。司狼とエリーは止める気が無く、茶々丸はオロオロするばかり。もう一人の吸血鬼の従者はバカ達同様その状況を楽しんでいるようだし、オコジョは動物の本能で物陰に隠れている。
「……ここから逃げるという選択を」
「面倒になってきたから別にそれでもいいけどよ。後が怖いぞ」
「いや、どっち選んでもろくな事にならないんだが? しかも被害者の俺が一番被害被りそうなオチだ」
「蓮くんモテモテ~」
「モテてるのか? これがモテてるって言っていいのか? 脅されてるも同然じゃねえか!」
「いいからとっとと選べよ。手遅れになる前に」
「まるで他人事だな」
「他人事だもん」
「気色悪いわボケ!」
「で、どうすんのさ、蓮くん。男なんだからここはガツンと選びなさいよ」
「くっ……」
「おい蓮、とっとと決めちまえよ」
「やっぱ逃げよう」
「うっわ、ねーわマジで。超チキン。男なら据え膳食わぬは恥だぜ」
「まあ、蓮くんらしいと言えば蓮くんらしいけどねえ。でも、本当にいいの? あの二人もう止まらないと思うけど」
「うるせえ! 元はお前らバカが原因だろう。お前らでこの状況を何とかしろよ」
 玲愛とエヴァンジェリンの無言のにらみ合いは続いている。茶々丸と小動物は役に立たず、バカ二人はやる気が無い、どころか仮契約の事など脇に置いて今の状況を楽しんでいる節がある。
「だいたい、何でキスなんだよ。他に方法とかあるだろ普通」
「――――あっ」
 蓮の言葉にエヴァから間抜けな声が出た。
「ちっ――」
 小さく玲愛が舌打ちしたが、幸い誰の耳にも届かなかった。
「やっぱあんのかよ! どうしてそれをもっと早く言わなかったんだ?」
「いや、すっかり忘れていて……」
「忘れんなよ」
「し、しょうがないだろッ! ドール契約ぐらいしかした事ないからパクティオーの詳しい内容などうっかり忘れていたんだ!」
「ドール契約だと。六百年生きて人形としか契約できなかった事考えると涙を誘うな」
 既に蓮から拘束を外した司狼とエリーが笑みを浮かべていた。
「でも、ほら、孤独な女の子はお人形遊びで寂しさを紛らすらしいじゃん。エヴァちゃんも寂しかったんだって。言わないでやれば?」
「お前がモロに言ってるし」
「黙れそこのバカ二人!」
「六世紀生きて友達一人いないなんて引いちゃうね。社会適合率が低いのは考え物だと私は思うの」
「貴様が言うな電波女ッ!」
「でも良かったじゃねえか、なあ。これで仮契約すればお友達初ゲットできるんじゃね?」
「メアドの代わりにパクティオーカードをゲットって感じ? いいじゃん、魔法使いっぽい」
「友達百人できるといいね」
「フ・ザ・ケ・ル・な!! だいたい友人の一人や二人ぐらいいるわ!」
「どんな人?」
「――へ?」
「だから、その友人ってどんな人かなって」
 玲愛に言われ、エヴァンジェリンが頭の中に浮かべたのは紅い翼やドイツにいた頃の面々だ。前者は友人と言えば友人かもしれないが果たして友と言っていいものなのか謎な変態ばかりだし、行方不明なのが二人ほどいる。後者は後者で既に全員鬼籍に入っている上、エヴァンジェリンの目の前にはその親類がいる。正直言いづらい。
「………………」
「いないんだ」
「いるわ! た、ただ、いると言えばいるし、いないと言えばいな……い……?」
「はいはい。分かったから。それ以上言わなくていいよ」
「うがーっ、淡々とした口調で言いながら微妙に哀れみのこもった視線で見るのを止めんか!」
「なに必死になってんだ?」
「なんか図星つかれて慌てる小学生みたい」
「しょうがないからお友達になってあげてもいいよ」
「…………」
「マ、マスター、落ち着いて下さい。目が据わっています」
「オーオー、御主人精神的ニボッコボコ」
「闇の福音相手にすげぇな……」
 司狼とエリーの言葉を止めにエヴァンジェリンがキレかかり、茶々丸が止め、チャチャゼロとカモは傍観していた。
「それぐらいにしとけよ。こいつ本当に血管切れそうだぞ」
 蓮が三人を止める。さすがにこのままキレられて礼拝堂をメチャクチャにされてはかなわない。
「だな。吸血鬼が血の噴水出されても引くしな」
「吸血鬼じゃなくても引くって。貧血起こされたら仮契約できなくなるしねえ」
「……貧血だと仮契約ができない?」
 エリーの言葉に蓮が聞き返す。
「キス以外の方法だとお互いの血を入れた液体を飲むとかなんとか。そういう方法もあるらしいよ。多分、キスするのも粘膜接触が必要だからで、つまりは遺伝子情報の交換が必要みたい」
「……知ってたのか?」
 ギギギッ、と音を立てそうな感じで蓮は司狼を振り返る。
「当然」
「最初から教えろやボケッ!」
「慌てふためく蓮が見たかった。幼女も加わって期待以上に面白かったし」
「お前マジで張っ倒すぞ」
 今度は蓮がキレかかった。



 ~エヴァンジェリン宅~

 結局、一同は仮契約を行う為に礼拝堂からエヴァンジェリンのログハウスへ移動した。接吻以外の方法だと色々準備が必要で、その触媒やら何やらで魔法使いの家で行うのがいいと言う理由だ。
「よくよく考えてみれば、何で私が人間の従者を得ないといけないのか。それもそこの金髪まで」
「元凶だからな。道連れだ」
「道連れだ」
「何でそんなに偉そうなんだ……」
 椅子に座ったエジャンジェリンがふてくされた様子でテーブルに両足を乗せていた。
 テーブルを挟んだ向かい側には蓮と司狼が座っており、二人の前には薄い赤色の液体が入った小さなグラスが一つずつあった。エヴァンジェリンの前には同じようなグラスが二つある。
 そして三人の足下の床には仮契約用の魔法陣がぼんやりとした光を浮かべている。描いたのはカモだ。真祖の吸血鬼やそれに喧嘩を売る人間は正直おっかないが、契約執行によってオコジョ協会から支払われるボーナスに目が眩んでいた。
「下着見えてる。行儀悪い。めっ」
「めっ、じゃないわ。私は貴様達の四十倍は年上だぞ! 子供扱いするな! というか、そこ! 写真撮るな!」
 玲愛の言葉にエヴァンジェリンが言い返しながらカメラ付きケータイで写真を撮るエリーを指さす。
「いやぁ、だってこの家人形だらけでメルヘンじゃん。だからつい」
「嘘付け。明らかに人の下着撮っていただろうが!」
「……ふっ」
「鼻で笑うな! フ、フン。だが男共は私の下着に釘付けだぞ」
「――え?」
「――はぁ?」
 いきなり話題を振られた男二人。蓮と司狼は互いに視線を交わせる。
 ――おい、なんか言いがかりつけられたぞ。あんな平坦なくせに。
 ――先輩以上にねえだろ、アレ。揉むほど無い以下ってどうよ。
 ――あんな自信満々に言われてもな。どうする?
 ――ああ言っとかないと尊厳保てねえんだろ。所詮見栄だし、ほっとこうぜ。
「口開かなくても何かウザいなお前ら!!」
「もしかして私の事も馬鹿にした?」
「してませんって」
「そうそう」
「どいつもこいつも……ならこれでどうだ?」
 幻術によって、エヴァの体が少女から妙齢の女性へと変わる。せっかく得た僅かな魔力の無駄遣いだった。
「――プッ」
「あっはっはっはーーっ」
「何故笑う!?」
 幻術が解けてエヴァンジェリンが突っ込む。
「だって、なあ?」
「ああ。見栄張りすぎ。すっげー受ける」
「逆に微笑ましいね」
「何がコンプレックスなのか丸分かりの変身だった」
「ぐ、く、くっ……」
 四人の言葉にエヴァンジェリンの体が怒りでプルプルと震え始めた。
「マスター、どうか冷静に」
「ココ数日デ御主人ノ天敵ガ増エタナ、ケケケ」
「くっそう、貴様らいい加減にしないと仮契約しないぞ!」
 仮契約を行うのは蓮と司狼だ。契約主は玲愛でも構わないのだが、パクティオーにはパートナーへの魔力供給など魔力をただ持っているだけでは出来ない機能もある。そういう点で魔力のある一般人の玲愛よりも魔法使いとして長年生きてきたエヴァンジェリンが契約主である方が都合が良い。
「誘拐」
「うっ」
「操り人形」
「き、貴様だって茶々丸誘拐したり、ぼーやとの決闘を邪魔しただろうが!」
「前者はやられたからやり返しただけだし、後者については何の事かさっぱりだな。だいたい元からタイムリミットがあるのに遊んでたお前が悪い」
「ああ言えばこう言いおって。だいたい、そこまでして何でアーティファクトを欲しがる」
「第二の誘拐犯が現れねえとは限らねえしな。出来る事はやっておかねえと、準備不足で手遅れでしたなんてカッコ悪いだろ」
「私に対する当てつけか」
「さあな」
「フン、まあいい。とっとと仮契約するぞ」
 言って、エヴァンジェリンは器用に二つのグラスを指の間に挟んで持ち上げる。
「なあ、お前病気持ちじゃないだろうな?」
「最悪吸血鬼化したりしてな」
「嫌なら飲むな。それに、その程度で吸血鬼化などせん」
 グラスの中の液体はそれぞれ互いの血液が少量だが入っている。三人の指先はその為に小さな切り傷があった。
 三人はほぼ同時にグラスを傾け飲み干す。すると足下の魔法陣が輝きが増し、中央に二枚のカードが現れる。
「フン、これで契約完了だ」
 魔法陣の輝きが消えると同時に落下するカードを掴み、エヴァンジェリンが呟く。
「呆気なく終わったね。拍子抜け。がっかり」
「黙れ電波女」
「なんだこの液体。血混ぜただけでこんな激マズになるか普通」
「前にバカスミに飲まされたプロテイン入りの青汁より最悪だな」
 蓮と司狼は目の前で起こった不思議現象より飲み干した液体の不味さに文句を垂れていた。
「ほら、これが従者用のコピーカードだ。アデアットと唱えればアーティファクトが出る。逆に仕舞う時はアベアットだ」
 エヴァンジェリンは二人の言葉を無視してさっさとパクティオーカードを複製すると投げ渡す」
「ちょっと見せてよ。――へえ、結構カッコイイじゃん」
「藤井君のが欲しい」
「先輩も魔法覚えて蓮くんと契約すれば?」
「うん、そうしようかな。そしてキスする」
「本人目の前にしてそんな会話しないでもらえますかね」
 カードをのぞき込んだ来た玲愛とエリーを押し退け、蓮は改めて自分のカードを見る。
 背景は魔法陣らしき星形の図形があり、その前には右腕に長大な刃のある手甲を付けた己の後ろ姿が描かれていた。カードの下部には見たことも無い文字で何か書かれているが読めない。
「物騒なモン持ってんな」
 司狼がカードに描かれた蓮の姿を見て言った。
「そういうお前のはどうなんだよ」
「オレか? オレはこんな感じ」
 司狼が掲げて見せたカードは、基本的に蓮と同じもので、描かれている人物と下部の文字や他細かい所が違う程度のものだった。
「カードに描かれても悪い笑み浮かべてんよ、あんた」
「そうだね。ほんと、悪ガキって感じ」
「うるせえ。それより、アーティファクトっていうの出してみようぜ。ぶっちゃけそれが目的なんだしよ」
「あー……確か、アデアットだっけ?」
 言うと同時にカードが消え、代わりに蓮の右腕が一瞬光に包まれた。そして、右手は血管のような赤い紋様が描かれた手甲がはめられていた。
「じゃあ、オレも――アデアット」
 蓮の時同様司狼のカードが消えたかと思うと彼の右手に拳銃が現れた。司狼が愛用しているデザートイーグルだ。
「あ? こいつはぁ……」
 手の中に現れた銃を見て司狼が黙ったかと思うと、ニヤリと笑った。
「あー、そういうことね。なるほど」
 何か納得したようにそう言って、すぐにアベアットと唱えてカードに戻した。
「そういや、蓮のは絵柄と違うけどよ、どうしてだ?」
 カードの絵には右腕が黒と赤の金属に包まれ、肘から手首にかけて長大な刃が伸びているのに対し、今蓮が装着しているアーティファクトは手甲のみで刃も無い。
「ああ? ――ああ、それは神楽坂明日菜と一緒なんだろう」
 司狼の疑問に二枚のパクティオーカードを眺めていたエヴァンジェリンが答える。
「カードを見る限りはあいつのアーティファクトの本来の形は剣なのだろう。だが、今はまだハリセンの形をしている。おそらく使い手の戦意の問題だ」
「つまりやる気が足りねえってか」
「そんなところだ。使い慣れれば切り替えも可能になるはずだ」
「ふーん。だとよ、蓮。で、お前のアーティファクトの能力って何だ?」
「知らねえよ。これ、ただの手甲なんじゃないのか」
 先程から手を開いたり閉じたりしているが、何の変化も起きない。それでグラスを掴んだり、テーブルを軽く叩いてみるがやはり変化は無い。
「一応言っておくがアーティファクトの能力を私に聞かれても困るからな。色々試して自分で確認しろ」
「へいへい。じゃあ、そういうわけで欲しいモンも手に入ったし、帰るか。試し撃ちもしてえしな」
「実際に使う日が一生来ないよう願うからな俺は」
「蓮くん、それフラグ」
「藤井君、姫を守る騎士になりなさい」
「えーっと、つまり送ってけという事ですか先輩。そりゃあ、一応送りますけど」
 四人、ついでにオコジョ妖精のカモがログハウスから去っていった。
「まったく、去り際も騒がしい奴らだな」
 家主であるエヴァンジェリンは彼らが去っていった玄関へ視線を投げてから再びオリジナルのパクティオーカードを眺める。
 司狼のカードをうっちゃっておき、蓮のカードを凝視する。
 アーティファクト名にはギロチンの正式名称がが書かれていた。
「ボワ・ド・ジュスティス……か」
「ケケケ、コレ以上ハモウ偶然トカッテレベルジャネーナ」
「フン、だからどうした。例えあいつの生まれ変わりだろうと、私には関係ない」
「ケケケケケケッ!」
「なぜそこで爆笑する」
「カード、潰レソウダゼ御主人」
「ぬわっ!?」




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