<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


No.32793の一覧
[0] 【習作】マリィがネギま世界を流出させました(ネギま×Dies)[紫貴](2012/04/15 16:02)
[1] Diesキャラ・アーティファクトの設定[紫貴](2012/05/04 17:06)
[2] 桜通りの吸血鬼編 第一話[紫貴](2012/04/15 16:04)
[3] 桜通りの吸血鬼編 第ニ話[紫貴](2012/04/15 16:05)
[4] 桜通りの吸血鬼編 第三話[紫貴](2012/04/17 22:51)
[5] 修学旅行編 第四話[紫貴](2012/04/25 21:48)
[6] 修学旅行編 第五話[紫貴](2012/04/22 16:40)
[7] 修学旅行編 第六話[紫貴](2012/04/22 16:41)
[8] 修学旅行編 第七話[紫貴](2012/05/04 17:01)
[9] 修学旅行編 第八話[紫貴](2012/05/04 17:04)
[10] 修学旅行編 第九話[紫貴](2012/05/04 17:05)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[32793] 桜通りの吸血鬼編 第一話
Name: 紫貴◆c175b9c0 ID:15ac3244 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/15 16:04

「すいません。麻帆良学園高等部ってこっちの道で良かったですか?」
 クリスマス。その日が彼と彼女らの出会い、いや、再会の日だった。



 ~高等部男子寮~

 目覚ましの音と共に藤井蓮は目を覚ます。うっすらと瞼を開き、窓のカーテンの隙間から漏れる光に目を細めた。
 叩き押すようにして乱暴に目覚まし時計を止めて毛布をどかし、二段ベッドの下から起きあがる。
「んご~~、ぐごごぉ~~」
「………………」
 立ち上がると、鼾をかいて未だ眠っている金髪のルームメイトが視界に入る。
「起きろ司狼」
 言いながら、彼は無慈悲に枕を素早く抜き取った。
「――いっで! いきなり何すんだよ!」
「朝だ。目覚まし鳴ってたのに何で起きないんだよお前は」
「あぁ? ……もうそんな時間かよ。ふぁ~あ、かったりぃ。そうだ。今日はもうサボってゲーセン行かね?」
「一人で行って、デスメガネに見つかってボコられて来い。ってか、香純が許すわけないだろ」
「面倒見の良い幼なじみってのも考えものだな」
 そう言って、司狼はベッドから飛び降りる。
 目覚めたら野郎と二人っきりという最悪な状況の中、とっとと制服に着替え始めた。
「今日から二年だな」
「だな。予言してやろう。きっと今年は波瀾万丈な一年になるぜ」
「俺はそんな人生は遠慮したいんだが」
「オレの勘は当たるんだよ」
 朝食も取らずに揃って部屋を出ていく。そして階段を降りて男子寮の出入り口近くの管理人室のドアを勝手知ったる他人の家と言わんばかりに開けた。
「ちーっす。飯たかりに来ましたー」
「せめてノックぐらいしろよお前」
「おはよう、二人とも」
 管理人室は日本人にしては長身の青年が鍋を持って立っていた。
 青年はズボラさを現しているようなボサボサの髪をしているが、部屋は対照的に整理整頓がなされている。
「おはようございます、戒さん」
「うん。朝食はもう出来てるからどうぞ」
 男子寮の管理人櫻井戒は鍋をテーブルの上に置いて蓋を開ける。中には味噌汁が入っていた。
「毎日毎日ほんとすみません」
「この味噌汁マジうめぇ」
「てめえは何いきなり食ってんだよ!」
「冷ます方が失礼だろ。オレこそ、言葉じゃなく行動で示す無言実行のイケメン」
「手が早ぇだけだろ」
「僕は気にしてないから」
「ほら見ろ。イケメンはイケメンの事わかんだよ。ただし蓮、オメーは駄目だ。イケジョだからな。諦めろ」
「あ゛?」
「女顔のヤンキーが絡んできた。うっわ超怖ぇ。たすけてー。おっ、この漬物もうめぇ」
「おいコラてめぇ…………」
「は、はははは……それじゃあ、僕はホームヘルパーの仕事があるから」
「二足の草鞋ご苦労さんっす」
「うちの妖怪婆が何言っても無視していいですからね。相手にするとつけあがるだけだし、孤独死とは無縁な婆ですから」
「いや、まあ、仕事だし…………」
 言って、戒は蓮が妖怪婆と称したドイツ人老女の世話に行くために部屋を出ていった。
「何であの人あんなに万能なんだろうな。それに比べて妹の方は何であんなにガサツなのかね」
「剣術バカだからだろ」
「色気ねぇな。ありゃぁきっと行き遅れになるタイプだぜ」
「そして三十路前になって慌て出す、と」
「そうそう」



 ~高等部女子寮~

「…………今無性に藤井君と遊佐君を殴りたくなった」
「どうしたの螢?」
「何でもないわ、綾瀬さん」
「朝から機嫌悪いねぇ。あっ、分かった」
「エリー、貴女は何も言わないでくれる? 嫌な予感しかしないから」
「もしかして生理?」
「違うわよ! それに言うなって言ったでしょ!? 今食事中なのよ!」
「櫻井さん、食事中は静かにしてくれない?」
「くっ、何で私が……」
 女子寮の一室。朝から仲良く? 朝食を取る四人の女子がいた。
「香澄ちゃ~ん。もっと薄味にしてよ。ちょっと塩味利きすぎじゃない?」
「そうだね。もう何て言うか体育会系の味付けだね。こう、男の手料理みたいな?」
「文句があるなら食べないでよね。皆が料理出来ないから私が四人分用意してるのに」
「そういえばさ、螢ちゃん最近料理始めたんだって?」
「えっ、それ本当?」
「へえ……」
「何で知ってるのよ」
「戒さんから聞いた」
「兄さん……って、先輩、何ですかその目は」
「分かりやすいなあって思って」
「だね~」
「この二人は……」
 怒りで体を震わせる螢だった。
「ねえ、螢。今度一緒に料理してみようよ。きっと楽しいよ」
「えっ、でも、まだ始めたばかりだし、迷惑になると思う」
「ならないって。分かんない事があれば私も教えてあげるし」
「そ、そう? なら別に……」
「おやぁ? 螢ちゃんが照れてる~」
「ツンデレ」
「…………二人ともさっきから喧嘩売ってるわよね、絶対」
「ツンに戻っちゃった」
「私達にデレるのは当分先かな。ツンデレ攻略の道は険しいね」
「だから人の事をツンデレツンデレ言わないでと何度言ったら分かるんですか!?」
「落ち着け、ツンデレ」
「………………ふ、ふふふふ」
「うわぁ! 笑ってても目が全然笑ってないよ螢!」
 朝から姦しい一時であった。



 ~通学路~

「あーっ、またタバコ吸ってる!」
「別にいいじゃねえかよ。タバコぐれぇよ」
 言いながら、司狼はタバコを携帯灰皿でもみ消した。
 高等部へ続く道、男子寮と女子寮への分かれ道で六人はいつものように合流する。
「遊佐君、悪いんだけど一発殴らせてくれる?」
「いきなり理不尽な事言われたぞ、オイ。誰が殴らせるかバカ」
「馬鹿ぁ!?」
「え? 何でこいつこんなに機嫌わりィんだ? 誰か説明してくれ。アレの日か?」
「うっわ、司狼ってばサイテー」
「ドン引き」
「本城さんだってさっき言ってた、というのは飲み込んで――遊佐君、デリカシー無いね」
「何で朝っぱらから女衆にボロクソに言われてんだ、オレ」
「お前、何かしでかしたんじゃないのか?」
「してねえし」
「皆、そろそろ行かないと走る羽目になるよ」
「そうですね。それじゃあ、行きますか」
「オレの真っ当な疑問は無視かよ」
「蓮君もあんたの扱いに慣れたよね。ブリーダーって感じ」
「オレは犬かよ。第一、愛玩動物なら他にいんだろ。そういう点でオレの方がブリーダーだ」
 そう言って司狼は隣の少女を指さした。
「ちょっと待て。なんであたしを指さす?」
 笑顔で怒りマークを器用に浮かべる香純がいた。
「さ、学校行くか」
「ちょっと待てぇ! あんた、さっきの言葉訂正しなさいよねえっ!」
「そういえば、最近桜通りで吸血鬼が出るんだって」
 本城恵梨依ことエリーが最近噂の怪談話を口にした。
「何だそりゃ。アホらし。女ってどうしてそんな話好きかねぇ」
「あたしはちょっと苦手だなあ。怪談って」
「香澄ちゃん、去年の肝試しの時凄い怖がってたよね」
「そういえばそうね。それで暴れて先生に怒られてたわね」
「あうっ、うぅ~、人が封印してた記憶を思い出させないでよ、螢」
「今年もやろうか、肝試し」
「何でですかあ!」
「だって、見てて面白かったし……」
「この人は……」
「へえ、そんな事があったのか」
「興味あるの? 蓮くん。なら、その時の映像コピーしてあげよっか?」
「何で撮ってるの!?」
「是非ともくれ」
「れ~ん~?」
「まあ、香純ちゃんの愉快なお宝映像は置いておいて、桜道りの吸血鬼、実在するみたいだよ」
「えぇっ! それ本当なの?」
「どうせ吸血鬼に模した変質者だろ。きっと軍服着た白髪野郎だぜ」
「何でそんなに限定的なのよ。まあ、私も似たようなの思い浮かべてしまったけど……」
「櫻井さん、遊佐君と同じ思考なんだ」
 玲愛が、引くわーとか言いたげな視線を螢に向けた。
「言わないで下さい。私もちょっと鬱になりかけました……」
「さっきからオレに対する風当たり強くねぇか?」
「やっぱなんかしたんだろ」
「してねえし」
「まあ、多分司狼が言うとおり変質者の類なんだろうけどね。襲われてるの、女の子ばっかりみたいだし。だから気をつけようねって話。特に運動部の二人は帰り遅いでしょ?」
「そうね。学園都市だからって犯罪者がいないわけじゃないし。しばらくは一緒に帰りましょうか、綾瀬さん」
「そうだねえ。螢と一緒なら心強いし」
「怪力コンビの相手って、変質者にマジ同情するわ」
「まったくだな」
「それどういう意味よ、そこの二人!」
「前々から思ってたけど……貴方達、女性に対する扱い方がなってないわよね」
「普段から花に囲まれて登校するありがたみを教える必要あるかなぁ?」
「竹刀抜いて寄ってくんな、ゴリラ。それに花? へ、どこ?」
 司狼がワザとらしく周囲を見渡した。
「蓮くんとか?」
「はぁ? 今更だろ、それ」
 エリーの言葉に司狼が笑いだした。他の面子も声を上げて笑ったり顔をニヤつかせる。
「……おいコラ」
「いやー、そんな睨まないでよ。だって三学期のミスコンで蓮くんがエントリーしてたし、つい」
「そんなもん参加した覚えはねえ!」
「だって当事者には知らされないミスコンだもん。凄いよ? 蓮くんはなんとランキング――」
「そんなもん聞きたくねえよ!」
「おめでとう蓮。おめーは三位だったぞ」
「言うなっつの! だいたい嬉しくねえよ、アホ司狼!」
 いつもの朝、いつもの通学路、いつものじゃれ合い。
 こうして六人の日常はいつものように進行していく。この日、夜の帳が落ちるまでは――



 ~桜通り~

「――まったく、エリーの言う事をもう少し真剣に考えるべきだったわ」
 放課後、桜通りで櫻井螢は自分の迂闊さを呪った。そうは言っても、夜なるべく一人で帰らない程度の対策しか出来なかったのは、普通の学生であり、裏の世界を知らない少女にとっては最大限の警戒と言えた。
 彼女の右腕の中には女子中等部の制服を着た、前髪で目が隠れている少女――宮崎のどかが気絶している。左手には半ばから折れた木刀が握られている。
 かすり傷程度だが、怪我を負って膝をつく彼女の視線はある一点に向けられていた。
「エ、エヴァンジェリンさん!?」
「今日は本当に大量だな。当たりに、それに本命まで登場とは……今夜はツイてる」
 螢の目の前には、子供先生として有名なネギ・スプリングフィールドが杖を構えて螢とのどかを守るようにして立っている。
 そして、彼が真っ直ぐ見つめているのは黒いマントを羽織った小柄な少女だ。
「な、何者なんですか! あなたはっ! 僕と同じ魔法使いの癖に何故こんなことを……」
「いいのか? そんな大声で魔法使いなどと言って。そこの女は表の人間だぞ」
「え、あっ!?」
「オコジョ決定だなぁ、くくく……」
 ネギが螢に振り返り、何か言い訳しようと口をパクパクさせるが上手い言葉が見つからないようだ。
 螢は少年のそんな様子に気がついていたが言葉をかけるつもりは無く、魔法使いという単語も聞こえていたがそれについて思考しない。
 今はただ、彼女をどう取り返すかが占めている。
「と、とにかくその人を返してください」
「断る」
 即座にネギの言葉を切って捨てたエヴァンジェリンの両手には綾瀬香純が抱きかかえられていた。
 エヴァンジェリンの小柄な体に、少女とは言え人一人を持ち上げるなど信じられない事だが、もっと信じられない事に香純の体が彼女の両手の上に浮いているのだ。
「私は悪い魔法使いなんでな。こいつは……人質だ」
「そ、そんな!?」
「――――」
 螢は二人が会話中にも、じっと隙を窺っている。
 どうして彼女達がこんな事に巻き込まれているのか、それは十数分前という僅かな時を遡る必要がある。



 ――それは、いつもの楽しく、騒がしい学園生活。その放課後の事だ。剣道部へと顔を出した香純と螢は朝の一件もあって共に帰宅した。元より一緒に帰る事の多い二人は、ただ少し用心しよう、という程度の心構えをして桜通りを歩いていた。
 そんな時、
「こ、こわくない~~、こわくないです~~、こわくないかも~~」
 前方に夜の恐怖を紛らわせる為の鼻歌を歌っている少女がいた。
「あの子、中等部の子だね」
「そうね。あの様子からすると、桜通りの吸血鬼を真に受けて怖がってるみたいね」
「ねえ、あの子も誘って帰ろうよ。一人だし、凄い怖がってるみたいだし」
「まあ、別にいいけれど……」
 人の良い友人に少し微笑みながら螢はそれを了承する。
「それじゃあ、さっそく――ねえ、そこの君!」
「きゃああっ!?」
 いきなり背後から、しかもデカい音量で声を掛けられて少女は悲鳴を上げた。
「怖がらせてどうするのよ……」
「あうぅ~、しまったぁ。ごめんねー、あたし怪しく無いよー!」
 自ら怪しく無いと言って信用できるものなのか。香純は鞄と竹刀袋をブンブンと振り回して少女の元へ走っていく。
 それが少女を更に怖がらせているとも知らずに。
「はぁ……綾瀬さんには困ったものね」
 溜息をついて、螢は早足で香純を追う。
 思ったとおり、少女はややパニックを起こしていた。だが、香純の必死の弁明により誤解は解けたのか、螢が追いつく頃には落ち着いていた。
「ほんとにごめんねぇ。驚かせるつもりは無かったんだ。あたしは綾瀬香純。こっちは螢」
「櫻井螢よ」
「あ……宮崎、のどかです…………」
「ごめんなさい、彼女ちょっと元気過ぎる所があるの。綾瀬さんの言うとおり驚かせるつもりは無かったわ」
「い、いえ、私の方こそ……」
 そう言って少女は頭を下げた。見るからに消極的な少女だ。年上の高等部の少女二人を目の前にしているせいか更に恐縮しているように見えた。
「なんかメッチャ怖がられてる……」
「貴女が大声なんて上げるからでしょ。それはともかく、女の子一人で帰るのは心細いでしょう? 中等部の寮まで一緒に行きましょうって、この子がね」
「うん、そうなの。どうかな?」
「あ、え、えっと、それじゃあ、お言葉に甘えて……」
 やはり一人は心細いのだろう。二人の提案に少女は頷く。その時、突然素早く螢が後ろを振り返った。
「どうしたの、螢?」
「ほう、よく気づいたな」
 香純の次に言葉を発したのは螢では無い。それは空から聞こえた。
 並木道の街灯。その上に黒いボロ布のようなマントを被った小柄な人影があった。
「そんな似合わないもの被って、よく言うわね。バサバサと音がして、まるで気がついてくださいって言ってるようなものよ」
「フ……吸血鬼の嗜みというやつだ」
「き、吸血鬼!?」
「なるほど。想像していたのとちょっと違うわね」
「ほう、どんなのを想像していたんだ?」
「バトルジャンキーのアルビノ」
「どんな想像だ……」
 螢は軽口を叩くが、警戒は怠らない。
 相手は一見すると子供にしか見えないが、漂う雰囲気が普通とは違う。鋭い眼光も威圧感が半端では無い。
 香純もそれに気づいているのか少女を庇うように移動する。
「では見るといい。本当の吸血鬼というものを」
 吸血鬼が街灯から飛び降り滑空する。ボロ布でグライダーの真似事が出来るはずがない。
 しかしそんな疑問を解消する前に螢は竹刀袋から木刀を取り出した。本来剣道部で使用しているのは竹刀であり、木刀など必要無いのだが螢は家柄実戦剣術を少しかじっていた。
「ハッ、そんなもので!」
 吸血鬼が懐から試験管のようなものを取り出す。
 そして、試験管が光ったかと思うとどこからともなく一メートル程の氷柱がいくつも現れ、螢に向かって飛んでくる。
「くっ」
 木刀などでは受け止めきれるわけが無い。螢はとっさに避ける。いくつかかすりはしたが避けられた。だが、氷柱の一つの軌道はその背後の二人に向いていた。
「――はあっ!」
 氷柱を木刀で受け流すように叩く。木刀は折れたものの、軌道は変えられた。
「わっ!」
「きゃあっ!?」
 どうやら正確に二人へと向かっていた訳では無いらしく、氷柱は横に離れた所へ突き刺さる。それでも地面が割れた事で二人は悲鳴を上げた。
 二人の悲鳴に螢の意識は一瞬そちらにいった。その隙を突くかたちで吸血鬼が螢の頭上を通り過ぎようとする。
 ――目的はあっち!?
 螢は折れた木刀を逆手に持ち直し、足下に突き刺さった氷柱に足を乗せる。
「無視しないでくれる? ツレないわね!」
 氷柱を足場に跳び、吸血鬼に向かって木刀を突きつける。
「やるじゃないか。だがな――」
「なっ!?」
 木刀が見えない壁によって防がれた。
 余裕の笑みを浮かべ、螢をやり過ごした吸血鬼が香純達二人の後ろへ着地する。
「ひ……」
「しまった!」
 螢が慌てて引き返すが間に合わない。
「二十七番、宮崎のどか。悪いが、その血を分けてもらうよ」
 鋭い犬歯を見せつけるように大きく口を開け、少女に襲いかかる。
「キャアアアアァァッ!」
「危ない!」
 香純がのどかと入れ替わるように前に出た。
 吸血鬼の牙が香純の腕に突き刺さる。
「ほう……こいつは」
「う――」
「綾瀬さん!?」
 血を吸われ、意識を失う香純。
「この!」
 螢が飛びかかるが、吸血鬼は香純を連れて飛んでしまう。
「くっ――」
 追いすがろうとした時、のどかが恐怖のあまり倒れ、とっさに受け止める。
「こいつは当たりだな」
 気絶した香純を見下ろし、吸血鬼は呟く。
「これならしばらくは危険を冒してまで人を襲わなくても済みそうだ。――もう、お前達に用は無い。眠れ」
 掌が螢に向けられる。
「待てーーっ!」
「む――」
 桜通りの奥から何かが高速で突っ込んできた。
 それは杖に跨って飛ぶ少年だ。
「もう気づいたのか」
「何をしているんですか!?」
 少年はあっという間に螢と吸血鬼の間に割って入って杖から降りる。
 吸血鬼に突然現れた攻撃してきた氷柱。それに童話の魔法使いじゃあるまいし、杖に跨って空を飛ぶ子供。
 今夜、螢の目の前では幻想的な、それも厄介な類の事が起きていた。



 桜通りにて吸血鬼と相対するネギ。その後ろでは螢がどうやって香純を取り返そうか考えながら、吸血鬼の隙を窺う。
 その時――
「一体なにが起きたのよ!」
 通りの向こうから二人の少女が走ってきた。
「フ……」
 ネギの視線が二人の少女に向いた瞬間、吸血鬼が香純を抱えたまま空を飛んだ。
「あっ、しまった!?」
「この子、任せたわよ」
 ネギよりも早く螢が動いた。
 のどかを地面に寝かせ、何事かと駆け寄って来る少女二人共々その場をネギに任せるような形で吸血鬼を追って走る。
 桜通りを出、街中を陸上部顔負けの速度で走りながら螢はポケットの中から携帯電話を取り出して登録してある番号にかける。
「はぁ~い、こちら貴女のエリーで――」
「悪いけど下らないジョークに付き合ってる暇は無いの」
「ノリ悪いねぇ。それでどしたの?」
「単刀直入に言うけど、綾瀬さんが吸血鬼に攫われたわ」
「え? マジ? っていうか、吸血鬼ぃ?」
「本当よ。藤井君か遊佐君、そっちにいる?」
 確か二人は放課後、エリーと玲愛を連れてゲームセンターに行ったはずだ。螢の予想は正しいようで電話の向こうから喧しい電子音とBGMが聞こえる。
「いるよ。二人で罵声飛ばし合いしながらエアホッケーしてる……って、螢ちゃんすごい速さで走ってるじゃん。さすが体育会系」
「……何でわかるのよ?」
「ケイタイにGPS機能付いてるから、ちょいちょいってイジればカンタンだって」
「………………」
「あれ? 香純ちゃんの方、もしかして空でも飛んでる? 何か建物素通りしてるみたいだけど」
「それは――」
 螢が説明しようとした時、彼女の頭上を杖に跨った少年が高速で文字通り飛んでいった。
「……詳しい事はまたあとで。頭おかしい人だなんて思われたくないし」
「オッケー。とりあえず男共そっちに向かわせるから。場所は香純ちゃんのケイタイ追跡するから安心していいよ」
「助かるわ。それじゃあねエリー」
 油断してると個人情報が露見されるが、便利なルームメイトを持ったと螢は思った。
 しかし、あの二人を呼んだところで、果たして空を飛び、氷柱やら何やら飛ばし合っているアレらに介入できるのだろうか。
「…………なんとかなるかも知れないわね」
 少なくとも、遊佐司狼の奇行に比べれば魔法など見慣れないだけで随分マシに思えた螢だった。

「……ここも閉まってる、か」
 吸血鬼と子供先生がある建物の屋上に降りたのを見た螢は当然その場所に向かったのだが、建物は閉鎖されていた。
 入り口となる両開きのドアには鎖と南京錠で厳重に封鎖されており、窓にも木がはめ込まれている。
「ちょっとそこのあんた待ちなさいよ!」
 声に、振り返って見るとオッドアイの少女が走ってくる。確か、桜通りの騒ぎに駆けつけてきた少女の一人だ。
「ちょっとあんた、一体何が――――って、高等部の制服!?」
 高等部の先輩だと気づき、追いかけてきた神楽坂明日菜は少し慌てた。
「貴女、わざわざ追いかけて来たの」
「だってうちの居候が……」
「居候? まあ、いいわ。どうせ追いかけて来たのなら手伝ってくれる? 登って……はさすがにこの高さは無理があるから壊して中に入るしかないわ。窓の方が壊しやすそうだし、どこからか使えそうなの探して来て」
 言いながら手に持った木刀でバンバンと窓の木枠を叩く。
 なんか場慣れてる? という思いと、もしかするとヤバイ先輩なのかも知れない、という危機感が明日菜の頭をよぎった。
 ともかく、螢の言うとおり今は建物の中に入って吸血鬼の元へ行く事を考えるのが先決だ。直感型人間である明日菜はとりあえず螢の指示に従い使えそうな物を探そうとして、いきなり強烈な光に照らされて反射的に目を瞑り、腕で光から目を庇う。
「な、なにっ!?」
 うっすらと瞼を開けると単眼のヘッドライトから光が出ているのだと気付く。
「遅いわよ、二人とも」
「これでも急いで来たっつーの。なあ?」
 エンジン音と共に光の向こうから軽い調子の男の声が聞こえた。
「それで香純は?」
 その背後から更にもう一人の男の声が聞こえた。
「上よ」
「そんじゃ、行くか。そこの女子中学生も来るか?」
「え?」
 腕を下ろして、光に眼が慣れた明日菜が見たのは、くわえ煙草のやけにガラの悪そうな金髪の青年だった。



 ~封鎖された建物:屋上~

「フフ、フフフフ。とうとうこの日が来たっ!」
 その頃、ネギの魔法、武装解除によって下着姿にまで脱がされた吸血鬼ことエヴァンジェリンが高笑いしていた。
「貴様の父親にかけられた『登校地獄』。ようやくこの呪いから解放される!」
「え……の、呪い……?」
 ネギは生徒である筈の茶々丸によって羽交い締めにされ、杖も先程放り捨てられてしまった。
「長かった……十五年間も頭の軽い女子中学生らと一緒に授業を受けさせられる毎日。だが、奴の血縁であるお前の血が大量にあればこの呪いは解ける。そして『闇の福音』と恐れられていた夜の女王復活だッ!」
「うわぁっ!?」
 本人達は真面目なのだろうが、傍目から見れば小学生の男子が同級生の女子にイジメられているようにしか見えなかった。
「……マスター」
「悪いがお前の血を死ぬまで吸ってやる」
「や、やめ、やめてください~」
「マスター」
「あーっ、もう何だ茶々丸。今良いところなんだから邪魔をするな」
「こちらの高等部の方は?」
 ネギを取り押さえたまま茶々丸は目線だけで床に倒れている香純を示す。
「ん? ああ、そういえばいたな。保険として連れてきたんだが、こうなってはもう必要ないな。後で記憶を消して人通りの多い場所にでも捨てておけ」
「了解しました。それともう一つ」
「何だ、まだ何かあるのか」
「何者かがこの建物に侵入して来ました」
「は? どうしてわ――」
 分かるんだ、と続けようとした時、エヴァンジェリンの耳にもそれが聞こえた。
 ドンッ、ドンッ、という何かが高速でぶつかりながら移動するような音がする。その音は段々とエヴァンジェリン達がいる屋上へと近づいてきていた。
「な、なんだ?」
 近づくにつれて別の音も聞こえる。バイクらしきエンジン音、そして人の声。
「ハッハァーーーーッ!」
「このバカ、もっとスピード落とせ!」
「スピード以前に人数的に無理があるわよ、これ」
「きゃああああぁぁああああああッ!! ちょっと死ぬ! 誰か助けて~~! 何でこんな事になってんのよおおぉぉッ!?」
 音はとうとう屋上の入り口にまで近づき、ドアをぶっ壊してソレが飛び出して来た。
「な、なんだと!?」
 飛び出して来たのはなんと四人も人を乗せたバイクだった。
「マスター、危ない!」
 勢いのつき過ぎたバイクは空を飛ぶ。乗せていた四人を落としながらバイクは真っ直ぐにエヴァンジェリン向けて突っ込んでくる。
 茶々丸がネギを離して前に出るとエヴァンジェリンの盾となり、それを見事受け止めた。だが――
「あっ!? あんたら、ウチの居候に何すんのよーーっ!」
「はぶぅっ!?」
 慣性の法則で一緒に飛んでいた明日菜が人間砲弾よろしく茶々丸の頭上を飛び越えて、エヴァンジェリンの顔面に頭突きをかました。
 明日菜はそのまま屋上の床に落下して自分の頭を押さえ、エヴァンジェリンは頭突きの勢いで屋上の端は転がった。
「いったぁ~~」
「痛いのは私の方だ石頭! いや、これはもう石どころか鉄だ、鉄! この鉄頭ッ!」
「何ですって! って、あんた達ウチのクラスの……一体どういう事よ!? まさか、今回の事件はあんた達が!? 答えによってはタダじゃおかないわよ!」
「元気な女子中学生だな。てか、ガキの方はいいのか?」
 明日菜の後ろには床に無事着地した司狼が立っていた。
「あっ、そうだ、ネギ! 大丈夫だった!? 怪我してない? あんた、子供のくせに一人犯人捕まえようなんてして、もしもの事があったらどうすんのよ」
「うわーーん、アスナさーーん!」
「うわっ、いきなりひっつかないでよ。はいはい、もう大丈夫だから」
 吸血鬼に咬まれかけ、恐怖を覚えたネギが明日菜に泣きつき、彼女がそれをあやし始める。
「テンションたけえな」
「貴方はこんな状況でもいつも通りね」
 胸ポケットからタバコを取り出して吸い始めた司狼の隣に螢が並ぶ。
「あれが噂の子供先生か。マセ餓鬼想像してたけど、やっぱ違うのな」
「というより、十歳相当の反応だと思うわよ」
「マスター、鼻血が……」
「って、オイそこのロボ娘! 人のバイク捨てんな!」
「あ……申し訳ありません」
 哀れ司狼のバイクはエヴァンジェリンの元へ駆けつけた茶々丸によって屋上からポイ捨てされた。豪快な音が地上から聞こえる。
「おいおいおいおい、くっそ、オレのバイク……。弁償しろよな!」
「誰がするか!? 何なんだ貴様等」
「正義の味方」
「不法侵入の上にバイクで階段昇る奴のどこが正義の味方だ。だいたい、一体何人乗りだったんだ」
「四ケツ」
「事故って当たり前だ!」
「三ケツよりマシだっての」
「まだ三人の方がマシだッ!」
「何かしらこの空気……さっきまで真剣だった私が馬鹿みたい」
 ツッコミキャラと化した吸血鬼ことエヴァンジェリンを見て、螢はシラけた。
「つか、マジで香純の奴捕まってやがる。ってことはあの幼女が吸血鬼? 予想の斜め上行き過ぎだろ……」
「遊佐君、言動に騙されては駄目よ。彼女普通じゃないわ」
「確かに、下着一枚の時点で普通じゃないよな。誰得だよ。少なくともオレは嬉しくねえ」
「そういう意味じゃなくて……いえ、やっぱりいいわ。貴方に何を言っても無駄だもの」
「――ん? オイ、蓮はどうした?」
「そういえば、いないわね。バイクから落ちたところまでいたのは見えてたけど……」
「あの……」
「どうしたロボ娘。弁償する気になったか?」
「違います。お連れの方でしたらそこで落ちかけてます」
 茶々丸が指さした先に、屋上の縁に必死に捕まっている震えている人の指が見えた。
 今夜は満月だが、ちょうど雲のせいで月光の一部が遮られ、蓮の居場所が影となって見つけにくかった。
「お前ら……とっとと気付けよな」
 下から蓮の必死な声が聞こえた。
「だせぇ」
「てめぇ……」
「あの女子中学生見習えよ。敵に向かってヘッドダイビングだぜ?」
「遊佐君、そんな事言ってる場合じゃないわよ。早く引き上げないとこのまま落ちるわ」
「おう、頑張って蓮を引き上げとけ」
「ちょっと……」
「役割分担な。オレはこっち片づけるから。つーわけでそこの吸血幼女」
「誰が幼女だ。私はお前達よりも遙かに年上だぞ」
「じゃあ、ロリババアだ。うちの小動物返してくんねえか? 持って帰らねえとそいつの身内からネチネチネチネチ小姑みたいに文句言われんだよ」
「断る、と言ったらどうするつもりだ?」
「そんなの一つしかねぇじゃねえか」
「ふむ……」
 感情的には失礼極まる司狼の言う事などエヴァンジェリン聞きたくなかったが、今は不確定要素が多い。
 触媒となる薬品もネギとの戦いで失い、明日菜が魔法障壁をすり抜けた事も気になる。パートナーの茶々丸がいるとは言え、数的不利もある。
 どうするか、などと思考しているとふと思いつく。
「私の狙いはそこのぼーやだ。明け渡してくれると言うのならこちらも返そう」
「へえ……」
 司狼が視線だけを動かして明日菜の胸の中で半泣きになっているネギを見た。
 当然ビビられた。
「とうぜん断る。ほら、オレってセイギのミカタだから」
「あんた目がマジだったわよ!」
 思わず明日菜がタメ口で突っ込んだ。
「別にあんなガキどうなろうと知った事じゃないんだけどな。それはそれで助かった奴から文句言われそうでよ。ガキ渡すのは最後の手段って事で」
「なら、交渉決裂だな」
 その一言で空気が変わる。その幼い容姿から想像できない威圧感がその場を飲み込む。
「なに、これ……」
 ネギが、明日菜がクラスメイトのもう一つの顔を見、冷や汗を流す。表、裏と関係なしに実戦を、戦いと言うものを知らない少年少女にとって力を封印されているとは言え真祖の吸血鬼から発せられる気配は恐怖そのものである。
「結局はこうなるのか……」
「遊佐君に任せたのが失敗ね」
「堅物のお前らがやるより断然いいし。ほら、さっさと立てよ、蓮」
 しかし、高等部の制服を着た三人だけは怯む様子も無く普段通りだった。
「フン。軽口叩いただけあって多少根性はあるようだな」
 エヴァンジェリンは顔を笑みで歪める。
 余裕そうな笑みを浮かべてはいるが、魔法触媒の無い今の彼女はただの子供だ。螢の実力は桜通りで解っているし、司狼もおそらく口だけの男では無い。屋上から落ちかけた男の方は知らない。大した事は無いと予想する。
 彼女は吸血行為によって魔力を得ている。それでも僅かな魔力しか得られず、魔法触媒が無いと魔法が使えない――のだが、今夜は違った。
 一、二回程度ならば触媒無しで魔法を使用できる程に魔力がある。
 さほど広さの無い屋上だ。牽制で魔法を撃ち、茶々丸にトドメを刺させれば勝てる。決して分の悪い勝負では無い。
「とりあえず、お前達を倒してからぼーやの血を戴くとしよう。リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」
 エヴァンジェリンが魔法の詠唱を始める。
 その時、夜空の雲が動き、顕わになった満月からの光が屋上全体をスポットライトのように照らす。
「――え?」
 エヴァンジェリンの詠唱が止まった。
 彼女の視線は、月明かりの元に晒された蓮の顔に集中している。
「……ロ、ロートス。そんな、まさか…………」
 完全に、エヴァンジェリンの動きが止まった。
「蓮、あの幼女と知り合いだったのか?」
「いや、初対面だ」
「ふ~ん……まあ、どっちにしろ今がチャンス、だなッ!」
 司狼が言うと同時、三人が打ち合わせでもしていたかのように駆け出す。
「――はっ!? し、しまった!」
 螢がまだ持っていた折れた木刀をエヴァンジェリンに向けて投擲する。それはエヴァンジェリンが常に張っている魔法障壁によって防がれるが、僅かな牽制にはなった。
 その間に蓮と司狼が一気に吸血鬼まで駆ける。
「くっ、茶々丸! ここは一旦引くぞ。そこの女を連れて行く」
「了解、マスター」
 茶々丸が主の命を受けて行動する。肘からブーストを噴出させ、屋上の床を殴る。
「うおっ!?」
「なっ!?」
 人間――ではなくロボットだが――の力とは思えない拳の威力は床に大穴を開けた。粉塵が舞い、蓮と司狼の足が止まる。
 その隙にエヴァが屋上から飛び降り、茶々丸が香純を抱えてそれに続く。
「おい、ここ八階だぞ!?」
 慌てて下を見下ろす。だが、すぐに見上げる羽目になった。
「空飛んでやがる。どんなトリックだよ」
 二人は空に浮かんでいた。靴の裏と背中からジェット噴射する茶々丸ならかろうじて理解できるが、エヴァンジェリンは外見上何の変化も無しに浮かんでいる。
「お、覚えておけよ、貴様たち」
「そんな三流の科白はいいから、バカ返せよ」
「あっ、こら、物を投げるな。ええい、鬱陶しい!」
 司狼から投げられる床の破片やらを振り払い、エヴァンジェリンはその場所から離れる。
「覚悟しておけよ。それとネギ・スプリングフィールド!」
 そう言って、二人は夜空の向こうへ消えていってしまった。
「チッ」
「なにがどうなってるのよ……」
 舌打ちし、香純を連れてしまった二人の影でも見るかのように蓮は空を見上げ続け、その後ろでは事態の把握がイマイチ出来ていない明日菜がネギを抱きしめたまま呆然とする。
「そういや、吸血鬼って空飛べるのか?」
 香純を取り戻す事に失敗したと言うのに司狼はいつも通りだった。
「んな事言ってる場合じゃないだろ。どうすんだよ、香純が連れていかれちまったぞ」
「大丈夫だっての。お前と違ってちゃんと考えてんだよ」
「……信じていいんだな」
「とーぜん」
 不敵に笑う司狼は短くなったタバコを床に捨てて靴でもみ消す。
「そうか。なら一度戻ろう。先輩達が待ってる」
「そういや、バイクどうすっかなあ……」
「自業自得よ。……貴女達、今日はもう襲われる事はないと思うけど、二人で帰れる?」
「えっ? あ、はい、大丈夫です」
「そう。それじゃあ、おやすみなさい」
 明日菜に一声掛け、一度ネギに視線を向けると螢はきびすを返して屋上の出口へ向かっていく。その後ろを蓮、そして司狼が続く。
「じゃ、またな。センセ」
 何とも含みのある声と笑みで司狼がネギと明日菜の脇を通り過ぎる。
 ある意味、吸血鬼よりも質の悪い人間に目を付けられたかも知れないネギだった。



 ~高等部女子寮、玲愛と香純の部屋~

「で、結局は助けられずにノコノコ帰って来たわけだ」
「ええ、まあ……」
「そういう事になるわな……」
「何がしたかったの?」
「きっつ! ってか何で俺ら正座させられてんだよ?」
 蓮と司狼の二人は玲愛の目の前で正座させられていた。その後ろではエリーがおり、螢が複雑そうな顔をしていた。
「行く前に、よっし吸血鬼狩人だ、ハンティングホラーだ、いっちょ絞めて来る、とか言って自信満々に出ていったのは誰かな?」
「いや、そりゃあそうだけど……」
「藤井君も、あいつ一人だと余計な事しそうだから一緒に行く、とか言ってたけど、そこんとこどうなの?」
「申し訳無いと思ってます」
「罰として香純ちゃんの代わりにこの部屋で過ごす事」
「何でそうなるんですか」
「……あの、氷室先輩」
 黙っていた螢がおずおずと声をかける。
「何かな? 私は今この二人のお説教で忙しいんだけど。貴女が香純ちゃんの件で責任感じてるなら、それはお門違いだよ。本物の吸血鬼だったんでしょ」
「ええ、まあ、どうしてそう素直に吸血鬼がいたと信じるのかという疑問は置くとして、最初に素朴な疑問いいですか?」
「なに?」
「どうしてこの二人はこんなに堂々と女子寮入って来てるんですか!?」
「鏡花さんが許可くれた」
「あの人は……寮監としての自覚あるのかしら」
「別に許可取らなくても簡単に出入りできるけどね。特にこの二人は。今も窓から逃げようとしてるし」
「やべ、見つかった。早く降りろよ、蓮」
「蹴るなッ」
「ちょっと、許可貰ってるなら堂々と出て行きなさいよ。逆に怪しまれるじゃない!」
 螢の言葉も虚しく、男二人はとっとと窓から外へと配水管を伝って出て行ってしまった。
「あの二人は……」
「もう少しお説教したかったけど、時間が時間だからね。香純ちゃんを無事取り返したら、許してあげる事にしよう」
「……すいません、先輩。私がもっと」
「だからそれはいいって。そもそも本物の吸血鬼なんて漫画じゃ定番の最強生物だよ。貴女が無事だっただけ良いんじゃない?」
「…………でも」
「でももだけども無し。ところで、本城さんはさっきから何してるの? ずっと黙ってて珍しいよ。っていうか不気味だね」
 エリーは先程からずっと耳に手を当てて黙っていた。時々、ニヤニヤと笑みを浮かべたりしている。
「ん? ああ、何なら二人も聞く?」
 そう言って、耳から手を離す
「何を?」
「その吸血鬼の私生活」
 エリーの手には、イヤホンが握られていた。



 ~エヴァンジェリン宅~

「一体あいつは何者だ……まさか生きて、いや、もう六十年も前だ。生きていてもあんな若々しい筈が無い。他人の空似にしては瓜二つだったし。ああ、もう! ロートスじゃないとすれば一体何者なんだ!?」
 自分の住むペンションへと戻ったエヴァンジェリンは床を踏みならしながら部屋中を歩き回っていた。
「マスター。そのロートスさんというのどういった方で?」
「あいつはな…………」
「………………」
「……ああもう! 思い出したら腹が立った! 巻いてやる!」
「な、何故、お止めくださいマスター」
「ええい、うるさい! とにかく凄くムカツク奴だ! 今夜だってあいつがいきなり現れなければあのままぼーやの血を吸えたのに」
「マスター、ネギ先生は十歳です。あまりヒドい事は……」
「わかっている。女、子供は殺さん。今夜のあれは少し脅しただけだ」
「そうですか。ところでマスター。こちらの先輩はどうしましょうか?」
 部屋に備え付けられたベッドの上には香純が眠っている。
「むぅ…………むにゅ」
「……何だか勢いのままとうとう家にまで連れてきてしまった感はあるが、こいつがいればコソコソと血を吸いに行かなくても済む。悪いが、作戦実行までここにいてもらおう」
「しかし、誘拐してしまっていいのでしょうか。先輩にも授業があるはずです」
「うっ」
「友人と思われる先輩方も取り返そうとしていました。それに大変お怒りのようでした」
「たしかに目が笑ってなかったな。ふ、ふん、私は悪い魔法使いだからな。このぐらいして当然だ」
「そうですか」



 ~高等部女子寮:玲愛・香純部屋~

「ね、ウケるでしょ?」
「………………」
「どうしたの? そんな一人だけ真面目にやって自分が馬鹿みたいに思えてきたって顔して」
「まさか先輩以外の事でそう思う日が二度連続して来るとは思いませんでした」
「それ、褒めてるの?」
「褒めてません!」
「どうどう。落ち着きなって櫻井ちゃん。別にいいじゃん。香純ちゃん、安全って訳じゃないんだろうけど今すぐ死ぬような状況じゃないんだし、貞操も無事みたいだし」
「貞操って……」
「これが変質者の類だったらどうなってたか」
「血の雨が降るね。それも盛大に。きっと新聞の一面に載るよ。マホラの血の雨って感じで」
「あの二人、これを知ってたからあんなに落ち着いてたのかしら」
「さわりだけ先に聞いてたみたいだから、そうだろうね。司狼は鼻で笑って、蓮くんは櫻井ちゃんみたいな反応してたし」
「そう」
「あれ、どこ行くの?」
「部屋に戻ってシャワー浴びるのよ。どうせ、綾瀬さんを助けるのは明日以降になりそうだし今日はもう寝るわ」
「じゃあ、私はもう少し情報収集してから寝ようかな。じゃあね、先輩。香純ちゃんがいなくて寂しかったらいつでもこっちに来ていいですのよん」
「その言い方気持ち悪いよ。うん、でも気持ちだけ受け取っとく」
「それじゃあ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
 二人は寮部屋には本来無い筈の穴から自分達の部屋へ戻っていった。



 そして後日、司狼がまるで遊びに行こうぜ、とでも言う風に――
「こっちも人質取ろうぜ」
 ――と言った。






前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.044559001922607