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No.32684の一覧
[0] 【習作】正義の味方と夢見る聖者【ネギま!×Fate×トライガン+オリジナル】[T・M](2012/08/23 20:13)
[1] 第一話[T・M](2012/04/07 23:51)
[2] 第二話[T・M](2012/04/08 00:22)
[3] 第三話[T・M](2012/04/12 23:20)
[4] 第四話[T・M](2012/04/18 23:55)
[5] 第五話[T・M](2012/04/19 00:04)
[6] 第六話[T・M](2012/04/30 22:16)
[7] 第七話[T・M](2012/04/30 22:32)
[8] 第八話[T・M](2012/05/12 00:03)
[9] 第九話[T・M](2012/05/12 00:05)
[10] 第十話[T・M](2012/05/16 22:01)
[11] 第十一話[T・M](2012/05/16 22:06)
[12] 第十二話[T・M](2012/05/22 01:08)
[13] 第十三話[T・M](2012/05/22 01:43)
[14] 第十四話[T・M](2012/05/22 01:53)
[15] 第十五話[T・M](2012/05/22 02:11)
[16] 第十六話[T・M](2012/05/29 22:28)
[17] 第十七話[T・M](2012/05/29 22:51)
[18] 第十八話[T・M](2012/08/23 20:08)
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[32684] 第四話
Name: T・M◆4992eb20 ID:dcd07e40 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/18 23:55
「こっちだ、急げ!」
 険しい表情で走る士郎の後に、ヴァッシュとリヴィオも続く。
 つい先程までは部屋で冗談も交えながら談笑をしていたのだが、何の前触れも無く、穏やかな時間は終わりを告げた。
 リヴィオがダブルファングの変形機構を披露していた時、士郎が異変に気付いた。床に手を付いて解析の魔術をした後、血相を変えて部屋を飛び出したのだ。どうしたのかとヴァッシュが問い質すと、士郎は一言だけ返した。
「魔術だ」
 ヴァッシュやリヴィオでは察知できなかった異常――魔法や魔術による何かが起きたのだということを理解するには、それだけで十分だった。
 最後の階段を一気に飛び降りて、士郎はその階層の廊下へと走り出した。
「この階は、例の修学旅行で貸し切ってる階です」
「つまり、ここで何かがあったってことは、100%ビンゴってことか」
 つい、舌打ちをしたくなる。
 今できるのは、手遅れになっていないことを祈ることぐらいしかない。その事実があまりにも歯痒い。
 階段から廊下へと出て、士郎を見つけてすぐに傍へと駆け寄る。
 最初、士郎は何もない所で立ち止まっているように見えた。だが、よく見れば、そこが不自然な空間になっていることが分かった。更に目を凝らせば、士郎の目の前に扉があることに今更気付いた。
 普通ではありえない目の錯覚。このような普通ではありえないことを引き起こすのが、魔法だ。
「ここだ。……扉そのものの概念を弄って、内と外を隔てる物としての側面を強化しているか。しかも、精神干渉系の術でこの辺りを認識からずらしてもいるようだな」
「どういうことです?」
 士郎の独り言じみた解説にリヴィオが問い掛けると、士郎は扉の四方に不自然に貼られていた紙きれを1つ剥がした。
 すると、ヴァッシュの眼にも扉がはっきりと普通に認識できるようになった。リヴィオは今のことで扉の存在に気付けたようで、絶句している。
「強制的に死角にされていた、ってことだ」
 つまり、自分の認識に強制的に空白を作られていたということだろうか。ヴァッシュは、過去に対峙したGUNG-HO-GUNSの1人、ドミニク・ザ・サイクロプスの催眠術を思い出す。
 士郎は剥がした紙切れを握り潰し、残った3枚も引き剥がした。そして、ヴァッシュには良く分からないが魔法が掛けられているらしい扉に手を当てた。
「万能鍵か?」
「いや。それだと、普通にかかっている錠前を解けない。だから、無理矢理壊す」
 言うと同時、士郎の体から扉に“力”――“魔力”が流れ込んでいくのを感じる。
 士郎曰く、魔力とは毒らしい。その毒も術理を以って制御できれば薬として様々に活用できる。けれど、何の統制も無く乱暴に魔力を流し込まれれば、それは猛毒として体を蝕む。その法則は、無機物にも同様だ。
 バキッ、という乾いた破裂音と共に、扉の各所に亀裂が走る。そうなってしまえば、それは単なる板切れ、扉としての機能を維持できるはずもない。
「すっげぇ……まるでマジックだ」
「種も仕掛けも無いがな」
 リヴィオが漏らした感嘆の言葉に軽く返すと、士郎は板切れと化した扉を蹴破った。そのまますぐに突入はせず、まずはその場で目を凝らし、中の様子を窺う。
 暫くして、士郎はこちらに振り返って頷いた。それを合図に、ヴァッシュとリヴィオも部屋の中へと突入する。
 部屋の中に入ってすぐ、異様な空気に思わず身体が緊張した。同じ建物の中なのに、部屋の外と中でまるで空気が違う。空気が濁っているというか、流れが滞ってこの中で渦を巻いているというか。どうにも、表現し辛い感覚だ。それを感じているのはリヴィオも同様らしく、部屋に入った直後から緊張した表情で臨戦態勢になっている。
 奥へと進むと、布団が敷かれており、そこに3人の少女が寝転がっている。その傍に置かれた椅子には、1人の男が寛ぐように座っていた。
 その男の姿を見て、ヴァッシュは愕然とした。
「おやおや、これは驚いた。まさか、こんなにも早く気付かれるなんてねぇ……って、あれ?」
 男はこちらに振り向くと、最初は余裕たっぷりに恭しく話していた。だが、ヴァッシュと士郎の顔を見て、急に素っ頓狂な声を出した。
 驚いているのは、どちらも同じだ。
 こんな状況でまた会えると思っていなかったし、こんな再会ならしたくなかった。
「……アラン?」
 目の前にいる白尽くめの男は、ヴァッシュがこの世界で最初に親しくなった男の1人。右も左も分からかったヴァッシュと士郎に道を示してくれた、恩人とも言える男――アラン・ザ・プレイヤーに相違なかった。





「プレイヤー、お前……!?」
 そこにいるのが何者でも、日本の平和を脅かすような輩ならば問答無用で斬り伏せる。そんな気勢で乗り込んだというのに、予想外の人間との再会に、思考と肉体が静止してしまう。
 士郎とヴァッシュはそれぞれアラン・ザ・プレイヤーの名を呼んだきり言葉を失い、流暢に話し始めたプレイヤーもまた口を開けたまま動きを止め、思考すら停止しているようだった。
 誰も動かず、言葉を発さず、結界で空気が蟠っていることもあり、部屋の中は不気味なほど静かだった。
 しかし、その静けさも長続きしなかった。唯一プレイヤーと面識がなく、驚愕や戸惑いに縛られていないリヴィオが動いたのだ。
「すいません、先に行きます!」
 言うや否や、リヴィオは誰の返事も待たずに飛び出し、プレイヤーの真横を駆け抜け、ガラス窓を突き破って外に出た。
 ただそれだけのことだったのだが、その速度が尋常のものではなかった。幾ら意表を突かれたとはいえ、超人的な動体視力を持つ士郎が声を聞いた後にリヴィオの姿を捉えることができたのが、窓を突き破る瞬間だけだったのだ。
「びっ……吃驚したぁぁぁ……。ぶつかってたら、僕、確実に即死だよ」
 突き破られた窓を見ながら、プレイヤーは珍しく取り乱していた。あんな風に、自分の真横を人間が超高速で通り過ぎたら、誰でも驚くか。
「リヴィオ……どうしたんだ、急に?」
 一方で、リヴィオと付き合いの長いヴァッシュは彼の身体能力ではなく、行動に驚いていた。
 言われてみればそうだ。リヴィオはどうして、急に窓を突き破って外に出て行ったのだ。その原因を探ろうと破られた窓から外を注視すると、そこには、あからさまに怪しい人影があった。
「ヴァッシュ、外を見ろ」
「あれは……着ぐるみ? 女の子を抱えてるな」
 ヴァッシュもすぐに少女を抱えている猿の着ぐるみを見つけた。リヴィオはあれを見つけて、外に飛び出したのだろう。
 抱えられている少女は、恐らく、麻帆良学園の女生徒。そして、この状況と照らし合わせて考えれば、十中八九――。
「とんでもない視力だねぇ。その通り。僕らは只今、人攫いの真っ最中ってわけさ」
 思考の中で言語化するのとほぼ同時に、プレイヤーは自らの立場を明かした。
「アラン、どうしてこんなことを」
 プレイヤー自身から明かされた『誘拐犯』という事実に、ヴァッシュは複雑な心境がそのまま表れている顔と声で問うた。その心境は、士郎も同じだ。
 仮にも、この世界において数少ない知人であり恩人と言っても過言ではない男が、目の前で自分達と敵対するような悪行をしているのだから。
「お仕事だからさ。それに言ったろ、僕は小悪党だって」
 しかし、プレイヤーは以前と変わらない調子で、あっさりと答えた。
 思う所はある。だが、士郎が答えを出すには今の問答だけで十分だった。
 目の前のこの男は、敵だ。ならば、今までやこれからなど関係ない。此処で、この手で討つ。
「そんなことはどうでもいい。事の次第を詳しく話してもらうぞ」
 言いながら、一歩踏み出す。この部屋の中は簡易的な“陣地”のようになっているようだが、罠の類は無い。それに、この間合いならば、一般人同然の身体能力のあの男を組み伏せるのも斬り伏せるのも容易い。
「ヤだ。そんなことするなら、この子の命、保証しないよ?」
 言いながら、プレイヤーは自分の足元を指した。
 そこには、少女が横たわっていた。2人が見ると同時に、プレイヤーの白い革靴の踵が、コツコツ、と少女の頭を叩く。
「貴様……!」
「落ち着け、士郎」
 声を荒げると、ヴァッシュに肩を掴まれ制止された。
 すぐさま振り返って言い返そうとしたが、ヴァッシュの表情を見て、吐き出そうとした言葉を呑みこんだ。
 ヴァッシュの表情には、深い悲しみだけが見えた。こんな時でさえも、怒りを寸毫も見せない。見えるのは、恩人と敵対している現状に対する悲しみと、その事実に立ち向かおうという決意。
 こんな顔をされては、引き下がるしかない。士郎は黙って頷いて一歩下がり、ヴァッシュに前に出るように促す。代わりに、頭を冷やしながら、魔術的な罠が本当に無いのか注意する。
「アラン、君の目的はなんだ?」
「今回の件で、僕らに目的は無いよ。ただ、依頼された仕事をこなすだけさ。クライアントの目的は、無論のこと黙秘させてもらうよ」
 今回の件で、というのは引っ掛かる言い方だ。まるで、現在進行形の目的がこの事とは別にあるようにも聞こえる。無論、これは相手が腹に一物ある油断ならぬ存在、という認識による邪推のようなものだ。普通に聞けば、当たり障りの無いごく普通の言い回しだろう。
 他に気になることは、この状況でも平素の様子と全く違いが無い、プレイヤーの異常さだ。士郎やヴァッシュのような内心の動揺が、プレイヤーからは一切見てとれない。やはり、麻帆良やウェールズで交わした言葉の通り、あちらは最初からいつか必ず敵対することになると覚悟していたということか。今日この場所でこうなったのは、流石に予想外だったようだが。
「……それじゃ、次の質問だ。僕らに勝てると思うかい?」
 言いながら、ヴァッシュは右手でガンホルダーに収めてある銃のグリップに触れた。
 今でも意外なものだが、ヴァッシュは必要に迫られれば人を傷つけることに対して驚くほど躊躇いが無い。無論、無意味に人を傷つけたり、殺すことや命に関わる重傷を負わせたりしてしまうことは忌避する。だが、それ以外、足や手を撃って無力化する程度ならば平然とやれる。
 これには、ヴァッシュが育った故郷であるノーマンズランドの環境が大きく影響しているらしい。なんでも、ノーマンズランドでは「生きてさえいれば何とかなる」というレベルで医療技術が発達していて、高位のサイボーグになると頭だけの状態でも生存が可能らしい。加えて、足や手を撃ち抜いた程度では怯まない手合いもかなり多かったようだ。
 ……そりゃ、ヴァッシュでも銃で人を傷つけることに抵抗が無くなるか。最初にヴァッシュが躊躇ない無く銃で人を撃った時は驚いたもんだが。
 それでも、人を決して殺さないという、ヴァッシュの『不殺の信念』は本物だ。なにしろ、元々銃が不得手だったというヴァッシュが必死に腕を磨いたのも『銃で人を殺さないようにする為』だというのだから。
 言い換えれば、ヴァッシュのような平和主義者でさえも銃を持たざるを得ないのがノーマンズランドだということだ。が、今重要なのはそこではない。
 ヴァッシュが銃に手を触れたのは、決して脅しではないということ。そして、この場での士郎の出番はもう無くなったのも同然だということだ。
 問題は、この警告がプレイヤーに通用するかどうか、ということだ。プレイヤーもヴァッシュの気性を知っていればこそ、意外なほど簡単にヴァッシュが銃で人を撃てるとは思っていないだろう。
「まさか。けど、小悪党の往生際ってのはみっともないものなのさ。自分が死んでしまうのなら、腹いせに誰かを道連れにするぐらいはやるよ?」
「なら、この場での睨み合いが、お前の仕事か?」
 ヴァッシュのお陰で士郎の頭も十分に冷えた。こうして、プレイヤーの言葉に冷静に返すこともできる。
 プレイヤーもそこはこの道の人間、ヴァッシュが実力者だということは察しているようだが、認識が不十分だ。こんな、5mにも満たない距離でヴァッシュの抜き撃ちに先んじて行動することなど、人間どころか死徒にも不可能だ。
 士郎の先程までとは打って変わった態度が気になったのか、プレイヤーは一瞬、士郎に視線を向けて、考え込むような仕種を取った。
「うん、そんなところ。けど、君達のような極上のサプライズゲストが来るとは思ってなかったからね、どうしたものか。……ところでさ、衛宮士郎」
「なんだ」
「外、ちゃんと見た方がいいよ」
「なに?」
 あまりにも突飛な呼び掛けに、思わず聞き返してしまった。
 この状況、このタイミングでのこの発言。十中八九、外へ気を向けさせることによって隙を作ろうという虚言だろう。だが、プレイヤーは冗談を言っても嘘は言わない男だ。その気性に疑いの余地は無いと判断し、敢えてプレイヤーの言葉に耳を貸す。
 ヴァッシュにプレイヤーから気を逸らさないように伝えてから、外を見る。宿から幾らか離れた橋の向こう側に、3人の人影があった。1人はリヴィオ、もう1人は猿の着ぐるみの誘拐実行犯。そして、最後の1人は、何時の間にかその場に加わっていた3人目。いかにも日本人らしい体型と顔立ちに、現代では逆に日本では浮いてしまう服装である和服に日本刀を帯びた、黒髪に赤い異形の瞳が映える剣士。
 その男の姿を見た瞬間、士郎は今まで思い出せなかったこの世界に来る少し前の光景――その男と遭遇した時の記憶を思い出した。


 紛争地域で共に活動していた仲間に裏切られながらも、別の仲間に助けられ難を逃れた士郎は、当ても無く大陸をさ迷い歩いていた。
 仲間に裏切られたことに対して、怒りも、恨みも、憎しみも、悲しみも無い。ただ、こうなってしまったか、という他人事のような感想があるのみだ。
 裏切られることに慣れたというわけではない。最初から、他人に傷付けられることに対する感慨が一切無かったのだ。ただ、衛宮士郎という存在が『正義の味方』として機能していれば、それだけで良かったのだ。
 そうして、再び1人での放浪を始めて1か月ほど経ったある日。小さな村を狙った夜盗を叩きのめしてから数日後。中国の山中で身体を休めていた士郎の前に、あの男は唐突に現れた。
「俺は、魔術協会“時計塔”に属する封印指定執行者。名を――」


 思い出すと同時に、弓を投影。間髪を入れずに矢を番え、放つ。
 中てることなど考えず、ただ牽制に間に合えばいいと速さだけを求めた射は、傍から見れば無様なものだっただろう。しかし、矢を射ることは投影を含めて1秒未満で行えた。
 急造の弓は、射ると同時に砕けた。恐らくは矢も鏃が地面に触れた瞬間に砕け散ってしまうだろう。だが、それでも牽制ぐらいには――なった。
「士郎、どうしたんだよ急に!?」
 士郎の唐突な行動に、プレイヤーだけでなくヴァッシュも驚いていた。それは当然だろう。仮にヴァッシュが外を見ていたとしても、あの男の危険性を理解できないのだから、士郎が遮二無二矢を射た理由も理解できるはずがない。
「ヴァッシュ、ここは任せる。魔術に疎いリヴィオじゃ、あの男の相手は危険だ」
 リヴィオの実力はヴァッシュから伝え聞いただけで、自分自身で確かめられていない。しかし、あの男の実力は知っている。あの男は剣士としてだけではなく、戦闘系の魔術師としても一流の実力者。魔術知識に疎いリヴィオでは、地力で上回っても足元を掬われてしまう可能性が大きい。
「分かった。任せたよ、士郎」
 思考を殆ど挟まず、ヴァッシュはすぐに了承してくれた。
 この場をヴァッシュに任せることにも不安は無い。ヴァッシュに任せておけば、最悪の事態だけは防いでくれると信じられる。
 プレイヤーに一瞥をくれてから、肉体に強化の魔術を施し、リヴィオが突き破った窓から外に飛び出した。



 外がどういう状況か把握できていない。だからこそ、士郎に任せよう。彼に任せておけば、きっと、そう悪いことにはならないから。
 リヴィオの後を追って飛び出して行った士郎を見送ると、自然とこの場に残るのはヴァッシュとアランの2人だけ。
 出来ることなら、穏便に済ませたい。自分達に道を示してくれた恩人を、傷付けるようなことはしたくない。けど、それでも。アランが足元の少女を殺してでも、何かしようと言うのなら、力尽くでも止める。
 ヴァッシュは右手を誰から見ても分かるぐらいに緊張させながら、同時に左腕の義手のギミックをいつでも使えるように準備する。すると、そんなヴァッシュの状態を見越してか。先程よりも明るい口調でアランが話し掛けて来た。
「さて、と。ところでヴァッシュ、一つ提案なんだけど?」
「何だい? 穏やかで平和的な提案だと、僕も嬉しいんだけど」
 アランの言葉に、冗談ではなく本気でそう返す。これに、アランも頷いた。
「まさにその通りだよ。大人しく引き上げるから、この場は見逃してくれないかい? 勿論、攫った子も丁重にお返しするよ」
「…………本当に?」
 願っても無い提案に喜ぶよりも先に、確認を取る。ここで下手を打てば、攫われた少女やアランの足元の少女だけでなく、この宿にいる全員が危険に晒される可能性さえある。
 アランを信じたいという気持ちを、これ以上誰も傷付けさせたくないという想いが上回り、安易に隙を見せず、最低限の警戒はする。
「ああ。僕は、冗談は言うけど、嘘は言わない主義なんだ」
 言うと、アランは立ち上って、人質に取っていた少女から離れてヴァッシュに歩み寄った。そして、手が届くぐらいの距離で立ち止まると、僅かに帽子をずらして、目を合わせた。
 暫く、無言で互いの目を見つめる。
 きっと、アランの言葉に嘘は無い。だが、アランはこの場から退却した後もヴァッシュや士郎と敵対するだろう。少なくとも、彼らの仕事が終わるまでは。だから、この場で捕らえるか叩きのめすかするのが上策だと、士郎ならばそう言うだろう。
 けど……少しでも戦いを避けられるのなら、僕はそうしたい。やっぱり、戦いとか、人を傷つけるのは、嫌だ。
「分かった、信じるよ。それに、そういう約束だったしね」
「あの時の僕の言葉、受け取ってくれていたんだね。嬉しいなぁ」
 ヴァッシュが頷くと、アランは帽子を僅かに上げていた右手を離して、そのまま笑みを浮かべながら差し伸べて来た。
 少し間を置いてから、2人は握手をした。
 その後は、アランに壊したドアや窓を魔法で直すなど証拠隠滅をしてもらう。砕かれたガラスが、まるで映像を逆再生するように元に戻っていく様子は何とも神秘的なものだった。これが初歩の初歩だと言うのだから、魔法や魔術はつくづく不思議なものだと溜息を洩らす。
 部屋の中に張られていた結界の術も解かれ、ヴァッシュも空気の変化でそれを確認した。それら事後処理が終わると、ヴァッシュとアランは2人揃って窓から外に飛び降りた。
「じゃあね。次に会う時は、手加減ぐらいはしておくれよ」
 着地すると同時、そのように言い残して、ヴァッシュが声を掛ける間もなくアランは風のように逃げ去って行った。
「次も止めるよ。絶対にね」
 相手には届かないと分かっていても、決意の言葉を風に乗せて送った。







 ホテル嵐山に近い橋の前に、1人の男が立っていた。
 彼の出で立ちは非常に日本的でありながら、今の時代では却って日本では見られなくなったものだ。和服に身を包み、草鞋を履き、腰の左側に大小の刀を帯びているその姿は、髷こそ結っていないが侍そのものであった。
 橋の手前に立ちながら、彼は人を待っていた。恋人とか友人とか、そういう親しい者との待ち合わせではなく、仕事の関係だ。
 手筈によれば、もうじき関西呪術協会の長の息女を攫った依頼人本人がやって来ることになっている。そうなれば護衛役の彼の仕事もいよいよ本番となるのだが、彼の表情は見るからに気だるげで、大儀そうである。
 事実、今回の仕事、彼はやる気が無かった。
 まず、依頼人の手緩いやり方が気に入らない。狙いを親書に見せかけた搦め手は良いが、その為の手段に一々依頼人が出向いて、態々子供じみたものにしている。相手が子供だから必要以上に手を抜いているのであろうが、手加減や容赦というものを嫌う彼には、甚だ厭わしいことであった。
 そして、なにより重大なのが、ここが日本だということだ。リーダーのプレイヤーが暫く不在だった為に、サブリーダーとして今回の仕事の交渉の為に彼は日本に幾度も赴くことになり、ここ最近は滞在している。だが彼には、本来なら絶対に日本に来たくない特別な理由があるのだ。だからこそ、最初からあまり乗り気ではないのだ。
 それでも、仕事で銭を稼がなければ生活できない。難しいものだと溜息を吐く。そこへ調度、彼の待ち人が現れた。
 依頼人が猿の着ぐるみに身を包んでいることは、気にしないことにしよう。実際、あれで身体能力を底上げしているらしいのだから咎める理由も無い。
 間もなく依頼人が橋を渡る、というタイミングで、彼は件のホテルへと“気”を向けた。それは単なる意気ではなく、殺気であった。殺気を向けたのは一瞬。加えて、この距離で、建物に向けた漠然としたもの。普通ならば気付く者などいないだろう。しかし、今の気当てに気付く者がいるかもしれない。例えば、あのホテルに超一流の戦闘者がいて、気を張り詰めていたら。加えてそれが、彼と敵対する勢力だったら。
 そうなったら、まず間違いなく戦いになるだろう。仕事の上では避けるべきことだが、彼はそれこそを望んでいた。彼にとって、戦うことはとても好ましいことなのだ。
 依頼人が川に掛けられた橋を渡り、間もなく彼の横に並ぼうかという時に、彼は依頼人ではなくその奥に視線を送り、目を瞠った。しかし驚くよりも先に、仕事を行う。
「依頼人、下がれ」
「わぷっ!?」
 下がれとは言ったものの、下がっていては間に合わないと判断して足を払って転ばした。それによって、狙い通りに依頼人は難を逃れた。
「ソードはん、いきなりなにするんや!? 危うくお嬢様を落とすところだったやないか!」
「その口調、呪術協会の離反者か」
 彼の仕事上での通称を呼びながら、依頼人は今の行動を咎めた。しかし、その言葉に答えたのはソードではなく、全くの別人の声だった。
「……へ?」
 素っ頓狂な声を発して、依頼人はソードと共に声が発せられた方向を見る。そこには、人の域を超えた速度で走って来た依頼人を追い越した男が立っていた。
 ソードは歓喜した。このまま大儀な仕事を続けるのならば、せめてその中に彩りを求めた。血風吹き荒ぶ闘争の色を。先程の殺気も、自分と同類か、或いは同等以上の実力者がいるのならば気付いてくれと、期待と切望を織り交ぜて発したものだった。
 それに応じてくれた者がいただけでも僥倖だというのに、その相手が、予てから対戦を望んでいた豪傑なのだ。これを喜ばずして、如何にするか。
 転ばした依頼人の事など忘却し、ソードは豪傑との対峙に歓喜した。
「久しいな、ダブルファング。去年の暮に会って以来か」
「あんたは……ソード、だったか。やっぱり、こういう手合いだったか」
 現れた豪傑の名はダブルファング。本名はリヴィオということをソードは既に心得ていたが、互いに名乗っていないのなら呼ばないのが礼儀だと、彼のことは彼自身が自称したダブルファングの名で呼ぶ。
 ソードとダブルファングが出会ったのは、昨年の暮。この仕事の交渉と打ち合わせの為に来日し上京したソードは、後悔しつつも、初めての上洛なのだからと京都の名所や史跡を巡り歩いていた。その中で、とある寺院を参拝した直後に、ソードはダブルファングと門前で鉢合わせたのだ。
 あの時の衝撃を、ソードは忘れていない。正義と善ばかりが蔓延る、綺麗過ぎて歪んで見えるこの世界で、自分達と似た臭いの者と偶然に出会ったのだから。だが、後にダブルファングの素性と来歴を僅かながらも知り、ソードはあの出会いをある種の天啓と考えた。
「俺からの誘いに応じてくれたこと、感謝する」
 言いながら、ソードは刀を鞘から抜く。それに応じて、ダブルファングは腰の左右に吊り下げた十字架を手に取ると、何かの仕掛けを発動させたか、十字架を異形の銃器へと変形させた。
 それを見て、ソードはある疑念を抱いた。だが、ダブルファングからは神秘に類する力を寸毫も感じられないことから、それは杞憂であろうと判じた。
「誘い、ね……。念の為聞くが、それは殺し合いの誘いか?」
「否。戦いの誘いよ。まぁ、その戦いの中身は自然、殺し合いになるやも知れぬが」
 互いに構え、相手の動きを見定めようかという時に、突如、ダブルファングが発砲した。
 速い。発砲までは予備動作を含めて百分の一秒にも満ちていなかっただろう。常人は元より、生半可な吸血鬼ではいつ撃ったのかさえ分からない程の高速の抜き撃ち。
「なんでもいいが、その子を返してもらおうか」
 ダブルファングの視線の先に目を遣る。そこには、猿の着ぐるみの頭の部分を撃たれて吹き飛ばされ、腰を抜かした依頼人がいた。力が抜けた手からは、1枚の呪符がはらはらと落ちた。
 この時、ソードは漸く今が仕事中であり、依頼人の護衛という自分の役目を思い出した。だが、すぐに忘れた。今は仕事などよりも、目の前の男と戦い、己の“強さ/弱さ”を量ることしか頭に無い。
 改めて刀を構えた直後、少し離れた地面に何かが高速で飛来し、そのまま砕け散った。
「む」
「なんだ?」
 互いに臨戦態勢を崩さないまま、ソードとダブルファングは飛来した“何か”が砕ける様を見た。ダブルファングに気付いた様子は見られないが、ソードは幸いにして飛来した物体の形状を視認することができた。
 飛来した物体と、その方向。加えて、常軌を逸した飛距離と速度。これらの要素から導き出せる男を、ソードは一人だけ知っていた。
「今の矢は……成る程、“弓兵”がいたのか」
「な、なんなんや急に! 次から次に! どうなってんのや!?」
 ソードが呟くと同時、依頼人が辛抱堪らぬとばかりに叫び出した。順風満帆、万事快調に事が進んでいたにも拘らず、急転直下のこの状況だ。感情が表に出易い彼女が喚きたくなるのは当然だろう。
「退くぞ」
 依頼人が平静を失ったことで、ソードは却って冷静になることができた。
 1対1を二連戦ならともかく、ダブルファングと弓兵の2人を同時に相手にしては、ソードは自分の勝ち目は零に等しいと考えた。撤退戦も、身一つならばいざ知らず少女1人を抱えて依頼人を守りながらでは困難を極める。
 弓兵がその気性故に狙撃に徹さずこちらに向かっている可能性も高いが、それでも圧倒的に分が悪い。ダブルファングが予想以上に弱ければ何とかなるだろうが、先程の速度と今も感じるプレッシャーが、それはありえないことを理解させてくれる。
「な、なんでや!? あんた、凄腕の剣士なんやろ!? だったら、あいつらをさっさと片付けて……」
「事情は後で話す」
 依頼人の文句を遮ると同時、ソードは刀を鞘に納めながら依頼人の元へと一気に間合いを詰めた。この行動にダブルファングが銃口を向けるのと同時に、依頼人から攫った少女を奪い取り、ダブルファングへと突き付ける。すると、途端にダブルファングの動きが鈍った。奪還しようとしていた相手に図らずも銃を向けてしまったが故の戸惑いか。
 この好機を逃さず、ソードは少女の懐に紙片を潜ませてから投げ飛ばす。同時に懐から2つの玉を取り出し、地面に叩きつけた。
「わっ!?」
 一つは炸裂閃光弾。もう一つは特製の催涙煙幕弾。
 自身は魔術による防御を前以って施しつつ、一つ目で視覚と聴覚、二つ目で視覚と嗅覚を鈍らせ、同時に外からの視界を遮る。そして、投げた少女はダブルファングの奪還目標。あのまま橋の欄干に激突すれば最低でも骨折は必至、高確率で助けに行くだろう。そうすれば、いずれかの効果に引っかかる可能性は高くなる。
 その効力が正しく発揮されたのも確認せず、ソードは依頼人を担いで全速力での逃走に移った。最後に聞こえた素っ頓狂な声から察するに、ある程度の効果はあったと考えられるだろう。
「待て! ケン・アーサー!!」
 背後、遠くから聞き覚えのある声で自分の名を呼ばれたが、振り向かずにソードは撤退を続けた。
 さて、この顛末をどう依頼人達に説明すれば納得してもらえるものか。
 担いでいても伝わって来る憤りの感情に、ソードは小さく溜息を吐いた。





 突然少女が投げ飛ばされたのには、さしものリヴィオも少々焦った。まさか、態々捕まえた人質を逃げる為に投げ捨てるような思い切りのいい誘拐犯がいるとは思わなかったのだ。
 咄嗟に受け止められたのは良かったが、お陰で目晦ましと目潰しをもろに食らってしまい、誘拐犯には逃げられてしまった。
「……逃がしたか。鮮やかな引き際ですね」
「目晦ましの閃光弾に、催涙弾か。用意周到だな」
 少女が投げられた直後にこの場に到着した士郎に話しかける。直接対峙していたリヴィオだからこそ、あの引き際の鮮やかさへの驚きは一入だ。あの男は逃走する直前まで殺気を漲らせていたのだから。
 いや、違う。退く時も、あの男の殺気は少しも収まっていなかった。だからこそ、リヴィオもあの男が逃げを打つのに気付くのが遅れてしまった。もっと早くに気付けていれば、こんな無様は晒さなかったものを。
「けど、攫われた子が無事だったんだ。良かったよ」
「ええ、本当に」
 士郎の言葉に頷いて、抱き抱えている少女に目を落とす。少女は眠っている、というよりも気絶しているようだ。あんな乱暴に扱われたら、寝ているだけなら普通は起きるだろう。
 そこで、ふと、リヴィオは少女の顔に見覚えがあるような気がした。だが、およそこのような少女とは無縁な生活を送っていたはずだと、首を捻る。しかし、今はそれよりも先に確認すべきことがあると脇に退ける。
「ところで、ケン・アーサーって、あのサムライですか?」
 少女を受け止めて、閃光弾と催涙弾を浴びた直後に聞こえた士郎の声。あれは明らかに、誰かの名前を呼んでいた。そうなると、あの場で『ケン・アーサー』という名前でありそうな人物は、あのサムライしか思い浮かばなかった。
「そうだ。……俺が、こっちに来る直前に戦っていたはずの男だ」
「本当ですか?」
 士郎からの予想外の言葉に、すぐに聞き返す。
 身のこなしだけでなく、今日までヴァッシュと一緒に旅して無茶をして来て無事なことからも、士郎の強さは分かる。そして、ヴァッシュと似た心の持ち主だということも。そんな人物と戦っていた男となると、明らかに穏やかな話ではない。
 加えて、ソード――ケン・アーサーが別世界の人間であるということにも多少は驚いたが、これにはすぐ納得できた。あの男の気配と血の臭いは、この綺麗で美しい世界にはあまりにも異質で、どこか懐かしくさえあったから。
「多分、な。部分的に思い出しただけだが……あの男も、この世界に来ていたのか」
 どうやらケン・アーサーも士郎と同じ時と場所からこの世界に来たらしい。だが、当事者であるはずの士郎は、その時のことをはっきりと覚えていない、思い出せていないようだ。ケン・アーサーは、士郎が思い出せないその時のことを知っているのだろうか。
 それにしても、ヴァッシュ以外にも自分と同じような境遇の人と立て続けに会うとは、今日はなんて日だ。ケン・アーサーとの対峙まで含めて、これも主のお導きなのだろうか。
「お~い、士郎! リヴィオ!」
 すると、ヴァッシュがこっちに向かって走って来た。どうやら、あちらの方も無事に片付いたようだ。
「ヴァッシュ。プレイヤーはどうした」
「この場は引き揚げるから見逃してくれ、ってさ」
 士郎が問い掛けると、ヴァッシュはいつもの調子でそう答えた。一瞬、士郎の表情が険しくなる。だが、すぐに溜息を吐いて、呆れたような、納得したような顔になった。
「……そうか。ちゃんと見届けたか?」
「ああ。凄い逃げ足の速さだったよ。こっちは?」
「無事に、この子を助けることができました。犯人は逃がしてしまいましたけど」
 抱き抱えている少女を軽く持ち上げる。実行犯の2人を取り逃がしてしまったのは心残りだが、この子を助けられたのだから、今はそれでいい。
「そうか、良かったよ」
 心から安心したように、ヴァッシュはそう言ってくれた。それに、リヴィオと士郎も頷く。だが、これとは別の問題もある。呪術協会の離反者と思しき女が、麻帆良学園の女生徒を攫おうとした。例の親書に関わる事件と見て間違いない。
「さて、戻るか。……あの子にも会って、話をしないとな」
「ええ。これは流石に、手伝わないとまずいですね」
 士郎の言葉に、リヴィオは迷わず頷いた。今になっても動く気配が無いとなると、使者の少年にだけ、今回の件を任せておくわけにはいかない。
 関東魔法協会の使者の少年――ネギ・スプリングフィールドと接触し、彼に本格的に協力することを決めて、少女を寝かしつける為にも宿へと戻る。









 額に包帯を巻き、室内にも拘らずサングラスを掛けている、如何にも怪しい風貌の男がホテル嵐山の中を歩いていた。
 この男はE2。プレイヤーとソードの仲間であり、彼らと共に『仕事』でこの場にいる男だ。しかし、仕事の内容に沿うのであれば、彼のここでの役目は既に終わっており、留まる理由も無く、本来ならば早々に立ち去っているべきなのだ。それにも拘らず、E2は悠々とホテル内を歩き回り、何かを探していた。
 やがて、ロビーでE2は目当ての人物を見つけた。
「よっ、そこの少年」
 E2が気さくに声を掛けたのは、自分の背丈よりも大きな杖を背負っている赤毛の少年――ネギ・スプリングフィールドだった。
「え……っと、僕、ですか?」
「そうだよ、そうそう。あと、ついでにそっちの2人と、1匹もな」
 E2はこの場に居合わせた2人の少女と、オコジョ妖精も指した。すると、赤毛の少女は無反応だったが、黒髪の少女は途端に表情を険しくした。
 普通ならば、動物にまで声を掛けたりしない。だのに、態々オコジョ妖精まで含めて呼んだことの意味を敏感に悟ったらしい。
「何者だ」
「怖い顔してるつもりか? 全然怖くないぜぇ? げっひゃっひゃっひゃ」
 黒髪の少女が鞘に収められた野太刀を構えて睨んできても、E2はそのように言って下品に笑い、茶化した。
 事実、怖くないのだ。同僚のソードやナイン達から発せられる殺気に比べれば、目の前の少女から向けられる敵意などは微塵のようなものだ。しかし、いざ戦うとなったら逃げの一手しかないぐらいに、力の差は歴然なのだが。
「それで、アンタ、何の用なのよ?」
 すると、げんなりとした表情で赤毛の少女が要件を問うて来た。どうやら、目障りな手合いだからさっさと用事を済まさせて帰らせよう、という考えのようだ。
 賢明なことだと同意し、E2は遠回しにあることをネギ・スプリングフィールド一行に伝えた。
「お部屋に戻ってみたらどうよ? 大事(だいじ)なモンが大事(おおごと)かもよ」
 言うと、しかしネギらは、きょとん、とした表情で、E2の言わんとしていることを寸毫も察せていないようであった。
 どうしたものかとE2が考えると、調度良く、黒髪の少女の顔が青褪めた。
「まさか……!」
 黒髪の少女は、血相を変えて駆け出した。
「桜咲さん!?」
「待って下さーい!」
「あ、アニキ! 姐さん! 待ってくだせぇ~!」
 黒髪の少女を追って、ネギらも走り出した。その様子を見届けて、E2は、ニタリ、と愉快そうに笑った。
 さぁ、これで後は頃合いを見計らって自分もあの部屋に乱入するだけだ、と思ったその時、E2の懐の携帯電話が着信を告げた。
「はいよ、もしもし」
「E2、ごめん。僕らは逃げたから君も逃げて」
 開口一番、電話の相手――プレイヤーから告げられた予想外の言葉に、E2はすぐに意味が理解できず呆然としてしまった。
 しかし、やがて意味を理解して慌てて聞き返した。
「おいおいマジかよ!? 何がどうなってるんだよ、おいぃ!」
「詳しい事情は合流してから、ということで。これから起こる面白そうなことは、僕が使い魔を通じてちゃんと見てるから安心して」
 予想外の事態が起きていても、プレイヤーは相変わらずのようだ。いや、寧ろこういう状況でも楽しむのがプレイヤーの性だったか。
 しかし、E2は面倒事が嫌いだ。面倒臭いのはもっと嫌いだ。こういう予想外の事態というのは、面倒臭くてしょうがない。
「あー、はいはい。そんじゃ、俺も逃げるわ」
 E2は返事をして通話を終えると、長居は無用とすぐに出入り口へと向かった。
 面倒なことには関わらないのが一番。しかし、それが面白いのなら、高みの見物をしない手は無い。





 刹那はサングラスの男の言葉の真偽を確かめるべく、木乃香が居るはずの部屋へと駆け込んだ。ノックもせずに入るのは失礼だとか、そんなことは考えられなかった。
 部屋に入ってみると、異様に静かなのが分かった。この時刻に、あの3-Aの生徒が大人しく眠っているなどありえない。程度の違いはあるにしろ、何かしら騒いでいるのが当然なのだ。
 部屋の居間には布団が整然と並べられ、そこには木乃香以外の全員が眠っていた。だが、それが只の眠りではなく、何らかの術による強制的なものであることを、刹那も見抜くことができた。こうまであからさまな術の残滓は、わざとか、それとも単に術者が未熟なのか。
 そのことを深く考えるよりも、刹那は部屋の中を走り回り、木乃香の姿を探した。だが、トイレにも、戸の中にも、どこにも、木乃香の姿は無い。ギリ、と音が鳴るほど歯を食いしばり、まだ諦められないと外を見る。
 刹那はこの時点で、自分が役目を果たせず、木乃香が誘拐されてしまったことを理解していた。桜咲刹那の役目とは、近衛木乃香の護衛役と、彼女を魔法などと関わらせないようにするお目付け役の2つだ。だが、彼女は平素からその役目を果たせているとは言えなかった。刹那は護衛でありながら護衛対象である近衛木乃香と意図的に距離を取り、必要以上に近付かないようにするどころか避けてすらいた。
 それらの行動には刹那なりの理由があるのだが、彼女は今ほどそのことを後悔したことは無かった。もし、自分が四六時中ずっと木乃香の傍にいるようにしていたらと、悔いずにはいられなかった。
 すると、なんということであろうか。信じられない光景が、刹那の眼に映った。或いは、彼女の心が天に通じたのであろうか。
 外に、木乃香を抱えた怪しい風貌の3人の男の姿があったのだ。疑うまでもなく、刹那はその男たちを誘拐の実行犯と断じた。彼らは何事かを話しながら、その場に留まっている。どうしてあんな所で立ち話をしているのかは分からないが、これこそ汚名返上の千載一遇の好機と、刹那は愛刀・夕凪を片手に、“気”によって体を強化して窓から飛び降りた。
 そして着地するや、全力で走り出し、夕凪を鞘から抜き放ち、男達に迫る。その後を、遅れてやって来たネギと明日菜も慌てて追っていた。
「お嬢様を返せぇぇぇ!」


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