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No.32684の一覧
[0] 【習作】正義の味方と夢見る聖者【ネギま!×Fate×トライガン+オリジナル】[T・M](2012/08/23 20:13)
[1] 第一話[T・M](2012/04/07 23:51)
[2] 第二話[T・M](2012/04/08 00:22)
[3] 第三話[T・M](2012/04/12 23:20)
[4] 第四話[T・M](2012/04/18 23:55)
[5] 第五話[T・M](2012/04/19 00:04)
[6] 第六話[T・M](2012/04/30 22:16)
[7] 第七話[T・M](2012/04/30 22:32)
[8] 第八話[T・M](2012/05/12 00:03)
[9] 第九話[T・M](2012/05/12 00:05)
[10] 第十話[T・M](2012/05/16 22:01)
[11] 第十一話[T・M](2012/05/16 22:06)
[12] 第十二話[T・M](2012/05/22 01:08)
[13] 第十三話[T・M](2012/05/22 01:43)
[14] 第十四話[T・M](2012/05/22 01:53)
[15] 第十五話[T・M](2012/05/22 02:11)
[16] 第十六話[T・M](2012/05/29 22:28)
[17] 第十七話[T・M](2012/05/29 22:51)
[18] 第十八話[T・M](2012/08/23 20:08)
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[32684] 第三話
Name: T・M◆4992eb20 ID:dcd07e40 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/12 23:20
 プレイヤーからの報せを聴いた数日後、メルディアナ魔法学校校長から麻帆良への紹介状を貰い、士郎とヴァッシュはウェールズを発った。誰にも告げず、気取られないよう深夜に。「別れの挨拶ぐらいちゃんとしたかったよ」とヴァッシュには愚痴られてしまったが、士郎にはこういう方が性に合っている。
 その後、ヴァッシュの左腕が機械製の義手で、しかもマシンガンを仕込んでいるということもあり合法的なルートを使えず、またも先達ての運び屋に依頼して非合法なルートで日本へと向かうことになった。
 途中で色々とあったが、何とか4月中に2人は日本のJR京都駅に着いた。
「でっけぇー駅だなぁ……」
 感心したように、ヴァッシュは頻りに周囲を見回しながら呟いた。ノーマンズランドでは交通網が未発達だというから、駅のような場所自体が珍しいのだろう。
自分自身も予想以上の人混みに驚きながらも、士郎はヴァッシュの言葉に答える。
「京都は日本最大級の観光都市だからな、玄関も広大になるさ」
 こうして日本の大都市に来るのは、一体何年振りだろうか。
 日本を訪れる事自体が久し振りの事で、その辺りの記憶も曖昧だ。
「こんなに人が多くて、往来も盛んな場所だったのか……リヴィオを探すのは、骨が折れそうだな」
「人が多いってことは、リヴィオを見かけた人も多くなるってことさ。特徴的な格好だし、聞き込みをしていけば何らかの情報は得られるだろうさ」
 途方に暮れたようなヴァッシュの言葉に、前向きな意見を返す。実際、聞いた特徴通りの身形ならば、必ず人目に止まっているはずだ。
 プレイヤーの話では、リヴィオが京都で見かけられたのは数ヶ月前――恐らくは去年の末から今年の初めにかけてだろう。些か時間が経っているが、その時期は人の往来も更に活発だが、多くの人に紛れても尚目立つような出で立ちだったのならば、完全に痕跡が消えていることはないはずだ。
 それを聞いたヴァッシュはすぐに頷いて、いつもの元気を取り戻した。
「そうだな。ようし、いっちょ頑張りますかっとぉ!?」
「わぷっ」
 駅構内の十字路を通り過ぎようとした時に、見事なタイミングでヴァッシュが赤毛の少年と衝突した。
 少年の背が低く、ヴァッシュの背が高いことが重なり、少年の頭がヴァッシュの腰の辺りに勢いよくぶつかった形だ。
 頑丈なヴァッシュはいいとして、ぶつかった反動で転びそうになった少年の腕を咄嗟に掴んで支えた。少年は眼鏡を掛けていたが、幸い、眼鏡は壊れなかったようだ。
「大丈夫か、君」
「ぼ、僕は大丈夫です。すいません、僕の不注意で」
 そう言って、少年は士郎が手を放すとすぐに姿勢を正して頭を下げた。歳の割に、礼儀正しい少年のようだ。
 それにしても、背負っている大きな荷物も目を引くが、それ以上に、子供がスーツを着ているとは珍しい。どこかの名家の子なのだろうか。
「気にしなくていいぞ、あいつはかなり頑丈だから」
「実際どうってことないけどさ、ちょっとは心配してくれてもいいんじゃないか?」
 冗談めかして言うと、ヴァッシュもそのように返して来た。ヴァッシュが本当に何とも無い様子を見て、少年も安堵の息を吐いた。
「ホギャアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!?」
 唐突に、『絹を裂くような』とは到底形容できない、下品な悲鳴が聞こえた。
「な、なんだ、今の声は?」
 突然の大音量が聞こえて来たのは、少年の背後の方向だ。だが、そちらには今の悲鳴に何事かと足を止めている人々と、こちらに向かって来る学生服の少女の一団しかいない。
「だ、誰かがふざけて叫んだんじゃないでしょうか?」
 相当驚いたのだろう、言葉を詰まらせながら、少年はそう言った。
世の中には悪ふざけで人を驚かせるのが楽しみ、という奇特な人間も少なからずいる。加えてここは、世界でも屈指の規模の観光都市・京都でも最大の鉄道駅。そんな愉快犯がいても不思議ではない。
 しかし、士郎には今の悲鳴は真に迫ったもののように聞こえた。
もしやと思い、『解析』で眼を凝らしてみたが、それらしい魔術や魔法の残滓は見当たらない。誘拐ということも無いだろう。
「……なぁ、士郎。今の声、な~んか聞き覚えが無かったか?」
 不意に、ヴァッシュがそんなことを言って来た。だが、士郎にはそんな覚えは無い。
「そうか? まさか、リヴィオか?」
「いや、それはない。なんか、割と最近、似たような声を聞いたことがあるような気がしてさ」
「なら、気のせいだろう。俺達が前に日本に来たのは8カ月近く前だぞ?」
「そうだよな……」
 この日本で、士郎とヴァッシュが聞き覚えのある声が聞こえるはずが無い。可能性があるとすれば、それはつまり、空耳や気のせいということだ。
 しかし、まだ納得していないのか、ヴァッシュは首を捻って覚えのある声の主を思い出そうとしている。
「ほら、ネギ! あんた、なにやってんのよ!」
 すると、俺達の方に大きな声で誰かを呼び掛ける声が聞こえて来た。声の主は、先程見かけた学生服の少女の一団の1人だ。
 赤毛の長い髪をツインテールで纏め、左右の結い紐に鈴の飾りを付けた、溌剌とした印象を受ける少女だ。瞳の色が左右で異なっているのも特徴的だ。
「あ、すいません、アスナさん! それでは、僕はこれで」
 どうやら、呼ばれているのは先程の少年らしい。『葱』とは日本人の名前としては珍妙過ぎるから、恐らく外国人なのだろう。
「次からは、人にぶつからないように気を付けてね」
「はい」
 ヴァッシュの言葉に頷いて、ネギ少年はお辞儀をしてから、慌てるように駆けて行った。そして先程のアスナという少女の下へ行くと、何やら叱られている様子だ。姉弟のように見えるが、先程の口振りから察するに、恐らくは従姉弟か近しい親戚といった関係なのだろう。
 しかし、真昼の駅構内に学生がいるとは珍しい。そう思って、何とはなしに周囲を見回してみる。よく見れば、目の前の少女の一団と同じ制服を着た少女達が遠くにも大勢いる。この時間帯に通学しているとは思えないし、旅行鞄などの学生らしからぬ大荷物も見える。
「あれは、修学旅行か? 今の季節に珍しい」
「シューガク旅行? なにそれ?」
 何となく呟いた言葉に、ヴァッシュが反応した。日本に来るまでに日本の常識は一通り教えたが、学校行事などはまだ教えていなかった。
「小学校や中学校、高校の学年単位で有名な都市に集団で旅行する行事さ。学を修める旅行とは書いてあるが、そっちは殆どついでで、実際は思い出作りがメインだな」
 士郎自身の実体験と一般的な知識とを混ぜて、簡単に説明する。ヴァッシュも納得したようで、歩くのを再開しつつ、少女達を見ながら頷いた。
「へぇ~。それじゃ、あそこにいる同じ服の子たちはみんな学生なんだ。大分身長とかにばらつきあるけど、中学生ぐらいかな?」
 言われてみれば、ネギ少年の周りの少女達だけでも身長にかなりばらつきがある。小さい子と大きい子の身長差は、20cmはあるのではないだろうか。
「俺は……高校生だと思うな。まぁ、それはともかくとして、だ。ヴァッシュ、さっきの子の荷物、見たか?」
 ネギ少年達から目を外し、士郎はネギ少年の持っていた荷物の中でも特に目を引いた物について、ヴァッシュに確認を取る。
「うん。あの杖って、魔法使いの……だよな」
 ヴァッシュの言葉に、すぐに頷く。
 ネギ少年が背負っていた杖は、見間違いようもなく、メルディアナ魔法学校でも多く見かけた魔法使いの杖だった。魔術師で言う所の魔術礼装、この世界では触媒だったか。
 最初は単にああいう杖を持ち歩くのが趣味の少年かとも思ったが、具に観察するまでもなくすぐにそうではないと理解できた。
「ああ、間違いない。魔力の残滓がかなりあるから、頻繁に使っているんだろう。それに、あの子自身の魔力量も相当のものだな。ざっと見て、少なくとも俺の数倍はある」
「へぇ、そりゃ凄い。けど、なんだってこんな所に子供の魔法使いがいるんだろうね」
「さて、な。どうやらあの修学旅行の一員らしいが、それだけでいいだろう。俺達は聞き込みに行こう」
 士郎の見立てが全て合っているなら、スーツを着込んだ小学生程度にしか見えない魔法使いの少年が混じった女学生の修学旅行、という極めて珍奇な構図になるが、敢えて関わる必要は無いのだから深く考える必要も無い。
 今すべきは、今まで消息不明だったヴァッシュの旅の道連れの青年――リヴィオ・ザ・ダブルファングの足取りを掴むことだ。
「そうだな。それじゃ、リヴィオ捜しにレッツラゴー!」
 頷き、駅から出ると同時に拳を振り上げてヴァッシュは景気づけに大きな声で叫んだ。
 周囲に人目が無ければ士郎も応じる所だが、こんな人通りの多い所でそんなことはしない。
 数秒後、衆人環視の中で気まずくなったヴァッシュにいじけられて愚痴られた。やれやれ。





 先程ぶつかってしまった2人の赤い男性が歩き出したのを見て、スーツを着た赤毛の少年――ネギ・スプリンギフィールドは先程、ズボンの隙間から懐に潜り込んで来た友人に声を掛けた。
「どうしたの? カモくん。いきなりあんな大声出して」
 すると、スーツの胸元から全身を震わせながら顔を出したのは、無論のこと人間ではなく、ネギの友人のオコジョ妖精――アルベール・カモミールだった。
 上手く誤魔化せたから良かったものの、こんなに人通りのある場所でカモが唐突に叫ぶとは、付き合いの長いネギも思っていなかった。
「兄貴……何も言わないでくだせぇ……何も聞かないでくだせぇ……ただ、何があってもあの2人とオイラを引き合わせてくれなきゃいいんですよ……ただ、それだけで……」
 うわ言のようにそう繰り返すだけで、カモは詳しいことを話そうとしない。
 まだまだ人生経験が足らない故に他人の心の機微に疎いネギも、カモが明らかに先程の2人に怯えていることは理解できた。
「どうしたのよ、エロオコジョ。元気が無い……っていうか、何かに怯えているみたいだけど」
 その様子を傍で見ていた、ツインテールとオッド・アイが特徴的な少女――神楽坂明日菜がそのように言って来た。
 それに対してはネギも、戸惑いながら頷くばかりだ。
「さぁ……さっき僕がぶつかっちゃった人達を知ってるみたいなんですけど」
「ああ、あの背の高い赤い人達ね。こんな所で堂々と凄い恰好してたわよねー。けど、まだまだ渋さが足りなかったわね、残念」
 残念なのはアスナさんの男性の趣味が特殊過ぎるからですよ、という言葉が喉まで来て、何とか呑み込んだ。
 ネギはこれまで、迂闊な発言をしては何度となく明日菜に怒られ、時には殴られてもいる。そして今回ばかりは、物凄く嫌な予感がしたので言葉を呑みこんだ。ネギとて、魔法以外の事柄を学習しないわけではないのだ。

 そう、ネギ・スプリングフィールドは何を隠そう魔法使い。名門メルディアナ魔法学校を史上最年少で首席卒業し、現在は最後の修行として麻帆良学園で教師をしている。ネギが女学生の修学旅行にスーツ姿で同行しているのも、彼が受け持つクラスの担任教師としてなのだ。
 無論、労働基準法を始め日本の法律に色々と違反しているので、このことは麻帆良学園都市だけの秘密だ。
 ちなみに、ごく一般的な女学生であるはずの明日菜がオコジョ妖精なるものを当然のように認識しているのは、ネギの訪日初日に魔法の存在を知ったからだ。ネギのミスで。
 それ以来、明日菜は子供嫌いではあるものの面倒見のいい性格であり、それが災い/幸いして、今ではネギと秘密を共有するどころか、彼と従者の仮契約まで結んで、すっかり魔法関係者の一員となっている。

「アスナ、ネギくんと何話しとるん?」
 すると、明日菜のクラスメイトでありこの修学旅行で同じ班のメンバーでもある、長く艶やかな黒髪の少女――近衛木乃香が声を掛けて来た。
 ネギの事情は、明日菜の義理堅い性格のお陰で彼女以外の一般の生徒には知られていない。だからこそ、ネギは慌ててカモを懐に押し込んでから、何とか言い繕おうとした。
「わっ、このかさん!? え、えーとですね……」
 だが、咄嗟に何を言っていいか思い浮かばない。どうしたものかとネギが涙目になりそうになった所で、明日菜が言い繕ってくれた。
「えっとね……こいつが浮かれててぶつかっちゃった人の話よ。ほら、凄く目立つ格好だったじゃない」
 下手な嘘ではなく、本当の部分だけを適当に取りだしただけの言葉。相手が慌てた様子を勘繰って来るような人物ではなく、穏やかでのほほんとした性格の親友だからこそ通じるものだろう。
「あぁ、あの人らのことやったんか。なんや、えらい優しそうでええ人そうな人たちやったなぁ」
 木乃香がそう言うと、続けて追いついて来た、木乃香ほどではないが長い黒髪が目を引く眼鏡を掛けた少女――早乙女ハルナが、その評に眉を顰めた。
「そう? 私は寧ろ怖いっていうか、近付きたくない雰囲気だったけど」
 普段はどんなことでも「面白そう」という理由だけで首を突っ込む、突っ込める彼女にしては慎重な人物評に、実際に言葉を交わしたネギは内心でそれを否定した。寧ろ、木乃香の言うとおり、優しい人たちだったのだ。
「……あの、ネギ先生」
 すると、遅れてやって来た、目元が前髪で隠れている物静かな少女――宮崎のどかが、珍しく自分からネギに話しかけて来た。
「はい。なんですか? 宮崎さん」
 極度の人見知りの彼女から声を掛けられたことに、驚くよりも嬉しく思いながらネギは聞き返した。
「……その、みんな、先に行ってしまいました、けど…………」
 小さな声で、のどかはそう言った。
 ネギが周囲を見回してみれば、自分達以外に麻帆良学園の生徒や先生の姿が無い。
 これはつまり、ネギがカモミールと打ち合わせをしようと離れてしまったことで、みんなとはぐれてしまった。言い換えれば、教師である自分が原因で、集団行動の和を乱してしまったということになる。
「え? わー!? みなさーん! 待って下さーい!!」
 自分の落ち度で全体に迷惑がかかってしまうと思い至るや、ネギは脇目も振らずにバスが停まっているはずの出口の方向へと駆け出した。調度、先程の赤い2人が去っていったのとは逆の方向だ。
 それに、溜息を吐きながら、慌てて明日菜たちも続く。
「前途多難な修学旅行ですね」
「ホンマやな~」
 『世紀末救水主の力水』なる怪しげなパック飲料を飲んでいる少女――綾瀬夕映は、木乃香と共にのんびりと歩いていた。暫くして明日菜に引っ掴まれて、結局走ることになってしまったが。
 その後を、黒髪を片結びに纏めた少女――桜咲刹那は少女らしからぬ厳しい表情で付いて行った。





 京都駅から少し離れた建物の屋上に、怪しい人影があった。
 彼は春の暖かな日差しの下でボロボロの黒い帽子を被り、黒いマントを纏っている。そんな身形の人間が建物の屋上にいたら、怪しい以外に無いだろう。
 では、怪しい出で立ちの人間とは、悪人なのであろうか?
 答えは、否。彼の心根を“善”と“悪”で判断するのであれば、間違いなく彼は“善”である。
「……お、出て来たか。取り敢えず、目立った異常は無いみたいだな」
 彼が見つめる先には、赤毛の少年を中心とした一団の姿がある。
 彼は現在、紆余曲折を経て関西呪術協会という組織の長に雇われた用心棒となっている。その長――近衛詠春から、険悪な関係が続いている東西の魔法組織の関係改善の為に訪れる、東からの使者の護衛を依頼されているのだ。
 事の重大さは、日本に身を置いて8カ月程度でしかない彼にも十分理解できた。
 銃火器等の凶器を使わずに生活できるという、彼の故郷と比べればあまりにも奇跡的なこの国の平和を脅かす一大事なのだ。力が入らないわけが無い。
 だが、今回の依頼には幾つも、彼自身どうしても納得いかない条件が付いていた。
「本当にあっちからの護衛は無いのかよ。100人以上の無防備な人質候補を引き連れて、しかも観光旅行のついでだってんだから……そんなので面目が立つのかね、ホント」
 東からの親善大使の少年の周囲にいるのは、学生服を着た少女達ばかりで、その周囲に護衛らしき人影はいない。少女達の中にちらほらとそれなりの使い手がいるのは見て取れたが、1人として彼が安心できるほどの実力者には見えなかった。
 こんなにも人通りが多い場所で誘拐や奇襲を想定して警戒していない時点で、彼の基準ではアウトだ。100人以上も無力な子供ばかりが集まっているのだから、それを真っ先に心配して動かなければならないのだ。
 かてて加えて、彼が表立って介入していいのは「使者の少年の手に負えないような事態になってから」となっている。理由を問い質すと、なんと、今回の件は使者の少年の成長を促す試練も兼ねているから、とのことだった。
 事の重大さに対して対応が悠長すぎるのではないかと、不平不満を思うよりも先に心配になるぐらいだ。彼の故郷に比べて日本人の危機意識が驚くほど希薄なのは、今に始まったことでもないのだが。
 これらの不満も不安も、ただの杞憂で終わってくれればそれでいい。いざとなれば、現場の判断ということで介入して、迅速に終わらせてしまえばいい。彼が手を出すまでも無く子供の試練で終わるのならば、それもまた良しだ。
「まぁ、やれるだけやるか。漸く、あの人らしい目撃情報があったんだ。旅の資金はきっちりと稼いでおかないと」
 つい先日、イギリスのウェールズという場所で、赤いコートを纏った男が目撃されたとの情報が耳に入った。なんでもその赤いコートの男は、村で起こっていた事件を無駄に大きくしてから解決したという。
 それを聞いて真っ先に連想したのが、彼の予てからの探し人だった。
 あの男が今まで何ら騒ぎを起こさず、噂にもならず、漸く入って来た情報もあの男にしては極めて小さな規模だと言えるだろう。だが、初めて掴んだ有力情報だ。確かめに行く価値はある。
 この先の事も見据えた上で、彼は車で移動を開始した使者の御一行を追い掛けた。









 リヴィオの行方を捜して一時間。暫くは空振りが続いたが、ある店の店員に「その人のことなら近くの寺か神社に行けばいい」と言われて、早速最寄りの神社に向かった。
 どうしてリヴィオのことを訊くのに神社やお寺なんだろう、と首を捻りながらも、ヴァッシュは神社の境内にいた赤と白の二色の装束に身を包んだ女性――巫女に、早速リヴィオのことを尋ねてみた。
「黒い帽子に、黒いマント、灰色の髪に左目の辺りに刺青の青年? そりゃ、知ってるさ。半年ぐらい前から、月に2、3度はここに来ているからね。今月はまだだけど」
「本当っすか!?」
 これまでの8カ月が嘘のように、あっさりと有力情報が手に入った。嬉しさのあまり、つい大きな声で聞き返してしまったが、ヴァッシュの内心を思えば無理からぬことだ。
「少なくとも、この近くに定住していると見て間違いないな」
 巫女からの返事を聞いた士郎は、そのように推理していた。
 言われてみれば、確かに、毎月2度もここに来ているのなら、近くに住んでいると考えるのが自然だ。
「勤勉で真面目で実直で、正義感も義侠心も腕っぷしも強い男前と来たもんだ、姪の婿に欲しいぐらいだよ。まぁ、断られちまったがね」
巫女は、ヴァッシュ達が聞くまでも無くリヴィオの人物評を語った。
 冗談混じりとはいえ縁談まで持ちかけられるとは、随分と気に入られているようだ。ヴァッシュが心配していたよりも、リヴィオはずっと上手く過ごせているらしい。
「有名なんですか? 彼は」
「ああ。この辺りの寺社仏閣で、彼を知らないやつはそうはいないさ。みんな、何度も世話になっているからね」
 士郎が問うと、巫女はそう言ってリヴィオが有名な理由を教えてくれた。
 リヴィオは歴史ある建築物の姿に心打たれて、頻繁に京都の寺社仏閣に顔を出しているらしい。その時にケンカの仲裁や、悪質なイタズラ犯の捕獲、力仕事の手伝いなどを進んでやっており、それで評判になって、今ではこの近辺ではすっかり有名人になっているらしい。
「リヴィオも、上手くやれてるみたいだな」
 心の底から安堵しながら、先程は心の中で思ったことを、今度は口に出して呟いた。
 ヴァッシュはジョーやアラン、士郎とすぐに出会えたから良かった。だが、彼らとは出会えなかったリヴィオは、地球の文化や環境に順応できずに大変なことになってはいないかと心配だった。
 だから、リヴィオが1人でもこの平和な国で上手く生活できていることが、ヴァッシュには本当に嬉しいことだった。
「あ、もしかしたらリヴィオも僕を探してませんでした? 僕、ヴァッシュ・ザ・スタンピードって言うんですけど」
「ヴァッシュ・ザ……? ああ、言ってた言ってた。もう半年以上前になるかねぇ。初めてここに来た時、境内にいたみんなに『ヴァッシュっていう赤い服着たトンガリ頭の人を知りませんか』って、尋ねて回ってたよ。そうか、あんたがそのヴァッシュさんだったのかい」
「イエス、その通りです」
 巫女の言葉に、笑顔とサムズアップで応える。
 自分がヴァッシュ・ザ・スタンピードだと名乗っても驚かれず騒ぎにもならないというのは、新鮮なことであり、平穏で喜ばしいこととでもある。
 いつかノーマンズランドでもこうなってくれればと、切に思う。絶対に無理だ。
「彼が今どこに住んでいるか、御存知ではありませんか?」
 士郎が問うと、巫女は暫し考え込み、首を捻った。
「う~ん、そうだねぇ……どこかの教会に厄介になってるって話は聞いたことがあるけど」
 本人は申し訳なさそうに言ったが、これは思いがけない朗報だ。
 京都にいることが確実で、しかも定住していることまでも確信できた。この近くの教会を探し回るだけなら、当てもなく世界中を探し回るよりも億倍は楽というものだ。
「教会ですか。それだけでも分かれば十分です。ありがとうございます」
「ホント、ありがとうございます! さぁ、士郎、たくさんお賽銭を入れようぜ!」
 日本の神社では、祀っている神へ祈りを捧げる時は賽銭箱へお金をお賽銭という名目で入れるのが慣習だと教わった。
 なら、神社でいいことがあったんだから、神様への感謝の気持ちとしてたくさんお賽銭を入れなきゃね!
 折角だからと、士郎と一緒に巫女から作法を習いながらお賽銭を入れて、この神社でリヴィオの消息が掴めたことへの感謝を捧げる。
 巫女や途中で顔を合わせた神主にお礼を言ってから、神社を後にする。そのまま、ここに来る途中で見かけたシェリフ・オフィス――交番へと向かう。士郎曰く、日本の交番は気楽に道を尋ねられる所なのだという。ノーマンズランドではそうはいかないと、ヴァッシュはちょっとしたカルチャーショックを覚えた。
 交番に行くと、まず保安官――ではなく警察官の男性に、2人の日本では奇抜な恰好を気にされた。だが、士郎はそれを察して
「日本の友人と教会で会う約束をしているのですが、京都は初めてで、どこに教会があるのか分からないのです。教えてくれませんか?」と、まるで国外からの観光客のように、相手も答えやすい問い方をした。
 すると、警察官は頷いてすぐに慣れた手つきで地図を取り出し、近くの教会を3つ教えてくれた。これにお礼を言って、2人はすぐに教会を目指した。
 1つ目の教会は見当違い、2つ目の教会も違ったがリヴィオらしき青年がいる教会を教えてくれた。それが、たった今着いたばかりのこの教会だ。
 今までの教会と同じく、士郎が前に立ち、礼拝堂の扉を開ける。
 もう日も傾いており、礼拝堂には誰もいないだろうと思ったが、1人いた。その人はステンドグラスの前に据え付けられた十字架の前で、静かに祈りを捧げていた。
 その服装は、どう見ても神に祈りを捧げにやって来た信徒ではない。まず間違いなく、神父だ。
「誰かね。神の御家を騒がせるのは」
 神父は十字架から2人に振り返って、厳かな声で告げた。
 老年の神父だ。目を引くのは特徴的な眉毛と顎、そして地球で会ったどの聖職者よりも鍛えられた肉体だ。
 神父からの問いに、士郎は姿勢を正して頭を下げた。
「突然の訪問、失礼致します。私は衛宮士郎と申します」
「僕はヴァッシュ・ザ・スタンピード、リヴィオに会いに来ました!」
 士郎とは対照的に、ヴァッシュは全力で元気よく挨拶した。
 すると、士郎がすぐに頭を上げた。どうやら、士郎に咎められるぐらい無礼な挨拶だったようだ。
一刻も早くリヴィオに会いたいんだから仕方が無い。
 そんな風にヴァッシュが心の中で開き直ると、神父はゆっくりと手を動かして、それだけで士郎を制止した。
「ヴァッシュ……そうか、君がリヴィオくんの行方知れずの友人か。良かった、生死すらも定かでは無いという話で、リヴィオくんは無論、私も愚息も心配していたのだよ」
「あはは、心配かけちゃってすいません」
 神父の静かで厳かな口調に釣られて、ヴァッシュも落ち着いた口調に戻る。
 そして、神父の口からもリヴィオの名前が出て、心の底から安堵した。
 この遥か遠い星に来て、早8ヶ月。
 やっと、やっと会える。
 旅の相棒で、無二の盟友の弟分に。
「しかし、残念だな。リヴィオくんは昨日から、所用で出かけているのだ。1週間ほど帰れないと言っていたな」
「あー、入れ違いだったか……」
 神父の言葉に、つい溜息混じりに落胆の言葉を吐いてしまった。
 やっと会えるという期待や喜びが大きかっただけに、落胆もそれに比例してしまったようだ。
「連絡はとれませんか?」
「生憎と、彼は携帯電話を持っていないのだ」
 リヴィオの連絡先の確認をすると、士郎はヴァッシュの肩を軽く叩く。
「気を落とすなよ。リヴィオの無事が確認できただけでも良かったじゃないか」
「そうだな。ありがとう、士郎」
 今まで何も分からなかったリヴィオの行方が、京都では一日足らずで目前に迫るまでになった。本来、これだけでも諸手を上げて喜ぶべきことだ。
 それに、先程の神父の言葉は「1週間後にはほぼ確実にここでリヴィオに会える」ということでもある。
 こう考えてみれば、士郎の言うとおりだ。何も落ち込むことなど無かったのだ。
「突然の訪問にも拘らずの応対、感謝します。それでは、私たちはこれで」
「ありがとうございました。それじゃ」
 士郎がそう言って踵を返したのに続いて、ヴァッシュも神父に一言お礼を言ってから身を翻した。
 心に余裕もできたことだし、折角有名な観光地に来たのだから、リヴィオを探すついでに観光旅行と洒落込んでみるのもいいかもしれない。
「待ちたまえ。リヴィオくんの友人をただで帰したとあっては、彼に申し訳が立たん。リヴィオくんが戻るまで、ここに滞在せんかね?」
 すると、神父がそのような提案をして来た。言われて気付いたが、今日の宿の確保もまだだ。
 調度いい、ありがたい誘いだが、2人は敢えてそれを断る。
「お心遣い、ありがとうございます。しかし、ヴァッシュが一刻も早くリヴィオに会いたいようなので」
「もう、今すぐにでも京都中を走り回りたいぐらいっすよ」
 一刻も早くリヴィオに会いたいという気持ちは変わらない。だから、1週間近くはリヴィオが立ち寄らないこの場所に留まってはいられない。できれば、3日3晩は不眠不休で臨みたいぐらいだ。
 すると、神父は苦笑を浮かべながらも頷いてくれた。
「そうか。なら、せめて宿の手配ぐらいはさせてくれんか?」
「……そうですね。確かに、まだ寝床の確保もしていませんでした」
「んじゃ、お言葉に甘えさせてもらいます」
 この申し出には、士郎と共に素直に頷いた。ウェールズを発ってからここ暫くは野宿や安宿ばかりだっただけに、ちゃんとした寝床が恋しくなっていた所だ。
「ありがとうございます、神父さん」
 神父の心遣いに感謝して、ヴァッシュは士郎と共に頭を下げる。
「君達の行く手に、神の御加護がありますように」
 如何にも聖職者らしい厳かな言葉を貰って、2人は再び京都の街へと出た。









 使者の少年と学生旅行の御一行が入った宿を見張って3時間ほど経ったが、外から見た限りではあるが異常は無い。
 本当は自分も施設内に入りたいところだが、あくまで隠密行動だから、そういうわけにもいかない。
 今日の行程が平穏無事そのものだったら、彼もこんな心配をしなくても良かったのだが、現状は既にそういうわけにはいかない事態となっている。
 彼らが最初に訪れた清水寺では、彼らの行く先に落とし穴が掘られ、水には酒が混ぜられていた。一見すれば只の極めて悪質な悪戯だが、それらは深刻な情報を齎してくれた。
 1つ、非公式且つ内密のはずの使者の存在が何者かに漏れている。
 2つ、使者一行の旅の日程が完全に把握されている。
 3つ、相手にその気があれば、その時点で終わっていた。落とし穴に爆弾を仕込むか、水に酒ではなく毒や麻薬の類を混入させていれば、それによって起こった騒ぎに乗じて人を浚うぐらい容易かったはずだ。
 しかし、それをしなかったということは、余裕か、暗黙の内に使者の帰還を求めているのか、それとも、もっと別の狙いがあるのか。
 相手の真意も、相手が何者なのかも分からない。
 だが、それでも。何があっても、あの子達は守り抜く。
 最初は仕事だからという理由だったが、今は違う。
 あの子達の、楽しそうで嬉しそうな笑顔。平和の象徴とも呼ぶべき、眩いばかりに輝いていたそれを穢させるような、あの子達が笑っていられる平和な日常を壊すような真似は絶対にさせない。
 それが、あの人を目指す俺の誓いだから。
 強い決意を改めて確認したその時、無意識化で視覚に捉えたものに反応して、宿の出入り口を反射的に凝視する。
「ん? あれは――……!?」
 夕日に照らされた、赤い人影が2つ。
 1人は、赤い外套を纏った白髪に浅黒い肌の男性だ。外套を見た時はもしやと思ったが、違う。別人だ。
 もう1人は、赤いコートを纏い、黒髪を箒のように尖がらせた、空色の瞳に橙色のサングラスを掛けた、見間違えようのない、あの男。
 血と硝煙の臭いが燻ぶる荒野の惑星で、ラブ&ピースを唱えて駆け続ける、あの男。
 視認してから数秒は頭が真っ白になった。
 だが、すぐに喜びのあまり自然と笑いが込み上げてきた。
「……あ、はは、は! あれって、間違いなく……そうだよ、間違いない!」
 仕事がどうのということは全部頭から抜け落ちて、居ても立ってもいられずに全力で駆け出した。
 初動から最速に至る『ミカエルの眼』で鍛えられた瞬発力と、その速度を維持できる脚力に、これほど感謝したことは無い。
 途中、自動車やバイクを撥ねてしまいそうになったがその度にかわして、最短距離を最速で駆け抜けた。
 宿の前に着いた時には、既にあの人の姿は外には無かった。ならば、中か。
 慌てて常人的な速度で自動扉を潜り、中に入ると同時に、あの人の名を呼んだ。
「ヴァッシュさん!!」
「へ?」
 素っ頓狂で間抜けな、そして懐かしい声が返って来た。
 そちらを見れば、そこには、リヴィオが探し続けた赤い男――ヴァッシュ・ザ・スタンピードの姿があった。
「お久し振りです、ヴァッシュさん」
 数度深呼吸して自分を落ち着けてから、ヴァッシュに歩み寄る。
 ヴァッシュは、まだ驚いているのか、反応が鈍い。
 そんなことを思っていたら、途端にヴァッシュが泣き笑いのような表情になった。
「リ……リヴィオ!!」
 リヴィオの名を呼び、抱きついて来た。歓喜の抱擁を拒む理由など、今のリヴィオにはない。
「無事だったんだな! 元気だったか!? 上手くやれてるか!?」
「はい。見ての通り無事に元気ですし、こっちで友達もできたぐらい上手くやっています!!」
 この世界に投げ出されてから8ヶ月。全く行方を掴めなかったのに、これからほんの僅かでも足跡を見つけに行こうと思っていたのに。思いがけない時と場所で、ヴァッシュとの再会は叶った。
 こんな奇跡が起こるなんて、実際に起こっているのに信じられない。
 ああ、神よ。神の御使いたるプラントよ。導きに感謝いたします。
 プラントの導きを神託と信じてこの土地に留まり続けたことは、間違いではなかった。
 ヴァッシュと互いの無事を喜び、言葉を交わしながら、そんなことを思う。
「……君が、リヴィオか」
 ヴァッシュと一頻り言葉を交わした所で、ヴァッシュとは別の人から声を掛けられた。
 声を掛けて来たのは、ヴァッシュのような赤い外套を着ている白髪の男だ。先程、ヴァッシュと一緒にいるのを見た人だ。
「ヴァッシュさん、この人は?」
「ああ、彼は衛宮士郎。僕の今の旅の道連れで……詳しくは後で話すけど、僕らと同じような境遇なんだ」
「同じって、まさか、貴方も?!」
 軽い気持ちで訊ねてみたら思いもよらない答えが返って来て、リヴィオもつい大声で聞き返してしまった。
 まさか、自分達と同じような境遇の人間が他にもいるとは、考えたことも無かったのだ。
「いや。俺は、もうちょっと近くて遠い所からだ」
 白髪の男性――エミヤ・シロウはそのように頷いた。
 含みのある言い方で真意は測りかねたが、少なくとも、リヴィオとヴァッシュの事情を理解していることは分かった。
 そのまま、今度はヴァッシュが士郎にリヴィオを紹介してくれた。
「士郎、彼がリヴィオ。どうだい、聞かせた特徴そのままだろ?」
「ああ。完全に一致していて吃驚だ」
「え。そんなに特徴的ですかね、この恰好」
「少なくとも、日本では目立つ……というより、浮く恰好だな」
「そうですかね……」
 言われて、リヴィオは自分の身形を検める。
 貰った時よりもちょっと傷が増えた黒い帽子とマント。
 上は白いシャツ、下は黒いズボン。靴も含めて半年前に買い替えたばかりの物だ。
 腰には、待機状態で聖職者の印たる十字架の形になっているダブルファング。
 どこに斬新奇抜な点があるのか、リヴィオにはさっぱり分からない。
「ともかく、これからよろしくな、リヴィオ」
 あれこれと悩んでいると、シロウが声を掛けてきた。見ると、右手も差し出している。
 この意味を理解して、リヴィオは笑みを浮かべながらその手を取って、握手した。
「はい。こちらこそ、宜しくお願いします、シロウさん」
「呼び捨てでいいぞ。歳も近いみたいだしな」
 すると、シロウはそんなことを言って来た。
 彼の背恰好を見てから、こちらからも念の為に聞き返す。
「えぇっと……シロウさんはお幾つですか?」
「俺か? 28歳だが」
 やはり、見た目通りの年齢か。ヴァッシュも流石に、リヴィオの身の上話まではしていなかったようだ。
「それじゃあ、俺より大分年上ですね。俺、こう見えてもこの国で言う所の未成年なもんで。やっぱり、このまま話させてもらいます」
 正直、リヴィオは自分の正確な年齢についてはっきりと分からない。誕生日も、親に教えてもらえなかったから。
 だが、恐らくシロウよりも10歳近く年下で間違いないはずだ。それなら、敬語で話すのが礼儀であり当然というものだろう。
「……未成年?」
 シロウは、信じられないと言わんばかりの声と表情で、一言だけを漏らした。
 これには、リヴィオも苦笑を浮かべるしかない。初対面の人物がリヴィオの実年齢と体格の誤差に仰天するのは、ごく自然なことなのだ。
「そ。リヴィオはちょっとした事情でね、成長するのがスンゴく早いんだよ」
「そのことは、機会があったらお話しします」
 ここで話を一旦区切って、ヴァッシュ達が取った部屋に行くことにした。いつまでも受け付けの近くで騒いでいたら迷惑だろうし、不必要に目立ってしまう。
 そこで、リヴィオは仕事のことを思い出した。詠春からの依頼内容を尊重すれば、自分も護衛対象と同じホテルの中にいるというのはあまり宜しくない状況だ。
 歩きながら考えて、3秒後、リヴィオはヴァッシュとの再会の方が大事だと割り切ることにした。





「いやー、こんな所でリヴィオに会えるとは思わなかったよ!」
「俺もですよ。それにしたって、どうしてこんな所に?」
「君がお世話になっている教会の神父さんに会ってさ、今日の宿にここを紹介してもらったんだよ」
「そうですか、璃正さんが。……主よ、お導きに感謝します」
 今日のこの運命的な再会を、リヴィオは『神のお導き』と考えたらしい。どうやら彼は見た目によらず、敬虔な信徒のようだ。教会で寝泊まりし、神父と友誼を結んだのも納得できる。
 そこまで考えて、件の神父との会話の内容を思い出し、ある疑問が浮かんだ。
「そういえば、神父は、君は所用で出掛けたと言っていたが、何の用事なんだ?」
「あ、そうだった。実は俺、今、関西呪術協会って所の偉い人の用心棒をやっているんですよ」
 すると、リヴィオは意外な名前を出して来た。
 いや。リヴィオもヴァッシュと似たような性分なら、そういう方面に首を突っ込んでいるのが当然なのかもしれない。
「関西呪術協会……確か、日本独自の神秘の担い手達の総本山だったな」
 士郎の世界の日本にも、似たような組織はあった。
 探究の為ではなく、“魔”が絡む事象から『日本』を守ることを責務とし、そのために神秘を行使する――西洋の魔術師からすれば異端者の結社。言わば、魔術使いの組織。
 メルディアナ魔法学校で調べた限りでは、関西呪術協会もそれに近いものだろう。尤も、『悠久の風』という世界的に有名な表向きの顔を持つ魔法使いと比べれば、一部の例外を除いて日本から外に出ようとしない者ばかりで、閉塞的な組織といえる。
「はい。まぁ、俺は呪術だの魔法だのを肯定するのには抵抗があるんですが」
 リヴィオは不服そうな顔で、そんなことを零した。
 用心棒をやっているからには、呪術や魔法を見る機会も多いはずだ。それでも受け入れられないとは、ちょっと不思議だ。ノーマンズランドにも、プラントという“神秘”という言葉でしか言い表せない力を持つ存在があるらしいというのに。
「どうしてだ?」
 士郎が率直に尋ねると、ヴァッシュが先んじて答えてくれた。
「そういえば、まだ言ってなかったね。リヴィオは聖職者なんだよ」
「これでも一応、牧師見習いですんで」
 ヴァッシュの言葉に続いて、リヴィオも正確な肩書きを言って頷いた。
 しかし、伝えられた内容はあまりにも予想外のものだった。
「…………牧師?」
 確かに、キリスト教は原則的に魔術や魔法の存在を認めていない。それは士郎の世界でも、この世界でも同様で、ヴァッシュの世界でもそうなのだろう。
 それなら、牧師であるリヴィオが魔術や魔法を直に見ても、その存在を認めることに抵抗があるのは納得できる。だが。
 改めて、リヴィオの身形を確認する。
 ボロボロの黒い帽子とマントは置いておくとして、白いシャツと黒いズボンは恐らく市販の物で、神職者専用の物というわけではない。鍛えられた筋骨隆々の肉体は、下手な格闘家どころか超一流の代行者と比較しても遜色ない。
 腰の左右両側に下げられている2つの十字架が唯一それらしい物、と思いきや、ヴァッシュから聞いた話によると、信じ難いことだがそれらは『ダブルファング』という高性能な銃火器の待機状態だという。
 そして極め付けに、リヴィオの顔の左目の近くに彫られている独特な刺青。刺青の為に態々眉毛まで剃ってあるあたり、本人が進んで彫ったものだろう。今気付いたが、あの左耳に被せてある物も気になる。
 本人には悪いが、見れば見るほど牧師らしくない。
 神父らしくない神父を始めとして、聖職者らしくない聖職者を何人も知っていて、それらに慣れて感覚が麻痺している士郎から見ても、リヴィオは見れば見るほど牧師には見えない。用心棒の方がよっぽどしっくり来るぐらいだ。
「主よ、この世は差別と偏見に溢れています」
 すると、リヴィオは士郎の視線だけで何を考えているのか分かったのか、胸の前で十字を切って悲しそうに、嘆くように呟いた。
「あ、いや、すまない。武闘派の聖職者は何人も知っているんだが、君みたいな、身形からしてそれらしくない人に会うのは初めてで……って、ああ、すまん」
 なんとか言い繕おうとするが、なかなか上手い言葉が見つからない。
 その様子が滑稽だったのか、それとも最初から冗談だったのか、リヴィオは、くすり、と笑った。
「いいですよ。俺だって、初対面の時には璃正さんにも綺礼にも驚かれましたから」
「キレイ?」
 リヴィオの口から急に出た名前に、ヴァッシュは『綺麗』と混同したのか、オウム返しに聞き返した。
 だが、士郎は『キレイ』という名前を『綺麗』という言葉と混同することは無かった。それどころか、人名としての漢字変換も即座に出来たくらいだ。
「さっき言った、こっちでできた友達ですよ。今はあの教会を離れて関東の何処かの教会にいるんですけど」
 璃正は、士郎とヴァッシュが会った神父のことだろう。そして、リヴィオと友人になったという『キレイ』。
「……まさか、な」
 一瞬、士郎にとって最も因縁深い神父の名と姿が脳裏を過ぎったが、すぐに否定する。
 あの精神破綻者が、他者の苦しみ嘆く様に快楽を見出した男が、リヴィオと友人関係になるとは思えない。
 それに、もし本当に並行世界の同一人物だったとしても、その根本までも同じとは限らないはずだ。
「どうした?」
 よっぽど神妙な顔をしていたのか、リヴィオと『キレイ』について話していたヴァッシュが、不思議そうな表情で士郎を見ている。
 単なる杞憂と信じて疑念を振り払って、積もる話や世間話もいいが、肝心の事を聞くことにした。
「いや、なんでもない。それで、用心棒の仕事でどうしてホテルに? 雇い主が此処で会談でもしているのか?」
「いや、それがですね……。実は今、麻帆良っていう街から関東魔法協会の使者が京都に来ていて、ここに泊まっているんですが…………」
 そうしてリヴィオが話してくれたのは、日本の魔法関係の事情に関する重要なことだった。日本の平和をも左右しかねない一大事だ。
 幾つか前提や条件や経緯の点で、事の割に随分と能天気だなと驚き呆れることもあったが、それがこの世界での普通なのだと思い直す。
「よっしゃ。僕らも協力しようよ、士郎」
「ああ。そんな話を聞いてしまったら、黙っていられないな」
 自分のすぐ近くで、この国の平和と未来を左右する出来事が、何の因果か10歳かそこらの少年の双肩に委ねられている。それを聞いて黙って見過ごしたとあっては、正義の味方の名折れというものだ。
 陰から見守るだけにせよ、直接的に手伝うにせよ、自分に出来ることがあるのならやらなければ。
「こちらこそ、宜しくお願いします」
 リヴィオは唐突な申し出を快諾してくれた。恐らく、リヴィオもこうなることを承知の上で話したのだろう。
 しかし、独断で機密情報を漏らしたり勝手に助っ人を参加させたりして大丈夫か、と訊ねた。士郎達の勝手でリヴィオに迷惑がかかってしまうのは心苦しい。
 すると、リヴィオは現場の判断ということでゴリ押しする、と迷いなく答えた。









 浴場での入浴を済ませた少女達が、それぞれ用意された浴衣に着替えて歩いていた。
 殆どの者は同室の、或いは別室でも親しい少女と話を弾ませながら歩き、班ごとに割り当てられた部屋へと戻っていく。
 その中で、とある班を注視している人影があった。
 やがて、少女達が部屋の前に並ぶと、ひょい、と軽い足取りで近付き、声を掛けた。
「よぉ、お嬢ちゃん達。取り敢えず、俺の掌でも見てくれや」
 そう言って声を掛けたのは、額に包帯を巻き、室内にも拘らずサングラスを掛けている怪しい風貌の男だった。
 普通ならば、少女達も不審者かと勘繰って、適当に流して部屋へと駆け込むことだろう。だが、風呂上がりで湯だったせいだろうか、少女達はまるで何かの暗示にでもかかったように、疑うことも迷うことも無く、自分達に向けられた男の掌を言われるままに見た。直後、全員がその場で倒れた。
 廊下には、他の少女達の姿もあるのだが、誰もこの異様な光景に見向きもせず――否、気付くこともできずに、次々に部屋へと入ってしまった。
 隣室に少女達が入るのと同じタイミングで、サングラスの男に1組の男女が歩み寄った。
 そして、男女が足を止めた時には、この階層の廊下には、彼ら以外の人影は無くなっていた。
 その様子を見て、白尽くめの男は満足げに頷いた。
「これで俺の出番はお仕舞いかよ。呆気ねぇなぁ」
「まぁ、いいじゃない。それとも、もっと危機的な状況の方が良かったかい?」
 サングラスの男が手袋を嵌めながら愚痴ると、白尽くめの男が茶化すように聞き返した。
「まさか。ほらよ、依頼主。御希望どおり、ガキを眠らせたぜ」
 言うと、サングラスの男は昏倒した少女達の内、最も髪が長い少女の襟元を掴み、そのまま、依頼主と呼んだ眼鏡を掛けた妙齢の艶やかな出で立ちの女性に放り投げた。
「おおきに。流石、鮮やかな手際やなぁ」
 女性は手荒な渡され方に少々驚いたようだが苦も無く受け止め、この異常事態を引き起こした男へと礼を言った。
 それを聞いた白尽くめの男は、サングラスの男に代わって恭しく頭を下げた。
「お褒めに与り光栄至極。さて、後始末は僕らに任せて、上手いこと逃げ遂せて下さいよ」
「そこらへんは抜かりなしや」
 白尽くめの男の言葉に頷くと、女性は胸元から数枚の御札を取り出した。そして、何かの呪文を唱えると、手にした御札の一枚に書かれた文字が鈍く光を発し、直後には煙が生じ、女性の全身を包んだ。
 煙が晴れると、そこには――可愛らしい猿の着ぐるみに身を包んだ女性の姿があった。
 白尽くめの男はほぼ無反応だが、サングラスの男は必死に笑いを堪えている。どうやら、顔だけが晒されている頭部のデザインがツボに入ってしまったらしい。
 そして、眠り続ける少女を抱えて、女性はその格好のまま、またお札を取り出して何事かを呟き、一瞬でその場から姿を消した。
「……ソードだったら、今ので気付くだろうね。相変わらず、この世界の術式は派手だねぇ」
 白尽くめの男は、何やら呆れたように呟いた。
「そうなのか?」
「うん。あっちの世界と比べると、だけど。この世界の基準で見れば、十分に忍べているとは思うよ。……さて、と」
 サングラスの男の疑問に答えて言い直すと、白尽くめの男は足元を睥睨した。
 そこには、深い眠りについている少女と、1人だけ、目を開いている少女がいた。
 それを見つけて、白尽くめの男は酷く卑しく、いやらしく、ニタリ、と笑った。
「運がいいねぇ、お嬢さん。君、E2の左手のを見たんだ」
「お前からのリクエストどおりに、な。抵抗力なんざ皆無の相手だ、下手すりゃ脳の働きも麻痺してるんじゃねぇか?」
 サングラスの男――E2と呼ばれた男は、白尽くめの男が少女へと投げかけた言葉に応じて、言葉を発した。
 白尽くめの男は少女の顔を覗き込み、鼻先が触れ合う寸前の所で止まって、少女の目を目深に被った帽子の奥から覗きながら、自己紹介と挨拶をした。
「はじめまして、お嬢さん。僕はアラン・ザ・プレイヤー。ちょっと、僕の相手をしておくれ」
 白尽くめの男――アラン・ザ・プレイヤーは、その笑みを深くした。


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