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No.32684の一覧
[0] 【習作】正義の味方と夢見る聖者【ネギま!×Fate×トライガン+オリジナル】[T・M](2012/08/23 20:13)
[1] 第一話[T・M](2012/04/07 23:51)
[2] 第二話[T・M](2012/04/08 00:22)
[3] 第三話[T・M](2012/04/12 23:20)
[4] 第四話[T・M](2012/04/18 23:55)
[5] 第五話[T・M](2012/04/19 00:04)
[6] 第六話[T・M](2012/04/30 22:16)
[7] 第七話[T・M](2012/04/30 22:32)
[8] 第八話[T・M](2012/05/12 00:03)
[9] 第九話[T・M](2012/05/12 00:05)
[10] 第十話[T・M](2012/05/16 22:01)
[11] 第十一話[T・M](2012/05/16 22:06)
[12] 第十二話[T・M](2012/05/22 01:08)
[13] 第十三話[T・M](2012/05/22 01:43)
[14] 第十四話[T・M](2012/05/22 01:53)
[15] 第十五話[T・M](2012/05/22 02:11)
[16] 第十六話[T・M](2012/05/29 22:28)
[17] 第十七話[T・M](2012/05/29 22:51)
[18] 第十八話[T・M](2012/08/23 20:08)
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[32684] 第十七話
Name: T・M◆4992eb20 ID:dcd07e40 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/29 22:51
 関西呪術協会総本山襲撃事件から、1ヶ月が過ぎた。
 天ヶ崎千草は襲撃事件から数日後に目を覚ましたのだが、会話どころか食事さえも自発的に行えない程の心神喪失状態に陥っており、間もなく関西呪術協会と縁深い病院に入院することとなった。
 その後に行われた犬上小太郎と神鳴流の月詠の聴取による証言から、天ヶ崎千草をあのような状態に追い込んだのは、千草自身が雇った『何でも屋』のプレイヤーという男だと考えられた。また、総本山の襲撃計画を練ったのもその男であり、先んじて千草と行動を共にしていたフェイト・アーウェルンクスという少年からの紹介によって雇われたという経緯も明らかになり、関西呪術協会と京都神鳴流は一致団結してその両名の捜索を開始した。しかし、一方はどうやら裏の世界でも全く名の知られていない小物、もう一方も周到な経歴の詐称により追跡が困難と、捜索はかなり早い段階で暗礁に乗り上げた。だがある日、思いがけない所からその両名の情報が得られた。
 関西呪術協会の客人であり、襲撃事件の事後処理の手伝いをしてくれていた衛宮士郎とヴァッシュ・ザ・スタンピードが2人を知っており、特にプレイヤーとは知己の間柄だったというのだ。
 プレイヤーに関しては表でも裏でも世界的に有名な“放浪の名医”ジョー・ハーディングの旧友という思いがけない情報が入手でき、フェイト・アーウェルンクスに関してはその外見的特徴から詠春に思い当たる節があり、捜査は一気に前進した。
 その間、士郎とリヴィオはそちらの手伝いもしつつディルムッドと共に、時には小太郎も交えて鍛錬に明け暮れ、ヴァッシュは天ヶ崎千草の見舞いへ欠かさずに行っていた。
 そして、ある日。今まで誰とも話そうとしなかった千草が、ヴァッシュの声に応えた。それから千草は少しずつ回復していき、数日前にはヴァッシュに自らの胸の内を打ち明けられるまでになっていた。それが、ヴァッシュ達を突き動かすきっかけとなった。
 千草の言葉とメルディアナ魔法学校でのプレイヤーの言葉を手掛かりに、ヴァッシュ達は麻帆良へと旅立った。









 麻帆良学園都市。この世界の日本では最大規模の都市であり、日本における魔法使い達の総本山とも言える場所だ。当座の目的地の近くまで送ってくれた呪術師の車を見送ると、士郎は改めてぐるりと周囲を見回した。
「ここが麻帆良か」
「一応、久し振りではあるんだよね、僕ら」
「そういえば、そうだったな」
 何となく漏らした一言に反応したヴァッシュの言葉に、つい苦笑する。去年の8月、士郎とヴァッシュは時空を超えてこの街に落ちて来た。回復した後、元の世界へ帰る為の手掛かりを探しにジョーに連れられて旅立った時には、ここにまた戻って来ることになるとは考えてもいなかった。
 この街に存在するという元の世界へと帰る為の手段とは一体何なのか。それも気になるのは確かだが、それ以上に不可解な点もある。こうして士郎達がプレイヤーの言葉に従って麻帆良を訪れることに、プレイヤーにとって何のメリットがあるというのか。あの時はさして気にならなかった疑問も、プレイヤーが明白な敵となった今では強い疑念となっている。
「京都とは随分と街並みが違いますね。なんというか、こう……日本らしいイメージじゃないっていうか」
 すると、士郎と同じく周囲の街並みを見回していたリヴィオが、そんなことを口にした。着いたばかりで気を張り詰め過ぎていたことに気付き、士郎は口元を弛め、普段通りの調子でそれに答えた。
「そうだな。魔法使いの街というだけあって、全体的に西洋風の作りで纏まっているみたいだな」
 確かに、この街は日本人の士郎の目から見ても日本らしくない街並みだ。しかし、魔法使いの街と思ってみると、思いの外しっくり来るように思える。この街の成り立ちから魔法使い達が密接に関わっていると知っているから、ということもあるだろうが。
 ちなみに、士郎達が今いるのは麻帆良学園付属女子中等部――ネギ達が通っている学校のすぐ近くだ。ここに来た理由は単純明快、京都での別れ際に交わした再会の約束を果たす為だ。
「それじゃあ、まずはネギに挨拶に行こうか」
「はい。行きましょう」
「ああ」
 ヴァッシュの言葉に従い、ネギに会うべく学校の門へと向かう。こういう学校は管理がしっかりしているから、ちゃんと許可を貰ってから入るようにと後ろから呼びかけて、士郎は2人に少し遅れて歩いていた。普段ならば日本の常識に不慣れな2人の為に先導するように士郎が先頭を歩くのだが、今だけは違った。ヴァッシュとリヴィオもそのことを気に掛けているようだが、何も言わずに前へと進んでいく。
「……シロウ」
 士郎の周囲に人影は無く、自らの足音以外に音を立てるものは無い。だが、士郎の頭に声が伝わる。鼓膜を震わすのではなく、頭の中に直接響く声。不慣れな人間ならば狼狽するような現象にも、士郎は平然と対応する。
「どうした? ディルムッド」
 その場にはいない、しかし、すぐ近くに霊体となって控えているディルムッドに、士郎は口を動かさず、同じく頭の中の思考という形で応える。これは『念話』と呼ばれる魔術であり、文字通り思念によって対話する魔術だ。本来なら士郎には使えない魔術だが、契約によりディルムッドとの間にパスという魔力の流れが繋がったことにより、士郎も自らのサーヴァントと念話をすることが可能になっていた。
「感じないか? この、何とも言えぬ気配を」
 顔色は見えずとも、声色だけでも伝わる険しさ。それはまるで、戦の予兆となる不穏な空気を察しているかのようだった。それには、士郎も同感だった。
「ああ。俺も、令呪が疼いている」
 忌まわしき聖印の宿る右手の甲を、左手で軽く押さえる。
 単なる杞憂であればと祈りつつ、一先ずそこでディルムッドとの会話を終えて、士郎はヴァッシュとリヴィオの後を追った。





 学校からネギへの来客があるという連絡を受けると、ネギはそのことをすぐに明日菜と木乃香、刹那に伝えて、カモミールと共に彼らが待っている校門の前へと急いだ。
 数日前に、次の日曜日――つまり今日だ――に彼らが麻帆良に来るという報せを聞いた時、ネギは漸くあの時のお礼が出来ることと、また彼らに会えることがとても嬉しかった。あの修学旅行からもう1ヶ月。早く会いたいと急く気持ちに呼応して、足も自然と速くなる。本当なら飛んで行きたいぐらいだ。
 校門の近くまで来ると、遠目にも目立つ3つの人影が見えた。紅い外套を纏った白髪と黒髪の男性、そして黒い鍔付き帽子と黒いマントの男性。見間違えるはずがない、あの人達だ。
「士郎さん! ヴァッシュさん! リヴィオさん!」
 3人の名前を呼び、彼らの下へと駆け寄る。ネギの声に応えて、彼らもネギの方に振り返った。
「お迎えにあがりやしたぜ、旦那方!」
 ネギが足を止めると同時、肩に乗っていたカモミールが息を切らせているネギに代わって迎えの挨拶をする。
「やぁ、ネギ、アルベール。久し振り」
「元気だったかい?」
 ヴァッシュとリヴィオからの再会の挨拶。ごく当り前の言葉だが、今はそれを聞けたことが無性に嬉しかった。
「はい! お陰様で、すっごく元気です!」
「そうか。それは何よりだよ」
 元気のいい返事を聞いて、士郎も穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
 実を言えば、ネギは今日までずっと不安だった。父のような立派な魔法使いである彼らが、父のように世の為人の為、成すべき正義の為に自分の知らない内に旅立ち、ずっと会えなくなってしまうのではないか、と。そんな不安が杞憂に終わった安堵が、再会の喜びを一層大きくして、それも表情に現れる。
「アスナさん達も待っていますから、僕と一緒に来て下さい」
 満面の笑みでそう告げて、ネギはカモミールと共に元来た道を戻り、彼らを明日菜達の待つ、自分も住んでいる女子寮へと案内した。
 本来なら女子寮に男性教師が生徒と同棲するということはありえないことなのだが、学園長の特別な計らいにより、ネギは明日菜と木乃香の2人と寝食を共にしているのだ。女子寮へ向かう途中でそういった事情を3人に話すと、ヴァッシュとリヴィオはすぐに納得したが、士郎は大層驚いた。やはり、ネギの環境は日本では色々と特殊らしい。
 話している内に女子寮に着くと、士郎が出入り口の前で足を止めた。
「……大丈夫なのか? 教師の君はともかく、俺達みたいな無関係の男が女子寮に入って」
 真剣な顔で、酷く心配そうに言う士郎に、ネギは即座に頷く。
「はい。ちゃんと手続きをすれば大丈夫ですよ」
 待ちに待った再会を、こんな些事で躓くわけにはいかない。抜かりなく、事前の申請は済ませている。後は教師が同伴した上での簡単な手続きで問題無く入れる。
「一々入るのにも手間が掛かるんだ」
「こういう所には子供ばかりがいるからな。色々と責任とか義務とかがあるのさ」
「へぇ、そういうものなんですね」
 女子寮に入る手間についての3人のやり取りを聞いて、つい笑みを浮かべて、ネギは3人を中へと案内する。ヴァッシュとリヴィオが手続きにちょっと手間取ったが、それ以外は特に問題無く進んだ。
「アスナさん、このかさん、刹那さん、来ましたよ」
 部屋に入り、部屋で待っている3人に呼び掛ける。真っ先に来たのはリビングで待っていた明日菜、少し遅れて台所から木乃香と刹那も出て来る。
「ヴァッシュ、リヴィオ、士郎さん、いらっしゃい!」
「いらっしゃ~い。ゆっくりしてってぇな」
「皆様、ようこそいらして下さいました」
 3人それぞれの挨拶にヴァッシュ達も応じて部屋へと入る。そして招き入れたヴァッシュ達に、ネギは今まで彼らには内緒にしていたことを打ち明ける。
「今日は僕らで、皆さんにお礼をさせて下さい!」
 彼らが来ると知った日に、ここにいる全員で決めていたのだ。ヴァッシュとリヴィオと士郎に、京都で助けてもらった、守ってもらったお礼を今日しようと。再会の約束も、半分はその為、ちゃんとしたお礼をする為だったのだ。
「うん、いいよー。苦しゅうないよー」
「おい」
「いいじゃないですか。困ることでもありませんし」
「それは、まぁ、そうだけど」
 ヴァッシュとリヴィオは即座に頷いてくれて、士郎はヴァッシュの即答についツッコミを入れたが、すぐに了承してくれた。士郎は何やらお礼と聞いて深刻に考えてしまったようだが、ネギ達はまだほんの子供、出来ることには限りがある。今日これからするネギ達のお礼も、ほんのささやかなことなのだ。
「それじゃあ、まずはお昼ごはん。うんと頑張りますから、待ってて下さいね~」
「お嬢様、私も手伝います」
 ヴァッシュ達からの返事を聞くと、木乃香はにこやかに笑みを浮かべ、刹那と共に台所へと戻った。既に良い匂いが漂ってきているが、まだ完成というわけではないようだ。
 ネギはヴァッシュ達をリビングへと案内し、料理が完成するまで寛いでもらおうと椅子に座ってもらう。
「料理か」
 すると、士郎は台所の方を見ながら感慨深げに呟いた。その表情はどこか寂しげで、懐かしそうでもあった。
「このかの料理はとっても美味しいから、食べたらビックリするわよ」
「へぇ、そうなんだ。楽しみだな~」
「育ちも良くて、料理もできるんだな」
 明日菜が木乃香の料理の腕について言うと、ヴァッシュはニコニコと笑顔で答え、リヴィオも笑みを浮かべながら感心したように呟いた。
 不意に、士郎が急に席を立ち、台所へと向かった。ネギが呼び止めようとすると、ヴァッシュが手をかざして大丈夫だよとそれを制止した。どうやら、ヴァッシュには士郎が何をしようとしているか、分かっているようだ。
「……ちょっと、いいかな?」
「なに、士郎さん? 待ちきれなくなってつまみ食いしに来はったん?」
「違うよ。日本の家庭料理なんて久し振りだからさ、手伝わせてくれないか? なんだか、作りたくてうずうずしちゃってさ」
 木乃香からの問いに、士郎は苦笑混じりに、それでいてどこか楽しそうに答えた。この意外な言葉に、ネギとカモミール、特に明日菜は目を点にするほど驚いた。まさか、士郎の趣味が料理だとは思わなかったのだ。彼がエプロンを着けて台所に立つ姿を想像すれば、誰もがそのミスマッチに閉口するだろう。しかも、この部屋に残っているエプロンは刹那に着せようと木乃香が用意したフリル付きの物だけで、士郎には小さいはずだ。
 けど、包丁を持つ姿はとても似合いそうだと、ネギはそんなことを思った。
「しかし、御客人にそんなことをさせるわけには……」
「ええやん。士郎さんがやりたいんやったら、やってもらったら。じゃあ、士郎さん、そっちの野菜切っといてくれます?」
「了解だ。包丁は、これを借りるよ」
 刹那は戸惑っていたが木乃香はすぐに受け入れ、士郎は嬉々とした声で調理に加わった。台所から聞こえてくる声は楽しそうで、とても活き活きとしている。互いの存在が良い具合に影響し合っているようだ。流石にあのエプロンは着けないらしい。
「……もしかして、士郎さんって料理上手なの?」
 恐る恐る、という表現がぴたりと当て嵌まる様子で、明日菜がヴァッシュに士郎の料理の腕前を訊ねた。それを、ヴァッシュはあっさりと首肯した。
「うん。というか、家事全般が特技だね」
「ちなみに、俺達も料理と裁縫なら一応できるぞ。士郎さんのように上手くは無いけど」
 続くリヴィオの言葉を聞いて、明日菜は何とも言えない表情でがっくりと項垂れ、机に突っ伏した。
「そ、そうなんだ……」
 呻くような明日菜の声を聞いて、ネギは何となく心情を察した。
「どうしたんだ、アスナ」
 リヴィオが明日菜の様子を心配して声を掛けると、返事をする余裕のなさそうな本人に代わってカモミールが答えた。
「アスナの姐さんは体を動かすのは大得意なんスけど、それ以外、特に勉強と家事全部が大の苦手で」
「へぇ、そうなんだ」
 カモミールの簡明な説明に、リヴィオもすぐに納得した。明日菜はきっと、料理等の家事とは縁遠いイメージがある大人の男性に、そういう方面で完敗したことが女性として悔しくて、それで落ち込んでいるのだろう。
「大丈夫だよ、アスナ。僕も最初は全然できなかったけど、何度も何度も練習して出来るようになったんだから」
「私、このかに教わりながらやっても駄目だった……」
 ヴァッシュが明日菜の落ち込みようを心配して励ますが、明日菜らしくない弱音を吐いて聞き入れようとしない。それでもヴァッシュはめげずに、明日菜を励まし続けた。
「それじゃ、そこに士郎も追加してみる? 彼、意外と教え上手だよ」
 ヴァッシュが何気なく発した言葉に、ネギは僅かに心を揺らした。
「教え上手……」
 ヴァッシュ達と再会をしたら、まずはお礼をしようと決めていた。だが、ネギにはそれとは別に、彼ら、特に“立派な魔法使い”としての先輩に当たる士郎にお願いしたい事があるのだ。それに関わる重要な単語を聞いて、ネギは決心を固めた。しかし、それも先にお礼をしてからだ。お礼もしない内にお願いをするなど、恩知らずなことはしたくない。
 お願いの事は一先ず脇に置いておき、ネギはヴァッシュやリヴィオと他愛ない会話を楽しみながら、料理の完成を待った。
「は~い。みんな、お待たせ~」
 正午の鐘が鳴ってから暫くすると、料理を乗せたお盆を持って木乃香と刹那、士郎が台所から出て来た。
「どうぞ。お待たせいたしました」
 まずは客人のヴァッシュとリヴィオ、士郎の席に料理が置かれ、次いでネギ達の前にも料理が置かれる。メニューは、特別豪華な物ではない。ありふれた、ネギもすっかり慣れ親しんだ日本の家庭料理だ。今日のような特別な食卓に乗せる料理としては、一見すると不相応に思える。だが、これこそが木乃香の最も得意とする料理であり、最も美味しく食べてもらえると自信を持っている料理なのだ。それに、和食の御馳走は既に総本山で食べていたし、特に士郎は日本人だが世界中を旅していてもう10年以上も日本に帰っていないと、あの日の晩に聞いた。だからこそ、木乃香も日本の家庭料理を選んだのだ。
「おお! これぞ日本の家庭料理って感じ!」
「こりゃ、美味そうだ」
「特にこの肉じゃがが絶品だ。味見した俺が保証する」
 見た目と香りで早くも期待が高まっているヴァッシュとリヴィオに、士郎が出された料理の一品を指して太鼓判を押す。料理を褒められて木乃香は照れ臭そうに笑って、隣の刹那も誇らしげだ。
「それじゃ、いただきまーす!」
『いただきます』
 元気の良いヴァッシュの挨拶を音頭にして、お礼の昼食会が始まった。
 どの料理もいつもと比べて更に美味しく、ネギ達もヴァッシュ達と同様に木乃香の腕を絶賛する。美味しい料理に舌鼓を打ちながら、ヴァッシュを中心に会話が生まれ、自然と場が賑わう。時折出て来る突飛な発言には、士郎が容赦なく、時にはリヴィオもさらりとキツめのツッコミを入れる。
 途中、ヴァッシュとリヴィオがおかずの取り合いを始めると、行儀が悪いと士郎が一喝。2人の大男が叱られて縮こまる様子が可笑しくて、ネギ達もついつい笑ってしまう。
 お礼の初め、昼食は大成功だった。





 昼食後の一服を終えると、今度はネギと明日菜が街を案内すると申し出て来た。今日からいつまでになるかは分からない長期間、この街には滞在することになる。ならば早い内に麻帆良の事を知っておいた方が良かろうと、ネギ達はこんなお礼を思い付いたらしい。
 正直、ヴァッシュにはこのお礼がありがたかった。実用的であることもそうだが、下手に金品を渡されなくて本当に良かった。もしそうなったら絶対に士郎が受け取ろうとしないで、変に揉めてしまっていただろう。
 衛宮士郎という男の理想は素晴らしい。だが、その理想に傾倒し過ぎていて、人間性は酷く歪んでいる。
 人間は誰しも、自分の理想や夢、願望や欲望を実現出来たら嬉しく、それが大望や本願であればそれ以上を望むことは稀だ。士郎は『正義の味方』という理想の実行に価値を見出し、それさえできればそれ自体を報酬として自己完結してしまい、何らかの対価を他者に望もうとしない。つまり、士郎にとっては人を助ける行為そのものが、人を助ける行為への対価であり報酬でもあるのだ。本人にそのことを指摘すると否定するが、同行して数ヶ月の時点でその異常性は明らかだった。
 1ヶ月前の戦いの時の“お礼”と聞いて、最初、士郎は素直に受け入れようとしなかったのもそれだ。ヴァッシュやリヴィオがおらず、お礼が食事や街の案内以外の何かだったら、頑なに拒んでいた可能性は非常に高い。
 その点、街を案内するというお礼はとてもいい。お礼をする側にも負担が少なく、自分にとっても本当に必要なことなら、士郎はそれを拒むことはまず無い。思った通り、士郎も遠慮するような様子は見せず、後片付けを木乃香と刹那に任せてすぐに出発することになった。
 ネギと明日菜に連れられて寮を出る時、ヴァッシュはリヴィオと共に士郎の後ろを歩いた。理由は単純明快、少しでも士郎とネギ達の接触を多くすることだ。
 人を助けたお礼どころか感謝にすらも戸惑う人間性というのは、とても危うい。それはつまり、人を助けることに何の打算も無い――悪意どころか善意すら無いということだ。そんなことでは駄目だ。だから、士郎にはもっと、自分が助けた人と触れ合って、知って貰いたい。感謝とは、向けられる側にだけ意味があるのではないということを。
 ……多分、今日だけじゃ無理だろうけど。
 分かり切っていたことだが、改めて、難儀な性質の男だと溜息を吐く。
 寮を出て暫く歩きながら、どこへ行くかを決める。順序として決まっているのは、最後に麻帆良教会に行くことだけだ。
 最初に向かうことになったのは、近くのショッピングモールだ。そこに決まった理由は、士郎が話を聞いた途端に是非見てみたいと言い出したからだ。士郎が目を輝かせて、どんな良質の食材があるのかこの目で確かめたいと言った時、ヴァッシュは専業主夫か家政夫が士郎の天職だと思った。
 そこから順々に、近くで気になる所を気儘に回って行く。途中で立ち寄った保育園では、ボランティアで保育士の手伝いをしている明日菜のクラスメイトと出会い、話の流れで園児達と遊ぶことになった。その時のリヴィオの活き活きとした表情を見て、ヴァッシュは心から喜んだ。
 リヴィオの居場所は、もう闇の底の外道じゃない。日の当たる場所で、新しい生き甲斐まで見つけられたよ。よかったなぁ……ウルフウッド。
 今は亡き盟友の事を想いながら、ヴァッシュも共に園児と遊ぶ――というよりも、遊ばれていた。物思いに耽っている内に転ばされて関節技まで極められて、見事な木人形扱いだ。
 保育園の後は、疲れた体を癒そうということで、少し距離はあったがこの街の公園の中でも一番の見所の公園に行くことになった。
「ここがこの街の象徴、世界樹に一番近い場所、世界樹前広場です」
 着いたのは、麻帆良に着いてからずっと目に付いていた巨大な樹木の傍の広場だ。間近で、移民船を彷彿とさせるほどの巨体を誇る樹木――世界樹を見上げる。
 ヴァッシュの知識では、樹木は大きくても数十m単位が精々だ。樹齢が千年単位にも及ぶものでも途中で腐ったり折れたりして年数に比べてそれ程高さが無い。ノーマンズランドでも、実際に見た植物は大きくても10m程度だった。だが、ヴァッシュの目の前にある世界樹は、それらの知識や常識を覆すほどの圧倒的なスケールだった。
「でっけぇー……」
「一体何mあるんだ、これ」
 リヴィオも共に、感嘆のあまり声を漏らす。遠くから見た時にも驚いたが、間近で見れば正しく圧巻。はしゃぐような気持ちも湧かず、ただただ見惚れるばかりだ。
 リョウメンスクナノカミを見た時もそうだったが、大きいということはある一定のラインを超えると、それだけで神秘性や神聖さを感じてしまう。人工の建築物ならいざ知らず、こういった自然の産物ならば尚更だ。
「……まさか」
 同様に世界樹を見上げていた士郎が、不意に、何か良くないことに気付いたような、そんな声を漏らした。
「衛宮の旦那、どうしやした?」
 カモミールが聞き返すのと同時に士郎の方へと振り向くが、普段と変わらないように見える。だが、ごく微かな焦りが見えることにも、ヴァッシュは気付いた。
「確か、この世界樹には願いを叶えるっていう都市伝説があるんだよな? どういう内容か、知らないか?」
 まるで直前には何もなかったように、士郎はカモミールに世界樹に関わる質問をした。気になる態度だが、深刻な事態ならば後で相談してくれるだろうと、追及はしないことにする。
「えっと……僕は初耳ですね」
「そういうラヴ方面の情報でしたらあっしの……」
「あ、知ってる。学園祭の時に世界樹の近くで告白したら、その2人は必ず結ばれるって」
 士郎からの質問にネギが首を横に振り、カモミールは自信満々に勿体ぶりながら答えようとしたのだが、明日菜が先にあっさりと答えてしまった。
「へぇ、ロマンチックな伝説じゃない」
「けど、それって必ず結ばれるぐらい仲の良い2人がたくさんいたってだけじゃないのか?」
 ヴァッシュは素直に感心したが、リヴィオは穿って見たような疑問をぶつけた。悪意などは無く、冷静な判断に基づく現実的な分析の結果なのだろうが、リヴィオにはロマンに対する理解が足りないな、と溜息を吐く。すると、明日菜に先を越されて落ち込んでいたカモミールが、リヴィオの疑問を聞いた途端、水を得た魚のように活き活きと解説を始める。
「いやいや。その可能性も考えてオイラも調べてみたんスけど、学園祭でのカップル成立の確率、22年周期の世界樹の発光の時期に桁外れに高くなってるんですよ。その確率、何と驚きのほぼ100%!」
「へぇ、100%ってのは凄いな」
 アルベールの回答に、リヴィオも素直に感心している。この場には持ち合わせていないが、そういう情報を纏めた資料もあるらしい。オコジョが人間の恋愛事情を調べてどうするのか気になったが、そこを聞くのは野暮だろう。本人も聞かれたら困るだろうし。
「もしかして士郎さん、誰かに告白するつもりだったとか?」
「まさか。俺にそんな相手はもういないよ」
 茶化すような明日菜の言葉に、士郎は少し寂しそうに答えた。
 もういない。つまり、以前はいた、ということだ。士郎に恋愛経験があったことに、ちょっと驚く。しかし、士郎もあの男のような精神破綻者ではないのだから、そういう人間らしい感性や経験があるのは寧ろ自然なことで、当然とも言えるだろう。だが、この反応を見るにどうやらその恋は失恋に終わっているようだ。別々の世界に引き裂かれたという状況ならば、簡単には会えない場所にいる、という言い回しになるはずだ。
 ヴァッシュがちょっとしんみりとした気持ちになりつつも、暫くは世界樹の話題で盛り上がった。
 やがて、太陽が沈み始めた頃、ヴァッシュ達は最後の目的地、麻帆良教会まで案内してもらった。教会に来た理由は懺悔や祈りの為ではない。京都を出発する前夜に、璃正神父からこの教会に顔を出すように助言を受けたからだ。ここには璃正の知り合いの神父がおり、彼ならば必ず力になってくれると、そう言われたのだ。
「ここの神父って、どんな人なんだ?」
 璃正とは長い付き合いのあるリヴィオは、やはり璃正の知り合いということで気になるのか、教会に近付くとリヴィオはネギに神父の事について訊ねた。
「僕と同じくらいの時期に来た若い神父さんですけど、良い人ですよ。僕も一度、相談に乗って貰ったこともあるんです」
「あの人はいいわね。若いけど、もう渋さが滲み出ているのがいいわ。きっと、10年後には素敵なオジサマになってるわ」
「そ、そうなのか」
 ネギの答えに続いた明日菜の妙な解説に、リヴィオはちょっと言葉を詰まらせた。明日菜は年上の男の人が好きなのか、と覚えた所で、教会の門へと着いた。ここまで来れば、もう案内は大丈夫だ。
「今日はありがとうな、態々街を案内してくれて」
 足を止めて向き直り、士郎はネギと明日菜、カモミールに礼を言った。お礼に対して礼を言うとは妙な構図だが、彼らしいと言えば彼らしい。
「そんな。あたし達の方こそ、あの時は助けてもらって、本当に嬉しかったから……これぐらい、お安い御用よ」
 士郎の言葉に戸惑いを見せながらも、明日菜は快活な笑顔を浮かべて答えた。
 あの時、ヴァッシュ達は全ての人を救えなかった、守れなかった。多くの人を死なせてしまった。だけど、こうして目の前に、あの時助けてくれて嬉しかったと、そう言って笑ってくれる少女がいる。
 それだけで、充分過ぎる。これだけで、これからもずっと戦っていける、この道を駆けて行ける。たとえこの先に、どのような苦痛や苦難が待ち受けていたとしても。
「僕らは暫くこの街にいるからさ、また、僕らの力が必要になったらいつでも呼んで。すぐに駆けつけるよ」
 想いを胸に秘め、偽らざる心を言葉で表し、ネギ達に伝える。
「世の為人の為に自分の力を使えるってのは、痛快だからね。何時でも大歓迎さ。けど、勉強の手伝いとかはやめてくれよ」
 ヴァッシュの言葉に、リヴィオも爽やかな笑みを浮かべて続く。その言葉に込められた思いの深さを知るヴァッシュは、嬉しさを隠さずに笑みを深める。士郎は、言いたいことを先に全部言われてしまったのか、ばつが悪そうな顔をしていたが、すぐに自分もそうだと頷いた。
「じゃあ、元気でね」
 別れの言葉を告げて、教会の門へと向かう。
「士郎さん、お願いがあります!」
 だが、少年の大きな声が、ヴァッシュ達を引き止めた。
「なんだ?」
 驚きながらも、ネギへと振り返り、士郎は自分を呼び止めた理由を問う。ネギは、緊張しているのか数度の深呼吸をして、表情にも気合を入れてから、自らの意思を口に出した。
「僕を、弟子にして下さい!」
「無理だ」
「早っ!」
「即断ですか。どうしてです?」
 あまりにも早い返答にヴァッシュが驚きの声を上げ、リヴィオはどちらの言葉にも驚きながらも、士郎にネギの頼みを断った理由を訊ねた。ネギは、あまりにも早かった拒絶の言葉にショックを受けて、半泣きで呆然としている。
「俺の魔術は完全に我流で、鍛錬も他の魔術師からしたら常道から外れた滅茶苦茶なものだったんだ。だから、他の人間に教えたら酷いことになりかねない。それに、多分、俺の魔術師としての格はネギよりもずっと下だろうし」
「そうなんですか!?」
 士郎が断った理由の、特に最後の部分を聞くと、ネギはショックから立ち直った、と言うよりも、より衝撃的な言葉を聞いてそれどころではなくなったようだ。
 士郎の言葉に驚いたのは、ヴァッシュも、この場にいる本人以外の全員が同様だ。一体、士郎はどのような基準で、自分をネギよりも格下だと判断したのだろうか。全員の疑問に答えるように、士郎は解説を始めた。
「俺の魔術は一点特化型で、その分野ではまだいい方なんだけど、それ以外はからっきしなんだ。空を飛べないし、火を灯すこともできない」
「ええ!? 初歩も初歩の魔法じゃないッスか!」
 火を灯す、という部分にカモミールが過敏とも言える反応を示す。そういえば、メルディアナ魔法学校で読んだ魔法の本にも、火を灯す魔法が初歩と書かれていたような。それが数学における足し算や引き算のような基礎中の基礎なら、確かに、それが出来ないとなれば驚きなのだろう。
「やってみようか?」
 言うと、士郎は右手に愛用の白い陰剣を創り出した。
「……あれ? その剣、今、どこから出したの?」
「ちょっとしたマジックさ。いくぞ……プラクテ ビギ・ナル。火よ、灯れ」
 明日菜の疑問に軽く答えてから、士郎は先程言ったことの実践を始めた。しかし、どれだけ待っても、士郎が火を灯す為の呪文を二度三度と唱えても、何も起こらない。
「な? ご覧の有り様だ」
「そんな……」
 剣を消しつつ士郎が自嘲するように言うと、ネギはがっくりと項垂れた。自分を助けてくれた士郎に、ネギは魔法使いの先輩として尊敬や憧憬に近い感情を持っていたのだろう。それがまさか、基礎の基礎も出来ないとなれば、ショックを隠せないのが当然だ。
「悪いな、がっかりさせちまって。けど、ここは魔法使いの街なんだから、優秀な魔法使いもたくさんいるだろう? その人達に習うといい」
 本人も、このように言っている。20歳近く年下の子供にも劣ると言ったのも、謙遜や方便ではなく本心だろう。
 実は士郎の一点特化した分野である投影魔術は凄いものだが、本人曰く一種の特異体質の賜物らしく、他人に教えられるものではないのだと以前にも言っていた。それに、教えられるとしても教えないだろう。この世界の魔法と違って士郎の使う魔術は、暴発や失敗がそのまま自身の命の危機に直面するような、常にリスクと隣り合わせの危険な技術なのだから。
 一度、ジョーと一緒に旅していた頃に士郎が無茶をして魔術を失敗させた時のことを思い出す。本当なら、士郎にも魔術を使って欲しくないぐらいだ。ネギに教えようとしないのも、当然だ。しかし、ネギは首をぶるぶると振って、再び士郎の目を真っ直ぐに見た。
「魔法だけじゃありません! 士郎さん、戦い方だけでも、僕に教えてください!」
「戦い方?」
 ネギの口から出て来た意外な言葉に、言われた士郎だけでなく、ヴァッシュとリヴィオも目を点にする。凡そ平和な国で暮らす少年から出て来るとは思えない言葉であり、決して言って欲しくない言葉でもあった。戦う術を欲する真意を問い質そうとしたところに、第三者の声が割って入る。
「誰だね? 神の御家の前で騒ぐのは」
 厳つく、厳粛な声だ。怒ってはいないようだが、迷惑には思っているだろう。
「おっと、教会の人が来ちゃったか」
 流石に騒ぎすぎたかな、と反省する。思えば、無関係の一般人に聞かれたら不味い会話を随分と大きな声で話してしまっていた。普段なら士郎が気付きそうなものだが、彼もネギとの会話にそれだけ集中していたのだろう。
 これ以上この話題を続けない方がいい。その判断は士郎も出来ていた。
「ネギ。明日の何時頃なら世界樹前広場に来られる?」
「夕方……5時か6時ぐらいなら」
「分かった。明日、その時間に広場でまた会おう。話の続きはそこでだ」
 明日の約束を交わすと、ネギは大きな動作で御辞儀をした。
「はい! それでは、また明日!」
「あ、ちょっと! 待ちなさいよ、ネギ!」
 明日が待ちきれないのか、駆け足で帰って行くネギを明日菜も慌てて追いかける。どんなに急いでも明日が来る時間は変わらないのに、まるで、いつもより速く走った分明日が早く来るようにと願っているように見える。つまり、ネギは士郎から良い返事を貰う気満々で、それだけやる気もある、ということだ。
 何がネギを戦いへと駆り立てているのか知らないが、出来れば、そんな力は持たずにいて欲しいと、ヴァッシュは祈った。





「すいません、神父さん。騒いでしまって」
 教会の門の近くまで様子を見に来た神父に、リヴィオは皆に代わって帽子を取って胸に当てて、頭を下げた。
 本来なら神父が出て来るよりも先に、同じ神職者であるリヴィオが注意すべきことだったのだ。それを怠った非を、リヴィオは詫びた。しかし、神父からの返事は無い。怪訝に思ったリヴィオは、顔を上げて神父の様子を確かめた。
 神父の顔を見て、リヴィオは驚きのあまり言葉を失った。きっと、相手の神父もそうなのだろう。まさか、こんな所で唯一にして無二の親友に会えるとは、思っていなかったのだから。
「……リヴィオ、なのか」
「綺礼! 綺礼じゃないか!」
 互いに名を呼び合い、思い掛けない再会を喜ぶ。
 綺礼は身内の不幸が重なり心労で倒れてしまった神父の穴を埋める形で、関東の教会に神父として赴任するということは聞かされていた。だが、それがまさかこの麻帆良だったとは。
 リヴィオはヴァッシュとの再会が叶った後、それが綺礼との今生の別れとなることを覚悟していた。これからは綺礼に会いに行く暇も無くヴァッシュや士郎と共に元の世界へ帰る術を探し、そして上手く事が運べばそのまま帰還することになると。しかし現実には、今こうして、友とまた会うことができた。
 京都でヴァッシュと再会した時といい、神は余程、思い掛けない再会という形でリヴィオを喜ばせたいようだ。
「璃正さんが教会に行けって言ったのは、こういうことだったんだね」
 ネギ達を見送ったヴァッシュが、リヴィオ達の様子を見て微笑みながら言う。璃正神父の粋な計らいに、リヴィオだけでなくヴァッシュも喜んだ。
「……言峰、綺礼」
 消え入るような、他の誰にも聞こえない小さな声で、士郎は綺礼の名を口に出した。リヴィオとヴァッシュは聞き逃し、見逃してしまったが、士郎の表情は決して穏やかなものではなく、声色も、まるで十年来の旧敵に対するようでさえあった。
 そんなことは露知らず、リヴィオは綺礼との旧交を温める。やがて、外での立ち話では客人に無礼だと、綺礼の私室へと案内された。
 綺礼の部屋に入ったリヴィオは、すぐにワインセラーを見つけて中身を検める。麻帆良に赴任して3ヶ月ぐらいだろうか。短い間にも、また古今東西の酒を収集していたようだ。
 綺礼には高級な酒を買い集めては、それを賞味するでもなく、鑑賞するでもなく、自慢するでもなく、最高の保存状態のまま死蔵させてしまうという奇癖があった。リヴィオが来てからはその酒も減り始めたのだが、京都の教会を離れる際に全て置き去りにしていた。だが、この部屋には既に30以上の酒瓶が集められている。或いは前任の神父の物もあるかもしれないが、ここまで増やしたのは間違いなく綺礼だろう。
「まったく、父上も人が悪い。君が来るのなら、前以って教えてくれて良かっただろうに」
「同感だよ。まさか、綺礼が任されたのが麻帆良の教会だったなんて」
 来客用のソファに腰を下ろして、互いに璃正の計らいに呆れつつも喜びを見せる。綺礼はリヴィオの両隣に座っている2人の顔を見ると、居住まいを正した。
「自己紹介がまだでしたね、失礼を。私は言峰綺礼、言峰璃正の息子です。若輩者ではありますが、この教会を任されております。そちらは、ヴァッシュさんで宜しいでしょうか?」
「そうそう。僕がヴァッシュ・ザ・スタンピード。リヴィオの友達に会えて嬉しいよ」
「俺は、衛宮士郎だ。よろしく」
 礼儀正しい綺礼の自己紹介に、ヴァッシュと士郎はそれぞれに答える。そこで、リヴィオは士郎の返事に違和感を覚えた。何故か、異様なまでに士郎の声と態度が硬いのだ。まるで、何かを警戒しているように見える。短い付き合いではあるが、今まで初対面の人間に対して士郎がこのような態度を取ったことは一度も無かった。何故、綺礼に対してだけこのような態度なのだろうか。
 まさか、並行世界――士郎さんにとって元の世界の綺礼と知り合いで、しかも敵同士だったとか。……無いか、そんな嫌な奇跡。
 馬鹿馬鹿しい思考を打ち切り、士郎なりに事情があるのだろうと自分を納得させる。
「しかし、どうしてここに? ヴァッシュさんと再会したら故郷へ帰る為の術を探すのではなかったのか?」
 綺礼からの問いに、すぐにリヴィオは頷いた。
「ああ。そのことなんだけど、どうやら、その手掛かりがこの街にあるらしくてさ。それを探しに来たのと、それとは別に野暮用が出来てさ」
 綺礼と璃正には、リヴィオとヴァッシュの境遇――未来の別の惑星から迷い込んだという、荒唐無稽な事情を理解してもらっている。
 普通に話していたら、多分、別の意味で心配されたことだろう。だが、それが法螺や妄想の類ではなく、紛れもない真実だと彼らにも伝わっている。それは、プラントの羽根のお陰だ。
 この世界に来て、何時の間にか荷物の中に紛れていた、美しい純白の羽根。人の思考や記憶を伝える、奇跡とも呼べる力を秘めたそれを見つけた時、リヴィオは震えた。あのプラントは暴走から自分達を救ってくれただけでなく、このような餞別までくれていたのだ。リヴィオは、この事に深く感謝した。
 同時に悩んだのは、その羽根の使いどころだ。過去の世界でしかも地球という意味不明な状況で、果たして誰に自分の悩みの全てを打ち明けるべきか。最初は詠春達を考えていたが、実際にそうしたのは、ふとした切っ掛けで出会った璃正と綺礼だ。彼らの下で居候として暮らしている内に、リヴィオは彼らにこそ真実を知って貰いたいと考えるにようになったのだ。
 最初、2人は酷く狼狽したが、綺礼はすぐに受け入れ、真っ先に協力を申し出てくれた。その時から、リヴィオは綺礼と親友になれたと思っている。この事は、既にヴァッシュと士郎にも伝えてある。同時に、璃正と綺礼はこの世界での裏の事情、つまり魔法関連の事柄の監視者という役目にあるということも。
 教会は原則的に魔法や魔術の類の存在は認めていない。しかし、この世界では魔法は実在してしまっている。そこで、魔法使い達の行いを監視し、監督する役目を教会の一部の者が担っている。その一員が璃正と綺礼なのだ。魔法使い達は大半が善良なので、教会との関係も険悪ではなく、現代で再び魔女狩りが行われる心配は無いらしい。
「そう、か。……そうだ、この街に長期滞在するのなら、この教会に逗留しないか? 幸い、この教会は大きく、空き部屋も多い」
 綺礼からの提案に、リヴィオはすぐさま賛成した。
「本当か!? 助かるよ。ヴァッシュさんと士郎さんも、それでいいでしょうか?」
 両隣の2人に、承諾を求める。他人の好意を無碍にすることをこの人達がするとは思えないが、念の為だ。
「問題無し。寧ろ喜んで」
「……どれだけの期間になるかは分からないが、宜しく頼む」
 2人からの承諾を貰い、改めて、リヴィオは綺礼からの提案を受け取った。綺礼と再会できただけでなく、明日からの寝床まで確保できたのは僥倖だ。そうと決まれば、後で電話を借りて総本山に連絡を入れ、あの大荷物をこちらに送って貰おう。流石に、アレを何時までも預けっ放しにしておくわけにはいかない。幸い、ここならばアレも置き場所に困る、ということにはならないはずだ。
「では、リヴィオ。久し振りに、稽古を付けてくれないか?」
 話が一段落すると、綺礼は立ち上がってリヴィオを鍛錬に誘った。その僅かな動作を見ただけで、リヴィオは綺礼が京都を離れてからの数カ月間も鍛錬を欠かさずに行い、今も練磨を続けていることを見抜いた。
 綺礼は精神修養も兼ねた肉体的な修行の一環として、璃正から直々に武術――中国拳法の八極拳の一派を学んでおり、リヴィオとは京都にいた頃から幾度となく共に鍛錬し、組み手をしていた。
 ノーマンズランドでは一部のプラントや移民船の残骸にデータが残っているだけだった、東洋の神秘、武術。リヴィオの所属する『ミカエルの眼』でもそれらのデータのサルベージは行われ、効率的な人体の運用方法と破壊方法の教本として用いられていた。
 本物の武術の使い手と拳を交えることは、リヴィオとしても非常に勉強になるのだから、断る理由は無い。それに、友からの頼みという時点で、断るつもりは毛頭ない。
「おう、いいぜ。ヴァッシュさんと士郎さんも、一緒にどうです?」
「取り敢えず、僕は見学で」
「俺も遠慮しておく。夕飯を作れなくなったら困るからな」
 ヴァッシュと士郎を誘ってみたが、2人には断られてしまった。士郎は以前、ミカエルの眼方式のトレーニングに誘った時に途中で気絶してしまったから、そのことを引き摺っているのかもしれない。
 リヴィオは綺礼に案内されて、普段彼が鍛錬に使っているという裏庭へと来た。トレーニング機材の類は見当たらないが、地面を見るだけで綺礼がどれ程鍛錬に打ち込んでいたか覗える。
 変わらぬ友の在り方に喜びの笑みを浮かべ、組み手の前に十字を切る。これからの日々が、良いものでありますように。神へと祈りを捧げて、リヴィオは久方振りに綺礼との鍛錬を始めた。









「すまない、ディルムッド」
「なんだ、藪から棒に」
 リヴィオ達が鍛錬に出掛けて1人残された士郎は、教会の中でも人気の無い場所に移動して、周囲に人影が無いことを確認してからディルムッドに語りかけて来た。
 唐突に詫びの言葉を貰っても、特にこれといった不満を持ってないディルムッドには何の事か分からず、戸惑うばかりだ。
「折角の現世なのに、霊体化を強いちまって。やっぱり、実体化してる方がいいよな」
 謝罪の中身を聞かされて、ディルムッドは目を見張る思いとなった。
 ディルムッドが第四次聖杯戦争で仕えていたマスター、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはサーヴァントを道具か魔術礼装の一種としか考えておらず、こんな気遣いをして来たことは無かった。ディルムッドも聖杯戦争のシステム上、そのような扱いも当然であると割り切っていただけに、同じ聖杯戦争のマスターである士郎から、こんな言葉が出て来るとは思わなかった。見えぬ表情を綻ばせ、士郎の善意に感謝を表す。
「そんなことを気に病むな。第四次の時も必要な時以外は常に霊体化していたし、それに俺が女に顔を見られる度に一悶着では、堪らないだろう?」
 苦笑しつつ、士郎ならば納得してくれるようなことを言う。仮にディルムッドが実体化して日常生活を送る場合、ディルムッドの泣き黒子に備わる魅了の呪いが問題となる。この呪い、女性がディルムッドの顔を見た場合に効力を発揮し、ディルムッドへの激しい恋慕の情を女性に抱かせる――簡単に言えば、強制的に一目惚れさせてしまうのだ。
 ディルムッドが野犬のようなだらしない面貌ならば、女性も一時の気の迷いだと自らに言い聞かせて呪いを振り払うこともできるだろう。だが、困ったことにディルムッドは伝説に『輝く貌』と語られるほどの絶世の美丈夫であり、精神と肉体は騎士の鑑と評する以外に無く、外面も内面も完璧に近い色男だ。呪いに耐性が無い限り、彼に一目で心奪われない女性は極めて少ない。そんなディルムッドが外を練り歩けば、困ったことになるのは想像に難くない。それを分かっている士郎は、不服そうではあるが頷いた。
「まぁ、それはそうなんだけど……そうだ」
「どうした? シロウ」
「ディルムッド、実体化してくれないか?」
「ああ」
 何かを閃いたらしい士郎に頼まれるまま、ディルムッドは実体化する。
 何も無い空間に、魔力の粒子を靡かせて出現する伝説の騎士。幻想的なその光景は、見る者がいれば老若男女の別無く心を奪うことだろう。しかし、唯一の目撃者である士郎は気にした風でも無く、ズボンのポケットを漁っている。そして、何かを取り出すとそのままディルムッドの顔に当てた。
「これでよし……っと。うん、上手くいったみたいだ」
 なにやら、士郎は満足そうに頷いている。一体何をされたのかと、ディルムッドは黒子の辺りに手を触れた。
「これは……俺の黒子の上に、何か貼ったのか?」
 布のような物が、ディルムッドの黒子の上に貼り付けられている。水で濡らしもせずに物を貼り付けられるとは、これも時代の変化による進歩の一つか。
「聖骸布の切れ端をテープで張ってみたんだ。俺の着ている聖骸布は外部干渉を防ぐ概念武装だから、もしかしたら黒子の魅惑の呪いも防げるかと思ったんだ。うん。多分、これで大丈夫だ」
 まるで旅人に干し肉を渡したような気軽さで、士郎は自らが纏っている紅い外套を指してそう告げた。それを聞いたディルムッドは驚愕し、声を荒げた。
「概念武装の聖骸布だと!? そんな希少な物を何故、こんなことに!」
 魔術に詳しくないディルムッドにも、士郎がディルムッドに呉れた物がどれ程貴重な物か分かる。本来ならばほんの僅かな切れ端でも惜しむべきであり、軽々に他人に与えて良いものではないはずだ。加えて、士郎は魔術師でありながら一般人並みの抗魔力しか持たず、それを補う為に態々聖骸布を外套の魔術礼装に仕立て直して常に身に着けているのだ。聖骸布の面積が減れば、その分士郎の守りは薄くなってしまう。
 何故、本質は英霊とはいえ所詮はサーヴァントでしかない自分に士郎はここまでしてくれるのか、ディルムッドには理解ができなかった。
「何でって……強いて言うなら、お前の為、かな」
 すると、士郎は驚いているディルムッドの方が不思議だと言わんばかりに、そのように返した。ディルムッドは呆気にとられた。士郎が冗談で真意を隠し言葉を濁しているのではなく、本気で言っていると分かるからだ。
「折角、聖杯戦争の為に呼び出されたわけじゃないんだからさ、楽しまなきゃ損だろ?」
「お前というやつは……」
 少年のような無邪気な表情で言う士郎に、ディルムッドはつい苦笑を浮かべてしまう。
 自分の損よりも他人の為。打算や損得勘定を抜きにした純粋な善意。果たして、こんなにも無垢な他人の好意を受けたのは、いつ以来だったか。
「気にしなくていいぞ。この聖骸布だって、元は上下繋がっていたのが、破れたのを補修してくうちに、こんな風になっちまったんだから」
 ディルムッドが言葉に詰まったのを気まずさからと思ったのか、士郎はそんなことを言った。ヴァッシュの物と違い外套が上下に別れている前衛的なデザインは気になっていたが、そういう事情があったのかと納得する。だが、そうなった理由と理論は何かがおかしい気がする。
「……そういう時、普通は下から切り詰めて行くものではないか?」
「折角の外套なのに、風に靡く長さが無いのはなんだか勿体無い気がしてさ」
「だったら、今度大幅な補修をする時はどうするんだ?」
「そうだな。上の方を左右に分ける、かな」
「なんだ、それは」
 外套に対する士郎の妙な拘りに、つい笑みを零す。こんな風に、些細なことで笑い、語り合うのも久し振りだ。
 サーヴァントとして現世に召喚されて以来、初めて持った“楽しい”という感情を自覚し、ディルムッドは士郎の提案を受け入れることに決めた。ここまでされて無碍に断ったのでは、申し訳ない。来るべき戦いの日まで、思いがけず得た新たなる生を、このマスターと共に楽しんでみるとしよう。
 早速、リヴィオ達が鍛錬を行っている裏庭へと向かい、綺礼に居候が1人増えることの承諾を貰いに行く。唐突な増員、どのように説明するかは言い出した当人に任せるとしよう。


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